466 軍の意図
『お~い、開門しろ~っ、何か馬車が来ているぞ~っ』
『うぃ~っ、あー、めんどくせぇなぁ……』
俺達の乗った馬車は旧共和国領内にある王国軍砦に到着した、出迎えてくれたのはなんとも緊張感のない、というかやる気そのものが感じられない兵士達。
今俺達が乗っているのはいつもとは違う馬車、適当に奪ったものであるゆえ王国の紋章も入っていない。
ゆえに兵士達は気付かないのだ、この馬車が勇者パーティーを、そしてマリエルや聖女メルシーを乗せていることに……
兵士の1人が砦の裏へ回り、しばらくするとギギギッという音と共に扉が開く。
蝶番を始めとした金具がいたるところで錆びているようだ、たまには油を差しなさい。
「は~い、いらっしゃ~い、で、どこの方々?」
「異世界勇者です」
「王女です」
「聖女なのじゃ!」
「ひぃぃぃっ! 王女様に聖女様に、それからあと変な何か……大変失礼致しましたぁぁぁっ!」
それぞれがそれぞれの身分の証明となるものを見せ付けると、舐め腐ったバイト店員の如きであった兵士の態度が一変する。
いや、俺は変な何かなのであろうか? 気のせいであることを祈っておくが、そうでないのなら殺す。
と、そんなことはどうでも良い、こんな冬の空の下で一兵卒どもと話していても埒が明かないのだ。
平伏したままフリーズした2人の兵士に対し、まずは起き上がり、俺達をVIPルームに案内するよう命じる。
そう言われると顔を見合わせ、困ったような表情をし始めた兵士達、どうやらこの砦にはそのようなものは存在しないようだ、そもそも王女の視察など想定していない、どうしようもないぐらい辺境の陣地であるために違いない。
30秒以上もヒソヒソと相談した後、上の者に相談して来ると言ってその場を立ち去る兵士2人、最初からそうしろ、しかもどうして片方でなく、VIPな客人を放置して2人同時に行ってしまうのだ、本当に無能な奴等め。
しかしボロい砦だ、走り去って行った兵士が話のわかる者を連れて来るまで待つ間、周囲の様子を見渡してみることにしたのだが、そこかしこに張ったクモの巣、壁にはヒビだのシミだの、お世辞にも綺麗とは言えない。
おそらくとんでもない低予算で運営されているのであろう、それは俺達勇者パーティーにも匹敵するほどの金のなさ、当然詰めている兵士の給与水準もその予算額に見合ったものなのであろう。
そんなことを考えながら、茶が出ないどころか座る場所もなく待っていると、先程の兵士が知らないデブを連れて戻って来た、真冬だというのに額に汗して何をしていたのか? いや、おそらくここまで走って来たというだけでああなったのだ。
脂ギッシュで実に不快なデブオヤジなのだが、どうやらコイツがここの責任者らしい。
ノソノソと走りながら俺達の前までやって来ると、平身低頭といった感じでその臭そうな頭を下げた。
「ようこそおいで下さいました、王女殿下、聖女様、その他の皆様方、ぜひごゆっくり……と言いたいところなのですが、生憎このボロ砦にはまともな部屋がございませんで……」
「空き部屋も全くないのか? 少しばかりグレードが下がっても構わないんだが、どうせ聞きたいことがあって立ち寄っただけだからな」
「申し訳ありません、兵士だけで全ての部屋を使っておりまして、お貸し出来るとしたらあとは便所ぐらいかと」
「VIP客を便所に宿泊させようとしてんじゃねぇよっ!」
「ひぎぃぃぃっ! も、申し訳ございませんっ! そちらの、あの、異世界勇者殿には臭っせぇ便所がお似合いかと思いましたのでっ!」
「なお一層ムカつくんだよっ!」
「ぎょぇぇぇっ! へぶっ……」
舐めた言動をした責任者を軽く突き飛ばしたところ、廊下の奥まで吹っ飛び、壁に頭が突き刺さってしまった。
可能な限り手加減したためギリギリで死んではいないようだが、アレが起きて来るのはしばらく先、ひょっとしたら二度と目覚めることがないということも考えられる。
よってアレからこの地域の事情を聞き出すことは叶わなくなった。
しかし責任者とはいえ、さすがに副官ぐらいは居るはず、そしてここではその副官か、またはデブの周囲に居る部下の何人かが優秀な人材のはずだ。
そのはずだ、というよりも、あの頭の悪そうなデブだけで砦ひとつを切り盛りしていたとは思えないし、そういう存在があるのは確定と考えて良いであろう。
ということで、残された馬鹿兵士2人に対し、知能タイプの者を改めて連れて来るよう命じておく。
ついでにどこかの部屋に案内しろと要求したところ、今しがた壁に刺さった責任者の部屋を使ってくれとのことで、そちらに案内される。
ショボい砦の建物の中央付近にあった責任者の執務室、ここのトップであるあのデブが鎮座している部屋なわけだが、装飾の類も一切施されていない扉、中にも執務用の机と椅子、応接セット以外に調度品はない。
普通その場で一番偉いのであれば、執務室の机の上に大きな将棋の王将ぐらい置いておくものだ。
もちろんこの世界ではまた別のものになるのだとは思うが、そういった類のアイテムがないというのは威厳に欠ける。
とりあえず俺とセラ、マリエル、精霊様の4人で応接セットのソファは一杯、マリエルと精霊様の隙間にメルシーを埋め込み、何とか体裁を整えておく。
しばらくしてやって来たのは……真面目そうな美人の女性兵士だ。
長い茶髪は後ろで束ね、服装からして戦う兵士ではなく、裏方の事務官といった感じ。
それが申し訳なさそうに入室、直ちにマリエルとメルシーがいる側のソファの前で跪き、頭を下げる……
「へへーっ、マリエル王女殿下に聖女メルシー様、こんな辺鄙な砦にようこそおいで下さいました、それで、今回は抜き打ちの視察か何かでしょうか? だとしたら先程の気の抜けた門番、あれらの処刑のみでどうかご容赦を……」
「いえ、今回はそうではなくてですね、勇者様、この者に事情を説明して下さい」
「ああ、かくかくしかじかでああなってこうなって、というわけでここを訪れたんだ、詳しい話をしてくれるのは……お姉さんしか居なさそうだな……」
「ええ、申し訳ありません、ここの砦はあまり重要でないと判断されたのか、指揮官は無能、兵士も不良在庫みたいなのの寄せ集めでして、お気に召さないようであれば適当にピックアップして処刑致しますが、どうしましょうか?」
「いや、それは結構、それよりも今夜宿泊する部屋を用意してくれ、便所以外でな」
「畏まりました、では兵士の一部を処刑してでも1部屋お空け致します、それから旧共和国領の現状に関する説明、および現時点で拝命している作戦等につきましては、夕食の際に私から直接お話しさせて頂きます、あ、食事がお口に合わないようでしたら調理部隊を全員処刑……」
何かと部下を処刑しようとする女性事務官、おそらくコイツもこの言動が災いしてこんな所に飛ばされたのであろう、つまり賢くとも軍の人事部からポンコツ認定されたダメな子なのだ。
だが可愛いから許してやろう、というか余計なことを言って処刑されてしまわないよう注意しなくてはならないかも知れない。
呼び出した部下に命じて部屋を用意させる女性事務官、1時間もしないうちに1つ、砦の中で一番広く、そして風呂も併設されている部屋が俺達のものとなった。
この短時間でピカピカに掃除したらしい、風呂も綺麗にして湯を張ってある。
処刑されたくない部下が必死になって掃除と片づけをしたようだ。
食事も部屋に運んでくれるとの事なので至れり尽くせりだ、内容にはあまり期待出来ないが、少なくともあのデブによって便所に泊まらせらるよりは万倍マシである。
「え~っと、それでは夕食時にまた伺います、それと、出来れば私もご相伴に預からせて頂けないでしょうか? 王女殿下や聖女様と食卓を囲んだとなれば、軍をクビになって再就職するとき履歴書に書けますから」
「……まぁ、2人が良いなら別に構わんが……あ、それと馬車の中に乗っていた全裸の女5人なんだが」
「処刑しますか?」
「じゃなくて、どこか牢屋にでも入れておいてくれ、こっちのサキュバスは俺達が面倒見るから部屋で寝させるがな」
「わかりました、処刑室の隣、処刑待ちの死刑囚が泊まる牢屋の隣に入れて、存分に恐怖を味わって貰うことにしましょう」
「何だよ処刑室って……」
女性事務官との会食はマリエルもメルシーも許諾し、俺達は食事を取りながら色々な事項の説明を受けることに決まった。
捕らえてある旧共和国領出身の女5人は牢屋へ、同じく虜囚であるアンジュは俺達と同じ部屋に泊まることとし、馬車から必要な荷物を運び込んでしばらく休憩とした……
※※※
夕暮れ時、借りている部屋のドアがノックされる。
開けてみると先程の女性事務官を先頭に配膳部隊がズラリ、夕食の準備が整ったとのことだ。
早速テーブルを並べ出す配膳舞台を眺めつつ、チラッと料理の様子を見る……こんな場所とはいえしっかりとしたもののようだ、食糧不足でヘビやカエル、ネズミなどで飢えを凌いでいるわけではないらしい。
準備が終わったところで食卓を囲み、食欲旺盛なメンバー達が特に苦情を漏らすことなく料理を食べ始めたのを確認、安心して女性事務官と話を始める……
「え~っと、まずはどこから話そうか、うん、アレだな、どうして王国軍は旧聖国領のあのメインの町を、こんな遠くから何もせずに見守っているんだ? この上なく迷惑な連中が大繁殖していたぞ」
「やはりそうですか、ちょくちょく放っている偵察兵からも、それに他の砦からもそういった話は聞いていますが、どうやらそれは本国側の狙い通りなようで」
「というと、そういう作戦だとでも言いたいのか?」
「ええ、私達は遠巻きに陣を張って、あの海沿いの町への出入りを比較的し易いようにすること、海側は基本的に哨戒せず、完全フリーな状態にしておくこと、特に危険がない場合はちょっかいを出さないこと、だそうで、では私達は何をしていれば良いのかという問を投げ掛けたところ、『冬眠でもしているように』だそうで、予算の方もガッツリ減らされて、それから優秀な兵士も全て別の作戦に取られて、今ではもうこんなボロ砦に……」
「そういうことなのか、ババァめ、一体何を考えているんだ……と、ちなみに優秀な兵士を引き抜かれた『別の作戦』とは?」
「さぁ? 私の方にはその詳細など伝わっておりませんので、あのクソデブ、じゃなかったゴミデブなら何か聞いているかも知れませんね」
「今のは言い直した意味があるのか?」
女性事務官の話により、とにかく現状がこの砦やその他旧共和国領に派遣されている軍団の独断でこうなっているわけではないということがわかった。
これは王都に帰って総務大臣に聞いてみるのが一番早そうだ、あのババァが何の考えもなしにこのような作戦を取るはずがない。
奴はどちらかというと『攻める』タイプの頭を持った将軍であり、特に負けが込んでいるわけでもないこの状況において、一旦退いて様子を見るなどということは決してしないはずなのである。
と、その前にあのデブが目を覚ましたら色々と聞き出しておくべきか、デブとはいえ指揮官なのだし、ある程度の情報は持っているに違いない。
そうしてわざわざあの腐った脳みそを持った連中をのさばらせているのか、そしてもうひとつ、優秀な人材を狩り出してまで行われる作戦とやらの詳細が気になる。
「ご主人様、早く食べないと冷めちゃいますよ、それとも私が代わりに食べましょうか?」
「あーっ、待って待って、食べるから待ってくれ、でもカレン、欲しいなら半分やるぞ」
「やって、じゃあは~んぶんっ、こんな感じですね、いただきま~っす」
「……カレン、世の中ではそれを八割方と言うんだ、覚えておくと良い」
俺の皿に盛られていた何の肉かすら不明なハンバーグ状のモノ、まだ手を付けていなかったのだが、カレンによってごっそり持ち去られ、残ったのはケーキのピースぐらいの大きさのであった。
朝飯前、ではなく夕飯なのだが、そのPiece of cake(肉)をナイフで切って口へ運ぶ……美味しくない、というよりも不味い、まぁ、予算を極限まで削られているそうだし、文句を言わずに食べることとしよう……
「何だかお酒も質が悪いわね、床下で密造したものみたいだわ」
「まぁ精霊様の口には合わないだろうな、要らないなら俺が貰ってやるぞ」
「ダメよ、こんなんでもお酒はお酒だもの」
酒も濁り切った低品質のもの、しかも低品質の中でさらに凄まじいムラがあるという残念なものだ。
ここは地獄の砦、ヨエー村に次ぐワースト2の滞在先と言っても過言ではなかろう。
まぁ、アレと比べれば天と地の差があるが、超高級ホテル経験者の俺からすれば星はひとつもやれないサービスの質と内容である。
まぁ、こんな所で何かに期待しない方が良いのは基本、一応旧共和国領での王国軍の動きを知ることが出来ただけでも……と、ドアの向こうからドスドスと、重い物体が移動する音。
どうやらこちらを目指しているようだ、明らかに先程のデブ、ここの責任者というか指揮官というか、とにかく単なる無能デブが復活し、また汗を垂らしながらやって来たのであった。
「いやぁ~、こちらに居られましたか、てっきり便所でキバッているものかと」
「おいこのデブ! 食事中だというのがわからんのか? ここで汚い話をするな、それと汚い顔と腹も隠すか斬り落とすかどちらかにしろっ!」
「こ、これは申し訳ない、いや、わしの方からも視察に来られた王女殿下ご一行のために出来ることがないかと思いましてな、ぜひ便所に……」
「お前何か知らんが便所好きだな、で、イチから説明するつもりはないが、お前の知っている情報だけ抜かせて貰う、構わんな?」
「はぁ、便所で抜くのですかな?」
「ぶっ殺すぞこのデブがぁぁぁっ!」
「ひょげぇぇぇっ!」
本当に不快極まりないデブである、とりあえず退室すること、そして俺達の夕食が終わるまで廊下で正座して待機するよう告げ、神聖な食事の場から放逐しておく。
低品質とはいえ酒も出ているため、そこから小一時間夕食の時間は続いた。
もちろんその間食べ放題、飲み放題である。
カレンやリリィがこれ以上食べると、それこそ砦の食糧が枯渇してしまう、このあたりで切上げて、外で正座しているデブの話でも聞いてやることとしよう……
※※※
「あでっ、あでででっ、ちょっと足が痺れてしまいまして、体が重いものですからね、ははははっ……」
「そうか、体が重いと少し正座していただけで生まれたての小鹿みたいな歩き方になるんだな、だがそれなら軽量化でもしたら良い、普段からまるで使っていないその頭を切除したりとかな」
「と、とんでもございませんっ! そんなことをすれば死んでしまいます」
「だから死ねって言ってんだよこの無能デブがっ!」
「ひょげぇぇぇっ!」
何もしていないのに無駄に悲鳴を上げるデブ、こんな奴に何か質問をしても無駄な気がするし、そもそも話をすることすらあまり気が進まない。
ということでデブへの対処に慣れているはずの女性事務官に頼み、俺達の知りたいこと、知っておかなくてはならないことを代弁して貰った……
「え~っと、つまり皆様はここで展開されている作戦の概要、それから進行中のもうひとつの作戦に関して詳しく知りたい、そういうことですな?」
「そういうことだ、殺されたくなかったら早く答えろ」
「ええ、ではまずここで展開されている作戦から……とは言っても2つの作戦は繋がりのあるものなのですが……」
デブの説明によると、旧共和国領の海沿いの町、即ち以前俺達が攻め落とし、現在はまたしてもわけのわからない連中の巣窟と化しているあの町を、半ば放置してあるのには2つの理由があるのだという。
まず1つ目は、あのクソ連中の出入りを比較的自由にすることで、本拠地として集結させるためとのこと。
これは本国からの命令らしいが、あの町に例の連中を掻き集め、ある程度まとまったところで一網打尽というのが狙いであり、そのためのユルい包囲となっているのだ。
もちろんかつて共闘したレジスタンスだか何だか連中は、既に別所へ移動済み。
その攻撃を始める際には再び王国軍側に立って参戦する手はずとなっている。
以前の戦いでは最新兵器を用い、俺達や王国軍を苦しめた旧共和国、だが現在はあの馬鹿共が勝手に集り、わけのわからないことをしているだけの雑魚集団だ。
ユルい包囲で集結させて殲滅、その後また隙を作り、逃げ延びた奴等を再び舞い戻らせる、そしてさらに殲滅、それを繰り返すというのが総務大臣の狙いなのであろう……
「それで、もうひとつの作戦に関してだ、現行の包囲作戦と繋がっているってのはどういうことか詳しく教えろ」
「はい、まずは王国側からここに来られた際には船を使われたと思うのですが、その際海側の守りはどうでしたでしょうか? 王国軍は影も形もなく、沿岸海域の制海権は連中にあったはずです」
「確かにそうだな、だが海側の警備が薄いのはマリエルも知っていたし、以前からだろ?」
「いえ、少し前までは牽制も兼ねていくつかの部隊が見回りだけしていました、ですが今は全くしておりません、それは敵の中の、人身売買に手を染めているグループをそのまま通過させるためです」
「人身売買? そのぐらい珍しいことじゃないだろ、その辺のチンピラだってやっていそうなことだぞ」
「それが……人を買っているのは魔族のようなんです、皆様が摘発されていると噂のサキュバスが経営する店のいくつかもそれに関与していることがわかっていますし、現在別働隊がそれを追って調査を進めていますが……」
「……なんてこった、少しばかりトラブルの臭いがしてきたな」
ありがちな人身売買のはずが、魔族が、そして隅っこで大人しくしており、その話が出た途端に目を丸くして驚いたアンジュ、そのアンジュが元締めであるサキュバスボッタクリバーがそれに関与しているというのだ。
これは俺達が首を突っ込まざるを得ない感じの事案である。
このままもう少しデブの話を聞き、王都に帰った後は総務大臣からさらに話を聞かねばなるまい。
というか、部屋の隅にて驚きと焦りで混乱しているアンジュからも、詳しい話を聞いておく必要がありそうだな……




