479 抜け穴探しを始めよう
「……てことなんだ、もし良かったら明日村を案内してくれる際にさ、北の山脈をサクッとクリアするための必殺技とか教えてくれない?」
「サクッとクリアって、そんな簡単に言われましても、我々狐獣人があの山脈の向こうへ行ったという記録は過去に存在しませんし……」
「そうなのか、だが何かあるはずだ、敵が気軽に攻めて来るなば、こちらからも苦労はするにしても向こう側へ渡る方法がな」
「あ、サクッとはもうどうでも良いんですね」
狐獣人の里に到着した日の夜、俺達、というか未だに代表だと思われているマリエルをもてなすための料理を持って来てくれた里の女の子に、北の山脈をどうにかする方法について聞いてみた。
もちろん若い子なのでそんなことは知らないし、もしその方法があったとしても知り得る立場にないであろうが、これからここへ来て、俺達との食事会をする予定のジジババであれば話は別だ。
酒と料理が並ぶ頃にはヨボヨボと入って来た族長含むシワシワ軍団、配膳をしてくれたモフモフの女の子達が数十年後にはこうなるかと思うと実に微妙な心持である。
会食はすぐに始まり、乾杯の後軽い自己紹介をしていく……ここでも俺は『付いて来ただけの下僕』扱いであった、一応高名な勇者様であることは告げたのだが、その肩書きを申し上げたところ、ジジババ共は大いにウケていた、楽しんで頂けているようで何よりだな……
「それでですね、先程配膳をしてくれた若い狐さん達には勇者様からお話しがあったと思うのですが、今度は参加者の方々にお聞きします、この里より北にある巨大な山脈、この時期にアレを越えて魔族領域へと進むことは出来ないのでしょうか?」
「王女殿下、さすがにそれは無理がありますのじゃ、いくらお強いとはいえ、我らのようなモフモフの耳でなくてはなりませぬ、いつのまにか凍ってしまい、あるとき突然ポロリと……いえ、その前に命の方をポロリしてしまいますのじゃ」
「まぁ、耳が凍ってポロリしてしまうなんて、山脈の方はそんなにも寒いのですね、しかしそれでは……」
おっぱいポロリなら大変に喜ばしいことなのだが、凍った耳がポロリとは誠に恐ろしい。
そんなことがあってたまるか、せいぜいバナナで釘を打つとか、凍った濡れタオルで撲殺ぐらいに留めておくべきであろう。
しかし良く考えればこの里でさえマイナス30度から50度前後はありそうなのだ、ここよりも北の山脈、それも山頂付近ともなれば、それこそ液体窒素の風呂にダイブしたのとさほど変わらないはず。
これは大変危険だ、迂闊に突入せず、先にこの狐獣人の里に立ち寄っておいて本当に良かった。
さもなくば今頃はカッチコチの永久凍土の中で、寝たら死ぬぞと励まし合いながら決して来ない助けを待っていたに違いない。
と、それはともかく弱ったな、この博識そうな年寄連中ですら山脈をクリアしてファーサイドへ至る必殺のルートを知らないとは……と、そこでシワシワすぎて性別不詳のシワシワ老人が手を挙げた……
「あ、待って下さいまし王女殿下、確か古からの言い伝えでして、実際に確かめた者は居らぬのですが、この里から抜け道を通って山脈をクリア出来るという話がありましての」
「これこれじいさんよ、それはリアルにガセっぽいとされているネタではないかね、そんなことを王女殿下にお伝えして良いとは思えませぬぞ」
「おっと、コレは大変な失礼を、そうなのですじゃ、そのネタはどう考えてもガセ、古のフェイクニュースとさえ呼ばれている怪しい情報ですのじゃ、現にこれまでの間にその抜け穴を見た者など居りませぬで……」
「そうでしたか、それでは仕方ありませんね……あら? 勇者様、如何なさいました?」
「いや、ダメ元でも良いからその抜け穴的ルートに関する詳細を教えて欲しいんだがな」
「だそうです、勇者様は馬鹿ですが、思い通りにならないと変な悪戯をして周囲に迷惑を掛けることがありますので、ここは一応教えてあげて下さいませんか?」
「相も変わらず酷い言われようだな……」
調子に乗ったマリエルには、アイコンタクトで『後でお仕置き』を宣告しておく。
少し嬉しそうな顔をしたということは意図が伝わったということであろうか、とにかく痛い目に遭わせてやろう。
で、狐獣人の族長以下会食に列席しているジジババ達は、より高齢と思しきシワシワお狐さんから意見を拝聴し、北の山脈を越えるための抜け穴的ルートに関して、どうすればその曖昧な伝説に基づいて俺達を案内することが出来るのかという点に関して議論を始めた。
もちろんその抜け穴の入口を知っている者は居ないし、そもそも最初に伝説について触れたシワシワじいさんの話では、入口が『里の中にある』とのこと。
通常、先祖代々からこの里で生活してきたこの人々が、その里の中に存在する、北へ続く不思議な入口のことを一切知らないなどということは考えにくい。
となると伝説の信憑性は、このジジババ達が言うようにかなり低いといえよう。
むしろ伝説と呼べるものではなく、どこかのタイミングで誰かが流布した都市伝説なのかも知れない。
そして、そのふざけた都市伝説レベルの話のために、せっかく来訪してくれた勇者たる俺様……ではなく王女たるマリエルを寒い中連れ回すのは気が引けるのであろう。
もちろん発見が叶わないことを前提として、ダメ元で探索をするというのだから、それで未発見に終わったところでこの里の人々にマイナスのイメージが付くとか、具体的な不利益が生じるということは一切ない。
だがここに集まった年寄衆のプライドがそれを許さないのだ、人族の世界において最大の権限を持つ王国の王女だの、水の大精霊様だの、そういった連中を満足させるためのツアーは完璧でないとならないのだ。
となればやるべきことはひとつ、チームを2つに分け、マリエルと精霊様を含む片方は正規のルートで里の視察を、俺を含む一定のメンバーで里の庶民的マイナースポットを、北側を中心に探索していくべきであろう。
その考えを、再びアイコンタクトを使ってマリエルに伝達すると、不思議なことに一発で意図を解したらしく、すぐに議論を交わし続ける族長らに向けての発言を始める……
「狐獣人の族長よ、少し良いですか? 明日の見学ツアーなのですが、私や精霊様、それと数人を『ニコニコ高級官僚視察コース』、そしてここに居る異世界勇者を始め、一定のメンバーを『グダグダ下民用低予算コース』とするダブルツアーの開催にすることは出来ませんでしょうか?」
「ええ、それでしたらこちらの方で案内係を手配致しますのじゃ、しかし下民コースの方はどこを回るというのですかの?」
「そうですね、里のマイナーな場所を中心として、道なき山の中、汚い場所、人々があまり寄り付かない場所など、およそ観光とは思えないスポットを回りつつ、里全体を見ることが出来る感じで願います」
「わかりました、では王女殿下と精霊様と、それから従者のうち任意の方々は正規のコースで、他の方々はその……何というか適当に案内係を付けますじゃ、変なルートを通るゆえウ○コ踏んだりするかも知れませぬが、その辺りはどうかご容赦を」
「構いません、私共の勇者様はもう生まれつきウ○コみたいなものですから、まぁ、さすがに未だ香ばしいフレッシュなウ○コを踏んで帰って来た場合は少し洗浄が必要かも知れませんが」
再び調子に乗った発言をするマリエルには、アイコンタクトではなく舐めるような視線を送って目でお仕置きしておく、見られて嬉しそうな顔をしているため処罰は成功したのであろう。
これで里のメンツが保てる見学ツアーと、それから怪しい伝説に残された抜け穴的ルートの調査、そのどちらもが翌日のうちに実施出来るということが決まった。
問題は誰がどちらのツアーに組み込まれるかだ、ウ○コを踏んでしまう可能性がある以上、誰もがマリエルを含む正規のツアーに参加したいはず。
ここは普通にくじ引きか阿弥陀か、或いはじゃんけんで勝負を決することになるはずだ。
もちろん既に下民ウ○ココースだか何だかに組み込まれることが決定している俺にとっては、その振り分けなど何の意味もないことなのだが。
そこからしばらくして会食は終わり、ジジババと給仕をしてくれたモフモフさん達は帰って行った。
翌朝は適当な時間に村の者が迎えに来るとのこと、その前にチーム分けをする必要があるが、直前でバタつくと困るので風呂に入った後寝る前にしてしまおう。
風呂は3人1組程度の広さ、俺は誰を仲間に引き込むかある程度決めておくため、悪い王女のマリエルの耳を引っ張り、ついでにどうも今回は『一番偉い』と扱われていないことに不満を持っている感じの精霊様を伴って、真っ先に風呂へと向かった……
※※※
「マリエル! お前は何度も調子に乗りやがってっ! こうしてやるっ! こうしてやるっ!」
「きゃひんっ、あうっ、いったぁぁぁぃ! もっとお尻ぶってくださいましいぃぃぃっ!」
「とんだ変態王女ね、恥ずかしい格好のまま凍える寒さの外に出して、猥褻な氷のオブジェにしてあげたらどうかしら?」
「うむ、だがそんなことをすれば俺様の評価はガタ落ちだ、それだけは避けたい」
「勇者様、下僕だと思われているところからどうやって評価が落ちると思って、あっ、いてててっ!」
湯船に浸かりながらマリエルの尻を引っ叩き、おっぱいを鷲掴みにしてお仕置きする。
こんなところを里の連中に見られでもしたら、それこそ下僕が謀反を起こしていると勘違いされてしまいそうだ。
と、その前に風呂で騒いでいるとミラ辺りに怒られそうだ、このぐらいで良いにしてやって、明日のチーム分け(暫定)についての会議を始めることとしよう……
「ほらマリエル、ちょっとちゃんと座れ、そろそろ明日のことを話さないとだぞ」
「あら、そういえばそうでしたね、お仕置きが嬉しすぎて完全に忘れていました」
「で、そっちのチームに誰が欲しいとかあるか? 出来れば色々なモノの発見力があるカレンとマーサは2つのコースに分離させたいんだが……」
「う~ん、あ、そういえば会食の途中で族長さんが言っていましたが、以前にここを訪れたことがあるカレンちゃんとジェシカちゃんは、また別途おもてなしをしなくては、とのことでしたよ」
「なるほど、あの2人が以前ここへ来たから、今回はとんでもなく社会的地位の高い者含む大所帯で来訪してくれた、ここの連中はそう思っているわけだな」
それは確かにそうだ、カレンとジェシカが元大魔将、カイヤの創り出した森のダンジョンをクリアするのに必要な素材の採集のためにこの狐獣人の里へ行った、そのことによって俺達はここの存在を認識するに至ったのだ。
もちろん人買いヴァンパイアがこの里を襲って狐獣人の若い女の子を連れ去ったという話からも立ち寄る可能性は出ていたのだが、確定的に『行かなくてはならない』とまでは感じたかどうか微妙なところである。
となると本格的なおもてなしを受けるべき2人が下民コースに含まれているのは拙いな、そもそもジェシカに至っては下民ではなく貴族の子弟なのだ、ウ○コ踏むような道へ気軽に足を踏み入れて良い存在ではない。
これにてカレンとジェシカは正規のツアーに参加することが確定、そしてカレンと対になって音や臭いで何かを察知する能力を持つマーサが、俺と共に残酷な下民コースの犠牲となることが確定した。
残りのメンバーは特にこれといった属性もなく、好きに決めれば良いということになり、一応はあと1人だけ俺の方へ参加させるということで合意しておく。
もちろん危険があるかも知れないのでアイリスは連れて行けない、となると一緒に来てくれそうなのはリリィとルビアと、それから嫌がるエリナを無理矢理に連行するぐらいか。
とりあえずそこで風呂から上がり、セラとミラ、ついでにリリィの3人と交代する。
まずはルビアから話を聞いてみよう、ついでにマーサに対し、残念コース確定の通告をしてやらないとだ。
「……ということで、マーサはこっちな、お前ならウ○コを踏みそうかどうかぐらい事前に臭いでわかるだろ?」
「もちろんそうだけど……途中の露店とかで何か美味しそうな食べ物があったら買ってよね」
「うむ、そういう店が存在していればだがな、ついでにあと1人欲しいんだ、ルビアはどうだ? マーサと同じく何かご褒美があるかも知れないぞ」
「それならもちろん行きますっ! というか私、遺跡とか町の資料とか、食べられないモノを目的に観光するのは嫌いですから」
「実に寂しい心をお持ちのようだな……まぁ良いや、じゃあ俺達の下民コースはこの3人だ、あとのメンバーはマリエルの方に付いて行ってくれ、あともしツアー中に豪華な弁当が出たら俺達の分も貰って来いよ」
『うぇ~い!』
その後、風呂から上がって来たセラにも振り分けの同意を取り、それで翌日のチームが完全に確定した。
マリエルのコースでは主に里の伝説に関して実地での説明がなされるのであろうが、そこでも何か北の山脈越えを狙うための手掛かりがないかを注意深く見て貰う。
一方俺のコースはその抜け穴探しがメインだ、マーサの発見力を頼りにしつつ、俺も周囲に気を配り、何か目的に繋がるようなものがないかを探す。
ちなみにルビアはオマケだ、どちらに付いて行ってもどうせ何もしないで歩いているだけであろうし、最悪コッソリ宿泊所へ帰ってしまう可能性もある。
ということで、せっかくなので俺の方に、残念な方に道連れとした、それだけのことだ。
「よし、じゃあ明日に備えてキッチリ寝ておくぞ、全員上着を準備しておいて、朝起きたらすぐに出発可能な状態にしておけ」
『うぇ~い!』
暖炉の火が朝まで十分に持ちそうだということを確認し、一斉に布団に潜り込んだ。
このまま寝ていれば狐獣人の案内係が迎えに来てくれるのだ、何も気にすることなくゆっくりしておこう……
※※※
「ねぇ~、そろそろ起きてよ、もう皆行っちゃったわよ~っ」
「ん? んん……っと、何だマーサか、寝坊して里の人に起こされたのかと思ったぜ」
「いや十分寝坊してるわよ、あんたも、それから私も、あと当然だけどルビアちゃんはまだ寝ているのよ」
「で、他の皆は……朝風呂か何かに入っているのか?」
「じゃなくて、さっき案内係の人が迎えに来てもう出かけて行ったの、私はそのときに起きたんだけど、こっちの迎えも後で適当に来るから何とかって……」
「ひでぇ対応だな、もう天と地の差どころか純金とウ○コぐらいの扱いの違いだぞ」
「あんた昨日からウ○チの話ばっかりよね、とにかく起きて、あとルビアちゃんも起こしてよ」
朝、なんといつも俺よりグータラしている比率が極めて高いマーサに起こされてしまった。
そして室内には俺の方のコースに組み込まれた3人のみ、暖炉の火は既に消え、布団から出ると異常な寒さが肌を撫でる。
横で寝息を立てていたルビアを、寒くないように分厚いコートで包みながら、まるでコンビにおにぎりを海苔に包みながら取り出すようにして布団から出す。
テーブルの上に用意されていた朝食を齧りつつ、着替えをして俺達のコースを担当してくれる里の者が迎えに来るのを待つ。
何度引っ張り出しても気が付くと布団に戻っているルビアといたちごっこを演じつつ、寒い室内でひたすらに震えていた。
ちなみに暖炉の燃料は追加分が置かれていない、きっとこの時間にはもう誰も居なくなっている予定となっていたのであろう。
それから30分程度寒さに耐えていると、遂に宿泊所のドアがノックされる、開いた先に居たのは狐獣人の少女、耳と尻尾だけのモフモフはそれほどまでに暖かいのか、余裕の面持ちで半袖短パン姿をしている。
「いや~、お待たせしました~、え~っと、こっちのコースは3名でしたね、早速行ってみましょ~っ!」
『うぇ~い、よろしくおねがいしや~っす』
狐獣人の少女に連れられて外へ出る、モッフモフの尻尾、カレンのものよりもひと回りモフい、そして耳の方も心なしか長いような気がしなくもない。
そのモフモフとショートが似合う金色の髪を、冬の強風に靡かせながら歩く少女の名前はイナリというらしい、なんとも狐らしいお名前ですねと言ってあげたいところだ。
「それで、今日はどんなコースで里の中を回ってくれる予定なんだ?」
「え~っとですね、まずは里のメインとなる集会所、広場、公衆浴場……はもちろんこの時間にはまだ誰も入っていませんが、あとは里の周囲の山ですね、獣狩りの実演をしたかったんですが、ウサギ魔族の方にはちょっと刺激が強いかと……」
「だ、大丈夫よっ、野ウサギが狩られる以外なら絶対大丈夫なはずよっ」
「おいマーサ無理すんな、そのコースは山芋堀りにでも変えて貰えば良いだろう」
「そ……それもそうね、別に獣狩りでも良かったんだけど、うん、山芋の方が絶対に良いわ」
「では山の中では山芋堀りですね、ということで本日はそんな感じになります、最初は里の集会所に向かいま~っす」
明らかに恐がっていたマーサ、もちろん自分と同じ耳や尻尾の付いた野ウサギが狩られ、皮を剥がれて肉になる様は見たくはないはずだし、他の草食動物に関しても同様であろう。
というか俺も肉は肉で肉として頂きたいところなのだ、肉が肉になる瞬間を、その肉がまだ生存している状態から見るのは、肉を食べるうえでは重要なことかも知れない、だが肉は肉として頂き……(以下無限に続く)……
そんなことを考えながら、前を歩くイナリの尻尾を追い掛けていると、そのうちに集会所らしき、木で出来た建物、何というか古墳時代の社を彷彿とさせる建物の前へと到着した。
ここが最初の観光スポットらしい、地味どころの騒ぎではないのだが、俺達下民コースの下民共にとってはまだウ○コを踏んでいないだけまともなツアーに参加出来ていると言えなくもない。
ということでまずはこの集会所にて、北の山脈をどうにかしてクリアするための抜け道について書かれた記録、もちろん真否の怪しいものであろうが、それを探し出して調べてみることとしよう……




