471 受け渡し場所
「あら、ここを曲がらないのなら間違いなく行き先は王都ね」
「そうなのか、てかそうだな、いつもトンビーム村へ行くときに通る道だもんな、奴等、人ごみに紛れて被害者の受け渡しをしていたのか」
「それでどうする? 王都での受け渡し現場を押さえるか、それともさらに追跡するかなんだけど」
「う~ん、王都で被害者を受け取る組織等が終着点とは限らないが、さすがにそろそろ5人を助けてやらないとかわいそうなんだよな……うん、もし王都で魔族に檻が渡ったのなら、そのときは救出作戦を敢行することとしよう」
『は~い!』
旧聖国領で捕らえ、調教済みである反王国、反勇者組織の構成員であった女5人のうち2人に御者をさせ、上空で敵の位置を把握し続ける精霊様に誘導されながら追跡作戦を進める。
前を行く敵の馬車の中は人攫いおよび人買い組織による重大犯罪の被害者役をしているミラ、カレン、ルビア、マリエル、ジェシカの5人。
その5人がおそらく、俺達の本拠地である王都にてまた何者かに引き渡されるのであろうということが予測出来た。
王都で荷を受けるのが魔族なのか、それともただ人族の闇陸運組織内での交代なのかはわからないが、そろそろ檻の中の5人も限界であろう、救出し、一旦王都の屋敷に戻って風呂にでも入らせてやりたいところである。
そのまま馬車は北を目指して進んで行ったが、夜になるとさすがに停車したようで、精霊様がこちらに向かって止まれの合図をしこちらへ降りて来た。
「おかえり精霊様、寒かっただろうからマーサでも抱えて暖まると良い」
「そうするわ、で、敵はもう野営を始めたわよ、被害者役の5人にも一応食べ物は与えられている……というかかなりの量を食べさせられているみたいよ、それも栄養があるものばかり」
「おいおい、もしかして人買い共は買い取った女や子どもを太らせて喰ってんじゃないだろうな? だとしたらマジで恐ろしい結末を迎えそうだぞ」
「まぁ、そうじゃないことを祈るわ、それと、こっちも野営の準備をしましょ」
「あ、今日は宿まで行けないもんな、仕方ない、ここで寝るしかなさそうだな……」
いつもであれば、トンビーオ村との行き来に際しては途中の宿でゆっくり眠るのだが、今回に関しては我慢して野宿をする他ない。
だが季節は冬、寒空の下で野宿するのは非常に困難なことだ、敵と違って追跡者である俺達が大々的に火を焚くわけにもいかないし、実に困ったことである。
前を行く敵の馬車がある辺りに見える明かりと、そこから上がる煙を眺めつつそんなことを考えていると、何やら背後に温かい感じが……
「おい、何で温かいんだ? 誰かそういう魔法を……アンジュなのかよ……」
「そうよ、そっちの悪魔3人にはコレが出来ないみたいだけど、私の魔法力をもってすればこの『遠赤外線火魔法』が可能なの、これなら火を焚くことなく温まることが出来るわ、役に立つでしょ?」
「うむ、それは大変素晴らしい、この活躍と派遣バイトとはいえ部下の中級魔族が人買いに関与していた分のお仕置きとを相殺してやろう、俺達と敵対した分、それからサキュバスボッタクリバーを世界中にバラ撒いた罪は決して消えないけどな」
「そんなのわかってるわよ、この事件が解決した後でお尻を叩かれれば良いんでしょ、そのぐらい余裕よね、尻尾を引き千切られたり、あの棒でカンチョーされるのに比べたらだけど……」
いつの間にか馬車の荷台から降りていたアンジュの、枷を嵌められたままの手の中には焼けた炭のような色をして淡く光る、魔力の塊があった。
その『遠赤外線火魔法』などという、ファンタジー感ブチ壊しの魔法に頼って皆で暖を取る。
最も得意な火魔法でアンジュに後れを取ったユリナは悔しそうにしているが、後で教われば良いと宥めておく。
そもそも魔将であったユリナより2つ上のランク、そして尋常でない魔法力を持つアンジュに負けたところで、それが普通であっておかしなことではないことに気付いた方が無難だと思う。
俺達はどういうわけか戦えば戦うほどに、いや戦わずに家でゴロゴロしていたとしても極端なスピードで力を身に着けていく傾向にある。
こうなる理由に関してはいずれ調べるか、或いは女神の口から直接教えて貰いたいところであるが、『強くなる』、そして『強くなった』からといって、まだまだ自分よりも上が居ることを認識しておくことが大切なのだ。
この後に控えているのはアンジュよりも遥かに強いとされる四天王第一席のヴァンパイア、そしてその上には副魔王とかいう謎の存在、さらに俺と同じ異世界人である魔王そのものとも戦わねばならない。
そして、それが終わった後もまだ戦いは続く、火山の噴火を引き起こし、この世界を半ば改変してしまった魔界の神々との戦いだ。
さらにさらに上が居る、とまでは思いたくないが、今居る冒険の途上から遥か先まで点々と、今の実力では到底勝つことの出来ない強敵が並んでいるのが見えているかのようである。
ゆえに、こんなところで自分の力を過信し、落とし穴に嵌まるわけにはいかないのだ。
と、その可能性が最も高いのは俺か、悔しさをバネに、もう遠赤火魔法の練習を始めているユリナを見てそう思ったのであった……
「ふぬぬぬっ、炭火をイメージして……」
「姉さま頑張って、あ、ちょっと暖かくなってきたような気がっ!」
「うぅぅぅっ! はっ、出来ましたの、あとはこのままキープしてコツを掴むだけですのっ!」
「わぁ~、すご~い、本当に暖かいです~、これならお肉やお魚もふっくら焼けそうです~」
「アイリスちゃん、人の攻撃魔法をお料理に使わないで欲しいですの……」
しばらくの後に遠赤火魔法を完成させたユリナ、何度か繰り返し、アンジュによるお墨付きも貰ったようだ。
これでストーブ代わりの魔法が2つ、外は風が強いものの、馬車の中に入ればかなり暖かいはず。
低温火傷に注意するよう皆に告げ、食事を終えた者から片付けをして車内へ退避する。
というか最初から馬車の中で食事をすれば良かった、どうせ缶詰と干し肉だけなのに、いつもの癖で馬車から降りてしまったのだ。
まぁ、お陰でユリナが新たな火魔法の形態をゲットしたのだから良しとしよう。
この遠赤火魔法、指向性を持たせることが出来れば暗殺等に使えそうだ。
何ということのない日常を送り、いつもの如く料亭で悪い相談をしている敵が、遠赤火魔法を受けて突如人体発火、そういうインパクトと、それから暗殺対象ではない敵の仲間にも多大な恐怖を与えるという、なんとも素晴らしい殺害方法となり得る夢の魔法といえよう。
この先、おそらく王都で行われる荷物の受け渡しに際して、もしそこで仲間5人を救出するという決定が下せるようであり、かつ余裕がある状況であった場合にはこれを用いてみても良い。
ユリナも早く試してみたいだろうし、最初の一撃、いやもしかすると最後までこちらの姿を見せずに敵を壊滅に追い込むことが出来るかも知れないのだ。
やってみる価値はあるはず、というか遠赤火魔法を喰らった敵が、どういう感じで焼け死ぬのかを早く見てみたいところである……
「さて勇者様、だいぶ暖かくなってきたしそろそろ寝ましょ」
「そうだな、風呂にも入れないってのはたまったものじゃないが、湯冷めして風邪を引くよりは臭い方がマシだ、とりあえず今日は我慢して寝てしまおう」
もし綺麗好きのルビアがこの場に居れば、風呂には入れないことに関してぶつくさと文句を言っていたであろう。
というか先行している敵の集団に、そのような苦情を述べている可能性が十分すぎるほどにある。
パーティーの中では近接戦闘が苦手な方であるルビアだが、その辺の犯罪者や中級魔族程度であれば、そして今入れられている檻程度であれば、簡単に滅茶苦茶な状態にしてしまうことが出来るのだ。
風呂に入れない不快感から暴れたりしないことを祈る、そしてカレンが空腹で暴れたり、個人の財布をセラに預けたままのミラが、手元に金がないことによって発狂したりしないことを祈っておこう。
ユリナとアンジュによる暖房の効いた馬車の客車で毛布に包まりつつそのようなことを考えていると、暖かさもあってか徐々に眠く、そして目を開けていられなくなった……
※※※
「……さぶっ、めっちゃ寒いじゃねぇか、ユリナとアンジュは……2人が寝たら魔法は持続しないのかよ」
「あら、勇者様も起きたのね、私も寒くて起きて、どっちか起こして魔法を使わせようと思ったんだけど、もう朝だから諦めて毛布に包まっているのよ」
「おう、じゃあ俺も入れろ、てかセラよ、俺が被ってた毛布をお前が奪ったから俺が寒いんじゃないのか?」
「まぁ、そうとも言えるわね、でも私がお暖めておいたから、今から勇者様もこの中で暖まることが出来ると思うの、つまり差引でプラスね、感謝してこっちに来なさい」
「全くしょうがない奴だな……」
俺が寒さで目を覚ました原因を作ったセラであるが、反省しようという気は微塵もないらしい。
とにかく俺もセラの横に場所を移し、2人で毛布に包まって朝方の厳しい時間を凌いだ。
日の出る頃には全員が起きて来たため、再びユリナとアンジュが魔法を使って車内を暖める。
だが1人だけ、精霊様だけは偵察任務だ、敵が動き出すタイミングを把握し、俺達にそれを伝達しなくてはならない。
ぶつくさと文句を言いながらも、配布された自分の分の朝食を持って飛び上がって行った精霊様を見送った後、こちらも適当に腹拵えをしておく。
しばらく後に精霊様からの合図、敵が移動を開始するようだ。
こちらも急いで準備をし、どこからともなく取り出したフラッグを振ってこちらを誘導する精霊様の指示に従う。
というか、白と黒のチェック柄をした誘導用フラッグは冬の澄んだ空にて異常に目立つ。
それをまるでレースのスターターの如く振り回しているのだから尚更だ。
おそらく見ようと思えば敵からでも見えてしまうような気がするのだが、まぁ、あんなのが空を飛んでいたところで、敵ではなく通りすがりのUFOやフライングヒューマノイドなどのUMAであるとしてスルーしてくれるはず。
事実、そこからも敵の移動速度は変わることなく、相変わらずゆっくりとしたペースで北を目指していく。
特に問題なくその1日を進み切り、空が暗くなってきたところで、遂に王都の南門、夜警のためその脇に掲げられた篝火が見えてきたのであった……
「うむ、やっぱ王都に入って行くようだな、精霊様はここからどうするつもりなんだろうか?」
「きっと敵がストップするまで空から見張るつもりよ、そろそろ暗くなってきたからこっちからは見えないけど、場所だけ確認したら呼びに来てくれるんじゃないかしら」
「そういう感じなのかな、まぁ良いや、とにかく見える限りで良いから精霊様の居る方を目指そう、向こうからはこっちが見えているはずだし、逸れてしまうなんてことはないはずだからな」
御者をしている女2人に指示を出し、王都の町中を進んで行く……精霊様はどうやら、王宮前広場の上空辺りで止まったようだ、そこから動く気配がないことは、今のところ辛うじて目視出来る。
とりあえず俺達もそこへ行こうということに決まり、メインストリートを通ってまっすぐ向かう。
精霊様の真下まで来たことはその姿で確認出来る、そして大変残念なことに、暗くて距離もあるため精霊様のパンツまでは見えない。
パンツの確認は仕方なく諦め、周囲を見渡して敵の姿が見えないかの確認をする。
精霊様のパンツには興味がない他のメンバーは既にそうしていたようだが、今のところ発見出来ていないようだ。
「さすがに馬車が多くてわからないな、皆はどうだ、どこかに怪しい馬車が停まっていないか」
「探してはいるわよ、でも怪しいって言ったって、私達は実際に敵の馬車を見ていないもの、凄く大きいってことぐらいしかわからないからなんとも……」
「あ、そういえばそうだったな、実際に敵の姿を見たのは俺と精霊様だけなのか……仕方ない、俺だけで一応探しておくよ、まぁ見つからなかったら精霊様が降りて来るのを待とうぜ」
精霊様は上空うに浮かんだまま、ということはまだ敵の停止する位置が確定してはいないということ。
さすがに往来の真ん中で被害者の身柄をやり取りしたりはせず、どこかに5人が入った檻を運び込み、そこで取引、または別の集団に引継ぎするのであろうが、肝心のその場所がわからなくては意味がない。
精霊様がそれを確認してからでないと、本気で仲間の場所がわからなくなってしまう、そうなれば作戦は破綻、そしてしばらく後に自力で脱出した5人と合流するまで、勇者パーティーとしての活動そのものも困難になってしまう。
ゆえにここで失敗は出来ない、焦らず、余計なことはせず、精霊様の帰還を待つべきだ。
そう考えながらも周囲を見渡していると……居た、狭い裏路地に一杯一杯で入り込もうとする敵の馬車は、その行く手を阻むようにしてウ○コ座りしていたチンピラを轢き殺しながらその奥へと進んで行く。
と、そこで精霊様が高度を下げ、こちらへ向かって来る、ちなみに王都の人々にとっては空から精霊様が降りて来ることぐらい日常の一幕に過ぎないため、特に騒ぎになるというようなことはない。
「おかえり精霊様、こっちでも敵があの路地に入ったのを確認したぞ」
「ええ、でもその前に小さい馬車が1台、同じ道へ入って行ったのよ、それまでは敵の馬車も広場の中をウロウロしていたんだけど、急にその馬車に付いて行った感じだったわ」
「なるほどな、きっとその小さい馬車とやらと待ち合わせをしていたんだな、停まらずに動き続けていたのは目立たないようにするためか……」
ようやく精霊様が広場の上空で静止していたことの理由が判明した。
敵は単に人が多いゴチャゴチャしたところで取引をしているというだけでなく、それ以上の警戒をしつつ相手との待ち合わせをしていたようだ。
海を渡る前、旧共和国領では堂々と、一般的な荷物であるかのようにして『被害者』を積み込んでいた連中だが、やはり正義の大国である王国の、さらに王都で何かをする以上、慎重を期してことに及んでいるということか。
だが今回は俺達が後を付けている、その俺達に重要なポイント、即ち広場の人混みの中で取引相手と合流する瞬間を見られていたのだ。
あとはもう、現場を押さえられ、年貢の納め時として大人しく死ぬか、無様に命乞いをしながら死ぬか、はたまたダメ元で反撃しつつ、全く歯が立たずに死ぬか、そのいずれかが連中にとって選択可能な未来となったのである。
「よし、ひとまず馬車はどこかに停めさせよう、エリナ、頼んだからな、俺達は降りて敵を追うぞ」
『うぇ~い!』
ここからは馬車など邪魔なだけ、エリナに御者の女共を監視させ、ついでにこの間と同様、アイリスとメルシーの護衛も任せる。
被害者役の5人を除き、残った勇者パーティーのメンバー7人で馬車を降り、先程敵が入って行った裏路地を目指す。
すぐに発見出来た敵の背中、もう停車し、『荷物』の搬出を始めているようだ。
路地のど真ん中にある日当たりの悪そうな建物、安宿か怪しい商品を売り捌く怪しい店なのか、どちらかというと後者か。
そしてその正面扉とは別の場所にポッカリと空いた、搬入出用と思しき地下へ続く出入り口。
そこへ馬車から降ろし、布を掛けたままの状態の檻を運び込む敵の姿、作業しているのは人族で、周りで魔族が監視している……
「さて、これからどうしようか、てかあの店は一体何なんだ?」
「勇者様、あの店は王都でも知る人ぞ知る『裏何でも屋』なのよ、珍しい魔導アイテムからちょっぴり違法なモノまで、あらゆるものを販売する、しかも入場料を取って地下で怪しい取引をする場所まで提供してくれることがあるそうだわ」
「そんな店公権力で潰せよな……」
何でも屋の部分に関してはどうにか理解することが出来るが、『怪しい取引の場所を提供』の部分はイマイチ想像が付かない。
きっと悪い奴等が港の倉庫や地下駐車場でヤバめのブツを取引する情景、それの管理された版なのであろうが、それなら本当にそういう場所でやれよと言いたいところだ。
まぁ、その辺の怪しい場所には憲兵も巡回しており、近くで見ればあの王国兵の格好が正規のものではないということがすぐにバレてしまうため、取引現場どころかそこへ行くまでの間にすれ違うことすら危険と判断したのであろう。
多少の出費をしてでも安全な、絶対に通報されることのない場所を借りて取引をする。
悪人共の分際で、本当に慎重な行動を取る連中だ、それでも俺達から逃れることなど出来ないのだが。
と、檻の搬入が終わるようだ、搬入口はそのまま鉄扉を閉じてしまうようだが、そこからしか地下に入れないということもあるまい。
俺達は店の地上部分、怪しい裏何でも屋の方から突入、地下へ続く道を聞き出す。
もちろん抵抗されたらそこの店主でもスタッフでも皆殺しだ、善良な奴の経営する店とはとても思えないゆえ、正義の味方である俺達はここの連中に何をしても構わないのだ。
「よっしゃ、じゃあ突入するぞ、地下へ入る際は静かに、取引をしているであろう敵に気取られないようにするんだ」
「で、もし魔族に檻の受け渡しがされていたら?」
「そのときは突入して一気に制圧、情報確保用に2匹か3匹ぐらい残してあとは殺して構わん、てか惨たらしく殺すべきだな、てことで行くぞっ! ごめんくださ~い……」
最初はとりあえず穏便に、普通の客感を出しつつ店に入る、当然注がれる視線……これはダメなやつだ。
明らかにこちらを睨む店員と、店内で買い物をしている客、懐の短剣に手を掛けた奴もいる。
連中が俺達のことを知っていてそうしているのか、或いは見慣れぬ一見さんに警戒しているのか。
どちらでも良い、とにかく戦うことになりそうなのは事実だし、地下への入り口を吐かせ、あとは適当にブチ殺してしまおう……




