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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十八章 世界の最北端
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478 里でおもてなし

「いや~、ようこそおいで下さいました、まさかあの王国の第一王女殿下に我らの同胞を救って頂けるとは、従者の方々もご一緒に、我々の里でおもてなしさせて頂きます」


「ええ、ではお言葉に甘えてそうさせて貰いましょう」


「あの……ちなみに俺がパーティーリーダーでして……」


「ありがとうございます、早速王女殿下以下女性の従者の方々、それとそちらは精霊様でしたか、とにかく里で一番高級なお部屋に、そちらの男性には……確か使わなくなった便所が空いていましたので、少し臭いしあと余裕でボットンですが我慢して頂けますでしょうか、はい、大丈夫ですね、ではご案内を」


「だから俺が勇者……」


「いえ、狐獣人の族長よ、それでは勇者様があまりにもかわいそうです、ですのでせめて水洗式のお部屋に通してあげて下さい」


「ざっけんじゃねぇっ! ボットンだろうが水洗だろうが『部屋』ではないんだよっ!」



 人族の領域の限界点に程近い狐獣人の里、そこへ辿り着いた俺達は、なぜかマリエル中心、そして俺だけ除外に近い扱いの歓待を受けられそうな雰囲気。


 というかここ最近俺を便所に押し込もうとする輩が多いような気がしなくもないな、さすがにここの族長をブチ殺すようなことはしないが、何となくムカついておこう。


 しかし本当に寒い、周囲にはサラサラの雪、それが時折吹き付ける強風に舞ってより寒さを増長させている。


 ここは以前戦争のために行った北方、切り立った崖だらけの地よりもさらに寒い、転移前の世界であれば北欧とかそういう地域に等しいレベルの極寒の地らしい。


 モフモフを生業としている狐獣人の皆様方にはたいして効いていないようだが、そういう感じではない俺や肉のないセラなどにとっては非常に過ごし辛い、地獄のような場所だ。


 とにかく建物に入ってストーブでも暖炉でも、ユリナの覚えた手遠赤火魔法にでも当たって暖を取りたい。

 そうしないと間もなく、『こんな所で寝たら死ぬ』を身をもって体感することになってしまうことであろう。


 そうやって震えている間に、マリエルが交渉して俺も部屋、というか皆と同じ真っ当な建物の中に入れて貰えることが決定したようだ。


 宿泊施設には馬車を横付けすることが可能とのことで、もう一度客車に乗り込み、前を歩く狐おじさんの後に付いて馬車を進める。



「うぅ~っ、これは寒いぞ、もちろん宿泊施設には最初から暖房が点いているんだろうな?」


「勇者様、この感じだとわからないわよ、ここの人達はこれでも平気みたいだし、もしかしたら暖房を点けて暖まるという概念がないかも知れないわ」


「だとしたら施設ごと燃やしてやる、お客様、というか勇者たる俺様に対して失礼な態度を取っただけでなく、そのご寝所まで寒いとあればもう勇者侮辱罪確定だからな」


「勇者侮辱罪って、そんな罪存在しないわよ……」


「今創ったんだよ、アレだぞ、これからはセラも俺を侮辱するのNGだかんな、違反したらこの里を全裸で1周して貰う」


「寒くて死んじゃうわよっ! あ、もう着いたみたいよ、結構立派な建物じゃない」



 セラとくだらない話をしている間に到着した俺達用の宿泊施設出、既に煙突から煙が出ているということは、おそらく暖炉なのであろうが火が点いている、つまり中が暖かいということ。


 案内係のおじさんによる説明もそこそこに、馬車から飛び出してドアを開け、実際はそこそこ寒いはずなのに、とても暖かく感じる室内へと飛び込んだ。


 風がないというだけで本当に体感温度が違う、そして揺れる暖炉の炎、今居る場所から暖炉まではかなり離れているため、効果は限定的であるはずだが、その炎を見ているだけで非常に暖かく感じるのもまた事実。


 早速暖炉の目の前に陣取ったセラとルビアを無理矢理横に退かしつつ、冷え切った体を温める、遅れて入って来た他のメンバーと、それから案内係のおじさんがその後ろにいくつもあった椅子に座る……



「ハハハハッ、皆さんの中には寒さが苦手な種族の方も居られるようですね」


「いえ、お姉ちゃんは痩せていて、勇者様とルビアちゃんは根性がないだけなので気にしないで下さい」


「あ、そうでしたか、ですが寒いものは寒いのでしょう、この辺りの寒さは特殊でして、なんとイエティすら一晩で凍死することもあるのです」


「イエティって、寒いの余裕系のキャラじゃねぇのかよ……」


「まぁ、それだけ厳しい寒さということですな、しかし本当に震えて、何か温かいものをお持ちしましょうか?」


「う~ん、そんなモノよりもモフモフのキツネ尻尾が欲しいんだが」


「そうでしたか、では僭越ながらこのわしの尻尾を……」


「いやいやおっさんじゃダメなんだよっ! わかるだろそのぐらいっ!」



 アホなことを言う狐獣人のおっさんを宿泊所から追い出し、可愛い女の子の集団に温かい飲み物を持って来させるように要請する。


 その間に俺が陣取っていた暖炉の前は、マーサの服の中から出て来たばかりのリリィに奪われてしまった。

 さすがにリリィを排除してまで火に当たろうとは思わない、大人気ないとかそういう次元ではないからな。


 というわけで少し寒いものの、暖炉の前から少し離れた椅子に座って待機しておく。

 しばらくしてホットミルクのような飲み物を持って現れたのは数人の少女、モッフモフの狐獣人少女だ。


 だがおさわりは禁止となっているらしい、別にこの少女達を派遣してくれた里側から禁止されているわけではないのだが、暖炉の前で暖まりつつもこちらをチラチラと見ているセラが恐い。


 下手なことをすれば俺が薪の代わりに、燃料として火にくべられることとなる。

 そうなったらさすがに熱そうなので、ここは大人しくしておく以外の選択肢がないのだ。


 仕方ないので少女達からは普通にホットミルクを受け取って飲んでいると、その後ろからやって来たのは先程のジジィ、この里のトップである族長の狐獣人であった。


 何やら紙束のようなものを抱えているようだが、もしかしたらアレが諸々の伝説に関する資料なのか?



「え~、王女殿下、それから水の大精霊様、と、従者の皆様、この度は我が里に伝わる古の事件に関する資料をご所望とのことで、せっかくですので食事前に少し説明をと思いまして、良いでしょうかな?」


「はい、私共はそれで構いませんよ、ですよね精霊様」

「まぁ、別に今は暇だしね、それに後から議論するためにも、その前提となる情報は早めに頭へ入れておいた方が良いわ」


「あの……異世界勇者たる俺様には……いえ、何でもございません……」



 すっかり居ないことにされつつある異世界勇者様たるこの俺様、実に不快なのだが、ここの族長が俺様を凄い、強い、偉い勇者様であると認識してくれないことにはどうしようもない。


 こちらも余計なことをして話の腰を折るわけにはいかない、何か俺の凄さを認識させるきっかけ、その発生のときまでは大人しくしておくこととしよう。


 とにかく今はこの里に伝わる伝説だか伝承だか、つまりは超太古の昔、東の地で神々の牢獄として使われていた火山が噴火した際に発生した瘴気により、東西南北の魔族領域、そして魔界なるものが生成されてしまったこと。


 そしてその事件に際して、元々は『人族』として一体であったこの世界の人間が変異、獣人となったり魔族となったり、或いは現帝国人のように、魔物と同等の性質を持つゴミに生まれ変わったりといったことが起こった、それに関して未だ俺達も、そしてつい最近、たったの3万年前にこの世界を統治し始めた女神も知らない事項について、話を聞いてみるということが第一の目的だ。


 話を聞きたいと思っている全員がテーブルを囲んだところで、先程ホットミルクを配ってくれた少女達によってすぐに資料が……以上に分厚いではないか、この時点で興味津々であったセラがリタイア、暖炉の前へと戻って行った。


 ちなみにカレンとリリィはもちろん、ルビアとマーサ、それに比較的賢いはずのエリナもテーブルの前には居ない。


 まぁ、主に精霊様やユリナとサリナ、それにジェシカ辺りが話を聞いていれば、だいたいどうにかなるのは間違いないのだが……



「え~、では準備が整いましたようなので、里の伝説に関する講義を始めさせて頂きます、まずはお手元の資料317ページ、その上段にございます表51をご覧になって下さい。こちらは当方で持ち合わせている事件発生後の記述を時系列順に並べたものです。この中でも特に前半、噴火によって生じた地震を人々が感じ、そこへ人を魔へと変異させる瘴気が降り注いだ辺りの……」


「……すみません、少し寒いものですから、私は暖炉の前に移動しますね」



 体裁を整えるためにテーブルに向かっていたマリエルであったが、いきなりゴチャゴチャした説明、しかも『表51』ということはつまりそれ以前にも50の資料が収蔵されているということを知ってしまい、適当に理由を付して逃走してしまった。


 ちなみに族長の話はそのまま延々と続き、もはや俺にも付いていけない次元に達してしまったようだ。


 そのなかでも断片的にわかるのは、この話が今まで聞いてきたのとは違う、変異していく際に人々が獲得していった形質や、それによって増した力についてなどの話であること。


 これまでは起こった事件そのものの歴史を聞かされてきたのだが、今回の少し変わった視点で伝承されてきた話に関しては、今後の『探究』だけでなく、『敵の弱点捜し』においてもヒントになってくることがありそうだ。


 精霊様とユリナ、ジェシカの3人はしっかり話を聞けている、付いていくことが出来ているようだし、俺がボーっとしていても、ミラが話への興味を失っていても、同じく飽きてしまったサリナが横から伸びるユリナの尻尾で遊んでいても、特に問題となることはないはず。


 まぁ、最悪後で資料を読み返せば良いのだし、族長のジジィ然とした長ったらしい話は適当に聞き流しておこう……



「……と、いうことでですな、我ら狐獣人は嗅覚と聴覚だけでなく、比較的速く走ること、そして寒さに対して非常に強いことを、変異によって、その直後から獲得しておったのです。しかしながら、世代を追う毎にどんどん強くなっていく魔族との差は開くばかり、しかも我らが魔族の領域に踏み込むことは出来ず、その逆は造作もないことであります。ゆえに今ではここより北の山脈を隔てて、なるべくこちらに来ないで下さい、いや、魔族をこちらに寄越さないで下さいと、正当な神及びそこで新たに生じたとされる魔界の神に……」


「へぇ~、そういうことだったのね、まぁ何となく理解したわ、で、あなた達は今で言う女神も、それから魔界の神でさえも神として祀っているのよね?」


「はい、さすがは水の大精霊様、ここまでの話でお察しのようで、我らはどちらの神に対しても忠誠を誓い、祭壇や偶像などは聖なるものと邪悪なるもの、横に並べて設置してありますのでな」


「あっそ、でもそれだとどっちかの、固有のお祭とかのときに困るわよね? 関係ない方は布でも掛けておくのかしら?」


「いえ、そんな失礼なことを致すわけには参りません、実は我らの崇拝する偶像はですね、なんとスライド式になっておりまして、その時々で要らない方はどこかにサッと避けて見えないように出来るのです。まぁ、たまに倒れて破損したりしますが、そういうときはもう適当に瞬間接着剤とかで……」


『とんでもなく冒涜してんじゃねぇかそれっ!?』



 祭壇にしろ偶像にしろ、スライド式でどこかへやってしまうとか、たまに倒して破損させるとか、普通に考えれば罰当たりの極みなのであるが、ここの人々はどうも適当で、そういうことはあまり気にしないらしい。


 その話の続きで、祭壇や偶像がどのようなものなのか見ておきたいと精霊様が主張したため、翌日は朝から外に出て、里のツアーを受けつつそれも見に行くこととした。


 現時点でもまだそらはギリギリで明るいのだが、風は止まず、寒さは一層厳しくなる一方であるため、今日のところはこのまま引き篭もって夕飯を待つべきだという多数派の主張が採択されたため、見学は翌日となったのである。


 族長による説明は直後に終わり、資料だけを受け取った俺達はその中身をもう一度確認しておく。

 夕飯まではまだ時間がありそうだし、今のうちに話を整理しておこうという魂胆だ。



「……てことはアレなのね、獣人に変異した人族はそのときにゲットした力だけだったけど、魔族に変異した場合はそこからさらにパワーアップしたりとかしてってことよね?」


「うむ、だが逆にパワーダウンした場合もある、てかそっちの方が多いだろうな、だってフルートみたいな純粋魔族をベースとしたら、それよりも弱い魔族の方が多いだろ?」



 下級魔族にしろ中級魔族にしろ、そして上級魔族であってもマーサの一族のように別に強いわけではなく、見た目が美麗であったり、可愛らしかったりという理由で上級に列せられている魔族達も居る。


 そういった者と、元大魔将のフルートを始めとした、人族から最初に変異した姿とされる純粋魔族では力の差がありすぎる、もちろん純粋魔族が上だ。


 ということはつまり、狐獣人の族長が言うように『魔族ばかりがその後強くなっていった』ということはむしろ稀で、本来は蹴落とされ、力も失い見た目もアレな感じになっていった魔族が多いはず。


 ここから予想するに、狐獣人達が太古の昔より恐れていた『どんどん強くなった魔族』というのは、これより北に生息しているという情報からも、北の魔族領域固有の種のみを見て言っていること、そうに違いない。


 そしてその魔族というのはおそらくヴァンパイアのこと、暖炉の前で火に当たっているエリナ曰く、北の魔族領域はほぼヴァンパイアが支配しており、これから目指す四天王カーミラがその統治者として振舞っているとのことだし、この説はもう真であることが確定したようなものだ。



「う~む、しかしそうなるとだな、どうして魔族ばっかり変異後もさらに変化していったのかがわからないな、やっぱり瘴気を浴び続けた影響か?」


「まぁ、それはそうに違いないわね、瘴気に中てられ続けて、徐々に体が変化していったのよ、もちろん強くなったり弱くなったりの差はその個体によったでしょうけど」


「あ、ちょっと良いか主殿、精霊様、そういう流れで魔族が変異を続けていったのだとするとだな、もしかしたら瘴気と対になる何かに中て続けることで元に戻ったりはしないだろうか?」


「ん? まぁその可能性は十分にあるぞ、だがその『物質』を見つけないとだし、もし見つけたとしても元に戻るかどうかが判明するのは数百万年後とかだぞ、それまで生きて確かめるというなら話は別だがな」


「いや、私は遠慮しておこう……」



 そんなことが出来るのは不死である悪魔娘3人、それから精霊様も頑張ればどうにかいけそうか。

 とはいえその実験の結果を、数百万年後に墓前で報告されてもどうしようもない、というか墓など既に風化して粉微塵であろう。


 とにかくそのような実験は無駄の中の無駄である、結果を想像するのは別に構わないが、実行するとなると有り得ないレベルの壮大なプロジェクトとなるゆえ、どうか俺だけは絶対に巻き込まないで欲しい。


 しかし今のジェシカの話には一定の『考えるべきポイント』が存在するのも事実。

 もし瘴気と対になる物質を見つけて、それを濃縮したものを魔族に向けて放ったりしたらどうなるのかということだ。


 もしかすると弱体化、或いは死亡するかも知れない、聖棒のように魔族への攻撃で高い効果を発揮するアイテム、もちろんこれは神界から持って来たゆえのことであろうが、この世界の中にもそういった効果をもたらすものがあってもおかしくはない。


 この辺りはもういつか役に立ちそうなヒントとして、頭の片隅にでも置いておく他はないのだが、魔王軍との戦いの中でか、それともその後に待ち受ける更なる強敵との戦いの中で活きてくることがあり得る貴重な情報である。



「それで、他に俺達の知らないような伝説は……これかな? さっき族長が話さなかった所だ、え~っと、魔族は古来より北の山脈を越えて我らの地に攻め込み、我らの獲物となる動物を勝手に獲ってその血を飲み干し……完全にヴァンパイアのことだよな……」


「もう間違いないわね、でも北の山脈って、どうしようかしらね?」


「何だよ精霊様、そこに山脈があったら越える、それが漢ってものだろうよ」


「いえ、めっちゃ寒いわよ、あと人族だと息が苦しくなったり幻覚が見えたり、馬車はおろかまともに歩いて越えることすら出来ないはず、最悪遭難だわ」


「……しまった、そのことを微塵も考えてなかったぜ、そうだよな、北に行けば行くほど寒いのは確定だし、魔族領域ともなるとまた異次元の寒さなんだろうな……もう諦めて帰る?」


「ここまで来て何を言ってんのあんたは……」



 北の山脈を越えて魔族領域に突入する、それを口に出して言うだけであれば至極簡単なことだ。

 だが実行するとなると話は別、もはや人の成せる業ではないというのが現実なのである。


 夏でも厳しい寒さに見舞われるはずの切り立った山脈、もちろん登山道など存在するはずがない。

 冬である今そこを越えるためには、間違いなく凄まじい労力と、多大な犠牲を払わなくてはならないのだ。


 そしてその犠牲を払ったうえで反対側に辿り着くことが出来るのは、おそらく人族のメンバーや寒さに弱いリリィを除いた者のみ、他は引き返すか、それすら叶わず無念のリタイア&凍結、数千年後に発見されるとかそういうことになってしまうはず。


 敵のヴァンパイアが普通に人族の領域に侵入し、生き血採取施設などという禍々しいモノを造っていたゆえ、その『山脈越えの恐怖』について頭が回らなかった。


 このまま夏を待つ以外に何か対策を考えないと、いつまで経っても話が先へ進むことはなく、その分諸々の事案の集結が遠のく。

 明日ここの連中に相談してみよう、何か敵地へ赴くための秘策を提供してくれるかも知れない……

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