485 血抜き
「ということだ、俺達は一度人族の領域へ戻るから、生き血を保管するためのアイテムを貸してくれ」
「生き血を保管するアイテムですか、チュパカブラ型のふざけたものしかありませんが、それで良ければどうぞ」
「うむ、そんなの何でも良いよ、使えさえすればな」
ヴァンパイア村の代表と交渉するためのテーブル、既に協力を取り付けることが出来そうな感じなのだが、ここの連中に俺達を信用させるための、いわば貢物のような生き血が必要だ。
そのための容器を頼んで村の野郎ヴァンパイア共が持って来たのは、幼稚園児に持たせる水筒のようなデザインの筒、イヤに立体的なチュパカブラの装飾が施されている。
で、頼んでもいないのにそれを30本以上も持って来たということは、おそらく全部一杯にして寄越せということなのであろう、全く図々しい連中だ。
「では皆さんにこれを、ちなみに腹の所を押すと音がなります、こんな風に」
『ピュー、ギャーッ……』
「単なる玩具じゃねぇかっ!?」
「ええ、子ども用なものですから、同じく玩具で良ければアダルトなものもありますが、どうしますか?」
「いや、これで良い、てかアダルトな玩具とか言うのマジでやめろ」
これ以上話をすると子どもも居る場で余計なことを言いかねないヴァンパイア共には喋らせず、そのままひたすらにこちら側の条件だけを提示していく。
捲くし立てるようにして話し、相手にはウンウンと言わせるだけ、雑談も、余談も挟まずにまっすぐ契約まで持っていった。
ということで俺達は、『四天王城攻略へ同行し、雑魚キャラとの戦闘を引き受ける』という約束を取り付け、その対価として、人族の地で魔物や野獣を狩り、その生き血を受け取ったチュパカブラ水筒全部に満タンになるまで詰め込んで持って来るべきことと決まる。
もちろん俺達の支払う対価の方が先だ、どちらかというと信頼性が低いのは俺達だし、この村の連中には同族殺しというとんでもなく忌避すべき行為をさせることになるためだ。
それと、現状のガリガリ共では丸々と太った高位ヴァンパイアに手も足も出ないということもその理由のひとつ。
いくら協力してくれるとはいえ、単に付いて来るだけの足手纏いでは仕方ない、しっかりと活躍して頂かねば……
「じゃあこれから人族の領域に戻って、数日したらまたここへ来るから」
「わかりました、では新鮮な生き血の方期待しておきます」
「あ、それからひとつ頼みがあるんだが、俺達が出て来たトンネルの穴、あそこに瘴気が流れ込まないよう、蓋をするなどしておいてくれ、あと梯子なんかも設置してくれると非常に助かるな」
「良いでしょう、ではそちらも我ら高貴なるヴァンパイアが承ります、ではこれを」
「あ……はいどうも……」
当たり前のように追加のチュパカブラ水筒を5本差し出してくる代表ヴァンパイア、図々しさここに極まれり。
まぁ、ここで文句を言って関係が悪化してもつまらない、黙って受け取り、生き血をなみなみと注いで来てやろう。
村でズタ袋を借り、そこに空の水筒を詰め込んだ俺達は、ポッカリと空いたままになっているトンネルの出入り口をロープを用いて降り、山脈を越えた先にある狐獣人の里へ戻るべく、南を目指した……
※※※
「で、向こうに着いたら早速狐獣人の里の人達に協力して貰って、冬山で冬眠中の獣なんかを狩るのね」
「その通りだ、ただもちろん俺達もキッチリ手伝うし、それなりの見返りというか、対価は支払うことになるがな」
「てことはアレかしら? 抜き取った血以外のものは全部狐獣人の里にあげちゃうということなのよね」
「ああ、もちろんその日の夜皆で食べる分は除いてな、そうなれば狐獣人達も喜んで協力してくれるだろうよ」
これからトンネルを抜けて戻った先では、すぐに狐獣人の族長に頼んで、魔物および野獣狩り部隊を結成して貰う。
俺達は主に凶暴で危険な魔物を、狐獣人達には俺達には発見することすら困難な、雪山で冬眠中の獣を狩って来させるのだ。
そこで狩った獲物は血抜きをし、肉と毛皮は今回の作戦に協力してくれた狐獣人の里へ、生き血のみは保管してヴァンパイアの村に提供する。
そうすれば獲物の血も無駄にせず、当然毛皮や肉も有効に活用出来るのだ。
また、俺達が魔物を狩ることで、狐獣人達にとって普段は危険すぎてあまり手が出せないような、大型の魔物から剥ぎ取ることが出来る肉や毛皮を手にするチャンスともなる。
何から何まで良いことだらけ、今回は三者なのでWIN=WIN=WINの関係と言って良いであろう。
そして俺達が抜けても狐獣人とヴァンパイアでWIN=WIN、これまではお互い色々あったのだとは思うが、もしかしたらこれが和解のきっかけになるかも知れない。
というか、このやり方を採用すれば効率良く、狐獣人、いや狩猟によって生活の糧を得ている人族の集団とヴァンパイアはずっと仲良く暮らすことが出来るのではないか?
いや、むしろこういう共存を目的として、魔界の神様方はあのような使い道のわからないトンネルを開通させたのではないか、良く考えればそう結論付けることも可能な気がしてきた。
期待を胸に、来たときと同じトンネルを小走りで、今度は1日半程度で踏破する。
途中、わけのわからない天気を再現する厄介な装置を破壊したため、これで行き来の安全も確保出来た。
トンネルの人族側出口から出ると、すぐに狐獣人の里の集会所を目指す。
時間は夕方、明日の朝から狩猟を始める感じの予定でいきたいところだ……
※※※
「……では王女殿下主催の大狩猟大会をしようと仰るのですな?」
「ええ、ご協力願えますか?」
「もちろんですとも、そちらの変な顔をしたなんちゃら勇者(笑)の頼みであればともかく、王女殿下直々の要請とあれば、我等狐獣人の里として拒むことはございませぬ、早速準備をして、明朝には全て整った状態でお待ち致します」
「ありがとうございます、では明朝、こちらも装備を整えてこの集会所へ参りますね」
「あといちいち俺を引き合いに出してディスるんじゃねぇよ……」
そのうちにこの異世界勇者(笑)様たるこの俺(笑)様の実力を見せ付けてやろう。
きっと大小垂れ流しながら土下座にてこれまでの非礼を詫びるに違いない、そのときが来るのが楽しみだ。
まぁ、それはともかく、今はサッサと宿泊所へ戻り、お留守番をしているアイリスとエリナに……特にこれといったお土産はないのだが、一時帰還したという報告だけしてやろう。
翌日使う血抜きセット、即ちチュパカブラ水筒の説明をし、それは全て集会所に置いて行く。
朝出発するチームごとにいくつか持って、獲物を狩ったらその場で血抜きをして貰うのだ。
余計な荷物を手放した俺達は、腹が減ったということもあって小走りで2人の待つ宿泊所へと向かった……
「ただいま~っ、おうアイリス、エリナはどこへ行ったんだ?」
「おかえりなさ~い、エリナさんですか~、何だか用事があるとかで里の商店に行きましたよ~」
「エリナめ、また警護対象を放置して勝手にフラフラしてんのか、まぁ良いや、何か買って来たら全部没収してくれよう、ゴミみたいなモノだったら要らないがな」
ちょうど夕食の準備に取り掛かろうとしていたらしいアイリス、食材は里側から提供されたものの、何でもかんでもやって貰うのは悪いということで、せめて調理だけは自分でやろうと思ったそうだ。
だが今日受け取った食材はアイリスとエリナとで2人分のみ、仕方ないので俺達も独自に食材を貰いに行き、ミラも調理に参加するかたちで全員分の夕食を確保した。
ちなみに、そろそろ夕食が出来上がるというタイミングでノコノコと帰って来たのはエリナ。
何やら大き目の紙袋を持っているではないか、とりあえず食事にし、後で没収して中身を確認することとしよう。
エリナはさておき、食事をしながら翌日の狩猟大会に関する話を進める。
俺達が狩るのは主に魔物、というかこの辺りの山で冬眠している獣を狩るとなると、必然的にターゲットが『ウサギ』になってしまう。
マーサも居る手前、穴に隠れたウサギの耳をガシッと掴んで引き出して、締めて毛皮を剥いで、というところを見せるわけにはいかない。
かといって音や匂いに敏感なマーサを狩猟に使わない手はないのだ、獲物を探す際には、カレンと並んで間違いなく、筆頭キャラとして活躍してくれる、
それに冬眠中の獣を狩り慣れない俺達など狐獣人の皆様方からすれば足手纏いに過ぎないのだ。
よって俺達は、ここの里の人々がまともに敵わないような、出会ったら即逃走すべきとされているような強敵を狩ることに専念すべきであろう。
「じゃあ明日は比較的強くて、いざとなったら逃げ足の速いガイドを1人お願いして、里の人達が普段近付かないような危険な場所、ヤバめの敵が出現するエリアを回るのね」
「そうだ、そんな感じでいけばこの里にも利益をもたらすことが可能だし、強い敵はまたデカくもあるだろうからな、生き血の方もモリモリだぜ」
「品質の方はすこぶる悪そうだけどね……」
とにかく方針が決まればそれで良い、食事を終えたら風呂に入り、酒も飲んで布団に入る。
エリナの紙袋のことなどすっかり忘れ、平和に翌日の朝を迎えたのであった……
※※※
「おはようございます、今日は山での大狩猟大会を企画して頂いたうえに、皆さんの協力して普段狩れないような危険な魔物を狙ってくれるなんて」
「いや構わん、で、案内役にはイナリが抜擢されたのか?」
「ええ、他にも強かったり素早かったりする子は居ますが、族長が『一番面性格の倒臭そうな勇者らしき不潔な物体』を『手玉に取ったことがある』私が適任だと仰いまして」
「あのジジィ、いつか覚えておけよ……」
異世界勇者様たるこの俺様に対して大層生意気な族長や他のジジババを締めるのはまた次の機会として、とにかくイナリの案内を受け、山というか森というか、とにかく山林の中へと突入して行く。
足元には雪が積もり、所々にある針葉樹でない木々は枝が丸裸になっている。
沢も凍って静かだ、とてもこの付近に生き物が居るとは思えない、俺達に見つけられるのはせいぜい野鳥ぐらいのものであろう。
だがしばらく進んだ先、森のかなり奥深く、そして北の山脈沿いに位置するとあるエリアへ来ると状況は一変する。
木にロープが掛けられ、立入禁止というか何かを封じている雰囲気のその先からは、明らかに他のエリアとは違う空気が漂ってきているのだ。
「おいおい何だよここは、呪われてんじゃねぇのか?」
「う~ん、呪いというか怨念でしょうね、今でこそこうやって囲いがしてあって、しかも定期的に里の年寄衆が集まって封印の術を施していますが、かつてはここで魔物と戦い、敗れ去った里の人間が多数居たようで、しかも危険すぎて遺体の回収や供養なども出来ず……と、そちらの3人はどうしたんですか?」
『な……なんでもありませんっ、ちょっとちびりそうなだけです……』
「あ、お化けとか恐いのダメなんですね」
とはいえその封印され領域へ入らないことには始まらない。
ミラ、ルビア、ジェシカの3人を無理矢理引っ張り、規制線となっているロープを跨いでその先へ進む。
「ほらルビアちゃん、あそこに彷徨える狐の霊が居るわよ、見えるかしら?」
「ひぃぃぃっ! せ、精霊様、そういうのだけは勘弁して下さい……」
「おいルビア、こんな所でおもらししたら尻が凍るぞ、気を付けろよ」
「は、はいぃぃぃっ!」
後ろのルビアは精霊様が、前に居るミラとジェシカは適当に皆でからかいながら、呪われし危険領域の奥へと進んで行くと、突如として全方位に敵意を振り撒く敵キャラの集団が、俺の索敵に反応した。
かなり離れているのにも拘らず、まるで獲物でも探しているかのような凶暴なオーラ。
それが10体以上、1ヶ所に集中して存在している……カレンとマーサ、それにイナリもその存在に気付いたようだ、さすがである。
黙って全員に合図を出したイナリの後に続き、その敵の存する方角を目指す……見えた、木々の隙間から覗いて認めたその敵集団はおなじみのオーク、だが明らかにこれまで出会ったものとは違う風貌だ。
「……アレらはこの地域にしか生息しない『贅肉アーマードオーク』ですね、めっちゃデブで寒さに強いです、あとパワーも」
「うむ、確かにすげぇデブだな、毛皮も凄く分厚そうだ」
「ええ、あの毛皮は布団なんかに、それと体脂肪を燃料に、あと赤身肉は硬くて不味いですがギリギリ食べられないこともありません」
「脂、燃料にしちゃうんですか? 脂身の付いた美味しいお肉は食べないんですか?」
「狼さん、奴等の脂は何か特殊なんです、大量に食べると何も感じないままにお尻から脂が……」
「ひぇぇぇ……やっぱ要りません……」
何だかそういう魚が存在していたような気がするが、とにかく色々と使えそうなのは事実だ。
だが生き血の方はどうであろうか、脂を大量に摂るのがダメで、そしてあのオーク共は見るからに高脂血症である。
生き血を飲ませたヴァンパイアが次々腹を壊すなどということは……まぁ、そうなったらそうなったで別に構わないか、別に腹を壊すのは俺や俺の大切な仲間ではないのだ。
だが念のため、あの豚共の生き血を飲ませるのはどうでも良い連中の中でもさらにどうでも良いとされる、薄汚いおっさんヴァンパイアだけに限定しておこう。
搾り取った生き血を詰めたチュパカブラ水筒に、『漢の』とか『for MEN』とか書いておけば大丈夫なはずだ、それだけのことで女性が被害に遭うのは避けられる。
「よし、それで敵の数は……13匹か、どれも雑魚みたいだが、真ん中のちょっとデカい奴がリーダーなのかな?」
「どれでも構わないわよ、あのお腹じゃそんなに逃げ足が速いなんてことはないでしょうし、適当に全部叩きのめしましょ」
「……あの、すみませんがあのオークは通常のものよりも強くてですね」
「心配は要らないぞ、何といっても俺様達は伝説の異世界勇者様たるこの俺様を擁する勇者パーティー様なんだからな、最強なのだよ」
「いやどんだけ自分に『様』付けてんですか、アレですか? 調子に乗っているモヒカンの雑魚ですか?」
「まぁ、勇者様はそんなところね……勇者様だけだけど……」
「セラ、お前あとでお仕置きな」
それはともかく、今狙っているオークの集団はどれも雑魚以下、仮に俺が雑魚だとしたら、その雑魚に丸呑みにされるプランクトンといったところだ。
だが問題がひとつある、セラの言うように適当に叩きのめして良いというのであれば話は早いのだが、今回に限ってはそうもいかない。
トンネルを抜けた先で待つヴァンパイア村の連中に飲ませるために、体に悪いものかも知れないとはいえ奴等の生き血を、一滴残さず回収する必要があるのだから。
もちろん物理や魔法による攻撃で切り刻んでしまえば、体に穴を空けてしまえば、はたまた焼き払ってしまえば生き血の回収は出来なくなってしまう。
そうならないためにも、ここは武器等を用いず気絶させ、生かした状態で徐々に『献血させる』という方法を取るべきだ。
というか、そういう血抜きの方法を取った方が鮮度が保てて良いのではないか? まぁぶっちゃけその辺りのところは詳しくないのだが、釣った魚を血抜きする感じでいけばそれが正解に違いない。
「よし、後衛組は万が一の逃走に備えて魔法を準備して待っていてくれ、案外動けるデブなのかも知れないからな、俺とマリエルと前衛組で奴等をポカッとやって気絶させよう、行くぞっ!」
『うぇ~い!』
書く得て様子を覗っていた枯れ枝の藪から、ザッと飛び出して敵の集団を目指す。
一番近くに居た1匹がこちらに気付いて振り返ったときには、既にリーダー格と思しき1匹も含めて、遠い順に半数を『済』とした後であった。
その振り返った1匹が最後の1匹となり、その顔面に一番遅かった俺が軽く、ソフトタッチかと思えるほどにフェザーなパンチを当ててやる……顔の脂がブチュッと潰れた、なんとキモい奴なのだ……
「よしっ、全部そこまで出血してないぞ、セラ、チュパカブラを全部持って来てくれ」
「はいはい、結局こっちの出番はなかったわね、まぁ相手がこんな雑魚じゃ仕方ないんだけど」
その後はもう簡単であった、ボテボテと太ったオークにチュパカブラ水筒をザクッとやると、みるみるうちにそれが血で満たされていく。
オーク度もが目を覚ます気配はない、きっと寝ている間に蚊に指されても気が付かないようなものなのであろう。
まぁ、今回に関しては寝ている間に全身の血を抜き取られて死亡するのだが……
「よしっ、こいつらの分は以上ね、てかこれだけデカいオークで水筒2本分にしかならないなんて、相当に頑張らないとダメね」
「ああ、どうも生き血を圧縮して収納しているみたいだな、普通の感覚でやっていたら気が遠くなるぞ」
これは魔物にしろ何にしろ、相当な量を狩らないとならないようだ。
真っ白になったオークの死体を運搬すべく、一度狩猟大会本部に戻ると、未だ本部に届けられた満タンの水筒はゼロ。
その辺で冬眠している、狐獣人が狩り出せるような小さな獣では、どれだけ狩っても狩っても水筒1本分にもならないということなのであろう。
仕方ない、これは俺達が頑張って、超巨大モンスターからその血液を頂く他なさそうだな。
ということですぐに本部を離れ、再び先程の森へと戻った、今度はもっと大きい獲物を捜すべきだ。
「……ご主人様、何だか足音がしますよ、ドーンッて」
「おや、それはまたデカ奴が居そうだな……でもどうせゴーレムとかそういうオチじゃないか?」
「いえ、今度はゆっくりじゃないし、ちゃんと歩いている音ですよ」
「そうか、じゃあちょっとそっちへ行ってみよう」
カレンが真っ先に聞き付けた謎の足音、その正体が何なのかは定かでないが、出来れば血の気の多い、ではなく血の量が多い生物だと有り難いのだが……




