467 人攫いと人買い
「で、その人身売買はどのようにして行われているんだ? まずは人を攫わないとだし、それを顧客の所まで運ぶこともしなきゃならない」
「てかその前に顧客を集めないとならないわよね? どこでどうやって顧客リストを手に入れて、どういう方法でそれらに接触したのかしら? 買い手が魔族だって言うなら相当に難しいはずよ」
「それがですね、コンタクトを取ったのは買い手、つまり人買い側の魔族のようなんです、目的や売買された人がどこへ行ったのかなどはまだ調査中なんですが、売買の繋がりだけは徐々に見えて参りまして……」
旧共和国領の監視をするための砦をボロボロの状態にしてまでやらねばならない別の作戦、それは魔族が絡む人身売買を追うという、間違いなく俺達を巻き込む途轍もない問題に関するものであった。
攫われ、魔族に売られているのは、この地域である限り旧共和国領出身の連中ばかり。
どうせわけのわからない連中ゆえたいして同情することもないが、これが他の地域にも拡散してしまったとしたら大事だ。
王都を始めとした『善良な市民』の住む町で、人間が攫われて魔族に売られてしまうなどということがあってはならない。
それはその辺に蔓延っているショボい人攫いによる人身売買などではなく、種族の壁を越えた違法行為。
現状の人族対魔王軍ではなく、人族対魔族という構図の戦争になってもおかしくはない事件なのだ。
「それで、売られた人がどこへ行くかはまだ調査中にしても、どこからどういうルートで売買対象が運び出されるかぐらいはわかっているんだろ? それを教えてくれ」
「え~っと、地図を見て説明しますと……まずはここです、このサキュバス経営の店にですね……」
「いや、腹の肉が邪魔で見えないんだが、もっと痩せるかこの場で死ぬかどっちかにしろや」
「おっと、これは申し訳ありませんっ」
テーブルの上に地図を広げたデブであったが、そのデブから見て手前、地図上ではほぼ海沿いといった辺りに丸を付けようとしたところで、腹の下に入ってまるで見えないことを指摘してやる、
改めて確認したその場所には、俺達が良く知っているサキュバスボッタクリバー、ではなく『サキュバスボッタクリ海の家』が存在しているらしい。
こんな真冬に良くやるものだ、今はもう焼きそばにビール、子どもはかき氷のシーズンではなく、おでんに熱燗、子どもはあんまんでも食っておけと言うべき寒さなのに……
「うむ、その海沿いの店が何やらやらかしているということは良くわかった、それで、次はアンジュに話を聞こうか」
「はぃぃぃっ! ホントにごめんなさいっ! まさか部下が本来の作戦とは関係ない人身売買なんて……知っていることがあれば何でも話すから、遠慮なく聞いてちょうだい」
「……お前、意外にも『良い子』なんだな、サキュバスとかいう18禁キャラの癖に」
「だって何だか申し訳ないもの、私達の種族はエッチなことはするけどさ、それでも本来の作戦と全然関係ないことをしない、自分の勝手な利益のために人族を攫って来て売り払ったりはしない、そんなことはしないと信じてたのに……」
仲間に裏切られた可能性を感じ取り、ショゲるアンジュはなかなか可愛い。
だからといって気を遣って何も聞かないというわけにはいかないが、厳しく追求するのが少しばかり難しくなってしまった。
「それで、今指摘された海沿いに店があるのは事実なんだな?」
「ええ、確かに私達のお店がそこにはあるわ、でも店長をしているのは悪い子じゃないと思うんだけど……」
「まぁ、ソイツが悪い子かそうでないかは実際に確認しないとわからないだろ、アンジュの前では猫を被っていただけかも知れないからな」
「そうよね、もしかしたらその子が裏切り者で、実は最初からズルいことを考えて、私なんかもう別にどうでも良くて……考えてたら鬱になってきたわ……」
「だろうな、まぁアレだ、確認してみなきゃ何もわからないんだし、まずは実際にそこへ行ってみることだな」
ということで現地入りは確定、賢者の石の効果でサキュバスの魅了を受け付けない俺も安心して参加可能な作戦だ。
問題はその店をどうのこうのとしてしまった場合には、せっかくこの事件を追っている王国軍の作戦が台無しになってしまう可能性がないとはいえないということである。
軍の調査で判明することは、俺達が地道に足で稼いで判明させることよりも遥かに量が多く、また情報の質も非常に高いものとなるはず。
ゆえに俺達の勝手な行動でそれをダメにしてしまうことは出来ない。
現地へ行って様子を見るのは確定だが、ここはひとまず様子を見つつも慎重に、俺達が何でもないただの客であるかのように振舞わなくてはならないのだ。
「じゃあアンジュは俺達をその店に案内するんだ、色々と面倒なことになると困るし、外の馬車に隠れていて貰うけどな」
「わかった、そっちのやり方があるってなら全部受け入れるわ、どう考えても悪いのはこっちなんだし」
「なら話は早いな、明日の朝にはこの薄汚い砦を出て現地調査を始めよう、目で見てわかる状況だけ確認して、そのまま王都へ戻って調査の続きをするんだ」
ということでその日はボロ砦のボロ部屋に宿泊した、翌朝には女性事務官のみに出立する旨を伝え、砦を後にする。
朝っぱらからデブの汚れた面など見たくはないからな、ちなみに女性事務官にも『また来る』とは言わないでおいた、こんな所、来なくて良いのであれば二度と来ることはあるまい。
馬車を走らせ、夜のうちに受け取っておいた周辺の地図と、アンジュのナビを頼りに、人身売買に関与している可能性が高いというサキュバスボッタクリバーへと向かう。
敵だらけである海沿いの町は迂回……するわけにもいかないようだ、良く考えたら今から行くのは『ボッタクリバー』なのである、その場で暴れて支払を踏み倒すことは、王国軍による調査の邪魔をすることに直結する。
つまり渋々、やられた感を出しながら金を払い、ニコニコで見送る店員に悪態を付きながらお帰りになる必要があるのだ。
もちろんそれを自分達の金でやるような馬鹿な真似は出来ない。
後々関連する全ての事案が解決した際に、そこで仮に支払った金額をキッチリ回収することが出来るとは限らないためだ。
ということで『資金調達』をしなくてはならない、だとすればやるべき場所はひとつ、敵だらけの町、そして目的地にも隣接している旧共和国の首都であったあの町である……
「おい、ちょっと行き先を変更だ、お前等みたいなのが大量に蔓延っているあの町を経由して目的地に向かうことにした、わかったらサッサとそちらへ向かえ」
『へへーっ! 承りましてございますですっ!』
御者をしている2人の馬鹿女に命じ、例の町へと馬車を進める。
町へ入りさえすればまた、何もしなくとも敵が、犯罪者がワラワラと集まってくるはずだ。
正義のためにそれを始末しつつ、その討伐されて地獄に落ちた連中がドロップした財布などをゲットし、中身を抜き去るだけの簡単なお仕事をしに行こう……
※※※
俺達の乗った馬車は走り、大陸の端、そしてこれから向かう海沿いのサキュバスボッタクリバーに程近い、この馬車をゲットした場所でもある町の目前まで到達する……
「お、そろそろ例の町に到着だ……と、早速盗賊みたいな連中が寄って来たぞ」
『ヒャッハーッ! 見ろよっ! 女が乗った馬車が来たぞっ!』
『ん? 野郎が1匹だけ居るじゃねぇか、王国を倒して世界平和を実現するための礎にしてやろうぜ』
『おうよっ、女は全部金に換えて、その金は恵まれない反王国活動家に募金するんだっ!』
町に到着する直前、もう集まって来たモヒカンの雑魚3匹、まるで食べ物に集るハエ、いい匂いを嗅ぎ付けると、どこからともなく姿を現し、汚い手で人のモノに触れようとする。
こいつらはあまり金を持っていなさそうだが、だからと言ってスルーして良いような連中でもない。
とりあえず適当に殺して身ぐるみ剥いでやることとしよう、もちろん命も没収だ。
「さてと、奴等は俺だけでプチッと締めておくから、皆はちょっと待っていてくれ……しかしこうもはっきりとした悪人だと本当にやり易いな」
「勇者様、あのぐらいならこの町にとっては『普通の人間』よ、ほとんどの連中が凶悪なゴミだもの、あんなのどちらかと言えば真人間だわ」
「いや、モヒカンでヒャッハーしてる真人間がどこに居るってんだ……」
とりあえず俺1人で馬車を降り、3匹のモヒカン雑魚と対峙する。
誰かと一緒にやっつける方が早いのだが、可能であれば大切な仲間をこんな薄汚い連中の視線に晒したくはないのだ。
降りて来た俺を見てケタケタと笑いながらナイフを舐めるモヒカン、チェーンのようなものを無駄に振り回すモヒカン、そしてメタリックな鋲で埋め尽くされた革ジャンを着たモヒカン、どれもモヒカン然とした、モヒカン野朗のお手本のようなモヒカンである。
とはいえ本当は良い人達で、この先が通行止めか何かであることを伝えようとしてくれているだけなのかも知れない。
ゆえに少しだけ確認を取ってから殺すこととしよう、最初は対話を試みるところから入るのが基本だからな……
「おいモヒカンの雑魚共、お前等俺様の乗った馬車の前に立ち塞がるとはどういう了見だ? てか可愛い可愛い俺様の仲間達を攫ってどうするつもりだったのか答えろ」
「どうするつもりだった? どうして過去形なんだよ、俺達はな、崇高な目的のために貴様の仲間、つまり売れそうな女を攫って、魔族に売ることによって活動資金を得ようとしてんだ、それはこれから確実に起こることだし、その前に貴様が死ぬってことも確定済みだ、わかったか?」
「わかるかボケ……いや、魔族に売るだと? 女を? おいコラそこのお前、その話もう少し詳しくしてみるんだ」
「やなこった、誰がこれから死ぬ予定の貴様なんぞに話してやるかってんだ! いくぞ野郎共、ヒャッハーッ!」
『ヒャッハーッ!』
モヒカンの1匹が突如として口にした有力そうな情報、その詳細を聞くことは叶わず、3匹のモヒカンは大ジャンプ、俺の方に向かって降り注いでくる……1匹だけ殺さずに捕らえよう、先程口を滑らせた真ん中の奴をだ、あとの2匹は要らないから殺そう……
「キェェェッ! はうげはっ!」
「オラァァァッ! あげぱっ!」
「あっ、大丈夫かお前等!?」
「大丈夫なわけないだろ、もうどっちも死んだ、生きているのはお前だけだぞこのゴミ野郎」
「貴様ぁぁぁっ! よくも俺の大切な同志をっ! これでは王国を滅ぼし、全ての人々が我らの下で笑って暮らせる平和な世の中を創るという理想が……」
「つべこべ言ってんじゃねぇよやかましいな、で、どこでどうやって人を攫って、どこの魔族に売っているんだ? そこの同志だか何だかみたいに殺されたくなかったら答えろ」
「クッ、まぁ同志などまたその辺で募集すれば良い、俺達は旅人とか、それから王国に恨みがないなどとほざく連中を攫って、海沿いのサキュバスとかいう上級魔族が運営する店の裏から入ったところに居る魔族の男にその獲物を卸しているのだ、女しか売れないがな」
「やっぱりか、ちなみにお前さ、『全ての人々が笑って暮らせる』の中にその売られてしまった人々は含まれないのかよ……」
「当たり前だっ! 我らと志を共にするからこそ笑って暮らせるのだ、違う考えを持っているような奴にはその権利はないし、お天道様の下を堂々と歩く権利もない。そういう奴は差別され、いじめられ、悲惨な末路を迎えなくてはならないのだ。人買いに売られるぐらい、我らの志に反する大馬鹿者にとっては当然の罰、むしろその程度で済んだことを感謝して欲しいぐらいだな」
「……お前みたいなのが相変わらずのクズで安心したよ、では死ねっ」
「ぎょべぇぇぇっ!」
高い志を持った意識高い系モヒカン雑魚を殺害し、死体を漁って金目のモノだけを確保しておく。
この連中が人攫いということは、人買い連中とも何らかの繋がりがあるとは思ったのだが、やはりビンゴであった。
人身売買にサキュバスボッタクリバーが関与しているという新たな証言だけでなく、その裏から入った所で魔族の男と取引しているという情報も得ることが出来た。
あとは実際に行ってみて……と、殺したモヒカンの財布の中から何かが書かれた紙切れ、どうやら合言葉のようだが、もしかするとその魔族の男とやらに接触する際に必要なのかも知れない、一応キープしておこう……
「勇者様、お金はたんまり手に入ったのかしら?」
「おう、こいつらなかなか持ってやがったぞ、きっと攫った人を売り払ったばかりなんだ、この金があれば被ボッタクリ1回分ぐらいは余裕だろうな、でもアレだ、今聞いた話が本当だとすれば、正面から店に入る必要はないかもだぞ」
「裏口から入ってってやつね、それで良いなら今手に入れた分のお金は丸儲けじゃない、出来ることならそうであって欲しいわね」
「間違いない、じゃあとりあえずその店の方へ行ってみようか……」
その後、町を通過するまでの間に5回も変な連中に絡まれた、どいつもこいつも俺の仲間達を狙い、売り払おうとしていた。
確かアンジュの城へ向かう際にここを通ったときも、最初に出会ったのはこういう連中であったな。
となるとこの町のクズ共の中には、自分達の思想に反する考えを持った者、特に女を攫い、魔族に売り払って活動資金を稼いでいる個人及び団体がわんさか含まれる、そう考えて良さそうだ。
どう考えても信じがたいクズ連中なのであるが、こういう極端な思想の持ち主で、反対意見を述べる者であればいくらでも弾圧して良いと考える馬鹿は転移前の世界にも居たし、そういう輩によって運営されている国もあったほどである。
まぁ、『平和のために』とか『暴力反対(敵方がこちらに対して振るう暴力には一切反対しない、むしろ歓迎)』という連中など、得てしてこんなモノであると考えておくべきなのであろう。
王国側の作戦では、そういう連中をここに集結させる、さらに多発している人身売買もそのクズ共の中で加害者と被害者に分かれるだけと予想しているようだが、そういうことにはならないらしい。
連中は無駄に団結し、この地域に住む数少ない、真っ当な考えの人々を犠牲にして利益を得、そして不真面目な活動にそれを費やしているのだ。
これは王宮から指示だけ出している連中には見えていない、現場に居る者にしか知り得ない、感じ取ることが出来ない情報や雰囲気。
帰ったらこのことを総務大臣に伝えよう、真面目な人々が馬鹿を見て、腐った連中が調子に乗っている現状をだ。
いくらこの町に敵を集結させて一網打尽にする予定とはいえ、ここまでやりたい放題やらせ、そして無関係の善良な住民が被害を被っている状況はさすがに看過し得ない。
まぁ、それは後で報告としてまとめる、今やるべきは人買い側の調査だ。
馬車は腐った連中だらけの街道を抜け、先日俺達が上陸した海岸が見える位置までやって来た。
地図上ではこの辺りにサキュバスボッタクリバーが……と、荷台で正座させてあったアンジュが窓の外を指し示し、場所を教えてくれる、間違いなくあの建物だ。
まだ昼間ゆえ、夜になると眩しく光るのであろう魔導ネオンサインは点灯させず、準備中の看板を掲げているサキュバスの店。
既に死んだ魚の目をした『常連客』が開店待ちをしているではないか。
不動産やその他の財産を売却して得たのではないかと思われる金の詰まった袋を手に、完全に魂が抜けたかのような顔それが数人、もう完全に魅了され、全てを失うまであと一歩といったところのようだ。
おそらくこれまでにも、世界のどこかでこういう人々が全財産を搾り取られ、今はもう肥溜めに顔でも突っ込んで死んでいるのであろう。
見れば見るほど恐ろしい光景だ、俺は賢者の石をゲットすることが出来て本当に良かった。
さもなくば、今あの列に並んでいたのは俺であった可能性がある、全てを失い、サキュバスの思うがまま、本当に何もなくなった虚無的な人生。
そしてそれさえももう長くは続かない、あとはもう死を待つだけの存在だ。
そんな恐ろしい、既に選択されることのなくなった未来を想像して1人震えていると、馬車は店のすぐ近く、少し開けたスペースに停車した。
周囲にはかなり高級と思しき馬車の客車が何台も、しかし『差押』のシールをベタベタと貼り付けられた状態で置かれている。
きっと『店の顧客』から代金代わりに回収したものだ、最初は金を持って、羽振りが良かった客も、最後には全てを失って消えていったに違いない。
「勇者様、早く降りましょ、情報通りなら店の裏にあるドアが怪しいわよ」
「おう、じゃあちょっとそっちを調べてみようか、アンジュはここで大人しくしていろ」
「わかったわ、言うことを聞くから調べて得た情報を私にも教えてちょうだい」
「ああ、それは構わんが、何があっても自分で出て来るんじゃないぞ、あ、それからエリナ、お前はここに残ってアイリスとメルシーに危険が及ばないよう見張っていてくれ」
「は~い、お土産に期待して待ってますね」
「おう、もしボッタクリバーの請求書が手に入ったらエリナに回してやる、耳を揃えてキッチリ払うんだな」
「最低のお土産ですね……」
エリナとくだらない話をしている間に、他のメンバー達は馬車から降りて突入の準備を始めていた。
ちなみに話し合うまでもなく、『人を攫って来ましたぜ作戦』が採用されている。
悪人に拉致されたかわいそうな人役を誰にするのかはこれから決めるのだが、敵のアジトの中へ入るための基本方針としてはこれが最も有効かつ怪しまれない方法である。
まずいかにも攫われて来そうなカレンとルビアは確定、あと2人か3人程度、縄で縛り上げて連れて行くのが良いであろう。
適当にじゃんけんをし、ミラとマリエル、それにジェシカをその役回りに決めた。
対する7人は完全な悪役を目指し、覆面など被りつつ準備を進める。
それが整ったところで、いよいよ人買いの魔族が潜むと思しき、ボッタクリバーの裏口の戸をノックした……




