431 山中で見つけたモノ
「良いか? ここまでは馬車で行ってここに宿がある、そこで1泊したら、翌朝からこのルートで山に入ってこうでこうでそれからこう行って、ここの曲がり角は右、と見せかけて左だ、それから……」
「もう何かごちゃごちゃしていてわかりません、とりあえず付いて行きます」
「いや、実際のところ俺も不安なんだよな、生き延びたかったらセラかミラに付いて行った方が良いぞ、もちろん俺もそうする」
「ちなみに勇者様、別に追われているわけじゃないんだし、進路を偽装して進む必要はないわよ」
馬車の中でカレンとそんな話をする、大変情けないことに、自分も選定に参加したヨエー村に至る徒歩ルートを、小道の1本も違うことなく自力で踏破するのは不可能に思えてくるのだ。
徒歩での旅に慣れているセラとミラはこのぐらい余裕とのことだが、もし俺が先導係であれば全員揃って迷子になり、そのうち崖から転落し、この異世界での物語をバッドエンドで終えていたことであろう。
まぁ、ここは恥を忍んで2人の案内を受けることだ。
後で何か請求されるかも知れないが、適当に飴玉の1つでもくれて誤魔化してしまおう。
「あ、でも勇者様、このルートだと宿に辿り着く前にどこかで1泊する必要があるのよ、それはどうするつもりなの?」
「うん、まぁ勢いでどうにかする心づもりだ、特にこれといった考えはない」
「この時期の夜は冷え込むわよ……」
野宿の際の気温低下を気にし出すセラ、ちょうど1年前辺り、王都北の森で俺とで会った頃の、あの貧乏姉妹の姉であるセラがするとは到底思えない言動だ。
まぁ、気温が低いことに関しては、出会った頃から一貫して苦手を貫き通している者が1人。
ドラゴンという行田否力を持つ種族であり、そしてその力で人の姿すら取れる身でありながら、実際のところは変温動物でしかないリリィその人である。
現時点で既にミラの隣にてやたらと距離を縮め、すこしでも温まろうとしている様子だ。
まだ昼間だし、そこまで寒くはないと思うのだが、その辺りの感覚は俺とはかなり違うのであろう。
で、野宿するとしたらリリィが冷えてしまわないための対策も考えなくてはならない。
別に今回は敵に警戒する必要もないのだから、そのままにしておけば良いといえばそうなのだが、さすがにリリィ1人だけ、昼近くまで動けないというのもかわいそうだ。
となると、何らかの方法で暖めながら寝させてやる必要がある。
だがリリィは布団で寝るという習慣もないし、寝ているところへ掛けてやったとしても、そもそも体温を維持出来ない時点で意味は薄いはず。
……もうこうなったら誰かが暖めてやるしかないな、普段のホッカイロ役であるルビアはおれが抱き枕にするとして、カレンを……いや、こちらは同じく寒さに弱いセラの抱き枕だ。
ジェシカも非常にHOTな体型をしているが、カレンが俺の隣から消える分、抱き枕2号としての役割を担って貰わねばなるまい。
というかそもそも、今挙げた3人は人族である以上、しっかりとした布団で寝ないと疲れが取れないのだ。
リリィとセットにして、その辺で転がって寝ろなどと命じることは出来ないのである。
すると残るは……明らかに人よりも体温が高いマーサが適任か、体もパーティーの中では俺に次いで大きいし、リリィを抱えて寝るぐらいなら余裕であろう。
いつも一緒に寝ているマリエルには申し訳ないが、今回はリリィのためということでマーサの温かさを借りるべきだ。
その結果としてマリエルには……そうだな、せっかく連れて来ているのだからアイリスとセットで寝させておけば良い。
王女と奴隷というのは微妙な組み合わせだが、体型的にも野宿用の布団を2人で使えばピッタリ、いや少しだけ余裕が出るぐらいのサイズだ。
ということで全員に就寝時の野宿用布団、というか粗末な布の割り振りを伝える。
一応水浴びもしたいし、行ける所まで行ったら水場を探してそこで野営することとした。
そのまま馬車は進み、日が陰り始めたところでちょうど良さそうな場所を探し始める……
※※※
「……おっ、ジェシカ、あそこに小川みたいなのが見えたぞっ」
「どこだ……あ、見えた見えた、ではあちらに向かおう、まずは馬車を停める場所と、それから野営セットを展開出来る場所を見つけるんだ」
街道脇に見えた小川、そこへ続く脇道はすぐに見つかった、むしろそちらへ誘導されるような道である。
河原には焚き火の跡があり、何日か前には誰かがここを通り、俺達と同じように野営をしていたということが覗える状況だ。
おそらく旅の商人や冒険者、それから普通の旅客御用達の河原なのであろう。
良く見ればあちこちに、風化しかけた焚火跡や動物の骨などが落ちているし、そのまま捨てたと思しき野菜クズが葉を付けているものさえ見受けられる。
「こんな寂しい場所なのに、何だか異様に『人が居た気配』があるな、セラ、この近くに大きな町でもあるのか?」
「さぁ、一番近いのは王都なんじゃないかと思うけど、あ、もしかするとアレかもよ、また旧聖国人の残党なんかがこの辺りに潜んでいるとか、そんな感じなのかも知れないわよ」
「そういうのは勘弁して欲しいよな、また処理しなきゃならない案件が増えそうだぞ……」
もしも身を隠さなくてはならない逃亡犯の類であれば、こんなに目立つ痕跡は残さないであろうから、おそらくこれは普通の旅人のもの、そうであって欲しいところだ。
「勇者様、そのことは一旦置いておきましょう、早く火の準備をしないと、もうすぐに暗くなってしまいますよ」
「おう、じゃあユリナ、俺達は焚火の番でもやろうぜ、まずは火種を貸してくれ」
「はいですの」
便利な火種であるユリナの尻尾をまずはおが屑へ、さらにその辺で拾った細い枝、持参した薪へと火を移していく。
ついでに水浴びの準備でもしておこう、王立研究所特製の魔導携帯シャワーを使ってな。
……と、何かと都合の良いものに頼ってばかりだな、これでは寒さなどという一過性の苦痛を挙げて心配だと言い始めたセラを軟弱者呼ばわりすることは出来ない。
ここは俺も少し初心に帰って……いや、面倒だからやめておこう。
冒険の進捗と共に装備や道具が進化し、何かと便利になっていくのは普通のことだ。
もちろん、これは俺達が活動の成果として、それに見合った行動の結果として手に入れてきたものなのである。
賢者だの仙人だの、そういった連中から無償で譲り受けたような、分不相応なレベルまで生活水準を向上させるものとは違う。
そこに向上を続ける俺達と、全ての住民が徐々に堕落していって、遂には地図からも消えてしまったヨエー村との差が見て取れるということはもはや言うまでもない、紛れもない事実だ。
というようなことを考えながら火を熾し終えると、早速寒い寒いと言いながらリリィがその焚火に当たり始める。
既に後ろからマーサが覆い被さっている、最近は夕方以降急に冷えるし、こんな森の中では尚更だ。
しかし、リリィの後ろのマーサの、主に耳の動き、こちらが気になって仕方がない。
時折ピクッと反応し、その都度森の奥を気にするようにして振り返るのである。
周囲を森に囲まれた小川の脇、さらには人の食べ残しなども散乱しているエリアだ。
野生の動物や魔物の数が凄まじいことは俺にも想像が付くし、たまに敵意を感じることさえもないとはいえない。
だがそういった獣だの何だのも、俺達の方が圧倒的に強いことを本能で察し、すぐに遠くへ離れて行く。
つまり、マーサが気に掛けるような野生の何者かが、この周辺をウロウロしている可能性は非常に低いのだ。
だが気になってしまったものは仕方ない、万が一のがないともいえないし、念のため状況を聞いておこう……
「おいマーサ、さっきからどうした、索敵範囲内に何か居るのか?」
「う~ん、え~っと、何かすっごく大きいのが居るはずなんだけど、歩くのは遅いし、こっちを気に掛けているようにも思えないし……」
「ほう、カレンは何か聞こえるか?」
「前に戦ったメカゴリラぐらいの大きさの奴が1体だけ居ると思います、敵っぽい動きはしてないですけど」
「ふ~む、何だろう、クマか何かかな? 発見したら熊鍋にしようぜ」
『熊鍋!?』
熊鍋という言葉に対し、同時に凄まじい反応を見せるカレンとリリィ。
だがその横で、俺と共に火の番をしているユリナだけはやれやれといった表情だ……
「ご主人様、クマを見つけても捕まえて、それから解体しないと食べられませんわよ、鍋の状態でグツグツ煮込まれながら歩いているわけではないんですの」
「そうなのか、てっきり倒した瞬間に『GET! おいしい熊鍋の具材』とかテロップが出て肉が手に入るものだと思っていたわ、その辺に居る雑魚の敵キャラなんかそんなもんだろ?」
「どこの異世界の話をしているんですの……」
熊を倒しても解体しないとならないというのであれば、その時点で熊鍋などに未練はない。
おそらく鍋を突いている幸せな時間より、皮や内臓の処理をする苦痛の時間の方が遥かに長いはずだ。
そういうのは狩猟を生業とする方々にお任せして、俺達は店で売っている、脂だけでなく付加価値や消費税がたっぷりと乗ったものを購入して食べれば良いのである。
「ねぇちょっと、盛り上がっているところ申し訳ないけど、たぶんアレは熊じゃないわよ、カレンちゃんもそう思わない?」
「う~ん……あ、気を付けて聞くと2本足で歩いています、というかここまで近いのにクマさんの匂いがしないのはヘンですよ」
「そうか、クマじゃないならゴリラかな、あと可能性があるとしたらビッグフットか何かだろうよ、はたまたデッカい人間かもな」
「ご主人様、ゴリラとビッグフットと人間って何が違うんですか?」
「ん? まぁほぼほぼ一緒だ、毛むくじゃらかどうかぐらいの違いしかない、あと知能は高いけど愚かなのが人間だ」
「あら、それだと知能の低いご主人様は人間ではないですわね」
「ユリナ、お尻ペンペンの刑にしてやるからちょっとこっち来い」
「ひぃぃぃっ! ちょっとふざけただけですのっ! 許して欲しいですのっ! あいでっ! きゃうんっ……」
調子に乗ったユリナにお仕置きしたことで大きな音が立ち、カレンとマーサにだけ聞こえていた何者かの足音は掻き消されてしまったそうだ。
まぁ、音が響く程度の範囲に居つつも俺の索敵に反応しないという時点で、この先朝までの間にその足音の主が脅威となることはない。
だが気になるといえば気になる、もしかしたら未だ発見されていない新種のゴリラとかの可能性もある。
もしその類の生物であったとしたら、発見者である俺達には莫大な報奨金と、そのゴリラやビックフット、または巨人の一団との優先取引権が与えられるはず。
それならば捜し出すというのがベストな選択肢だ。
ミラとアイリスで食材の選別を終え、あとは火に掛けるだけになった夕食を取った後、寝る前に大規模な捜索を展開しておこう……
※※※
『ごちそうさまでした~っ!』
「さてと、腹も満たされたことだし、精霊様、ちょっとひとっ飛びゴリラだかビッグフットだか、その類の奴がウロウロしていないか見て来てくれ」
「何よ唐突に? そんなの見つけてどうするわけ?」
「いや、まだ発見されていない新種か、それか大変希少な種族の可能性があるんだ」
「あのね、小さな虫や小魚ならともかく、そんな大型動物の新種が、こんなに色んな人間が使った痕跡のある野営スポットの近くに居ると思う?」
「……確かにそうだ、うん、新種とかの可能性はないか」
「本当に愚かで知能の低い異世界人ね……」
精霊様のご指摘の通り、こんなに人の痕跡がある、つまり何人もが入れ代わり立ち代わりやって来ている、いわば無料キャンプ場のような場所の近くに、そういった連中が生息している可能性は極めて低いといえよう。
では一体足音の主は何者であったのか? 特別耳が冴えているわけでもなく、実際にその音を聞いていない俺ですら気になって仕方ない。
当初から気にし続けているマーサは居ても立っても……焼き野菜を食べて満足してしまったようだ、未だに聞こえることがあるという足音にはもう興味がないそうで……
「なぁカレン、ちょっと俺達で音の主を探しに行かないか?」
「イヤですよ、強い敵じゃなくて、しかも食べられないならそんなの要りません」
「うむ、判断基準がブレなくて実に良いぞ、でもちょっと付いて来いっ! お前が居ないとターゲットの場所がわからんのだっ!」
「わう~っ、しょうがないご主人様ですね」
俺とカレンだけでなく、未知の生物に興味津々のセラ、そして暇潰しをしたい精霊様が同行してくれるという。
他のメンバーには先に水浴びを済ませるように、特に俺と一緒に寝る予定のルビアとジェシカには、夜を快適に過ごすための粗末な布を、可能な限り暖めておくようにと告げておく。
戻って来たら全身が冷え切ってているだろうからな、2人の間に潜り込み、両手をそれぞれのパンツの中に突っ込んで、尻をモミモミしながら暖を取ることとしよう。
「……あ、今歩きました、こっちです」
「うむ、では早速正体を確かめに行こうではないか」
耳を傍立てるカレンの指示に従い、俺達は小川沿いの野営地を離れて森の中へと突入して行く。
鬱蒼と茂った木々が夜をさらに暗くしていて不気味なのだが、興味の方が勝っている俺達にとっては特に影響がない。
しばらく進んだ所で立ち止まるカレン、再び音の観測をするようだが、いつもに比べて追跡が遅いというか精細を欠くというか、とにかくターゲットの居場所を上手く把握出来ていないようだ。
「カレン、今日はどうしたんだ? いつもならとっくに見つけている頃だと思うんだが……」
「う~ん、いつもは相手の臭いもするんですよ、風がこっちから吹いていたらわからないですけど、森の中ならそんなこともないはずなのに、とにかくヘンなんです」
「そういえばさっきもクマの臭いはしないようなことを言っていたな、他の動物なんかの臭いもないとなると……ターゲットは凄く綺麗好きなんだろうな……」
明らかにそうではないような気がするのだが、『無臭』である合理的な理由として挙げられるのは綺麗好きか、或いは何らかの魔法や魔法薬を用いて臭いを消していることぐらいだ。
当然のことながら、こんな森の中に居るわけのわからない存在が、魔法だの魔法薬だので自分の体臭を消すなどという、実に文明的な行動に出るものとは思えない。
となるとやはり考えられるのは、凄く綺麗好きな何者かで、毎日あの澄んだ水の小川で全身を隈なくゴシゴシ、ぐらいのところなのである。
まぁ、その仮説が真なのか偽なのか、カレンの頑張りに期待して、ターゲットの姿を確認すればわかること。
少しばかり苦労はするであろうが、飽きて帰ろうなどと言い出したら、何らかのインセンティブを提示して捜索を続行させれば良い……
「え~っと、また動きましたね、こんどはこっちへ行ってます、1歩1歩がすごく大きい人みたいですよ」
「おっ、てことは巨人かな? ビックフットの可能性も捨てがたいが」
「どっちでも食べられないし、戦っても強そうじゃないので残念です……」
「いやいやカレンさん、巨人は強いぞぉ~、知らんけど、あと焼いたら意外と美味いんじゃないのかな、知らんけど」
「絶対にウソじゃないですか……」
残念なことに、さすがのカレンもこの適当すぎる大ボラは信じ込まなかったようだ。
かといって巨人が食用に適すると誤信されても困る、巨人とはいえ一応人なのだからな、人喰いは拙い。
そんなこんなで徐々にターゲットの後を追って森の奥深くへと入って行く。
で、ある所でカレンの足がピタリと止まった……
「この先に居ますよ、こっちへ近付いて来て、このままだとここを通って後ろへ行きます」
「うむ、念のため茂みに隠れておこうか、もしかすると俺達の姿を認めた瞬間に豹変して攻撃し出すタイプの巨人かも知れないからな」
「でっかい木で出来た棍棒とか持っていそうよね、無駄にトゲトゲが付いたやつ」
「まぁ、そんな感じではあるな」
正直なところ、若干鬼と巨人を混同しそうな勢いではある、だがターゲットが巨人であるということが画定したわけではないのだ、本当は鬼かもしれないし、実はもっと違った何かであるのかも知れない。
その姿を確認すべく、4人で茂みに潜んで待機を始める。
持参していた明かりも消し、もちろん背中や頭にも枝葉を付けてカモフラージュは完璧だ。
こんなときにくしゃみをしようとする精霊様の鼻を抓んでどうにか止め、徐々に俺の耳にも聞こえ始めた足音の主が到来するのを待つ。
……来た、ドシ……ドシ……と、かなりゆっくりとした歩み、暗い夜の森で転ばないよう注意しつつ進んでいるのか、それとも単に足が遅いだけなのか。
「おいおい、何だかわからんがヘビー級の奴が来やがったぞ」
「しっ、ちょっと勇者様静かに、相手に聞こえたらどうするの……って、え? どういうこと?」
「……巨人じゃないじゃないの、てかどうしてこんなのが森の中に存在しているわけ?」
「うむ、暗くて全く見えないぞ、そこに何が居るんだ?」
『ゴーレム!』
「マジか……」
俺達が隠れた茂みのすぐ傍まで来た足音の正体、明かりを消してしまったせいで鳥目の俺には何も見えないのだが、他の3人にはしっかりと見えているようだ、木々の隙間から差す月明かりに照らされたゴーレムが。
「……と、向こうもこっちに気付いたみたいね、でもほぼ無視だわ、普通に何か作業しているだけみたいよ」
「おい、もう明かり点けちゃおうぜ、はい火打ち石」
「良いのかしら? 明かりに反応して襲い掛かったりとかしないわよね?」
「そしたら破壊すれば良いさ、とにかく、俺もターゲットが見たいんだ」
子どものような我侭を言いつつ、隣のセラにランタンと、それから火打ち石を押し付けた。
油に火が点き、それが明るく周囲を照らす……うむ、確かにゴーレムだ、全長5mはあろうかという巨大な石造りのゴーレムがそこに居たのである……




