462 城内の店
「おいおい、何だかすげぇ城だな……」
「目がチカチカするわね、全面が黒とピンクとか凄まじいわ」
「いくら掛かっているんでしょうか?」
遂に辿り着いた南の四天王アンジュの城、さすがは城の増改築で金欠になったというだけあり、超巨大、超新品、そしてとんでもない塗装の施されたものである。
ちなみに入口から本丸まで、およそ3kmはあろうかという巨大な敷地。
そこまでの間に二の丸なのか三の丸なのか、とにかく本体よりも少し小さな建物が立ち並ぶ。
もちろん色合いは全て同じだ、あまり見つめていると本当に眩暈がする、黒とピンクの細かいチェック、床も壁も、そして窓のステンドグラスさえもその柄で統一されているのであった。
城の敷地内へは馬車でも入ることが出来そうだが、本丸までの道程には大量の敵性反応、というかちょっとした城下町になっているようだ、敵は全てサキュバス、そしてその全てが、魔族向けのエッチな店を営み、またはそこで働いている雰囲気。
これなら店を破壊しないで進むことによって、特に敵方から危害を加えてくる可能性は低そうだ。
もちろん本丸を攻め、四天王のアンジュを打ち倒した後にはどうなるかわからないのだが……
「よし、とりあえずこのまま馬車で進もう、門番とかも居ないみたいだし、おいおっさん、死にたくないなら先へ進め」
「へ、へい、しかしどうしても前に進めなくて……」
「は? お前何ビビッてんの? 普通に前進すれば良いだけだろ、それとも……結界が張ってあるのか……」
城内へ入るためのゲートには、サリナでも解除出来ないであろう強力な結界が張られていた。
クソが、だから門番など必要なかったのか、そしてこれを突破しないと先へ進めない、どこかに解除するためのヒントがないものか。
「勇者様、そっちの看板を見て下さい、あそこに書かれているのは入場料なのでは?」
「入場料? あ、本当だ、『男性:金貨5枚・女性:無料』だとっ!? ふざけやがって、どれだけボッタクリなんだよっ!」
「そう言いましても、結界を解除する有効な手立てがない以上、地味に入場料を払って突入するしかないのでは?」
金を払うべきであることを主張するマリエル、だがそれはない。
魔王軍の大幹部の城に攻め込んだ勇者が、入口の結界を突破するために入場料を支払う、とんでもなく無様なことである。
ここは他の方法を模索……と、料金表の下に別の看板が、『生贄による物納も可』だそうだ。
その看板の横にはウッドチョッパーらしき禍々しい魔導機械が設置されていることから、おそらく生贄をそこに入れることで料金を支払ったのと同等の効果が得られるのであろう。
「おいおっさん、命を粗末にしなくて済みそうだぞ、良かったじゃないか」
「え、え~っと、わしに何をしろと……」
「わからんのか? 相当に頭が悪いんだな、生贄になれって言ってんだよ、頭からでも足からでも、好きな向きでそこのウッドチョッパーに突っ込んで死ね」
「ひぎぃぃぃっ! そ、そんなっ、わしにはほら、まだ利用価値があるのではっ?」
「ああ、あるさ、生贄としての利用価値がな」
「そんなっ! でででではっ、わしのポケットマネーでその入場料とやらを……」
「何を馬鹿なこと言ってるんだ? それとも本当に馬鹿なのか? お前の財布はもう俺達のものだぞ、だからお前は文無し、金貨5枚の入場料なんて支払えるわけないだろ、わかったらサッサと死ねやこのハゲェェェッ!」
「ハゲじゃなっ、ぎょえぇぇぇっ!」
おっさんを持ち上げ、足からウッドチョッパーに突っ込んでやる、グチャグチャッと音を立てながら、サリナが魔法で張ったモザイクの向こう側でアレな感じになっているようだ。
その悲鳴が聞こえなくなったとき、生贄の納付完了に付き入口の結界が……解除されないではないか……
「おいおい、どういうことだよ?」
「もしかして生贄詐欺なんじゃないかしら? 今流行の」
「いやそんなの流行ってんのかこの世界は、とんでもねぇな」
「勇者様、そんなことも知らなかったとかどれだけ情弱なのよ、たまには雑誌でも読みなさい」
「エッチな?」
「エッチじゃないやつよっ!」
と、全く関係のない話になってしまったのだが、現時点でわかっていることは2つ。
生贄を捧げないと城内に突入出来ないこと、そして最初に入れた生贄を騙し取られたことだ。
もしかして自販機に金を入れたにも拘らず、肝心の商品が出てこないタイプの不具合なのかも知れない。
だがそういった際に連絡すべきサポートセンターなどの記載もない、そして新たに入れるべき生贄のストックもない、つまり八方塞である。
「あ、勇者様コレを見て、ウッドチョッパーの下に何か数字みたいなのが浮かんでいるわよ」
「本当だ、100分の1? てことはもしかして、あのおっさんの命程度じゃ必要な生贄の100分の1しか満たさなかったってことか?」
「そうとしか思えないわよね……」
確かにまるで生きる価値のない、命の軽さで言えばフェザー級のおっさんであった。
だがアレを100匹もウッドチョッパーに放り込まないと、城内へ入ることすら出来ないというのはさすがに暴利が過ぎる。
こんなことになるのであれば、あの旧聖国領の町でもっと『人狩り』をしておけば良かった。
まぁ、その時点で生贄が必要になるなどということを知る術はなかったのだし、どうしようもないといえばどうしようもないか。
もちろん今から戻って生贄集めをするのも酷だし、ここは仕方なく金貨5枚の大金を支払って、攻め込んで来た敵であるにも拘らず真っ当な方法で入場……いや、そもそも金貨5枚の持ち合わせなどない、その作戦も不可能だ。
四天王の城の前まで来て詰んでしまった、ボスはもう目の前なのに、資金不足という見えない壁に阻まれてこれ以上近付くことが出来ない。
そもそも城に入場料など設定している方がどうかしているぞ、魔族向けのアミューズメントパークとしてなら城下の店で十分な利益が得られるはずだし、わざわざ入口でそんな大金を……と、馬車の中で待っていたはずのカレンとリリィ、そしてマーサが降りて来た……
「どうした3人共、腹でも減ったのか?」
「そうなんですよ、でもこの中にはご飯を食べられそうなお店が沢山あります、だから私達だけでも先に入っておこうと思って」
「いやな、この先は結界のせいで通ることが出来な……ウソだろ?」
「通れるじゃないの、あんたも早く来なよ、あと馬車も」
「いやそんなはずは……でも本当は結界が解除されて、よし行ってみよぶっ!」
カレンもリリィも、そして俺と身長がたいして変わらないマーサですらも通れたというのに、どういうわけか俺だけは壁にぶつかって弾き返されてしまう。
四天王の奴め、もしかして俺の実力に恐れをなして、1人だけ戦いの場から排除しようとしているな。
だとしたらとんでもない反則行為だ、訴えて速攻下りるであろう仮処分決定をもって結界を解かせる他あるまい。
その後、俺の横で色々と考えていたセラも、というか今まで乗って来た馬車でさえも入口のゲートを通過することが出来るということが判明する。
通れないのはガチで俺だけだ、試しに馬車の中に入った状態で通過を試みたが、客車の内壁と結界の壁の間に挟まれ、危うく色々と中身をぶち撒けるところであった。
「……あの、ご主人様、ちょっと良いですの?」
「どうしたユリナ、こんなゲートすら通過することが叶わない俺を笑いに来たのか、本当に悪魔みたいな奴、いや普通に悪魔なのか」
「いえ、そうではなくて、ご主人様は男ですわよね」
「おう、男というか漢だ、真の漢とでも呼んでくれ」
「だから通れないんですわ、ほらここ、女性は入場無料になっているんですの、入場料か生贄を納付しないと結界に引っ掛かって通れないのは男性だけですのよ」
「うわっ、そういうことかよ……何か知らんがムカつくな、とりあえず腹いせだっ」
「いでででっ、ちょっ、尻尾はやめて下さいですのっ、あひぃぃぃっ!」
大変にくだらない理由で俺だけがゲートを通過することが出来ない、それを知ってしまった時点でフツフツとこみ上げてくる怒り、それをユリナの尻尾の付け根をグリグリと押して発散しておいた。
しかしそれは困ったな、せっかく苦労して賢者の石を手に入れて来たというのに、こんな所で、しかもどうでも良さげなことに起因して再び俺だけがハブられるとは。
仕方ない、ここは少しズルいかも知れないが、俺の侵入を阻む結界ごと入口のゲートを破壊してしまおう。
馬車の後ろで暇しているエリナが、また損害賠償だの何だのとやかましいかも知れないが、それ以外に解決策がないのであればそうせざるを得ないのだ。
「よっしゃ、ちょっと聖棒で一撃かましてやるからよ、全員離れた場所で待機していてくれ」
「あの、ご主人様、そんなことをしなくても……ポチッと」
「何だルビア、今押した明らかにヤバそうなボタンは何なんだ?」
「え~っと、『緊急用自爆装置発動ボタン』ですね、あ、下に注意書きがあります、ゲート前に敵が殺到した場合のみ使用して下さい、あとボタン押下後は直ちに退避して下さい(逃げないと死にます)だそうです」
「おいコラなんてことしやがるっ! とにかく総員退避だっ!」
飛び退いて地面に伏せると、次の瞬間には閃光が走る。
続く爆風と衝撃波、俺達にとっては日常茶飯事の爆発規模であるが、一般の軍隊であればそこそこの死者を出していたであろう。
ちなみに馬車およびその中の非戦闘員はセラと精霊様が、空気と水で2重に壁を張って守り抜いた。
よって被害はゼロ、いやこれからお仕置き確定のルビアだけが大ダメージを負うことになるな。
「はいルビアさん、ちょっと馬車の中へどうぞ」
「あら、鞭打ちですか? でも一応ゲートの結界は解けたわけですし、ご褒美の方も……ダメですかね?」
「ダメに決まってんだろっ! とにかく来いっ!」
自爆ボタンの横に佇んでいたルビアを引き摺って馬車の中へ入れる。
パーティーの中でも唯一、ルビアだけは女神から借りパクした箱舟の中に入ることで、防御姿勢を一切取ることなく全ての攻撃を受け流すことが可能なのだ、これぞまさにチート。
だがその箱舟から出てしまえば、ただ人族でトップであることは絶対に間違いないといえる強力無比な回復魔法が使え、格闘も通常の兵士であれば一瞬で打ち倒すことが出来るという程度の、単なるドM女でしかない。
馬車の中で箱舟から出たルビアのスカートを捲り、パンツ……は穿いてないのか、とにかく尻を丸出しにして四つん這いにさせる。
あとは精霊様チョイスの最強鞭を装備して準備完了だ、これでしばらく座ることも出来ないほどの厳罰を科してやろう。
「覚悟は良いかっ! 今日という今日は許さないからなっ!」
「ええ、もう待ち切れないので早くお仕置きして下さい……あうっ! いひゃいっ! もっとっぉぉぉっ! オウッ、イエスッ!」
「喜んでんじゃねぇぇぇっ!」
「え~、だってこんなのご褒美ですもん」
「……ダメだ、もう今日は夕飯抜きの刑にするしかないな、あと1週間甘味禁止だ」
「いやっ! どうかそれだけはっ、何卒お許し下さいませご主人様っ!」
必死で土下座するルビア、これはもう俺の勝ちと言っても過言ではなかろう。
とりあえず許してやり、2人で馬車を降りる、既に他のメンバーはゲート周辺の散策を始めているようだ……
※※※
「あっちの建物には5、向こうは10以上居るな、あまり活発に動いている様子はないが、全員サキュバスで間違いないぞ」
「寝ているんでしょうかね?」
「真昼間にか? どっかの誰かさんみたいだな、実はルビアお前、サキュバスなんじゃないのか?」
「はぅぅぅ、お尻寒い……」
俺とルビアが馬車から降りた際、既に皆バラバラの方角へ向かってしまっていたため、仕方なく2人で誰も行っていない場所を歩いてみる。
ルビアがサキュバス、などということはあり得ないが、一応さカートを捲って尻尾がないか確認しておく。
大丈夫だ、スカートの下には冬だというのにノーパンの、先程鞭で打たれて赤くなった尻があるだけだ。
というか、サキュバスが居るのは総じて建物の中、そして今はまだ昼下がりと呼べる時間帯である。
おそらく奴等は夜行性、そして今奴等が居る建物は、夜になるとガビガビに明かりを灯して営業を始める大人の店。
きっと今は休憩中、ルビアの言う通り、奴等は建物の中で眠りこけているのだ。
だから襲って来ないし、逃げ出すようなこともない……いや、それでも俺達の侵入に気付いていないというのは少し考えにくいが……
と、そこで一番乗りしていたカレン、リリィ、マーサが、メルシーを伴ってこちらへ走って来る。
どうやら営業している飲食店が見つからなかったようだ。
良い匂いはしてくるのにおかしいなどと口々に騒ぐ。
敵の本拠地で食事を提供する店を探すのもどうかと思うのだが、それを発見することすら出来ないとなると、やはり営業は夜、そして現在仕込中の店が多いゆえ、『良い匂い』だけは漂ってくるのだ。
「ご主人様、ちょっとどこかの建物へ入ってみませんか?」
「う~ん、このまま散策していても埒が明かないし、そうしてみるべきなのかもな、よし、じゃあルビア、どの建物に入るか決めろ」
「え~っと、じゃああそこで、降ろした暖簾が下に置いてありますし、ドアに準備中の札が掛かってます」
「……うむ、敵の数は6か、たいして危険じゃなさそうだし、店名もなかなかだ、とりあえず入ろう」
ドアの下に立て掛けてあった暖簾には、『大人魔族の園』という店名らしき記載が。
きっと魔族向けのエッチな店だ、というかここは魔族専用の歓楽街なのだから当たり前だ。
その準備中の店に近付き、ドアに手を掛ける、ここでで突如として攻撃を受ける可能性がないとも言い切れない。
念のため警戒しつつ、何となくルビアを後ろに隠して入店……入口から直でラウンジのような場所、そしてカウンターもある……普通のバーみたいな雰囲気だが、基本的にソファで、サキュバスが客の横に付いて接客する許可を得ている店なのであろう。
開けた際にはカランカランと、俺達が入店したことを示す音を立てた店のドア。
しばらくしてカウンターの奥、別の部屋から現れたのは、パジャマ姿のサキュバスが1人、こちらを見てハッとなり、すぐに奥の部屋へと駆け戻って行った……
『大変! 超大変よっ! 異世界勇者が来たのっ! そう、敵の勇者、皆早く来てっ! あ、着替えとか良いからそのままで早くっ!』
サキュバスが戻って行った先と思しき部屋から聞こえる叫び声、かなり興奮しているようだ。
そして俺が異世界勇者、俺達が敵である勇者パーティーであることを、あのサキュバスのみならず、ここに居る6人全員が知っているような口ぶり。
またしばらくして出てきたのは、あらかじめ索敵で確認していたその6人。
ある者は堂々と、またある者はカウンターの影から恐る恐る俺とルビアの様子を覗う、もちろん全員見目麗しい。
まずはコンタクトを取ってみよう、そして敵対するような感じなら組み伏せ、実力でいうことを聞かせよう……
「え~っと、お前等はサキュバスだよな? ここで店をやっているのか? 魔王軍の関係者なら容赦はしないぞ」
「ひゃ~っ、ちょっと、ちょっと待ってよっ、アンジュ様を狙って来た勇者ってことで良いんだよね? 私達は何もしないから、お店を壊すのはやめてよね、ほら、こうさーんっ!」
「……降参するなら全員手を頭の後ろで組んで膝を地面に、ほら隠れている奴も出て来てそうするんだ」
『は~い』
特に抵抗することもなく降伏してしまった6人のサキュバス達、南の四天王のことを『様』付けで呼んでいたことからも、この連中が魔王軍の関係者であることが覗えるのだが、こんなに簡単に白旗を揚げてしまって良いのか?
とにかくここは制圧したということで、ルビアに頼んで他の仲間を集めに行かせる。
毒を入れたら精霊様が気付くはずだし、ちょうど良いからここで食事も提供させよう。
ルビアを見送ったところで、最初に姿を見せた、この店代表格と見られるサキュバスが何か言いたげにこちらを見てきたため、発言を許可してやった……
「ね、ねぇ、アンジュ様が言っていたんだけど、本当に異世界勇者は女の子を殺さないのよね?」
「おう、でもお前等みたいな敵キャラは鞭でシバいて、あと奴隷として強制労働に従事させる、または変態金持ちジジィに売り払うぞ」
「ふぅ~っ、それなら良かったわ、じゃあ、もしアンジュ様が負けるようなことがあったら、この町のサキュバスは全員ちゃんと降参するから、あまり痛い目に遭わせたりしないでよね」
「……どういうことなんだ?」
「だって、金持ちの人族に売られたり、エッチな店で働かされるなんて、私達にとっては願ったり叶ったりだもの、もちろん人族のジジィ1匹ぐらい使い潰しても満足は得られないけど、そこからまた別の所に売られるわけでしょ? それと売却先がエッチな店なら向こうからそういうのがやって来るわよね?」
「つまり、自分が売り飛ばされたり奴隷にされることで、人族の精力を吸うという本能について満足を得られると、そういうことだな?」
「ええ、もちろん捕まったら鞭でシバかれるのも知っているけど、その程度は別にたいしたことないわ、殺されない、それからそういう扱いを受けるってことが重要なの、てことでもうこの姿勢やめて良いかしら、どうせ抵抗したりしないからさ」
何となく筋が通った話を受け、納得した俺は6人のサキュバスを普通に立たせてやった。
なるほど、俺が『絶対に女の子殺さないマン』だと知っていれば、こういう対応をする敵が居てもおかしくはないな。
それから5分程度で他の仲間と、それから馬車まで連れて戻るルビア、リリィやメルシーをこんな店に入れるのは気が引けるが、この状況下では仕方ない。
まずは支配下に置いた6人のサキュバスに命じ、軽食等を提供させることとしよう。
その後は尋問タイムだ、ここがどういう雰囲気の場所なのかは良いとして、この城下町、そして城内全体の事情について、詳しく聞いておく必要があるはずだ……




