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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十三章 賢者の……
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420 この先どうする?

「はい、これで治療終わりですっと」


「うむ、助かったぞルビア、お前も少し休むと良い」


「う~ん、他にも怪我人は居るみたいですけど、まぁ良いか、それじゃあちょっと休憩しますね」



 温泉施設に担ぎ込まれた俺とセラ、ルビアにユリナとサリナ、その後の状況がどうなっているのかすらもイマイチわからぬままひと寝入りし、復活したところで治療を受ける。


 ルビアは温泉に浸かりながら休憩するつもりのようだ、俺もついでに入っておこう、せっかく全裸なのだしな……



「セラ、ユリナ、サリナ、お前等はどうする?」


「……まだ動けないからパス」

「私はさっきご主人様が寝ている間に入りましたわ」

「左に同じです」


「そうか、じゃあルビア、俺達だけで行こうぜ」



 タオルと寝間着とパンツだけを持ち、部屋に併設されている露天風呂へ向かう。

 この辺りの設計は例の温泉郷の施設とほぼ同じだ、というか、こういう場所ではほぼこの形式が取られているのであろう。


 ルビアと2人で湯船に浸かる、ルビアは俺より早く目覚めていたとのことで、運び込まれた後のことも報告を受けていたらしい。


 その話を聞くと、現在はカレンとマーサ、それから本来はゲストである王都獣人部隊のミケを筆頭に、本当に隠れている敵が居ないかを改めて捜索しているのだという。


 大将首は獲り、敵の軍勢自体は完全に瓦解させたのであるが、生き残り、特にその中でも拠点村を物理的に滅ぼすことが可能なクラスの敵が、息を潜めて奇襲のチャンスを覗っていないとも限らない。


 とはいえもう動くことすら億劫なのだ、あとは体力が余っている連中に任せ、俺達はここでのんびりと、全てが終わったという報告が上がってくるのを待とう。


 などと地味に偉そうなことを考えていると、温泉入口の戸が開き、ミラが入って来た……



「あ、勇者様、ルビアちゃんも、もう目を覚ましていたんですね」


「ああ、で、そっちは今どんな感じだ?」


「まだ藪の中とか地下とか空とか、敵が本当に居ないか探すべきところは多いですが、とりあえず私の仕事はこれです」



 別に風呂に入りに来たという様子ではないミラが手に持った縄の端を引っ張ると、現れたのはバスタオルだけ巻き付け、そのまま縛られた捕虜のサキュバスお姉さん達。


 人質というか壁というか、とにかくそういう用途に充てるため、村の周囲に『設置』されていた彼女達は、当然のことながら戦闘で舞った土埃や、地べたに座らされていたことなどによって汚れ切っている。


 で、ひとまず戦闘が落ち着いたには落ち着いたため、ミラは彼女達を綺麗にするために、ここへ連れて来たのだという。


 哀れな姿のサキュバス達、数珠繋ぎの先頭に居るのはココアであるが、顔にベッタリと泥が付着し、持っているはずの可愛らしさが台無しになっているではないか。


 これはさすがにかわいそうだ、もう少し扱いをグレードアップしてやるべきだな、具体的には豪華な食事を無償で提供したり、金銀財宝をリヤカーに満載して渡したりといったことをしてやらなければならない。


 ということでまずはミラに注意して、このような不当な扱いをやめさせる必要があるな……



「おいミラ、かわいそうだから縄を解いてやれよ、あと出来れば風呂に入った後は家に帰らせてやるんだ、この拠点村にある全財産を贈与してな」


「……勇者様、また魅了されてるじゃないですか、やっぱり精霊様の力を使い続けていないとダメみたいですね」


「俺が魅了されているだと? どういうことだ? ルビア、今の俺は何か変か?」


「変かどうかと言われるとちょっと、その……元々バグッているようなところがありますので何とも……」


「何だとコラッ!」


「あでででっ! で、でも魅了されてしまっているのは確かですっ! いつものご主人様なら、サキュバスの子達が来た途端に鼻の下を伸ばしてっ、あぁぁぁっ!」



 ルビアの脇腹を両サイドからガシッと掴んでグイグイ抓る、これでも調子に乗った罰としてはまだ不足だな。


 しかし俺自身、ココアを始めとするサキュバスお姉さん達に魅了されているつもりは断じてないにも拘らず、やはり周囲から見れば完全に『やられている』状態なのだ。


 まぁ、今はそれを指摘してくれる仲間が傍に居るから良いのだが、これがもし1人のとき、または夜などで皆が寝静まっているときであればどうだろうか?


 間違いなく俺は、一切何の疑いも抱かずに、おそらく南の四天王が自軍の中から派遣するのであろうサキュバスに対して利益を供与、そして自分がとんでもない不利益を被る、通常では考えられないような行動に出てしまうはずである。


 それは明らかに拙いな、相手がサキュバスという存在である今回の戦いは、勇者パーティーのメンバーとして唯一薄汚い野郎キャラである俺がネックなのは間違いない。


 だがその『ネック』が、作戦行動に致命的な欠陥をもたらし、しかも自分や他のメンバーの努力だけではその欠陥が治癒しない、そういう次元のものなのである。


 つまり、南の四天王アンジュとの戦いは、俺を除いたパーティー11人で戦うのが、現状最も効率が良く、勝利する可能性が高いということになるのだ。


 勇者不在の勇者パーティー、これほど寂しく、無様なものはない。

 戦いに参加できない俺の分は、きっとセラ辺りが遺影よろしく、俺の肖像画を抱えていてくれるのであろう。


 ……いや、マジでそれだけは避けたい、出来ることなら俺も一緒に敵城へ突入し、四天王との戦いに参加したい、参加しなくてはならないのだ。


 とはいえ、魅了対策として精霊様の力に頼っていると、いつかはその力の維持に限界がきて、俺だけが魅了されて戦闘不能になる、むしろ操られてマイナスになるかも知れない。


 かといって『魅了に耐える修行』などというものを今からするわけにもいかないし、そもそも修行してどうにかなるタイプのモノではなさそうだ。


 何か、どうにか俺が魅了の効果を受けないで済む方法がないものであろうか。


 以前やったように、屋敷の裏に『修行寺セット』を建造し、そこで頭を丸めて……うむ、おそらく今回は無駄だ、サキュバスの魅了は、それに掛かっていることすら気付かせない強力無比なもの、自分の意思で煩悩を退散させたからといって、それで何かが変わるようなものではないはずだ。


 というかむしろ、『修行寺』でやるのは『修行』なのだから、やはりそれでどうにかなるはずがない。

 では一体どうすれば……修行以外で……何かの力を……アイテム? そういうアイテムを使えばどうにかなるのではなかろうか……



「なぁミラ……って、どこ行ったんだ?」


「ご主人様がウンウン唸っている間に出て行きましたよ、さて、私もそろそろ上がりますね」


「あ、待ってくれ、俺も上がるっ」



 サッサと湯船から上がり、行ってしまおうとするルビアの後を追い、寝間着に着替えて部屋に戻る。

 まだ他のメンバーは戻っていないようだ、窓の外は紅い夕暮れ、午前中は発足式のつもりでいたのだが、戦いに明け暮れて1日が終わってしまった……



 ※※※



「ただいまーっ! お腹空きましたっ!」


「お、カレンが戻って来たみたいだな、おかえりーっ……っと他のメンバーも……そういえばアイリスとエリナは?」


「あら、聞いていなかったのね、アイリスちゃんは非戦闘員向けの炊き出しに狩り出されて、エリナちゃんは意味もなくそれに付いて行ったそうよ」


「ん~、まぁ一応護衛ということになっていたシナ、それで、2人はいつ返却されるんだ? こっちの食事当番がミラだけだとキツいぞ、相当疲れているだろうし」



 入口で汚れ物をポンポン脱ぎ捨て、そのまま部屋を通過して風呂に向かうカレン、その後ろには続々と他の仲間が……なぜかリリィの里の族長まで居るではないか……



「はぁ~、おばちゃんもう疲れちゃったわよ……」


「……!? まさかそんなっ! 長文じゃないだとっ!?」



 衝撃である、リリィの里の族長、ライトドラゴンのおばちゃんが徐に口を開いたというのに、たった一言だけ発してその口を閉じたのだ。


 全員相当に疲れているのは予想が付いていたが、まさかここまでとは……と、再びドアが開く、次に入って来たのはマリエル、アイリス、そしてエリナの3人。


 マリエル以外は戦闘に参加していないため汚れていないものの、全員顔が青い。

 アイリスに至っては既にフラフラである、おそらく1日中おにぎりでも作っていたのであろう。



「勇者様、少し相談があるんですが」


「どうしたミラ、夕飯のことか?」


「ええ、食材はいつも通り届いているんですが、正直もう調理とかしたくありません、だから今日は諦めて、全部生で食べましょう」


「……とりあえず正気に戻るんだ、少し寝れば良くなるかも知れない」



 色々と事が起こりすぎ、完全に壊れてしまったミラ、アイリスも似たような状況だし、この2人に包丁を握らせ、火を使わせるのはさすがに拙い。


 こうなったらグルメ勇者たるこの俺様が実力を発揮して……と、横で浮かんで寝ていたはずの精霊様が目を開け、凄まじい形相でこちらを睨んでいる。


 センスがない者は調理などしてはいけない、それは食材に対する冒涜であり、万死に値する行為なのだ。


 それを、この場で、この世界で最も位の高い存在の前でやってのけ、さらに出来上がった『元食材』の何かを食事と称して提供する、もはや10万回ゾウリムシに転生させられ、毎度巨大なカダヤシに飲み込まれる罰を受けても妥当と言い得る悪事、それだけはやってはならない。


 となると今日の夕飯は……む、既に完成しているし、カレンとリリィと、それから族長が、いつの間にか風呂から上がって貪り食っているではないか……



「おう勇者殿、あの状況ではどうせ料理をする人間も居ないと思ってな、俺が全員分作っておいたぞ」


「うむ、実に助かるのだが、ゴンザレスはいつからここに居たんだ?」


「おう、ほんの10秒前さ、ここへ来る途中に料理を仕上げ、着いてから7秒で全て再加熱したのだよ」


「そ……そうですか……」



 異常性に磨きが掛かったゴンザレスであるが、これでパーティーメンバーだけでなく、王国の主要メンバーの大半がここに、いや、そこで王子の一団も部屋に入って来た、王国代表は全員だ。


 先程風呂で考えた『魅了封じのアイテム』、それについて聞いてみるには絶好の機会、あいにく物知りババァの総務大臣は臨席していないが、その代わりにライトドラゴンの族長が居るのだ、このおばちゃんも見かけとは裏腹に博識であることは間違いない。


 まぁ、とにかく俺も腹が減っている、ゴンザレスの提供してくれた料理を頂くこととしよう、このテーブル上のものがある程度なくなったら、アイテムの話題を振れば良いのだ……



 ※※※



「……で、そういうことなんだよ、何か良い物がないか? 王家の秘宝とかでも構わないぞ」


「勇者様、もし王家の秘宝にそんなものがあったら、お父様のような哀れな王は誕生していませんよ、アイテムの力で自制心を強化すれば良いだけですから」


「いや姉上、王家の秘宝ではありませんが、似たようなアイテム、というか石の話なら本で読んだことああります」


「っと、それならおばちゃんも知ってるさ、人族の王子ちゃんの言いたいのはアレでしょ、何だっけほら『賢者の石』だったかね? とにかくそんな感じの石が人族が王国って呼んでる地域の、ほらアレ、何だっけ、アレよアレ、あ~、え~っと、も~っ、おばちゃん最近忘れっぽくてしょうがないのよ、とにかくその『賢者の石』、それが人族が王国って呼んでる地域の、ほらアレ……」



 馬鹿な王女であるマリエルは否定したが、賢い王子であるインテリノ、そして食事をして元気を取り戻したおばちゃんは何かを知っているようだ。


 ちなみにおばちゃんの話は無限ループを始めたため、無視してこちらの会議を継続することとした。



「それで、その『賢者の石』ってのはどこにあるのかわからんのか? てか名前からしてもっと別の用途のはずなんだが……」


「あ、賢者の石よね、それなら私も知っているわ、大昔の話だけど」


「お、何だ精霊様、いつの間に起きて来たんだ? で、賢者の石に関して何か有力な情報が?」


「うん、あれは確か3,000年ぐらい前だったわね、ペタン王国の領地の中に村が1つあったのよ、その村で賢者が修行していたの……」



 精霊様の話は続く、なお後ろではおばちゃん族長の話も続いているが、それはリリィとインテリノが正座して聞かされている、そしてもちろんリリィは舟を漕いでいる。


 で、こちらは精霊様の伝える物語に集中しよう、精霊様曰く、賢者が居たのは王都より西側、かなり深い森に囲まれた小さな村であったという。


 そこは伝統的に『仙人』のような者がやって来て、修行をするような土地であった。

 賢者と呼ばれた男も、そこで修行をし、凄まじい力を身に付けるまでになったのである。



「でもね、その賢者はあるとき目覚めてしまったの、煩悩に、それで全裸になって村の中をを走り回るという暴挙に……」


「おう、まるで今日の勇者殿ではないか、やはり目覚めるとそうなってしまうのだな」


「ちょちょちょっ、話の腰を折らないでくれ、それでどうなったんだその賢者は?」


「当然のことだけど、『乱心』として賢者登録は抹消、封印されて石になったわ、当時の人間は残念がっていたわね、世界最高の賢者だったのに、まさか煩悩に目覚めるなんてって……」


「いやその前に何だよ賢者登録って、この世界の賢者は登録制なのか?」



 賢者登録の件はともかく、その封印されて石になった煩悩塗れの賢者、俺の知っている賢者の石というのは、『賢者が使う石』なのだが、この世界においては『賢者が石』ということらしい。


 しかし、煩悩に目覚めた賢者を石にしたものを使う、それは魅了封じとしては逆効果ではないのか?

 そもそも煩悩塗れということであれば、俺はデフォルトの状態でも十分それに該当しているはずだ。


 今更になって煩悩賢者の力を借りるまでもない、この話はなかったことに……と、精霊様の話はまだ続くようだな……



「それでね、後でわかったことなんだけど、その賢者は吸い取っていたの、その村の人間の、修行に来た賢者や仙人に頼り切って自らは何もしない、堕落したダメな心をね」


「なるほど、それで吸い取りすぎて、自分が煩悩塗れの堕落マンになってしまったと」


「そう、賢者は堕落した村人を救うためにそれをやったんだろうけど、吸い取っても吸い取ってもそういう心は消えず、最後は賢者自身がパンクしちゃったのよ」



 確かに、偉い賢者や修行を積んだ仙人などが村に滞在し、修行をしている。

 もちろん修行だけではなく、その村のために何かをしてやったり、村人の生活水準の向上にも努めていたはずだ。


 頭の良い連中の施しにより、村はさぞかし発展したのであろう、だがそれは裏目であったらしい。

 当時の村人は、『賢者が、仙人が全てをやってくれる』、いつしかそう思い始め、それが当たり前になってしまったのであろう。


 そうなるともうどうしようもない、修行に来ている者が居るうちは良いが、時代が流れ、そういったことがなくなった際に村に訪れるのは破滅。


 誰も何も出来ない、全てが徐々に失われていく、ただ消費するだけの村に成り下がる。

 賢者はそれに気付き、そして危惧し、村人の煩悩、というよりもダメな心を吸い取ることに決めたのであろう。


 何とも言えない結末ではあるが、賢者の石が『煩悩を与える』のではなく、『煩悩を吸い取る』類のものであることはわかった。


 だが今回の敵、サキュバスによる魅了は煩悩とは違うことは、先程俺が考え抜いた中で答えとして出てきたのだ。

 やはり賢者の石とやらでは、この戦いで俺がまともにやっていくためのサポートはしてくれないのではないか。


 とにかくその点を、精霊様に直接聞いてみることとしよう……



「……精霊様、ちょっと質問があるんだが、その賢者の石に『魅了封じ』の効果があるとどうしてわかるんだ?」


「それならわかっているわよ、だって人族のために、私達精霊がその賢者の石を詳しく調べたんだもの、非破壊検査で色々調べたときに、ついでに効能まで全部わかっているの、その中に『魅了封じ』があったと思ったわ」


「調べ方が現代的すぎて異世界ファンタジー感ブチ壊しなんだが……」



 意味不明なのだが、とにかくその『賢者の石』というものが、俺の意思に関係なく発動し、とんでもない考え方、そして行動をしてしまうサキュバスの魅了を回避するための手段となることがわかった。


 あとはそれがどこにあるのか、どうやって入手するのかだが……



「精霊様、それに他の誰かでも良いや、その村の場所ってどこなんだよ?」


「う~ん、あの感じだったし滅びたりしたんじゃないかと思うわ、賢者がいなくなった時点で堕落していく一方だったはずよ」


「それに王国内で仙人とか賢者とかが修行しに行くような村というのは聞いたことがありませんね、もしあったら何かと課税強化してガッポガッポ……」



 王女のマリエルがとんでもない圧政者の片鱗を見せているのだが、それはスルーしておくこととしよう。


 しかしその賢者の石を擁する村自体が滅亡している可能性があるのか。

 そもそも封印され、石にされた状態でどこかへ移動されたという可能性もある。


 案外王都に移動されていたり……いや、それなら王家の秘宝の類として存在しているはずだ。


 そうなるとやはり、わけのわからん山奥の秘境の、人跡未踏の森の中の、既に忘れ去られた古の、巧妙に隠された祭壇とか何とかに、厳重な封印の下で鎮座していたりするのであろう。



「勇者様、これは一度王都に帰って色々と調べてみるべきだわ、わからないことが多すぎるもの」


「だな、となると出発は明日の朝……この状況だと昼になりそうだな」


「いえ、明日の夕方は発足式、じゃなかった広場で宴の続きよ」


「じゃあ明後日の昼だ」


「どんどん遅延されていくわね……」



 防衛戦の後の疲労を引き摺ったままのメンバー達、さらに明日も宴である。

 賢者の石がどこにあるのかは気掛かりだが、とりあえず先にやるべきことを済ませよう……

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