434 こういう事件のお約束
「つまりあの見習いが死んで、それが私達のせいかも知れないってことね」
「おい精霊様、その人聞きの悪い言葉を他所で口にするんじゃないぞ、わかったな?」
「はいはい、まぁ自分で話して勝手に死んだんだし、自業自得よね」
俺達に森の巨人の噂話を漏らしてしまったことが、その死因ではないかと推定されているシェフ見習い。
確かに話したのは彼の勝手であるが、俺達がその噂を通報してはいけない官公庁の類である可能性を事前に本人に伝えてはいないのだ。
つまり、今後何かあった際に、そのことを関係者に知られていた場合には、俺達に対して一定金額の賠償請求などがなされることにならないとも限らない。
うむ、そういうわけでこの件に関しては黙っておこう、そしてこのホテルの主人、あのジジィなどが俺達の身分を元にそれに気付いたら、そのときは適当に誤魔化そう、それが無理なら全てを始末してとんずらしよう。
「それでご主人様、私達の朝ごはんはどうなるんですか? もうお腹ぺこぺこで動くことすら出来ません」
「ちょっと待つんだカレン、どうもホテル側は『魔力による遠隔殺人』と判断した可能性が高い、そうなると名探偵を呼んで、それから何だかんだあって犯人指摘イベントがあってだな、おそらく朝食はその後で準備を……」
「え~っ、それだともう夜になっちゃいますよ~」
「カレンちゃんの言う通りよ、いえむしろこういう事件はまだまだ続くんだし、残り2人の見習いとかシェフとかが死んで、意外な人が犯人であると告発されるはず、今日中には終わらないわね」
「それに主殿、名探偵は今から来るのではなく、宿泊客の中に紛れ込んでいるはずだぞ、名探偵が居ないホテルでこんな事件が発生することは滅多にないはずだからな」
「なるほど、しかしそうなると問題が……」
名探偵が宿泊しているホテルで人が死ぬ事件、もちろん殺人ではないのは明らかなのだが、それに気付いているのはおそらく俺達だけだ。
そして、こんな隔絶された地で名探偵付き殺人事件という状況に陥った際には、確実に発生するもうひとつの問題が……うっかりそんなフラグ的なことを考えてしまったときであった、ホテルの従業員が部屋に飛び込んで来る……
「た、大変ですお客様! この先の道が西も東もどこもかしこも土砂崩れとか落盤とか大雪だの暴風雨だので寸断されてしまって、しばらくは当ホテルを発つことが出来ませんっ!」
「……だと思ったぜっ!」
こういう状況では必ずやってくる悲劇、道路寸断による脱出困難イベントが発生したようだ。
もちろんその事由が解消するまで、俺達はここに留まらなくてはならない、そう、このホテルの中に居る殺人犯と共にである……まぁ、実際には居ないと思うのだが……
とにかく今はここを出られないということだけが確定した。
賢者の石を探しに行くのが遅れてしまうが、ここはグッと我慢しておく他なかろう。
きっと滞在している探偵が事件を解決に導いてくれるはずだ、それも1日か2日で。
俺達はそれまでの間、この高級ホテルに無料で宿泊しつつ、質の高いサービスを受けて待てば良いのだ。
「ねぇ勇者様、下ではきっと探偵が調査を始めているわ、どんな人なのか気になるし、ちょっと見に行きましょ」
「そうだな、ついでに朝食の催促もしないと、このままじゃここで第二の事件が発生してしまうぞ」
何人かのメンバーが空腹によって不機嫌になっているのだ、もちろんそれぞれがこの高級ホテルそのものを粉々に打ち砕くレベルの力の持ち主。
つまりホテル側、そして『たまたま』滞在していて既に事件の捜査に当たっているのであろう探偵側にとっての最優先事項は、居るはずのない犯人の検挙ではなく現実に存在する危険への対処であるのだ。
様子を見がてら、それを教えてやることとしよう。
殺人犯よりも数十倍、数百倍と恐ろしい存在がこの世にはあるということを。
ということでセラと面白がってついてくると言い出したルビア、それから不機嫌になっているメンバーの1人である精霊様を引き連れて部屋を出た……
※※※
「お、もう規制線が張られて中へは入れないみたいだぞ」
「でも私達は『特別な存在』だから大丈夫よ、てかこんなテープ要らないわ、邪魔!」
せっかく張ってあった黄色の規制線をバリバリと破り捨てる精霊様。
特別な存在であるということには俺も賛同したいが、だからといって現場への立入を許可されている事件関係者ではないと思うのはここでは言わないでおこう。
階段を降りて地下へ、この先は従業員専用の区画のようだ。
昨日のシェフも見習いも、そしてその他の従業員も、この区画で寝泊りし、それぞれの仕事をこなしているらしい。
そのまま先へ進んで、事件があったという厨房を目指す……
「あ~、ちょっと待ちたまえ君達、ここは今事件の捜査をしているんだ、関係者以外は立入禁止なのだぞ、というか、規制線が張ってあったのを見ただろうに、もしかして無視して入って来たのか?」
「ん? 何だこの偉そうなチョビ髭オヤジは、おいそこの貴様、臭い息を吐くのをやめるんだ、さもないとこの場で殺すぞ」
「……なんと、この王国に認められた『旅の刑事』に向かって貴様呼ばわりとは、無礼にも程があるぞ、逮捕だっ!」
「だから黙れって言ってんだよっ! 何だ旅の刑事って? どうせその辺の木っ端役人だろ、俺達は異世界勇者パーティー様だ、しかもこっちにはな、この国の第一王女まで付いているんだ、わかるか王女って? 凄く偉いんだぞっ!」
「第一王女殿下がっ!? へへーっ! 畏れ入りましたでございますですっ!」
「うむ、わかればよろしい、で、お前は一体何なんだ? 場合によってはこの場で捻り潰してやる必要があるのだが……」
「へぇ、私は文字通り旅をしつつ事件の捜査に当たる刑事でして、普段は探偵様の……」
この場には居ないマリエルの権力をふんだんに使い、刑事だというチョビ髭オヤジを完全な支配下に置いた。
で、チョビ髭オヤジの話によると、自分は元々王都の刑事であったのだが、勝手気ままに旅をし、いく先々で殺人事件に遭遇してしまう有名な探偵の人に付いて回るようになり、いつしか『旅の刑事』と呼ばれるようになったのだという。
そうなってから既に3年、王都にある憲兵の詰所の一画に位置する、窓際の隙間風が吹き込む席がこのオヤジの本来のデスクなのだというが、おそらくもう片付けられてしまっているであろう。
「それで、そのお偉い勇者パーティー様がこんな現場に何用で?」
「なぁに、事件現場の方は興味本位で見たいだけだ、てかもう面倒だから見なくても構わん、それよりも朝食の方を早く用意して貰わないと、お前如きじゃ3万回転生しても解決出来ない大事件が起こるぞ」
「わかりました、ではこの先で待機しているホテル従業員にそう伝えて下さい、私は『美少女』探偵様の所に戻りますんで……」
「おいちょっと待った一応その探偵にも会っておこう、精霊様、従業員は2、3発ぶん殴っても良いからすぐに朝食を作るよう命令して来てくれ」
「わかったわ、も~お腹減っちゃったし、私はそのまま上に戻るわね」
「おう、俺達の分も作らせておいてくれよ~っ」
奥の部屋へと飛び去って行く精霊様を見送り、俺とセラ、ルビアの3人で事件現場へと向かった……
※※※
『ヴォォォッ! ブァァァァッ! ギャァァァッ!』
「……おい、何なんだよあのジジィは? どうして椅子に縛り付けてあるんだ? そしてなぜあそこまで狂っているんだ」
「ああ、アレですか、アレは『キマりのダイジロー』、探偵様のおじい様だったモノです」
「じっちゃんは壊れてしまったのか?」
「いえ、わざわざああしているのです、ダイジローがやべぇクスリでキマッている間に限り、探偵様はその推理力を発揮することが出来るのです、そして犯人がわかると意識を飛ばし、ダイジローを憑代としてその指摘を……」
「うん、もう何でも良いわ、それで美少女探偵はどこに?」
厨房には見習いの死体らしきグチャグチャの何かと、それからクスリ漬けにされたかわいそうなジジィだけが存在していた。
もちろん美少女探偵の姿など見当たらないし、こんな凄惨な現場に堂々と入って来るような美少女が居るとは思えない状況だ。
まぁ、もし探偵が美少女だという情報がこのチョビ髭の虚言であったのなら、それこそコイツを犯人に仕立て上げ、ボコボコにして嘘の自白をさせ、適当に処刑して事件解決としてしまおう。
俺達をここへ閉じ込めている街道の寸断も、おそらく事件解決と全く同時に解消されるはずだ。
それはもちろん、この場でこの瞬間に解決を見たとしても、捜査が難航して数年の月日が流れたとしてもである。
と、そこで厨房の扉が開く、美少女探偵様とやらのお出ましのようだ。
被疑者であるここの従業員達に聞き込みをしに行っていたのであろうか、とにかくどんな奴なのかを確認……ふむ、かなり子ども感があるのだが、それは貧乳金髪ツインテールであるため、十分に美少女と言える範囲内だ。
服は黒を基調としたゴスロリ衣装、そしてなぜか室内なのに日傘を指している。
実年齢は18歳か、探偵としてはピークを迎えるぐらいの年齢だな……
「ちょっと何よあんた達は? チョビ髭、何でこんな奴等を現場に入れたのかしら?」
「ええ、この方々はお偉い勇者パーティー様方でして……」
「あら、それは失礼したわね、あたしは探偵のマーブル、ゴーホームズ3世と呼ばれているわ」
「酷い通り名だな……ところでジジィがクスリ切れで居眠りしそうだぞ」
「おっと、最近効きが悪くなってきたのよね、は~いおじいちゃん、おクスリの時間ですよ~」
『ヒョベェェェッ!』
マーブルは手首のデバイスからぶっとい注射針のようなものを取り出し、それをジジィの首にブスッといく。
たちまちに効いてきたようだ、ジジィの体が一瞬跳ね上がったと思ったら、すぐに元通り暴れ出した。
しかしこれが知らないジジィならともかく、自分の『おじい様』にやっているのだから驚きだ。
この探偵、そこらの殺人鬼よりもよほど冷酷な性格の持ち主であるに違いない。
「さてチョビ髭、次はこの事件現場を調べるわ、早く始めてちょうだい」
「はっ、畏まりました探偵様」
いい歳こいてこんなゴスロリ探偵の命令を受け、素直に従っているチョビ髭。
しかも何の捜査を始めるのかと思いきや、床やテーブルの上に散乱した『白い粉』を、片っ端から指に取って舐め出したではないか……それは探偵本人の仕事のような気がするのだが……
「……ペロッ……これは小麦粉、ペロッ……これは砂糖か、向こうのは見るからに塩で、あっちは片栗粉と書いてありますね」
「ちょっとっ! そうやって見た目だけで判断するから重要な手掛かりを見落とすのよっ! ちゃんと実際にペロッとして調べなさいっ!」
「し、しかし汚い排水溝の近くに落ちたものまで……」
「お黙りなさいっ! そういうことなら明日はあなたの家に泊まりに行くわ、きっと殺人事件が起きるわよ、どう? 誰に殺されたいのかしら」
「ひぃぃぃっ! そ、それだけはっ!」
チョビ髭はどうやら、凶悪美少女探偵マーブルによって脅迫されているようだ。
まぁこんな奴がゲストとして泊まりに来たのであれば、間違いなくその夜から殺人パーティーのスタートである。
犯人だと目されていた者が次の日には殺され、殺人鬼と一緒なんて、見たいなことを言い出した奴は当然死ぬ。
そんなことがこのマーブルの行く先々で発生しているのだが、ここは異世界、恨み辛みや金銭目的での殺人など日常茶飯事で、それゆえその程度のことでは大騒ぎになることがない。
きっとマーブルは週1か週2ペースで事件に遭遇し、それを解決しているのであろうが、よく考えたら俺達もそのぐらいのペースで敵を殺害しているからな。
今回の旅にしても賢者の石をゲットするという目的の他に、鬱陶しい勇者風ハゲを何度も送り込んでくる大仙人とやらを殺害するという目的があるのだ。
俺達の回りでも十分に人死には多い、探偵であるマーブルの周りで殺人事件が頻発することに関して、俺達は何の口出しも出来ないのである。
しかも今回に関しては殺人ではなく、勇者パーティーや王女としてのマリエルに対し、官公庁に通報してはいけない噂話を漏らしてしまった見習いの自爆である可能性が非常に高いのだから……
「……ペロッ……うっ……うぁぁぁっ! し、舌が焼けるように熱いっ! 単なる片栗粉のはずなのにっ」
「む、出たわね魔力の残滓、チョビ髭、そんな所で無駄に苦しんでないで、早くそれをこっちに持って来なさい、あと死ぬなら向こうで死んでよね、脂っぽいし薄汚いんだから」
「か……畏まり……まし……た……」
今にも死にそうな感じで片栗粉の入った瓶を手に取り、それをマーブルの前まで運ぶチョビ髭。
毒の状態異常を喰らっている、このままだと間違いなく死ぬな、まぁ、それは別に構わないのだが。
結局チョビ髭オヤジは、ルビアから銀貨3枚で毒消しの魔法薬(定価:鉄貨3枚)を購入し、さらに銀貨2枚を支払って回復魔法を受けたことにより、どうにか一命を取り留めたのであった。
その間もマーブルは手渡された片栗粉をジッと眺め、必死にその正体を探ろうと……いや何か怪訝な表情をしているではないか……
「おいどうした、何かおかしなことでもあったのか?」
「いえ、まぁおかしいといえばおかしいわ、この片栗粉に残っているモノ、何だか魔力じゃないみたいなの、言わば神通力というか……でもこれが殺人に使われたのは確定ね」
「どういうことだ?」
「ええ、さっき聞き込み調査をした結果、ガイシャは昨夜、この地域に伝わる噂話について顧客に話していたと、で、それにはセットになって呪いで死ぬような噂もあったの、そこまでは良いわね?」
「お、おう……」
変な格好をしていても、子どものようでやっていることは鬼畜そのものでも、やはり中身は探偵なのだ。
俺が念のため隠しておこうと考えていたことなど、既に聞き込み調査からバッチリ判明させているのであった。
「でね、あたしはこう考えたわけ、このホテルに居る誰かが、ガイシャがそのことを話したと知って殺害に及んだ、もちろん呪いに見せかける方法でね。で、そうなると死亡した現場には殺害に使った魔法の類の残滓があるはずだと踏んで、ありがちな『白い粉』を中心に捜索をしていたの。そこで引っ掛かったのがこの片栗粉ね、間違いなくこれに何らかの力を込めて、それをもってガイシャを殺ったんだと思うけど……」
「その力の内容が問題となった、そういうわけだな?」
「うん、こういう『何か別のものに見せかけた殺人』今回はあなた達や他の従業員に対して、ガイシャが呪いを受けて死んだと思い込ませるような殺人よね、それには魔法によるトリックが使われていることが多いのよ、でも今回のは違った、魔力じゃなくて別の、私達には到底使うことが出来ない不可思議な力、それを使える者が犯人である可能性が高いわ」
「ほう、そうなのか……」
精霊様には逃げるように言っておいた方が無難かも知れない。
魔法以外の不思議な力が使えるという時点で、水の力を操る精霊様は最大の容疑者候補だ。
もちろんドラゴンであるリリィも、炎のブレスを吐くことが出来るという特殊能力を持っているのだが、その年齢ゆえ疑われる可能性はほぼないと言って良いであろう。
即ち容疑者は精霊様一択、この後犯人扱いされて大迷惑を被り、キレて暴れてこの付近一帯を更地にする、それが精霊様の今日1日の行動になりかねないのが、たった今降って沸いたように現れた懸念事項だ。
「ちょっと~、朝ごはんを作らせたから、あんた達の分も持って来たわよ、この水の大精霊様に感謝なさい」
「うわっ!? ちょっ、ちょっと精霊様、朝食は良いから向こうへ行こうか、ほら、こんな凄惨な現場で食事なんて出来ないしなっ」
「何をそんなに焦っているの? というか私のことをジロジロと見ているその女の子は何者なの? もしかしてソレが美少女探偵なのかしら?」
精霊様をここから遠ざけなくてはならないなどと考えた矢先、それがフラグとなってご本人様が登場してしまったではないか。
バッティングする精霊様と鬼畜美少女探偵マーブル、互いに目が合う2人。
だがすぐにマーブルが目を逸らす、ビビッたのではない、興味を失ったという感じだ。
「この人……じゃない精霊ね、不思議な力が使えるみたいだけど、この片栗粉に残されている力の残滓とは違うわ、つまりあなたは犯人じゃない」
「何よこの子は急に、この私に対してあまり無礼な態度を取るとどうなるか、思い知りたいということかしら?」
「まぁ、まぁ精霊様、相手は事件の捜査中でピリピリしてんだ、ここは許してやる度量の広さを見せるんだ、それが精霊の力だってな」
「でもっ……まぁ良いわ、せっかく食事を取ったのに、ここで暴れたらまたお腹が空くもの、厨房がこの様子じゃ当分豪華な料理には期待出来ないし……」
どうにか収まってくれた精霊様、鬼畜精霊と鬼畜探偵、この2人のサイコパスは絶対に仲良くなることが出来ない、そんな気がしてならない。
とにかく精霊様が疑われたりしなかったことは良かったのだが、だからといって犯人がわかったわけでは……というか、この事件は見習いの自爆のはずであったのだが、いつの間にか俺も『殺人事件の犯人が居る』という前提で動いてしまっていたようだ。
雰囲気に流されるのは良くないことだが、事ここに至っては、やはり『呪いによって死亡したことに見せかけた殺人』というマーブルの仮説も考慮していかなくてはならない。
特に、片栗粉に残されているという魔力ではない、何らかの力の残滓。
それの正体が、実在する可能性が浮上してきた犯人に繋がる手掛かりなのだ。
通常であれば、このまま犯人指摘イベントまでは自由気ままに過ごすところ。
だが俺はその『力』の正体が気になって仕方ない、ついこの間もそのような力があったような気がしなくもないこともその一因。
ということでこのままマーブルの探偵作業を眺めよう、そして何か情報があれば、その都度提供してやることとしよう……




