421 探せ石の在り処
「あ~、何か地味にだり~っ……」
「昨日の疲れが残ってるんじゃないかしら? まぁ、お酒飲んだら元気になるわよ」
「ですよね~、あ~、だり~」
敵による大規模な襲撃を受けて一夜が開け、発足式という名の宴会を仕切り直しで始めるため、俺達は会場の広場へと向かっていた。
正直疲れたしダルい、とても昼間から酒を飲もうなどという気にはなれないのだが、これはまた不思議なことに、飲み始めれば次第に元気を取り戻していくのである。
もちろん、そのハイな状態が終わった後は、蓄積した疲れが丸ごと2日分、まとめて押し寄せてくることになるのだが……
会場に到着し、まずは自分達の席を探す。
すぐ近くにあった、だが今日もビュッフェ形式、会場入口からは近くとも、料理の並んだ皿は異常に遠い。
「じゃ、私達は食べにいってきまーっす!」
「こらカレン、リリィ、お前等ちゃんと適量をさらによそって持って来るんだぞ、その場で塊の肉に齧り付こうなんて思ったらダメだからな……と、適量じゃなくて少し多めに持って来てくれ、俺達の分もな」
『はーいっ!』
元気良く走って行く2人、これで俺はこの場を動かずに、運ばれて来る料理を口にするのみとなった。
まぁ、もはや口を動かすことすら面倒なのだが、食べて栄養を取らないと疲れも抜けないし、空腹で酒を飲むと悪酔いしそうだ、ここは無理矢理にでも口に入れておこう。
しばらくしてカレンとリリィが戻る、相変わらず肉ばかりのようだが、俺達のために気を遣ったのか、皿の隅っこに少しは、本当に少しだが野菜も盛ってある。
と、料理と一緒に付いて来たのは王子のインテリノ、俺に用があるのか、それともリリィと遊びたくて誘いに来ただけなのか……うむ、表情を見るにそのどちらにも該当しているようだ……
「おはようございます勇者殿、実は昨日の件で少しわかったことがありまして」
「昨日の件というと、もしかして『賢者の石』とやらに関してか、もしかしてあの後部屋に戻って調べたのかっ!?」
「いえ、さすがに昨日はすぐに寝てしまったんですが、その分早く起きてしまったので、道中の学習用に持って来ていた歴史書で、何か賢者の石に関する情報が得られないかと思って調べていたんです」
「子どものやることじゃないだろ……」
知能の低いマリエルの弟、そして人かどうかすら怪しい知識水準の駄王、その血縁とは思えない9歳、そろそろ10歳を迎えるというインテリノ。
そんな子どもに、早起きした朝の時間を費やす調査をさせてしまったのは申し訳ないのだが、情報が得られたというのであればそれを受け取らない手はない。
とりあえず空いている席に座らせ、賢者の石に関しての話を聞くこととした……
「……で、これがその歴史書です」
「なんと分厚い本なのだっ!? これはもう枕にしかならないぞ……」
インテリノが取り出したのは六法全書……とまではいかないものの、おそらく2000ページ近くはあるかという分厚い書物。
所々に付箋が挟んであるのを見るに、これは日頃から持ち歩き、何かの参考にしているのであろう。
そして、その付箋の中に1つ、やけに重要そうな雰囲気を醸し出しているものが見受けられた。
最も大きく目立つ、そして明らかに新しい、それに指を掛け、インテリノはその分厚い書物を開く……
開いた中はわりと多めの挿絵入り、子ども向けの学習書物ではあったようだ、だがこの分厚さはダメだろう、普通の子どもでは確実にやる気をなくしてしまう。
だがこの天才王子はそれを気に入り、日々知識を得るための糧としているのだ。
狂ってはいるが、王子とはそういうものなのだと言われれば、ああそうなのですかと答えるしかない……
「見て下さい勇者殿、これが賢者の石だそうなんですが、本体は塊になっていて、少し割れた破片と共に封印されているそうです、しかも絶対に解除出来ないとされる方法で」
「ふむふむ、当時の人間は欠片すらヤバいと思って、掻き集めたうえでガッチガチに封印したんだな、それで精霊達の力で色々とわかった後も取り出せないと……」
確かに、賢者が何をしたのか、村をどうしたかったのか、それがわかったのであれば、封印を解いて賢者を元に戻せば良いのだ。
だがそれをしなかったということは、諸般の事情により『できなかった』と考えるのが妥当ではあった。
その仮説が、インテリノの持つ歴史書の情報によって、真であると断定されたのである。
「それからここの記述です、読めますでしょうか?」
「う~ん、ちょっと字が擦れてるな、もしかして居眠りして涎でも垂らしたのか?」
「いいえ、この書物は先祖代々受け継がれて来た『王位継承者用お勉強セット(入門編)』のひとつでして、私が受け取ったときには既にこの状態でした」
「何それ、じゃあマリエルもそれで勉強したのか? にしては馬鹿すぎると思うのだが」
「姉上はもう最初から諦められていたようです、あともう1人の姉上も」
「誠に残念極まりない王家だな……」
パーティーメンバー1人だけ貴賓席のようなところに通され、砂糖たっぷりの甘そうな酒を飲んでいるマリエルを眺める。
なるほど、一応『王家の者』として使えそうかどうかぐらいは、子どものうちに判断がなされているようだ。
てかマリエルめ、1人だけ良い椅子で、しかもひと回りグレードの高い料理を前にしているではないか。
いくら王族でも今日は主催者側なのだ、少しは自重して……それが出来ればこの分厚い本で知識を得て、優秀な王女になっていたはずなのか、王国の闇はとんでもなく深いな……
と、王家のことを色々と知って感心しているような暇ではない、次は賢者の石の在り処について、このかすれた文字の中から情報を引き出していかなくてはならない。
インテリノ曰く、この文字列であった何かは、おそらく地名のようなものが記載されていたのではないかとのことであるが、それも確実とはいえないようだ。
「う~ん、なぁ精霊様、ちょっとこれを見てくれよ、もしかすると超昔に精霊様が賢者の石の調査をした村なのかも知れない」
「どれどれ……って、賢者の石の調査をしたのはその村の人間からの依頼じゃないわよ、確かもっと知的な、大賢者とか大仙人と、それらの能力について調べている学者みたいな集団だったわね」
「……てことはアレか、精霊様はべつにその修行の賢者や仙人を受け入れていた村の人間と直接絡んだわけじゃないと、そういうことだな?」
「そうよ、確かにその石が封印されている山の麓に村らしきモノはあったわ、でも今じゃどうなっていることやら、とても残っているとは思えないわね、正確な場所もイマイチ思い出せないし」
「だよな、いくら何でもそんな数千年前にチラッと行っただけの場所を覚えておくのは無理だろう……となると自力で捜索するしかないか……」
「まぁ、その石が封印されていた山自体、地殻変動とかでなくなっているかも知れないけど」
「良く考えたらその可能性もあるんだよな、う~む、手掛かりはこの字が擦れた歴史書と、それから王国領内のどこかってことぐらいか、かなりキツいじゃないか」
王国領内のどこか、もちろん精霊様も完全にその場所を失念してしまったというわけではないはずゆえ、ある程度の範囲までは絞り込むことが出来るに違いない。
だが問題はそこからだ、範囲を絞り込んだとて、それ以上の手掛かりが何もない、それと関与していた村の末裔は、既に堕落し尽くし、この世から消え去っている可能性が高いという状況。
発見にはかなりの時間を要するはずだ、そして発見後、絶対に解けないはずの封印を解いたり、場合によっては地殻変動で凄まじい深さに潜ってしまったソレを取り出したりしなくてはならない。
「……もしかしてこれ、もう諦めた方が良いのか?」
「いいえ勇者殿、諦めてしまうのはまだ早いと思います、この後王宮に帰れば、書庫にこれより詳しい、大人向けの書物があるはずです」
「いや『大人向け』って何だよ、18歳未満は読めないとかか?」
「はい、王宮の書庫にはそういう本も存在している、むしろ代々の王が世界中から掻き集めた書物は、ほとんどがそういうものばかりという話は聞きますね」
「本当にどうしようもない王家だな……」
何がどうしようもないのか、インテリノもそろそろ理解しているはずではある。
だがあえて口には出さないのだ、そして実際のところは興味津々、そんな顔をしているのであった。
「ということで勇者殿、今日の発足式が滞りなく終わったら、すぐに王都へ戻って王宮書庫の探索をしましょう、間違いなくこの書物よりも詳しいものが見つかるはずです」
「ああ、じゃあそうしようか、詳しい書物な……詳しい……言っておくが、別の情報に詳しい書物はまだ見せられないからな」
「……何のことでしょうか?」
王宮併設の書庫がどのようなものなのかは、図書館というものすらイマイチ利用しない俺には想像が付かない。
まぁ、ここは異世界、転移前の図書館の本来的な用途である、『冷房に当たりに行く』という使い道がある可能性は皆無。
まぁ書庫と図書館ではまた違うということも確かなのだが、それであっても目的物の捜索は俺には無理だ。
行くのは構わないが、似たようなカバーの本だらけの中で迷子になって、500年後にミイラとなって発見されるような事態だけは避けたいと思う。
さて、それはともかく、今日は発足式、という名の酒盛りの続きである。
ここでアルコールも含めた栄養を摂取しておき、帰りの長旅に耐え得る力を取り戻しておくのだ。
そこからしばらく飲んで食べて、いい感じに酒が回ったところで眠気を感じ、ビュッフェ会場に地理尻になった仲間を掻き集め、温泉施設ではなくハウスの方へ戻った……
※※※
「よっしゃーっ、忘れ物はないかーっ?」
「あれとこれと、あっ、あとあれも持って帰らないと……」
発足式の続きを終えた翌日、俺達は昼前から王都へと帰る準備を始めていた。
しばらくはこのセカンドハウスに戻ることがない、忘れ物をすると大変だということで、念入りにチェックを掛けている。
王都に戻ったら早速王宮、そしてその中の書庫へと向かうことが決まっており、それゆえ王国代表達も帰るのは一緒の予定だ。
先程、既にインテリノが乗ったと思しき高級な馬車が、俺達のハウスのすぐ近くを通過して行った。
「ご主人様、お母さんはしばらくここに残るそうですよ、まだビジネスチャンスがどうとか言ってました」
「そうか、だがシルビアさんは馬車じゃなくて馬だからな、コリンと2人乗りとはいえかなり速いぞ、むしろそのうち追い越されるかもな、案外王都の屋敷に戻ったら先に居たりして」
しかし、少しの間だけでもここにシルビアさんが滞在するのは好都合だ。
俺達は帰ってもこの拠点村の運営は続いていくゆえ、慣れない運営を指導して貰おう。
ということで、どこへ行ったのかすらわからないシルビアさん宛の依頼書と、それから報酬代わりに適当に価値あるものを残し、拠点村を後にした。
帰りの道中、時折精霊様が馬車の窓から飛び出し、周囲の山をグルッと確認して舞い戻るという行為を繰り返す。
かつて賢者の石の調査をした際、そのときに行った山、そして近くの村。
その景色に近い場所を見つける度に、思い出したかのように確認をしているのであった。
とはいえそれは数千年前の話、今となってはもう、よほどのことがない限りは形が変わってしまったはず。
これが王国や帝国のような巨大国家であれば話は別だし、人族以外の連中が絡んだ祠などであれば、何百万年時が過ぎようとも関係なしに、そのままの姿で残っていたに違いない。
だが俺達の探す賢者の石、厳重に封印されたそれを管理していたのは、紛れもなく人族で、そしてその中でもかなりの雑魚キャラばかりであったのだ。
精霊様の記憶を頼りに、景色などから目的の場所が見つかるという可能性の追及は、まずないものと考えて捨て去るのが妥当である……
「ふぅ~、ここも何か違うみたいなのよね、本当にどこだったかしら?」
「精霊様、もう諦めて大人しくしていたらどうだ、どうせ王宮の書庫に行けば何か見つかる感じの流れなんだし」
「そう上手くいくかしらね、まぁ良いわ、今までの調査費用、しめて金貨3枚と銀貨2枚ね、明日までに払ってちょうだい」
「いや勝手に調べて金取ろうとしてんじゃねぇっ!」
「あいでっ!」
無茶苦茶な請求をしてきた精霊様にはチョップを喰らわせておく、これならサキュバスボッタクリバーの方が幾分かマシだ、請求こそ異常だが、ちゃんとサービスだけはしてくれるのだから。
その後も王都の城壁が見えるまで、何度も窓の外の景色に反応する精霊様であったが、これといった情報は得られなかったようだ。
そもそも街道沿いにそんな場所があれば、これまで誰かが気付いて何か調べたりしたはず。
数千年前に学者が精霊達に依頼した調査以降、誰一人としてそのことに触れていないのはおかしい。
おそらく賢者の石を封印した何かも、もそれがあった村も、山奥で人知れず朽ち果て、もはやどう見ても人工物には見えないレベルに成り下がっているのではなかろうか。
もちろんその状況であれば、今回のこの話は完全に終わりだ。
望みは薄いが、少しでも手を伸ばしやすい、発見し易い形のまま残っていて欲しい……
「お~い、もう屋敷に着くぞ~っ、降りる準備をするんだ~っ」
「はいは~い、先に門の前に着けてくれ~っ」
「それは無理だ主殿、正門前は大変なことになっているぞ……」
王宮へ行く前に、屋敷の正門前で荷物の積み下ろしをしておいた方が楽だ。
そう思ったのであるが、ジェシカの指摘を受けて確認した屋敷の門と塀は、見るも無残な姿に変わっていた。
これは荷物の積み下ろしどころではない、崩され、残った部分には所狭しと落書きがされている。
ウ○コの絵が大半を占めている辺り、やった連中の知的水準がかなり低いことはお察しだ。
だがもちろん、近所の舐め腐ったようなガキ共の仕業ではない。
勇者ハウスにそんなことをすれば、たちまち恐るべき力でねじ伏せられ、地獄に送られることぐらい、5歳の子どもでもわかるはず。
ということはつまり……あの連中の仕業か……
屋敷の前に転がっていたのは塀の破片だけではない、打ち捨てられた弁当の空、飲み残しやその他のゴミが、至る所に転がっている。
もちろんその中には、『平和的勇者粉砕』だの、『武力をもって勇者を打ち払う非暴力平和運動』だの、既に一言の中で矛盾している頭の悪い横断幕が混じっているのが確認出来た。
「やっぱ留守中にも奴等が来ていたのか、全くどうしようもない連中だな……」
「というか、道路にゴミを捨てている時点で文明人ではなさそうだぞ、四天王討伐が終わったら、真っ先に調べなくてはならないのはこの連中に関してかも知れない」
「ああ、火山の噴火で瘴気がどうのこうので、それで人族が魔族にって話よりも、そもそも人族の中にこんな連中が居ることの方が危険だし、こういうのが勧誘で仲間を増やしていったらとんでもないことになるぞ、それこそ人族は滅亡だ」
こういう連中はもう、個人ごとや団体ごとに潰していってもキリがない次元にまで達している。
いつか大元を断たなくてはならないのだが、その大元が魔王軍、またはそれと繋がっている何かである可能性も高い。
「勇者様、この連中のことについて考えるのは後にしましょ、今は早く王宮へ行かないと」
「おっと、そうだったそうだった、じゃあマリエル、伝令を出して迎えを呼んでくれ……でも送迎馬車が来るまではここの片付けだな……」
ゴミや瓦礫を片付けていると、すぐに迎えの馬車がやって来る。
伝令を受けるまでもなく、俺達の到着を予想して送ってあったようだ。
俺とセラ、マリエルといういつもの3人に加えて、書庫で得た情報から何か良い記憶を呼び覚ますことが出来るかも知れない精霊様、4人で馬車に乗り込んで王宮を目指す。
残るメンバーは引き続き屋敷前の清掃、これはさすがに申し訳ないので帰りに何か買って来てやることとしよう。
その買い物をしている時間、追加的に片付けをサボることが可能になるしな……
「おっ、そろそろ王宮が見えてくるはずだな……と、正門の前でお待ちかねのようだな、何も外で待っていなくても良いのに……」
「いえいえ、書庫は王宮の中からではなく、前庭にある階段を降りた先にあるんですよ」
「それさ、豪雨とかでアレして中身がアレになったりしないのか?」
「そういう話は聞きませんね、きっと古の凄い魔法の力で守られているんだと思います」
「魔法の力か……それ、何か凄くイヤな予感がするのは俺だけか?」
俺だけではなかった、セラも精霊様も、というかマリエル以外は全員、もちろん俺達の話が聞こえているのであろう御者の兵士も、何かを察して凄く渋い顔をしている。
古の凄い魔法の力というワード、その圧倒的フラグ感、これから向かう書庫で、何らかのトラブルが生じることはもう確定したようなものだ。
そのトラブルがどんな性質を持ったものなのかはわからないが、容易にクリア可能なものでないのは明らか。
王都に帰って早々、またしても知恵と勇気を振り絞って、ダイナミックな活躍でピンチを切り抜けなければならないというのか。
これは骨が折れる、いや、ルビアが居ないのだから物理で骨折したら非常に拙いな。
骨が折れない程度の被害で済むことを祈りつつ、『王宮書庫』という名の魔境に臨むこととしよう。
正門の前に立ち、俺達に気付いたインテリノが手を振っている……
「お~っす、遅れてすまなかった」
「いえ、こちらもまだ来たばかりですから、さて、早速書庫の方に向かいましょう」
「ああ、じゃあ行こうか」
インテリノの案内で王宮書庫の入口へ移動する、係の兵士が敬礼をし、重く冷たい石の扉を開く。
書庫とは名ばかりの深淵が口を開けた、さぁ、ダンジョンにチャレンジだ……




