469 闇夜の出航
「え~っと、その、あの……どうしてアンジュ様がここに? しかもどうしてその……もしかして勇者パーティーに捕まっちゃったんですかっ!?」
「その通りよ、もうこれでもかというぐらい負けて降参して、紆余曲折あってそのまま連れ回されているの」
「え、あっ、は、はぁ……あの、ととととっ、とりあえず中へどうぞ……」
混乱し、何が何だかわからないといった状態のサキュバス店長、中へどうぞなどとは言うが、店の建物は今にも倒壊しそうで大変に危険な状態である。
仕方ないのでセラの魔法で屋根と、それから脆くなった壁の一部のみを上手く吹き飛ばし、青空状態の店内で話をすることとした。
ちなみに救助された被害者の中には軽傷を負った者も居たが、たまたま回復魔法が使えるサキュバスがスタッフとしてそこに居たため、既に全員治療を終えて全回復しているとのこと。
それ以外に何かあったということはないそうだし、被害者に関してはひとまず安心のようだ。
一番の懸念事項が特に問題ナシとをわかったところで、ひとまず無事そうなテーブルと椅子を掻き集め、会談の準備を済ませる。
席に着いたらまずはアンジュによるサキュバスボッタクリバーのスタッフ、当然先程殺した1匹を含む、顔が厳ついだけの脅し要員である雑魚魔族は除く全員に、現状の説明をしておく。
かくかくしかじかと、身振り手振り、さらに変な踊りまで織り交ぜて説明をしていくアンジュ。
俺には意味不明なのだが、サキュバス同士繋がり合う部分があるのか、あっという間にその場に居た全員が現状を理解したようだ……
「え~っと、てことはあの派遣バイトの雑魚キャラが裏切り者で、本来の作戦とは別の裏家業でお金儲けをしていたと、しかもここの地下倉庫を勝手に使って……」
「いやアイツ派遣バイトだったのかよ、下っ端だとは思っていたが、まさか四天王軍の正規兵ですらなかったとはな」
「当たり前ですよ、あんな力のない奴、四天王軍の採用試験に合格するわけありません」
「そうなのか、おいアンジュ、お前のとこの採用試験は厳しかったのか? 雑魚だとあっさり落とされる狭き門とか、そういう感じ?」
「う~ん、まぁ、何というか、そういうのはもう一番最初の書類審査で落選よね、だから『厳しい』んじゃなくて『可能性ゼロ』なの、何度挑戦しても、どれだけ鍛えて来ても無駄なのよ」
「へ~、じゃあ他の地域でこういう店を摘発するときには良く見ておこう、あ、コイツ派遣バイトだな、とか思ったら時給を聞いて馬鹿にしてやる、反応とか色々と面白そうだからな」
「勇者様は自分より酷い底辺を見て、自分の方がまだマシだと思いたいだけでしょ」
「おっとセラ、それを言ったらお終いだぜ、事実ではあるがな……と、それは今どうでも良いだろ、とりあえずこれからのことについてだ……」
まずはこの海沿いのサキュバスボッタクリバーに関してである。
当初の予想は外れ、この店自体は魔族相手の人身売買に関与してはいなかった。
ゆえにこれといってスタッフのサキュバスを逮捕したり、店をお取り潰しにしたりはしない。
もちろんこういう店は俺達にとって摘発の対象なのだが、今回に限っては少し状況が異なるのだ。
ここは敵地、反勇者だの反王国だのといった連中が蔓延る町のすぐ隣に位置している。
敵にダメージを与えるということを考えた場合、このボッタクリバーはこちらにとっての『攻撃』になり得、逆に敵からすれば『活動資金』を、それを所持する者を魅了で虜にすることによって掠め取っていく『敵』だ。
敵の敵が味方ということを考えた場合、本来は敵であるサキュバスボッタクリバーの敵としての存在感を、その味方としての存在感が上回る。
よってここは残しておくべきだ、店長をしているサキュバスには、ある程度の期間摘発を猶予する旨伝え、今夜……は無理でも建物の修繕がある程度終了し次第、営業を再開するよう要請した。
「ふぅ~、部下が裏切って不正に手を染めていたわけじゃなくて良かったわ、これで今日から安心して寝られるわね」
「おいアンジュ、お前は一応捕虜なんだから安心して寝てんじゃねぇよ、王都に帰ったらお仕置きもするからな……で、あとは今回の事件の被害者から話を聞こうか……」
サキュバス達に対する説明会はここで終了、次はリリィが助け出した人身売買の被害者達から話を聞くこととし、外で待機していた総勢30名程度を呼び出す。
大半が子どものようだが、中にはまともに話が出来そうな十代後半と思しき獣人の少女も混じっている。
あの故マフィアのボス風中級魔族が言っていたように、やはり買い集めていたのはこういう類の人族のばかりようだ。
とりあえず話を聞こうと思ったのだが、ガチで怯え、話すこともままならない子、家に帰りたいと泣き叫ぶ子、もはや放心状態となり、何が何だかわからないという感じの子。
やはり会話が成り立ちそうなのは獣人の少女達ぐらいのものか、泣いてしまったりしている歳の若い子はアイリスに世話をさせ、最低限の人数を集めて話を聞く態勢に入る。
筆頭となるのは一番年上と思しき獣人、犬なのか何なのか、とにかくそういう感じの子だ。
どの子も基本的に可愛らしく、本当に見た目の良い子だけを厳選している感があるのだが、この子は特に、茶色い柴犬風の色合いが良く似合う、聡明な雰囲気を漂わせる美人である。
その犬らしき獣人の子を前に座らせ、一応他の子からも話が聞けるような態勢で質問を始めた……
「それでだ、お前等はどこに連れて行かれるかとか、一応の行き先みたいなものは聞いていたのか?」
「いいえ、そういうことに関しては全く教えられませんでした、ですが『今夜お前達を出荷する』というのは、見張りに立っていた変な魔族から今朝告げられまして、出来れば故郷の地に別れの挨拶をなどどと頼んだのですが、普通にぶたれて終わりました……」
「今夜か……いや今夜かよ、てことはアレか、夜になったら人買いの黒幕みたいな奴が派遣した船がここへ来て、お前等を連れて行く予定だったってのか?」
「そう……だと思いますが、詳しいことは私達にはわかりません……」
「ん、まぁそうだよな、だが参ったな、もしかしたら敵の、人身売買のメインみたいな連中が今夜ここへ来る、そして現地拠点として使っていたアジトはこの有様なんだ、人身売買集団のボス的な奴に『何かがヤバい』ぐらいのことは伝わるだろうよ」
この子達は本来北の魔族領域に売り払われる予定であったということから、今夜この子達を運搬する予定の船も、おそらくはそちら側の関連で出されたものであるはず。
それがやって来た際に、『商品』は全て逃げ出し、地下倉庫を拠点として使っていたサキュバスの店が半壊状態では、敵が何かを察してしまうのは必至。
そしておそらく、ここで取りまとめをしていたあのマフィアのボス風雑魚に色々とバレ、逃げられるのよりも遥かに厄介な状況、人身売買の黒幕がもう二度と尻尾を出さないような事態に陥る可能性が非常に高い。
となるとなんとしてでも今夜の『出荷』だけは乗り切らねばならない、敵に怪しまれずかといってせっかく助け出したこの子達が再び連れ去られることのないようにだ。
「さて、じゃあどうしようか、ちょっと今夜に関する作戦を立てないと本気でヤバくなってきたぞ」
「勇者様、やっぱりさっきまでの5人は『攫われたかわいそうな人』を続けるべきよ、今回の商品だって言って引渡しをするの」
「あ、それと主殿、やはりアジトは敵の襲撃を受けたことにしよう、それで大半の商品が逃げ出し、仲間もほとんど死んでしまったと」
「なるほど、で、残ったのはこれだけ、俺達はとっとと逃げ出したあの中級魔族に頼まれてここで『最後の出荷』をしている、今夜の取引をもって当営業所は閉鎖すると、そんな感じの作り話だな」
「そうだ、まぁ襲撃によってここがこんな状態になったのは事実だが、襲撃者側である私達は立場を入れ替えて、襲撃を受けた側を装う、これ以外に敵の目を誤魔化す術はなさそうだと思うが」
他にも意見がないかと募ってみるものの、賢いミラにユリナやサリナ、精霊様もその方針でいこうと主張する、残りのメンバーは遊んでいるかサキュバスの店の食糧を勝手に食べているかのどちらかであるため、今回はセラとジェシカの提案を採用して実行に移すことと決める。
そのまま作戦に関しての話し合いを続けていく、最終的に決まったのは、先程の役回りは全て踏襲すること、覆面人攫いヤーとなったメンバーは、不参加の3人と共に別の船で敵の出荷船を追い掛けることのふたつ。
だがそのためにはまず、敵の船を追い掛けることが出来、さらに攫われ役以外の全員、もちろんアンジュや、お土産として捕らえてある女5人も乗せることが可能な船をチャーターしなくてはならない。
あまり時間はないし、善は急げという、早速待ちの方へ戻って該当する船舶を捜し、交渉して船本体とそれを操舵する者の使用貸借権をゲットしよう……
※※※
「オラァァァッ! 船よこせコラァァァッ!」
「ひぃぃぃっ! な、何なんじゃお前等はっ!?」
「船と船頭を借りに来てやったんだ、5秒以内に両方渡せ」
「そんな急には無理じゃ、ちゃんと手続きをして、チャーター料も頂かないと、そもそもウチは海運を業としていて、チャーター船は……」
「つべこべ言ってんじゃねぇっ! お前もうぶっ殺すぞ、殺されたくなかったら死ね、じゃなくて船だ、船を出せ」
町へ戻った俺達は、海からすぐ近くのエリアでちょうど良い船の所有者を発見した。
お名前は『滅王国海運』と言うらしい、看板にそう掲げられている、つまり王国の敵で、殺しても良い連中だ。
そこで船を借りる交渉を開始したのであるが、社長らしきジジィはなかなか首を縦に振らない。
こうなったら俺の華麗な交渉術を見せ付けるしかあるまい、まずは指の骨を1本ずつへし折っていこう。
「ぎゃぁぁぁっ! わ、わかった、船を貸そう、じゃが一番大きなものは今夜大口顧客の荷を運ぶ手はずで、船員はほとんどそっちに掛かりっ切りじゃ」
「大口顧客? 何を運ぶというんだ、てかまさか……」
「反王国の思想に賛同しない連中の子どもとか、わしらの築く新しい世界では被差別階級とする予定の獣人の小娘なんかを攫って、北の魔族に売り払うとか何とか、昼のうちに荷を積んだら夜には先方のスタッフが、ってあぎゃぁぁぁっ!」
「グダグダ言ってないでその船の場所を教えろ、今すぐにだっ!」
「ぎぃぃぃっ、わ、わかりまし……た……」
ここで話が変わった、どうやら敵がチャーターしていたのはこの海運業者が所有する船舶、つまり船員に紛れ込めば、わざわざ別の船を用いることなく敵を追跡することが出来るのだ。
作戦に参加しないメンバー達はエリナに頼んでドレドを迎えに来させ、先にトンビーオ村へ戻って待機していて貰おう。
俺達は適当に余り重要でない役回りの船員を排除し、そのポストに収まって海を渡れば良い。
もちろん人買いのアジトが壊滅し、多くの人質が逃げ出したという説明を敵にしておくという作戦は維持だ。
それはあの店のサキュバスが実際にあったことを伝えれば良いし、襲撃者も、そして人買いの連中もとっくに逃げてしまったと伝えさせればどうにかなるはず。
ひとまずはこのジジィに案内させ、今夜被害者を運搬する予定の船の所へ案内させる。
到着したのは先程まで居たサキュバスの店から程近い海沿い、石造りの突堤に、なかなかのサイズの船が停泊しており、周囲には十数人の船員と思しき人影。
船員達はこちらに気付くとすぐに駆け寄って来る、当たり前だ、自分の勤め先の代表が、何だかボロボロの状態で俺達に引き摺られているのだから……
「おい貴様等! ウチのシャチョーサンに何しやがったんだっ!?」
「何って、ちょっと船をチャーターしたくて交渉していただけだ、もう商談は成立したけどな」
「はっ? 何が商談だよ、明らかに暴行してんじゃねぇかっ!」
「馬鹿だな、暴行ってのはこういうのを言うんだよっ!」
「ぐぺっ……そ、それは殺……じ……ん……」
「おっとそうだったか、それはすまないことをしたな、せいぜい成仏しろよ」
絡んできたどう考えても下っ端らしき船員をブチ殺したところ、その様子を見守っていた他のスタッフの様子が変わった。
下手を打ったら殺される、ここは従うしかないということを察したのであろう。
大声を張り上げ、すぐに俺達の前へ集合するよう告げると、焦った様子で全員が駆け寄って来た。
そのうちの1人、最後に到着した使えなさそうな奴を前に出させ、顔面を殴って殺害しておく。
従わない奴は死ぬ、そして従っていても、俺が使えないと判断した奴は死ぬ、それをわからせるための見せしめだ。
すっかり恐怖に取り付かれた船員共は、もはや俺達に逆らう度胸などない。
状況を説明し、するべき要求さえすれば、すぐにでもこちらの駒となって働き始めるであろう……
「え~っと、お前等には今夜の出航より、俺達のうち7人を『航海のクルー』として扱って貰う、取引先の連中が来て一緒に荷物を運搬するんだろうが、そいつらに俺達が本当はこの船の船員でないことがバレてはならない、もしバレたらそのときはわかるな?」
『イエスッ! サーッ!』
「よろしい、では夕方またここへ来るゆえ、船員の服を7名分用意しておくこと、それ以外の作業も滞りなく終わらせておくこと、以上だ」
『イエスッ! サーッ!』
「はい、では解散!」
これで船の手配は完了、敵の中に紛れ込んで目的地を目指すという、なんともスリリングな作戦だ。
あとは出航までの間に、先程救出した被害者をどうすべきか考えなくてはならない。
サキュバスの店などに放置するわけにもいかないし、かといってこの大陸の出身者、そして子どもばかりの被害者達を、ドレドの船に乗せて王国側に連れて行ってしまうわけにもいかないのである。
となると頼るべきは先日の砦、そこで出会った女性事務官か……
「マリエル、どうにかしてこの間の砦とコンタクトを取れないか? 被害者の子達をどうにかしてやらないとなんだが」
「あら、それでしたらもう伝書鳩を送ってありますよ、既に到着しているはずですから、明後日の朝には保護部隊が到着するはずです」
「相変わらずとんでもない伝書鳩、いや鳩じゃないよな明らかに……」
既にマリエルが対応済みであったようだ、この被害者の件に関しては王国軍に任せてしまった方が良いであろう、俺が何か出来るとは思えないし、そもそも子どもばかり、恐がられてしまうかも知れないからな。
ということでアイリスに迎えが来るまでの世話を改めて委任し、エリナにもアイリスとメルシーの護衛、及び捕らえてあるアンジュと『お土産』の5人をキッチリ見張るよう再要請しておく。
任せておけというエリナと、すっかり懐いてしまった子ども達に服の裾を引っ張られるアイリス、大丈夫そうだ、こちらのことはもう心配が要らないものとしよう。
まぁ、トンビーオ村にも伝書鳩を送れば、ドレドの船もすぐに迎えに来るはずだ。
俺達は作戦の方に集中し、かならずこれまでの被害者を救出、まだ見ぬ敵の黒幕を捕まえるか殺すか、とにかく始末してやろう。
その後、諸々の準備をしつつ約束の夕方を待つ、頃合になったところで引き摺り回していた海運会社のシャチョーサンを伴い、予約していた船へと向かった……
※※※
「えっと、我々の方で受けた荷物がまだ届いていないものですから……」
「ああ、それはもう届かない、お前等が、てか俺達も含めたクルーが運ぶべきはこの5人の被害者達だ」
「……その方々は先程まで皆さんと一緒に居たんじゃ?」
「余計な詮索をする奴は殺すぞ、あとシャチョーサン、お前はこれから来るであろう顧客に対して適当に説明しておけ、元々の荷はこれだけになってしまったようだってな」
「わ、わかりました……えっと、たぶん同乗してくる顧客側にはそのように……」
「じゃあこのまま船室の方で待たせて貰うからな、特に用がないのに呼び出したりしたら殺す、それ以外でも気に食わないことがあったらガンガン殺すからな、覚悟しておけよ」
『い……イエスッ! サーッ!』
被害者に成りすました5人を、あらかじめ船に用意されていた檻の中へと放り込む。
カレンには干し肉を持たせておいたし、空腹で暴れて作戦を台無しにすることはないはずだ。
残りのメンバーはそのまま船室へ引っ込み、関係者以外立入禁止の札を貼って待機する。
5人には申し訳ないが、俺達はしっかりした部屋で、まともな布団で寝させて頂くこととしよう。
しばらくそのまま待機していると、ベッドでゴロゴロしていたマーサが起き上がり、ピンッと耳を立てる……
「あ、今ちょっと違う足音がしたわね、船に上がって来ているみたい」
「ふむ、きっとそれが敵の関係者だな、どうするセラ、ちょっと見に行ってみるか?」
「いえ、今はやめておきましょ、サキュバスの店やここで船員がした説明で上手く誤魔化されたとは限らないし、もし私達の姿を逆に見られて怪しまれたら困るわ」
「そうか、一応俺達も船員なんだが……うん、まずダメだろうな……」
子どものドラゴンにウサギ魔族、悪魔が2人、そして宙を舞う水の精霊、どこからどう見ても『船員』とか『クルー』とか、そういった類の面子ではない。
今ここで出て行けるのは俺とセラぐらい、いや、痩せっぽちで力のなさそうなセラが出て行っても、コイツは本当に海運関係の人間なのかと疑われてしまう。
俺1人で行くのもつまらなさそうだし、ここはセラの言う通り、船室にてしばらく待機だ。
小さな窓から見えるそらは徐々に暗く、夜を指し示す色へと変わる、そんな空を眺めていると、僅かな揺れと共に感覚が変わった。
船が出港したようだ、とりあえず作戦の方は上手くいっていると考えて良いな。
さて、行き当たりばったりで船に乗ってしまったのだが、先のことは何も考えていなかった。
ここからどう動くべきか、今から作戦会議を開催して決めることとしよう……




