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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十四章 忘れられた村
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435 いい加減な捜査

「ほらチョビ髭、ちゃんと捜査しなさいよっ! さもないと犯人として名指しするわよっ!」


「はっ、あっ、でも何をすれば良いか……」


「そのぐらい自分で考えなさいよねっ! てか考える頭がないならサッサと家に帰れば? あんたみたいなチョビ髭のオヤジ、この美少女探偵様には似つかわしくないのよね」


「そ、そんなっ」



 お付きの刑事デカであるチョビ髭オヤジに対してパワハラを敢行する鬼畜美少女探偵マーブル。


 ちなみに自分は偉そうに座っているだけだ、推理はしているらしいが、それよりもチョビ髭をいじめてストレスを発散している時間の方が遥かに長い。



「それでマーブル、推理の結果として何か新たにわかったことがあるのか?」


「ええ、私の推理では事件の犯人はこのホテルの従業員、宿泊客の中に居る可能性が高いわ、外部から入って来て殺して逃げた可能性よりもね」


「いや、この流れでそれ以外の帰結は逆に困るんだが……」



 流れ的に至極当たり前のことを、さも自ら推理した結果であるかのように主張するマーブル。


 探偵で、しかも行く先々で殺人事件に遭遇するというのであれば、このパターンにおけるお約束ぐらい、特に推理するまでもなく察することが出来るはずなのだが?


 まぁ、コイツはプライドが高そうだし、恥を掻かせて怒らせると困ったことになりそうだ。

 この事件の解決までは、マーブルを精霊様と同様に、丁重に扱っていく必要があるのは明白である。


 と、そのマーブルがチョビ髭の持って来た何かに反応を示した。

 単なる野菜クズだが、探偵の勘でそれにおかしな点があることを感じ取ったのであろう。



「……このニンジンのヘタ、ちょっとおかしいわね」


「何がおかしいんだ? 俺にはサッパリわからんぞ」


「うんちょっとね、チョビ髭、これは証拠品だからなくさないように大切にしておきなさい、生ゴミを食べる習性があるからといって勝手に口に入れたらダメよ」


「か、畏まりましたっ」



 三角コーナーに捨てられていたと思しき単なるニンジンのヘタ、俺も、そして一緒に居て脇で朝食のサンドウィッチを頬張っていたセラとルビアも、そのヘタがおかしいとは全く思わない。


 というか、どうしてこの2人は人間がグッチャグチャになって死亡した凄惨な現場で食事など出来るのだ?俺もこの世界に来て1年になるが、どうもこの感覚にだけは順応出来ないでいる。


 というかマーブルも、薄汚いニンジンのヘタをずっと手に持ったまま……いや、どうしてあのニンジンはあんなに汚く見えるのだ?


 昨日の夕飯、大理石の上では確かにニンジンも焼かれていた。


 シェフはまず、まだ土が付いた状態の新鮮なニンジンを俺達に見せ、そこから見習いの3人がそれを短冊切りにしていったのだ。


 そういえば途中でマーサが、これでもかというぐらい瑞々しいニンジンの葉っぱを、専用に切り分けて貰って食べていたのであった、アレは草食動物でない俺にとってもかなり美味そうに見えたな。


 しかしどうだろう、同じホテルで使われているニンジン、おそらく同じ業者か契約農場から仕入れていると思しきそのニンジンのヘタ、そこに付いたままの葉っぱは、シナシナと力なく、今にも枯れてしまいそうな雰囲気である。


 それゆえあんなにも汚らしく見えるのだ、しかしあのヘタは朝食の準備のために切り落とされたばかりのはず、本来ならまだ葉にも水分が残されていると考えて良いところ。


 それがあのザマなのだ、品質的に、本体の部分も間違いなくそのまま客用として出せる代物ではなさそうだ。


 ならばアレの本体は従業員の賄い用食材として準備されていたニンジンなのか。

 田舎のの汚い宿屋、つまりこのホテルの元の姿ならいざ知らず、現状の高級感漂うホテルでそれ以外にあんな状態のものを使う余地はあるまい。


 と、ここまでが俺の『超絶素人探偵勇者さん』としての推理である。

 ニンジンのヘタが賄い用であれば何なのだと問われればそこでお終いなのだが、一応自分でも推理をしてみたくなったのだ。


 もちろんお馬鹿のセラとルビアはそのようなことはしないし、刑事のチョビ髭オヤジも、マーブルから指示されたこと以外は何もしない、至って無能な人間のようである。


 だが、この部屋の中には現役探偵であるマーブルと、駆け出し(今日から)探偵であるこの俺との他に、もう1人推理をしている人間、いや元人間の何かが居たようだ……



「ふ~む、次は……あ、どうしたのおじいちゃん?」


『ムォォォッ! フモォォォッ!』



 椅子に縛り付けてある状態の『キマりのダイジロー』が大騒ぎを始めたのである。

 壁の一点を見据え、ひたすら何かを主張しようとしている、見方によってはそう見えなくもない。


 だが、誰かさんにキメられたクスリのせいで、混乱していて人間の言葉を話すことが出来ないのだ、もちろん一見するとただ単に暴れているだけなのだが……



「ヘンね、まだ事件解決の糸口が見つかっていないのに、もうおじいちゃんが騒ぎ出したわ」


「おいおい、またクスリ切れで禁断症状が出てるんじゃないのか? 早く楽にしてやれよ、色んな意味でな」


「いえ、あたしが見る限りこれはクスリ切れなんかじゃないわ、元世界最高の探偵であるおじいちゃんが、この事件現場になる不可解な点を発見した合図なのよ」


「え? お前のそのじっちゃんも探偵なの?」


「そうよ、今だってシャブ抜きすればそこそこは使えると思うわ、でも現状私の憑代として使用した方が便利だし事件の解決も早いわ、おじいちゃんは迷宮入り確定の事件でもとことん時間を掛けて追求しちゃうから、ホントに無駄なのよね」


「いやちょっと待て、迷宮入り確定の事件をって、それが探偵なんじゃないのか?」


「あら、そんなの面倒よ、近年は魔法技術が発達して、むしろ発達しすぎて、証拠を一切残さない完璧な密室殺人であっても、高位の魔法使いならどうにかやってのけることが可能になってしまったの、だからそういうケースでは探偵の力は及ばないわね」


「じゃあ、そういうときはどうしてんだよ?」


「犯人は抽選で決めるのよ、ルーレットとかあみだくじとかもあるけど、私はダーツがお気に入りね、犯人のアテが外れても、たまにタワシが大当たりすることがあるもの」


「……お前マジでとんでもねぇなっ!」



 本気でヤバい犯人の指摘方法を取っている鬼畜美少女探偵マーブル、もちろん明らかに善良な人間は犯人の抽選から外し、疑われても文句が言えないような性格の奴だけの中から抽選するのだという。


 それで一定の良心は保っているようだが、誤った犯人を指摘した場合、真犯人は野放しに……いや、ソイツも後程始末すれば良いのか。


 となるとこの方法は実に合理的だな、犯人だと疑われるようなう輩にはそれなりの理由がある。

 そういう者の中から1人を絞り込むことが出来ない場合、『複数解答可』としてしまえば非常に楽なのだ。


 もし万が一、そこで候補に挙がらなかった一見して善良に見える者が真犯人であった場合には問題が生じそうだが、実はそこもまるで問題がない。


 その時点で『善良に見える者』は、事件が終結した後も、引き続き『善良な者』として生きていくのだ。

 つまりその『真犯人たる表見善良人』によって、その後誰かが不快な思いをすることは考えにくい。


 もちろんソイツは殺人犯なのだが、元々何か理由があって、相当な恨みを持ってその場限りの、ターゲットをその事件のガイシャに限定する犯行に及んだと考えるのが妥当。


 目的を達したソイツが、全く無関係の、まるで恨みを持たない人間に対して再び牙を剥くとは到底思えない。


 ついでに犯人ではないかと疑われるような性格の連中は、犯人として処刑、または犯人の可能性がある者として暗殺されているのだ。


 つまり、それで万事丸く収まるということなのである……という暴論でした、とにかく探偵のはずのマーブルが、恐ろしくデタラメな犯人の決め方をしているということだけが判明した……


 そしたら本題に戻ろう、壁を見つめながら呻き声を上げるダイジロー、もはや次の叫びが断末魔となってもおかしくないレベルに衰弱しているのだが、その目だけは何かを伝えようと必死だ。



「ねぇおじいちゃん、そこには本当に何もないわよ、ちょっとはっきりしてよ」


「目に見えない小さな虫でも止まってんじゃないのか? それかもう完全に壊れてしまったとかな」


「それはないわ、おじいちゃんが騒ぐのは事件に関係することだけ、こんな状態になってしまっても、探偵としての何かを忘れてしまったわけじゃないのよ」


「こんな状態になってもって、お前がしたんだろうに……」



 騒ぎ続ける哀れなダイジロー、もはや処分してしまうのが相当な気がしなくもないが、念のためその見つめている壁を捜索してみよう。


 だがもちろん壁には何もない、単に真っ白の、掃除が行き届いた美しい壁だ……いや違う、この壁の向こうだ、ダイジローが見つめているのは、この壁そのものではなくその向こう側にある何か、そうであるはずだ。



「おい、ちょっと壁の向こうへ行ってみようぜ、え~っと出入り口はそこかな?」


「ちょっとあなた、そっちの部屋はタダの備品置き場になっているはずよ、そんな所に事件の証拠なんて……」


「凶器が隠してあるかも知れないだろ、それにそのじっちゃんの反応、何かあるとしたらこの向こうだ」


「凶器って、これは正体不明の力を使った殺人事件なのよ、そんな物理的な証拠が見つかるなんて思っているなら、あっ、ちょっと待ちなさいっ!」



 呆れたような顔で俺の仮説を否定するマーブルであったが、勝手にその備品部屋へ行こうとしたところ、追い抜くようにして俺の前に出た。


 否定しつつも、もし何かあったときには俺より先に発見しないと拙いらしい。


 まぁ、数多の殺人事件を解決してきたプロの美少女探偵が、『殺人ならどちらかというと殺る側』である俺のような輩には、決して先を越されてはならないのだ。


 ドアを開けた先はすぐに備品部屋、壁に掛かった無数の包丁、肉を叩くハンマーにわりと鋭いヘラ。

 通常の事件であればこの辺りのアイテムから血液の反応が、などとやるところ。


 だがここは異世界、包丁を用いた殺人事件など、引き起こすとしたらその辺のチンピラぐらいのもの。

 もっと知能の高い、トリックをふんだんにちりばめるような犯罪者は、そんなシケたバレバレのアイテムを使ったりしないのである。


 と、その部屋で唯一、俺に見覚えのあるものが目に入った。

 それはマーブル……ではなく大理石で出来た、昨日の夕飯で部屋に運ばれて来た移動式の焼き場である。



「おいマーブル、この焼き場、ここにあるのはこれ1台きりか、他の客の所にも持って行ったはずなのに、もっと何台か用意されていないとおかしくないか?」


「そうかしら? 昨夜私の部屋に来たときは掃除しつつだったし、ここにはシェフも1人しか居ないわ、だからこの1台を、時間をずらして使っているんじゃないかしら? そもそも最高のコース料理を頼む客なんてそんなに居ないはずよ」


「え? 昨日のは最高のコースだったのか、激安だったって聞いたのに、もしかしてリアルに桁をひとつ間違えたのかあのババァは、もしかして後で差額を請求されたりしないよな……」


「何を独りで喋っているの? とりあえずその焼き場セットを確かめさせて貰うわよ、この部屋で調べられそうなのはそれぐらいだわ」



 俺の新たな懸念事項を完全に無視し、マーブルはその大理石の焼き場を調べ始める。

 まぁ、大理石のことは名前が大理石の人に任せておこう、俺はとりあえずホテルの備品でふざけ始めた馬鹿2人にお仕置きでもしておこう……



「おいセラ、ルビア! こんな所でふざける奴はお仕置きだぞっ! こいつを喰らえっ!」


「ひゃぁぁぁっ!」

「あうぅぅぅっ!」



 調子に乗った2人を脇腹突きまくりの刑に処しておく、部屋に戻ったら鞭打ちの刑を追加してやろう。

 ここでやるとあのエロそうなチョビ髭オヤジに2人の背中や尻を見られてしまうからな。


 逃げ惑うセラと抵抗を諦めてその場で蹲るルビアにそのようなことをしていると、大理石の焼き場を調べていたマーブルが何かに気付き、ハッとしたような顔をする。



「ちょっとっ! この石の下、さっきの片栗粉とか、それからニンジンのヘタにも残っていた力と同じものが……しかも凄い濃度ね、ちょっと外してみましょ……」


「マジか? でもそんな高価そうなものを勝手に破壊したら拙いんじゃないのか? セラ、ちょっとシェフを呼んで来るんだ」


「あひぃぃぃ……わ、わかった……」



 ヨレヨレになったセラを遣いに出し、昨日料理を提供してくれた高級シェフを呼びに行かせる。

 すぐに2人で戻って来た、今回はシェフだけで、生き残った見習い②と見習い③は従業員が詰めている部屋に居るままのようだ。



「え~っと、私共が使っているその大理石の焼き場が何か……」


「あなた、この中に何らかの力を発するアイテムを入れているわよね? それが事件と関係あるかも知れないの、だから取り出すわよ」


「そ、そんなっ!? 取り出すのは構いませんが、それは定期的に交換している『炭火焼の魔石』でして、まぁ今回のは見習い②君が買って来てくれたかなり強力なものですが、特に変わったところはなかったかと……」



 間接的に潔白を主張したい様子のシェフ、この男は死んだ見習いのことを給料ドロボウなどと蔑んでいたし、適当に犯人をでっち上げる段階になったら間違いなく候補者に、そして始末対象者になるはずだ。


 そのことを知ってか知らずか、はたまたリアルにこの事件の全てを知っている者なのか、シェフの額には冷や汗が輝いている。


 しかしここでその『炭火焼の魔石』という、大変都合の良いアイテムを取り出すことを拒否すれば、それこそこの場で犯人扱いされ、直ちに抹殺されることが決定してしまう。


 仕方ない、といった表情で大理石の板を取り外すシェフ、中からは赤黒い、少し熱を帯びた状態の玉……本当に魔力ではない、何か別の力を発しているではないか。


 その玉にそっと触れてみると、僅かに発していたその力は、まるで俺の力を吸い取るようにして用い、触っていられない程の熱と、それから不思議な力を強く発した。


 軽く触った程度でこの力、おそらくセラやルビアが本気で魔力を込めたら、いや、この力は魔力ではないゆえ関係はないか、とにかく勇者パーティーの誰かが本気を出したら凄いエネルギーが得られそうだ。



「ねぇ勇者様、この力って……あら? 精霊様が慌てて戻って来たじゃないの……」


「本当だ、お~い、こっちだぞ~っ!」



 厨房の扉がバンッと開いた音、直後には俺の声を頼りにこの部屋を見つけたのであろう、俺達が背にしていたドアも勢い良く開いた。


 焦ったというか面白いことを察知したというか、そういった表情の精霊様が、キョロキョロと辺りを見渡す。

 だが、目的のものがないと知ったのか、すぐに怪訝な表情に置き換わったのである……



「ちょっと、今あの勇者風ハゲの死体が消えたときと同じ力を感じたわよ、まだかかすかにだけど残っているのに、奴はどこへ行ったのかしら?」


「同じ力? となるとこの玉から発せられたのはその、アレじゃないのか?」


「えっ? ちょっと良いかしら……ペロッ……こ、これは例の力、ハゲの死体を地下牢から転移させた力と同じものよっ!」


「何だってっ!? しかも指に付けてペロッとしたのは意味があるのかっ!?」



 探偵の真似事か、赤黒い玉に指先で触れ、それをペロッとした精霊様。

 すぐに発表されたその力の正体は意外なものであった。


 魔法が使えないはずの地下牢から勇者風ハゲの死体を転移させた不思議な力、そしてこのホテルで、殺害現場に残されていた片栗粉と、そしてこの焼き場の下から発見された玉に込められた不思議な力。


 2つの不思議な力が一致したということは、即ち同一の、そうでなかたっとしても同じ属性の術者が関わっているという可能性が非常に高い。


 つまり、王都で馬鹿をやっているあのハゲも、ここで引き起こされた迷惑な殺人事件も、同じようにヨエー村の大仙人とやらが関与している事案であることが、ほぼ確実視される展開となってしまったのである。



「……私の見立てだとこの赤黒い玉、その使用者が犯人ね」


「ちょっと待って下さいっ! 確かにこの焼き場も、それにこの魔法の石も所有権は私にあり、そして力を込めているのも私です、ですがっ……」


「良いでしょう、この後ホテルの従業員、それに宿泊客も全員集めた中で激アツイベントを行うわ、そこで指摘された者が、この事件の犯人として死刑に処されるのよ、わかった?」


「え、いやあのっ、ちょっと……」


「ということで、イベント会場は殺害現場と近くの切り立った崖、どちらかを選ばなきゃならないわ、捜査に協力してくれたあなた達に決めさせてあげるけど、どっちが良い?」


「う~む、崖といっても下が海ではないからな、ここは殺害現場でイベントを開催すべきだと思う」

「ええ、私もそう思うわ、死体があった場所には一応紐を使って線を引いておくのよ」

「死体は原形を留めていなかったような……」



 俺もセラも、そしてルビアは別のことを気に掛けていたようだが、正直言って寒空の下、風通しの良い崖で犯人指摘イベントを行うなど冗談ではない。


 崖ならそのまま犯人が飛び降りて『終』に出来るというメリットもあるのだが、それを考慮しても室内でやっておいた方が無難だ。


 もちろんイベントには俺も、俺の仲間達も全員が参加する必要がある。

 このホテルの中に居る生物全てが容疑者なのだからそれも仕方ないことだ。


 犯人をビシッと指摘するための段取りをしていくマーブル……じっちゃんにはおクスリを追加しておくらしい。

 全ての準備が滞りなく終わった頃、呼び出された従業員、そして客達が、続々と事件現場である厨房へ集まり始めた……

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