487 呪いの
生き血を対価にヴァンパイア村の連中の協力を得た俺達は、その中から戦える者およそ50を引き連れ、最後の四天王が待つ居城を徒歩にて目指している。
ここは世界の最果て、北の極地、常に雪が舞い陽光は届かず、ひたすらに寒い、というよりも痛い。
何か乗り物を持って来るべきであった、いや、馬車の車輪にスタッドレスとかあるのか? 或いはチェーンがないと走れないよなこんな場所。
などと凍り付き、真っ白になった髪の下にある頭で考えているのだが、その程度のことで気を紛らすことは出来ず、ひたすらかじかむ手足が気になって仕方ない。
というか、ヴァンパイア共はこんな寒さの中、一律これから敵との戦闘になることを考慮した『動き易い服装』を心がけており、その格好でも特に寒さを感じていないようだ。
同じ魔族であり、寒いのが大得意なマーサも少しは寒そうだし、ヴァンパイアに比較的近いと思しき種族の悪魔であるユリナとサリナは、普通に厚着をして寒い寒いと言っている。
この連中の寒さ耐性はどうなっているのだ? 逆に激アツの南国に連れて行ったらどんな反応をするのか? 色々と不思議なのだが、今はもうそれどころではない、寒いのだ……
「……おいっ、もしかして今日はこの状況下で野宿なんて言わないよな? おいそこのヴァンパイア、お前等に聞いてんだよっ!」
「む? 高貴な我らからしたらこの程度は寒いうちに入らぬ、ゆえに我慢せぬか」
「冗談じゃねぇっ! どこでも良いから室内で、暖炉の横で暖まれる場所を紹介しろっ、さもないと持って来ている生き血をお前にはやらんっ!」
「そう言われても……あ、ここからしばらく行った先に屋敷がひとつある、これはカーミラ様の取り巻きをしているカス野朗の屋敷だ」
「本人は?」
「城に居るのかも知れぬが、帰っていないとも限らない、もし鉢合わせれば戦闘は避けられぬな」
「そうか、その方が都合が良い、まとめて相手にするよりも各個撃破していった方が楽だからな、その野郎がご在宅の可能性も考慮しつつそこへ向かおう」
その屋敷の主であるヴァンパイアがどんな奴なのかは特に聞いておく必要がない。
出会って本人確認だけしたらすぐにブチ殺せば良いためだ、他のヴァンパイアよりは強いのかも知れないが、どうせ粋がっているだけの雑魚なのであろう。
同行している連中が持っていた地図から、あと1時間程度歩いた所で脇道に入り、坂を上っていけばその野郎の屋敷があるとのことだ。
吹雪の中そんなに長い時間歩かなくてはならないというのは非常に酷だが、どのみち四天王城まで行軍せねばならない。
天気が好転する様子も一切ないし、むしろあとたったの1時間で、暖かい室内に飛び込むことが出来るのだからラッキーだと考えておこう。
その後も空を厚く覆った雲のせいで昼間だというのに暗い雪道を、仲間とはぐれないように気を付けながら進んで行く。
寒さに弱いセラと、それから純粋に根性がないルビアから苦情が出始めた辺りで、ようやく目的としている屋敷らしき建物が見えた。
レンガ造りと思しきその建物には、小さな窓とわりと角度の付いた屋根、まさに雪国の、雪が積もることを想定して建てられた建築物だ、2階に扉らしきものが設置されているのも非常にGOODである。
そのままメインの街道を逸れて脇道へ入り、少しキツめの坂を上ってその建物を目指す……いくつかの部屋には明かりが点いているようだ、そして雪の積もる屋根から伸びた煙突からも煙が上がっているではないか。
すぐ近くまで行くと、明らかに玄関の前だけ雪かきがされているのが確認出来た。
屋根の下の雪には、上から積もった新たな雪でほぼ消えかけているものの、足跡らしき窪みも存在している……
「おい、これは確実に居るだろ、本人かどうかはわからんがな」
「左様、しかしあのクズ野郎は我らヴァンパイアの中でも相当に上位の力の持ち主、一体どのようにして攻略するつもりなのだ?」
「なぁに、正面切って突入して、フハハハッとか言ってるところを殴って殺すだけの簡単なお仕事だ、今回は『効率の良い戦い方』をお前等に教えるため、俺達が実際に敵を始末する、良く見ておくように」
「う……うむ、そうか、だがこんな所で敗北などせぬようにな、反乱に加担した我らの立場がなくなってしまう」
「大丈夫だ、俺達はお前等と違って真に有能なんだ、高貴なカスであるお前等と違ってな」
「いやちょっとその言い方……」
文句を垂れる高貴なカス共は放っておいて、まずは俺が先頭に出て玄関のドアの前に立つ。
今回はどんな感じでいこうか、やはりおなじみの偽宅配作戦がベストかな?
まぁ、ドアさえ開けさせれば一撃なのだ、警戒してすぐには開けなかったとしても、ドアごとブチのめしてやれば問題なく絶命するはず、とにかくやってみよう。
「こんにちわ~っ、宅配便で~す、こんにちわ~っ」
『うぃ~、へいへい、今開けますよっと……はいどうぞ』
「死ねやボケェェェッ!」
「ぎょえぇぇぇっ! だぶぽっ!」
「あれ? 今の何かちょっと違くなかったか?」
「ヴァンパイア……じゃなさそうだったわね……」
やる気のない声の主が開けた玄関のドア、それと同時に俺様の勇者パンチが炸裂し、そいつは吹き飛び、入ってすぐの廊下を飛び越えて突き当たりの壁に直撃、そのままグロテスクな肉塊と化した。
だが一瞬だけ、ほんの一瞬だけ確認出来たその(故)声の主の姿は、どこからどう見てもヴァンパイア、というか上級魔族のそれではなかった、共通点は羽が生えていたことぐらい、というか顔のキモさからしてヴァンパイアとは違う何かであったはず。
まぁ、殺してしまったものは仕方ない、今のが別の何かであったという前提で本人を探そう。
というか寒いので建物の中に上がらせて頂こう、そう、もちろん土足のままでだ。
まずは俺達勇者パーティーが、その後ろにヴァンパイア村の雑魚ヴァンパイア軍団を引き連れ、ドカドカと他人の家に上がり込む。
目指すは家主の居そうな明かりの点いた部屋、建物の2階ど真ん中に位置する、明らかに偉い奴のリビング的なポジションの部屋だ。
「結局何だったのかしらね、今の変な奴は?」
「さぁな、ここの使用人とかじゃないのか? 全く余計な体力を使わせやがって……と、アレはさっきと同じ種族の雑魚じゃないのか?」
「ギョーッ!? 何なんだお前等、ここへ何しに来たんだっ!?」
「何って、ここの主を殺しに来たんだ、あとお前もな」
「ギョーッ!? 何たることだっ、まさか侵入者だったのかっ!?」
「いやそれ以外に何があんだよ……」
灰色の肌、角の生えた頭、そして穴だらけの薄汚い羽で宙に浮いている。
まるでフィクションに出てきそうな下級悪魔なのだが、この世界の悪魔はユリナやサリナのようにしっかりしたビジュアルだ。
ゆえに何か別の種族……グレムリンというやつなのか、良くわからんが中級魔族らしい。
どちらかというとゴブリンのような魔物に近い存在のはずなのだが、魔族である以上は魔族なのであろう。
もっともとんでもない雑魚だ、戦おうともせず、俺達が侵入者だと知ってすぐに反転し、すぐ近くに見えていた階段から2階へ、おそらくこの屋敷の主の所へ報告に行こうとしているに違いない。
そのノロマな動きのグレムリンを追い掛け、階段の中ほどでその頭をガシッと掴む。
ジタバタと暴れるものの、もはや逃れることは叶わない、そのままポイッと、精霊様の方に投げてやった……
「あら、あんた気持ちの悪い顔してるわね、そんなんじゃ死んだ方がマシよね、殺してあげるからどんな風にして死にたいのか言ってみなさい」
「ギョーッ! お前何すんじゃぁぁぁっ!」
「あら生意気ね、ちょっと皆離れてて、飛び散るわよ」
そう言ってグレムリンとやらを空中に放り投げ、そこに水の塊をゆっくり飛ばす精霊様。
落下しないよう自分の力で飛び、その水塊を受け止めようとするグレムリン、だがいつまで経ってもヒットしないことを不思議に思ったのか、恐る恐る目を開ける。
そこで動き出す目の前の水塊、ぶつけるのではない、口、鼻、耳などからそのコントロール下にある水を注入して……その後はもうキモすぎて表現することが出来ない結末を迎えた……
「おいおい精霊様、この屋敷は今夜俺達が使う予定なんだぞ、あまり汚すんじゃないよ」
「ごめんごめん、でも今回はヴァンパイアを一杯連れているんだし、こいつらに拭き掃除でもさせれば良いわ」
「まぁそうだけどさ、落ちないシミとか死者の祟りとかもあるんだ、次からは可能な限り気を付けて、殺すときも自分が殺されたことを認識出来ないぐらい一瞬で殺ってくれよな」
「はいはい、わかったわよ、気が向いたら次からは注意してあげるわ、気が向いたらだけど」
我等が掃除しなくてはならないのか? などと口々に文句めいたことを言っているヴァンパイア共は無視て先へ進む。
さすがに掃除ぐらいはして貰わないとならないし、俺達に逆らえばどういう目に遭うのか、この馬鹿共にもそろそろわかってきているはずなので、いちいちキレたりはせずに放っておくのだ。
階段で2階へ上がり、またしても出現したグレムリンをミラが斬り捨てたところで、屋敷の中央と思しきポジションに設置された豪華な扉を認める。
間違いなくあそこがこの屋敷の主、クソ野朗だというカーミラの取り巻きヴァンパイアの部屋。
そして奴はそこに居り、既に俺達が侵入したことに気付いているようだ。
扉越しに感じ取ることが出来る猛烈な敵意は、明らかに俺の引き連れている雑魚パイア共とは異なる、強大な力の持ち主であることを物語っている。
だが別に勝てない相手ではない、むしろこの場で、先頭のミラにわずかばかりの小遣いを握らせて、冒険者よろしく討伐依頼をしても良い程度だ。
おそらくミラ1人でも、5分もあればカタが付くレベルの相手であろう、もちろん効率重視、そして俺様の活躍する場面重視のため全員で向かう。
鍵のかかっていない扉に手を掛け、待ち構える部屋の主に俺様のご尊顔を見せるべく、バンッと勢い良くオープンしてやった……
※※※
「ほう、もうここまで来るとは、途中でグレムリンに出会わなかったのかね?」
「出会った、殺した、お前も殺す」
「ほう、人の言葉は覚えたてなのかね?」
「勇者様、簡略化しすぎて馬鹿みたいになってるわよ」
「ほう、そちらの胸が薄い人族は一応メスなのかね?」
「殺す!」
扉を開けて中に居たのはもちろんヴァンパイア、長い白髪、これまでになくジジィ感溢れる見てくれ。
四天王カーミラがお嬢様だとすれば、コイツがその後ろに控える『爺や』といった辺りか。
そして手元のグラスに入っているのは人の生き血か? あの違法な生き血採取施設で被害者から抜き取った、つまり不法に入手した血液に違いない。
執務用の机の向こうで偉そう座っていた爺やは、スッと椅子から立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かって来る……そこで一番近くに居た雑魚パイアが、俺の耳元で臭い息を吐き散らしながら耳打ちしてくる……
「おい貴様、気を付けるんだ、あのジジィは呪いを使う、発言するだけで簡単に呪われてしまうんだ」
「何だよそれ、チート能力か何かか? まぁ良いや、その呪いとやらに注意しつつ、サッサと殺してしまえばそれで終わりだからな」
「ほう、裏切り者共が偉そうに忠告かね、だが我の力、そう易々と敗れるとは思わないことだね」
「で、例えばどんな感じの呪いがあるんだ?」
「ほう、それを聞くかね、例えば……『死の呪い』だね」
「死の呪い? 初球からヤバそうなのを出してきやがったな」
不敵な笑みを浮かべている爺やであるが、具体的にどのような呪いが使えるのかは不明だ。
忘れがちな俺の能力、対象物鑑定で……ダメだ、何だかぼんやりして見えてこない、そういう力の持ち主なのか?
と、そこで獲物を探すように周囲を見渡していた爺やが、ビシッとルビアを指差した。
ターゲットに選定したということか、だが死の呪いなどどうやって……
「そこのおっぱいがデカい回復魔法使いの娘!」
「は……はいっ!」
「貴様に死の呪いを掛けたっ! 貴様の寿命はせいぜい残り70年! 短い余生を悔いなく過ごすが良いっ!」
「ひぇぇぇっ……え?」
「そこそこ大往生じゃねぇか……」
どうせこんなことであろうと思った、この爺や、死の呪いなど全く使っていないのだ。
というか雑魚パイア共が恐れる『呪い』自体存在が危ぶまれる状況、というかそんなもの確実に嘘八百である。
そこで後ろから出て来たサリナが俺の袖を引っ張る、どうやら爺やの使う技の正体に気付いたようだ……
「ご主人様、このヴァンパイア、呪いなんか全然使えません、というか幻術すら練習していませんね、単に曖昧な未来予知が出来るだけの雑魚です」
「いや、未来予知ってまぁまぁ凄いと思うんだが、うん、雑魚なんだな」
「ちなみに秘密を悟らせない、相手の疑う視線にジャミングを掛けるような術を持っているみたいですね、だから他のヴァンパイアを騙し続けて、自分の優位を維持することが出来たんだと思います」
「なるほどな、それでコイツの『中身』は俺にも見えなかったのか……まぁ、とりあえず殺そうぜ、ここじゃなくて外でな、おいお前、ちょっと来いっ!」
「ほう、我の呪いの力を信じない愚か者が現れようとはって、いでででっ! ひ、引っ張ってはいけないのだよっ!」
未来予知ヴァンパイア爺やを引っ張り、雪の降り積もる外へと連れ出す。
途中からやけに静かになり、顔が青ざめていたが、己の未来を予知することに成功したのであろう。
「オラッ! そこに直れこのゴミクズがっ!」
「ぎぃぇぇぇっ!」
極寒の中、降りしきる雪の中、冷たい風の中、俺達が頂く予定の邸宅から少し離れた場所にその爺やを放り出す。
もちろんこれから執り行われる処刑がどんなものになるのか、未来予知によって見えているはずだ。
「まずは手足だっ!」
「ぎぃぇぇぇっ!」
「これで歩くことも、そして逃げ出すことも出来なくなったな、ついでに鼻と耳も削いでやる」
「ぎぃぇぇぇっ!」
「良い顔になったじゃねぇか、異世界勇者たるこの俺様に感謝しろよ、で、あとはもう面倒だ、雑魚パイア共、このジジィはお前等にくれてやるから好きにするんだ」
『ウォォォッ!』
「ぎぃぇぇぇっ!」
先程から『ぎぃぇぇぇっ!』しか言わなくなってしまったヴァンパイア爺や、それと爺やを取り囲む雑魚パイア共は雪の中に放置し、暖かい室内に戻る。
今夜はこの屋敷でゆっくりと……おや、先程まで爺やが居た執務室に、なにやら見覚えのある装置があるのをを認めた、おそらく転移装置ではなかろうか?
「ご主人様、これは間違いなく転移装置ですの、どこへ繋がっているのかはわかりませんが」
「試しに使ってみるか? もしかすると四天王城へ直通のやつかも知れないぞ」
「危険すぎますの、もし別の、もっと危なっかしい所へ繋がっていたらどうするんですの? ここはエリナを呼んで見て貰うべきですわ」
「確かに……いや、あのヴァンパイア共の1人を生贄にしてだな……」
「そんなことをしてもしカーミラ様の御前やその取り巻きの目の前に直通だったらどうするんですの? こちらが貧困に喘ぐヴァンパイアを煽動して城を攻めようとしているのがバレてしまいますわよ」
「それも確かに……しょうがない、エリナを呼んで来るまで待つか、おいサリナ、何かテレパシー的な凄い力でエリナを呼んでくれ」
「わかりました、やってみますね」
適当に発令した俺の無茶振りを、いとも簡単に承ってくれるサリナは優秀で可愛い悪魔だ。
すぐにエリナに対して以心伝心の信号めいたものが送られ、それに反応があった旨伝えられる。
エリナはアイリスも連れ、得意の鳳凰に乗ってここへ来るとのことだ。
アイリスに瘴気避けの魔法薬をキッチリ飲ませるよう伝えておき、転移装置らしきモノの件はいったん処理済となった。
ちなみにエリナには明日の朝までに来ない場合は尻に太い棍棒を突き刺すと脅してあるため、今はもう大急ぎでこちらへ向かっていることであろう。
「ご主人様、このお屋敷を探検して来ても良いですか?」
「構わんが、金目のものを発見したら放置せず報告しろよ、あと換金価値のないモノであっても、実印とか預金通帳とか、そういうものもだぞ」
「は~い、じゃ、いってきま~っす」
颯爽と走り去って行くカレン、いつもであればリリィと2人で行くところなのだが、生憎そのパートナーは寒さに弱く、暖炉の前にへばりついて動かない。
しばらくすると戻ったカレンは、地下に食糧庫と宝箱があったこと、そこに隠れていたグレムリンを2匹発見し、外に連れ出して殺害したこと、そして風呂は1階に大浴場が設置されていたことを報告する。
特にやることもないし、風呂に入って食事を済ませてしまおう、ということで雑魚魔族の血に塗れた階段を掃除している雑魚パイア共を蹴散らし、既に死亡したヴァンパイア爺やのために湯が張られていた風呂にゆっくりと浸かった。
その日はミラが地下倉庫の食材を使って用意した夕食を取り、カレンによって同時に発見されていた宝箱の中身を確認するのは翌日として、すぐに暖かい布団に潜り込んだ。
翌朝目を覚ますと、ちょうど窓の外に、米粒のように見える鳳凰の姿。
まだまだ距離はありそうだし、アイリスを乗せてそんなに速く飛べるはずもないが、もうしばらく待てば到着するであろう。
雪は止んで空は快晴であるが、外で待つのはさすがに寒そうだ、もう少し布団に包まって待機させて頂くこととし、どこからか漂う朝食の香りを感じながら二度寝する。
さて、あの転移装置はどこへ繋がっているのであろうか、四天王城へ直通なのか、それともまた別の場所へ転移するためのものなのか。
それはエリナが来さえすればすぐに判明することだ、もし四天王城直通であればそれほど楽なことはないのだが……




