442 村の周囲は
「……動き出したぞ、ここからどうなるんだ?」
「手を伸ばすみたいね、どこかに移動するんじゃないんだわ」
動きを止めてしばらく、遂に再起動したゴーレム。
どこか、つまりヨエー村への入り口を求めて歩くのではなく、その場でスッと、前に手を伸ばす。
瞬間、ゴーレムの掌、いやその掌の前に緑色の光が現れる。
光は二次元い広がり、やがてゴーレムが丸ごと通れるような、強く光る緑色の扉に変化した。
勝手に開く扉、ゴーレムはここでようやく足を動かし、扉の中へと消えて行く……
「おいちょっと、捕まえるぞっ!」
「いえ、大丈夫よ、この力はあんたも使えるはず、この場所でこのゴーレムが出来るんなら、あんただって扉を出現させることが出来るはずよ」
「そうなのか? でも何か特殊なアイテムを要するとかそういうことはないのか?」
「大丈夫、これは例の力の放出のみ、ここへ転移してきたときに使ったあの石とか、それにホテルの厨房で見た焼き場用の石みたいな不思議アイテムは使っていないわ」
精霊様がそう話している間にも、ゴーレムの体はゆっくりと扉の向こうに消え去り、遂には見えなくなった。
残されたのは緑色の輝く扉、しかしそれも徐々に消滅していく。
と、少し興味を持ってその扉に手を触れてみる……僅かに力を吸われる感覚、そして再び色濃く輝く扉。
間違いない、自然に揮発していくこの扉が、俺の力を吸収してその具現化する力を維持しているのだ。
「さてと、ここからどうやって……」
「やったーっ! 一番乗りーっ!」
「こらリリィ! あ……あぁ、開けちゃったよ……」
いつものパターンである、どんな危険が潜んでいるかも知れない不思議な扉を、後ろから飛び出した興味津々のリリィが気軽に開扉してしまった。
開いた扉の向こうに見える、ここと全く同じではないかと思える森。
だがそれを潜った先と、避けて見る向こう側では景色が違うのだ。
つまり、この扉の向こうは完全な別次元、そして人気のない、というかこの森でオーパーツ探しを楽しんでいる一般人は入ることの叶わない、不思議で秘密の亜空間なのである。
そして、俺達の目指すヨエー村、並びに賢者の石は間違いなくこの中、ゴーレムが去って行ったこの扉の向こう側の空間に存在しているのだ。
向こう側に行ってしまう寸前で制止し、後でお尻ペンペンの刑に処す旨宣告しておいたリリィを差し置き、意を決してその枠の中に手を入れてみる……特に変わった様子はない、そのまま進むことが出来るらしい。
そのまま扉を通過する、どうということはない、単に緑色の光る枠を通過したのみだ。
ついでに言うと俺が通過した際、また徐々に薄くなっていた扉の存在がハッキリとした。
「よし、じゃあ全員ここを潜るんだ、いよいよヨエー村に突入だぞ」
「これで私の欲しかったクラシックゴーレムも手に入るのね、さ、早く……そういえばこの豚野郎はどうするつもり?」
『オレ、コノトビラノサキニススンデハイケナイ、ススンダラセンニンオレコロス、ダカラダメダ』
「そうか、じゃあ今ここで死ね」
『エ? ギャァァァッ! ソ……ソンナ、トモダチニナッタト…………オモッタ……ノニ』
「なわけねぇだろこの豚野郎が、気持ち悪い顔面をして俺達と友達だと? そんなもんは10万回転生しても無理なんだよ、お前みたいな奴は仲間でも何でもない、単なるゴミだ、さっさとこの世界から消え失せろこのゴミ豚野郎!」
『ブ……ブヒッ……』
「お、ようやく死んだか」
「用済みだったのにしぶとかったわね、私達の手を煩わせていることを察してもっと早く死ぬのが普通の感覚を持った生物よね」
「ああ、だがコイツはクソな豚野郎だったんだ、顔を見る限り空気が読めないのも納得のキモさだからな」
意外にも生命力が高かった豚野郎、これも遺伝子組み換えの効果なのであろうか?
だがさすがに聖棒で突かれ、腹に大穴を空けた状態で長く生きることは出来ないらしい、しばらくすると天に召された。
まぁ、コイツも仙人によって魔改造され、高い知能を持ってしまった時点で被害者だ。
通常では感じることのないレベルで死の恐怖を味わったことであろう。
その可愛そうな豚野郎の死体はそのまま放置する、きっと森の昆虫や野鳥などが弔ってくれるはずだ。
もちろん俺達が供養をしている暇はない、今はこの扉の先の探索が優先、薄汚い豚野郎の冥福など、後回しどころか永久にその順番が回ってくることはないのである。
豚野郎の死体を一瞥、それからズコッと一蹴(物理)し、俺達は扉の向こうへと歩を進めた……
※※※
「ゴーレムはもうどこかへ行ってしまったのか……で、どっちに行ったらヨエー村があるんだ、右か? それとも左か?」
「とりあえずまっすぐ進んでみましょ、ほら、あそこの山なんか元の空間にあったのと同じ形よ」
「おう本当だ、もうどうせわからないんだし、あの山を目指して出発進行だっ!」
「あのご主人様、出発進行は良いんですけど、こんな所に来てしまって、どうやって元の次元に帰るんですか?」
「あ、それを考えてなかったな、まぁそれはそれでどうにかなるだろ、はいしゅっぱ~つ!」
懸念を口にするルビア、そして適当に誤魔化す俺、もちろん帰り方などわからない、それはこの先仙人の本拠地を襲撃した際、皆殺しにする前に聞き出しておく事項のひとつとして加えておこう。
まぁクソみたいな髭を生やしたクソ仙人共のことだ、俺達を困らせることを目的として、必死でその情報を提供しないように努めるはず。
だがそこが腕の見せ所なのだ、生かさず殺さずジワジワと痛め付け、早く洗いざらいの情報を吐いて殺して貰いたいと思うように仕向けるのが俺達の、主に精霊様の仕事なのだ。
と、その前に王都の屋敷の前に勇者風ハゲを送り込んでくれたことへの礼もしておかなくてはならない。
全身隈なく根性焼きとか、金ダワシで背中をゴシゴシとか、とにかく素敵なサービスをプレゼントしてやろう。
俺達の平穏な生活を邪魔した仙人共は、地獄の苦しみに悶え、生まれてきたことを後悔しながら命を落とさなくてはならない。
ヨエー村を目指すのは、賢者の石を手に入れるためでもあるが、それを実現するためでもあるのだ……
「んっ! 前の方からさっきのゴーレムの足音が聞こえたわ、もしかしたら追いついたんじゃないかしら?」
「おう、なら進む道は合っていたということだな、そしてこのまま直進で構わないということでもある、でも急に曲がったりするかもだからな、ちょっと急いでゴーレムのすぐ後ろに付こうぜ」
ゴーレムはノロマだ、このまま進んで行けばいずれ追いつくのであろうが、それでも早く姿を確認し、今進んでいる道が目的地に向かっているものだということに根拠を付したいという気持ちが強い。
小走りで進むと、のんびり歩くゴーレムの姿が見えてくる、このまま追い越してしまおうか、そうも思ったのだが、また襲い掛かられると面倒なので、静かに後ろを歩くこととした。
「相変わらずノロマねぇ、じれったいからお尻を引っ叩いて急がせようかしら?」
「おいおい、そんな余計なことをしてまた面倒なことになったら、今度は俺が精霊様の尻を引っ叩かなくちゃならないだろ、あとでお仕置き確定のリリィと2つ並べてな」
「本当にそんなことしたりしないから大丈夫よ……たぶん……」
「全くもって信用なりませんな」
その後も適当に雑談をしつつ、ゴーレムの後ろをゆっくりと歩いて行く。
まだ村のようなものは見えないし、仙人が潜んでいそうな雰囲気の場所へも辿り着かない。
だが、しばらく歩いたところで道に変化が現れる、森を抜けて古い、まるで整備されていない街道らしきルートに入ったのだ。
草はボーボーだし道そのものがボコボコ、土も柔らかく……と、ゴーレムのものと思われる丸型の足跡もちらほら見受けられる、あの小川の畔にあった旧型ゴーレムの足跡と同じものである。
「やっぱりあの足跡のゴーレムもここから来たのね、これはレトロなお宝が沢山手に入りそうだわ」
「良かったじゃないか精霊様、どうやってゴーレムを持って帰るのか知らんが、とりあえず大仙人をブチ殺せば所有権だけは手に入るからな」
「まぁ、持って帰る方法は後で考えるわ、あ、それともうゴーレムの後ろに付いて歩く必要はなさそうね、この足跡を辿ればどこかに辿り着くはずよ」
「ああ、確かにそうだ……しかし本気で道が悪いな、これじゃ森の中を歩いて行った方がマシかも知れないぞ」
「あら、昔は、というか大昔はこんな道ばかりだったのよ、まぁ人族は能力が低いから、『道』と呼べるものの敷設に成功しただけでも褒めてやらないとだけど」
「そんなもんなのかね……」
まだ朝方であるため、夜露で湿っていることも原因のひとつであるのかも知れないが、これではまるで畑の中を歩いているようだ。
本当に小枝を踏みしめながら進まなくてはならない森の中の方がマシである、いや、木の根っこに足を取られない分こちらの方がマシかも……うむ、ドングリの背比べだな。
だがその悪路のお陰でゴーレムの足跡がくっきりと残り、俺達の進むべき方向を指し示しているのだ。
あまり文句を言ってもいられないし、今はこのまま進んで行くこととしよう……と、そういうわけにもいかないようだな……
「ご主人様、お腹が空きました、朝ごはんの時間ですよ」
「うむ、そういえば腹も減ったし、そもそも夜あまり休んでいないから疲れたな、ちょっと休憩にしようか」
もはやゴーレムを見失わないように進む必要もなければ、何かを監視していなくてはならない状況にもない。
ということでぬかるんだ道を少し離れ森の木の下で朝食タイムを取ることとした……
※※※
「いでっ、いでっ、ごめんなさい~っ!」
「まだまだっ! 全くリリィはいつもいつも、どうして変なボタンを押したり、ヤバそうな扉を勝手に開けたりするんだっ!」
「そ、そこにそれがあるからです……」
「哲学的なこと言ってごまかしてんじゃないよっ!」
「いたぁぁぁぃっ!」
朝食後、ここへ繋がる扉を気軽に開けてしまったリリィにお仕置きしつつ、偵察だと言って飛んで行った精霊様の帰りを待つ。
精霊様が偵察に出た理由はひとつ、先程までは前を歩くゴーレムが気になっていたのだが、ここで改めて景色を見渡したところ、賢者の石が封印されているのであろう山のすぐ近くまで来ていることがわかったためだ。
もしその山に大仙人やその部下の仙人共が巣食っていたとしたら、不用意に近付いてこちらの存在を察知されるのは非常に拙い。
突然攻撃される可能性が高いし、その攻撃が摩訶不思議、対応など絶対に不可能なものである可能性も同時に高いのである。
そんな危険な山に接近する前に、まずは上空から様子を見ておこうという考えに至り、精霊様は飛び立った。
もちろんもう1人、今俺の手元でお尻ペンペンの刑を受けているリリィも飛べるのだが、巨大なドラゴンが空を舞っているのは目立つし、この次元でもそれが日常ということはないはずだ。
発見され辛い精霊様だけでも偵察には十分、別に攻撃をするわけではないのだし、さすがに血の気の多い精霊様でも、今回は見つかると本当にヤバいということを理解し、ちょっかいなどは出さないと信じている。
「いでっ、いでっ……あ、ご主人様、精霊様が戻って来ましたよ、反対側から……」
「おや? てことはこの周辺をグルッと回って来たんだな、何か見つかったのかな?」
「隙アリッ、シュッ!」
「あっ、こらリリィ! 逃げるんじゃないっ!」
上空の精霊様に気を取られている間に、サッと脱出してしまったリリィ、パンツも穿かずに走り去り、背の高いマーサの後ろに隠れてしまった。
まぁ良い、ちょうど精霊様が戻ったらお仕置きは終わり、その報告を聞くつもりでいたのだ。
リリィはこれで許してやって、ここへ来た目的であるヨエー村と大仙人のアジト捜索に注力することとしよう。
「ただいま~っ」
「おかえり精霊様、それで、何か発見出来たか?」
「バッチリよ、と言いたいところだけど、見つかったのは村だけ、大仙人のアジトはたぶんまた変な力で隠蔽されているんだわ、もちろん賢者の石が封印されている場所もね」
「そうか、でも村はあったのか……どんなだった?」
「明らかに普通じゃなかったわ、まぁここから本当に近くだし、行って見てみた方が早いわよ、案内してあげるからすぐに行きましょ」
「おう、じゃあそろそろ出発するぞ、片付け開始!」
朝食のために広げてあった様々な道具を全てまとめ、精霊様の先導で森の中へと向かう。
どうやらゴーレムの向かった方角と、これから行くヨエー村と思しき場所の方角は別のようだ。
まぁ、ゴーレムは大仙人のアジトへ向かったわけで、直接村の方に行ってそこに住む人々とコンタクトを取っているということは考えにくい。
というよりもむしろ、大仙人一派とヨエー村の人々に、どの程度の繋がりがあるのかすら定かではないのだ。
大昔は賢者や仙人の力に依存して生きていたことが文献などから判明しているその人々であるが、現在に至ってもその頃と同じようにしているかどうかはわからないのである。
むしろここまで大仙人、そしてその部下である仙人は登場したのだが、それ以外の山で修行している連中については特に情報もない。
現時点でヨエー村の裏山を制圧しているのはその大仙人一派で、それ以外の派閥は存在しないのかも知れないな……
「てか精霊様さ、どうして村に行くのに道を通らないんだ? こっちの方がショートカットになるのか?」
「いえそれがね、村から繋がっている道なんてなかったのよ、村はあるの回りは全面森、人が出入りしている形跡なんてまるで見当たらなかったの」
「そりゃおかしいだろ、だって少なくとも王都の屋敷に来た勇者風ハゲは出て来ているんだからな」
「う~ん、でもアイツだけは特別だったとか、そういうことも考えられるわよ、大仙人という名前を知っていたわけだし、やっぱ村の中から選び出された勇者的な存在として、普通にではなく大仙人の力で村の外に出た、そう考えても良いと思うわ」
「なるほどな、うむ、この辺りは徐々に明らかにしていく必要がありそうだな、とりあえず現時点の情報からわかっていることは、ヨエー村が人の出入りのない、閉鎖的な村である可能性が高いと、そこまでだな……」
それにしてもおかしな話だ、人々は村から出ずにどうやって生活をしているのか?
もちろんこんな異次元の空間に飛ばされたままなのだから、別の町や村へ買い物に行ったりということはしていないのであろう。
しかしそれでもだ、最低限の食糧を集めるために村の外へ……食糧を集める……そうか、ゴーレムが持って来たものを、どうやってかは知らないが、仙人が村人に与えているのであればその必要もない。
この先にあるヨエー村の状態を、通常の考え方で予測してはならないのだ。
全てを他者に頼り切り、自活能力どころか人並みの強さすらも失ってしまったヨエー村。
それが数千年前から続いているのだ、現状は当然、堕落の極みどころの騒ぎではない、途轍もない状況に陥っていることであろう。
もちろん食糧を自分達で集めるようなことも出来ない、もしかすると与えられたものを保存することすら知らないのか、もはやそういう次元を疑うべきだ。
「ちなみに精霊様、村には入口とかその類のものはなかったのか?」
「もちろん入口も出口も見当たらなかったわ、全面が高い塀に囲まれて、まるで村丸ごと犯罪者の収容所だったわね、完全に外界から隔絶されているの」
「ふ~ん、本気でわけがわからなくなってきたな、ま、でもそろそろ……あの塀かよ……」
遂に見えてきたヨエー村と思しき外壁、王都のそれと比べても遜色ない高さだ。
これでは入ることも出ることも、とても自由にはいかないはずである。
そもそも『村』という規模に対してこの塀の高さは完全にミスマッチ、要塞都市でもない限りはこんなもの設置したりはしないし、こんなものを造る予算が下りないのは明らか。
しかしこの村にはそれがある、絶対にないはずの高い塀に囲まれ、さらにはその周囲を完全に森に覆われ、もちろんこの場所自体が本来あるべき場所から隠蔽され、何重にも張り巡らされたガードの中で、ヨエー村はひっそりと存在していたのである。
これでは発見されないのも致し方ない、むしろおよそ200年前の文献、そこでこの村の存在が示唆されていたことは軌跡に等しい。
何らかの理由でこの次元に迷い込んだ者が報告をしたのであろうが、その後の調査は出来たのであろうか? 東の果てに黄金郷を見た歴史上の人物のように、嘘つき呼ばわりされてしまったのではなかろうか?
そんなことを考えつつ歩いて行くと、ようやくその塀の間近まで到着する。
石で出来たと思しき灰色の塀、近付いてみて初めて発覚したのだが、その表面が非常に滑らかに仕上げられていることに驚いた。
景色が写り込むのではないかというレベルでツルツルの塀、その塀に少し手を触れ……スッと透過してしまったではないか、いや、周りの皆は触ることが出来ている、透き通っているのは俺だけのようだ……
「ちょっと、どうして勇者様だけスルッスルなわけ? あ、スケベだから塀もスケスケなのね」
「いやそうじゃねぇだろっ! おそらく例の力があれば、この塀があってもスルーして村に出入り出来るんだ、きっと大仙人やその他のモブ仙人はそうしているはず、試しにセラ、ちょっと……」
「え? あっ、きゃっ! っと……勇者様に触れていればスケスケになるのね……」
「そういうことだ、だがもし俺が今手を離したらどうなるか? セラ、お前は確実に『石の中に居る』状態に陥るぞ、これならリアル壁尻も可能だな」
「イヤよっ、絶対に離さないでよねっ!」
手をギュッと握り返してくるセラを塀から引っこ抜き俺も手を離す。
ここで例の力を使い果たせば、向こうに送れなかったメンバーは地味にこの塀を乗り越えなくてはならない。
そうならないためにも、ここは可能な限り手を繋いで一気に透過してしまおう。
塀の向こうに行けば、いよいよ追い求めていたもののひとつであるヨエー村に突入する。
ここから賢者の石ゲットまで、今回の企画のラストスパートが今始まったのだ……




