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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 最後の1人
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496 黒幕の正体

「まだまだね、音は聞こえないけど、あの感じは尋問されている感じだわ」


「髪の毛を掴んで顔面を床に叩き付けたり擦り付けさせるのは拷問って言うんじゃ……」



 最初に隠れて待機したVIP専用の休憩室から直接、城の亜空間を操作するための魔導コントロール装置がある部屋へと移動することが出来た俺達。


 そこに設置された、城中を監視する魔導モニターらしき装置越しに見るターゲット、四天王カーミラの姿とその鎮座する玉座の間。


 連れ込まれているのは俺達が放った5匹のヴァンパイア、全てニセモノの配達係として、俺達が滅ぼした生き血採取施設から来たと偽って城に入ったのだ。


 で、その5匹が色々と疑われるような行動を取ったらしく、今はカーミラの目の前でボコられている。

 もちろん血が出ているのを見ると気を失って倒れるというカーミラに配慮し、その姿が見えぬよう、白い布で仕切りがされた状態で。



「あっ、もう諦めたみたいよ、持って来た生き血のボトルだけ回収して、こいつらは嫌疑不十分のまま処刑するつもりだわ」


「おい精霊様、この世界では嫌疑不十分でも処刑されるのか?」


「当たり前よ、拷問した後に違いましたごめんなさいじゃアレだもの、死人に口なしってとこね」


「うむ、非常に合理的な考え方だな、色々と批判はありそうだが……」



 この世界のムチャクチャぶりはどうでも良いとして、魔導モニターの向こう、即ちこのメインコントロールルームの真上にある玉座の間では、偽配達係の5匹に対して『溶けた銀を飲ませる刑』が執行されようとしていた。


 もちろん今から助けに入れば間に合うのだが、奴等を救ったところで特に意味はないし、得られるものも全くのゼロゆえ、このまま無様に死に晒すところを眺めておくこととした。


 グツグツと煮えたぎる壷の中の液体、赤熱状態だが、それが銀であることは容易に想像出来る。


 どんな素材で出来ているのかまるで不明な柄杓を使い、処刑人ならぬ処刑パイアが固定された5匹の口にそのトロトロの液体を……凄まじい勢いで煙が上がり、そのお陰で見たくもない光景を目の当たりにせずに済んだ。


 しばらく後に玉座の間の排煙が終わると、そこに並んでいたのはとても表現しかねる状態の死体が5つ。

 せっかくアイリスが縫製した服が、王都のワゴンセールで買った激安の布地がもったいない。


 出来ればその布地だけでも回収可能な状態で残しておいて欲しかったのだが……いや、もしかするとその布地が、激安すぎてとても高貴な何とやらが身に着けるものとは思えないコスチュームが原因で怪しまれたのかも知れないな……


 まぁそんなことはどうでも良い、処刑された薄汚い雑魚パイア共の死体を片付けられ、カーミラからその姿が直接見えないようにしていた布地が取り払われると、その場に居たヴァンパイア共が慌しく動き出す。


 直後、今居るルームの天井の隅から、伝声管らしきものを伝って玉座の間からと思しき声が聞こえる……



『え~っ、者共に告ぐ、者共に告ぐ、どうやらこの城に敵が侵入しているようだ。奴等は城のシステムを混乱させることを目的として、何らかの方法で部外者のヴァンパイアを城内に招き入れ、悪さをしている。これより城内全ての部屋、ホール等を、手近な者で分担して捜索、誰も知らない者、明らかに部外者と思われる者を発見した場合、直ちに殺害、不可能であれば応援要請をすること。繰り返す、どうやらこの城に敵が……』



「さて、俺達がここに居るってバレるのも時間の問題だな、そろそろ行くこととしようか」


「そうね、マップで見ると今この位置は……あ、ホントにちょうど真上がここ、城の幹部や幹部候補が集められて並んでいるでしょ? だからここをブチ抜けば……」


「いきなり敵をまとめて吹っ飛ばすという超絶インパクトの登場をかますことが出来る、そういうことだな?」


「そうよ、だから最初の登場は私に任せなさい、あ、セラちゃん、魔法で天井を破壊してちょうだい」


「いや精霊様、そこは人任せなのかよ……」



 やる気満々の精霊様と、既に天井というか上階の床というか、とにかくここと玉座の間を隔てる石造りの一面を突き崩すのに十分な魔法を準備したセラ。


 俺も含むほかのメンバーは一旦後ろに退避し、降り注ぐであろう瓦礫と、何も知らずにカーミラの御前で跪いているヴァンパイア共を回避する態勢を取る。



「それじゃいくわよっ、風で破壊して、あと雰囲気を出すために雷魔法もトッピングしておくから、間違って自分が痺れないように注意してよね」


「大丈夫よ、私は痺れないし、むしろ近くに居る敵の方が心配なぐらいだわ」


「あら、さすが精霊様は余裕ね、ということでそれっ!」



 ドッと天井を打つセラの風魔法(雷魔法を添えて)、こちらから見ると大きく凹んだ、そして上の玉座の間から見れば、おそらくは突如として床が隆起したのであろう。


 次の瞬間にはもう破断し、細かい石の破片となって粉々に砕け散った。

 同時に見える上階の高い天井と、聞こえる悲鳴、驚いた声、そして残骸が壁を、窓を、さらにそ付近のヴァンパイア共を直撃する音。


 直後には地面を離れて上昇し、その空いた大穴からゆっくりと浮かび上がる精霊様。

 バチバチと鳴る雷魔法の演出も相俟って、途轍もない強キャラの登場を予感させるビジュアルとなっているはずだ。


 もちろんここから見えるのはその強そうな精霊様の姿ではなく、無駄に片方だけ食い込んだパンツである。


 そしてその登場が出来るのは精霊様だけ、他のメンバーはジャンプしたりお互いに助け合ったりしながら、地味に天井の穴を抜けて玉座の間を目指したのであった……



 ※※※



「もうちょっとだ、頑張れルビア!」


「う~んっ、あ、もう上がれそうですっ!」


「よっしゃ、そのまま俺を……」


「ふぅ~、やれやれ、あ、もう何か敵と対峙してる感じですね、お~いみんな~っ」


「……え、俺はどうやって上がるの?」



 ジャンプでは上階に至ることが出来ないメンバーは協力し合ってその穴を抜けた。


 そして最後の1人となった俺、ここまで苦戦し、ほぼ俺の頑張りでクリアしたルビアは、既に玉座の方で四天王カーミラと対峙する仲間達に気を取られ、そちらに走って行ってしまった、そう、未だ下に居る俺を残してだ。



「誰か~っ、助けてくれ~っ……聞こえないのかな?」


『ちょっと勇者様! どうして早く来ないのっ?』


「あ、聞こえてた、ルビアのせいなんだ~っ、俺は悪くないから誰か引き上げてくれ~っ」


『全くしょうがないわね……』



 俺は絶対に悪くない、悪いのはルビアだ、明らかにビルの3階か4階ぐらいの高さはある天井。

 部屋の隅から持って来た色々なものを堆く組み上げた足場を使って、さらに肩車をして、それでやって上に手が届く位置なのだ。


 それをこの俺が自力で、ハイジャンプで上がる、または忍者の如く不安定な足場から飛び移ることなど不可能、せいぜい落下して戦う前から回復魔法のお世話になり、敵の失笑を買うのが関の山だ。


 先程まで大層怯えていたのに、今は俺のことをゴミでも見るかのように蔑んだ目で見ているのは、縛り上げて猿轡まで噛ませ、メインコントロールルームの隅に投げてあった女の子ヴァンパイア。


 殺されないとわかった途端に調子を取り戻し、俺の情けない姿を見たと同時に、まるで自分の優位性を取り戻したかのような表情に変わっていたのだ。


 こいつも後で尻叩きの刑に処してやろう、もちろん俺をこんな目に遭わせたルビアも、そしてこれから俺達の捕虜となり、反省して真人間というか真ヴァンパイアというか、とにかく改心する予定の四天王、カーミラもである。


 そんなことを考えつつしばらく待っていると、天井の穴からまるでお釈迦様の垂らしたクモの糸かの如く、途中で連結された縄が……非常に生温かい、きっとルビアと、それからマリエルかジェシカ辺りの変態がリアル自縄自縛していた縄を解いて使っているに違いない。


 その怪しい縄を伝って、俺はようやく上階、カーミラの待つ玉座の間へと……随分白けた雰囲気ではないか、玉座に着いたカーミラなど、机を出して普通に日常の事務をこなし始めている……



「もう、やっと来たわね勇者様、せっかく精霊様と私でかっこよく決めようと思ったのに、敵から『準備が出来たら呼んで下さい』なんて言われる羽目になちゃったじゃないのっ」


「ちょっと待て、さっきからルビアが悪いと何度も……と、あの後ろに立っているのが陰謀論者が言っていた黒幕らしき奴だな……」


「ええ、私と勇者様、それからミラとマーサちゃんは奴が『黒幕ではない』ノリでいくわよ、前衛から後衛でそれと対になるポジションの子が『黒幕である』として行動するノリで良いわね?」


「うむ、カマを掛けたりして徐々に確かめつつ、どちらが正解なのか探っていこうか」



 ごく普通に政務のようなことをこなし続けるカーミラ、俺が登場した際にはチラッとこちらを見て、軽く会釈した後に仕事に戻った、完全に舐めてやがるな。


 で、その後ろに立っているのが黒幕だという噂のヴァンパイア、服装は執事のようだが、デブでハゲで汚くて、とてもではないが賢い、というか裏で全てを操っているようには見えない。


 まぁ、ヴァンパイアは見かけによらないと昔から言われているのだ。

 あのだらしない姿は敵の目を欺くための仮初で、本来は超天才的頭脳で……いや、見る限り賢さも高くはないか、鼻ほじってボーっとしているだけの汚いおっさんである……



「え~っと、長らくお待たせ致しました、こちらの準備は整いましたので、そろそろお相手して頂けると……」


「……あっ、はいっ、ちょっとっ、きゃっ! ごごごごめんなさいっ! 先に少し片付けますのでっ!」



 俺が声を掛けたのに反応し、そのまま立ち上がろうとしたカーミラ、太股で机を蹴り倒し、大切なのであろう書類が床に散乱する……拾うのを手伝ってあげよう……



「ほら、こんなに沢山机の上に積んでおくからこうなるんだ」


「あ、ごめんなさいね、敵なのに手伝って貰っちゃって、何かお礼の一撃をっ!」


「危なっ! おいお前っ……マジかっ!?」


「ちゃんとお礼受け取って下さいよ~っ、ま、今のは小手調べです、面白かったですか? ちなみに後ろの方、アウトで~っす」


「え? おい大丈夫かユリナ!?」


「けほっ、けほっ……だ……だいじょばないですの……いててっ」



 床に散乱した書類を拾い始めたカーミラ、善意でそれを手伝おうと駆け寄った俺。

 そこに飛んで来たのはお礼の一言と同時発射のパンモロ回し蹴り、危うく回避したが、それだけではなかったようだ。


 素早く回転させた足が空気の砲弾を発生させ、それが玉座の間の硬く分厚い壁に当たって反射。

 強力な兆弾は、最後列に居たユリナの背中を正確に捉え、咳き込んでしまうほどの大ダメージを与えたのであった。



「あら~、今のでそうなってしまうようですと、おそらく近接戦の方はからっきしなんですね、そちらの悪魔の方は……というかこの子、魔将か何かだったような気が……う~ん、忘れちゃったわ」


「おいおい、お前何なんだよいきなり? 床に書類ブチ撒ける真性のドジッ娘で、そもそも箱入り娘で世間知らずのお嬢様設定なんじゃ……」


「えっと、そうですけど、それがどうかしましたか?」


「……じゃあ今の殺気モリモリな不意打ちは何なんだよ?」


「う~んと……まぐれですっ! そういうことにしておいて頂けませんかね? だって今の設定、ここで変えると色々問題があるんですよ……皆そうだと思っていますから、もちろん私以外ですがね」


「何なんだよ一体お前は……」



 理解が追い付かない、アンジュの城でチラッと見た際、そしてここまでのリサーチで、関係者が揃って口にした評判、そして書類をブチ撒けたところまでの態度と行動。


 そのどれもが、今まさに対峙しているカーミラ、その醸し出す雰囲気とまるで合致しないのである。

 世間知らず? 黒幕に操られて? ちょっとだけ馬鹿? そんなはずはない、というかあの不意打ちはそんな奴が放つ一撃ではなかった。


 これは全ての前提が誤りであったということなのであろう、北の四天王にして最強のヴァンパイアであるカーミラお嬢様、コイツは猫を被っていたのである。


 黒幕なんて最初から居なかった、陰謀など最初からなかった、表に出ているこのカーミラこそが真っ黒で、その内には途轍もない策略が渦巻いているのだから……


 だが最後の望み、これだけはマジネタであって欲しいと思う『弱点』がひとつ。

 それは『出血を見ると倒れてしまう』という、どうにもヴァンパイアらしからぬ欠点だ……それも怪しいものだがな。



「あ、そうそう、そうでした、あなた方、あのアンジュをやっつけて捕まえたんですよね? あの子、元気してますか?」


「……もちろんだ、この戦いが終わったら、お前と2人並べてお仕置きする予定だからな、お前も楽しみにしとけよっ!」


「あら~、困りましたね……と、そういえばあの子に誤らなくてはならないことがあるんでした、この戦いが終わって、這々の体で逃げ帰ったら伝えて下さい、『城のシステム実験のためとはいえ、わざと3日間も閉じ込めてごめんね』って。あ、それといつもブツブツ文句を言いながら修理するのが可愛くて、つい毎度の如くお城の窓を粉砕しながら退出してごめんねってのも追加でお願いします、わかりました?」


「お前!? 確かに閉じ込められた話はアンジュから聞いたし、窓を粉砕しながら帰ったのも見たが、まさかわざとやっていたなんてな……」


「ええ、本当は30分ぐらいで良かったんですが、泣きそうになっているのを見たら面白くなってしまって、ついそのまま魅入ってしまって」


「……うん、お前がとんでもないクズだということは良くわかった、だがこれで安心したよ、手加減とかナシに思い切り引っ叩いて構わないってことだからな」


「ウフフッ、そんなに上手くいくでしょうか? あなた方相手ですと私の方も本気を出さなくてはなりませんから……これまで誰にも見せたことのない、本当の意味での本気をです」



 こちらが12人も居るのに対し、周りの部下が全て肉片となって飛び散った後のカーミラは1人。

 それでも余裕の表情を崩さない、というかこれから戦う相手に向けるような笑顔ではない、どう考えても人畜無害なお嬢様だ。


 だがその余裕の源である、『誰にも見せたことのない云々』とは一体何のことなのであろうか?

 現時点でこちらの個々の力は余裕で上回っているカーミラだが、まさかこの状態で『あと○回変身を残している』とでも?


 いやいや、このお嬢様が変身して醜悪な姿になるなど考えにくい、となると姿形はそのままに、あっと驚くようなパワーアップを見せてくれるのか。


 いや、もしそうだったとすると相当にヤバいな、場合によっては敗北して逃げ帰り、約束通りアンジュに奴はとんでもない女でしたと伝えてやることになりかねない。


 と、その本気とやらを見せるようだ、まずはなにやら周囲を見渡して……



「え~っと、ここだと戦うには狭いですね、どうしましょうか?」


「いや十分広いだろ、天井なんか20mぐらいあるんじゃないのか?」


「それを狭いと言うんです、まぁ良いでしょう、私だっていつもアンジュのお城を壊していたのですし、ここはひとつ、自分のモノも少しは犠牲にすることとしますね」


「何するってんだよ?」


「それはもちろんこうしますっ!」



 両手を頭の上に挙げ、ヒラヒラとし出すカーミラ、一瞬、実は偉そうにするほどの強化技や秘策などはなく、適当に阿波踊りでも披露して誤魔化すのではないか、そう思った。


 だがその予想がハズレであることは一瞬でわかった、阿波踊りの手だけの動きから、徐々に巻き起こる空気の渦。

 魔法ではない、純粋に力だけで竜巻というか暴風というか、とにかくとんでもない空気の流れを巻き起こしてのだ。


 高い天井、床面積にしても50m四方ぐらいはありそうな勢いの、広い広いと表現することが妥当と言える北の四天王城玉座の間。


 だがその玉座の間であっても、カーミラが両掌だけで巻き起こした風ウェーブを収めるには物足りない。

 あっという間に充満し、行き場を失った風が、すぐに壁や天井を粉々に破壊し出した。


 とてもではないが室内で、しかも自分の城でやる行いではない、いや、もう室内ではなくなったのか。

 壁も天井も全て、本当に床以外の全てが吹き飛ばされた玉座の間は、もはや屋上といっても過言ではない状態。


 先程までの薄暗いホールとはうってかわって、開放感溢れる360度パノラマビュー……などと感心している暇ではない、これはとんでもない力だ……



「……ちなみにさ、本当の本気とか何とかってのは今の?」


「まさかっ、今のは本気を出すために邪魔なモノを取り払っただけですよ、まだ力なんて1%も出していませんから……それで、ここからなんですが、実は私、人が血を流しているのを見てしまうと……」


「知ってるぞ、苦手らしいじゃないか、でも戦ったら血ぐらい出るんだし、ここは無理せず降参しとけ」


「いえ、苦手なんじゃなくて……そこのあなた、名前は忘れましたが前へ」


「ハッ、カーミラ様、我の名前はハげひょっ!」 


「何してんだおいっ!?」



 カーミラの後ろに控え、一説には『四天王すらも嗅げで操る黒幕的存在』とされていたハゲパイア。

 それが指名され、前に出た瞬間、名乗りを遮ったカーミラが、その首を銀の短剣で突き刺した。


 吹き出る鮮血、それを手に、体に浴びるカーミラ……どうやら最後の望み、出血苦手設定までもがどこかへ行ってしまったようだ。


 死亡し、後ろに倒れたハゲパイアを足蹴にして退かしたカーミラがこちらへ向き直る。

 血に塗れたその笑顔には、これまでの優しそうな雰囲気は消え、代わりに狂気が浮かんでいた……

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