422 ここでもいつもの
「へぇ~、中は思ったより明るいし、しかも綺麗なんだな」
「これも古の凄い魔法の効果だと思いますよ、本来ここへは身分の高い者、またはその者の使いしか入ることが出来ないんですから、誰かが掃除していたりなんてことは一切ないんです」
「そうか、それで塵ひとつないのは凄いな、そして俺とかセラみたいなのも『意図せず入り込んだ塵』として片付けられないか心配だぞ……あれ、そういえば精霊様は?」
「こんな陰気臭いところに入るのはイヤだそうで、王の間で接待を受けながら待つそうです、めぼしいものを発見したら全部持って来るようにと」
「何だ、ここまで来ておいてサボりかよ、まぁ良いや、俺達だけで行こうぜ」
階段を降りて中へ入る、およそ3m間隔で明かりが灯され、床はピカピカ、壁も天井も傷ひとつない書庫入口付近の通路。
三角頭巾にゴム手袋のおばちゃんが毎日掃除している、そう言われても特に疑うことがない次元の美しさだ。
通路の壁には様々なポスター、『新版発行決定』だの『全国の書店で大好評販売中』だの、誰が見るのかすら定かでないポスターが並んでいる。
ちなみに王都読書感想文コンクールも開催されているらしい、俺も送ってみようか。
いや、かつてのように『それは感想ではなくあらすじです』という講評を貰う可能性がある、恥ずかしいからやめておこう。
「何だか学校とか図書館の廊下みたいな感じだな、この先に貴重な書物がわんさか眠っているとは到底思えないんだが……」
「まぁ、それもそうでしょうね、ここは位の高い貴族の子弟が引き篭もって勉強をする、というか無理矢理させられる場所でもありますから、雰囲気だけはソフトな感じを出しているんだと思います」
「貴族も大変だな、ガキンチョに勉強させるためにここまでやるのかよ」
古の何とか、伝説の何とか、大変貴重な何とか、世界最大、人族の地の大半をその影響かに置くこの王国の書庫には、その辺りの書物がが大集結しているはずだ。
少しでも子どもに勉強する気を起こさせるためにその厳粛な場所が歪められているのは甚だ滑稽であるのだが、通常は拒否られる勉強という行為を、少しでも嫌悪感を抱かせずに受け入れさせるという、貴族の大人達の血の滲むような努力、それがここに存在している。
その廊下をしばらく進むと、扉の先に小さな部屋があった。
案内役のインテリノはズイズイとその中に入って行くのだが、なぜかマリエルが立ち止まってしまう……
「どうしたマリエル、行かないのか?」
「ええ、私はこの先の部屋までしか行ったことがない、行けないんですよ……」
「どういうことだ?」
「あ、まさか姉上はこの先の部屋の問題が解けなかったというのですか?」
「……うん、1問も」
「おいちょっと待て、どういうことなのか説明しろ、下賎な俺とセラにもわかるようにな」
「あ~、う~……お恥ずかしながら……」
マリエル曰く、この先の部屋では王家や貴族家の子弟が学ぶべき勉学に関する問題が出題され、それに答えることが出来た場合にのみ、その先に進めるという仕組みになっているそうだ。
もちろんそれを司るのは、魔法で制御された魔導装置である。
AIだの何だのといったモノはこの世界には……いや、あってもおかしくはないか。
とにかく、それが俺の知っている学校でいう進級試験のようなものらしい。
で、その部屋は一番最初、小学校1年生から2年生に上がるための試験といったところか。
マリエルはそれで『不可』を喰らったようだ、もうどれだけ馬鹿なのか想像すら付かない……
「でだ、その試験は俺達が入っても受けることが出来るのか?」
「入ってしまいさえすれば誰でも可能だと思います、そうでないと頭角を現した新興貴族の跡継ぎがまともに勉強することが出来ないまま大人になってしまいますから」
「ちなみに不可だと何かペナルティーが……ないはずないよな……」
「もちろん、相手が子どもであれば魔導装置も手加減するとは思いますが、勇者殿達がもし落第するようなことがあれば、とんでもない目に遭うのは確実ですね」
「うわぁ~、出たよそういうの、もうヤメにしない? こういうところに入る度にさ、いちいちトラップだの試練だのさ……」
「勇者様、世界の理に対して不平不満を述べたらダメよ」
面倒な書庫の仕組みに対して苦情をぶつけたところ、セラに怒られてしまった。
だがセラよ、勉学系の問題がクリア出来なくて酷い目に遭う、その対象はおそらく、いや十中八九お前だぞ。
そのことに気付いていないと思しきセラは普通に進んで行ってしまったため、バレないよう、後ろでコッソリと合掌して祈りを捧げておく。
まぁ、ガチでとんでもないことになるのは明らかなのだが、逆に言えば面白いことになるのも明らか。
ここは何も指摘せずに傍観し、事が起こったら腹でも抱えて笑い転げることとしよう。
セラとは反対に、ビビッて進もうとしないマリエルの手を引いてやり、最初の小部屋の中に入る。
中に並んでいたのは4つの机と椅子、まるで生徒が4人しか居ない、山奥の分校の教室である。
「何だこれは? 今日俺達が4人で来ることがわかっていたのか?」
「そうだと思います、いつもは1人で来るんですが、必ず1セットの机と椅子が出現していますから」
良くわからないがこれに座れということなのだろう、というか、わざわざそれぞれの名前が、机の右端に表示されているではないか。
机も椅子も、タイプは小学校や中学校でありがちな木のアレ、座り心地が最悪なアレともいう。
本来なら座布団代わりの防災頭巾が……いや、イマドキはヘルメットなのか……
とにかくないのだから仕方ない、ここはしばらく我慢して、最悪の座り心地の中で、出題されるという問題を解くこととしよう。
そう思って席に着く、他の3人もそれぞれ、自分の名前が記載されている場所に向かった。
着席と同時に光り輝く机、現れたのはドリル、穴を空けるドリルではない、小学校のときに良くやらされたあのドリルだ。
「何これ、どうすりゃ良いんだよ?」
「勇者殿、普通にページを捲って、問題を解いていけば大丈夫です、もっとも後の2人が……」
机に向かった4人には、それぞれ別の科目のドリルが配布されたようだ。
セラには国語(異世界語)が、マリエルには数学(算数入門)が、インテリノは別種族語、つまり俺の感覚で言うところの英語のようなものだ、それが各々の解くべき問題なのであろう。
で、俺のは……『(裏)行政法』、早速意味不明だ、とにかく表紙を捲り、問題を見てみよう、ドリルだけあって1問ではなく、十数問に解答を記入しなければならないようだ、まずは第一問……
『行政庁(凄く偉い)がした大変慈悲深い、宥恕規定までモリモリの処分に対し、審査請求をしてきた下民の馬鹿野朗が居た、なおこの下民は野郎で、かつ顔もキモいものとする、当該事例において行政庁が取るべき法律上適切といえる措置を答えよ』
何だこの問題は? 未だかつて見たことがない、行政側における超絶上から目線の最低な問題文である。
だが良く考えてみよう、俺は、いや勇者たる俺様は、この世界においては支配者側、つまりこの問題における行政庁側なのだ。
つまりそれを考慮して解答するのがこの『(裏)行政法』の趣旨、ということはこの問題の模範解答は……うむ、『ぶっ殺して構わん』だな、これ以外には考えられない。
……と、解答を記入した瞬間に、勝手にドリルのページが捲れた、次の問題は強制代執行に関する規定についての問いか、うむ、これも同じ、『ぶっ殺して構わん』だな……
様々な法律によって構成される(裏)行政法の問題を次々に解いていく。
非常に簡単だ、不当に権利を主張する生意気な輩など、その場で殺してしまえば良いのだ。
そういう理念に基づいて組み上げられたのがこの(裏)行政法だとすると、これは俺にとって天職を与える、神のような法体系に違いない。
魔王軍の討伐が終わったら、冒険者でも商人でも遊び人でもなく、役人として権力を振りかざし、とても善良とは言えない連中から巻き上げた金で暮らしていくのも良いかもだ。
などと考えながらドリルを解いていくと、遂に最後、『おつかれさまでした、次のエリアへどうぞ』と書かれたページに辿り着く。
これで終わりか、圧倒的な全問正解であったな。
さて、インテリノは大丈夫だとして、セラとマリエルは……
「な……なんて難しい問題なのかしらっ!?」
「これも、これもこれもこれもっ、絶対に正解出来ないようになっているとしか思えませんっ!」
セラは文章の並び替え問題、『木に登った/チンパンジーは/リンゴを枝からもいだ』という文章を作らなくてはならないところ、『リンゴを枝からもいだ/チンパンジーは/木に登った』にしてしまっているため、一向に次の問題に進めないのだ。
いやチンパンジーどこからリンゴ取って来たんだよ? そしてもうリンゴは持っているのに、どうして木に登ったというのだ? 幼稚園児ではないのだからその辺りを良く考えて欲しい。
一方のマリエルは……5桁同士の足し算が出来ないらしい、というか筆算という方法を知らないのか? こちらはもう、掛ける言葉すら見当たらないレベルの無能さである……
「ダメだなこりゃ、てかさ、ドリルをクリア出来ないとどうなるんだ?」
「えっとそれは……」
『ビーッ! タイムアップです解答をやめて下さい、あと馬鹿にはお仕置きです、喰らいなさいっ!』
「はうあっ!」
「きゃいんっ!」
ドリルだっ! お馬鹿なセラとマリエルが座っていた椅子の座面から鋭いドリル、こちらは問題集の方ではなく、穴を空けるためのドリルだ。
激しく回転するドリルにカンチョーされた2人は、パンツに穴が空いたまま吹き飛ばされ、天井に突き刺さってぶら下がっている……
「おいおいもうアウトだろ、どうするよこいつら?」
「一応引き摺って行きましょう、本来はこれ以上進む権利がありませんが、敵と戦闘になった際には居た方が有利ですから」
「何で王宮の書庫に敵が出るんだよ……」
普通の顔をして当たり前のように敵の存在を示唆するインテリノ、王家や上級貴族の子弟が子どもの頃から勉強のためにはいる場所で、どう考えてもそれはおかしい。
だが良く考えてみよう、この異常な世界ではそれが普通なのかも知れない、子どもが入る場所に、人を喰らうような凶悪な敵が出現することは当然なのだ。
考え方を変えたら納得がいった、書庫に来たお陰で少しばかり賢くなることが出来たようだな……
「それで、このまま廊下を進んで次の部屋へ行けば良いんだな?」
「ええ、次はかなりの強敵が待ち受けていますから、用心しておいて下さい」
「早速敵かよ……具体的にはどんな奴なんだ?」
「分厚くて巨大な本のバケモノに襲われます、物理攻撃力はたいしたことありませんが、魔法のようなもので要らない情報を頭に流し込んでくるとんでもないモンスターでして」
「そんなの王宮の書庫で飼うなよ……」
天井に突き刺さったセラとマリエルを引っこ抜きながら、敵に関しての相談をする。
どうやらインテリノは次の敵が一番の苦手キャラなようだ。
一方、今回の馬鹿馬鹿しい問題でやらかした2人は、逆にその敵に対して強いのではないかということ。
どうしてそうなるのかはまるで理解出来ないのだが、この書庫で起こる事象に関しては経験者であるインテリノの意見を、無条件に採用していった方が効率が良さそうだ、俺よりも賢いわけだしな。
ということで俺はセラを背負い、インテリノはマリエルの足を持って引き摺りながら、最初の部屋を出て廊下を進んだ……
※※※
「ちょっとインテリノ、恥ずかしいから足を引っ張って運ぶのはよしなさい、私はもう普通に立って歩けます」
「いいえ、姉上は1歩でも歩くと何かトラブルを起こしますから、このまま引き摺るのがもっとも効率的な運搬方法なんです」
「ぷぷぷっ、マリエル、弟にそんなこと言われて恥ずかしい奴だな、ついでに穴の空いたパンツも晒して」
「うぅっ……とんでもない屈辱です、癖になりそう……」
足を引っ張られているためスカートが捲れ、パンツ丸出しの状態で運搬されていくマリエル。
算数すらまともに出来ない馬鹿に対してはこれで十分だ、むしろパンツを下されないだけありがたいと思って欲しい。
そのまましばらく廊下を進んで行く、先程までの廊下の壁には、明らかに10歳程度の子どもを対象としたポスターが並んでいたのだが、どうもこは中学生ぐらいの年齢向けだ。
おそらく先程の部屋で解いたドリル、それをクリアし、カンチョーされずにここへ辿り着けるようになるのはそのぐらいの年齢、そういうことなのであろう。
つまり、セラやマリエルは小学校の卒業検定すら落第するレベルの馬鹿なのだ。
勇者パーティーのリーダーとして情けない限りである、やはり再度の鍛え直しが必要なのであろう……
「さて、この扉の先が次のしれ……部屋です」
「おいコラ王子、今『試練』って言いかけたよな、やっぱそういうコンセプトだったのか」
「まぁ、一応は『勉強』の建前なんですが、どう考えてもこれは試練としか……」
「全く、そういうのはやめるようにと大人共に伝えておけ、マジでどこかへ行く度に面倒事が多くて敵わん」
どこへ行っても試練試練、この世界で目的を達するには必ず試練をクリアしないとならないのかと思いたくなる程度には試練が多い。
そして、試練といえばボスキャラ感を醸し出す巨大な敵だ。
インテリノが部屋の扉に手を掛け、それを引いて開ける……うむ、高さはおよそ3m半、開いた際の全幅? 翼長? とにかくそれは5m弱、ワインレッドのカバーを付され、目と口がある巨大な本のバケモノ。
これが先程言っていた『敵』なのか、しかし何か様子が変だな、何というかこう……正常に動作しているとは思えない、『ラグい』という表現がしっくりきそうなカクカクとした動きをしている。
「おい、コレ何か変じゃね?」
「……私もそう思います、以前来たときには最初の挨拶的なものもあったと思うのですが、それすら出来なくなっているようです」
「てことはアレか、壊れたからもうここはスルーで良いということか?」
「いえ、そんな簡単にはいかないと思います、何せあの本の後ろに出口があって、部屋の広さ的に倒さないと先へ進めませんから」
「本当に面倒な仕組みだな、これだから試練は……」
カクカクと動き続けるものの、こちらに対して何かアクションをしてくる様子はない本のバケモノ。
もしかすると俺達が来たことに気付いていないのか? 石でも投げてやれば気が付くのであろうか?
「勇者様、そのテーブルの上に文鎮が落ちているわよ、それを投げ付けてみたらどうかしら?」
「ん? ああ本当だ、ちょうど良いから思い切り投げて討伐してやろう、ちょっと降りてくれ」
背中からセラを降ろし、テーブルの上にあった文鎮を手に取る……重い、掌サイズにも拘らず、10kgぐらいあるのではないかという重量感だ。
何気なく持とうとして関節がどうにかなったりする奴が続出しそうな危険物である。
こちらもちょうど良い、あの本のバケモノ諸共ダメにしてやることとしよう。
思い切り振りかぶり、ピッチャー投げでその激重の文鎮を投擲する。
もちろん巨大な本のバケモノに直撃……紙切れの集合体の分際で傷ひとつ付かないとは……
「おいおい、ちょっと硬すぎるだろっ!?」
「あ、でも今のでこっちに気付いたみたいよ、あれ? 何だか頭に声が……」
「ん? おっ、うぉぉぉぉっ!? 何じゃこりゃぁぁぁっっ!?」
突如として頭の中に流れ込むどうでも良い情報群、『シマウマはウマとか言っているものの馬ではない』、『俺が喜んで食べていた安い寿司の赤身はマグロじゃなくてアカマンボウ』など、だから何だと言われればそれまでの、全く無駄な知識ばかり。
だが俺はその程度で済んでいるからまだ良い、隣でインテリノが頭を抱え、床を転がって悶絶しているではないか。
この巨大な本のモンスター、本来はここまでするようなものではないことは明らかである。
何か不具合が生じ、本来出すべき力の数倍から数十倍の魔力が放出されている、つまり暴走しているということだ。
次々に頭の中に流れ込む無駄知識に思考を邪魔されつつ、ふと残りの2人が気に掛かった。
そういえばインテリノが言っていた、セラとマリエルはコイツに対して強いのではないかということを。
「おいっ! セラとマリエルは……何でお前等平気なんだっ!?」
「いえ、ちょっと変な感じがするだけよ、特にヤバくはないわ」
「う~ん、何かいっているような気がしなくもないですが……別にそんなこと知りません」
「……なるほど、常日頃から人の話を聞いてないからだな」
セラとマリエルの2人共どうして平気なのか、何となくわかってしまった。
この2人にも当然、あの本のバケモノから発せられた無駄知識が、頭の中に直接送り込まれているはずだ。
だがこの2人の頭は完全にザル、情報はダダ漏れ、右の耳から入って左の耳から出て行くことを繰り返しているのである。
もちろん多少は頭に残ってしまうようなものもあるのかも知れないのだが、2人は元々頭がカラッポであるゆえ、その空き容量は通常の人間に比べてもかなり多いはず。
さらにそのメモリも、記憶された傍から揮発しているのだ。
無駄知識が蓄積され、どうかなってしまうようなことは一切ない。
「はっ、そうだ2人共、このままだと王子がヤバいぞっ! すぐにあのバケモノを討伐するんだっ!」
「……あら王子、本当に辛そうね」
「さっきまで調子に乗っていたから罰が当たったんです、まぁ、ここは姉の威厳を取り戻すため、私が1人で殺ってあげましょうか」
「おう、どうでも良いからサッサとしてやってくれ、このままだと俺もどこかおかしくなりそうだ……」
持参していた槍を構えたマリエルは、それを一気に突き出し、本のバケモノの口から反対側にかけて一気に貫く。
光が溢れ、あっという間に消滅するバケモノ……頭に流れ込む無駄知識が止まった。
だがこの時点で案内役のインテリノはダウン、俺も何だかフラフラだ。
ここは少し休憩して、体力を取り戻してから先へ進むこととしよう……




