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「それで大仙人、お前等の目的は一体何なんだ? どうしてあのヨエー村を支配下に置いて、人々をまるで家畜のように養ってやっているのだ?」
「フォフォフォッ、貴様、いや他の連中もこんな話を知っておるか? 『人はサルから進化した』とな」
「馬鹿か、そんなの常識……じゃなかったのかこの世界では、マジでそういうとこ遅れてんな……と、何だ?」
皆がしているのは、『知らなかった』とか『衝撃の新事実を』とかそういう顔ではない。
驚いてはいるものの、その驚きは明らかに人がサルから進化したなどということを信じている馬鹿が居るのか、そういうものなのである。
セラは後ろで腹を抱えて笑っているし、精霊様は哀れな馬鹿を見る目で俺のことを。
信心深いマリエルやジェシカに至っては、これから掃いて捨てる予定のゴミと俺との区別が付いていない感じだ。
そこで、見かねたユリナが前に出て、俺へ、そして目の前に居る巨大な仙人の説得をしようと試みる……
「あのですねご主人様、それからそっちのデカブツもよぉ~っく聞いておくことですわ、人は人なんですの、人族と、そのなかの獣人等、それから魔族といった違いはあれど、サル、ゴリラ、チンパン、ウータンなんかの連中とは全く別物として神、今の女神ではないのですが、とにかく神界の神が創造したものですのよ、それを否定すると……」
「主殿、王都に帰ったら私と一緒に少し勉強をしようか、女神様に対する不遜な態度もそうだが、そんな異端じみた説を信じ込んでいるのは相当にヤバい、修正が必要だ」
「そうですよ勇者様、異端は犯罪です、その考え方はちょくちょく屋敷にやって来ている、生きる価値すらない新興宗教の方々と変わらない次元のモノですよ」
「……そんなにヤバいのか、転移前の世界では余裕の常識だったんだがな」
『どんだけ遅れた世界から来たんですかっ!?』
凄い勢いで否定されるごく一般的であったはずの進化論、きっと最初にそういう説を提唱した偉人達は、マジでこういう反応しか得られなかったのであろう、寂しい限りである。
というか、おそらく『異世界勇者たる今の俺』であるがゆえこの程度の批判を浴びただけで済んでいるのだ。
もしこれを、何の権限もない、勇者ではない一般人がやらかせばどうなるか? 間違いなく今日明日中には火炙りか八つ裂きぐらいにはされていることであろう。
恐ろしい限りだが、この世界のこの意識を改革する権利は俺にはない、実在する女神やその他の神を信じ、それが自分達を創造した誠に尊い存在であることを、他所の世界から来た俺の、その他所の世界の常識で修正するというのは確実に誤りであるためだ。
いや、むしろこの世界では『本当に』神が人を創造したのかも知れない。
魔法やわけのわからん力が存在するのだ、俺の居た所とは人間世界成立の前提が異なっていたとしても何ら不思議はないのだから。
しかし俺ではなく、目の前に居る『進化論信者』の方はそのようなことを考えていないようだ。
マリエルやジェシカが俺に対して説教しているのをフンッと鼻で笑い、さらに何らかの主張を続けるつもりらしい……
「貴様等、いやそのうちそこの馬鹿そうな男を除いてはじゃが、どうやら人がサルから進化したという学説を信じるつもりがないようじゃな」
『当たり前ですっ!』
「……だってよ、俺もこれ以上責められたくないから否定論者に鞍替えするわ、じゃあな、異端仙人の馬鹿野郎君」
「ほう、貴様もか……じゃがわしら仙人の『実験』が成功に終われば、それを信じざるを得ぬ、もちろん貴様等はここで死ぬゆえ、その成功の瞬間を見ることは出来ぬのじゃがな、フォッフォッフォ」
「あ、はーい、ちょっと質問、ここへ来てから何度かお前等の『ヨエー村実験』の話を聞いているんだが、具体的な内容をお聞かせ願いたい」
「フォフォフォッ! わしの、わしらの実験は『サルが知性を得て人に進化した』とするならば、逆に『人が知性を失う』こととなればサルに戻るのではないかということを確かめるものなのじゃ、あの村の、元々馬鹿げた連中をさらに堕落させ、究極の馬鹿にしていくことによって、人がサルに戻るのではないかという説が浮上しての、どうじゃ、凄いじゃろう?」
「……もう馬鹿すぎてどうでも良くなってきたんだが」
古くから賢者や仙人の技術に頼り切り、その人としての能力を徐々に喪失していったヨエー村の人々。
だがどれだけ堕落したところでサルに戻るはずがない、単に『職業:ニート』としてのレベルがガンガン上がっていくだけだ。
そもそも人々の『知性』を下げるは良いとして、進化した際にそれとトレードオフ関係となり、失われたのであろう『力』すらも、堕落させることによって奪ってしまっては意味がない。
知性も力も失ったヨエー村の人々が退化したとして、それはサルに戻るのではなく、もっと別の新種、役に立たず、滅びを待つのみのエラー生物が爆誕するのみであろう。
「……まぁ良いや、お前のやりたかったことと、それからそんなくだらないことをしている馬鹿は死んだ方がマシだということが良くわかった、で、ブチ殺す前にあと2つ聞いておかなきゃならん、武器を取るよりも先にな」
「聞きたいこととは何じゃ? まぁだいたい察しが付いておるのじゃが、冥土の土産に教えてやろう、ただし簡潔に、わかりやすい質問をするのじゃ、わしは馬鹿な貴様などに構っているような暇仙人ではないのでの」
「そうか、それはすまんな、じゃあまずひとつ、俺達の屋敷に攻め込んで来た馬鹿、あの勇者風ハゲは何なんだよ? すげぇ迷惑だし、どうしてわざわざヨエー村の奴を外に送り出したんだ? しかも蘇生して何度でも来るとかクソ以下だぞ」
「アレか、アレはの……」
大仙人曰く、勇者風ハゲは実験の進捗具合を確かめるためのサンプルとして、わざわざこの世界で最も人の多い王都へ派遣したとのこと。
そこで他の人族、つまりヨエー村と違って真っ当な連中に触れさせ、どのような感じになるのか、そしてどう変化していくのかを観察するものなのだという。
もちろん奴はヨエー村の中でも最弱と判定された雑魚キャラの中の雑魚キャラ、雑魚キャラとしてのスーパーエリートだ。
そのまま出したらすぐに死んでしまうゆえ、大仙人の力を使って何度でも蘇生させ、再び王都に送り込むのである。
ちなみに、奴が反政府、反勇者団体のクズ共に拾われ、真の勇者として崇められているのは偶然。
王都にやって来た何度でも蘇生し、特に何かの権利を主張するわけでもない都合の良いハゲを、あの腐った脳みそが耳から全部垂れたのではないかという知能レベルの連中が拾い、良いように使っているのだ。
本当に迷惑な話である、もちろんその連中や本人だけでなく、今目の前に居る大仙人も連帯責任を負うのは明らか、マジでとんでもない方法でブチ殺してやろう。
「……それじゃあもうひとつ、こっちはかなりどうでも良いんだが、この汚いおっさんは何だ? どうしてヨエー村の中にこの突然変異の普通知能キャラが誕生してしまったんだ?」
「それは知らぬ、知らぬゆえ結果が変わることを恐れ、実験の対象から排除したのじゃがの、途中でむしろ利用してやろうと、村の指導者的立場として残し、食糧を渡しても、それを食べることさえ出来なくなりかねないあの家畜共の世話係として残しておこうと思ったのじゃ、もちろん気に食わんので餌はやらず、行政サービスも欠片すらやらぬがの、フォッフォッフォ!」
調子良く話す大仙人、対するおっさんは怒り心頭の様子だが、動くとこちらに臭いが流れて来る。
ここは俺達と大仙人との戦いの場なのだから、無関係のモブは隅っこで黙っていて欲しい。
しかしこのおっさんの正体は大仙人にわからないのか、別にどうでも良いと言えばどうでも良いのだが、後々この事案の解決に絡んでくる可能性があるため、本来はここで情報を得ておきたかった。
だがわからないものは仕方ない、それと、今質問した以外の事柄に関しては、生け捕りに成功した際にたっぷり拷問し、事細かに聞きだしていけば良い。
つまり、これで質問タイムは終わり、ここからは戦闘のフェーズに入るということだ。
俺が黙って聖棒を構えると、一斉に戦闘モードに入る仲間達。
大仙人も右手を上に掲げ、自らが用いる武器をどこからともなく召喚する。
先の中仙人と同じ、『仙人武器』とやらを召喚するのであろう。
高い天井付近で眩い光、それがそのまま降りて来る。
光が収まって出現したのは、なんと全長5m前後の……爆撃機? 機種はわからないが、とにかく戦争に使う軍用の飛行機、全てが金属で出来たその模型らしい。
「凄いっ! ご主人様、あの武器には両側に鎌みたいなのが付いてますっ! 見たこともないデザインですよっ!」
「うん、まぁそうだろうな、俺も見たことがない、厳密にはあるが……ああやって使うものではなかったはずだ……」
武器が大好きなカレンは興奮している、大仙人が取り出したミニ爆撃機は、なぜか尻尾の部分がグリップとして扱われ、両翼が鎌のようになっている。
そんな武器が存在するとは思えないし、この世界の人間はあのデザインを見たことがないのは明らか。
よって驚くのも無理はない、出来ることならそのまま鹵獲して……いや、持ち帰って屋敷に飾ろうとするに違いない、邪魔だから破壊してしまおう。
「フォッフォッフォ、別の世界で使われているというこの兵器、単に見て驚くのも良いが、その威力を目の当たりにしてさらに驚くのじゃ、良い感じの太さで持ち易いグリップ、そして先端へいくに連れて太く、その質量を増し、さらには巨大なブレードが2枚、凄まじい攻撃力を誇る、まさに伝説の武器なのじゃっ!」
「だから何でも鈍器の類だと思うのはやめろよな……てかお前、そのデザインはどこの本で見たんだ? あとさっきの中仙人が使っていた武器もそうだし、それから人がサルから進化したってのもだ」
「それを答える義理はないのじゃよ、わしら仙人が代々、それはもう気が遠くなる程の時間と世代交代を経て世界中から掻き集めた様々な知識、それをおいそれと教えてやるなど言語道断、悔しかったら自分で調べるのじゃな、もっとも貴様の人生は残り僅か、つまり今ここで死ぬのじゃ、フォーッフォッフォッ!」
「うぜぇしもうどうでも良いわ、知りたいことはお前を倒した後にじっくりガサ入れでもするさ、皆、一気にやるぞっ!」
『うぇ~い!』
全員で一気に突っ込む、最初に敵の間合いに入ったのはミラ、そこへ緑色に輝く大仙人の爆撃機が振り下ろされる。
ドシッと重苦しい、まるでその場だけ重力が何倍にもなったかのような衝撃が響き渡たった。
ミラの盾はひしゃげ、腰に巻いていたタオルが吹き飛んで尻丸出し状態に戻っている。
「クッ、これはちょっと……一旦下がりますっ!」
「ミラ、援護するわっ!」
ギリギリと爆撃機、というかもう何でもないタダの鈍器を押さえ付け、ミラを押し潰そうとする大仙人。
だがその顔面にセラの魔法が直撃、もちろん緑の壁に弾かれてしまったのだが、それに気を取られた一瞬でミラの脱出は完了した。
すかさず俺とマリエルが前に出る、リヤカーの荷台から飛び出したカレン、そしてある程度回復してきたマーサは上から抜け、大仙人の背後に回る。
ミラの次に近かったジェシカに対し、初撃よりもさらに強烈な、振りかぶった攻撃を仕掛けようと企む大仙人、ジェシカは狙われていることを知りつつその場を動かない。
大仙人のモーションが振り上げから振り下ろしに変わる瞬間、つまりもっとも隙が出来る瞬間に、仁王立ちするジェシカの後ろから聖棒を飛び出させ、その腹部に一撃をお見舞いしてやった。
バリン、というよりもバーンッと表現すべき音を立ててカチ割れる、例の力で作り上げられた大仙人の防御壁、俺が聖棒に纏わせた方はまだ完全には剥がれていない、即ち、力の保有量だけであれば俺の方が上だ。
「なっ!? なんということじゃっ! わしの力が、知識を転化したと言われるこの力がこんな馬鹿そうな奴に負けるとはっ!」
「知識を転化だと? それは一体……」
「勇者様、それは後にしましょうっ! てぇぇぇぃっ!」
「ぎょべぇぇぇっ!」
思わず戦闘中ということを忘れ、『知識を転化した』という点について聞き返してしまった。
だが他のメンバーは違った、緑の壁が崩壊した今がチャンスと捉え、マリエルが突きを、背後に回った2人もそれぞれ渾身の一撃を大仙人の背中に直撃させる。
3つのアタックと同時にサッと引く3人、ワンテンポ遅れてその場から退避する俺とジェシカ、もう壁を破る役も、囮として仁王立ちする役も要らない。
破るべき例の力の壁は既になく、腹と背中に大ダメージを敵は攻撃能力をほぼ喪失したためだ。
そこからは後衛による魔法、水の力、そして灼熱のブレスという夢の競演。
参加者の精霊様はこの大仙人を『強敵』と判断したようだ、捕らえるのではなく殺害する勢いで攻撃を仕掛ける。
「ぎょぉぉぉっ! ひょんげぇぇぇっ! げはっ……」
「おっ、遂に死んだか?」
「ええ、処刑出来ないのは残念だけど、こういう手合いは殺せるときに殺しておかな……蘇生したわよっ!」
「本当だな、きっと例の力のストックが少しだけ残っていたんだろうな、あの勇者風ハゲの蘇生もこの力でやっていたのか」
「てか勇者様、何だかみるみるうちに小さくなっていきませんか?」
「……それも本当だな、どういうことなんだろう?」
一度は死亡し、僅かに残った例の力を使い果たして蘇生した大仙人であったが、そのまま起き上がったりはせず、転がったまま徐々に、まるで風船の空気が抜けるかのように萎んでいく。
そのサイズは先程戦った中仙人を下回り、さらに縮小を続ける。
最後は雑魚キャラの小仙人と同じサイズとなり、そこで完全にダウンサイジングが止まった。
ピクピクと動き、どうにか起き上がろうとする大仙人、いや元大仙人。
だがもう横に転がったミニ爆撃機を持ち上げられるとは思えないサイズだ。
「き……貴様等……このわしを……賢者モードにするとは……」
「ん? 賢者モードになると萎むのか、拙いな、それだとまた回復してきたらムクムク巨大化するだろ、皆、今のうちにどうにかするぞ」
「ま……待て、いや待って下さいお願いし……ひょげぇぇぇっ!」
最初の一撃を喰らい、今回の戦いで唯一ダメージを負ったミラが、尻丸出し状態のまま元大仙人の前に立つ。
賢者モード中の大仙人はそれに対してのコメントすら返さない、心すら動かされないようだ。
お互いの目が合った瞬間、ミラは4度、凄まじい速さで剣を振り下ろす。
両手両脚を切断し、完全に行動不能にしたのだ、元大仙人はもちろんその程度では死なない。
「ひぎぃぃぃっ! ひぃっ、ひぃっ……」
「ルビアちゃん、ちょっと『このままの状態』でコイツを治療してやって欲しいわ、傷が治っていれば、もしコイツが力を回復させて、手足を元に戻そうとしても無理かも知れないの」
「こ……小娘、それだけはやめっ……はうぐへっ……」
「ついでに珍も潰しておきました、こっちは回復させなくて良いわね」
「・・・・・・・・・・」
両脚を失った元大仙人の股間に剣を突き立てたミラ、元大仙人はそのショックで気を失ってしまったが、今の光景は正直言って俺もかなりヒュンッとした。
そのままルビアが珍以外を治療し、両腕と両脚の切り口を完全に塞ぐ、念のため切り落とした部分も焼却しておくこととしよう。
さて、これで命を繋いでくれれば後に開催される残虐処刑イベントの目玉商品が完成だ。
だが油断は禁物である、しばらく放置して例の力が戻り、賢者モードが解消されたのを確認、その後どういう動きをするかを見極めなくてはならない。
ということで再び休憩だ、ミラのパンツもそろそろ乾いたことであろうし、汚いおっさんが見ている前ではしたない格好をするのはやめさせねば。
と、俺が忠告するまでもなく、セラがミラを捕まえてパンツを穿かせた。
これで一安心、あとは……精霊様は何を難しい顔をしているのだ……
「どうした精霊様、元大仙人がそんなに気になるのか?」
「……ちょっと変なのよね、ほら、そろそろ意識が戻りそうなのに、例の力が一向に回復しないのよ、完全にゼロのままね」
「む、確かにそれはおかしいな、と言いたいところだが、たぶんミラが珍を潰したせいだと思うぜ、根拠なんか微塵もない、ただのあてずっぽうだけどな」
力を使い果たすと『賢者モード』になる謎の力、そして完全に潰された元大仙人の珍、ここから力が回復してこない理由を推測すると、もう答えはひとつしか見つからない。
まぁ、精霊様にその状況を理解しろというのはかなり苦しいと思うが、俺の予想はおそらく真であろう。
つまり元大仙人はもう力が使えない、二度と回復してくることはない、そしてあの巨大なサイズに膨らむこともないのである。
その元大仙人、ここでようやく意識を取り戻したようだ……
「……ん? わしは……い、いでぇぇぇっ! 珍がっ! わしの珍が、ぎゃぁぁぁっ!」
「うるせぇ奴だな、その程度で悲鳴上げてんじゃねぇぞ、この先もっと凄まじい目に遭いながら、ゆっくり時間を掛けて地獄に落ちるってのに」
「クソッ、クソォォォッ! わしの力がっ! 仙人の修行に捧げたわしの人生が……貴様等のせいじゃ、貴様等だけは絶対に許さぬぞっ!」
「だから何だこの負け犬めが、お前なんかもう仙人でも何でもない、単なるゴミの死刑囚だ、諦めて念仏でも唱えておくんだな」
「フンッ! たとえわしが負けようとも、この仙人教会はここで終わりではないわっ! わしなど一介の大仙人に過ぎぬ、この仇、必ずや『特大仙人様』が取ってくれようぞっ!」
「……いやちょっと待て、何だよ特大仙人って!?」
ラスボスにしてはやけに出てくるのが早いし、あっさり倒せてしまったと思ったが、まさかこの上にも仙人居たとは……仕方ない、賢者の石を探し出す前に、とりあえずその特大仙人とやらを始末しに行こう……




