426 実地調査に向けて
遂に賢者の石が封印されている村の所在を掴んだ俺達、しかもごく最近……というほどではないが、その存在が確認されているのであった……
「200年前には確かに村があったんだろ? だとしたら今だって残っている、もし滅びたとしても遺構ぐらいはありそうだぞ」
「そうね、ただかつて私が行ったときには封印された賢者の石も見える場所にはあったけど、そっちは忘れ去られて地面に埋まっているかも知れないわ」
「ちなみにそのとき封印を解こうとはしなかったのか?」
「さすがにやらなかったわ、かなり厳重だったし、下手をするととんでもないことになるかも知れないってことで、封印の外側から調べるだけにしたのよ、もちろん今の力があればどうにかなるとは思うけど」
かなり昔のこととはいえ、精霊様ですら手が付けられなかった賢者の石の封印。
相当にガッチガチなものが施されているのであろう、それで中身が見えているというのもなかなか凄いことだが。
しかしその『中身が見える』というのはかなり重要なことなのかも知れない。
村人は大昔からあるソレが何なのかを忘れてしまったとしても、何か重要なものであると察して大切にするはず……はずだ。
正直、『へっぽこ役人奮闘記』に記載されていたヨエー村の連中、奴等に関してはそこまで頭が回るとも思えない、おそらくその賢者が自分達を助けようとしたことすら認識していないのである。
当然賢者の石も、それが大切なものであるとは知らない、そしてその封印が危険なものであることを知っても、そこから3歩離れれば忘れてしまう、その程度の知能しか持っていないのは確実。
村、またはその遺構が残されていると仮定して、そこで賢者の石にまつわる何かを発見出来るか、それとも石そのものだけでなく、全くの情報が喪失してしまっているか、五分五分といったところか。
と、そこで床に転がっていたカレンが、眠そうな顔をしたまま起き上がってこちらへ近付いて来る……
「ご主人様、そろそろ寝たいです」
「ん? そうか、じゃあ寝ると良い」
「……そこに布団を敷きたいので退いて下さい」
「こっ、これは失礼致しましたっ!」
自分の決めた、いつものスポットで寝たい様子のカレン、というかそろそろ良い時間だ、インテリノを寝かさないとあのしわくちゃのケチババァや、いつも付いて回っている教育係の恐そうなオバサンに殺されてしまう。
ということで全員分の布団を敷き、寝る者はそこに潜り込む、残ったメンバーは隅っこで酒盛りを……外がやけに騒がしいのだが、何か凶悪事件や大規模テロでも起こったのか?
そう考えつつも特に気にせず、ルビアが選んできた酒をグラスに注いでいく……おかしい、騒ぎの音がどんどん近付いているではないか、これは王都条例違反レベルの音量だぞ。
耳の良いカレンとマーサはともかく、これではミラやリリィ、そしてわざわざリリィが寝ようとしている床の間のすぐ横に布団を敷いたインテリノといった、寝なくてはならない年齢の連中が寝られないではないか。
と、遂に我慢の限界に達したマーサが、不機嫌そうな顔をしてガバッと起き上がる……
「ねぇ~っ、外がうるさくて寝られないんだけどっ」
「そう言われてもな、何だか徐々に騒ぎが大きくなっているようだが、どうせ大火災とか宗教テロとかだろ、放っておけばそのうちに鎮圧されるさ」
「え~、でもアレよ、『勇者は死ねっ!』とか言っているわよ、あんたが死なない限り収まらないんじゃないの?」
「何で俺が死ななきゃならんのだっ!? ってかこの騒音、まさか奴等か……」
そう話している間にも、どんどん大きくなるボリューム、そして大量の足音まで聞こえてきた。
あえて近所に迷惑を掛けるよう、ドシドシと振動を立てながら歩く集団、角を曲がって見えてきた、『本当の勇者はこのお方、異世界から来た勇者なんて真っ赤なウソだっ!』という横断幕。
間違いない、どこからともなく沸いてきた、そしてどれだけ殺そうとも台所に居るGの如く増殖を続けるあの連中、『反勇者・反政府・反自分の気に食わないもの全て』系の市民団体だ。
平和や非暴力を前面に押し出し、裏でやっていることは卑怯千万、破壊上等、今日も非暴力がどうのこうのという看板を右手に、左手には鉈やハンマー、バールのようなものを携えている輩が多い。
「おいおい、もしかしてあいつら、毎晩ここに向かって行進しているのか?」
「そうかもね、ほら、レーコちゃん達も居酒屋の方から面倒臭そうな感じで出て来たわよ、アレは相当に慣れている顔ね」
「本当だ、幽霊の癖に欠伸してやがるぞ」
ついでに屋敷の中でも物音が、どうやら2つ隣の部屋で、元大魔将のラフィーと、それを追って勝手にやって来たパトラが動き出したようだ。
その2人が廊下を歩き、俺達が居る2階の大部屋に入って来る。
こちらも寝間着のまま慣れた感じ、やはりあの連中は相当頻繁にここへ押し掛けているようだ。
「うぃ~ッス、いや~、今日も来てるッスね~」
「ラフィーお姉さま、サッサと片付けてサッサと寝ましょう」
「ちょっと待つッスよ、まだ例の『地場産勇者』が見えてないッスから」
「おいラフィー、その地場産勇者ってのは何だ? 野菜か? それともありがちな『この世界で生まれた本当の勇者』とかそんな感じの奴なのか?」
「いえ、ただ調子に乗ってるだけの馬鹿ッス、あ、ほらアイツ、あそこのガビガビに光った趣味悪い鎧の頭悪そうな奴ッスよ」
ラフィーの指差した先に見えたのは、これでもかというぐらいの装飾が施された鎧、構えたら確実に前が見えないであろう巨大な盾。
そしてどうやって抜くのかは知らないが、あり得ない長さの大剣を背中に装備した、これぞ勇者という出で立ちの男。
だが俺には透けて見えている、その装備の名称が『ハリボテの鎧』、『ハリボテの盾』、『ハリボテの剣』……兜だけは少し違うな、『伝説の装備風ズラ』だ、アイツ、ハゲだな……
とにかくそんなハリボテ装備の勇者風ハゲ、鎧の擦れる部分はしっかり金属で出来ているようで、歩く度にガッチャガッチャとやかましい、近所迷惑もたいがいにしろ。
しかしアイツめ、ステータスがどうなっていやがるんだ、最初はいつもの帝国人なのかと思ったのだが、それにしても弱すぎる、顔もゴブリン系ではないし、あの男は帝国人ではない。
その勇者風ハゲは、屋敷の前にアリの如く大量に集まったクズ人間共の声援を受け、キリッとしたキモめの顔で前に出る……盛り上がる馬鹿共、こちらにはまだ子どものメンバーも居るのだし、本当に時間帯を考えて欲しいのだが……
『やいっ! 異世界勇者を名乗る不届き者めっ! どうやら今日は本人が帰って来ているらしいなっ! 成敗してやるからに我が前に出るが良いっ!』
「何だアイツ、ちょっと帰るように言って来るよ」
「あ、大丈夫ッス、ここから殺すんで、パトラちゃん、ゴーレム砲用意ッス!」
「おいちょっと待てコラッ……あっ!」
と、ラフイーがパトラから何か筒のようなものを受け取り、徐にそれを例の男の方に向ける。
何をするのかは理解出来なかったのだが、嫌な予感がしたためとっさに止めに入った……間に合わない、次の瞬間には筒の先から、1体の小さなゴーレムが飛び出し……地場産勇者とやらの頭に直撃。
うむ、『ザクロのような』という表現が似合う最低な光景だ、どうやら筒から発射されたゴーレムは脆く、ターゲットの体内で砕け散って大ダメージを与えるという、どこの世界でも禁止されていそうな残虐兵器のようである。
しかし、これはとんでもないことをしてくれたな……
「ラフィー、頼むから俺達の屋敷の前で人を殺さないでくれ、呪いとか祟りとか怨念とか、その辺の何かで不幸に見舞われるのはイヤなんだよ」
「あ、大丈夫ッスよ、どういうわけか知らないッスけど、アイツは大仙人の加護がどうとかで、教会に行くと蘇生するらしいッス、それが実に勇者らしいってことで、周りの奴等が囃し立てて勇者ごっこしてるらしいんスよ」
「なるほどそういうことか……で、奴だけ殺せば他も解散していくと……」
「そうなんス、ほら、いつもと同じ『不慮の事故で死ねぇぇぇっ!』とか『覚えてやがれぇぇぇっ!』とか、捨て台詞を吐きながら死体を持って行ったッス」
確かに、ザクロになった勇者風ハゲの血肉を一片も漏らさず回収した馬鹿共は、負け犬の遠吠えじみた捨て台詞を吐き、ついでに威勢良く投石しつつ帰って行った。
しかしあの状態から蘇生するのか? 頭がザクロでしかもハゲ……そうか、毛根を犠牲にしてそれ以外の組織を再生しているのか、大仙人の技術力は凄まじいな。
と、連中が去ったことによって再び静かで平穏な夜が戻ってきた、筒というか銃身というかをパトラに渡したラフィーが、性格に似合わない大きな溜め息を付く……
「はぁ~っ、最近はあの感じの連中が週5で来てるッスから、しかも今の勇者同伴で、日によっては朝から屋敷の前で待機しているッスからね」
「週5!? 朝から待機!? 仕事しろよな……」
奴らの資金源はおそらく、俺達のことを良く思っておらず、影でそういった『反対派』に便宜を図る国や組織、そしてこの王国内の売国奴なのであろう。
だが奴ら自身、そこから個人的な金を受け取っているわけではないと思うのだが。
もちろん特に主張もなく、単に『動員』されただけの馬鹿には『日当』が出ているのだと思うが、それでも小遣い稼ぎ程度にしかならないはず。
もしかするとあの連中、勇者排除活動に精を出すあまり、普段の仕事が得られていないのではなかろうか。
だとしたら穀潰しニートの方が万倍マシだ、そういうのは基本的に役に立たないだけであるが、あの連中はそれにプラスして、俺達やその近所の方々に迷惑を掛けているのだから。
そしてこのままでは拙い、俺達の屋敷がここにあるせいで、本来俺達が勇者として守るべき、善良な近所のジジババの睡眠時間、そして残り僅かとなった寿命がさらに削られているのだ。
ということで酒でも飲みながら作戦会議をしよう、静かなのは良いことである。
横からつまみのみを狙うカレンやリリィも寝息を立て始めたし、ここからは夜更かし組の時間だ……
「……う~ん、ヨエー村を探しに行く前に、あの連中をどうにか片付けてしまわないとだな、セラ、魔法で何とかしてくれ」
「そんなこと言ったって勇者様、ああいうのは片付けても勝手に増えるのよ、1匹残さず駆逐するのは無理だし、その1匹が居ればまた1ヵ月後には元の数なの」
「う~ん、そうなんだよな……あ、でもさ、今の感じだとあの勇者風ハゲ、アレに相当依存していたように見えただろ」
「まぁ、それはそうね、神輿として担いでいた感じだわ」
「てことは奴さえ居なくなれば……いや、殺しても蘇生するのか、となると権威を失墜……それも無理だな、元々奴に権威などない、ただの便利な看板だ……」
しばらく自問自答してみるも、明確な答えはなかなか出てこない。
あの勇者風ハゲが、クソ共による毎夜毎夜の集会を完全に解散させるカギになるということまでは確定なのだが、その先が思い浮かばないのである。
「ご主人様、まずはあの地場産勇者、でしたっけ? あの人のプロフィールを調べてみたらどうですか? また死刑囚でも使って、偽市民デモ軍団の中に紛れ込ませれば……」
「お、ルビア、それはナイスアイデアだぞ、お前は酒が入っていた方が知能が高まるんじゃないのか?」
「……今のは褒められたんでしょうか?」
ルビアの作戦にはセラもジェシカも、そして精霊様もGOサインを出した。
まぁ、俺達に費用や損失が出るような作戦でもないし、特に誰も反対しないのは規定路線だ。
これに関しては早速明日、マリエルが目を覚ましたら王宮に頼んで貰うこととしよう。
それまではヨエー村に関して追加的に調べ、とことん情報を探しながら報告を待つのがベストである。
……と、そこでジェシカが何かを考え込む、精霊様も怪訝だ、というような表情、今の話の中に引っ掛かる箇所があったというのか?
「え~っと主殿、今のその、何というか、勇者風ハゲだったか? 奴を蘇生させる大仙人というのは何者なんだ?」
「むしろソイツを捜し出してブチ殺せば万事解決よね、あんな弱っちいハゲなんか何度も相手にすることないわ」
「おう、確かにそうなんだが、結局あのハゲのプロフィールがわからないと、どこで蘇生の儀式をやっているのかもわからないだろ? まぁ王都の中だとは思うが」
「ねぇ勇者様、それなら同時並行で蘇生場所の捜索、それから大仙人とやらの捜索もしていきましょ、やることが増えちゃうけど仕方ないわ、早くしないと近所迷惑の極みよ」
それもそうだ、このまま事態を放置すればする程、『勇者さんちがうるさい』とか、『勇者さんちは変な連中に絡まれている』とか、主に商店街などで悪い噂が飛び交うことになってしまう。
もちろんこれまで、つまり俺達が西方の拠点村に滞在していた間、そしてその前に温泉郷で色々とやっていた間、ずっとあの連中はここに押し寄せていたのだ、周辺住民にとってはひとたまりもない。
セラの言う通り、これは早急にどうにかしないとならない事案なのだ、明日以降はヨエー村と賢者の石に関する情報収集だけでなく、ハゲとハゲを蘇生させる大仙人、そして蘇生場所である教会の捜索も始めっていくこととしよう……
※※※
「え~っと、では以前もやったように、変な市民団体の中に死刑囚を紛れ込ませて、昨夜来ていた勇者風ハゲについての情報を集めさせれば良いのですね?」
「そうだ、助けてやるとか死刑は免除だとか、適当にウソで騙して頑張らせて、ぬか喜びしたところをサクッと、いや残虐に処刑するんだ」
「わかりました、では死刑囚の中から適任者……詐欺師が良いですかね、とにかく探させます」
「おう、使えそうなのが居ると助かるんだがな」
「居なければ居ないで、泳がせてある犯罪組織なんかを適当に挙げさせれば良いだけですから、すぐに結果が出ると思いますよ」
翌朝、起きて来たマリエルに『使い捨て死刑囚』の注文を済ませておく。
この世界は便利だ、国家権力によって、人権など微塵も考える必要のないクズを斡旋して貰えるのだから。
そんな連中には何かをくれてやる必要もないし、使用後は処刑してしまえば文句も垂れることが出来ない。
所詮は死刑になるような犯罪者ゆえ、光る才能には期待出来ないが、無料で使えるというのは凄く良いことだ。
勇者風ハゲのプロフィール獲得に関してはその使えないクズ、おそらく特殊詐欺の受け子などといった、自分を別の者に装うことで不当に利益を得ようとした人でなしを採用するのであろうが、そのゴミからの報告を待とう。
「それで、こっちはこっちで捜索をするのよね、まずは蘇生場所の教会からかしら?」
「うむ、だが闇雲に探しても意味がない、奴等は今夜もどうせここへ来るだろうし、そのときに後を付けないか? あのハゲを殺せば確実にその蘇生場所へ運ぶはずだからな」
「あ、それならもうやったけど、完全に無理ッス」
「何だラフィー、いつの間に居たんだ? そして無理とはどういうことだ?」
「いや、私達も前に一度、あの連中の後を追ってみたことがあるんスよ、でも連中、広場の中央で儀式みたいなことを始めて、それでハゲのハゲ散らかした薄汚い死体がパァーッて消えたんス」
「つまりだ、どこかに転移されたしまったと」
「そうッス、それで次の夜になるとまた元気モリモリのハゲがお屋敷の前に……」
「……それじゃどうしようもないな」
クズ連中の居場所は王都内のどこかであることは察しが付くものの、肝心の『ハゲ再生工場』じゃなかった『ハゲ蘇生教会』がどこにあるのかわからないのでは意味がない。
おそらくハゲを元通りにしている大仙人とやらもその教会に居るはずだし、それを捜し当てない限りは物語が先へ進まないのだ。
とはいえ手がかりになりそうなものは一切ない、ここはその場凌ぎとして、今夜集まったデモ隊を見せしめに……いや、何人か捕らえて拷問してしまえば良いのだ、しかもご近所さんの鬱憤を晴らすべく、公開で執り行うこととしよう。
もちろんあの勇者風ハゲを捕らえることが出来ればそれが一番なのだが、あの弱さではそれも難しい。
今の俺達では触っただけで吹き飛んで死ぬ帝国人、それよりも遥かに弱いのだ、きっと近付いただけで弾け飛んでしまうはず。
となると、クズ共の代表クラスの奴を適当に何人か捕まえるべきなのか、そちらも殺さずに捕らえるのは難しそうだが、何とかやってみるしかないな……
「とりあえず夜を待とう、いつも通り勇者風ハゲだけ殺すと見せかけて、前の方に居るクズ共を根こそぎ生け捕りにするんだ」
「ご主人様、それなら落とし穴を掘りますよ、インテリノ君も手伝ってくれるそうです」
「こらリリィ、仮にも一国の王位継承権第一位の肩書きを持つガキなんだぞ、しょっぱい屋敷の前で穴掘りなどさせるな」
「え~っ、それじゃつまんないですよ」
「う~ん、仕方ないからこうしよう……」
インテリノには『安全第一』の黄色いヘルメットを被らせ、現場監督としてカレンとリリィ、マーサが喜んでやっている落とし穴堀りを監視させることとした。
その格好で折り畳みチェアに座り、足元には水分補給用の水が大量に入った篭。
もはや監督といっても何の監督なのかわからない始末だ、だが俺が各方面から怒られるようなことをしなければ、どういうスタイルでどうしていようが構わない。
しばらくすると、屋敷の前を塞ぐようにして、10の落とし穴が完成する。
賢いインテリノが現場監督をしただけあって、屋敷のテラスから紐を引っ張ることで地面が抜けるという、悪戯の次元を超えたハイテク式のものが出来上がったようだ。
ちょうど良い、朝からフラフラと買い物に行ったエリナが戻った際に実験してみよう。
それが上手くいったのであれば、その次に落ちるのは馬鹿なデモ隊の幹部共である……




