480 トンネルは何処
「は~い、じゃあここからは自由行動で~っす、30分程度を予定してますのでそのつもりで」
『りょうか~い』
俺とルビア、マーサの3人は、北の山脈を抜けて魔族領域へ至る抜け穴を探すことを主目的とし、狐獣人の里が派遣した案内係であるイナリの指示に従い、まずは里の集会所へやって来た。
建物の中に入ると、今度は暖炉でなく、なぜか和風のように見える火鉢が所々に設置され、その近くに居るときのみ非常に暖かいという感じ。
もちろん俺とルビアは火鉢に寄り添うようにしてポジション取りをするのだが、比較的寒さに強いマーサは早速集会所内のそこかしこで臭いを嗅ぎ始めた。
「スンスン……スンスンスン……あ、あったわよ、このタンスの中から古い紙の臭いがするわ」
「おう、早速開けてみるんだ、それっぽい書物があったらガサッと持って来てくれ」
「でも勝手に開けて良いのかしら?」
「何を言っているんだお前は? 俺達はこれでも勇者パーティーなんだから、他人の家やなんかでタンスを開けたり、ツボやタルを破壊して中身を抜き取ることぐらいなら法律上当然に認められているんだよ」
「そんなの初めて聞いたけどまぁ良いや、開けちゃお~っと」
目星を付けたタンスの引き出しを開けるマーサ、中には里の人別帳やその他の書類が入っていたようだ。
他にも旅人の来訪暦や、その旅人に聞かせてやる里の話をまとめた資料……最後のは少しアツそうだな……
その資料をガサッと持って来たマーサを撫でてやり、四つん這いにさせたルビアの背中をテーブルの代わりにして早速内容を拝見する。
かなり枚数の多い紙の束、だが一番上はインデックスになっているようだ。
そこで抜け穴的ルートの伝承を探すと……一番下から2番目にあった、だが二重線で取り消しされ、横に『削除』と記載されているではないか。
いや、それでも下の方にそれに対応すると思しき5枚の紙がある、しばらく使われていないようで、他の紙と比べて薄汚れているが、文字が読めないということはない。
その5枚の紙を束の中から取り出し、横に広げて読み始める、字がビッシリ系の読み辛い文献だ、まぁこれを旅人に見せるのではなく、読んで覚えた内容を伝えるのだから無理もないか。
で、肝心の中身の方はどうなのか……
「う~む、確かに北の山脈を余裕で越えることが出来る秘密の抜け穴がこの里には存在すると書かれているんだが、具体的な場所もナシにそんなこと言われてもな」
「ご主人様、そんなんだからこの情報はガセだと判断されたんじゃないですか? 里の人達も代々探して見つからないわけだし……」
「まぁ、そういう考え方もあるな、でもふざけて伝承にするような内容じゃないだろ、嘘で騙すにしちゃ地味すぎる、俺だったらもっとこう、アレだ、埋蔵金がーっみたいなガセ情報にするね」
「確かにそうですね、抜け穴があったところで山脈を越えて魔族領域へ行きたいと思う人は居ないでしょうし、探すことに何のメリットもないですね」
「そこなんだよ、北の山脈に抜け穴があっても誰も得しない、だからこの里の人々も、ずっと昔からそんなに真面目に探すようなことはしていないはずなんだ、別にあろうがなかろうがどうでも良いモノなんだからな」
「なるほど、さすがはご主人様、凄く都合の良い解釈でっていったぁぁぁぃ!」
四つん這いのまま調子に乗ったルビアには尻叩きの罰を科しておく、ちなみに嬉しそうだ。
しかしこの解釈は都合が良いとはいえ、あながち間違ってもいないと思う、いや、むしろ可能性が高いのではないか。
その後もしばらく集会所の内部を捜索するも、それ以上の資料は発見することが出来なかった。
規定の時間が経過したため迎えに来たイナリに、先程の資料を少しばかり借りる旨伝え、次のスポットへと向かう……
「え~っと、次は里の施設その2、公衆浴場ですね、ホントは公衆トイレを案内するように言われたんですが、意味不明なので勝手に変更しちゃいました」
「うん、別に便所なんか見たくないからな、てかここのジジババ共、どうしても俺を便所に格納したいみたいだな……」
「あ、そういえば昨日も『ウ○コみたいな顔の男性従者殿』と仰っている偉いさん方が多かったですね」
「ぶっ殺してやりてぇ……」
里のジジババ共には永遠に俺が異世界勇者様だということを理解して貰えないであろう。
まぁ、それは仕方ないとして、ウ○コみたいな顔とはどういうことだ、客人をディスるにも限度というものがあるはずなのだが?
そうやって怒りに震え、ついでに寒さにも震えながら歩いていると、いつの間にか次の目的地である公衆浴場へと到着していた。
さすがにこの時間は誰も入っておらず、当番と思しき数人が掃除をしている。
観光ツアーで清掃中の公衆浴場を見せられるのは何とも言えない気分なのだが、気を取り直してここでも手掛かりを探すこととしよう。
何かを発見することが出来る可能性が高いのはやはり浴場ではなく休憩コーナーだ。
来訪した旅人向けの、里の紹介をする書物なども置いてあるとのことなので、それを重点的に探るべきだな。
ちなみにここは温泉らしく、溢れ出す湯のお陰か、館内に入るとかなり暖かかった。
すぐに湯上り休憩コーナーを目指し、その場にある書物の類を掻き集める。
「お~い、全部こっちのテーブルに運んでくれ~っ、ちょっと根を詰めて調査をするぞ~っ」
「ねぇ~っ、その前にどっかから良い匂いがしてくるんですけど~っ」
「そういえばお腹空きましたね、何か軽いスウィーツのようなものを……」
「しょうがない奴等だな……しかしここに店なんてないぞ、むしろ食べ物なんてどこで売ってるのかすらわからん」
「あ、それでしたらここでも食べられるんですよ、ホントはまだ準備中なんですが、特別に何か作って貰いましょう」
「おぉっ、それは助かるな」
というわけでイナリが壁に掛かっていた布を取り払うと、その下からはスーパー銭湯にありがちな、軽食コーナーのカウンターが出てきた。
そういえば奥の方には畳らしき材質の、靴を脱いで上がる休憩スペースがあるではないか。
非常に懐かしい感じのその雰囲気、これは利用しておくしかあるまい。
「え~っと、私は野菜串と、それからししとうの天ぷらにしようかしら」
「じゃあ私は温泉饅頭と温泉卵で」
「うむ、俺は漢のスタミナにんにくしょうが焼きセットを鬼究極盛りで」
「ありがとうございま~す、お会計、銅貨1枚と鉄貨3枚になりま~す」
『お金取るんですね……』
てっきりツアーに組み込まれたサービスだと思っていたのだが、ここは別料金らしい。
手痛い出費をした俺は、調子に乗って頼んだとんでもない量の食事を、ゲフゲフ言いながら、かつ軽くなった財布の姿に涙しながら食べる羽目になってしまった。
まぁここは諦めよう、大事なのはここから、この公衆浴場に所蔵されている旅人向け書物に中に、何か目的である抜け穴の所在に関するヒントがないかを探るのだ……
「ふぅ~っ、やっぱり腹八分目よね、ちょっとあんた、まだ食べてるわけ?」
「しょ、しょうがないだろ、予想外の量だったんだ、食べるの手伝ってくれ……」
「それ野菜入ってないじゃないの、お米も肉の脂とか掛かっているし、私には食べらんないわよ」
「そ、そんな……」
注文したものを残すわけにもいかないし、マーサは肉を食べない、そして潔癖症のルビアは人が手を付けたものなど触れることすら嫌がりそうだ。
限界を突破し、それでも諦めず丼を空にする、ようやく全てが見えることとなったその巨大な器の底には、なぜか『アタリ』の文字が……
「は~い、スーパーラッキーで~っす、アタリが出たお客様にはもう1杯無料サービスとなりま~っす!」
「……も……もう勘弁して下さい」
そもそも外食関連で『ひとつ買うともうひとつ無料』系のキャンペーン等を実施するのはやめて頂きたい。
仕方ないのでお土産用に包んで貰い、パンパンの腹を抱えたまま、集めてあった書物の方へと移動する。
3人で並び、それぞれが感じた最も可能性の高そうな書物を……ダメだ、2人共まるでセンスがない。
ルビアは明らかにエッチ系の本を選択したし、マーサの読んでいるものに至ってはタイトルが『おえかきできるかな?』ではないか。
この2人だけを連れて来たのは完全な失敗だ、もう1人、もっと賢い誰かをこっちらのコースに引き摺り込むべきであった……と、そんな中でルビアが、その明らかに18禁の本の中から何かを見つけたようだ……
「ご主人様、これを見て下さい、きっと何かのヒントになるはずですよ」
「え~っとなになに? 湯けむり混浴温泉、全裸の2人が出会ったとき……ただのエッチなコラムじゃねぇか……」
「そっちじゃなくてその下です、都市伝説は本当だった、北の山脈には魔族領域へと至る抜け穴がっ! の方ですよ」
「……うわっ、これモロじゃねぇかっ! てかどうしてこんな施設に置いてある書物に書かれているレベルなのに、里の人間は調査しようと思わないんだ?」
「だってコレ、パッと見胡散臭いですもん……」
そう言われて見れば確かにそうだ、どこかの3流ライターが実際には調査せず、妄想だけで書き殴った適当な記事としか思えない文面。
内容としては、狐獣人の里の山の方にある祭壇を動かすと、地下へ続くトンネルが現れる、それを抜けた先は魔族領域で、トンネルの中ほどまで行ったところで人族は抜け毛が酷くなり、それ以上先には進めないというものだ。
コラムの最後に『著者近影』が載っているのだが、明らかに髪の毛がフサフサに描かれていることからも、このコラムを書いた本人がトンネルを発見し、突撃取材したわけではないということぐらい容易に看破出来る。
おそらく自分はその辺の町に滞在しながら、人づてに聞いた情報をまとめ、さも自分がその場で取材したかのような内容の記事とした、或いは全く何もせず、ただ妄想だけを元にして適当に書いた、そのいずれかに分類されるはず。
その辺りの『不正行為』に関しては、俺がこの世界に転移して来る前に居たあの世界でもしょっちゅう、どうもそうではないかと思われる内容の新聞や雑誌に掲載された記事を見かけたものだ。
もちろんズルなのだが、場合によってはフィクションとして楽しく読めるものもあったためあまりムカついたことはない、むしろそんな馬鹿げた内容の記事を真であると思い込んでいる人々はなんと哀れなのだと考えていたりもした。
まぁ、そんなことはどうでも良いとして、この本当に馬鹿のような、いや馬鹿が書いたとしか思えないコラムには、ひとつだけ重要な、参照すべき情報が存在している。
それは『この里の祭壇が動く』ということだ、その件に関しては昨夜の会食にて、この里のジジババは舐め腐った、非常に不敬なことをしやがると思ったばかりなので良く覚えていた。
そう、つまりその部分の記載に関しては紛れもない真実であるのだ。
また、真実が含まれるということは、この著者も適当な妄想などではなく、誰かから抜け穴に関する、そして狐獣人の里に関する話を聞いて筆を取ったと考えて良さそうである。
これならもしかするともしかするかも知れないぞ、未だ伝説の抜け穴的ルート、いやトンネルが存在している可能性事態は極めて低いのだが、本当にあるとしたら里の祭壇付近が怪しいということになりそうだ。
「よっしゃ、良くやったぞルビア、この書物もお借りしておこう、で、マーサの方はどうだ?」
「何だか帰ってお絵描きしたくなってきたわ」
「そうか、そこまで馬鹿だと人生楽しいだろうな」
予想外のルビアの活躍により、先程よりも多少はマシな情報を得ることが出来た俺達。
そろそろここを出る時間だ、この先は山へ入って山芋堀りということであったな、入る山を祭壇の近くにして貰えば、もしかすると今日のうちにこの情報の真否を確認することが出来るかもだ。
では次のスポットへ、そう言ったイナリに頼み込み、外へ出て祭壇のあるという方角を目指した……
※※※
「へぇ~、祭壇も偶像もやっぱり村の北側にあるのか」
「そうなんですよ、ご先祖様達もやっぱり、神聖な北の山脈に近い場所にそういうのを造るべきだと思ったんだと思います」
イナリに先導され、途中の屋台で余計なものを買わされつつも里の居住区を北へ抜ける。
建物がなくなるとすぐに針葉樹の森、当然枝には大量の雪が積もり、注意していないと落ちて来たそれに埋まってしまいそうだ。
しばらく北へ続く道を歩いて行くと、正面に大きな雪の壁……いや、あの雪の下には山脈の岩肌があるに違いない。
見上げても先端は見えず、どこまで続いているのかすらわからないその山脈を、馬車だの徒歩だので越えるのは確実に無理だ、もちろん、今が夏であったとしても同じことであろう。
これは何としてでも抜け穴的ルートを探す必要があるな、もし大方の予想通り伝説がガセであったとしたら、それはもう『造る』以外に選択肢はない。
いくら分厚い山脈とて、死刑囚やその他の囚人、要らなくなったゴミ奴隷などを大量に投入すれば、多数の死者を出したうえで堂々の完成を見るはず。
問題は完成に至るまでの時間なのだが……無理だ、1年やそこらでどうにかなるものとは思えない、最悪の場合俺の寿命が尽きる方が早そうだな……
「……あらっ? 見てよ、あっちの方に皆が居るわよっ!」
「おっ本当だ、お~いっ!」
俺達の向かう先に見えていたのはマリエル中心のコースに参加している仲間達。
どうやら女神を祀った祭壇の横で昼食を取っている最中らしい、なかなか豪華なものを食べているようだ……
「どうしてここへ勇者様達が来たんですか? 確か里の中を回っているはずじゃ……」
「おう、ちょっと色々あってな山芋堀りついでに祭壇を見ておきたくなったんだよ、あ、この本にあった情報を元にしているんだがな」
「勇者様! それはエッチな本よね? 食事中に何というモノを見せ付けてるのよ、早くしまいなさいっ!」
「おっと、すまんすまん、あと言っておくが最初にこの本に興味を持ったのは俺じゃなくてルビアだからな、それでだ……」
食事中にエッチな本を見せられ、憤慨するセラにこれまでのいきさつを説明しておく。
すぐにおおよその話が伝わったようだ、まぁ特に複雑なことをしていたわけではないし、いくらセラがアホとはいえこのぐらいは理解して当然だろう。
「で、勇者様達は祭壇を動かしてその本にコラムに書いてあったことが本当かどうか確かめようって言うのよね?」
「そうだ、とはいっても十中八九ガセネタだとは思うがな、ダメだったら山芋でも掘って帰るさ」
あまり期待出来ない情報だが、とにかく確かめてみないことには何もわからない。
皆が食事をしているテーブルの先にある祭壇には、その中央にリアルな女神像が設置されている。
良く見ると台座、というか祭壇そのものの方が女神像よりも遥かに古いようだ。
きっとおよそ3万年前、今の女神がこの世界の女神となった際に像だけ取り替えたのであろう。
その前の神、即ち火山の噴火事件に何らかの関与をしているはずの神のご尊顔を拝めるチャンスであったが、像が変わってしまっているのでは仕方ない。
と、今は目的を達成する方が先だ、寒い寒いと縮こまっているルビアは放置し、横で食事をしている族長の許可を得て、マーサと2人で祭壇を動かしてみる。
「せ~のっ! お、動いたじゃないか、動いたには動いたが……」
「どこに動かせばその抜け穴とかが出てくるのか全然わかんないわよね……」
致命的である、先程のコラムには『祭壇を動かす』とまでしか書かれていなかったのだが、肝心なのはどこへ動かすのか、ということである。
それを知らずに、闇雲に動かし続けていても埒が明かない、というか時間の無駄だ。
だが今のところその『どこ?』に関する追加的な情報を得られる可能性は低い、今日のところは適当にやってみる他ないか。
「ねぇ、その秘密の抜け穴ってさ、この目の前にある雪の崖? というか何というか、とにかくこれを越えて行くものなのよね?」
「まぁもちろんそうだが、それがどうかしたのか?」
「だったらさ、この崖にベタッとくっついて掘られているんじゃないかしら? だから怪しいのはこの崖沿いよ」
「確かにな……と、待てよ、それならどこかに空洞があるはずだ、俺じゃわからないけど、マーサの耳なら普通の地面や岩壁と空洞がある場所の違いは判別出来るだろ?」
「もちろんよ、じゃあ早速この雪の壁を殴りまくって……」
「いや雪崩が起きるからやめてくれ、まずはそうだな……祭壇の場所から近い地面を調べてみよう」
軽く雪が積もった地面を、まるで地雷でも探すかの如く聖棒で突きながら歩いてみる。
耳を澄ませたマーサは時折おかしな音を感じ取り、山芋2本とトリュフ3つ、あとモグラを1匹捕まえることに成功した。
金目のものはトリュフぐらいか……いや違う、今は抜け穴の入口を探さなくてはならない。
気を取り直してもう一度、聖棒でコツコツと地面を突いていくものの、これはダメだ、全然見つかる気配がないではないか。
「う~ん、もしかしたら空洞があっても場所が深いのかも知れないわ、その棒で突いても響き方が変わらないぐらい、いくら私でも音の違いがなければ何もわからないわよ」
「そうか、じゃあもっと重たいものを……ちょうど良い所に使い勝手の良さそうな祭壇があるじゃねぇか、これを引き摺り回して地面と擦れる際の音を聞き分けるんだ」
「どうかしらね、まぁやってみないとわからないわね、じゃあ引っ張るわよ~っ!」
こうして俺とマーサによる、本当に存在するかどうかさえ定かでない、というよりも非実在である可能性がごく高い抜け穴探しは続く。
皆が食事を終えるまでに作業を終わらせておきたい、そう考えつつ女神像の乗った祭壇を引き摺っていると、マーサの動きがはたと止まったではないか、地面に何か違和感があることに気付いたようだ……




