461 南の魔族領域
「よし、それじゃ出発しろ」
「あ、あの、私馬車なんか動かせな……」
「つべこべ言ってねぇで早くしやがれっ! さもないとひん剥いて木から吊るすぞっ!」
「ひぃぃぃっ!」
適当にやっているのか、それとも恐怖で考えることが出来ないのか、地下倉庫で捕らえた女の1人が操る馬車はデタラメな動きしかせず、まるで先へ進めない。
このままでは敵の城どころか魔族領域にすら到着しない、歩いて行った方が早いし、デンデン虫にでも乗って行った方が幾分かマシであろう。
ということで第一の女はチェンジ、捕まえてある残り4人の中から御者の経験がある者を募ったところ、2人が肯定の意思表示をした。
ちょうど良い、大型馬車の広い御者台には2人が座れるスペースがあるし、この女共に交代でやらせよう。
今座っている使えないクズ女を引き摺り下ろし、経験者をそこに据える、最初からこうすれば良かったぜ、10分程度だが、この町に住む全ての人族の命よりも大切な俺の時間を無駄にしてしまったではないか。
「はい、じゃあ改めて出発しろ、それから使えないお前はこっちだ、床に平伏して謝罪しろ」
「はいぃぃぃっ! 申し訳ございませんでしたっ! もうどうなっても構いませんっ! ですが私には憎き王国人や異世界勇者を滅ぼすという使命が、どうかそれまでは生かしておいて下さいっ!」
「あ、え~っと、まだ言っていなかったな、俺様がその憎き異世界勇者で、こちらが憎き王国の第一王女」
「……!? 勇者めっ! ここで遭ったが100年目、覚悟しなさいっ!」
「右に同じっ!」
「左に同じっ!」
俺が身分を明かした途端に襲い掛かる、御者台にセットされていない3人の女、どこに短剣など画し持っていたのであろうか、とにかく俺を滅多刺しにするつもりだ。
ちなみに仲間達は誰も助けてくれない、隣に座っているカレンは干し肉に夢中だし、セラは真剣にマップを見ていてこちらはガン無視、あとルビアは寝ている。
他のメンバーも思い思いのことをしているし、こちらにはまるで興味がない。
つまり自助努力でどうにかしろということだ、怪我をしないように3人の短剣を弾き飛ばし、ついでにかなり痛い感じで手の甲を叩いてやった。
「きゃんっ! いたたたっ……クッ、異世界勇者め、私達を殺すというのであれば殺しなさいっ!」
「いや殺さないってば、俺が可愛い女の子はいくら凶悪な敵であっても助命する、慈愛に満ちた勇者様だということを知らないのか?」
「そんなっ、『全世界反勇者団体連合会』によると、異世界勇者は罪のない女子ども、老人までも殺害し、傍若無人の限りを尽くし、この世界を滅亡に追い込むために送り込まれた悪の権化で、この国の、そしてかつてここに住んでいた人々は、突如として平穏を奪われ、一切無抵抗にも拘らず簡単に殺され、奴隷として連れ去られ、難を逃れた者も地獄の苦しみを味わって、だから私達は暴力に頼らず世界に革命を起こし……」
「ちなみにトゲトゲの付いたバットで急に殴りかかったり、死ねなどと暴言を吐いたり、仲間を攫って奴隷にしようとしたりするのも非暴力革命の一環だと思っているのか?」
「そんなの当然よっ! 権力側のする武力行使は暴力、弾圧、そして差別的行動、でもこちら側が抵抗するために行使する武力は正義の鉄槌、そのために無関係の人間が奴隷になったり、巻き込まれて死んだりするのは仕方ないこと、だって私達の崇高な目的を達成するために犠牲になったり、奴隷として売られるなんて直接的に利益貢献する素晴らしい、本来であれば誇りに思うぐらいの出捐よっ!」
「……もうダメだなコイツは、セラ、精霊様、御者台の2人も含めて全員全裸に剥いてやれ、鞭で打ってやらないとこの世の理を理解出来なさそうだぞ」
偉そうに理想を語った女共、可愛いのは見た目だけで、中身の方は大層自分勝手な思想に染まっているようだ。
まぁ、育った環境がコレであるゆえ、同情するべき部分もあるのだが、それはここから叩き直す(物理)していく他ないであろう。
襲い掛かった3人だけでなく、御者台に居る2人も一時作業中断、客車の真ん中に掻き集め、全ての衣服を剥ぎ取ってやった、ついでに猿轡も噛ませ、罵詈雑言を吐くチャンスを封じた。
俺様に襲い掛かるとは許しがたい行為だ、だがここで鞭打ちを始めると思わぬ被害が出そうだ、それに人目について騒ぎになりそうでもある。
とりあえず今は縛り上げておいて、町中を抜けたらお仕置きしてやろう。
いや、御者をする人間が居なくなってしまったな、1人だけ解放して続けさせるか、それともルビアかジェシカに、いや、こんな所で仲間の体力を無駄にしたくない、ここはやはり……
「捕まえましたっ! 勇者様、御者役をゲットしましたよっ!」
『うわぁぁぁっ! 何なんじゃお前はぁぁぁっ! 離せっ、離さんかこの小娘がっ!』
「おいミラ、御者を捕まえたって、そんなのが野生で存在しているのか?」
「ええ、今通り掛ったのを、ほら、これなら使い捨てに出来ますよ」
そう言って窓から何かを引き上げるミラ、背の低い、白髪交じりのジジィ、いやおっさんと呼んでやるべき年齢の、とにかく小汚い男だ、それが襟を掴まれ、ジタバタと暴れながら馬車の中に水揚げ……でもないか、とにかくランディングされたのであった。
おっさんの腕には腕章、『王国を滅ぼして自由を手にする全世界市民共闘戦線』だそうな。
つまりは俺達の屋敷に押し掛けている迷惑な連中と同類の組織、その構成員だということだ。
おっさんはたまたま俺の居る方とは反対サイドを、俺達の乗った馬車を追い越すようにして荷馬車で通過しようとしたのだという。
その瞬間をミラに目撃され、それほど広くはない道でギリギリを横切った際、とっさに窓から身を乗り出したミラによって捕獲され、今は馬車の床、全裸に剥いた女5人の横に転がっているのであった。
「おいっ、あ、そこのあなたは大人ですね、あなた、一体わしに何をしようと言うのですか? わしはこの先にある集会所に、憎き王国民や勇者パーティーを平和的に虐殺するためのアイテムを運搬……」
「あの……ご老人、私達がその勇者パーティーなのだ、それと平和的に虐殺というのは何なのだ?」
「ひぎぃぃぃっ! ゆ……勇者パーティーじゃとぉぉぉっ!?」
一番まともそうな、最も大人びているジェシカに対してつべこべ言うおっさん、だが言っていることが滅茶苦茶で理解不可能なのは横に転がっている5人の女と同じ。
理論の通用しなさそうな馬鹿への対応はあまり得意でないジェシカは、俺にアイコンタクトで助けを求める。
仕方ない、この俺様が直々に対話してやろう、天才レベルの交渉術で、このおっさんが喜んで御者を引き受けるよう誘導してやるのだ……
「え~、その通りだ、ゆえに敵であることが言動、そしてその腕章からも明確であるお前は殺す、だが利用価値を示せばそれは撤回されるかも知れない、どうだ、1秒でも長く生きたいと思うのなら、俺達と契約して御者野郎にならないか?」
「そんなっ! 何の権限があってわしにそのようなことをっ! 暴力は良くないっ、人を殺すのはもっての外だっ!」
「何の権限だと? おいお前、そこで居眠りしているお子様のご尊顔を良く見てみろ、てかこのお方をどなたと心得て……」
「へ? このロリ娘は……この顔は……ま、まさか聖女様ぁぁぁっ!?」
「その通り、で、その聖女様の御旗の下にある俺達の言うこと聞くのか、それともこの場で惨たらしく死ぬか、早く選ばないと殺すぞ」
「へへーっ! いくら憎き勇者とはいえ聖女様のご意向には逆らえぬ、ここは従いますでございますですっ! どうか何なりとお申し付け下さいませっ!」
「よろしい、では早速御者台に着いて南を目指せ、ここから俺が良いというまで不眠不休でな」
「承りましたぁぁぁっ!」
土下座し、馬車の床に頭を擦り付けるおっさん、顎で指示すると大急ぎで御者台へと向かい、今まで走っていた方角へ進み出す。
今回の遠征にメルシーを連れて来たのは完全に正解であったな、王国や俺達勇者パーティーに対して良い思いを抱いていない旧共和国領の連中にとっても、女神に仕える聖職者のトップ、絶対的存在である聖女メルシーに逆らうようなことは出来ないのだ。
ということで裏切る可能性の極めて低い『使い捨てインスタント御者』を手に入れた俺達は、馬車の真ん中で縛って転がしてある女5人を適当に突いたりしていじめつつ、敵の城がある南の魔族領域を目指した……
※※※
旧共和国領の元首都にて奪った馬車で走り出して3日、御者のおっさんが遂にフラフラし始める。
別におっさんがどうなろうと構わないが、事故を起こされたら先に進めなくなってしまう、あと積んである食糧が汚れるかもだ。
ゆえに一旦長めの休憩を指示し、俺達の方は軽食を取りつつ地図を広げて行き先の確認をしておく。
ここまでさんざん痛め付け、従順になるまで調教してきた女5人、それを四つん這いにさせたテーブルは非常に使い勝手が良い。
「……で、このまま道なりにまっすぐ行けば魔族領域なんだな?」
「ええ、街道もそのまま続いているみたい、もうすぐ近くだし、瘴気避けの魔法薬を使っておいた方が良いわね」
「そうか、じゃあこの女共にも1本ずつくれてやろう、御者のおっさんはナシで構わんが、この連中は処刑す予定がないからな、ほれ、お前等はありがたく受け取れ」
『へへーっ! ありがとうごぜぇますだっ!』
この3日間、食事などで小休止する度に鞭で打ち据え、さらに『人の世の平和とは何たるか』を、俺の思う範囲で叩き込んできた甲斐があった、あとサリナの幻術も役に立った。
女5人は完全に壊……考えを改め、今では立派な真人間として、俺に向かって必死の土下座をしつつ感謝の意を表明している。
調教は完了ということで、帰ったらすぐに拠点村へ送致することとしよう。
未だに服を装備することすら許されず、必死で働いて贖罪している元差別主義者達の仲間にしてやるのだ。
と、そこで横に居たセラが俺の袖を引っ張る、何か発見したのか、それともこの女共と同じ目に遭わせて欲しいのか……残念なことにどうやら前者のようである……
「勇者様、この地図のここを見て、あ、今居る所がここね」
「ふむふむ、で、何が言いたいんだ?」
「あとほんの少しだけ進むと×印が打ってあるってこと、もしかしたらここから魔族領域なんじゃないかしら?」
「本当だな、おい女共、この地図を見てみるんだ、この地域に住んでいるならどこまでが人族の領域で、どこからが魔族領域か、おおよその見当は付くだろう?」
背中をテーブルとし、大きな地図を広げるのに役立っていた女共、一旦立ち上がらせ、その表面を見せてやる。
口々に示す限界点、つまり人族の領域の終わりポイントは、多少のズレはあるものの5人でほぼ一致。
間違いない、セラが指摘した×印のポイントが境界線だ、街道が続いてはいるものの、それ以上は進めない、通行止めだということを指摘するための印なのであろう。
「よっしゃ、そうと決まればサッサと食事を済ませるぞ、御者のおっさんが正常である限り扱き使って、可能な限り早く魔族領域へ突入するんだっ!」
『うぇ~い!』
御者台で半分居眠りをしているおっさんを叩き起こし、もうすぐ出発する旨を伝達する。
露骨に嫌そうな顔をするおっさんであったが、目を覚ましていたメルシーの『しっかりやるように』とのお達し、もちろん俺が言わせたものであるが、とにかくそれが効いてシャキッとした。
まぁ、ここまで食事ナシ、俺達が寝ている間も荷物の番などの警戒、そして日中は余程のことがない限りは停まらない感じの労働をしてきたのだ。
おっさんの体はとっくに限界を迎え、俺達が特に危害を加えるまでもなく、その御霊が天に召されるときが近付いている。
その命が、そして魂がどこまで続くのはわからないが、出来ることであれば俺達を目的地へと送り届けて欲しい、その後は別に死んでも構わないのだし、死なないのならば俺達が殺すだけ。
完全に助かる道を失いつつも、それを知らずに必死で馬車を操るおっさんの背中。
なんと哀れな奴なのだ、変な『指導者』とか『同志』とかに傾倒し、俺達に逆らうとこうなってしまうという良い例だな。
そう考えていると、メルシーと共に窓から身を乗り出していたリリィが何かを発見する。
街道が封鎖されているというが、おそらく×印のスポットだ、一体何があるのやら……
※※※
リリィが発見した街道の封鎖が何なのか、すぐに俺の目にも見えるようになってきた。
大量に設置されたバリケードとしての家具や農器具等、それが道を寸断しているのであった。
バリケードにの横には看板がいくつも設置され、『これより先は魔族の地、大変危険に付き立入を固く禁ずる(容易にハゲます)』と書かれている。
もちろんそんなものは気にしないし、立入禁止の効果は特権を持つ俺達には無効だ。
「おいおっさん、どうしてこんな所で止まってんだ? さっさと進まないとこの場で殺すぞ」
「し、しかしここから先は魔族の地、大変に危険が危なくて、立ち入るのはやめておいたほうが……」
「だからどうした? 俺達はな、幾度となくこういう危険な領域に足を踏み入れているんだ、どうしてかって? 魔王軍の侵攻から人族を守るためさ、お前等のようなクズ以下の人族も含めてなっ!」
「ひぃぃぃっ! お見逸れしましたぁぁぁっ! で、ではこのまま進みますゆえ、せめてわしにもそのハゲ止めのクスリをっ!」
「何言ってやがる、お前如き今ハゲようがフサかろうが特に意味はないだろ? 帰りは急がないし、この女共に馬車を任せる、つまりお前は用済として処分されるってことだな、意味がわかりますか?」
「ぎょぇぇぇっ! こ、こうなったら誠心誠意尽くすことで慈悲を……」
助かりたい一身でか、バリケードをどかして馬車を進めるおっさん、もちろん作業を助けてやったりはしないのだが、その背中からは一定の覚悟が浮かび上がっており、なかなか手早くやっていた。
俺達は適当に雑談しつつ、その作業が全て終了するのを待つ、再び俺の袖を引っ張るセラ、今度は何か意見があるようだ……
「ねぇ勇者様、あのおっさん、改心したみたいなのに殺しちゃうの? こっちの駒として使ってから死なせれば良いのに」
「そういう考え方もあるがな、だが腐った肉は干そうが煮ようが焼こうが、あと蒸したって元の肉には戻らない、ああいうのは表面だけ削っても、根っこの部分で腐り切っているんだ、もちろんこの女共も、深層意識の中ではまだ反逆の心を持っているはず」
「だから殺しちゃうわけね」
「そう、今はメルシーも居るし、従順な態度を見せているがな、こちらのスパイとして敵の中に送り込んでも無駄だ、また『あっち側』の考え方に洗脳されて牙を剥くに違いない、その際には実際に俺達と接触している分、かなり厄介な敵になる」
「ふふっ、勇者様の癖にそこまで考えているとは思わなかったわ」
「ああ、今回は暇だからな、少しばかり考えをめぐらせる余裕はあるんだ」
しばらくセラと話していると、おっさんのバリケード撤去作業も終わり、封鎖されていた街道はどうにか俺達の乗る大型の馬車1台が通過出来るような幅員を確保する。
ヘトヘトに疲れ、座り込もうとするおっさんを脅し、すぐにその先へと進ませた。
遂に魔族領域、東西に続いて3つ目の、ボスキャラが存在している領域に突入したのだ。
ここからはどんな強敵が出現しないとも限らない、気を引き締めて……と、何やらフワリとしたものが風に乗って飛んで行ったのを目撃する……
「ご主人様、細長い雪みたいなのが舞ってますよ」
「カレンさすがにこんな南方で雪はないぞ、ほら、きっとタンポポの……いや、違うみたいだ……」
「え? ひぇぇぇっ、おじさんが、おじさんの頭が……」
魔族領域との境界線を越えてしばらくすると、ふわふわと舞う綿毛のような、しかし白ばかりというわけではなく、時折黒いものも……白髪交じりであったおっさんの抜け毛だ、早くもその頭頂部はスキンヘッドと化しているようだ。
生身で魔族領域に突入した人族は、瘴気の影響であっという間にハゲ散らかしてしまう。
そのことは俺がこの世界にやって来た際、どうして人族側から大々的に攻撃を仕掛けないのかという問に対しての回答として得られていた。
だがここまで強力とは夢にも思うまい、先程まで白髪とはいえフッサフサであった御者のおっさんが、ほんのひとときの間に見るも無残な姿になっている、通常ではあり得ないような事態なのだ。
「ご主人様、私はああいう風になりたくはありません、魔法薬が切れる時間を絶対に忘れないで下さいね」
「俺もだ、まぁモッフモフなのが庶民人気の一因を担っているカレンにとっては死活問題か、だが安心しろ、魔法薬もそのうち効果無期限のものが出来上がってくるさ」
「それまではぜぇ~ったいに忘れちゃダメですからね、ぜぇ~ったいですよっ!」
「自分が忘れないように努めようという考えはないのか……」
とにかく瘴気避けの魔法薬が必須であることが、ここにきて改めて証明されたのである。
元大魔将のカイヤが発明したこの薬だが、最初はそんなに効果が長くなかった、だが王立研究所との共同開発により、今ではなんと効果時間が2週間程度にまで伸張しているのだ。
このまま頑張って1年タイプ、無限タイプ、そして貼るタイプやかざしてピッとやるだけのタイプなど、様々な形態のものを用意していって欲しい、あと味はイチゴ味に限る。
その後は魔法薬の話でしばし盛り上がりつつ、エリナ曰くこの街道の先にあったと思うという南の四天王、アンジュの城を目指す。
およそ半日掛けて進んだ馬車は、おっさんが精根尽き果てた頃になって禍々しい、しかしどこか不思議な雰囲気を漂わせる城をその遥か前方に捉える。
遂に到着だ、あの城が、あれこそがアンジュの城に間違いない、なぜならば新築感が出ているのだ。
城をいじったせいで金欠になり、東西四天王の下でバイトをしていた四天王のアンジュ。
だがそのご自慢の城の玉座に座っていられるのも、もうあとしばらくの間だけである……




