470 船の行き先は
「……じゃあアレだな、とにかくこの船の目的地を聞き出す、それでいこう」
「ええ、北の魔族領域へ行くということは、どこかの港で船を降りて陸路で向かうということですの、だからこのまま付いて行けるのもそこまで、その先どうなるのかを考えるためにも、まず船の行き先を知っておくことが必要ですわ」
「てかそれは先に聞いておくべきことだったと思うわよ」
「まぁそう言うなって、精霊様だって行き当たりばったりで作戦を変更することぐらいあるだろ?」
「確かにあるけど、さすがにここまでいい加減じゃないわよね……」
たまたま船をお借りすることに決めた海運業者の荷主が、たまたま敵である人身売買組織ということが判明したため、俺達はその船にクルーとして乗り込むこととなった。
もちろんクルーなのは格好だけ、もし同船している人身売買組織、即ちこの船の本当のクルーとは違い、脅迫したのではなく単に事情を知らないだけの連中に見られると、明らかに怪しいと疑われてしまうのは確実。
ということで可能な限り船室の中に隠れているべきなのだが、それだと全く情報を得ることが出来ない。
誰かが外に出て、既にテイム済みのクルーに船の行き先、終着点を聞かなくてはならない。
が、誰かといっても船室の外をウロついていても疑われる可能性が低いのはもはや俺だけ、つまり、情報収集のために出動する役目は俺のみに与えられるということが、半ば決定したような状態である。
「しょうがないな、じゃあ俺が行って来るから、皆はここで静かに待っているんだぞ」
「ちゃんとお土産を持って帰ってよね、昼間見てたら食糧っぽい野菜を運び込んでたし、私用にニンジンの1本ぐらい貰っておいて」
「余裕があったらな、無理だったとしても怒るんじゃないぞ」
「は~い、期待してま~す」
ニンジンをご所望のウサギはともかく、良く考えたら俺達も水と食糧を確保しておかなくてはならない。
今までのものは馬車と一緒に岸へ置いて来てしまったし、手持ちは本当に僅かな携帯食ぐらいなのだ。
船の食糧倉庫を発見したらそこでパクるか、発見出来なければクルーにナイフでも突き付け、今夜から終着点に辿り着くまでの食事、もちろん1日3食おやつ2回付きを出して貰えるよう穏便にお願いしておくか。
1人で船室を出て周囲の様子を覗うと、すぐにモブキャラのクルーがフラフラと歩いているのを確認した。
ちょうど良い、最悪殺して海に捨てても構わない奴だし、脅迫して諸々の情報収集と要求をまとめてしておこう……
「おいてめぇ、ちょっとそこに止まれ、動くんじゃねぇぞ」
「ひっ……ど、どう致しましたでしょうですますか?」
突如として強キャラのオーラを放つ俺に話し掛けられたゆえか、緊張してまともな言葉が出てこないモブクルー。
会話が成立しなかったら殺してしまおう、というかどうせこいつらは王国の敵なわけだし、いずれは俺達、または王国側のその他の人間の手によってプチッといかれる運命なのだが。
「良いか、1回しか言わないから良く聞くんだぞ、まずはこの船の行き先だ、どこを終着点としているのか、どこそこの港に何日後のどのぐらいの次官に到着する予定なのかキッチリ教えろ。それから船室に居る俺とその仲間に対し、毎食この船で一番高価な食材をふんだんに使用した最高級の料理とデザート、そしてある分だけの酒を提供しろ。あ、あともうひとつ、人身売買の被害者役をしている5人にもまともな食事を提供しろ、もちろん俺達と同じランクのものをな。以上3点、復唱はしないし質問など許さない、ちなみに拒否も出来ないからサッサと質問に答えてその他の作業に取り掛かれ、大至急だ」
冷や汗を垂らしながらも必死で俺の要求を聞き取っていくモブクルー。
いくらモブでゴミとはいえ、さすがにこの程度であればどうにか把握することが出来たようだ。
だがムカつくことに、俺が話し終わると同時に小さく手を上げ、申し訳なさそうに何やら喋り出した……
「あ、あの……要求3に関しては少し無理があるかと……顧客側の人間、というか魔族らしい男が見張っていますし……」
「はっ? そこをどうにかするのがお前の務めだろうが、目を盗んで食事を提供するんだよ、もしバレても『あまりにも不憫だった』とか言って誤魔化せば良いだろ、もっと頭を使って行動しやがれ、さもないとこの場で直ちにブチ殺すぞっ!」
「ひぃぃぃっ! で、ではこの船の行き先だけ伝えますね、そしたらすぐにお食事の用意を」
「ウンウン、早く言いやがれ」
「行き先は北の大陸のトンビーオ村という小さな漁村のすぐ近く、そこへ4日後の昼に到着予定です」
「マジか、で?」
「村の近くで狼煙が上がるとのことなので、そこへ行って迎えの護送団に荷物を渡す、そういう手はずになっています、俺はその狼煙を探す役でして……」
「いやお前の役回りなどどうでも良い、もうわかったからサッサと行けこの無能ゴミモブ野郎がっ!」
「は、は、はいぃぃぃっ!」
慌てて駆けて行くモブクルー、足がもつれて船から転落しそうになっていた。
だがそんなことはどうでも良い、この船はトンビーオ村、いや村そのものではないが、近くを終着点にしているのか。
となると色々やれることがありそうだな、この事実を土産として、これから船室で待っている皆と相談して作戦を決めていこう。
と、その前に敵と、それから被害者役の5人の様子を確認しておくべきだな、一応何をされても抵抗しないようにとは言ってあるが、さすがにそれにも限度がある。
真面目な5人が無理に我慢してしまい、調子に乗った敵の見張り役にあんなことやこんなことをされていないか、それだけはしっかり見ておかなくてはならない。
もし、もし万が一があれば作戦は一時中止だ、敵を全員、いや2匹か3匹だけ残して殺し、無理矢理に情報を吐かせた後にそいつらもブチ殺す、あとはもうこちらでどうにかしていけば良いであろう。
船の形状はだいたい理解出来ていたため、コソコソと歩き回って目的の場所を探し出す。
中央付近の階段から船底に入ると、先程5人を突っ込んだものと思しき檻に布が掛けられている。
その周りには見張りが3匹……1匹は中級魔族のようだが、残りの2匹は人族だ。
裏切り者共め、おそらくは魔王軍の関連であろう連中と結託し、女子どもを売り捌く人身売買に手を染めるとは。
まぁ、奴等は後程火炙りでも酸で溶かす刑でも、大量の昆虫にジワジワ喰わせる刑でも何でも、とにかく残虐な方法で公開処刑すれば良い。
今気になっているのは布を被せられた折の中に居る俺の仲間5人だ。
気配を消してススッと、3匹の見張り役の背後から檻に近付く、ペロリとそれを捲ると……ジェシカ以外は寝ていやがる。
もちろんジェシカはこちらに気付いたのだが、余裕の表情で微笑みを返してきた。
特に何やらされたということはないようだ、着衣も乱れていないし、全員最初に縛り上げたときの状態で縄に巻かれている。
アイコンタクトでもう少し頑張ってくれとジェシカに告げ、小さく頷いたのを確認してその場を立ち去った。
ここからは船室の仲間との相談タイム、トンビーオ村に限りなく接近することを踏まえ、その先のことを考えるのだ……
※※※
「えっと、それじゃあこの船はトンビーオ村を掠めるようにして目的地に到着すると、そういうことですわね」
「その通りだ、だからそこで5人の入った檻を別の連中に引き渡した後、すぐに村の港に寄港させる、そこからは自前の馬車で……いやダメじゃん……」
「ルビアちゃんも、それからジェシカも檻の中ですわね」
「弱ったな、荷降ろし後の運送部隊は当然馬車だろうし、こっちも同じように馬車じゃないと追跡は無理だぞ」
「もう勇者様ったら、被害者役の人選ミスよ、だから私が縛られて檻に入るって」
「だってセラは高く売れそうにないからな、おっぱいとか無だへぽっ!」
「死んで無になりなさいっ!」
船室での相談の結果、被害者役の選別を誤ったことが発覚、ついでにセラを激怒させてしまった。
殴られた衝撃で昏倒し、川の向こう岸で親戚のゴリラが手を振っているのが見える。
まだそちらに行ってはならないらしい、そもそも親戚にゴリラが居たかどうかは微妙なところなのだが、とにかく手を振り返してその場を後にした。
そこで思い出す、そういえばかつて、ゴリラに馬車を牽かせたことがあったなと。
あのゴリラ達は元気だろうか、森にバナナを捧げればまた来てくれるだろうか……
「……あ、勇者様が目を覚ましたわ、ごめんなさいね、パンチの方が少し強烈すぎたみたいで」
「んんっ……いや、慣れてるから大丈夫だ、それよりもゴリラだ、ゴリラを呼ぼう」
「ダメね、もう完全におかしくなってしまったようだわ」
「そうじゃなくてだな、以前したようにゴリラ馬車でどうにかするんだよ、トンビーオ村に着いたら速攻でバナナを捧げて、森からゴリラの集団を召喚するんだ」
「ゴリラね……でもそれを呼んでいる間はどうするわけ?」
「その間は精霊様が上空から見張るんだ、俺達が進み出したら、敵とこっちの間を行ったり来たりして誘導する、やってくれるな精霊様?」
「上空は寒そうだけど、まぁ仕方ないわね」
ということで作戦は決定、目的地で荷降ろしを確認した後、精霊様はそのまま敵を追跡、残ったメンバーでこの船のクルーに優しくお願いし、トンビーオ村まで行ってくれと要請。
到着後はクルーを全員殺して船そのものは村へ寄贈、市場でバナナを大量購入したら森でゴリラ召喚の儀式、それが済んだらすぐに上空の精霊様を捜し、発見次第追跡開始だ。
そこで頼んであった豪華な夕食が……あまり豪華ではなかった、どうやら食糧は日持ちするものしか積んでいなかったようで、パッサパサの肉に干し野菜、硬いパン、ついでに安酒を提供された。
だがここは大人しくしておこう、今すぐにでもこの船のクルーを皆殺しにしたいところなのだが、暴れて敵に俺達の存在を察知されても困る。
馬鹿共はトンビーオ村の広場で火炙りにでもするとして、今は『栄養補給』だけをする目的で食事をしていると自分に言い聞かせて我慢しよう。
肉と酒なら何でも良いリリィと、野菜なら特に文句を言わずに食べるマーサは偉いなと思いつつ、そこから4日間を船の中で過ごす。
ちなみに夜は新鮮であった、カレンとルビアが居ない俺とミラが居ないセラ、そしていつも抱き枕にされているマリエルが居ないマーサは3人で寝て、湯たんぽ代わりのジェシカが居ないユリナとサリナも寒そうに、身を寄せ合って眠っていた。
特にやることもなくダラダラと時間が過ぎるのを待つ、船室から出ない方が良いというのはここまで退屈なのかと、僅かに見える外の景色を眺め、早く船から降りたいと願う。
もういい加減不味い食事にも飽き飽きしてきた頃、船内でその残念な船旅の終わりを告げる動きがあった……
※※※
『お~いっ! 狼煙が見えたぞ~っ!』
『取り舵~っ! 取り舵一杯で狼煙を目指せ~っ!』
ちょうど4日目の昼過ぎであった、最初に叫んだのは俺が脅し、食事を運ばせていたモブキャラであった。
奴のモブキャラ人生も今日まで、その人生最後の日に狼煙を発見して叫ぶという、モブにしては出来すぎの、台詞を伴う活躍が出来て良かったではないか、本人に止めを刺す際にはそう伝えてやりたい。
それからしばらくすると、ガタンと揺れる船はどこかに接岸したことを知らせてくれる。
また俺だけで様子を見に行こうか、いや、そのまま敵を追跡する精霊様も一緒に行った方が無難かな……
「よし、じゃあ精霊様と俺で荷降ろしの様子を見に行く、ついでにこれから追跡する敵の顔も拝んでおきたいしな」
「それなら早く行くわよ、サッサとしないとすぐに出発されちゃうわ」
「おう、なら行こうか、ちなみに敵から見えている所で空を飛んだりするなよ、そんな凄いクルーがこの船に乗っているはずがないからな」
「わかってるわよ、早く早くっ」
急かす精霊様に手を引っ張られ、4日を過ごした船室を出た。
日の光が眩しい、そして肌寒いが、もう船から降りられると思うと晴れ晴れした気持ちになる。
と、ちょうど船にスロープが掛けられ、これから被害者役の5人を入れた檻を搬出するところのようだ。
物陰から様子を覗うと、岸側に居るのは10人以上でどうやら全員が人族、そしてなぜか王国の一兵卒らしき格好をしているではないか……
「おいおい、もしかしてアレは全員王国兵なのか?」
「いえ、間違いなくニセモノよ、全員最下層の兵士で指揮官が居ないし、良く見たら鎧なんかもボロボロでちょっと血が付いてる、きっとどこかの戦いで戦死した兵士から剥ぎ取ったものを着ているんだわ」
「なるほどな、綺麗にして使っているみたいだけど、さすがに戦死者のじゃピカピカとはいかないってか」
陸路での被害者運搬部隊は、上手く王国兵に変装しているつもりらしく、俺もその姿に騙されかけた。
だが賢さの高い精霊様の目は誤魔化せないようで、その違和感はあっという間に看破され、ニセモノであることを確認されてしまう。
で、連中の擁するのは巨大な馬車3台、おそらく檻ごとそれに積み込んで北の魔族領域を目指すつもりであったに違いない。
だが俺達のせいで運び出された檻はひとつだけ、しかも中身は5人だけ、当然ブチギレの陸上部隊、ここまで5人を監視しながらやって来た敵のうち、人族だけを岸沿いに並べ、首を刎ねて殺害していく。
どうやら同じ旧共和国領から来た敵の中でも、魔族である3匹は殺したりしない、というよりもむしろ、王国塀の格好をした陸上部隊の方がヘコヘコしている。
おそらく魔族の方は本当に買い手側の関係者、幼い子どもや獣人ばかりを狙う卑劣な変態野朗の部下、そして人族はそこへ被害者を運ぶだけの使い走り軍団に過ぎない。
もちろんその使い走りの中でも上下関係は存在し、ある程度組織立って動いているはずだ。
ゆえに下っ端である海運部隊の連中を、大量の運搬能力を用意して待っていた陸運部隊の連中が腹いせに斬り殺したのである。
その陸運部隊のトップと思しきおっさんも、船から降りた中級魔族の1匹に胸ぐらを掴まれ、焦ったような感じで荷物の積み込みを指示していた。
こうして被害者を装った俺達の仲間5人だけを入れた檻は、用意されていた馬車の1台にポツンと積まれ、そのまま北へ向けて出発する。
すぐに飛び上がり、米粒程度にしか見えない高さまで上昇して追跡を始める精霊様。
俺達も急いでトンビーオ村に回り、森のゴリラと交渉して後を追わなくては……
※※※
「……ということだ、このまま南の大陸へは帰らず、すぐそこのトンビーオ村に寄航しろ」
「わ、わかりました、それでですね、その後私共はどうすれば……」
「うるせぇっ! そんなことはその場で指示するから、今はとにかく急げ、殺されたくないならな」
「はいぃぃぃっ! と、トンビーオ村に向けて出航!」
そこから村まではすぐ、崖を回ったところで見えてきた村の港には、なんとドレドの船が、ちょうど到着した感じで停泊しているではないか。
リリィが言うにはメルシーの姿が見えるらしい、ジャストのタイミングだ、これでアイリス達とどこで合流するのかを模索しなくても良くなった。
すぐに港に到着、こちらを見つけて手を振るエリナに手を振り返し、ここまでの状況を報告する。
そういえば『お土産』の女5人も一緒のはずだ、うち2人は御者が出来るし、これで森にバナナを捧げてゴリラを召喚する必要はなくなったな。
「よしっ、すぐに馬車で連中の後を追うぞ……とその前に、ここまで船を運航して下さったクルーの皆様にお礼をしてやらないとだな、エリナ、すまんがちょっと『荷降ろし』を手伝ってくれ、セラは村の広場の使用許可を取って来てくれ」
船から降ろしたクルー共をサッと火炙りにする、生焼けで苦しんでいるところへ、集まって来た村人達がふざけて石を投げ、さらなる苦痛をプレゼントしていた。
まぁ、このまま放っておけばそのうち全員死ぬはずだ、この連中は最後まで、俺達が憎き王国の、憎き勇者パーティーだということを知らずに死んでいくのだな。
なんとも哀れな連中だ、生まれ変わったらどうこうと言ってやりたいところだが、こんな連中が転生する先はミドリムシかボルボックス辺り、場合によってはウ○コに生まれ変わり、世に出た瞬間に流されて終わりであろう。
そんなクルー共に対する興味は次第に薄れ、一旦こちらに近付いて上空を旋回する精霊様が目に入ったとき、目的は敵の追跡であることを強く認識し出した。
村に残るメイとドレドには事情を説明し、すぐに馬車を出して上空の精霊様を追う。
敵は巨大な荷馬車、こちらも不慣れな馬鹿女を御者にしているが、特に問題なく追うことが出来るはずだ。
窓から身を乗り出して精霊様の姿を見ていると、しばらく行った所で『ストップ、ここから減速せよ』と取れる合図を確認した。
これ以上近付くとバレてしまうということなのであろう、とりあえず敵の背後を取ることが出来たということだ。
「さてと、これであとは進むだけだ、しかし連中はどこへ行くつもりなのかな? 王国兵の格好をしているということは王国の領内なんだろうが」
「ご主人様、敵の陸運部隊は人族ばかりと言っていましたわよね? だとしたら魔族領域には入れませんし、どこかでまた荷物の積み替えをするんだと思いますわ」
「確かにそうだな、で、それが王国領内のどこかということだな、果たして人気のない森の中とかなのか、それとも人の中に人を隠す感じで王都みたいな町中なのか……」
ユリナの指摘通り、どちらにしろどこかで、魔族だけの部隊に荷物を受け渡すはずだ。
そしてその受け取りをする魔族は、もういよいよ敵の黒幕に近い存在、または買い手そのものである可能性が高い。
どこでどういう奴に5人の入った檻が渡されるのかはわからないが、とにかくこのまま追跡を続けよう。
そして、なるべく早く事件を解決、被害者を救出して人々から尊敬されるカッコイイ勇者様になろうではないか……




