465 最後の一撃
「ねぇ、お願いだから尻尾はやめて、マジで、あそうだ、ここでちょっと仕切り直しましょ」
「カレン、敵の言葉は聞かなくて良いぞ、もっと引っ張ってやれ」
「わかりました、えいやっ!」
「あでででっ! ギブッ、ギブアップするから許してっ!」
裏があるのかないのか、とにかく『ギブアップ』という言葉だけはアンジュ本人の口から聞くことが出来た。
だが尻尾を絡め取られている状態にギブアップしただけであり、俺達との戦いで敗北を認めているわけではなさそうだ。
ここでカレンがアンジュの尻尾を解放したらどうなるか、多少ダメージは負っているにしろ、またこちらが押され始めるのは明らか、そのぐらいアンジュの力、というか魔法力というかは異常な数値を記録している。
もしも今回、アンジュが『事前リサーチ』を頑張りすぎて空回りしなければ、現時点で既にかなりの苦戦、いや、むしろこちらが負けを認めて撤退していた可能性が高い。
今はその強い強い四天王第二席を押さえ込んでいる状態なのだ、決して油断してはならない、言葉にも、そして痛がる悲鳴にも耳を傾けてはいけないのだ。
「ねぇ~っ、お願い、本当にお願いっ! ここで助けてくれたらイイコトしてあげるから、ねっ?」
「黙れ、サキュバスだからってそんな気軽にイイコトしてあげるとか言うんじゃないよ、それともアレか? イイコトってこれのことかっ!」
「あでっ、ぎゃぁぁぁっ!」
「どうだ、俺様の新必殺技、『聖棒カンチョー』の威力は?」
「お、お尻がダメに……」
尻尾を絡め取られていることから、半ば尻を突き出した中腰の状態で立っているアンジュ。
その背後に回り、聖棒を使ってカンチョーを喰らわせてやった、相当な効き目である。
ちなみにコレがどれほどの痛みを伴うのか、聖棒に触れて酷い目にあったことがあるマーサ、ユリナ、そしてサリナの3人は良くわかっているようだ。
3人でサッと目を背け、サリナに至ってはモジモジし出したではないか……これは確実に漏らしたな……
まぁ、いつも俺の目の前で敵の珍をヒュンッとなるような方法で攻撃するのだから、逆にこういう状況になったとしても文句は言えまい。
「さてと、負けを認めて降参しないならもう一度今のをいくぞ、覚悟は良いか?」
「ひぃぃぃっ! わかった、わかったからやめてっ! てかどうすればやめてくれるのよっ?」
「まずはこの『魔力を奪うご都合金属で出来た腕輪』を嵌めるんだ、両腕にな」
「うんうん、嵌めるから早く離して、もう尻尾も限界、だからお願い、本当に許してっ……ダメ?」
「ダメ、解放するのは先に身動きを封じてからだ、甘ったれてんじゃねぇよ」
「……ふぅっ、もう何が何だかわからないわ、一体どういうことなのよ? 魅了が効き辛くなったのはわかったんだけど、ここまで甘えた感じと、それから必殺の上目遣いまでやって効果がないなんて、こんなの『フルタイム賢者モード』の残念な男ぐらいだわ」
「フルタイム賢者モードって何かかわいそうな奴だな、だが正解に近いぞ、降参するってんなら真実を教えてやるがな」
ここまで許してだの何だのと、四天王第二席にしてはあまりにも情けない感じで助けを求めていたアンジュ。
だがそれは本心半分、残りの半分は今からでも俺が魅了されて骨抜きになり、アンジュにとって有利に働くような行動を取ることを期待してのものであったのだ。
もちろんアンジュは知らないのだが、俺の胸元に光る賢者の石の効果によって、今しがたアンジュの口から出てきた『フルタイム賢者モード』に近い状態を維持しているのだからその期待は実現しない。
セラやユリナよりも遥かに高い魔力を誇っているのは明らかであるアンジュだが、このような状況に追い込まれてはなす術がないであろう。
個々の力で比較すれば、間違いなく俺達の誰よりも強い、だが12人で構成された勇者パーティーのチームの力によって、その強大な敵をここまでの状態にしたのである。
もう勝利は目前、あとは諦めたアンジュが降参の意思表示をするだけ、それで長かった、サキュバスボッタクリバーから始まった今回の戦いは、いくつかある幕の中で最も大きなものが閉じることになるのだ。
「……はぁ~、何だかわからないけどもうしょうがないわね、はい」
「ようやく諦めたか、セラ、魔力を奪う腕輪を2つ出してくれ」
カレンに尻尾を絡め取られたまま座り込み、そして下を向き、もう諦めます感を漂わせるアンジュがスッと手を差し出す。
俺はセラから受け取った腕輪を、その差し出したアンジュの手に……
「なんてっ、諦めるわけないわよっ! 間合に入ったのが誤算だったわねっ!」
「しまっ!? もう致し方なしっ!」
俯いた顔は単にしょんぼりしていたというわけではなかったようだ、その残念そうな表情の裏には、虎視眈々と反撃のチャンスを狙う本来の表情が隠れていたのである。
魔力を奪う腕輪を渡そうとした俺の手をガシッと掴んだアンジュ、そのまま自分の目の前まで引き込み、反対の手に全属性の魔法をこれでもかというぐらいに凝縮させたオーラを纏わせた。
それが炸裂すれば、おそらくアンジュ自身さえもひとたまりもない、もちろん俺も吹っ飛ばされる、それはもう間違いない。
一瞬の判断、このままアンジュの攻撃を受け止め、両者倒れるか、それともどうにかこの攻撃を打ち消し、例の力を使い果たした俺のみが倒れるか。
カレンに尻尾を絡め取られた状態のアンジュ、このまま後ろに吹き飛べば、カレンを巻き込みつつ大切な尻尾は切断、それが再生するのかどうかは定かではない。
ピンクの悪魔サキュバス、そのチャームポイントと言っても過言ではない長い尻尾を永遠に失うかも知れない、それはあまりにもアンジュが不憫だ。
そこまで考えた場合、確かにこの事態、次の瞬間には凄まじいエネルギーを放出しながら俺達を吹き飛ばすであろうその状況をアンジュ自身が作出したとはいえ、どうにかして尻尾を失うことだけは回避させてやりたいと思う。
となると最初の問に対しての答えは後者、今ある力全てを使い切って俺だけが倒れる。
その後のことは皆がどうにかしてくれるはず、目が覚めれば超絶ハッピーエンドを迎えているはずだ。
判断を終え、もはや目前に迫ったアンジュの全属性欲張りミックス魔法攻撃を、全身全霊の力を込めた両手でガシッと受け止める。
ぶつかり合う力はお互いに爆発寸前、このままでは途轍もない大惨事になることは明白。
残った力を振り絞り、それを真上へ、天井に向かって跳ね上げてやった。
轟音と共に崩れる高い城の天井、空いた穴から夕焼けに染まった空がバッチリ見えたところで、俺の意識はそこへ吸い込まれるようにして薄れていく。
ガラガラと落下する天井の破片、いくつかが俺のすぐ横に落ちたのであろうことは音で把握出来た。
直後、誰かにガシット抱えられてその場を離脱、おそらくマーサであろう、薄目で見えた反対の腕にはアンジュと、その尻尾に武器を絡めたままの状態で運ばれるカレンの姿が。
もうきっと大丈夫だ、あとは目が覚めたとき、どういう状況になっているのかであるが、今の仲間達であれば特に問題はなく、俺の描いた結果を察してそれを選択してくれるはずだ。
そう考えたところで完全に意識が途切れる、目が覚めるのは2時間後か3時間後であろうな……
※※※
「……ん? んんっ!? どこだここは? 柔らかいのは……ルビアの膝か」
「あら、ご主人様も目を覚ましましたよ、これで全員復活です」
「おう、それでルビア、俺以外には誰がダメージを受けて倒れたんだ?」
「え~っと、まずは敵のサキュバスの子、それとマーサちゃんは逃げる途中に瓦礫が頭にヒットしてピヨピヨしてましたね、たいしたことありませんでしたが、あとは全員軽傷で、もう治療は終わってますよ」
「そうか、それなら良かった……で、問題はアンジュだな、え~っと……」
起き上がってすぐに気になったのは仲間の安否、これは大丈夫なようだ、というか俺が被ダメージ頭であったらしい。
とりあえず瓦礫の下敷きになるところであった俺を助けてくれたマーサの頭を撫でておく。
で、次に気になるのは敵であるアンジュ、最後の攻撃は俺と同様全身全霊であったはずだし、やり合った衝撃で気を失ったのは確実である。
ということでルビアの膝枕から起き上がり、周囲を見渡す……そもそもここはどこだ? 先程まで居たアンジュの居室とは違う、壁や床の模様からして城内なのは間違いないが。
と、部屋の隅、ジェシカと精霊様に見張られながら正座させられているサキュバス、アンジュの姿があった……
「よいしょっ、あ、まだ何かフラフラするぞ、それでアンジュ、お前は大丈夫か? 尻尾もだけど」
「……お陰さまで平気よ、それにほら、この腕輪を嵌めれば良かったのよね?」
「うむ、そういうことだ、ちなみに抵抗しないでサッサと降参すればここまで酷い目には遭わずに済んだんだぞ、特に俺がな」
「うん、ごめんね……」
「妙に素直でキモいんだが、精霊様、何か調教した?」
「別に何もしてないわよ、目が覚めたら勝手にこうなっていたの、頭でも打ってまともになったのよきっと」
「えっと、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「う~んと……ほら、あの~、そのさ、ほとんど自爆みたいなことしようとしてたのにさ、何だか不利にさせるような感じで助けてくれちゃって、えっと……ありがとね」
「いえいえどう致しまして、異世界勇者様は女の子にはすこぶる優しい、それぐらいは調査済みなんだろ?」
「え? あ、うん……」
どうやらアンジュの奴、俺が身を挺して庇ってやったことに感謝しつつ、それでいて悪い事をしてしまったと思っているようだ。
だが敵で魔王軍の大幹部で、さらには魔族でサキュバスで年齢の方は言うまでもなく、ついでにボッタクリバーを人族の領域に大量にブチ撒けて大変な事態を巻き起こしたとはいえ、アンジュが可愛い女の子であることに変わりはない。
つまり俺は当然のことをしたまでであり、特に褒められるような、感謝されるような状況にはないのだ。
むしろあの場で助けない、アンジュが俺よりも酷い目に遭う結果を選択していた場合、俺は今既に自決して果てた後であろう。
俺がそういう考えの持ち主であることは、仲間達も良くわかっていることであり、それに対して特に判定意見を述べたり、制止したりということはない。
アンジュは確かにそのことを調べ、知っていたのであろうが、今回に関してはリサーチ不足だ。
あのような状況にあってまでも女の子を助ける、そういう行動に出るという点までしっかり調べておくべきであたっということである。
まぁ、それももう過ぎたこと、今ある現実はたったひとつ、俺達が強大な魔力を持つ南の四天王、アンジュに勝利したということだ。
本来であれば辺り一帯ごと俺達を吹き飛ばすぐらい容易であったはずのアンジュだが、リサーチしすぎによる誤算、そしてそのリサーチの深度が足りなかったことによる誤算が相俟って、本来の力を十分に発揮することなく俺達に敗北、すっかりしおらしくもなってしまった。
しかしそれでも火、水、風、土、氷、雷、6種類の魔法をミックスして、さらにそれを凝縮したものは凄かった、アレは後で教えて貰おう、俺はさすがに使えないが、ユリナであればどうにかなるかも知れないからな。
……と、それよりもこれからのことを考える、ついでにいうと現在のことを誰かに聞かなくてはならない、そもそも俺が寝ている間にどこへ移動したのか、まずはそこからだ。
「う~んとっ、セラで良いや、ここどこ?」
「え、今それ聞くの? ここはこの子の城の二の丸……じゃなくて何だっけ?」
「五十三の丸よ」
「ありすぎだろっ!? どんだけ城に金使ってんだよ……」
「とにかくそこの一室、精霊様が言うには、本丸はもう倒壊の危険性が高くて立ち入れないそうよ、まぁど真ん中の部屋の天井全部壊しちゃったわけだし当然よね」
「なるほど、じゃあそれはそれで置いておこう、修理をするのは魔王軍との戦いが全て終わった後だ、まだ何に使えるのかもわからないし」
「そうね、じゃあとりあえず城を出ましょ、ついでに魔族領域も出て、後片付けというか、これからが大変そうなんだけどね」
この城、そして南の魔族領域でやるべきことはほぼ完了した。
俺が気絶している間に魔族領域を支えるコア的なものの位置も確認したらしいし、あとは最初に捕らえた6人のサキュバス達を解放してやるのを忘れないようにしないと。
その後は人族の領域に戻り、まずは全世界に散らばったサキュバスボッタクリバーの摘発と、それに町ごと乗っ取られてしまった聖都の奪還、ここまででもかなり大変だ。
さらには賢者の石に関連して起こったこと、つまり仙人共から権限を取り戻したヨエー村と、別次元に移されてしまっているその周辺地域の回収。
また、王都の屋敷に押し掛けていた脳の腐った連中が、旧共和国領のクソ共とつながっているということもわかってしまったのだ、それへの対処もしなくてはならない。
そして最後に、最も重要な案件がひとつ、4人目にして最後の四天王、そしておそらくはアンジュとの戦いの前に帰って行ったあのヴァンパイアの女性、それとの戦いである。
立ち上がり、帰る準備をしている皆の中で、1人だけやることがなく正座させられたままのアンジュに近付く。
今なら話してくれるであろう、先程まで城に居たヴァンパイア女性のことを……
「なぁアンジュ、さっきの赤髪、窓ぶっ壊して帰って行ったヴァンパイアなんだが……」
「北の四天王にして最強のヴァンパイア、そしてもしかすると魔王軍でも最強なんじゃないかと言われている子ね、そうは見えないけど、ちなみに名前はカーミラ、女ヴァンパイアっぽい名前でしょ?」
「うむ、ベタだがわかり易くて結構、で、そんなに強いのか?」
「もう異次元よ、私と最初に会ったときに倒した馬鹿、アイツのこと覚えてる?」
「ん? ああ、東の四天王だろ、顔と名前は忘れたけど、存在していたことぐらいはギリギリで覚えているぞ」
「なら良かった、でね、アレがハツカネズミぐらいだとすると、カーミラはもうそれを屠る猫、の中でも最強のブラックキングゴリアテサーベルキラータイガーぐらいの実力よ、その差がわかる?」
「うん、そもそもブラックキングゴリアテサーベルキラータイガーがわからないぞ」
本気で良くわからないのだが、とにかくあの腰の低そうな女性が北の四天王、ヴァンパイアのカーミラであること、そして恐ろしい、異次元の強さを誇っているということだけは理解することが出来た。
この件に関しては後でゆっくり、詳細を聞き出すこととしよう。
少なくとも何の対策もなしに勝てる相手ではないし、対策をしたところでまともにぶつかれば敗退する可能性のほうが高い。
ここから先は色々な残務を処理しつつ、片手間でカーミラへの対策を立てていくことになりそうだ。
もちろん話が繋がってくるようなこともあるはずだが、全てが全てというわけではないはず、なかなか忙しくなりそうだな……
「さて、これで帰る準備は完了ね、勇者様も歩けるかしら?」
「俺は大丈夫だ、アンジュは立てるか?」
「ええ、これからどこかに連れ去られてお仕置きされるのね、まぁでも仕方ないわ、尻尾が千切れていないのは助けられたからだし」
そう言って立ち上がるアンジュであったが、地味にフラフラしていたため横でジェシカが支えてやる。
どうにも歩けそうにないということで、結局精霊様が抱えて飛びながら帰ることに決まった。
城の何の丸だか忘れた建物を出て、最初に立ち寄った店のサキュバス6人を解放してから帰路に就く。
帰りは旧共和国領で捕らえた女5人のうち、御者が出来る2人に交代で馬車を任せた。
何日か後に辿り着いた人族の領域、まずは……そういえば船がないのであったな、どこかで調達せねば……
「なぁマリエル、船がないと帰れないんだが、ちょっと旧聖国領を囲んでいる王国軍の所へ行かないか? ここの腐った連中を放置している理由も問い詰めたいしな」
「わかりました、ではえ~っと……地図で砦を探して適当に向かいましょう」
「あ、布陣場所を把握しているわけじゃないんだな……」
とにかく態度の悪い旧共和国領の連中、これは制圧しているはずの王国軍が適当にサボっているからこうなっているような気がしてならない。
もちろんそんなことはなく、真っ当な理由を持ってこうしているのであろうが、その理由を聞かないことには納得もいかないというものだ。
ということでまず、残務処理の取っ掛かりとして旧共和国領の現状に関する件を処理していくこととし、マリエルの指示通り、地図に載っている王国軍の砦のひとつを目指す。
この地域をどうにかしさえすれば、王都で俺達に、そして王都に住む関係のない人々に多大なる迷惑を掛け続けている反政府や反勇者の連中を減らすことが出来るかも知れない。
もちろん王国内部からもそれらが、まるで台所のGかの如く沸いてくるのはわかっているのだが、それでも『外来種』でないだけまだ対処が楽なはずだ。
それに旧共和国領内にも、別件のターゲットであるサキュバスボッタクリバーが存在しているに違いない。
本来は摘発すべき対象なのだが、敵が蔓延る地域での営業であれば特別にしばらくの間猶予してやるということも考えられる。
ボッタクリバーは加盟店と直営店があるはずだが、元請けであるアンジュを連れて行けばどの店も指示に従い、さらに苛烈なボッタクリ営業をしてくれるのは明らか。
その地域に住む人間を破滅させるような店なのだから、敵の領域内にあるのは大歓迎なのだ。
と、何をするにもまずは王国軍の砦で詳しい話を聞いてからだ、地域の事情、王国軍の位置取りに関する事情、聞きたいことは山ほどあるが、何と言っても落ち着くことが出来る、味方の領域でまったりしたいというのが本音である。
そのまま馬車は進み、何日か経った後に、ようやく王国の旗を掲げる砦が見えてきたのであった……




