483 トンネルを抜けた先
「さすがに長いな、てかまだ誰も瘴気を感じてないってことは、ここは人族の領域ってことだよな?」
「そうだとは思うけど、いくら何でも魔族領域が遠すぎる気がするのよね」
「どうなのかな、トンネルをまっすぐ行くにしても、山脈を越えるんだから遠いのは普通な気がするが」
「遠すぎよっ、もうあれから随分歩いているわよ」
「お腹空きました……」
「私もーっ!」
昼も夜もないトンネルの中をひたすら歩く、地図も何もなく、風景も変わらないため、今どれだけ来たのか、山脈のどの辺りなのか、全く見当が付かないままだ。
というかむしろ、この場でぐるぐる回ってみたらどちらの方向から来て、どちらへ向かっていたのかわからなくなりそうな勢い、そんな単調なトンネルに飽き飽きしたのか、皆歩くペースも落ちてきた。
仕方ない、食糧は少ないがこの辺りで休憩に……いや、少し行った場所が少し広くなっているではないか。
そこまで歩いて食事休憩とし、ついでに仮眠でも取っておくこととしよう……
「あっ、見て下さいよっ、あの窪んだとこ、洞窟みたいなのがありますよっ!」
「本当だ、でも危ないかもだから……そんなこと言っても無駄かね……」
目指していた少し広くなった場所、てっきり山道の待避所のような路肩的場所だと思っていたのだが、どうやらガチもんの休憩スペース、言うなれば道の駅であったようだ。
トンネルのむき出しになった岩肌に横穴が掘られ、その外側には『休憩コーナー』の文字、中にはテーブルセットが見える。
とても数百万年前だの何だのに建造されたものとは思えない、未だ現役の様相を呈している人工物だ。
カレンが走り込んでしまったため、特にトラップ等警戒する暇なく中へ入る……風呂に便所、仮眠用と思しき寝床まであるではないか、風呂を沸かすための火魔法が篭った魔石は既に使えそうにないが、その辺りはどうにかなるはず。
そして、メインとなっているのはレストランのような、または宿屋の食堂のような場所、カウンターもあり、スタッフさえ居れば何かの店として十分に稼動出来そうだ。
その店舗状の場所の壁には看板が掲げられ、『がんばろう、山脈越えまで、あと半分』と、無駄に達筆な字で書かれているのが見て取れた。
それが魔族領域側から向かって『半分』だと書かれたのか、それとも俺達が来た狐獣人の里から向かってそう書かれたのかは定かでないが、状況からして後者であることは間違いない。
魔族が人族の領域へ行くことはあっても、人族が魔族の領域へ足を踏み入れることは叶わないのだ。
ということで古の魔族が造ったと思しきこの休憩コーナーだが、現在における利用者である俺達が有り難く使わせて頂くこととしよう。
とりあえず椅子に座り、持参していた食べ物を広げて食事、もちろんこれが朝食なのか昼食なのか、それとも夕食なのかわからない1食を頂く。
朝食後にトンネルに入って以降、カレンやリリィが文句を言わずに歩き続けたということは、おそらくこれが昼食なのであろうことは予想出来るのだが、太陽の光が届いていない時点で何とも言えない。
と、そこで行儀悪く食べながら散策をしていた精霊様が、何やら石版のようなものを見つけ、こちらに持って来た……
「見てこれ、このトンネルの案内図よ、もちろん一本道だから地図にはなっていないけど、途中に何があるかぐらいは書かれているわね、ちなみに今はここよ」
「おう、ちょうど真ん中か……って、上の図からしてもう魔族領域に入ってるじゃないか、なのにどうして……」
「おそらくだけど、反対側の出口も塞がっているのよ、だから瘴気が流れ込んでいなくて、クリーンな空気が保たれているの、向こうを開けたらここも瘴気だらけになるんじゃないかしらね」
「なるほど、そういうことなのか、じゃあ里の人々に色々やって貰っても大丈夫だったんだな、まぁ今更遅いんだが」
精霊様の持って来た石版はトンネルの案内図、そしてこの上の山脈がどういう形を成しているのかを示すものであった。
今居る休憩コーナーは、本当にちょうどど真ん中、切り立った山脈の、一番高い場所の真下なのである。
そして石版には、その山頂よりも南側、つまり人族の領域に寄った側に、瘴気渦巻く魔族領域との境目が存在していることまで記載されていた。
つまり、現状で既に魔族領域、その地下空間に突入しているというわけだ、本来であればここは瘴気に包まれ、瘴気に弱い人族は一瞬でハゲ散らかしてしまう。
それを、人族側の出入り口と同様に、魔族側の出入り口も閉ざされていることを原因として、このトンネル内部に限り、クリーンな空間が広がっている、そういうことなのだ。
もちろん反対側、魔族領域側を開ければ一気に悪い……というのは失礼に値するのだが、とにかく瘴気を含んだ、人族や異世界人の俺にとっては有毒な大気が流れ込んでしまう。
ゆえに、反対側を開通させるのに必要な労力だけでなく、狐獣人の里へその影響を及ぼさないための措置を取る労力も必要となってくる。
封印をしたり厳重な扉を設置したり、はたまたその両方を……封印は精霊様が、扉の設置は協力を申し出てくれている狐獣人の里の負担でやって貰えば良いか、面倒だしそれでいこう……
まぁ、その前に俺達が反対側の終着点、魔族領域側の出入り口に到達せねばならないのだが。
ここからはまだ半分の道程、そしてこの先にあるのは道の駅的な休憩コーナーがひとつのみ。
人族側、つまりここまでの道程には休憩コーナーが……一応あったようだ、長い年月で崩落したか何かして埋まってしまい、気が付かなかったのであろう。
今居る場所も含めて、案内図上には全部で3つの休憩コーナー、そしてその全てに『ナイフ&フォーク』と『ベッド』つまりは食事と宿泊施設のマークが付記されている。
おそらくはその全てで食事のための休憩が必要、さらには歩くペースによっていずれか1ヵ所ないし2ヶ所で宿泊が必要、そういうことであると推測可能だ。
俺達の場合、ここまでどれだけ歩いたのかは定かでないものの、一応次の休憩コーナーまで歩くことは出来そうである。
体力のない俺とルビアが大丈夫なら皆大丈夫なはずだし、今日はどうにかそこまで行って宿泊することとしよう。
「さて、食事が終わったなら出発しようか、まだまだ先は長いからな」
『うぇ~い!』
休憩コーナーを出た俺達は、方向を間違えないよう注意しつつ、さらにトンネルを進んだ……
※※※
休憩後、特にこれといったトラブルには直面することなく、次の休憩コーナー、というか本日の宿泊所に到着する。
本当に今が夜なのかは定かでないものの、非常に疲れていて眠いということは、体内時計が夜を告げているということだ。
到着した宿泊所は……若干埋まりかけていたものの、掘り返せばどうにか使用可能な状態であった。
もちろんベッドなどは岩を削った簡易なもの、荷物の中に毛布がなければ寝られたものではなかったはずだ。
こちらも風呂の設備はダメダメであったが、精霊様が水を、ユリナが炎で良い湯加減を実現することにより、どうにか入浴を済ませることが出来た。
食事も済ませ、とりあえず布団、というか持参した布や毛布に包まって……どのタイミングで寝ていつ起きたら良いのかまるでわからないではないか。
昼夜を認識出来ないことなどこれまでにもあったが、このトンネルのように、無駄に明るい状態が明かりを灯すことなくキープされているというのは珍しい。
とりあえず目を瞑り、寝たのか寝ていないのかわからないような状態のまま時間を過ごす、時折目を開けると、天井に描かれている月の絵が……先程と、いや常に描かれた場所が変動し続けているように見える。
ただの絵ということで、最初はあまり気にしていなかった。
だが明らかに変動するその月の絵、最初は向かって右側に居たのが、今では部屋の中央付近に位置している。
そうかこの月の絵は夜の時間を表したものなのだ、きっとこのまま向かって左に移動していき、壁から消えたところで太陽の絵が出現する、そういった時の告知方法なのであろう。
ということは時間もわかる、このまま気にせず寝ていれば、そのうちに朝を告げる太陽の絵が出現するはずだ。
多少寝坊しても起きたときに気付けばそれで良いし、もう色々と無視して寝てしまおう。
すぐに目を瞑り直し、横に転がっているカレンの尻尾をモフモフしながら眠りに就いた……
※※※
熱い、熱い砂漠の夢を見た……違う、現実が熱いのだ、熱いというより暑いのだが……
「あっつ! おい誰だ暖房を掛けたまま寝てたのはっ!」
「違うわよ勇者様、この部屋、じゃなくてもうトンネルの中自体が激アツなの、アレのせいでね」
「アレって、天井の絵がどうかしたのか?」
昨夜眺めていた月の絵、それは予想通り太陽の絵に置き換わっている。
そして……熱い、部屋が暑いというよりも絵が熱い、まるでハロゲンヒーターの如きだ。
「……で、これは一体どういうことで、何に起因してこのような大惨事が発生しているのだ? 精霊様、現時点でわかっていることの報告を頼む」
「この絵から、てかトンネル中にある太陽の絵から出てる熱で暑いの、もともと外と同じように内部の気温を変化させるためのものみたいだけど、どうもぶっ壊れてるみたいね」
「直し方は?」
「直るわけないでしょ、もう装置の寿命よ、昨日のうちは天気が『曇り』だったみたいだけど、今日は『晴れ』だからこの暴走した激アツ太陽が夕方になって消えるまで待つしかないわね」
「クソがっ! またあの妖精おじさんの失態だな、野郎を見つけ出したら直ちに捻り潰してやる」
「もう捻り潰したから色々な仕掛けが動作しているのよ、これも暖房の一貫であることは間違いないし」
昨日発見し、というか謎のベトベトを使って襲撃してきた妖精おじさん、それを捻り潰した際に舞って行った燐粉のような光の粉がこの事象を引き起こしていることは確かだ。
そしてもちろん、こんなものは古の、現在では失われた技術を用いた超ハイテク装置である。
ゆえに精霊様でも、というか誰を連れて来たとて修繕することは不可能、もう直しようがない。
……いや、ヨエー村を別の次元に飛ばして支配していた仙人の知恵、そして以前そこに存在していたはずの賢者の力を用いればどうにかなるかも知れないな。
俺の持つ仙人と同じ謎の力が関係するとは限らないが、後々このトンネルを使うのにこれでは不便だ。
何か少しだけ試してみることとしよう、まずは掌に力を込めて天井の絵に……熱いだけであった。
「ちょっとあんた、何をハンドパワーみたいなの送ってんの? 不思議な力でそれを直せると思ったら大間違いよ」
「そうか、じゃあもっと別の力で……」
「そうなの、これはきっと神々、といっても今居る女神じゃなくて、魔界の神だと思うけどね、もちろんあの妖精おじさんもどっかの神の作品よ」
「えらく趣味の悪いビジュアルをした創造物をお創りあそばされて……」
魔界の神といえば死神と貧乏神、あの2柱以外にもまだ沢山居るとは思うが、とりあえず知っているのはそれだけである。
一度会ったことはあるその2柱だが、俺のサポート役である神界の女神と違い、そう易々と呼び出してこの装置を直せなどと言うわけにはいかない。
というかむしろ恐ろしい、特に貧乏神だけは絶対に、もう二度と近付きたくない、大人しそうではあったが、怒らせると何をされるかわからないからな。
ということでここの暑さに関してはしばらくの間保留である。
天気のシステムがあるみたいだし、通過するのは『曇り』のうちで……と、そう思っていたら曇ってきたようだ、天井の絵が端から徐々に消え、気温も一気に下がる。
直後、ポツポツと、まるで上階で水漏れでもしているかのような水滴。
間違いない、これは天気が『雨』に変わったのだ、涼しいが、あまり濡れてしまうのもどうかと思うな……
「ねぇ、ちょっとこの雨ヘンじゃないっ!?」
「きゃっ、ふ、服に穴が開いて……」
「ヤバいっ! これは酸性雨だ、皆何かの下に避難しろ、浴び続けると服を溶かされるぞっ!」
突如降り注いだのは明らかな『酸の雨』、別に重化学工業が発展し、環境汚染が進んだ世界でもないのに、まさかこれほどまでに強烈な酸性雨が用意されていようとは。
俺はカレンとルビアと3人で設置されていたクローゼットの中に、他のメンバーもすぐに雨の影響を受けない場所に避難した。
良く見るとこの休憩コーナーの外、即ち本来歩くべき通路にも雨が降り注いでいるではないか。
このままではここから出ることが叶わない、そして狭苦しいベッドの下に避難してしまい、おっぱいが突っ掛っているジェシカなどもう長くは持たないであろう。
どうにかしてここだけでもあの忌まわしい酸性雨を止ませる……そうだ、天井を破壊してしまえば良いのだ。
ルビアに衣服を全て預け、俺は単騎でクローゼットから飛び出す、狙うは天井、先程まで太陽の絵があった辺り。
「うぉぉぉっ! 喰らえっ、勇者パーンチッ(全裸Ver)!」
ボコンッと、石造りとはいえ老朽化した休憩コーナーの天井に俺の拳が突き刺さる。
同時に降り注ぐのをやめた酸性雨、作戦は成功だ、この部屋だけだがどうにかなった。
一旦服を着て落ち着き、それぞれ退避場所から出て来た全員の状態をチェックする。
皆まだ寝間着のままであったため、冒険に使う衣服がどうこうなってしまったということはないが、ポツポツと小さな穴が空いてしまっているようだ。
そしてベッドの下に詰まっていたジェシカは……大変なことになっていた。
「見てくれ主殿、私の尻が納まっていた窪みに降った雨が溜まったようでな、丸出しになってしまったぞ」
「うわっ、なんと恥ずかしい格好だ、あ、尻丸出しのついでに昨日敵を両断して増やした分のお仕置きだっ!」
「きゃいんっ! もっと叩いてくれ、というか今日はこのままでいくぞ」
「ふざけてないでサッサと着替えろっ! このっ! ドMめがっ!」
「きゃんっ! あうっ! きっくぅぅぅっ!」
丸出しの尻を叩かれて喜ぶジェシカはさておき……いやさておかない、そのまま着替えさせることなく全裸に剥き、この先へ進むための作戦に使おう。
「おいジェシカ、すまないが全部脱げ、他の皆は普通に着替えて出発の準備をするんだ」
「あ、主殿、もしかして全身鞭打ちの刑なのか? 素っ裸で吊るされて鞭で打たれる、いや打って貰えるというのかっ?」
「おう、作戦が上手くいったら好きなようにしてやるよ、それよりも今はパンチだ、ここからずっと天井にパンチし続けるんだよ」
「というと……」
すぐに準備が整い、服を溶かすほどに強烈な酸性雨の降りしきるトンネル通路の前に出た。
先頭は全裸に剥いたジェシカ、これなら服を溶かされる心配はない。
ちなみに髪を保護するため、頭にだけは要らない布を巻き付けてある、全裸ターバンのようだ、見ていて滑稽なのだが、それを指摘すると怒って協力してくれなくなりそうなので何も言わないでおこう。
「よし、まずはあそこの一番雨の降りが強い場所だな、いくぞっ!」
「おう、いってらっしゃ~い」
ダッと、全裸のまま酸性雨の中へと飛び出したジェシカ、そのまま目星を付けた場所まで行き、天井に向けて強烈なアッパーを繰り出す。
雨が……止んだ、今俺達が居る休憩コーナーと、それからジェシカの居る位置の少し先。
その短い範囲ではあるが、酸性雨が止み、昨日のような平穏無事なトンネルに変わったのである。
この作戦でいけば余計な天気設定を全てなかったことに出来そうだ。
順番にそれらしき場所の天井を破壊し、少しずつ前へ進んで行く。
そのまま2時間、3時間と進んだところで、酸性雨は止んでまたアツい太陽の絵が出現した。
今度は服を溶かされる心配もない、全員で協力し、その絵をガンガン破壊していく。
さらに何時間もそんなことを続けていると、遂にトンネルの終着点、そして魔族側の出入り口があったと思しき行き止まりに到着する。
俺達が入って来た側と同様、朽ち果てた梯子と長い井戸のような穴、俺達は今その一番底に居るのだ。
これを登れば、そして開通させれば魔族領域なのだが、果たしてどうやって地上に出るべきか……
「おいジェシカ、どうして服を脱いでいるんだ? 酸性雨はもうとっくに止んだんだぞ」
「いや、まだそこに打ち壊すべき壁、というか天井があるではないか、今わかった、私はそれを貫くために生まれてきたのだっ!」
「いや何言ってんだ、そして何しようと企んでんだ……」
「いくぞっ! 全身全霊の全裸パンチを喰らえぇぇぇっ!」
「おい皆ヤバいぞっ! 退避、退避だぁぁぁっ!」
トチ狂ったジェシカの攻撃、トンネルの出口を塞いでいた分厚い地面の壁にひび割れが入り、それはビキビキと嫌な音を立てながら徐々に大きくなっていく。
颯爽と着地したジェシカはやってやった感を出しながらこちらに歩いて来る。
その頭をポカッと殴り、すぐに崩落の予想位置から引き剥がす。
直後に起こった崩落、ドドドドッと土が雪崩れ込み、あっという間に反対側の出入り口、つまり最初に俺が転がり落ちた坂道と同じような状態となった。
なるほど、こういう感じであの場所が形成されていたのだな、非常に勉強になったが別に以降どっかで使える知識とは思えない。
服を着たジェシカにもう一発拳骨をお見舞いした後、そのスロープ状になった土砂を登る。
上に明かり、外の明かりが見えている、そして一部のメンバーは瘴気が流れ込むのを感じているようだ。
「勇者様、一度上に上がってみましょ」
「そうだな、ちょっとだけ様子を見て、この中に瘴気が流れ込むのを封じる対策をして、それから一旦狐獣人の里へ戻ろうか」
「上がった先で何もなければの話よね」
「ああ、もちろんだ」
この先は魔族領域、そして程近くに敵の城、最後の四天王であるヴァンパイアのカーミラが待ち構える城があるのだ。
とにかく地上の様子だけ、ということで、朽ち果てた梯子など使わず、どうにかこうにか垂直の壁を登る。
ようやく顔を出したところで見えたのは、荒廃し切った村のような……近くに誰かが居るようだ……




