494 突破のために
「え~、そういうわけで、皆さんには決死隊として、何食わぬ顔で敵城に突入する任務に従事して頂きます、何か意見や不満のある方は発言を認めません、協調性のない馬鹿はこの場で死んで下さい、以上」
『えぇ~っ……』
「おいお前等、もっとウォォォッとか盛り上がって見せろよ、世界平和の礎になることが出来るかも知れないんだぞ、名誉の戦死を遂げることが出来るかも知れないんだぞ、どうだ、嬉しくて漏らしそうだろ?」
『う……うぉぉぉ……』
「チッ、このヘタレ野郎共が、とにかくお前等は四天王城に入って、どこかにある亜空間操作の魔導装置とか何とかを発見、完膚なきまでに破壊するのだ、任務を完遂したらあとは死んでも構わん、てか死ね」
『う……うぉぉぉ……』
イマイチやる気の感じられないヴァンパイア共、最初は50かそこら居たのだが、戦士したり、ムカついたので殺したりしていたら40匹以下になってしまった。
もちろん魔王軍の関係者でもなく、例の生き血採取施設の運営に加担していたわけでもないこの連中には、特にこれといった処刑すべき理由などない。
だがすぐに調子に乗って偉そうな態度を取ったり、そもそも俺達が最初にあの荒廃した村を訪れた際に無礼を働いている奴も居るのだ。
その辺りの事実も踏まえた場合、俺や仲間達の気分次第で、適当に命を奪ったとしてもそれは正当な理由によって成されたこと、いわば正義の執行なのである。
特に俺達が先払いで魔物や野獣の生き血を集め、その見返りとしてヴァンパイア村の方で選出した戦闘員なのだ。
それが死ぬことを嫌ってやる気を出さない、常に士気が低い状態であるなどもっての外。
甚だしい契約違反に対しては、こちらとしても有形力を行使するかたちで対応しなくてはならない。
今はこいつらを脅すだけで十分なのだが、もし万が一反乱などということがあれば、その際には村を、そこに住む村人ヴァンパイア達をどうこうするぞと脅迫し、敵に向かって確実に死ぬ自爆攻撃を仕掛けさせよう。
と、それはともかくだ、この連中がヴァンパイアとはいえ、何の考えもなしにただ城へ入って行くというわけにもいくまい。
魔王軍としても四天王城としても当然部外者だし、もし何か理由を付けたとしても、荒廃した村で文句も言えずに暮らしていたうだつの上がらないヴァンパイア共が、トップの居城に入れて貰えるとも思えないのだ。
ここは何か都合良く、この連中を城の中に入れる作戦を取らなくてはならないな。
何かと言ってもその何かが問題となるのだが……うむ、せっかくだし捕らえてある2匹の軍参謀パイアに聞こう。
マーサ達からのアツい暴行はまだ続いているはずだが、ギリギリで会話することが可能な状態であると信じて、さらなる痛みを味わいたくなければなどと脅し、さらに殴る蹴る、爪を剥がすなどの拷問を加えて情報を吐かせるのだ。
拷問の目標はひとつ、このおよそ40匹の雑魚パイアが、何の違和感もなくすんなり城の中へ入れて貰える、または侵入しても不審がられない状況が、一体どういったものなのかを探り出すことである。
そろそろ夕食の準備を始めなくてはならない時間ということもあり、俺とセラ、直接被害者の3人ほどではないが奴等に恨みがあり、ラストアタックの権利も持つユリナ、あと適当に賢さの高いジェシカを連れて地下牢へと向かった……
※※※
『かぺぽ……はうぐへっ! ほげっ!』
『ぼきゅぽっ! どべろぱっ! おぇぇぇっ!』
地下へと続く扉を開けた時点で既に聞こえてくる変態共の悲鳴というかカエルの潰れたような音。
通常であればとっくに死んでいるような攻撃を受け続けているのであろうが、ヴァンパイアの高い生命力がそれで死に、楽になることを許さない。
階段を降りて行くと、白い毛並みが返り血に染まって台無しになったマーサが、満面の笑みでこちらに手を振ってくる……
「おうおう、派手にやってるじゃねぇか、で、そろそろ満足したか?」
「まだまだ10分の1ぐらいね、でも聞きたいことがあるなら先にどうぞ、そろそろ喋れなくなっちゃいそうだし……てかこっちの方はもうダメかも」
『ひょげほっ、ほげっ……』
3人に蹴られつつ、全ての歯が抜けたヴァンパイアの1匹が、何かを必死に訴えようと息を吐く。
まるで入れ歯を失ったジジィだ、喋ろうとしているようだが、ただ空気が漏れるのみで言葉にならない様子。
普段であれば実に滑稽だということで大笑いなのだが、今は情報が欲しいのだ。
まぁ、もう1匹の方はかろうじて言葉を口にすることが出来そうな状態だし、こちらを痛め付けて話を聞くこととしよう。
「オラァァァッ! どうやったら安全に城に入れるか教えろってんだよぉぉぉっ!」
『ひょげぇぇぇっ!』
「ひょげぇぇぇ、じゃほとんど何もわかんねぇんだよ、もっと具体的に言いやがれこの愚図がっ!」
「むしろ今ので何かを理解した主殿が恐いのだが……」
ジェシカによる冷静なツッコミはさておき、そのまま足の指を踏み潰したり、あともう残虐すぎて表現できないような責め苦を提供し、ヨレヨレの変態パイアから情報を引き出していく。
どうやらチャンスは昼らしい、四天王城には多くのヴァンパイアが働いており、それが昼食のために一斉に移動したり、それとなぜかここのところ来てていないという、『生き血の配達係』も外部から普通にやって来るのだという。
そのなぜか来ないという『生き血の配達係』に関しては、現在何かあったのかということで連絡を取っている最中で、そろそろ派遣したヴァンパイア兵が現地に到着する頃とのこと。
まぁ、どう考えても俺達が滅ぼし、所長は殺害しておっぱい副所長を捕縛した例の生き血採取施設からの運搬部隊のことを言っているのであろうが、まだあそこが完全に終わったことを知らないとはな。
ヴァンパイア共は自分達が高貴だの何だのと言って余裕の態度を見せることが多いのだが、その余裕が仇となって俺達のスムーズな侵攻という事態を招いているのだ。
我らは強い、我らが攻められる、敗北することなど絶対にありえない。
この連中がそんなことを考えている以上、本当に強敵であるカーミラ本人以外はゴミカスとして掃いて捨てても良いのではないか、もはやその次元である。
「よし、じゃあお供ヴァンパイアは今回の作戦に全投入、メインの、というか一番強い奴等を選出して、生き血の配達係がやっと来た感じの振る舞いをさせよう」
「良いわね、まだこの屋敷とかにも生き血のストックが残っていたし、それを持たせれば変装は完璧なはずだわ」
「しかし主殿、それ以外の連中についてはどう使うつもりなのだ?」
「う~ん……まぁ10匹ぐらいは出前持ちっぽく変装させておけば良いんじゃないか? 近くの村に新しく出来た『パイア飯店』で~すってな、チャーハンでも持たせとこうぜ」
「デタラメここに極まれりといった感じなのだが……」
ということで、およそ40匹居るヴァンパイアのうち選りすぐりの5匹を『生き血の配達係(偽)』として変装させ、城に侵入させる。
そして準備が可能なだけ、おそらく10匹程度は出前(偽)として侵入、残りのうち5匹を除いた全部は、城の一般従業員に紛れ込む感じでいくことに決めた。
最後の5匹、もちろん今居るヴァンパイア共の中からもっとも使えなさそうな馬鹿を逆に厳選して使うのだが、これは城の外にて全裸で踊り狂って注目を集める役目だ。
もちろん不審者として抹殺されるはずだが、それによって侵入している他の部隊、そして地下から城に入り、亜空間がどうのこうのの装置が破壊されるまで、息を潜めて待機する予定の俺達も動き易くなるはず。
もちろん『生き血の配達係』に変装して入って行く連中も、逆の意味で大変に注目を集まるはずだし、これで内部と外部、どちらにも敵の目を惹く存在が配置されることとなるのだ。
「じゃあさ、私達はこいつらが居た屋敷の地下から城へ入るとして、他のヴァンパイア軍団は歩きでそこまで行かせるわけ?」
「そうだな、メインとなる偽生き血の配達係部隊はそうすべきだ、あと出前持ちと全裸大馬鹿部隊もな、他は……昼になって地下をうろつく奴等が居るかも知れないし、俺達と一緒に突入させよう」
「わかったわ、それなら私達はどこかにある亜空間操作系の魔導装置か何かが壊れて大騒ぎになるのを待っていれば良い、そういうことよね?」
「うむ、まぁそんな感じだ、それで装置の場所は……オラァァァツ! ぶっ殺されたくなかったら教えやがれこの豚野郎どもがぁぁぁっ!」
『ぎょぺぇぇぇっ!』
『ふひはへっ……』
もう一度2匹の変態パイアに暴行を加え、先程入手した城の案内図の中からメインコントロールルームというか、とにかく亜空間の繋がりを操作して、侵入者を脱出不可能な無限回廊に閉じ込めてしまうという、世にも恐ろしい装置の場所を指し示すよう命じる。
これは喋ることなく指先だけ動かすことで遂行可能な作業であるため、全ての歯を失った片方の変態野朗にも普通にやらせることが出来た。
もちろん違う場所を指し示した場合、どちらか嘘を付いた方が自白するまでとろ火で炙ってやろうと思っていたのだが、2匹がほぼ同時に指差した場所は全く同じ。
そのすぐ上に『魔王軍四天王カーミラ様専用玉座の間(許可なく立ち入った場合は死刑)』との表記がある部屋、つまりメインターゲットの真下に位置する空間に、そこへ到達するためのキーとなる装置が鎮座しているということだ。
これを破壊しさえすればリーチ、カーミラの待ち構える玉座の間まで、特にこれといった犠牲を払うことなく到達することが可能になる。
しかし問題がひとつ、少なくともその装置をコントロールする役割のヴァンパイアがその部屋に居るはずなのだ、昼の休憩時間とはいえ誰も居なくなるはずがない。
果たして四天王軍のメイン拠点、そこの最も重要な防御装置に触れることが出来る身分のヴァンパイアに、腐った村から引っ張って来た使えない、そして士気の低い馬鹿共が太刀打ちできるのか、いや、まずもって出来ないであろう。
となると何か……そうだ、出前のチャーハンに銀を入れて喰わせれば、ヴァンパイアは食中毒でも起こして死ぬのではなかろうか、死なないにしてもダメージは負うはずだし、これは試してみる価値がありそうだな……
「……どうしたの勇者様? 何か考え込んじゃって、トイレだったら向こうよ」
「ん? いや、今回の主役は出前持ちのヴァンパイアだなと思って、俺達の架空の店は新規出店ということにするわけだし、特別サービスでメインコントロールルームに『銀粉入りチャーハン』をお届けしてやろう、なんてことを考えてたんだ、何かいけそうだろ?」
「どうかしら……と、このヴァンパイアの反応を見ている限りでは可能性がありそうね」
すぐ横で苦しみ悶えながらも、俺達の話がしっかりと耳に入っていたのであろう変態野朗のヴァンパイア2匹。
俺が『銀粉入りチャーハン』と口に出した途端、まるで天敵に遭遇した小動物のようにビクッとなり、そのまま固まったのであった。
これはつまり、そんなものを喰わされたらひとたまりもないと思った、それを意味する行動だ。
いけそうである、早速銀粉入りチャーハンのレシピを考えることとしよう。
……と、俺はそんな高度な料理を作れないのであった、転移前の世界では幾度となく失敗し、ベチャベチャの何かを無理矢理食べなくてはならなかったほどである。
ここは諦めてミラとアイリスに相談しよう、おそらく出前持ち役のヴァンパイアがどれだけ上手くやったとしても、俺が創ったビジュアル的にもうアレなチャーハンを口に入れようとする馬鹿は居ないはずだ。
ということで夕飯の準備をしていた2人に頼み、『決戦兵器』としてのチャーハンをレシピ化しておくよう依頼する。
ミラはもったいないと言って不満げだし、その気持ちはわからなくもない。
だが世界平和を実現するためにどうしても必要なものなのだと言って説得し、ついでに極秘のエッチな本3冊を提供するという約束で協力を得ることに成功した。
これで準備は整った、あとは『生き血の配達係変装セット』と『新規開店パイア飯店出前セット』を作成しなくてはならないな。
出前の方は以前に岡持ちまで作って作戦に投入したことがあるのだ、こちらは材料だけあれば問題なく作れる。
もうひとつは……それも地下牢の変態共から聞き出せばどうにかなりそうだ。
もうすぐ夕食だというミラにわかったと手を振り、再び地下牢へと戻る。
扉を開けるとまた悲鳴、被害者3人プラス間接的被害者のユリナによるボコしが再開しているようだな。
そこに割って入るかたちにはなったのだが、とりあえず最後の質問を蹴りと共にぶつけよう……
「オラッ! この腐った脳みその変態がっ! お前等の言う『生き血の配達係』がいつもどんな格好をしているか、詳細をわかりやすく簡潔に伝えろっ!」
『いへぇぇぇっ! ほがっ、ふがっ……』
「おっと、こっちは歯抜けの方だったか、ということはこっち、おいコラァァァッ! ボケェェェッ!」
『ひょげぇぇぇっ!』
変態野朗に配達係の特徴を告げさせ、それを絵が上手いセラが紙に起こしていく。
セラの画力をもってしても3回、トライアンドエラーを繰り返さなくてはならない程の説明下手、というか頭が悪いのかこのクソヴァンパイア共は?
かなり時間を掛けて、ようやくこんな感じだという服装が固まった……その辺に居るヴァンパイアとたいして変わらないではないか、長い襟の黒いコート、インナーは貴族風のボタンが目立つ変なシャツだ。
早速アイリスに頼んで、そう思ったところでそのアイリス本人が地下へ降りて来る。
どうやら夕食の準備が終わったようだ、復讐者達にも一旦変態をボコるのをやめさせ、皆で1階の食堂へ向かった……
※※※
「はぁ、じゃあこんな感じのお洋服をこっちが5着と、それからこっちが10着ぐらい作ればいいんですね~?」
「そうだ、期限は明日までなんだが、あまり無理せずとも作れるだけ作ってくれれば良い」
「え~っと、頑張ります~」
「おう、頼んだぞ」
夕食を取りつつ、アイリスに『生き血の配達係(偽)』と、ついでに『パイア飯店(架空)』の制服作りを依頼しておく。
一応は配達係の方を優先して欲しいのだが、ミラも手伝うと言っていたので数は大丈夫であろう。
その制作が終われば、次はヴァンパイア共にそれを着させて訓練をしていくフェーズだ。
明日の朝には完成させると意気込む2人、ぜひ頑張って頂きたいが、体調を崩したりするとかわいそうなので、無理のないようにやっていって欲しい。
敵の城に突入する期限としては、配達係がやって来ない理由を調べに行った派遣部隊が、既に王国の旗を掲げたうえで無人状態の生き血採取施設を発見、戻ってそれを報告して大騒ぎになるまでだ。
もちろんその前に配達係(偽)が来て、それが俺達の仕込んだニセモノだとバレない限り、城のヴァンパイア共は安心してそれを迎え入れるはず。
そこまでいけばもう勝ったようなものだ、あとは本来的な意味での勝利、即ち四天王、カーミラを屈服させることのみに集中すれば良いのである。
とにかく明日は作戦に向けての予行演習、それがバッチリになったと判断したら、いよいよ四天王城の攻略を開始しよう……
※※※
「え~、皆さんおはようございます」
『おはようございま~す……』
「声がちっせぇんだよこのボケェェェッ! 今この場で死にたいのかこのカス共がぁぁぁっ!」
『お……おはようございまぁぁぁっす!』
「よろしい、では早速着替えをして、それぞれの役回りを練習して貰う、まずはわりと戦えそうなそこの5人、お前等はこれ、それと賢さが高くて敵を騙せそうな10人、この出前スタイルに着替えろ、あとは……セラ、ちょっと残りの奴等を見てやってくれ、通常の紛れ込みと、あとたたかえそうにない奴は裸踊りの役回りだ」
「わかったわ、じゃあそっちの何の能力も持っていないのと、あと一切魔法が使えないそっちの、あとはそこの生き血を飲んだはずなのにガリガリのとか……」
メインのキャラ達以外は適当に割り振りを済ませ、着替えをさせた後に訓練を開始する。
ここで最も重要なのは、『銀粉入りチャーハン』をコントロールルームのスタッフに喰わせる出前持ちの演技だ。
そのアクションの練習は、俺がバカンス用のチェアに寝転がりながら監視する。
一方どうでも良い、というわけではないが、反対側でやっている裸踊りの馬鹿共はセラが……あまりの出来なさに立腹し、1匹首を切り落としてしまったではないか……
「おいおい、貴重な『チームメイト』にそんなことしちゃだめだろ」
「ごめんごめん、あんな簡単なことも出来ないなんて、生きている価値がないと思って……あら、でもガッツリ生きてるわね」
「本当だ、首だけじゃなくて体の方も動くんだな、ボールみたいに抱えちゃって……あそうだ、お~い、お前はちょっとアレだ、ハリボテの馬にでも跨ってデュラハンっぽい感じでも出せ、『裸デュラハン踊り』のために自分の首を切り落としてきたとか、もうそんなの間違いなくウケるぞっ!」
『そ、そんなっ、我は高貴なヴァンパイアの……』
「ごちゃごちゃうっせぇっ! やれって言ったらやるんだよ、消滅させんぞコラ」
『……承知した』
本当に出来の悪いクズパイア共なのだが、丸一日休憩ナシで練習を続けさせたことによってどうにか板についてきたようだ。
本日のレッスン、というかレッスン自体をこれで終了とし、翌日昼からはいよいよ本番としよう。
この作戦が上手くいきさえすれば、俺達はほぼ何も考えず、また苦労することもなくターゲットの下を目指すことが出来るのだ。
ここまで一緒に旅してきたお供ヴァンパイア連中の、本当に最後の輝きに期待だな……




