458 賢者の石から賢者
「いやぁ~、今回の処刑イベントはなかなか凝っていたな」
「ええ、悪い奴が情けない声で命乞いをするのは本当に面白かったわよね」
王宮前広場からの帰り、イベントの中心を担っていた精霊様、シルビアさんからバイト代を貰ってホクホクのミラ、そしてタダ働きさせられてヨレヨレのルビアと合流し、馬車に乗り込んで屋敷を目指す。
今回は仙人共のを地獄に送っただけであったが、そのうちにもうひとつの処刑、即ち俺達に直接敵意を向けた反勇者のクソ連中が、今日と同様に無様な最期を遂げる瞬間も見られるはずだ。
もちろん、それをやるのは今対応中の事案を解決した後になるはずだが、おそらく聖都を奪還してメルシーが帰った後は、また連中が調子付いて何やら仕掛けてくるであろう。
その際には可能な限り生け捕りにし、処刑対象者をガンガン増やしていくべきだ。
広場のステージにて数百人を一斉に殺処分など、きっとそういう連中に迷惑している王都民も喜ぶに違いない。
などと考えている間にも馬車は進む、途中、精霊様が先程ラスボス仙人から得た情報に関しての話題を振ってきた。
封印をとく鍵となる力の伝承者3人を、それぞれ俺が、自分でもてなして満足させないとならないのだ。
それをどのようにやっていくのか、現時点ではどうするつもりなのかということを聞かれた……
「う~ん、てかここにもう2人居るんだよな、キャシーさんには後で聞くとして、まずメルシー、お前はどんなおもてなしを受けたい?」
「妾か? 妾は『ずっと遊んでいても怒られない権利』が欲しいのじゃ、いつも勉強をしないで遊んでいると変なジジィに叱られるからムカつくのじゃ」
「……それは難しすぎるぞ、勉強を押し付けてくるジジィとやらを殺すぐらいしか解決策が浮かばん」
「あ、じゃあ殺してしまって良いのじゃ、どうせ良く知らないジジィだし、何か偉そうな奴だから嫌いなのじゃ」
「で、そのジジィは今どこに?」
「聖都に残っておるはずじゃの、サキュバスとかいう魔族にやられてそっちの味方になってしまったのじゃ」
「じゃあ遠いから無理だ、別の願いを決めておいてくれ、誰かと相談しても構わないからな」
「わかったのじゃ!」
メルシーは子どもだし、そこまでとんでもない要求をしてくるようなことはないであろう。
そして今こちらへ向かっているはずのキャシーも、控えめなタイプゆえおそらく大丈夫。
問題は最後の1人、今は縛り上げて猿轡を噛ませたうえで荷台に積んでいるため、ここで会話をすることは出来ないが、無駄に知識が豊富なドロシーを満足させるとなると骨が折れそうだ……
「よしっ、妾の願いは決まったのじゃっ!」
「ほう、何が良いか言ってみろ」
「カレー味のウ○コとウ○コ味のカレーを食べ比べしたいのじゃっ!」
「ガキかよっ!? いや普通にガキなのか、しかしこの世界にもカレーあるんだな……」
「メルシーちゃん、カレー味のウ○コはもう単なるウ○コなのよ、だから食べちゃダメなの」
「はっ!? 確かにそうなのじゃ、エンガチョなのじゃ~っ!」
突拍子もないことを思い付くのは子どもならではなのか、しかしこの分だとメルシーを満足させるのも、あながち容易とは言い切れなくなってきたな。
いや、むしろ他の2人と違って普段から贅沢三昧な分、逆に手強いかも知れない。
庶民感覚モリモリの俺によるおもてなしでは、全く喜びを感じないということすら考えられる。
まぁ、そういう場合にはマリエルの力、即ち国家権力を横から借りて、溢れんばかりの接待を敢行するまで。
別に俺だけの力でどうにかしろというわけではないのだから、使えるモノは使ってどうにかするのが正解といえよう。
とにかくメルシーにはリリィを始めとした『お願い事決定サポート団』を宛がい、なるべく俺に都合の良い方向に誘導するよう支持しておくべきだ。
そうすれば案外まともなサービスで言いにしてくれるかも知れないし、最低でもカレー味のウ○コが盛られた食卓を共にするような事態は回避出来るはず。
最後の最後で思ったよりも難しい課題に直面したという事実を受け入れつつ、馬車の揺れに身を任せる。
と、そろそろ屋敷に着くかというところで、突如ジェシカが減速を掛けた……
「ん? どうした、また屋敷の前に変な連中が集っているのか?」
「そうではない、屋敷の門の前に見慣れない馬車が1台停まっているのだ」
「……本当だ、あれは王宮の馬車なのか? にしてはショボいような気がしなくもないが」
「勇者様、アレは軍の馬車です、『あまり要人じゃない部外者』を迎えに行ったりするためのものですね」
「そうなのか、ということは乗っているのは……」
俺達の馬車が近付いて来たことに気づいたのか、正体不明馬車の扉が開き、中から少しだけ懐かしいと感じる顔の女性が降りて来た。
牛乳集落に住み、近くの湖で発生した事件の中心人物となり、そして神々の牢獄における下界側の鍵を管理する一族の末裔であったキャシー。
こちらを向き、笑顔で手を振っているあたり、ほとんど観光気分で王都へやって来たようだ。
「みなさ~んっ! おひさしぶりで~す!」
「どうも~っ! 遠い所わざわざすみませ~ん! すぐに行きますから待っていて下さ~い!」
屋敷の裏に馬車を回す、そのすれ違いざまに声を掛けておく。
チラッと見えたキャシーの手元にあったのは『王都観光マップ』、完全に遊びに来ていやがる。
すぐに荷物を降ろし、玄関の前で待って貰っていたキャシーと合流、とりあえずということで屋敷の2階、大部屋に集合し、そこで改めて詳しい説明をすることとした……
※※※
「えぇ~っ!? それじゃ私にはまだそんな力が……」
「はい、本当にそうか確かめるまではわかりませんが、『力の伝承者』の1人がキャシーさんであることは、もう現時点で十中八九確定だと思います」
「あの、ちなみにそれって、闇の組織に付け狙われて暗殺とか、そういうヤバめの展開になったりはしませんよね?」
「それはご安心を、もしかしたらそういう輩が出現するかもですが、例外なく俺達が殺害しますんで、お望みでしたら捕まえて、目の前で鼻を削ぎ、目玉を抉るなどの方法をもって惨殺してご覧に入れましょう」
「うん、まぁ、結構です……」
特にそういったものに興味はないという感じのキャシー、とにかく何か望みがないか、せっかくやって来た王都でどんな接待を受ければ満足なのかと質問してみる。
しばらく考えた後に帰ってきた答えは、『王都の有名スウィーツ盛り合わせ』という、なんとも庶民感覚に溢れた要求であった。
早速ルビアとマリエルに、大量の菓子を購入してくるよう指示をして町中に派遣する。
俺が自ら行っても何もわからないし、こういうのは普段から菓子ばかり食っている奴に行かせるのが妥当だ。
もちろんかなりの値段になるはずだが、これは勇者として活動していくうえで必要な費用、請求書は王宮の方へ直送させよう、これぞ産地直送というやつだ、違うか。
「で、メルシーはまだ後で良いとして、ドロシーは何が良いんだ? ちなみに釈放しろとかいうのはナシね、そういうのはまだあのヨエー村の件が全て片付いてからだ」
「ええ、それでしたらその事案が完全解決した後、私が故郷に帰るのに助力して頂く、それでどうでしょうか? ちなみに言っている意味がわかりますか? それとももう一度、ゆっくり話しましょうか?」
「いやわかったから良い、で、その故郷とやらに関してアテがあるのか?」
「いえ、全く記憶にございません」
「子どもの頃に攫われたんだっけか? 転出の手続とかは……」
「全て秘書がやったことです、私は関知しておりません」
「政治家かよっ!?」
くだらないやりとりをするのはそこそこにして、それでドロシーが満足するというのであればそれで構わない。
まぁ、儀式の最中に接待をしているのではないような気もするが、もしそういうのがNGであれば他を考えよう。
と、そこへ部屋の隅でリリィ達とコソコソ相談していたメルシーがやって来る、カレー味のウ○コに続く第二の願いが決まったようだ……
「それで、今度は真っ当な願望なんだろうな?」
「当たり前じゃぞ、でもお願い事はナイショなのじゃ、儀式だか何だかが始まってから発表してやるゆえ楽しみにしておくと良い」
「……そういうのが一番困るんだが、まぁ良いや、じゃあ先に夕飯にして、その後風呂に入ってからいよいよ儀式スタートだ」
「ご主人様、賢者の石の封印、解けると良いですね」
「カレンよ、解けなきゃ困るんだ、俺が、この俺様が四天王戦で役立たずなどあってはならないことだからな」
最初で最後の砦である賢者の石、その封印を解除し、効果を発揮させない限りはもう終わり。
もしダメなら、皆はすぐに四天王城がある南へ向けて出発、俺はアイリスと一緒に留守番だ。
その耐え難い事態を避けるための重要な儀式を前にして、せっかくの夕食が喉を通らなかった。
風呂も入ったのか入っていないのか、とにかくザバッと浸かったのみですぐにはやる気持ちを抑えられなくなり、とっとと退場してしまう。
ヤバい本当に緊張してきたぞ、まずは俺だけで地下室に向かい、例の力、即ち封印解除に必要な賢者や仙人と同じ力をキッチリと発揮すべく、落ち着いて待機しているべきだ。
髪の毛を乾かしたり何だりと、忙しい風呂上りを過ごす女性陣を放置し、俺は1人で地下の物置、儀式が行われる予定の場所へと向かった……
※※※
ドアがノックされる、その前に足音でわかったのだが、向こう側に居るのはセラとルビアだ。
『勇者様、もう3人共準備が出来ているけど、そっちは大丈夫かしら?』
「お~う、もういつでも始められるぞ、まずは……そうだな、ドロシーから連れて来てくれ」
『承知したわ、あと精霊様もサポートに入るそうだから、一緒に中に入るわね』
「わかった、じゃあ俺はこのまま待機しているから」
2人の足音が遠のいていく、しばらくするとまた別の足音、俺が知らないということは出会ったばかりのドロシーだ。
足音はひとつだけだが、一緒に居るはずの精霊様はきっと宙に浮いているのであろう。
精霊様も今回の儀式に関しては相当に気合が入っていたようだし、浮き足立っている(物理)ということか。
ドアを開けて入って来た2人、精霊様は俺の後ろに立ち、賢者の石が置かれた台座の向こうの椅子にドロシーを座らせる。
「さてと、さっきの約束で十分に満足しているなら、もうそれっぽい力が発揮されると思うんだが……どうだ精霊様?」
「全然、やっぱりこの子にはコレを使うしかなさそうね」
「何コレって……おいっ、マジで何なんだよっ! どこで、というかどのタイミングでパクッてきたんだそんなものっ!?」
精霊様が取り出したのはエッチな本、しかも俺の居た世界のものではない、そしてこの世界のものでもない。
タイトルから察するに、これは『神界エッチな本』だ、美麗な写真入り、被写体は凄くエッチな感じの天使である。
「む……ムヒョォォォッ!」
「え? おいどうしたドロシー、ドロシー?」
「やっぱり、物凄い力が出ているから今のうちに儀式をすべきよ」
「そう言われてもな……」
神界エッチな本を目にした途端、突如として豹変するドロシー。
これまでの無駄な冷静さはどこへ行ってしまったのか、これでは単に興奮した変質者である。
だが精霊様曰く、封印を解除するための力、つまりは人々の堕落した心を吸い取り続ける賢者の石とは間逆の力が、そのドロシーから存分に発揮されているという。
暴れ狂ってエッチな本を奪おうとするドロシーの手を掴んだ精霊様は、それをサッと賢者の石の台座へ、同時に俺も手をかざし、例の力を込めていく。
……何かが変わった、というか賢者の石そのものが、俺の触れた側は緑、ドロシーの側はピンクに光っている、その光が徐々に混ざり合ったところで、カチッと、まるで鍵が外れるような音が響く。
「これで第一段階は完了ね、あとは……それっ!」
「ムヒョォォォッ!」
ドアの向こうにエッチな本を投げ捨てる精霊様、必死の形相でそれを追いかけて行くドロシー。
飛んで行った本は見事に空っぽの牢屋にIN、当然ドロシーもそこに飛び込む、あとは鍵を掛けてしまうだけだ。
「何だか知らんが少し力の放出を感じるようになってきたな、よし、次はキャシーさんを呼んでくれ、あとスウィーツセットも同時に運ぶんだ」
「わかったわ、ちょっとオーダーするから待っててね……もしもーし、誰か聞いてるかしら?」
「いつからそんなとこに伝声管があったんだよ……」
おそらく2階の大部屋へ繋がっているのであろうが、屋敷に余計な機能を搭載するのはこれっきりにして欲しい。
とにかく精霊様のオーダーは通り、しばらくするとキャシーが1人でやって来た。
その後ろに続くのはアイリス、どこにあったのかは知らないが、豪華な装飾の付いた台車に、ありがちな金属の丸い蓋。
中に高級スウィーツが入っているということは察することが出来る、だがそこまでする必要はあるのかと疑問にも思う。
「はい、ではキャシーさん、そちらにお掛け下さい、ご注文の『王都有名スウィーツ盛り合わせ』になります」
「まぁっ!? これも、これも絶対に手に入らないと言われている、雑誌の記事でしか見たことのない伝説の……いったいどうやって?」
「ハハハ、国家権力を舐めてはいけませんよ、もし今日その商品の提供がなければ、明日にはその店に強制捜査が入ります、その後はもうあることないことでっち上げて店主は死刑、というか一族郎党皆殺しですから」
「……あの、超恐いんですケド」
「ハハハ、一部は冗談ですよ、さぁ、どうぞお召し上がり下さい」
「何だ、冗談だったんですね……一部? まぁ、とにかくいただきますっ!」
有り余るスウィーツに手をつけ始めるキャシー、精霊様が確認したところ、ドロシーのように急激ではないが、徐々に『鍵の開閉に関する力』が高まっているという。
そのまま少しばかり雑談しつつ、キャシーの手が止まる、つまり満足を得るのを待った。
およそ15分後、完全に手が止まったキャシーは、残りのスウィーツを包んでくれと要求してくる。
もちろん控えていたアイリスがそれに応じるのだが、俺達はそのタイミングで、本来の目的である封印解除の力を借りた。
まずは牢獄の扉すら開けてしまうペンダントの片割れを台座に嵌め込み、先程と同じようにして力を送る。
今度は黄色、そして俺の方にある緑の光と混ざり合う……またカチッと音がして、封印の第二段階までが解除されたようだ。
「ありがとうございます、では2階へ戻ってしばらくお待ちを、精霊様、最後にメルシーを」
「わかったわ、もしもーっし……あら?」
「じゃじゃーんっ! 実はもうドアの前で待っておったのじゃ!」
「おう、話が早くて助かるぞ」
飛び込んで来たのはメルシーと、お付きとしてはリリィでなくミラ。
リリィだと悪戯をして儀式の邪魔をする可能性があるゆえの配慮であろう。
「それで、メルシーはどうして欲しいんだ? 言っておくがウ○コ系以外で頼むぞ」
「何を言うか、妾にはウ○コなど無縁じゃ、妾がお願いするのはの、妾も勇者パーティーに入りたいのじゃっ!」
「え? それはその……ちょっと……ミラ、何とかしろ」
「はい、ではメルシーちゃんにはこの『勇者パーティー準会員バッジ』をあげます、大人になったら正会員になれるから、それまではバッジを大切にするのよ」
「やったのじゃ! 準とか何とかは知らないけど、これで妾もリリィちゃんの仲間になったのじゃ!」
金属片で手作りしたと思しきバッジをメルシーの胸元に付けてやるミラ。
きっと先程までメルシーがリリィ達と相談しているのを聞き、あらかじめ準備していたのであろう。
こういうところに気が利くのはナイスだ、そしてファインプレーだ。
お陰で最も制御が効かないと予想されたお子様が、あっという間に片付いてしまった。
ミラに促され、メルシーは金印を賢者の石の台座に嵌め、上の石本体に手をかざす……今度は白い光、さすがは聖女様だ。
きっと聖なる力というのは古今東西、どんな異世界においても『白』と相場は決まっているのであろう。
その白き力が俺の力と混じりあい、またしてもカチッという音が響く。
だが今度はそれで終わらない、賢者の石が台座から持ち上がり、レインボーの輝きを放つ。
激アツ、いやボーナス確定だ、この色に変わっておいて何事もなかったとしたら、それはもう立派な詐欺である。
徐々に高度を上げ、天上付近まで浮かび上がったレインボー賢者の石、最後の一瞬、強いフラッシュを放ったそれを直接見てしまった俺達は、しばらくの間視界を奪われた。
「うぅ~っ、ようやく目が見えてきたな、さて、石の方は……おい、知らねぇジジィが召喚されているんだが……」
「何よ、ジジィなんて……ジジィね」
「おいコラそこのクソジジィ、どこから侵入しやがった? ブチ殺されたくなかったらとっとと死にやがれこのクソがっ!」
「……ウヒョッ、ウヒョヒョヒョッ! 復活したじょっ! そして目の前におっぱいのデカい娘っ子が居るんだじょぉぉぉっ!」
「イヤッ! 何ですかこの変態ジジィはっ!」
俺達の問い掛けも罵倒も無視し、まっすぐにおっぱいのデカい娘っ子、即ちミラに向かって突き進む変なジジィ。
伝声管を使って精霊様が応援を要請する、これは緊急事態、エネミーはジジィ1匹だが、明らかに普通のジジィではないうえに、間違いなくとびっきりの変態野朗。
こんなのは近所をウロついているだけで通報、捕縛または斬殺されてもおかしくない、まさに『歩く事案』である、まるで封印によって石にされた賢者……賢者……賢者?
「精霊様、ちょっと良いか? ひとつ思ったことがあるんだから」
「何よっ、こんな強敵を前にして作戦会議? あんたはコレに襲われたりしないから良いけど、私達にとっては死活問題で……」
「いや、このジジィ、伝説の大賢者なんじゃね?」
「……認めたくないわ、認めたくないけど……認めたくないわね」
賢者の石の封印が解けると同時に出現した謎のジジィ、その雰囲気はまるで、封印によって石にされた伝説の大賢者そのもの。
これは一体どういうことだ、封印を解けば石の力が戻るのではなかったのか……




