492 ここで使えるとは
「おいクソ野朗! コソコソしてないで出て来て戦いやがれっ! 正々堂々となっ!」
「そうよっ! この卑怯者! 意気地なしっ! バーカッ!」
「あのね2人共、大変言い辛いんだけど先に夜襲を掛けた卑怯者はこっちなのよ」
「やべっ、何かすみませんっしたっ!」
「あんたっ! 何で敵なんかに謝ってんのよっ!」
「だってしょうがないだろ」
「しょうがなくないっ! バーカッ! 超バーカッ!」
「なんだとぉぉぉっ!」
「こんな所で、しかも戦闘中に喧嘩しないで下さいよ……きゃっ、また……」
つまらないことでマーサと喧嘩している間にも、ヴァンパイアは姿を現したり消したり、そして何となく気に入ったのかそれともロリコンなのか、何度もサリナの尻を触っていた。
というかそれ以外の攻撃をしてこないのだが、ふざけているのか、それとも普通にエッチなヴァンパイアおじさんというだけなのか、こちらも疑問である。
いや、ここまでくるともう何らかの理由で『瞬間移動して尻を触る』以外のことが出来ないのではないか、そう思ってしまう。
もちろんそう思わせ、油断させておいていきなり強力無比な一撃を、というようなことをする可能性もないとは言えないため、引き続き警戒する必要はある。
ただ、たまに敵の姿を捉えるので精一杯なこの状況ではどうしようもない。
このまま黙っていればサリナは尻が擦り切れるほどおさわりされ、帰った後でユリナから怒られるのは俺だ。
さてどうしたものか……うむ、ここは劣り作戦が有効になりそうな場面だな、敵から気に入られていると思しきサリナをダシにするようで申し訳ないが、背に腹は変えられないからな。
「サリナ、ちょっとこっち来て尻を突き出しておけ」
「え? もしかしてわざわざ触られにいけってことですか?」
「すまんがその通りだ、で、マーサと精霊様は触った瞬間を見逃さないようにしてくれ、現行犯で逮捕したい」
『りょうか~い』
で、俺は黙ってその様子を眺めておく係りだ、マーサや精霊様のように素早さが高いわけではない俺が間に入っても邪魔なだけだからな、むしろ『その瞬間』に何が起こっているのか、しっかり見極める係は非常に重要な役回りと言って良い。
渋々前屈みになり、パンツを曝け出しながら待機するサリナ、そしてその尻に敵が手を触れる決定的瞬間を狙うマーサと精霊様、さて、この作戦はどういう結果になるか……
「ひゃっ」
「見えたわっ! そこっ!」
「あいったぁぁぁっ! 痛いですよマーサ様」
「ごめんねサリナ、でも敵の手が千切れて……何これ、紙切れかしら?」
サリナの後ろに一瞬だけ姿を見せた敵ヴァンパイア、その犯行の瞬間は俺もバッチリ見ることが出来た。
エロい手つきで、サリナの小さな尻を下からペロンと撫でたその瞬間、素早く反応したマーサの手が飛んだ。
確実に捕らえたヴァンパイアの右手、だがマーサの一撃はそれをすり抜け、サリナの尻に直接ヒットしてしまう、パチーンッと良い音が響いた、これはなかなか痛そうだ。
そして、本来であれば千切れたり潰れたりしたはずのその手の代わりに残ったのは、手の形だけ模したただの紙切れであった……
「あいてて、お尻がヒリヒリします……で、それは……魔法を込めた紙切れですね、今までそれを飛ばして私達の背後を狙っていたんですね……」
「あら、それで気配も何もなかったわけね」
「いやしかし、奴の姿はそれはもうハッキリと見えていたんだぞ、この紙切れだけが飛んでいただけなんて、なぁマーサ」
「良くわかんないけど、歩いたり跳んだりする音が全然聞こえなかったってのは本当よ」
「う~ん、この紙切れにはもう魔力がほとんど残っていないんですが、もしかすると幻術の類でそのヴァンパイア本人の姿を私達に見せていたのかも知れませんよ」
この屋敷の主であろうヴァンパイア本人、それは最初に俺達が騒いだ際、明かりが灯って開いた窓から覗いていたあのヴァンパイアのことであるのは間違いない。
ここまでチラッチラッと見えていた敵の姿と顔がそっくりであったのも事実だし、窓の向こうに居たヴァンパイアが突然消えたのも事実、そして何よりも、ここまでの力を持った者が他に居るとも思えないのである。
というか、サリナの指摘通り、何らかの幻術で紙切れにその姿を見せるための力を込めていたとなると、最初に窓を開けたのは俺達に姿を見せるため、その一度目に焼き付いた容姿を、そっくりそのまま仮想のものに移転させるためであったのではないか。
そう考えるとなんとなく敵の行動が理解出来てくる、奴は窓から消えて俺達の所へ着たのではない、単にどこかに隠れ、その姿だけをここに映し出していたのだ。
それで序盤で足を掴んだはずのマーサがスカを喰らったり、こちらから触ることが出来ないにも拘らず、相手は皆の尻を次々と触っていたことに説明が付く。
手の部分はホンモノ、というかニセモノだが実体のある紙、そして他の部分は全てホログラムのようなものであったということだ、ゆえに喋らず、歩いたり跳んだりする際の音も出ず、さらには俺の索敵にも一切引っ掛かることがない。
「ねぇ、ここに居たのはこの紙の手だけだったとして、それじゃあ本体はどこに居るわけ?」
「う~む、まだあの寝室っぽい所に居るんじゃないのか? 案外ベッドの下でガタガタ震えてたりしてな」
「何それ超ウケるわ、それならサッサと行ってお尻触られた恨みを晴らさなきゃ」
「いえ待って、奴はもう外に居ると思うわ」
「ほう、して精霊様、その根拠は?」
「だって考えてよ、ここで狙われたのは私達のお尻だけじゃないの、5匹連れて来て、この屋敷の広い庭に放っていたお供ヴァンパイアが、あの一瞬で首だけになって返却されたのよ、それって建物の中に居て出来ることじゃないわよね?」
「む、それは一理あるな、奴等だって懸命に巡回の雑魚を捜していたはずだ、それをまとめて、しかもご丁寧に銀のナイフまで刺して殺すなんて遠隔操作じゃ厳しいよな……」
精霊様の予想は正しいとしか思えない、仮に奴がこの手の形をした紙を屋敷中に放っていたとしても、それをまとめて遠隔操作、つまり俺達と戦いながら、屋敷の庭をウロウロしていた5匹のヴァンパイアを全員見つけ出して首だけにするのは非常に困難なことであるはずだ。
ということはつまり、奴の本体が既にこの無駄に広い屋敷内のどこか、先程の寝室らしき部屋以外の場所に存在している可能性が高いということだ。
もちろんその移動は撹乱作戦で、俺達が庭やその他の場所を必死で捜索している間、奴は元の部屋に戻って余裕でいびきをかいているなどということも考えられる。
これはもう気合の大捜索をせざるを得ない、俺の索敵にマーサの耳と鼻、精霊様の賢さからくる直感に従い、この屋敷の全ての場所を、奴が隠れている可能性の高い順に探っていくしかあるまい。
「よしマーサ、じゃあこの紙の臭いを嗅いで覚えておくんだ」
「うへっ、何か臭そうでイヤねぇ、変な菌とか付いてそうだし……」
「まぁ、気持ちはわからんでもないが我慢してくれ、あとでニンジンゼリー買ってやるから」
「あら、それなら頑張ってみようかしらね」
マーサに嗅がせているのは本当にただの紙なのだが、これがまた『おじさんの靴下』に見えて仕方ない。
何だかとんでもなく悪いプレイを強要しているようで気が引けてしまうな。
とにかくある程度臭いは覚えたようで、不快そうな顔をして紙の手を捨て去るマーサ。
リアルに臭かったようだ、敵の手垢でも染み付いていたのであろうか?
まぁカレンほどではないと思うが、マーサだってそれなりに鼻が利くはずだ、臭いに関しては同じものがあればすぐに気付き、報告してくれるはず。
さらには耳も抜群に良いため、そちらも最大限に利用して敵の捜索に当たって頂きたい。
というか、ここまで有能な感覚を持った仲間が居ると、正直言って俺の索敵などもはや無用の長物に過ぎないのかも知れない……
「よし、それじゃあ捜索を開始するぞ、暗いし、逸れないよう全員で固まって動くんだ、まずは庭からだな」
『うぇ~い!』
手分けして捜すという手もあったのだが、誰かが敵のヴァンパイアを発見した際には大声で他のメンバーを呼ばなくてはならないので都合が悪い。
また、いくら俺達が史上最強の勇者パーティー様方とはいえ、直接戦うことの出来ないサリナをみなで守る必要があるのも事実。
よってここは全員仲良く、和気藹々とこの屋敷の主たる痴漢ヴァンパイアを捜すことにしたのだ……
※※※
「居ないわね~、ぜんっぜん見つからないわね~、もうアレじゃない? この付近一帯ごと更地にしたほうが早くないかしら?」
「馬鹿言うでねぇ、こんな立派な屋敷、金目のものがあるに決まってんだ、それを頂いてからでねぇとそりゃもうもったいないってもんだぜ、ゲヘヘッ」
「何でそんなチンピラみたいな喋り方になったのよ……」
屋敷の庭、倉庫のような建物、中央にある噴水の周り、そして建物の中に至るまで、隈なく捜した俺達であったが、一向に屋敷の主を発見することが出来ないでいた。
そもそも索敵にも反応がない、マーサの五感をフルに使っても付近に居る様子がない。
そして感の良い精霊様も、幻術を見抜くサリナも、奴がどこへ行ったのか、どこへ隠れているのかを言い当てることが出来ないのだ。
「全く、逃げるにしても隠れるにしても、何か手掛かりぐらい残しておけよな、それが悪い奴のマナーってもんだろうよ」
「そうよね、最低限の思いやりも持てない馬鹿は、もう見つけ次第ブチ殺してしまいましょ」
「おいおい精霊様、そんなもん最初からブチ殺すつもりで着てるんじゃないか」
「おっと、そうだったわね、すっかり忘れてたわー」
「……あの、その謎の小芝居で敵が出てくるとも思えないんですが」
あまりにも発見出来ないため、精霊様と遊び始めたところ、冷静なサリナにツッコミを貰ってしまった。
とはいえもう真面目に捜すことすら面倒になってきたからな、そもそも次の屋敷へ向かうための転移装置が使えれば、わざわざ敵を殺して先へ進む必要などないのだ。
もしあのヴァンパイアが尻尾を巻いて逃げ出し、しばらくここへ戻ってくることがないのだとしたら、それこそ明日辺り勝手にお邪魔して、執務室に置いてあることを確認済みの転移装置だけ使って次へ進めば良い。
「じゃあさ、今夜はもう良いとして、一旦戻って作戦を立て直そうぜ、なぁ……っと、どうしたサリナ?」
「え? あ、いや特に何でもないんですが、というか気のせいだと思うんですが、そこの廊下の突き当たり、壁がちょっと変というか何というか……」
「壁が変? 違和感があるってことか、もし気になるなら最後にチラッと見ておこうか、もしかしたらもしかするかも知れないしな」
1階の廊下の一番奥に、どうも違和感を感じたというサリナ、特に他との決定的な違いがあったというわけではないようなのだが、それでも何も調べないというわけにはいかない。
そのままおかしな壁の目の前まで行き、触ったり、軽く蹴飛ばしたりして様子を見る。
かなり頑丈だ、マーサが破壊してしまうかと思ったが、かなり強く蹴ってもビクともしないではないか。
「ねぇっ、怪しいっていうかこんなに強いのはもうおかしくない?」
「ええ、それとね、表面が何だか……文字、みたいなのが彫られて、いや、これは焼き付いた跡ね……」
「確かにそんな感じですね、ちょっと薄くて読めないですけど、これは魔族固有の文字ですよ」
「この壁一面に浮かんでる黒いシミみたいなのがか? まぁ文字だというんなら文字なんだろうが、誰かがこんな所に落書きして、それを必死で擦って消したとかかな?」
壁に浮かんだのが文字……だと言われればそうとしか思えなくなってくる、不思議な現象である。
だがもちろん、それが文字であったとしても俺には読めない、魔族固有の文字であるためだ。
そういえばここ最近、その『魔族固有の文字』とやらを見たような見ていないような……そうだ、エリナがゲットした使途不明な宝石の表面に、たとえその魔族固有の文字が読めるとしても判読が出来ないレベルで小さく書かれていた、あの文字がそうであった。
そしてあの宝石は最初に制圧した屋敷、ヴァンパイア爺やの屋敷の地下にあった宝箱の中のパスワードというか呪文というか、とにかくそれを用いてエリナ所有の不思議な箱を開け、獲得したものであった。
つまり、アレがこの屋敷の秘密となんらかの関係があるとしても不思議ではないということ。
やはりここは一度戻り、この話を皆にして、対策を練るべきであろう。
「サリナ、ここが変なのはもう間違いない、だがこのまま考えていても朝になるだけだ、今は規制線だけ張って後でもう一度、全員で調べに来よう」
「わかりました、じゃあ精霊様、一応封印の類を、それと、私は幻術を残留させて、ここから出ても無限の回廊に迷い込む仕掛けをしておきますね」
「おい、何かとんでもない術を使うつもりらしいが、誤って俺達が嵌まったりはしないよな?」
「おそらく大丈夫です、たぶん、大丈夫な可能性が高いとは決して言えませんが、どちらかと言えば大丈夫なんじゃないかと思うような思わないような……」
「うん、もっとアレだ、ライトな幻術にしてやってくれ」
念のためということで、精霊様の力による封印、そしてサリナの幻術によって、万が一ここから出て来たとしても、そのまま平和に屋敷の中へ戻ることは叶わないよう仕組んでおく。
一度庭の倉庫にある転移装置から、皆の待つ第二の屋敷へ戻ろうとした頃には、既に空は白み始め、変な鳥の鳴き声が冬の待機にこだましていた……
※※※
「で、作戦に失敗して、おめおめ戻って来たというわけですね?」
『す……すみませんでした、でも敵がっ……』
「言い訳無用! 今日は4人共朝食抜きとしますっ!」
『ひょえぇぇぇっ!』
元の屋敷に戻り、待っていたセラとユリナに状況を説明したところ、横でそれを聞いていたミラが理不尽な怒りをぶつけてくる。
まるで悪の組織の女幹部だ、未知の敵の本拠地地へと潜入し、どうにかこうにか討伐のきっかけを見つけて来たというのに、それを一切評価せずここまで怒るとは。
いや、目が笑っているではないか、ミラめ、いつもは偉そうにしている俺や精霊様を正座させ、説教しているという稀有な状況を楽しんでいるに違いない。
精霊様もそれに気付いたようで、俺とアイコンタクトを取った後、調子に乗り続けるミラに向かって一斉に飛び掛かる……
「あでっ、ちょっと話はまだっ……ひゃぁぁぁっ! くすぐったいくすぐったい、ギブ、もうギブッ!」
「まだまだぁぁぁっ! 調子に乗りやがって、これからたっぷりお仕置きしてやるっ!」
「最初はくすぐり1時間の刑ね、その後は素っ裸にして外の木に吊るして、極寒の中木の枝でピシパシしてあげるわ、感謝しなさいっ!」
「ちょっと、あのっ、えっと、ごめんなさいぃぃぃっ!」
朝食の準備もあるということで、ミラは一旦解放、もちろん剥ぎ取ったパンツを担保として預かっている。
後でたっぷりお仕置きしてやるのだ、作戦に失敗したことの腹いせも含めてな。
しばらくして出来上がってきた朝食を取りつつ、今度こそ皆に昨夜起こったことを伝える。
怪しい付き辺りの壁、そしてそこに書かれていた魔族固有の文字のことだ。
俺達の言いたいことが何なのか、すぐに気付いたエリナ、懐から例の宝石を取り出し、窓から差し込む朝日にかざす……と、ここで宝石、いやその宝石の表面が向いている壁に変化が……
「見てよ勇者様、この宝石、光を通すと反対側の壁に文字みたいなのが浮かび上がる仕組みよっ!」
「ああ、そういうアレだったのか、それでこんなに小さい文字を……もうコレ、間違いなさそうだな……」
サリナが発見した怪しい壁、もちろん流れ的に何らかの仕掛けが施されているに違いないのだが、その『仕掛け』がどういうものなのか、これで発覚したも同然だ、物語の流れ的に。
で、もちろん他の皆もこの宝石が今回のキーアイテムになることを察したようだ、わかっていないのはお馬鹿選手権異世界代表のカレンぐらいのものである。
食事を終え、今度はパーティーメンバー全員で、エリナから借り受けた当該宝石を持って敵の屋敷へと転移し直す、次は確実に決着だ。
エリナには、何らかの装置を発動させる役目を終え、その際にもし宝石が失われるようなことがあれば、別の何かで補償してやる旨の約束はしておいた。
12人で敵の屋敷の庭にある倉庫へと移動し、そのまま屋敷の中へ……そういえば巡回をしていた中級魔族の類がまるで居ないのだが、それはあの故お供ヴァンパイア5匹が全て殺害したのかな?
「え~っと、サリナ、精霊様幻術だの封印だのを解いてくれ、自分達で仕掛けた罠に嵌まっていたら世話ないからな」
「でもご主人様、既に幻術の効力範囲内に片足を突っ込んでますよ」
「え? あっ……あぁぁぁっ! 目がっ、目が回って天井が地面に……あでっ……」
サリナにビンタされて幻術からの解放を得たところで、既に解除された諸々の仕掛けのあった場所、即ち謎の字が記載された付き辺りの壁に向かって進む。
近くにある明かりを消したうえで良い感じの位置に宝石を掲げ、その後ろからユリナの尻尾に宿った火魔法でそれを照らしていく……壁に浮かび上がる文字、元々あった擦れたものとピッタリ一致しているではないか……
「あっ、何だか魔力が沸いてきたわね、これは扉みたいに開くわよっ」
「ほう、あ、本当だ、この先はどうなってんだろうな? 真っ暗なんだが……」
最後にパァーッと光った、壁に映し出された文字、それは何らかの呪文であったに違いない、次の瞬間にはセラの指摘通り壁が扉の如く左右に開き、そこにはどこかへと繋がるのであろう謎の真っ黒な空間が……勝手に入ろうとしたリリィを捕まえ、とりあえず近付いて様子を見る。
黒い空間の向こうから、何やら話し声のようなものが聞こえるではないか、間違いなくこの先に誰か居て、しかもそれは1人ではない。
そこで、俺の横で空間を見ていた精霊様が、入っても大丈夫そうだと判断する。
ならば行ってみよう、この先に待ち構えている、おそらく敵のヴァンパイアであろう声の主を殺しに……




