444 頼んだのと違う
「では大仙人様を呼んで来るゆえ、また少しこの場で待っていて貰えないかの、狂魔獣を捕獲してくれた礼もしなくてはならんし、ちょうどそういうことは大仙人様にしかわからんのでな」
「おう、豪勢な料理と酒、あと金銀財宝なんかを渡すのが普通なんだがな、今回は初回だから料理と酒だけで勘弁してやるぞ」
「む? その酒というのは何かわからんが、料理というのは聞いたことがある言葉じゃの」
「……もうお前喋らなくて良いよ」
狂魔獣は捕獲し、ミラがその辺の草むらに逃がしに行った。
今回の件で5人も死亡しているのだが、村長は既にそのことなど忘れたかのような態度、いや、先程3歩歩いたような気もするし、それで本当に忘れてしまったのかも知れない。
しかしこの村長、まさか酒を知らないとは……いや、それは最悪だな、もし本当に酒がないとしたら、この村に滞在している間に俺達は何を飲めば良いのだ?
願わくば、『酒』という言葉を知らないだけで、実際に『酒』そのものは存在している、そうであって欲しいところ、というかそうでないと精霊様が怒り出しそうで恐い。
「ねぇ勇者様、村の人が大仙人を呼んで来るって言ったけどさ、ここで大仙人と戦闘になったら拙くないかしら?」
「う~ん、それもそうだな、大仙人だから物理攻撃主体とかじゃないと思うが、少なくとも俺達が暴れればこの村は消滅するし、少し対策を考えないとだ」
「それよりもご主人様、こんな所に立っているんじゃなくて、どこか建物の中に案内して貰いませんか? もう疲れちゃいましたよ」
「おうっ、それだルビア、どこかの建物、出来れば大仙人にとっても壊したくないと思うような場所に通させよう、建物の中なら座ることも出来るし、現れた大仙人も迂闊に攻撃は出来ないはずだからな」
ということで村長に頼み、『村で一番高級な建物』に案内して貰った。
高級といっても形はどれも同じ灰色の無機質タイプ、この建物は他のものよりも少し大きいというだけのようだ。
まぁ、それでも座ることぐらいは出来るのだ、狂魔獣を捕獲した村の救世主である俺様達に対して茶のひとつも出さないのは如何なものかと思うが、その辺りは後程色々と請求してやれば良い。
今はそれよりも、狂魔獣の件で勝ち取った、俺達が村人の味方であるという認識を崩さぬように行動しなくてはならないのだ。
ついでに言うと、実は大仙人一派は敵であった、そう村人に信じ込ませ、奴等に帰依する心を剥がし取るために、色々と策を練っていきたいところである。
「さてと、あとはのんびり大仙人の登場を待つのみだな、本物だと良いんだが」
「主殿、今から来る大仙人が、私達の追っている大仙人である可能性は極めて低いぞ」
「マジか、それでジェシカよ、そう断言する根拠は何だ?」
「いやな、この村の人々は大仙人一派のことを『神様』と呼んでいるだろう? なのに今呼びに行っているのは『大仙人』だという、つまり、肩書きは同じ大仙人でも、村人の認識している大仙人は私達のそれとは明らかに異なるんだ」
「……確かに、つまり今から来るのはニセモノで、何の関係もない普通の馬鹿である可能性が高いということか」
「そうかも知れないが、そいつはわざわざ大仙人と名乗っている、もしかするとそう名乗らされているのかも知れない、もちろんホンモノの大仙人に命じられてだ」
「なるほどな、この村で唯一まともな頭脳を持って、支配者である大仙人一派の手足となって動いている輩、そう考えられなくもないと言いたいんだな?」
「うむ、その通りだ」
ジェシカの言い分は理に適っている、俺達と村人の示す大仙人は違えど、そう名乗っている以上はホンモノ、つまり主敵である大仙人と何らかの関係があり、むしろ本人の手によって派遣された何者かではないかと考えるのが妥当。
それはつまり、どんな奴が来たとしても向こうから仕掛けてこない限りは話を聞いておくべきだということ、少しムカついたぐらいで惨殺するのはやめておこう。
まぁ、もちろん大仙人一派に与するものであれば、間違いなく最後は処刑エンドとなるのだが、この場では殺さない、そういうこと……ん?何だか変な臭いが漂ってきたのだが……
「臭いっ! 凄く臭いですっ!」
「何これ最悪! 200年ぐらいお風呂入ってない人の臭いよっ!」
突如漂ってきた悪臭と、臭いに対して非常に敏感なカレンとマーサ。
鼻が曲がりそうなどとよく言うが、それを具現化した表情をしている2人、物理的には曲がっていないが今にも曲がりそうだ。
「おいコラ村長! 何か知らんが臭っせえぞ、どうにかしないとお前をブチ殺す!」
「ん? この臭いこそが大仙人様が到着した合図じゃ、しばし待たれよ」
「何わけのわからんこと言ってんだこのおっさんは……」
村長の言いたいことはすぐに理解出来た、鼻を抓んだ村の若者に連れられて建物の中へ入って来たのは、それはもう汚さの権化、風呂などという言葉を知らないのではないかと思える程度には汚いおっさんであった。
髪はボサボサで髭もボーボー、頭上にはなぜか天使の輪……ではなくハエが円を描くようにして飛んでいるだけか、とにかく汚い。
「おいおいっ! それのどこが仙人なんだ? 山で修行していてそんなに汚くなることがあるのか?」
「山で修行? 大仙人様はすぐそこの川に架かった橋の下に住んでおられるのじゃ、人々の幸せを祈願するため、村の誰よりも貧しい暮らしをあえてしているのじゃよ」
「単なるホームレスじゃねぇかっ!」
大仙人を注文したら大賎人が届いた、どれだけ無能揃いなのだこの村は。
というか臭いので早く片付けて欲しいところだ、こんなモノを頼んだ覚えは一切ありません。
……だがコイツが『大仙人』と呼ばれていることは、あながち適当にそう名付けただけのことではないようだ。
他の村人、もちろん村長も含めて、このヨエー村の住人は大馬鹿揃い。
なのにこの汚らしいおっさんは、知能にしろ体力にしろ、至って普通なのである。
つまり、このおっさんがヨエー村で一番強く賢い、圧倒的なトップであることは言うまでもないのだ。
臭くて堪らないが仕方ない、少しコイツから話を聞くこととしよう。
まぁ、まずはどうしてそんな生活をしているのかから聞くべきかな……
「おい大仙人とやら、お前臭っせえんだよマジで、村人のためだか何だか知らないがな、そんな生活をしていて満足なのか?」
「……ホントはステーキ食いてぇ」
「だよなっ、よし、あんたこの村で唯一まともだ、だから風呂入って出直して来い」
「無理だそれをやったら消されるかも知れん、俺は奴等の施しを一切受けることが出来ねぇんだ、目を付けられちまったからな」
「目を付けられた? どういうことだ……」
「俺はこの村の人間とは一味違う、普通の知能を持っていることがバレてな、それで仙人共の庇護対象から除外されたんだよ、俺だけ何も貰えないし家も与えられない、別の村人に配布された食糧を受け取ることすら出来やしなくてな、で、しょうがねぇから橋の下に住んでるんだが、奴等の所有物であるあの橋で雨風を凌いでることとか、それから川の水を飲んでいることががバレたら拙いかもな」
この大賎人、じゃなかった大仙人(偽)、俺達の追っている方の大仙人から嫌われ、ヨエー村の村人全員に行き渡っているはずの食糧配給から除外されているのか。
そうなるとここでの生活はかなり厳しいものになる、高い塀のせいで村の外に出て狩猟や採集をするわけにもいかないし、河原に菜園でも作ろうものなら、行政よろしく仙人の手によってすぐに撤去されてしまう。
もし塀の外に出られたとしても、そもそもこの次元自体で採集などしていたら、それこそ仙人から収穫したものを返せと言われてしまいそうだな。
働いて金を稼ごうにも、この村では『働く』という言葉すら存在しないのは明らか。
つまり完全なるホームレス生活、そこから空き缶集めなどの収益事業を除いたような生活しか出来ないのだ。
それはここまで汚くもなるか、きっと食べているものもゴミやその辺の草、セミの抜け殻などであるに違いない、このおっさん、想像以上にかわいそうな奴のようである。
と、ここでひとつ疑問が沸いてきた……
「事情はわかった、しかしなぜ仙人と関係がない、それどころか敵視されて行政サービスから除外されているのに、どうして『大仙人』なんて呼ばれ方をしているんだ?」
「それは俺にもわからん、この村の連中が仙人のことを『神様』と呼んでいるのは頷けるが、どうして俺みてぇな奴にその本来の肩書きである『仙人』がスライドしてきたのか、考えても一向に答えなんか出ねぇんだよ」
「そうなのか、まぁそれもホンモノの大仙人一派の策略なのかも知れないな、俺達はあんたが奴等の手下だと考えていたんだが、どうやら嫌われたうえに上手く利用されているかも知れないただの残念なホームレスだったってことだな」
「おうよっ、いつかあの連中には復讐してやりてぇところだが、あの不思議な力をどうにかしねぇと埒が明かん、くたばるまでに一矢報いることが出来るか疑問だぜ」
ホームレス大賎人の話は以降も続く、内容としては大仙人一派に対する恨み辛み、あとは息が臭すぎて聞き取れなかった。
この男はかなりの情報源、というかこの村で唯一のまともに会話可能な人間なのだが、こう臭くては敵わない。
マーサは物理で鼻が曲がってきているし、カレンは意識を失ってしまったようだ。
どうにかしてコイツを風呂に入らせなくては、俺達の服や髪にも臭いが移り、当分の間臭い思いをしなくてはならなくなってしまう。
この問題をどうにかするために、まず妙案の募集からしていくか……
「はい、この臭っせぇおっさんを丸洗いするいい方法が思い付いた者は挙手、ちなみにこの村に設置されている風呂とかを使うのはNGだぞ、仙人にバレたらおっさんが殺されてしまうかもだからな……と、セラ評議員、意見をどうぞ」
「え~っとね、もしかするとだけど、お風呂セット一式、もちろんバスタブとお湯まで、私達が用意してあげれば良いんじゃないかしら?」
「というとどういうことだ?」
「つまり、この汚いおっさんは大仙人一派からの施しを受けられないだけなんでしょ? だったら私達が施しをすれば良いのよ、『神様よりも上の存在』としてね」
「ほう、そういうことか、湯は精霊様が水を出して、ユリナが火魔法で……だがバスタブなんかどうする?」
「う~ん、それは借りるしかないわね、私達がお金を出して村から借りて、それを臭いおっさんに使わせるの、それならセーフじゃないかしら?」
「いや、この村のものは現時点で全て大仙人一派の所有だ、村人から借りても、それから公権力を振りかざして没収しても、それに気付いた奴等と何の準備もなしに戦闘する羽目になるぞ」
「なかなか面倒な状況ね……」
この村、というかこの次元にあるもの全てが大仙人一派の支配下にあるのは想像に難くない。
それを使わずしてこのおっさんを丸洗いする方法は……精霊様の水で直に洗う以外に方法はなさそうだ。
季節的にも湯ではなく水を使うのは厳しいであろうが、ホームレス生活をしているこのおっさんであれば話は別、きっと寒さ耐性があり、余裕で耐え抜くことであろう。
まぁ、もし凍死してしまったらそのときはそのときだ、臭いのを我慢して情報を引き出すよりも、普通に大仙人一派と戦ってその戦法を判断した方が遥かにマシなのである。
というか、俺達の前でこんな臭いを放っている時点で、本来であれば死刑。
火炙りの刑で命ごと消毒される運命のはずなのだ。
この世界における優先順位、それは何よりもまず可愛い女の子(当然悪い奴も含む)身の安全、次いで俺達と俺達の居る空間の平穏と清潔、その次がその他諸々で、最後の最後におっさんの命となっている。
つまり、優先順位が遥かに上、月とスッポンよりもかけ離れた重要性を持つ俺達の周囲の清潔をブチ壊しに下このおっさんの命など、俺や精霊様のご機嫌ひとつで吹き飛ぶ、まさに風前の灯。
それを綺麗に洗ってやろうというのだから、このおっさんは俺達に大変感謝し、大仙人一派に関する情報を全て提供、さらに万が一の時には肉の壁ないし生ける弾丸となって、俺達を守り、サポートする義務が当然に生じる。
「じゃああんた、これから河原で丸洗いするから、自宅である橋の下に案内するんだ」
「ああ、臭せぇってんなら寒いのは我慢するか、こっちだ、付いて来てくれ」
おっさんに案内され、鼻を抓みながら河原へと向かう、ちなみにカレンに続いてマーサもダウン、あとルビアもだ。
3人は別の、臭くない清潔な建物を借りて避難させ、看病のためにミラを残しておいた。
俺達が村の建物を借りる分には特に問題ないはずだ、凄まじい臭気を発しながら前を歩くこの小汚いおっさんに、大仙人一派の持ち物を使わせなければセーフなはずである。
そんなことを考えながら歩いて行くと、すぐに目的の河原、石で出来た橋の架かった川へと到着した……
※※※
「ぎょえぇぇぇっ! つ、冷てぇっ! これじゃ死んじまうっ!」
「ダメだ、こんな所で死なれたら困るからな、せめて俺達が欲している情報を提供してから死んでくれ、てかそうなったらもう死んでくれた方が助かる」
「鬼かっ!? せめて湯にしてから……ひょんげぇぇぇっ!」
相手が美少女であれば湯を用意し、丁寧に洗い流してやるところだが、今回は残念なことに対象が悪すぎる。
このおっさんを洗うのは便所を洗うぐらいの気持ちで臨めば良いのだ、いや、便所の方が遥かに清潔な気がするな。
「もっ、もうダメだぁぁぁっ!」
「しょうがないな、精霊様、一旦中断だ」
「な、何か水気を吸うものをくれぇぇぇっ!」
「う~ん、ではこの武器に付いた敵の血を散々拭ってボロボロ&薄汚れた、もうさすがに捨てないとならないと思っていた雑巾を貸してやろう、あんたの顔面よりも幾分か綺麗なはずだ」
「ありがてぇっ! こんな上質な布を使うのは生まれて初めてだっ!」
その台詞からも生活の厳しさが覗える大賎人のおっさん、人生初の『上質な雑巾』を顔に当て、クンカクンカしていて気持ち悪さ倍増である。
しかし水洗いだけではそこまで綺麗にならないようだな、本来は一度ではなく、反復継続して洗浄を繰り返さなくてはならないのだ。
だが今やると本当に低体温症とか何とかで死んでしまうのは明らか。
今日のところは諦めて、少し距離を取って話をすることとしよう。
今与えた『捨てちゃう雑巾』で口を覆わせれば、口臭の方もそれなりに軽減出来るはずだし、とにかく戻って話を聞くのだ。
まず聞きたいのは大仙人一派がこんな村を使って何をしているのか、そして本命である賢者の石について、何か少しでも知っていることがあれば良いのだが……
「よし、ある程度乾いたのならさっきの建物に戻ろう、色々と聞きたいことが目白押しなんだ」
「全くおっさん使いの荒い奴だな、だが寒すぎる、暖を取るために建物に入っても大丈夫なことは確認済みだし、すぐに戻らねぇと本気で死んじまう」
小走りで走って行くおっさん、他の村人と違い、そのスピードは通常の人間が走るのと同じ速度だ。
やはりコイツは何かが違うな、元々村の人間に突然変異が生じたのか、それとも他のどこかから偶然迷い込んだのか、それも後で時間があったら聞いてみよう。
生乾きの不快な臭いをふわっと残して走り去ったおっさんの後を追い、元居た村の建物へと戻る。
村長達はその場でずっと待っていたようだ、誰一人として仕事をしていないし、他にやることなど何もないのか。
「じゃあおっさんはそっちの窓際、俺達はそこから一番離れた場所に固まって座ろう」
「おうよ、しかしもうそんなに臭くねぇと思うんだけどよ……」
『いやっ、超臭いから近付くなっ!』
その場に居た仲間全員でハモり、『おっさん臭くない説』を数の暴力で一蹴する。
だがそんなくだらない話で時間を浪費している暇ではない、どんどん質問していこう。
「え~っとまずだな、俺達とあんた、共通の敵である大仙人一派の情報を出して欲しい、わかっている限りのことで構わないんだが、特に知りたいのは奴等がこの村を管理して何がしたいのかってとこだな、わかるか?」
「……あんまり詳しくはわからねぇが、奴等はこの村を、村人を堕落させ、ダメにするためにこんなことをしているらしいんだ」
「いや、それはわかっているんだが、堕落させてどうするつもりなんだ? そこがわからなくて困っているんだよ」
「何言ってんだ、人をダメにすること、それこそが奴等の目的そのものだ、確か『進化に関する実験』とかそんなような話だったと思うが、その先についてはまるでわからねぇんだ」
「進化に関する実験……村人を改造して……あそうだっ、あの勇者風ハゲみたいにするのかな?」
頭に浮かんだのは王都の屋敷で散々俺達、それから近所の善良な方々に迷惑を掛けてくれた、あの反勇者デモ隊の精神的支柱であったハゲ。
奴は何度殺しても、大仙人の教会とやらで蘇生し、そのまま王都に戻されているのだ。
もちろん大仙人が大仙人であることを知っていたという時点で特別な存在であることは疑う余地がない。
で、もしかするとあのハゲのような『スペシャルな人間』を、この堕落し切った村人達を使って創り出すつもりなのかも知れない、そう考えたのである。
だがひたすらに弱いここの村人を材料にしたところで、俺達どころか一般の兵隊にとってすら脅威になるようなモノは完成しないであろう。
つまりこの仮説には根拠が薄い、大賎人のおっさんが言うように、これが大規模な『実験』であるとすれば、また何か違った目的がありそうだ。
まぁとにかく、今のでこのおっさんからはかなりの情報が出てきそうだということはわかった。
引き続き質問責めにして、大仙人一派、その他俺達の知りたい情報をゲットしていこう……




