497 最終決戦
「キャハハハッ! それじゃ、殺し合いを始めましょうかっ!」
「ちょっと待てコラ、お前、誰かが出血しているのを見ると……」
「そうなんです、私、昔から誰かが血を流して死んだりするのを見ると興奮しちゃって、もうわけがわからなくなるんですよね、こんな私、どう思いますか?」
「……うむ、一同ドン引きです」
ずっと後ろに控えていたハゲをあっさり殺し、その血を浴びて狂気に満ちた笑顔を作る四天王カーミラ。
恐ろしい奴だ、弱点だと思っていた全てが嘘、そして近しい誰もが知らなかったその正体。
さらに、これまでも相当な強さを誇っていることだけは認識出来ていたのだが、その強さが、ここにきてさらに飛躍したのである、血を、ハゲの首から迸る血を見て力の解放をしたのである。
これぞヴァンパイアという衣装を身に纏い、それと、さらに自分の髪の毛までも血で染めたカーミラは、その長い牙を剥き出しに、そして赤く光る目の瞳孔を完全に開いた状態で笑う。
「……それでお前さ、その感じなのにどうして人を殺して生き血を啜ることを禁止していたんだ? 別にずっとその狂気モードで居たって良いじゃないか?」
「そうですね、確かにそうなんですが……ちょっと貧困に喘ぐ雑魚パイアの方々が面白くて、そのうち反乱とか起こしたらもっと面白いかなって……」
「……本気でやべぇ奴だな、後でキッチリ謝罪しとけよ、その辺のパイア共にも」
「は~い、頭を下げて、向こうも下げなかったら皆殺しとか、面白そうですよね~」
「いやそうじゃなくてだな……」
どうやら何を言っても無駄なようだ、ここは張り倒し、物事の道理というものを教えてやる必要がある。
もっとも何百年も生きてこれなのだから、今から更生しろというのには無理があるのかも知れないが。
というかそもそも、このカーミラという女は自分が『悪事を働いている』という認識があるのだ。
にも拘らずそれを楽しんでいる、人が苦しむのを見て笑っている、そういう性格なのである。
これはサッサと討伐し、かなりキツめのお仕置きをする必要があるのだが、果たしてこのまま戦って、今日中にそこへ至ることが出来るのか、甚だ疑問だと言えるレベルの力を持っている敵。
もちろん負けるつもりはないが、今回は全力、全身全霊で戦う覚悟が必要だな……
「それじゃ、こちらからいかせて頂きますねっ!」
「きゃっ、ちょっと精霊様、大丈夫!?」
「何が起こって……精霊様が真っ二つにっ!?」
何か言ったと思いきやその場から消えたカーミラ、消えたのではなく一瞬で移動しただけなのだが、すぐ横を通過された精霊様がそのときに生じた空気の刃で真っ二つに切り裂かれてしまったのである。
このヴァンパイア、どうやら魔法など使わずとも、セラと同程度かそれ以上の『風』を操ることが出来るようだ。
すぐに上半身と下半身を接続させた精霊様も、これは困ったという表情をしていることから、いつものように適当な感じで戦っていれば絶対に勝てない相手であることがわかる。
一方の敵、カーミラは余裕の面持ち、舐めプ、楽勝の予感、圧倒的実力差、それが全て顔に浮かび、俺達勇者パーティーの中では最強、いや普通に考えればこの世界で最強クラスであるはずの精霊様を切り裂いたことも、まるでそれが遊びであったかのような、本当にちょっとしたお遊戯でも終えたかのような、実にライトな感じの達成感しか感じていなかったのであろう。
そのまま反転し、今度は近くのセラを狙ったカーミラ、だが紙一重で同じ規模の風による防御を展開し、自分だけでなく周囲の仲間も守る。
だがそれなりに通る分もあったようだ、先程最初の一撃を喰らってしまったユリナだけはどうにか守りつつ、セラとサリナ、そして精霊様はこちらに飛ばされて来た。
唯一、女神から借りパクした箱舟に入ってダメージを受けないルビアを、どういうことかと不思議そうに見ていたカーミラだが、一度ユリナに使っているのを見たはずの回復魔法は、なぜか特に脅威ではないと考えたのであろう、そういうものなのかと見切りを付け、再びこちらを向く。
飛んで来たうちのセラをナイスキャッチし、ついでにおっぱいが僅かにも成長していないことを触感で確かめた俺は、そのまま聖棒を構え、例の力、仙人と同じ謎の力をそれに込める。
「勇者様、これも使ってちょうだい、あの速さじゃ普通に魔法を撃っても当たらないわ」
「おう、この力は貰っておこう、だが俺も当てられるかわからないから、残った魔力はマリエルにでもくれてやれ」
「そうね、マリエルちゃん……マリエルちゃん?」
マリエルは答えない、というか聞こえていない、強大な敵を前にして、これまでで最も集中しているのであった、付け入る隙を捜しているのであろう。
その構えた槍に、俺に付与したのと同じ雷魔法をそっと宿らせたセラは、俺の腕から離れ、敵が移動したことに寄って今は逆に後ろとなってしまった前衛、ミラの後ろに隠れる。
同時に移動してきたのはユリナとサリナを抱えた精霊様、近くに居るのは危険だと判断したのであろうが、それによりルビアが先頭というあり得ない陣形になってしまった。
ちなみにリリィは最初から後衛にはいない、寒さゆえ動きが鈍く、ずっとマーサの背後からへばり付いて暖を取っていたのである、マーサは凄く動き辛そうだ。
だがやられつつも多少の力を残したユリナが後ろに下がり、その魔力をリリィを暖めてやることに回した結果、リリィは少しずつ体温を回復し、徐々に動きを取り戻しつつあるように見える。
数秒考えた後に、トコトコと歩いて後衛に回る緊張感のないルビアをそのまま見送ったカーミラは、ここで先頭になった、俺とマリエルを見比べ、どちらを狙うべきかと考え始めたようだ。
しかしそれを決める暇はなく、先に動いたのはマリエル、判断のためにカーミラが止まった一瞬を好機と捉え、そこを突くべく攻撃を仕掛けたのである。
俺からは風のみを感じた、一瞬で突きを繰り出したマリエルと、それを、その槍の穂先を指先で止めようと試みたカーミラ、マリエルが動いた際に続き、ぶつかった瞬間の衝撃も風となって感じられた……
「えっ? あいたたたっ……何? 何なんですかそれは……」
「あなたには教えません、というか人々を騙し、コケにしてきたその口で私に話し掛けないで下さい、さんざん善良な人々を苦しめてきたその指で私の大切な武器に触れないで下さい」
「あら~、凄く嫌われてしまったようですね、でも良いです、あなたの攻撃はもう全部回避することにしますから」
マリエルの槍は特殊、その切っ先に触れれば生物の体を滅茶苦茶に破壊する。
さらに今はセラが付与した雷魔法もセットだ、最弱の四天王であった東のあいつであれば、この時点で既に消滅していることであろう。
とはいえそれは普通の生物に対して用いた場合の話だ、最強ヴァンパイアのカーミラに対しては、指先が少し傷つく程度、ほとんどダメージはない。
それでもダメージを与えたことだけは事実、最強キャラの、もちろん最強である防御を、僅かながらに打ち破ることが出来たのだ。
まぁ、この程度の傷ならすぐに回復してしまうのであろうが……いや、そうでもないらしいな……
「え~っと、絆創膏は持ってたかしら?」
「ちょっと待てよ、そのぐらいなら自然治癒でどうにかなるんじゃないのか?」
「……いえ、私そういう力持ってないんですよ、練習したこともないし、そもそも傷を負うのなんて500年前ぐらいにうっかり飛びながら居眠りして、上空1万m前後から垂直落下して巨大なダイヤモンド鉱石におでこをぶつけたとき以来ですから」
「そのダイヤモンド鉱石について詳しくっ……じゃなくてだな、どんだけ頑丈なんだ……という話でもなくて、そうか、お前は強すぎる分、そして普段怪我などすることがない分、回復に関してはからっきしなんだな」
「そういうことになりますね、ですがこれ以上怪我をするつもりはありませんし、弱っちいあなた達は私に傷を負わせることなく敗北しますから」
「さて、それはどうかな……」
血で赤く染まった服のポケットから、ようやく絆創膏を探し当てたカーミラ、その絆創膏と、さらに俺との会話に気を取られている間に、カレンが音もなくその背後に回っていた。
「えぇぇぇぃっ!」
「きゃっ! いったぁぁぁっ! 痛い痛いっ! 背中が、背中がぁぁぁっ! もうっ、とんでもないことをしてくれましたねこの狼さんは、お礼を差し上げます……と、今度はどこ行ったんでしょうか?」
「残念だったな、もう俺の後ろに隠れているぞ」
「全くすばしっこい方ですね……」
「や~いや~い、あっかんべぇ~っ」
「おいコラ、俺の後ろで挑発するんじゃないよ」
カーミラの背中への一撃を終えた後、サササッとその場を離脱、すぐに俺の背後に隠れ、というか俺を盾にしているカレン。
まぁ、カレンは体重が軽いゆえ、このオープンな決戦会場で吹っ飛ばされたらどこまで飛んで行ってしまうかわからない。
もちろん城の外へは行ってしまい、地上に落下するはずだから、そこからもう一度、部屋同士がデタラメに接続された状態の城内を通ってここに辿り着き、戦線復帰するのは困難だ。
よって、迂闊に攻撃を受けない方が良いと判断したカレンは大正解である。
だが盾にするなら俺ではなく、もっと丈夫でキッチリ鎧も着ているジェシカ辺りにして頂きたいところだ……
「それで、これからもお前は生傷を増やし続けることになると思うんだが、その前に降参しない? 痛いのとか慣れてなくてイヤだろうに、どうだ?」
「う~ん……う~ん、どうしましょう?」
「いや真剣に悩むのかよ、そこは『その前に全員葬ってくれるわ』的なことを言いながら攻撃してくるべきところだろっ!」
「……あ、そういう感じのアレだったんですね、てっきり真面目に降伏勧告をしているのかと思いました」
「調子狂う奴だな……で、背中には絆創膏を貼らなくて良いのか? そのぐらいの時間は待ってやるぞ」
「いえ結構です、その前に全員葬ってくれるわっ……こんな感じでよろしいでしょうか?」
「・・・・・・・・・・」
いちいちこちらのペースを乱してくるカーミラ、しかもこれに関しては猫被りではなく、天然でやっているようだ。
まぁ、馬鹿でアホなのは金持ちの箱入り娘ゆえなのであろう、どうせ再教育が必要なわけだし、その辺りもキッチリ矯正していくこととしよう。
だがそのためにはまず、この戦いに勝利し、本当にこの女が白旗を揚げる状況を作り出さなくてはならない。
不意打ち以外ではまともに攻撃を当てることすら出来ないであろうが、どうにかしてダメージを蓄積させていく、それ以外に勝機はなさそうだ。
……いや、不意打ち以外にもやりようがあるではないか、カーミラ、というかヴァンパイアの連中が悉く持っている自信、自分達が高貴で強い種族だと、まるで馬鹿が唱える選民思想の如く信じ込んでいる。
もちろん実際に強く、生命力も極めて高い種族であるゆえ、『単なる人』の分際で自分達が最優秀だと信じ込んでいる馬鹿共とは異なるのだが、自信満々すぎて色々と失敗を演じることも多いはずだ。
そしてそこを上手く突けば、そう、マリエルの初撃、余裕綽々であの槍の切っ先に触れた際に見せていた、そして痛い目を見ることになった自信を利用するという作戦はどうか。
上手くいくとしたらそれぞれのメンバーが放つ最初の一撃だけ、そこで怪我でもすればマリエルのように『要注意』と判断され、その後は攻撃を受けてくれなくなってしまう。
また、間違いなく最初の1人が最も成功し易い、そして順番が後になるほど、初撃でも何かあるのではと勘繰って回避してくる可能性が高い。
つまり、次の誰かの攻撃が大ダメージを与えるための最大のチャンスなのである。
そこを誰が担うべきなのかだが……もちろん俺だ、現状マリエルとツートップなわけだし、明らかに得物がショボい俺が最も警戒心を抱かれず、その攻撃をヒットさせることが出来るのだ。
特に今は己の持つ謎の力、そしてこの聖棒固有である魔族に対する抜群の効果に加え、セラが付与してくれた雷魔法もあるのだから……
「……さて、背中の傷を気にしていても仕方ありませんね、そちらの狼さんにはあとでお仕置きするとして、次はあなた、そのエッチそうな顔をした男性モブを退治しましょうか」
「おう、奇遇だな、ちょうど俺も攻撃を繰り出そうと思っていたところなんだよ、だがひとつ不安がある、お前如きが俺の攻撃を耐え切れるかな? 無理そうなら手加減してやるが、どうする?」
「あらお優しいこと、でも大丈夫です、むしろ全力で放った攻撃をあっさり止められて絶望するあなたの顔が見たくてたまりません」
「そうか、じゃあ手加減ナシでいくぞっ!」
ここまであっさり思惑通りになるとは思わなかった、このヴァンパイアは本当に馬鹿だ。
まぁ、話の腰を折らないために、俺のことを『エッチそうな顔のモブ』扱いしたことには抗議出来なかったのだが、それはそれで仕方ない。
その件もひっくるめて、討伐後にはキツいお仕置きを喰らわせてやることとしよう。
セラの魔法が宿ったままの聖棒を突き出すと、カーミラもそれに答えて右手を突き出す。
当然手などではなくボディーを狙うのだが、カーミラはそうさせず、その突き出した右手で俺の攻撃を、いとも簡単にという表現がしっくりくる感じで跳ね除けるつもりなのであろう。
だがそれこそが罠、Fラン大在学中に異世界転移したこの俺様が、知恵を絞って編み出した孔明の罠なのである。
それにまんまと引っ掛かったカーミラは、俺の行っていたFラン大すら合格出来ない大馬鹿だな。
ダッと床を蹴り、全身全霊を込めた一撃を放つ、狙いはカーミラのおっぱい……よりも少し下の鳩尾だ、だがもちろん目線はおっぱいに釘付けである、これまでも、そしてこれからもだ。
一直線に向かった俺の攻撃を、その瞳孔が開き切った興奮状態の目で見切り、サッと右手を曲げるカーミラ、何も知らず、余裕を持って聖棒の先を掴んだ、それもガッチリと、これでもかというぐらいに……
「ヘッ!? あぎゃぎゃぎゃぎゃっ! きゃぁぁぁっ!」
「どうだっ! 簡単に止めて見せるんじゃなかったのか? んっ? おい皆、一斉攻撃だっ!」
『うぇ~い!』
「いやぁぁぁっ! やめっ、やめてぇぇぇっ!」
一言で申し上げると『効果は抜群』だ、聖棒を掴んだ右手は煙を上げ、とっさに離したその先端は、当初の狙い通り鳩尾に直撃、大ダメージを受けたカーミラはその場に倒れ込む。
そのまま聖棒で押さえ付けている、もちろんダメージが入り続けている間、後ろから仲間達が次々と、代わる代わるやって来ては攻撃を仕掛けていく。
セラやユリナ、精霊様はゼロ距離で魔法や水の弾丸を、前衛とマリエルは斬撃を、突きを、そして要約からだが温まったリリィは、ドラゴンの姿を取って尻尾を振り回し、それを叩き付ける。
ついでに言うとサリナが目の前で催眠術的な幻術を掛け、カーミラが感じる痛みを数十倍に錯覚させた。
ルビアもへなちょこパンチで奮戦しているし、全員参加、勇者パーティーの力をフルに使った猛攻撃だ。
そのまま数十秒もの間攻撃を続けたところで、遂にカーミラが身を捩り、聖棒による押さえ付けから離脱する。
だがもう全身ボロボロだ、背中の羽は裂け、手足も傷だらけ、無事なのはヴァンパイアのトレードマークである牙ぐらいのものか、それもへし折ってやれば……いや、回復魔法で元に戻らない可能性のある身体的ダメージを与えるのはやめておこう、後でやりすぎだと訴えられても困るからな。
最後にリリィのブレスを全身に浴びせられつつ、ヨロヨロと立ち上がったカーミラ。
先程までの余裕はどこへ行ったのか、もう半泣き、というか地味に泣き始めているではないか。
「うぅっ……痛い、痛いですって……」
「そうかそうか、これまでこんな経験はしたことがなかったんだろうな、でもコレが現実、お前は俺達にボコられて敗北寸前なんだ、そろそろ負けを認めて降参するんだな、さもないともっと痛い目に遭うぞ」
「負けてない……まだ負けてないもんっ! 私、これまで一度だって負けたことがないんだもんっ! だから絶対に負けないっ!」
「おや、追い詰められてぶりっ子が発動してしまったか、猫被りといい犯罪者的な思考といい、これは並大抵の『矯正』じゃダメだろうな……」
「うるさいうるさいうるさいぃぃぃっ! もう怒った、もうどうなっても知らないっ! 見てなさいよ、この先はもう、自分にだって制御出来るかわかんないんだからっ!」
「……おい、何するつもりだ? おいっ!」
先程までの余裕綽々から一転、たった一度ハメ技を喰らったぐらいで追い詰められ、思考停止してキレ出したカーミラであったが、ここで早くも自暴自棄を発動するようだ。
きっと考えを巡らせて、とかそういうようなことが出来ない、そもそも自分で何かを考えるということをしたことがないのであろうが、全てがどうでも良くなるのが異常に早い。
で、全身傷だらけ、服も裂けて白いパンツが丸見えのカーミラ、その全身から真っ黒な瘴気が溢れ出す。
まさか自爆でもするつもりなのか? そうも思ったのだが、どうやら違うらしい。
瘴気はカーミラの体に纏わり付き、まるで黒い雲のように、顔を除く全身を覆っていく。
それも徐々に分厚く、そしてカーミラの体そのものが宙に浮くほどにだ。
たちまち黒い瘴気の雲に包まれたカーミラ、雲は未だに成長を続けつつ、カーミラを快晴の空へと押し上げていった。
その高さおよそ50m、中心にカーミラの顔だけ添えた、巨大なブラック入道雲の完成である。
そして、その入道雲の両サイドに、これまた真っ黒な羽が、ヴァンパイアにあるコウモリのような羽がバサッと広がったではないか。
『キャハハハッ! どうです? これが私の本気を越えた真の実力、出力300%前後の私です、もうこうなったら誰にも止められません、この世界を丸ごと焼き尽くして差し上げますねっ!』
「いやそういうのマジでやめろよ、冗談キツいぜ全く……」
カーミラ改め巨大ヴァンパイア雲、強さの方はリアルに3倍程度となっており、極めて危険な存在であるのは言うまでもない。
さて、コレはどう処理すべきか、そもそもまともに対応することが可能なのか……




