439 森へ
「ふぬぬぬっ! こ、これが限界だっ!」
「凄い、凄い力よこれはっ! あんたこの力を使いこなせば凄く強くなれるわよっ!」
「マジか、空飛べる?」
「うん、それはちょっと無理ね……」
「じゃあ良いです」
転移アイテムの類であることが発覚したエメラルドグリーンの石、他の押収品に関しても気になるところであるが、まずは最も重要なこれの実験を開始している。
石を発動させる不思議な力は、どうやらパーティーメンバーの中で俺だけが使えるようだ。
精霊様にも扱うことが出来ない凄い力、これがあの変態仙人と同じものでなければ、これから出会う全ての人々に物凄く自慢してやるのに。
だがこれから向かうヨエー村、その裏山に巣食う大仙人以下のクソ仙人共を、全てブチ殺してしまいさえすれば、この力は正真正銘俺だけのモノ。
異世界勇者力とでも名付け、金を取って人々に見せ付けるのだ、そして俺様に逆らう奴は、これから強化していく予定のこの力を使って屈服、いや皆殺しだ。
この広い広い異世界で、唯一無二の勇者である俺様が……待てよ、この流れだと同じ異世界人である魔王も、魔力でも何でもない当該超パワーを使うことが出来る、そういうことにならないか?
だとすると厄介だな、魔王は間違いなく俺よりも賢い、力の制御も、そしてこういう力が存在することにも既に気が付いているはず。
そして力を有していることを大々的に公表するようなことはせず、『とっておき』として自分の中で温存している可能性が非常に高い。
まぁ、それがどうなのかは実際に魔王の前に立つまでわからないのだが、四天王は残り2人、そして副魔王が2人、その次はもう魔法本人との直接対決なのだ。
近い将来やって来ることが確定しているその戦いにおいて、敵の攻撃手段としてこの不思議な力があるはずだと、頭の片隅に残しておかねばなるまい。
正直なところ、魔王とは話し合いで和解したいのであるが、相手がそれに乗ってくれるとは思えないし、戦闘になった際に何をしてくるのか、それを知っておくのは非常に重要なことなのである。
「はい、じゃあもう1回やってみて、今度はさっきよりも強く力を込めて、あんなもんじゃまだまだ全員を転移させられないわよ」
「いや無理だろ、さっきので限界だからな、てか一旦休憩しない? 俺寝てないし、ちょっと休まないと秘められし伝説の力なんぞ発揮出来ないに決まっている、ということで風呂入って寝るから」
「何が秘められしよ、本当に情けない異世界人ね……」
強引に実験を中断し、朝からずっとグダグダしていたルビアを叩き起こして風呂へ向かう。
先程まで入っていたマーサ、ユリナ、アイリスの3人が悪戯したのか、湯船には半身浴程度の湯しか溜まっていなかった。
奴等め、風呂から上がったらお仕置きしてやろう、この水位ではポヨンと浮かぶルビアのおっぱいを眺めて悦に入ることが出来ないではないか。
湯量が減ったせいで冷めがちな風呂に、少し長めに浸かった後、3つの巨悪を打ち滅ぼすべく立ち上がり部屋へと戻った……
※※※
「おいコラッ! マーサ、ユリナ、それからアイリス! ちょっとこっち来いっ!」
「え~っ、面倒臭い」
「今度は何ですの?」
「はい~」
すぐにやって来たのはアイリスのみ、ユリナはノロノロと、マーサに至っては動こうとすらしない。
仕方ないので引っ張って起こし、俺の座る椅子の前に正座させた。
「お前等、あの風呂はどういうことだ? どんな悪戯をすればあんな巨大な湯船の湯が半分も減るのだ?」
「悪戯したのはマーサだけですの、水鉄砲とか言ってピュッピュッて」
「それであんなに湯を減らしたのか!? どんな水鉄砲だよ一体?」
「すんごいわよ、ちなみにちょっとだけ壁に穴が空いちゃって、でも洗い桶を積んで誤魔化しておいたわ」
「偉そうに言うんじゃないっ!」
湯量を減らし、俺とルビアの快適お風呂タイムを奪ったのみならず、バレれば確実に賠償ものの破損までしてくれたマーサ。
もちろんそれを黙って見ていたユリナとアイリスも悪い、よって3人共お仕置き、主犯であるマーサにはお仕置き5万倍を宣告しておく。
「マーサはしばらくそこで正座しておけ、で、ユリナとアイリスはお尻ペンペン100回で良いにしてやる、まずはユリナからだ、こっちへ来いっ」
「うぅっ、とんだとばっちりですの……いでっ! あうっ! ごめんなさいですの~っ!」
「こらっ、尻尾で庇うんじゃない、あと暴れないで大人しくしろっ!」
「ひぃぃぃっ! 痛いっ、痛いですの~っ!」
ジタバタと暴れるユリナであったが、頭の鋭い角さえ気を付けていれば危険はない。
悪魔といってもそこまで力が強いわけでなく、専ら魔法で戦っているためだ。
「おいおしまいっ! そっちで正座しておけ」
「はいですの~」
「次はアイリスの番だ」
「は~い、お願いします~……ひゃうんっ! あへっ! きゅんっ! もっと下の方を、あうぅっ!」
「全然効いてないじゃないかお前はっ! このドMめがっ! ということで追加のカンチョーを喰らえっ!」
「はうっ!」
従犯であるユリナとアイリスへのお仕置きは軽くで済ませ、次いで主犯のマーサを立たせる。
コイツもドMの極みだからな、普通にお仕置きしただけでは逆に喜ぶだけだ。
……そうだ、先程まで散々練習した例の力を使ってみよう、マーサぐらいの体の強さがあれば特に危険はなさそうだし、大ダメージを与えることでお仕置き本来の目的も達成することが出来る。
「マーサ、お前には鞭打ちの刑を執行しようと思ったんだが……」
「思ったんだが何よ? もしかしてオアズケかしら、じれったいわねぇ」
「そうじゃなくてだな、ちょっと尻を出して中腰に……もう準備万端なのか……」
「まってるんだから、早くしてよねっ!」
こちらに丸出しの尻を突き出しているマーサ、ウサギの尻尾がピョコピョコと動いていて可愛らしいのだが、今はそれを見つめている時間ではない。
念のため最初は軽く、デコピンスタイルでやってみよう。
意識して右手の指先に例の力を集中させ、攻撃の準備を整える。
転移装置の石がないと見た目の変化が一切ない、本当に力が集まっているのかすら定かでないのだが、あの装置を意図的に発動させたときの力は、全くこういう感じであったはずだ。
「よしっ、いくぞマーサ、歯食いしばれっ!」
「ん? 何よそのデコピンみたいな……ぎゃんっ! ぶべっ!」
「おぉっ! 吹っ飛んだじゃないか、これは凄い威力だぞっ!」
目の前で尻を突き出していたマーサが、俺のデコピンならぬ尻ピンを受けて吹っ飛んだ、今は壁にめり込んでいる。
通常のデコピンではこんな威力にはならない、見かけ上の変化はなくとも凄まじい力は発揮されているのだ。
「あんた凄いじゃないの、その力にもっと早く気付いていれば、東の四天王をデコピンで消滅させたのはあんただたかもね」
「ああ、このままとことんまでこの力の強化を追及していけば、南も北も、どっちの四天王も一撃でダウンだぜ、そうと決まったら早速……早速……あれ?」
「……力を使い果たしたみたいね、この後も実験しないとだし、さっさと寝たら?」
「うん、そう……す……る……」
そのままコロンとベッドに身を転がし、最初からそこでコロコロしていたカレンを枕に、気の済むまで寝続ける態勢に入った……
※※※
「んっ……うむ、皆の者おはよう、実に清々しく良い朝だ、そして体調も万全ときた」
「ちなみに勇者様、今は夕方です、あと顔に落書きされているのでお風呂で落として来た方が良いですよ」
「何だとっ!? クソッ、おいミラ、これは誰の仕業だ一体!」
「お姉ちゃんです」
「セラめっ!」
どうやら犯人は風呂に入っているらしい、今日は元々兵士が仙人の死体を調べた結果の報告を、半日掛けて受ける予定であった。
つまり、それを早々に切上げた今、誰しもあまりやることがないため、ほとんど寝転がるか風呂に入るかどちらかの選択肢しかないのだ。
そして、暇を持て余した巨悪セラが、疲れ果てて眠っている俺の顔に落書きを……まぁ良い、どうせ俺も本日2回目の風呂に行かなくてはならないのだ、そこでセラをくすぐり倒してやろう。
そう心に決めて立ち上がる、目の前に居たリリィが俺の顔を見て爆笑しているあたり、相当に酷い状態になっているのは明らか、サッサと落書きを落として勇者らしい、凛とした顔に戻るのだ・
「おいセラ、まだ入ってやがるかっ?」
『入ってるわよ~、勇者様は……入らないとならなかったんだわ、プププッ』
「プププじゃねぇよ、覚悟しやがれっ!」
風呂の扉をガラッと開け、そのまま湯船の中に居たセラに突っ込む。
先程と同じ、例の力を指先に集中して……む、凄い力の集中を感じるぞ、寝る前とは段違いだ。
「こいつを喰らえっ! こちょこちょこちょこちょっ!」
「あひぃぃぃっ! ちょ、ちょっとタイム、待ってっ、ひぃぃぃっ! あへっ……」
「ふんっ、一瞬でKOしたか、この程度のくすぐりにすら耐えられないとは軟弱な奴め」
「い……いつもと違うのよ……倍はくすぐったかったわ……でも満足……」
「おいコラ沈むんじゃないっ!」
例の力を使ったくすぐりの刑、こちらも大成功だ。
悪戯をした3人に湯を入れ直させた湯船に沈んでいくセラ、確かにいつものくすぐりよりも大きなダメージを負っている。
しかし、一旦眠ったことで集中力が回復したのか、明らかにその力がアップ、というか集め易くなっているように感じた。
この分なら転移装置を発動させ、ヨエー村の近くにパーティーメンバー全員を送り込むという作戦も、今日明日中ぐらいには上手くいきそうだな。
そうと決まれば早速練習だ、精霊様に手伝って貰って装置の発動実験を続けよう。
「よしセラ、俺はもう出るぞっ!」
「あら、随分早いじゃないの」
「そもそもは誰かさんのせいで顔を洗いに来ただけだからな、その目的を達した以上、忙しい俺はこんな所でぷかぷか浮かんでいる暇ではないのだよ」
「でも勇者様、背中の落書きがまだ落ちてないわよ」
「背中にも何か描いたのかっ!?」
落書きはセラに責任を持って流させ、すぐに風呂から出て実験を始める。
最初こそヘタクソであったが、徐々に安定した力を出せるようになってきた。
光り輝く転移装置の石、出力は十分あとは力を上手くコントロールして、パーティーメンバーを転移先へ送り終えるまでそれをキープするだけだ。
アイリスとエリナはこのホテルに置いて行くことに決まったため、自分も含めて12人分。
それが転移し終わるまでに必要な時間は、精霊様の見立てだとおよそ2分である。
たったの2分、されど2分だ、上手に力を使わねばそんなに長続きはしない、もちろん途中で力を全て使い果たせば、もう一度それが出来るようになるまでパーティーは分断されたまま。
そういう事態を避けるためにも、ここは俺が、そもそもヨエー村の賢者の石を必要としている唯一の存在であるこの俺が、何とか頑張って……頑張って……やべぇ、超眠いんですけど。
突如襲った睡魔、その俺の様子に気付いた精霊様が、背後に回ってフラッと倒れる俺を受け止める。
しかし意識はそこまで、何となくベッドに運ばれているような感じを覚えつつ、そのまま完全な眠りに就いた……
※※※
「んっ……うむ、皆の者おはよう、実に清々しく良い朝だ、そして体調も万全ときた」
「勇者様それはさっきもやりました、そろそろ夕食の時間ですよ、今日はシェフが来てくれるわけじゃないですけど」
「何だ夜か、それでミラ、俺はあの後どうなったんだ?」
「精霊様が言うには『また力を使い果たした』そうです、そうなるともう自動で眠って、起きたときにはまた復活している可能性が高いそうですが、今どんな感じですか?」
「どんな感じって……ん、また例の力が使えそうだぞ」
「そうですか、あ、お夕食が届いたみたいですよ」
そこで部屋のドアがノックされ、アイリスが開けた途端に流れ込む香ばしい匂い。
本日はA5万ランク王国牛シャトーブリアンステーキ定食のようだ、もう何が何だかわからないが、とにかく高級らしいということだけは十分に理解している。
そのステーキに舌鼓を打ちつつ、精霊様による例の力の分析報告を聞く……
「つまりよ、その力の正体が何なのか、それはヨエー村の大仙人とやらを締め上げてみないとわからないわ、でも現時点で言えることは、あまり多用出来るものじゃないってことね」
「どうしてだ? ガンガン使って強化していくべきだろ、酒だって飲んで吐いて強くなるっていうし、そういう感じのものなんじゃないのか?」
「あのね、戦闘の度に力を使い果たしてぶっ倒れるようじゃ使い物にならないわよ、どこまで行ったら限界なのか、自分でもまるで判断が付かないんでしょう?」
「……確かに」
そういえばこの力、以前練習し、才能ナシであることが判明済みの魔法、つまり魔力を使うのとはワケが違う。
使っている感覚、何かを消費している感覚がまるでないのだ、そして突然強烈な眠気が襲うという、どうもわかりにくい感じのものなのである。
このままでは精霊様の指摘通り、戦闘を終えて、いや戦闘の途中で急に力を使い果たし、その場でパタッといってしまう可能性がある、そうなればもう勇者ではなく邪魔なお荷物だ。
もちろんその力をもって敵を討伐することに成功したとしても、パターンとして『実はこの後本当の敵が』とか、『まだあと○回変身を』とか、そういった流れで戦闘が終わらないということもあり得る。
ということで、戦闘においてこの力を使っていくのはしばらくの間控えよう。
ヨエー村の大仙人を殺す前に、ガチでとんでもない拷問を執行してその仔細を聞き出すまでは……
「でも勇者様、せっかく転移装置的な何かも手に入ったんだし、そこでは力を使うわよね? ここまできて『やっぱ歩いて行く』なんてのは絶対にイヤよ」
「ああ、そこはキッチリ練習して、明日には間違いなく安定して全員を送れるようにしておくさ、向こうに着いたらパタッといくかもだけど、そのときは担架かリリィの背中にでも乗せて運んでくれれば良い」
「仕方ないわね、でも転移する場所はオーパーツ探しの人が沢山居るんでしょ? だったらそんなところでリリィちゃんが本来の姿を取るわけにもいかないし、担架をひとつ持って行きましょ」
「おう、よろしく頼むぜ」
ということで食後は、再び出力の安定と、そして2分以上の維持を目指して、転移装置的な石を手に練習を続ける。
力を使い果たし、睡魔に襲われる頃にはかなり上達していた、この分なら明日の朝にはもう上手くいきそうだ。
安心してそのままベッドに倒れ、下敷きになったルビアがムギュッと変な声を出したのもフル無視、本日3度目の眠りに就いたのであった……
※※※
翌日の昼前、朝から練習をし、一旦力を使い果たした俺であったが、その後目を覚ましたときには既に全員を転移させるのに十分な実力を備えていたのであった。
何やら成長が早すぎて気持ち悪い感じもあるのだが、それでも出来るものは出来るのだ。
昼食後にはこの力を使い、転移先であるヨエー村近郊にひとっ飛びである。
ホテルオーナーのジジィには既に、俺達のうち12人が一時ここを去り、アイリスとエリナだけが滞在を続けると言うことを伝えてあり、その分の宿泊費は当然国から出されるということでOKを貰った。
しばらくして従業員が運んで来たランチを平らげた後、いよいよ転移作戦の決行に移る……
「最初はそうだな……カレン、次いでユリナの順番だ、カレンなら敵の発見も可能だし近接戦も出来る、すぐにユリナが行くから魔法での攻撃も可能になる、飛んだ先にいきなり敵の仙人が居てもこれで安心だ」
「はーい」
「わかりましたの」
「では早速転移を始める、その後は適当に送っていくから好きなように並べ」
俺がエメラルドグリーンの石に力を込めると、すぐに強く光り輝く。
手に持ったその石に、カレンが恐る恐る指先を触れる……シュンッと、昨日のエリナと同じ消え方をした。
次はユリナ、さらにユリナと離れたくないサリナ、興味津々で並んだリリィと続く。
最後のジェシカが姿を消したところで、エリナにアイリスの護衛を頼むと告げ、逆に置いて来てしまった服の回収を頼まれた俺は、自分が転移することをイメージし、さらに力を込める……
不思議な感覚、次の瞬間には柔らかい地面、明らかにホテルの部屋ではない。
足の下敷きになった小枝がポキッと音を立てて折れ、そのまま腐葉土に靴がめり込む。
「……全員居るか? 誰か来ていないとかないよな?」
「大丈夫ですの、最初のカレンちゃんから最後のご主人様まで、誰1人として転移に失敗していませんわ」
「なら良かった、で、ここは……エリナの服は回収したのか、ということは場所も間違ってはいないということだな」
ユリナが抱えていたのはエリナがここで脱ぎ捨て、そのままデバイスで戻された際に置き去りになった衣服セット、もちろんパンツもある。
それの回収に成功したということは即ち、ここは昨日エリナが飛ばされた、人々によるオーパーツ探しが行われている森であるということだ。
確かに、耳を澄ませば聞こえてくる、複数の人間の話し声。
家族連れが楽しそうに談笑しつつ、この森のなかに無数に投棄してあるというオーパーツを探しているという雰囲気である。
「よし、それじゃここが地図上のどこに当たるのか、その辺りから確認していくことにしようか」
「でもどうやって、近くに居る人に聞き込みとかする?」
「まぁ、あとは地形なんかから地味に判断していくとかかな」
「なかなか骨が折れそうねぇ、でもここまでお手軽に飛んだんだし、文句は言えないわ」
「うむ、そう思ってくれると俺も安心してパタッと……」
「あっ、ちょっと勇者様ったら」
例の力を綺麗に使い果たしたのであろう、強烈な眠気と共に意識が遠のいていく。
この先やるべきことが3つ、まずは当初の目的である賢者の石のゲット、そして王都に勇者風ハゲを送り込む謎の敵、大仙人の始末、最後にこの、何とも言い得ぬ謎の力の正体を把握すること。
それらの目的を達成するための第一段階として、このオーパーツの森を抜け、世間から完全に忘れ去られたヨエー村を見つけ出さなくてはならない……




