453 3種の力
『おぉっ! 女神様だっ!』
『本当に女神様よっ! 私初めて姿を拝見したわっ!』
『あぁ、何と神々しい……』
『おい、あっちは第一王女殿下だぞっ!』
『王女殿下、何とお美しいっ!』
『オーラよっ! 有名人のオーラを纏っているわっ!』
『お、あっちは異世界勇者殿じゃないか?』
『あら、噂に違わぬ馬鹿面ね』
『息を吐くようにして卑猥な言葉が飛び出しそうな顔だ……』
女神の手によって禁忌に触れた仙人共を裁く会場、傍聴人として集まったのは、相も変わらず道楽でオーパーツ捜しに来ていた高級ホテルの客一同。
そして俺だけが無駄にディスられるのはどこへ行っても変わらない。
ブチ殺してやりたいが、ここでそれをやると話の腰が折れてしまう、それはまた後程としよう。
俺達が会場入りした際には、既に責任者であるお姉さんを中心に、縛り上げられた仙人共が所狭しと、というかもうギュウギュウ詰めに、ホール中央の台座の上に晒されていた。
お姉さん以外の仙人は全てが小仙人サイズに成り果て、一応名札を付けてあった主敵である大仙人と中仙人を除いてもはや金太郎飴状態、どれがどれだかまるで判別が付かない。
まぁ、それはこの際どうでも良いのだ、可愛らしい見た目をしているお姉さんだけは助命、それ以外のクズ共には一律に、王都の広場を盛り上げるためショーのタネになって貰うのだから……
「はい、ではここに集められた神をも恐れぬ大罪人共に裁きを下します、係員、特別な被告人を退けなさい」
「畏まりました女神様!」
女神が呼んだ係員とはジェシカのことだ、帝国のとはいえ一応子爵の娘であるゆえ、女神が直々に判決を下すという非常に高度な今回の仙人裁判においては、自ら進んで雑用係を買って出たのであった。
もちろん宿泊客の中から貴族の子弟が複数立候補し、会場のセットや傍聴人の誘導等、他の雑用もキッチリこなしている。
ここでの経験が後々の出世に繋がるかも知れないということを考えると、実は居合わせただけでラッキー、スタッフとして参加出来ればもう激アツのイベントなのだ。
で、係員のジェシカによってお姉さんが取り除かれた被告人席、席というか被告人捨て場なのだが、そこに居るのはもう死刑囚(仮)の状態のクソ仙人共だけとなった。
「え~っと、そなたらはこの世界における人族の発展に関して非常に重要な地域を別次元に隠蔽、独占し、え~っと、世界に多大なる機会損失を被らせ、さらに自分達は禁忌とされている無制限の収納アイテムや、その他許容し難いテクノロジーを用いたアイテムを作成、不正に利用してその勢力を伸ばそうとした。また、そなたらのうち一部の者は、ひとつの村の住人全部を逮捕監禁、そのなかから選出したハゲを何度も蘇らせるなど、神を冒涜する諸行が目に付く。あとは何かその他諸々で死刑に処す!」
『うぉぉぉっ!』
『さすがは女神様だっ!』
『見慣れた死刑判決のはずなのにどこか神々しい……』
「はいっ! 静粛に願います、静粛に~っ!」
かなり適当な感じで死刑の判決を言い渡した女神であるが、傍聴席の外野軍団はそれに感動したらしい。
確かに、法学など修めていない武家やその他の貴族、それに商売人にとって、長々と判決の理由を聞かされるのは実につまらないことであろう。
ならば今の女神のように、サラッと簡潔に要点だけ述べていくスタイルの方がウケ易いはず。
もちろん女神は単に馬鹿なだけだが、俺もいつか王国で超偉くなり、罪人に判決を言い渡すときには真似してみよう。
きっと聴衆は勇者たるこの俺様を褒め称え、惜しみない称賛を……
「ちょっと勇者様、何をニヤニヤしているの? 気持ち悪いからシャキッとしてなさいよ」
「す、すみませんっ!」
どうやら顔に出てしまったようだが、自分の輝かしい将来を妄想していたなどとは口が裂けても言えない。
そうこうしているうちに仙人共は壇上からオフ、代わりに最後の被告人であるお姉さんが引き立てられた。
もちろん女神による速攻での判決文言い渡しが始まる、当初の予定通り、王都の広場にて公開で尻100叩きの刑ということになり、本人も納得したようだ。
「え~、では裁判を終える前に、この世界に住まう者共にひとつ忠告をします、最近この付近の森、つまり今しがた死刑の判決を受けたクソの塊が生息していた辺りですね、そこで『オーパーツ』を拾い集めることが流行していると聞きます」
女神の言葉にハッとしたのか、一瞬の静寂の後にザワザワし出す傍聴席の皆様。
反応してしまうのは当然、ここの宿泊客のほぼ全員が、そのオーパーツを探すためにこんな所まで来ているのだから。
しかもこの感じは小学生でもわかる、確実に怒られるパターンだ。
このまま全員神罰によって消滅などということになるとは思えないが、少なくともオーパーツ集めが悪であると宣言されそうな勢いではある。
「え~っと、古代の遺物としてそれらを回収し、個人的に飾って楽しむというのであれば問題はありません、しかし未だ稼動しているものに関しては注意が必要なのです。現在の技術では成し得ないアイテムを不当に用いることは……」
「はいはーいっ! ちょっと質問良いですか~っ?」
「何ですか勇者よ、そんなに暇ではないので、質問でしたら簡潔にお願いしますよ」
「あのさ、その『未だに稼動しているオーパーツ』なんだけどさ、不当に用いることがダメなんだろ? だったら魔王討伐という正業に、やむを得ず使用する場合はセーフなんじゃない?」
「アウトですっ! 勇者なんだからセコいこと考えていないで、正々堂々と魔王軍に挑んで頂きたいところですね」
「……あのさ、ちょっと今回ガード固すぎくない?」
いつもであればそろそろ諦め、俺達の禁忌アイテム使用を全面的に容認する頃なのであるが、今日の女神はツンッとそっぽを向き、俺の要望などもはや耳に入らぬようだ。
よほど自分の力が及ばない術の存在が気に食わないのか、それとも制御不可能なアイテムの暴走を恐れてのことなのか、はたまたこれを放置すると他の神々からとやかく言われるとか。
……とにかく今回に関しては一筋縄ではいかないようだ継続した嫌がら……アプローチにより、いつか折れて、というかノイローゼになって全てを認める、そのときを待とう。
「はい、ということでオーパーツがゴロゴロしている森の中に、『現役禁忌アイテム回収ボックス』を設置します、未だ稼動しているものを発見した場合はそこへ入れて下さい、動く状態で持ち帰ることはもちろん、リリースも禁止です、違反者は死刑、以上です、解散!」
『うぇ~い!』
こうして簡潔すぎる簡易の簡単な裁判ごっこは終わりを告げた、俺は目的である便利収納カプセル使用の認容を得られなかったのだが、同じく発見されたゴーレムに関しては特に規制がない以上、精霊様との共闘は難しい、ヤブヘビにならぬよう、絶対に手伝ってくれないはずだ。
傍聴席の宿泊客達が退席し、仙人共はどこからともなく現れた王国軍の現地兵士によって外に運び出される。
しばらくはこのホテルの地下倉庫に監禁、王都から牢付き馬車が迎えに来たら、処刑のために旅立つことになるという。
まぁ、そちらはもうどうでも良い、力を失い、特にこれといった情報を持たない元仙人共など、今俺の足元のカーペットの中に潜んでいるであろうノミやダニよりも存在価値が薄いのだ。
さて、片付けはジェシカを始めとした貴族スタッフ群がすべてやるとのことだし、俺達は部屋に戻り、『第一回賢者の石の封印解除に関する会議』を開催することとしよう。
仙人共が連れ去られた中、1人だけポツンと取り残されていた元仙人のアジト最高責任者であるお姉さんを引っ張り、宿泊している部屋へと戻った……
※※※
「それで何だっけ? 聖なる力と鍵の開閉に関する力、あとは……」
「この石の力とは間逆の力です、勇者よ、なぜかあなたに備わっているその仙人と同じ力、そしてその3つの力を持つ者、4人が揃って初めて石の封印が解かれるのです」
「だからどうした?」
「さぁ、お行きなさい勇者よ、冒険の旅へ、無限の航海へっ!」
「それっぽいこと言いたいだけだろぉがっ!」
「ふげっ……叩かないで下さいよ、これでも女神なんですから……」
調子に乗った女神を引っ叩いておく、頭の中が空洞なのであろう、ポコーンッと良い音がした。
しかし3種類の力というのが何なのかを判明させるのみならず、その使い手まで掻き集めなくてはならないとは。
これはかなり骨の折れる、というか人の儚い一生でどうにか出来てしまうようなものではない。
それこそ冒険の旅だ、魔王軍討伐に関する冒険から独立し、賢者の石の封印解除という新たな冒険がスピンオフしてしまう。
それはさすがに拙い、いくら俺が勇者とはいえ何十年も掛けて目的を達成するのはイヤだ。
ここで進捗がパッタリと止まり、人々に勇者と魔王軍の戦いが忘れ去られる。
最後の決戦はヨボヨボのジジィになった俺と、同じくヨボヨボのババァになった魔王の一騎打ちとなろう。
そして、間違いなく『魔王討伐を達成して戻った勇者を称える王様』である駄王はそれまでに死ぬ。
というかあんなアル中野郎、今この場で死亡報告が届いても何ら不思議ではないし、むしろそうあるべきである。
しかしそれではさすがにかわいそうだ、魔王城突入時には奴の遺影でも持って行ってやろう、黒い襷が掛かった肖像画を胸に抱えて襲撃して来た俺達に、魔王軍の残党はさぞかし驚くはずだ。
と、そんなどうでも良いことを考えていても仕方ない、そして気が遠くなってしまうから意図的に頭の片隅からも消去しておこう。
現時点で間違いなく言えることは、その力の使い手3人を自力で掻き集めるのは無理に等しいということ。
ここは恥を忍んで、女神様のお力添えを頂くべきところであると存じておりますゆえ何卒、などと下手に出てみようか……
「おい女神、禁忌アイテムを使えないんだったらさ、お前がこの件の重要人物、即ち力の持ち主だよな、それを探し出してくれよ、実際の協力要請は俺達が自力でやるから、あ、でもアポは取っておいてくれよな」
「それはなりません勇者よ、今回の件は純粋にこの世界の上で生じていること、特にあなたが戦うべき魔王軍との関係から生じた事案です、それを女神たるこの私による過干渉で……」
「それはファールなのか?」
「ファールとかの次元ではありません、私は一発退場のうえ、2億年間の出場停止処分になってしまいます」
「お前は何の試合に出場しているんだ……」
ここでも女神の協力は得られないらしい、全く酷い奴だ、手伝うどころか邪魔ばかりしているような気がするぞ。
そのうちにコイツも討伐して、屋敷の牢屋に放り込んでやろう、そして反省するまで食事抜きだ。
しかし3つの力か……まずはそれが何なのかを考えていかなくてはならない。
ちょうど裁判ごっこ会場の片付けを終えたジェシカも戻って来たし、ここからは『考える時間』に突入しよう。
やはり役立たずの女神などに頼っていてはいけないのだ、圧倒的な力を持つ勇者パーティーである俺達は、すべての何事件を解決、そして人々の称賛を欲しいままに……今日こんなことを考えるのは何度目であろうか……
※※※
「う~ん、マジでわからんぞ、まず女神でも精霊様でもない奴が持っている『聖なる力』って何なんだよ?」
「残念だけどそれがわかれば苦労はしないわ、とにかく私でも、そこで頭の悪そうな顔を晒している変な女でもないわ」
「水の精霊よ、あまり私を冒涜すると神罰によってそれはそれは酷い目に……」
「おいちょっと女神うるさい」
「……すみませんでした」
列挙された3種類の力のうち、まずは最もとっつき易そうな『聖なる力』から推測を進めていく俺達。
だが聖なる力を持つ存在など、知り得る限りで女神か精霊様だけだ、つまり、そのいずれもが該当しないと判明した瞬間、早々に詰んでしまったのである。
というかまともに考えているのは俺とユリナ、サリナ、ジェシカ、そして精霊様の5人だけだ。
残りは遊んでいるかお昼寝タイムに突入したかの二択、寝てしまったメンバーはきっと夕食まで起きない。
「でもご主人様、聖なる力にしても何にしても、封印をしたのは人族である賢者なんですよね? だったらその鍵となる力の持ち主も人族なんじゃないでしょうか」
「おっ、サリナは良いことを言うじゃないか、確かにその通りだ、人族……だと思うが、その賢者が壊れてしまったと思って仲間の賢者を封印したのだと考えれば、その鍵役になったのも賢者、つまり人族だ」
「となると、その封印をした側の賢者の末裔にその力が受け継がれている可能性が高い、そういうことですわね」
「そうだ、だから賢者の末裔を……」
「主殿、私達はそんな連中を知らないし、会ったことすらないのだぞ、どうやって探すというのだ?」
「う~ん、無理だな……」
そういえば俺達は賢者など知らない、会ったことがない、名刺交換すらしたことがないのだ。
もちろん探すのは現在進行形で賢者を生業としている方ではなく、その末裔なのだが……果たして自分の祖先が賢者であったと認識し、その力を受け継いでいることを知らされている者が居るのかと、居たとしてもどうやって調べるのかと。
これはもしかしてダメじゃないのか? こうなったら自力で、物理的な打撃で封印を解いていく他に道はない。
当然それをすればとんでもない副作用が出たり、あと世界が滅んだりするかも知れない。
しかし俺が四天王との戦いで敵に魅了され、全く役立たずとしてむしろ邪魔ばかりしていたということが、王宮への報告や捕らえた四天王、アンジュ本人の供述を通じて、世間一般の知るところとなるのは絶対に避けたいところ。
世界の命運よりも、そして俺が勇者として召喚された主目的よりも、俺自身の外形的な名誉こそが、これから先も守り抜かなければならない最も重要なものなのだから。
もし今後、俺が勇者としての対外的評価まで失った場合どうなるか、屋敷の前に集っているクソ以下の連中は助長、そして仲間を増やして俺や仲間達およびその財産に危害(物理)を加えてくるはずだ。
もちろんそれを助ける者も居ない、同情も得られないしむしろクソ集団の味方に付こうとする者が増え続け、収拾が付かなくなるに違いない。
考えてもみよう、勇者としての評価を失った、武力面でひたすら強いだけの組織。
そうなれば暴力団と変わらない、町の嫌われ者、鼻つまみ者コース一直線なのである。
それと、それを排除しようとしている集団、王都のみならず、世界の人々がどちらに味方することを選ぶか、結果は見えている、即ちクソ共の思う壺なのだ。
ということで俺は必ず賢者の石の封印を解除する、そのためであれば何かを失っても一向に構わない。
もちろん失うモノは仲間とかではなく、その損失を誰かに転化出来てしまうモノに限る、失っても損だけはしたくない……
「う~ん……う~ん……」
「ご主人様、まだ何か考えているんですか?」
「ん? どうしたリリィ、何か用があるのか?」
「そろそろご飯の時間だな~と思って、今日もお肉が良いです」
「あ、もうそんな時間か、アイリス、ゴロゴロしてないでちょっとフロントに行って来てくれ、2時間後を目途にシェフを寄越せってな」
「は~い、わかりました~」
のそのそと出て行ったアイリスであったが、おそらくあれでトップギアなのだ、文句を言う筋合いはない。
しばらくするとそのアイリスが戻り、シェフの予約が完了したことを伝えてくれる。
もちろん俺達は何よりも優先だ、俺ではなく女神と王女(敬称略)が含まれる、超絶VIPなお客様なのだから。
その後もしばらく会議を続けるものの、力の内容もその持ち主も、まるで想像が付かぬまま夕食の時間を迎えてしまった。
本日も女神が神界から持参した超高級食材、神界では普通なのかも知れないが、この下界いおいては王侯貴族すら滅多に口にすることの出来ない凄まじいものを、ろくに味わうこともなくガツガツと頂いていく。
「お肉おかわりーっ!」
「あ、私もです、脂の多い部位で」
「はい、ではすぐに焼きますので少々お待ち下さいね」
「カレンもリリィも良く食べるな……」
「本当ね、悩みがないというのは実に羨ましいわ」
「おや、何か問題に直面しておられるようですね……ところで皆様、この間の事件に関連することなのですが、どうやら明日、あの美少女探偵マーブル様が旅の目的を遂げ、再び当ホテルにご宿泊なされるようですよ、お会いする機会は滅多にありませんし、何かわからない、困っていることがあるのなら、彼女に捜査の依頼をしてみたら如何でしょう? もっともお客様の個人情報を、このシェフが漏洩することなどございませんが、これは日常会話の一環として、有名人の噂などと思っての発言です」
「マーブルってあの鬼畜美少女探偵のか……いや、これはチャンスかも知れないな、奴なら俺達の探し求める3種の力の内容を推理してくれるかもだし、探偵だからその発見にもかなり役立つはずだ」
思いがけないところで美少女探偵の情報を得てしまった、そしてそれが激アツキャラだと気付いてしまった。
こうなったらもうそのマーブルを、公権力でしばらく旅に同行させる、それしか方法はない。
もちろんあのキャラである、行く先々で殺人事件が発生するのであろうが、そんなものは無視していれば起こらなかったのと同じ。
大切なのは彼女の探偵としての素晴らしい能力、シャブ漬けにしたじっちゃんを連れて行くのは難しいが、マーブル単品でも俺達よりも遥かに高い推理力があるはずだ。
明日は早速ホテルのロビーでお出迎え、まずはそこで平和的な交渉をしよう。
断られたらズタ袋でも被せ、そのまま拉致して同行させる、まぁ、女神や王女の権力を振りかざせば余裕のはず。
これで賢者の石の封印に関してもどうにかすることが出来そうだ……




