473 北へ向けて
「ふぅ~っ、やっとお風呂に入れました」
「寒かったし食事は美味しくなかったし、あとお財布が手元になくて不安で不安で……」
「お腹空きました~っ」
「はいはい、おつかれさまでした、あのヴァンパイア共をを締め上げるのは俺達に任せて、今日は5人共ゆっくりすると良い」
怪しい店の地下で取引をしていた被害者陸運部隊の偽王国兵と何匹かの中級魔族、そしてガリガリヴァンパイアの5分の3を殺害、残りの2匹を引き摺って、久しぶりに王都の屋敷へと戻った俺達。
まずは被害者を演じていた5人も、そして昨夜が野宿であった他のメンバーも、一緒になって庭の温泉に浸かり、ここまでの疲れと汚れを一気に落とす。
そういえば連中の拷問だけでなく、王宮への報告もしに行かないとだ。
今回の件は王国軍も調査に乗り出していたようだが、俺達は結果としてそれを邪魔してしまったのである。
もちろん文句など言わせたりはしないが、一定の説明はしておくべきであろう。
ついでにここからすぐに北の魔族領域へ攻め込むための資金を捻出させなくては。
しかし今回も長旅になりそうだ、北の魔族領域で戦うべき『ヴァンパイア』は、先ほど捕らえて来た人買い組織だけではない、もっと公的な組織、そう、魔王軍の大幹部、四天王第一席のヴァンパイア、カーミラとの決戦も待ち構えているのだから。
……というか今回の件のヴァンパイアと、魔王軍四天王であるあの赤髪の美しい、そして気の弱そうなヴァンパイア、見かけ上はとても繋がりがあるようには見えないのだが、状況からして一切無関係とも思えない。
この辺りは後程あの2匹のガリガリヴァンパイアを拷問する際に聞きだすべき事項に加えるのと同時並行的に、四天王第二席である、いやそうであった存在のアンジュからも話を聞こう。
一緒に風呂に入っており、ちょうど湯船の外で長い尻尾を洗っているアンジュ。
その尻尾が繋がったまま、今でも自分のものであるのはどちら様のお陰なのか、それを問えば、こちらの質問には簡単に答えてくれるはずだ、もし情報を出し渋るなら鞭で引っ叩けば良いだけだしな。
さて、いつまでも風呂に浸かりながら考え事をしていても仕方ない、ガッツリ休憩を取るべき5人はそのままにして、俺とセラは王宮へ報告に、残りのメンバーにはガリガリ共の拷問をスタートしていて貰おう……
「よいしょっ、じゃあ俺はこのまま王宮へ行くから、皆はそれぞれ動いていてくれ」
「冬の夕方なのに素っ裸でですか?」
「じゃなくて服を着てからだ、ルビアの片寄った発想で俺の行動を決めるんじゃない、とにかく行って来る」
セラと2人で風呂から上がり、マリエルが伝令を用いて頼んでくれた馬車に乗り込んで王宮を目指す。
そういえばついこの間来た『伝令』の怪しいくのいちを捕らえたままであった、そのことも報告しておこう。
と、何はともあれまずは人攫い、人買い事件に俺達が首を突っ込んだこと、そしてその黒幕の居る北の魔族領域へ遠征するための資金提供の要請、それを済ませておくことが重要だ……
※※※
「う~っす! おいババァ、今度は北の魔族領域攻めっから金出せ」
「勇者よ、突然現れて何を主張したいのじゃ? それに予算を計上して欲しいならもっと言い方というものがじゃな……」
「北の魔族領域へ転進するために必要となる金員を交付して下さい」
「・・・・・・・・・・」
そこでセラが後ろから割って入り、玉座で酔って寝ている駄王はともかく、総務大臣にはこれまでのいきさつを全て説明してくれた。
王宮の方には既に俺達が一時立ち寄った、そしてリリィの暴走の結果として救出した被害者の身柄を預けた砦の女性事務官から報告を受け、だいたいのことは把握していたそうだ。
もちろんつい先程、俺達が怪しい業態の店を襲撃、そして壊滅させたことも承知済み、人攫いおよび人買い事件と何か関係してのことであろうという予想もしていたようだが、その予想は当然に正解である。
「それで、これから直ちに北の魔族領域に攻め入るというのじゃな?」
「ああ、だって人買いはヴァンパイア、そして北の魔族領域を実質支配している四天王もヴァンパイアなんだ、そこに繋がりがないとは思えないし、そもそもそんな連中に買われて行った子どもとか獣人とかが、果たして無事で居るのかどうかという点が非常にアレなんだよ」
「確かにの、もう手遅れになってしまった者も多いじゃろうが、それでもまだ間に合う者が居るはずじゃ、事態は一刻を争うといっても過言ではなかろう」
「だろ? となると明日には出発したい、その前に捕らえてあるゴミから価値物である有益な情報だけを抽出してやらないとだがな、てことで金出せ」
「よかろう、ではあそこで眠りこけておる王の懐に財布があるゆえ、中身だけ抜き取って遠征資金に用いるが良い」
「いや、あいつ金持ってんのかな……」
結論からするとかなり持っていやがった、金貨23枚、放っておいてもどうせ酒に変わってしまうのだし、ここは俺達が有意義な、人の役に立つ用途に供してやることとしよう、その方が金にとっても幸せだ。
もちろん余った分は俺達の飲食費等に充てられるのだが、それはちょっとしたボーナスとして国から支給されたものと捉えれば合点がいく。
ゆえになるべく節約し、全てが終わった後にこの金で美味い酒でも飲むこととしよう。
まぁ、今回に関してはいつもと異なり、酒を飲むような気分になる結末が待ち構えているとは限らないのだが……
「まぁ金も手に入ったし、とにかく帰って情報収集だ」
「もう色々と引き出せていると良いわね、明日出発したいなら今日は早く寝たいし、あんな雑魚キャラの拷問なんてしてる暇じゃないもの」
「そうだな、精霊様の実力に期待だが、それは帰ってみればわかることだ」
王宮を出た俺達は、馬車の窓に移り込む夜の王都を眺めながら屋敷を目指す。
このペースだと朝出発は到底無理か、昼過ぎ、いや夕方になってしまうかも知れない。
そうならないためにも、そしてほんの僅かでも早くに出立するためにも、サッサと2匹のヴァンパイアから、さらには一応情報を持っているであろうアンジュから話を聞きたいところだ……
※※※
「ぎぃぇぇぇっ!」
「ぎょぉぉぉっ!」
「おぉ、やってるやってる」
屋敷へ戻ると早速地下室へ、2匹のヴァンパイアの悲鳴が響き渡っているあたり、相当に苛烈な拷問をしているのであろう。
ちなみに地下牢の住人は全員別の場所へ避難させたようだ、そうでもしないとこれでは眠ることさえ出来ない、意図せずして無関係の者に精神的な拷問を加える結果となってしまうのだ。
まぁ、クズの悲鳴ががあまりにもやかましいため、俺達はチラッと顔を出すだけにしておいて、おそらくここではない、別の場所で執り行われているアンジュへの尋問に参加することとしよう。
信じ難いデジベルの絶叫が響き続ける中、奥の方で何やら『器具』をそうさしている精霊様とシルビアさん、それから興味本位で同席していたルビアとマーサに手を振って地下室を後にした。
拷問で得られた情報は後で精霊様がまとめて持って来てくれるはずだ、さて、アンジュの方は……2階の大部屋に居るのか、そちらから皆の声が聞こえてくる、とりあえずそちらへ行こう……
「ただいま~、皆ここに居たのか、で、アンジュは……何くつろいでんだよ……」
「いや、別に苦しんでいたり泣いている必要はないでしょう?」
「そりゃそうだけどよ……それよりお前、あの四天王のヴァンパイアのことなんだが、ちょっと詳しく話を聞かせろ」
「カーミラのことね、聞かれたことには一応答えるわよ、本人のプライバシーがアレな質問じゃなければだけどね」
「そうか、じゃあまずは奴のスリーサイズからだ、あと好きな食べ物とか普段どんな感じのエッチな本を読んでいるのかとかだな」
「モロにアウトな質問じゃないのっ! まぁ、でも好きな食べ物、というか飲み物は人の生き血よ、ヴァンパイアだもの」
「む、てことはだな、人族の子どもやなんかを攫って……」
「待ってよ、一応言っておくけどね、そもそも人族を北の魔族領域に連れて行ったりしたらどうなると思う? 生き血の前にツルッパゲよ、人をそんな状態にしてまで血を啜りたいなんて、あの子は絶対に思わないはず、絶対によ」
「ふ~ん、そうなんだね」
「ちょっとは信じる素振りも見せなさいよっ! 嘘でも良いからもっとこう、何と言うか……」
そこまで言って答えに詰まってしまったアンジュ、友人であるはずの北の四天王、カーミラを疑うことはしたくないらしいが、俺に対して説得力のある説明をすることも出来ないといった感じだ。
だがアンジュの言葉の中でひとつ、非常に気になるポイントがあった。
そもそも攫われ、買われているのは『人族』、それを何の対策もなしに魔族領域へ連れて行ったらどうなるか、答えはひとつ、瘴気に中てられてすぐにハゲと化してしまうのである。
いや、それでも死んでしまうわけではないし、恐ろしい目的にその被害者達を使っているのであれば特に問題はないか。
むしろ子どもや獣人を愛玩用として購入したわけではない可能性が、そして敵のヴァンパイア共が最悪の行動に出ている可能性が高まったと言い得る状況だ。
と、そこで部屋のドアを開けて精霊様が登場、シルビアさんに、それからルビアとマーサもそれに続く。
全員でここへ来たということは、ヴァンパイア共の拷問が終わり、それなりの情報を引き出したということなのであろう。
窓の外には精霊様から『ゴミ捨て』を命じられたと思しきレーコが、ズタボロになった腕や脚などが所々はみ出した状態のズタ袋を持って、近所のゴミ集積場へと歩いて行くのが見えた。
明日は燃えるゴミの収集日だ、生命力が異常に高いことが発覚したヴァンパイアを完全に亡き者にするには、燃えるゴミとして燃やし尽くすのが一番手っ取り早いということでそうしたのであろう。
肩が凝った感を出しながら、やれやれといった表情で入室し、座り込む精霊様、このまま拷問の結果報告会を開始するようだ……
「それで、どんなことがどんな感じでわかったんだ? 重大な事実は? 激アツの情報は?」
「ふふんっ、かなりクリティカルな話が出たわ、それも『この情報がなかったら無駄足だった』系の凄いお得情報よ」
「ほうほう、で、どんな内容なんだ?」
「被害者が運び込まれる最終地点はまだ魔族領域じゃないのよ、この地図を見て、ほらここ、ギリギリのラインだけど、ここはまだ人族の領域なのよ」
そう言いながら巨大な地図を広げる精霊様、×印が打たれた場所は確かに、薄い灰色で塗り潰されている魔族領域よりも少し手前。
そして地図にはもうひとつ、少し前に打たれたと思しき×印が、この地図はアレだ、以前カレンとジェシカが北方へ行ったときに用いていたものだ。
そして×印の場所はそのとき2人が世話になったという、そして人攫いの襲撃を受け、多くの人が攫われてしまったという狐獣人の里である。
2つ並んだ×印は程近い、きっと攫って来た被害者を集積している場所の近くで、ターゲットである獣人の里があることに気付いた敵が、そこを襲撃してさらなる被害者を出したということなのであろう。
全くとんでもないことをする連中だ、一刻も早く現着して野郎は皆殺し、可愛い女の子ヴァンパイアに関しては、これから逆に被害者側の気持ちを存分に味わうことが出来る、素晴らしい場所にご招待してやる。
もちろん今捕らわれている、そして過去に捕らわれた被害者の末路によっては、いくら女の子ヴァンパイアであってもそうそう軽い罰で済ませてやるつもりはないが……ところで被害者の現在の様子はどうなっているのであろうか?
「なぁ精霊様、奴等の口からは被害者の現況に関して少しは話が出たのか?」
「ええ、一応生きてはいるらしいわよ、でも毎日針を刺されて血を抜かれているって、言っていたわ、どのぐらい抜かれているのか知らないけど、場合によっては早く救出しないと拙そうね」
「なんということをしやがるあのクソッタレ共めがっ! その針とやらを奪って奴等のケツに摩り下ろし生ニンニクエキスでも注入してやろうぜ」
決意を新たに、精霊様が拷問によって聞き出した場所へと向かう準備を進める。
よく考えたら情報提供者を燃えるゴミに出してしまい、その供述が真実かどうかの担保を得ることが出来なくなっていないか?
まぁ、現地へ行ってみればそれが本当の話であったのか、それともヴァンパイアの好む血のように真っ赤なウソであったのかがわかる。
もし何も発見出来ないようであればそのまま狐獣人の里へ、そして北の魔族領域へ乗り込めば良い。
直接四天王、つまりヴァンパイアの中でもトップを張っている奴の所へ行き、全てをやめさせるのだ。
現時点の実力で四天王第一席のカーミラに勝利することが叶うとも思えないが、それは到着までの間に対策を立て、万全の態勢で臨むことによって勝率を上げることとしよう。
その後、夜中まで掛けて準備を終わらせ、布団に入る頃には明け方となっていた。
さすがに寝ないとキツい、このまま寝られるだけ寝て、全回復して目覚めたところで出発だ……
※※※
「……勇者様、勇者様……あ、おはよう勇者様、もうお昼前よ、サッサと起きて準備してちょうだい」
「おう、だが準備は昨日のうちに終わってたんだもんな、俺はこのまま馬車に運びこんでくれ、じゃあ再度おやすみ」
「ちょっと勇者様!」
セラに布団を引っぺがされ、無理矢理サンドウィッチ、そしてありえないレベルに濃厚な紅茶を口に突っ込まれ、ついでに歯磨きまでさせられる。
最後に寝間着のまま風呂へ放り込まれ、ザブザブと洗われて準備完了である、寒い、湯冷めして風邪を引いてしまいそうだ……
着替えもそこそこに馬車の荷台へ積み込まれ、すぐに出発となった。
目的地までは5日以上、途中で宿を取ってあるとのことだが、今回に関してはのんびりコース料理など楽しんでいる暇ではない。
「うぅ~っ、さぶっ……あ、ところでさ、ここから目的地までの道は1本なのか?」
「ええ、メインの街道を使えばそうなるわ、このまままっすぐ北の森を抜けて、その後もほら、ずっとまっすぐじゃないかしら」
「見辛い地図だな、北の辺境はあまりしっかりした実地調査がなされていないんだな、でもアレか、カレンとジェシカは狐獣人の里まで行ったことがあるんだもんな、まぁ道は安心か、道だけはな」
「ん? 道以外にに何か不安な要素でもあるわけ?」
「ほらさ、俺達が救出する前にも、あの場所から出た船とその先の陸路で被害者が運ばれていたはずだろ? 檻を載せた馬車のペースは遅いだろうし、もしかすると途中でひとつ前の陸運部隊に追い付いたりして……」
「……また救出した被害者を抱えることになりそうね、しかも今度は王国軍も近くに居ないわけだし、そこそこ大変なことになりそうだわ」
敵とバッティングすれば、間違いなく救出した被害者を抱えることになる。
もちろん放置して、自力で王都を目指せなどと言うわけにもいかないし、より危険な場所へ向かう俺達に同行させるわけにもいかない。
もしそうなった場合の対策は別途考える必要がありそうだ、今はただ、途中で余計なことが起こらないようにと祈りつつ、馬車の中で地図と睨めっこでもしている他ないのである。
だがもちろん見逃しては貰えない、まだ初日だというのに、御者をしていたジェシカが遥か先に巨大な馬車の姿を認めたと報告してきたのだ。
当然といえば当然であるが、その巨大な馬車は敵のもの、もはや確認するまでもなく、話の流れや先程立てたフラグからしてそうなっているのは確定。
「どうする主殿? 少し急げばすぐに追い付きそうなんだが」
「う~ん……う~ん、どうしようか……」
これは判断に迷うところである、王都を目指したときと同じくこのまま付かず離れず追跡して行っても、最終的に到着した場所で被害者を救出することが出来るのは変わらない。
とはいえ今現在悪いヴァンパイア捕らわれている状態の被害者、特に幼い子どもに関しては、可能な限り早く救出してやりたいという気持ちがある。
とはいえこんな何もない場所で何十人もの子どもを救出したところで……と、俺が悩んでいるのを見たマリエルがスッと、決意を表明するかのような凛とした表情で立ち上がった……
「勇者様、ここは直ちに追いかけるべきです、被害者が運ばれているというのであれば、いずれ世界の全てを支配する国家の第一王女として見過ごせませんっ!」
「いやマリエルさん、お前はいつからそんなに偉くなったんだ……と、まぁでも言っていることは間違っちゃいないからな、ジェシカ、結果がどうなるかはわからんが、すぐに前方の馬車に追い付いてくれ」
「わかった、だが突然攻撃してくるかも知れないから用心してくれ、一応魔法などが飛んで来たら教えるが、回避が間に合わない可能性も十分にある」
「ほいほい、なら精霊様の出番だな、ちょっと馬車の上に登って防御の準備をしておいてくれ、今度パーティー資金で1杯奢るからさ」
「わかったわ、でも寒い分の料金も考慮して2杯奢りなさいよねっ」
「ほいほい、承知承知、ではいってらっしゃい」
窓から外へ出た精霊様は、露骨に寒そうな感じで震えるポーズを取り、自分の役回りの大変さをアピールしている。
そのアピールはガン無視し、天窓を開けてしっかり屋根の上に乗っていること、そしてパンツが見えていることを確認、ジェシカにスピードアップせよとの指示を出す。
徐々にはっきりと見えてくる前の馬車、間違いない、被害者を王都へ運搬するのに使っていたものと同じモデルだ。
そしてその馬車は、御者も護衛も全てがヴァンパイア。
昨日殺したのと同じく、5人編成の部隊らしい。
敵の馬車の上にも1人、人影というかヴァンパイア影が認められる。
アレが周囲を警戒しているようだ、そして猛スピードで近付くこちらの馬車に気付き、攻撃の準備を整えたようだ……




