419 全てを守り抜く
苦しい、まるで息が出来ない、それも当然だ。
今は敵の放った巨大な風魔法の真っ只中、後ろからはセラの風魔法で押され、挟まれた状態なのである。
本来勇者と言われる存在であれば、ここで『ウォォォッ!』とか叫びながらカッコイイ顔面のまま敵の懐に飛び込むのが常だ。
だが今の俺の顔、風の力でビロビロと波打ち、とてもイケメンの類ではない……まぁ、それは生まれつきな部分もあるのだが、この顔面が勇者か否かという質問に対する答えとしては、十中八九『否』としておくのが妥当であろう。
それでも、どんなに無様な顔になろうともここで諦めるわけにはいかない。
振り返ることは出来ないが、もし後ろを見れば、きっとセラも首に青筋を立て、凄まじい形相で魔法を維持しているはずだ。
ゆえに、ここで敗北して全てを無駄にしたくはないのである。
その思いを胸に、徐々にボーラレタへと近付く俺、奴の表情は覗えないが、おそらく焦ってはいるに違いない。
このまま敵の魔法の中を突っ切れば、その時点で俺達の勝利が確定するのだ、そしてその勝利はもう目前、飛行サポートのセラも最後の力を振り絞り、中央にある空気の塊に空いた穴へ風を送り込む。
あと10m……5m……ここで敵も最後の回避策に出るようだ、これまではセラと巨大な空気の塊を押し合っていたのだが、魔法を一点に集中させ、俺のみを排除しようと試みる。
しかしそれは裏目だ、俺は再びあと10m程度の所まで押し戻されたのだが、ぶつかり合う範囲全体で見れば、セラの魔法の力が大幅に上回ったのだ。
敵味方中央のラインを大幅に越えた空気の塊、逆綱引きのような接戦はその均衡を失い、もはやボーラレタは死に体、やがてその塊は足元まで到達し、押し戻されるばかりであった俺を強力に後押しする……
『ヴッ……ヴゴォォォッ! も……もう無理だぁぁぁっ!』
ボーラレタの口から諦めの絶叫が漏れる、前後から圧を掛けられ、今にもぺちゃんこになりそうな俺であるが、奴も、いや奴の方が危機的状況に陥っているのは確かだ。
再び残り5mの位置へ……残り3m……2m、いや、もう届くっ!
セラと敵であるボーラレタに続き、俺も最後の力を振り絞る……聖棒の先が敵の兜に触れるか……触れたっ……
『ぎゃんっ! ぐあぁぁぁっ!』
聖棒に突かれ、吹き飛ぶボーラレタの兜、下から現れるハゲ散らかした頭。
さらに聖棒を突き出し、押し当てると、僅かに残った毛根も全てが、頭皮ごと剥がれて飛んで行った。
やはり鎧の中は打たれ弱いのか、と、そこで遂に、ダメージを受けたことによってかボーラレタの魔法が一気に消滅する。
残ったのは俺の真後ろに迫った空気の塊と、それを押すセラの魔法……あ、これヤバいやつですよきっと……
『ハッ! あ……あぁぁぁっ!』
『ぎょぇぇぇっ! 何で俺までぇぇぇっ!』
まとめて吹き飛ばされる俺とボーラレタ、そのボーラレタの鎧は直撃した空気の塊が炸裂したことによって瓦解、もちろん俺の服もだ。
手に包帯で巻き付け、しっかりと握っていた聖棒のみは手元に残ったのだが、それ以外のモノは全てが失われてしまった。
上着、肌着、ズボン、パンツ、そして財布までも、粉砕されたボーラレタの鎧と共に吹き飛んで行く。
俺自身も風に巻き上げられ、最初に魔法の中へ飛び込んだときと同様にグルグルと回転している。
チラッと見えた青い空、そこを舞っているのは俺のパンツか……いや、あの柄は俺のではない、敵のハゲ野郎の生パンツだ……
見たくもない、汚らしいパンツが視界に入ってしまったゆえか、それとも三半規管がどうにかなってしまったゆえか、次の瞬間には俺の脳がシャットダウンを要求する。
徐々に暗くなる視界、もうこのまま風に身を任せ、自由落下して行く他に選択肢はない。
きっと、きっと仲間の誰かが受け止めてくれるはずだ、それを期待しつつ目を閉じる……
※※※
ドシーンッという衝撃があったかなかったか、目を覚ますと、俺はリリィの背中に乗っていた。
戦いはどうなった? そう思って体を動かし、下を見る……地面は抉れ、かなり離れた位置に見える森の木々はへし折られ、無残な姿を晒している……
『あ、ご主人様起きましたか?』
「ん、お、おう……リリィが俺を拾ってくれたのか?」
『そうですよ、木の葉みたいに空を舞ってのを見つけたんで』
「そうか、それは助かった、で、戦いの方はどうなったんだ?」
『え~っと……それがですね……』
言い淀むリリィ、まさかと思って周囲を見渡す……後ろに見える拠点村の入り口、そして精根尽き果て、地べたに座り込んでいるのは、セラを始めとした俺の仲間達。
そこへ迫るのは上級魔族の大群、前衛の下級、中級魔族を盾とし、あの空気の大爆発を凌いだのだ。
敵軍の中にはボーラレタの姿こそ見受けられないものの、どれも強力な魔族ばかり。
対するこちらの仲間達には、既に戦う気力が残っている者など居ない。
もちろんリリィも飛んでいるだけで精一杯だ、他のパーティーメンバーや戦闘参加者、本陣に残っていたはずのマリエルも、既に出撃したようで近くには見当たらないのである。
つまり、現状であの軍団を止めることが出来る、その可能性があるのは俺だけ、全裸でリリィに跨る、異世界変質者の俺だけ……
「リリィ! このままセラ達の目の前に降りてくれっ! しばらくは俺が1人で戦うっ!」
『わかりました、じゃあ私は村の奥で誰か呼んで来ますね……でもご主人様、服はどうするんですか?』
「それは後で考えるさ、服はなくても武器と、それから仲間と拠点村を守るアツいハートだけは持っているからなっ! どうだ、俺はカッコイイだろ?」
『か……かっこ悪いっ! 素っ裸だし……』
俺の『かっこよさ』を理解することが出来ない様子のリリィ、いや、子どものリリィにはまだ早いのだ、あと5年もすれば、このときの全裸勇者がかっこ良かったと思い始めるに違いない。
その5年後を平穏無事に、皆から尊敬される勇者様のまま迎えるためにも、ここで敵を村に雪崩れ込ませることは出来ないのだ。
急降下するリリィの背中にガッシリとしがみ付き、力を使い果たした仲間の待つ地上を目指した……
※※※
ドシッと着陸、それと同時にヒラリとリリィの背中から舞い降りる、もちろんフル珍のままだ。
「おいセラ、ルビア、ユリナ、サリナ、大丈夫か?」
「……私達も、それから勇者様のビジュアルも大丈夫じゃないわよ」
「ご主人様……こ、これを……」
僅かに回復したのであろうサリナが、その本の少しの魔力をすべて使い、俺の珍に幻術のモザイクを掛けてくれた。
小さいが、珍にフィットする良いモザイクだ、これなら迫り来る敵と戦っても脱落し、再び違法な状態に回帰してしまうようなことはない。
「ご主人様、そろそろ敵がここへ来ますよ、その格好でどうするつもりなんですか……」
「ルビア、今の俺はご主人様ではない、『珍王様』と呼んで欲しい、だがそれは良い、ここは俺に任せて、お前達は安心して体力や魔力の回復に努めるのだ」
「珍王様って……」
決まった、これでもかというぐらいに決まってしまった、あとは眼前に迫った敵の一団を殲滅し、さらにカッコイイところを見せ付けてやる。
そうすればきっと、これから先セラもルビアも、それに悪魔の2人も、事あるごとに『キャーッ、さすがはご主人様!』とか何とか言いながら、俺に対して理解不能な尊敬の念を抱く、ごく普通の異世界女子キャラになってくれるはず……
『ウォォォッ! ボーラレタ様の仇!』
『捕虜にされ、陵辱されたサキュバス嬢達も奪還しますっ!』
『何だっ!? あんな所に全裸の変質者が居るぞっ!』
『本当だ、まずはあの変態野朗から殺せっ!』
『突撃だぁぁぁっ!』
……と、そうこうしている間に敵はもう手が届くかどうかという位置まで到達している。
思い思いの言葉を発しながら迫り来る上級魔族軍団、数は……2,000から3,000といったところか。
「おうカス魔族共! どっからでも掛かって来やがれっ!」
『何だと変質者の癖にっ! 殺せぇぇぇっ!』
『うぉぉぉっ! 死ねぇぇぇっ!』
「いやお前等が死ねよ」
『ぎぃぇぇぇっ!』
聖棒のたった一振りで、トップを張っていた数十体の魔族を跡形もなく葬り去る。
なぜか体が軽い、攻撃の威力も段違いだ、まさかあの服が俺の真の力を押さえ込んでいたというのか?
一呼吸ごとに聖棒で薙ぎ払い、大量の敵を始末していく。
辺りは血の海、消滅せずに残った魔族の体のパーツが、そこかしこに転がる地獄と化した。
だが、この場で戦い、敵の侵攻を阻んでいるのは俺たった1人のみ、守備範囲は横幅にして200m前後しかない。
そして当然のことながら敵は横に広がり、俺をスルーして村の中に入ろうと試みる。
このままだと拙い、そう思ったところで、上空から炎の帯が降り注ぐ……巨大な赤いドラゴン、リリィが呼んだ助っ人として表れたのは、ライトドラゴンの族長であったのだ。
しかも背中にはカレンとマーサの姿も、勝った、これは圧倒的な勝利に繋がるフラグといえよう。
「お~いっ! ご主人様~っ! 助けに来ましたよ~っ!」
「私も居るからもう安心……って、どうして素っ裸なのっ!?」
「あぁ~っ! 色々と事情があってな~っ! とにかく降りて来るんだ~っ!」
戦いながら2人に声を掛ける、気を効かせた族長が、これまた戦いながら体を傾ける。
その背中からピョンッと飛び降りた2人は、それぞれ敵陣のど真ん中に着地、血飛沫を上げながらこちらに近付いて来た。
ちなみに族長は村の周囲の警戒のため、最初の一撃のみで離脱して行った。
ここからは3人での戦いだが、カレンとマーサの力が加われば、この数でも簡単に始末出来るはず。
まずは2人と合流することとしよう、俺も血飛沫の方を目指し、敵を倒していく。
しばらくするとようやく、マーサの長いウサ耳を確認した……
「ちょっとあんた、何よそのモザイクは? 粗末なモノがはみ出しているわよっ!」
「仕方ないだろ、サリナだってもう限界なんだ、これが全身全霊、一世一代のモザイクなんだよ」
「まぁ、ならどうしようもないわね、でも『謎の光』とか『湯気』とか上手く使って、出来る限り隠しておくべきよ」
なんとマーサに注意されてしまったではないか、だがそういう『隠すためのアイテム』は元来、見目麗しい女子に使うためのものである。
それを俺のような輩が不正使用すればどうなるか、この世界の住人からの支持は得られず、大変な非難を浴びることとなるのだ。
俺にはこの小さなモザイクぐらいが身の丈に合っている、そして高望みしないのが勇者として正しい思考のはず。
もっと大きなモザイクは、いつかサリナの魔力が全快のときに設置して貰うこととしよう。
などと適当な話をしながら戦いを進める、ちなみに話をしていたのは俺とマーサだけ、カレンは1人黙々と戦闘を続け、俺達2人の討伐数を合計したものの5倍以上は倒している。
とはいえ俺が150体、マーサは180体ぐらいの討伐数だ、さて、この場合カレンの討伐数はどのぐらいになるでしょうか、という算数の問題を作成したい。
と、今カレンが倒したので最後か、押し寄せた2万の敵はあっという間に殲滅、残ったのは薄汚い死体の山のみとなった。
「ふぅっ、これで正面はどうにかなったな、ちなみに2人共、村の奥の様子はどんな感じだ?」
「コソコソ侵入してくる敵も居ましたが、それ以外は普通に攻めて来ました、だから皆で攻撃してほとんどやっつけたんです」
「私の方もよ、藪とかに隠れてたり、透明な奴とかも居たわね、まぁ、私の耳に掛かればそんな奴等たいしたことないけど」
「そうか、まだ油断は出来ないが、どうにかこうにか持ち堪えたってことで良さそうだな、となるとここでダウンした4人を……いや、まだ終わりじゃなかったみたいだな……」
動くこともままならないセラ達魔法組に声を掛けに行こうとしたところ、丘の上にヨロヨロと歩く人影を認めた。
鎧を剥がれ、全裸かつ満身創痍になった敵将、ボーラレタである。
装備は木の棒のみ、それも武器としてではなく、ボロボロになった自分の体を支えるための杖として用いているのだ。
その状況にあっても、まだ諦めることなくこちらを目指すボーラレタ、俺達の前までやって来た……
『ま……まだだ、まだ終わってはいないっ……』
「その格好でか? 珍にモザイクも掛けずにどうやって戦うつもりだ? てかマジで粗末だなお前のそれは、アレか、『美味しくなって新登場』を繰り返した結果、そんな感じにダウンサイジングしてしまったのか」
『き……貴様もさほど変わらんというのに……とにかく最後の決戦だ、1対1、どちらかが倒れるまで戦わんっ! おぇぇぇっ……』
どちらかが倒れるまでという条件を、もう倒れる寸前の側から突きつけてきた、しかもゲロを吐いていて汚い。
まぁ、こちらにとってはラッキーなことだ、一撃で始末して……いや、このまま生け捕りにして晒し者にした方が良いか?
「なぁマーサ、この全裸変態ウスラハゲ野郎をさ、ちょっと気絶させて……」
「え~っ、イヤよそんなの、汚いし、あと公開処刑とかするつもりなのかもだけど、皆疲れてるから剃れどころじゃないわよ」
「そうか、確かにそうだな、じゃあ殺そうか」
『敵を前にして何を話しているのだっ! 隙ありとみなすぞっ! キェェェッ!』
この時点で一切の存在価値を喪失したボーラレタ、杖にしていた木の棒を振りかざし、ヨロヨロとこちらに襲い掛かってくる。
それに対してはカレンもマーサも動かない、俺1人でどうにかしろということか……全裸と全裸のぶつかり合い、全裸対決になってしまうではないか。
『喰らえぇぇぇっ! やぁぁぁっ! おっと……とべろぱっ!』
「あ、死んだ」
つい先程までの、巨大な魔法同士のぶつかり合いから大幅にスケールを縮小させた決勝戦は、立っていられずに転倒したボーラレタが、俺の構えていた聖棒に頭から突っ込んでダメージを受け、絶命するという、何とも言いようがないかたちで幕を閉じた……
「ご主人様、とりあえずマリエルちゃんの所に首だけ持って行きましょう、村の中で戦っている人達に見せてあげないと」
「そうだな、じゃあカレン、俺は触りたくないから捌いておいてくれ」
「わかりましたっ!」
シュタッと敬礼したカレン、自らの武器をもってボーラレタの死体からグチュグチュになった首を切り離す。
よくもまぁそんなものを触ることが出来るものだと感心していたところ、俺にも限界が訪れたようだ。
皆と、それから拠点村をを守るため、全裸になってまで戦闘を継続した俺であったが、ほぼほぼ勝利したことを確信したことにより、アドレナリンがどうのこうので急激に疲れと、強烈な痛みを感じる。
回復役のルビアは未だにグッタリしているし、これはしばらくこの状態のまま居させられそうだな……もう一度、あの落下のときのように脳をシャットダウンしよう、後はこの2人と、村の中で戦っている仲間達に任せて。
「すまんカレン、マーサ、ちょっと寝るから後は任せた」
『はーいっ!』
先程のボーラレタではないが、聖棒を杖代わりにヨロヨロと歩き、固まってへたり込んでいる魔法使い4人の下へと辿り着く。
そのままセラの背中にもたれ掛かり、次の瞬間には意識を手放した……
※※※
「勇者様、勇者様……」
「ん? もう朝か……じゃない、戦いはどうなったんだ?」
「さっき村の方で歓声が上がったわよ」
「じゃあ勝ったってことだな、どうする、俺達も行くか?」
「……やめときましょ、まだ立ち上がりたくないわ」
「そうだな、誰かが迎えに来るまで待とうか」
「その前に服を着た方が良いわよ」
服を着ろと言われても、ここには着るべき服など存在しない、セラやユリナ、サリナの物ではサイズが合わないし、ルビアのはギリギリ着られそうだが、そもそも誰かを下着姿にしてしまうわけにはいかない。
まぁ良い、俺はこの拠点村の頭、そして異世界から来た勇者様なのだ。
勇者様は全裸でも非難されないし、フル珍でも逮捕されないのである。
しばらくそのまま待機していると、遠くから数多くの足音が響いてきた。
顔を上げる、カレンとマーサが人を連れて来てくれたようだ、担架を持った男共が何人も見える。
「お~う勇者殿~っ! そっちは大丈夫か~っ?」
先頭を歩いているのはゴンザレスか、他にも村の中で戦っていたメンバーの姿があるようだ。
それに非戦闘員として温泉施設に隠れていた連中も混じっている、ということは他の場所も敵が片付いたということだな。
とにかく今は連れて帰って貰おう、その後はルビアの回復を待って、飛んだり落ちたり戦ったりで傷だらけになってしまったのを癒して頂くとしよう……
「お~い、大丈夫だ~っ、だが4人して動くことすら出来ない、担架で休憩できる場所まで運んでくれ」
「わかった、ところで勇者殿、どうして全裸になっているのだ?」
「まぁ諸般の事情ってやつだ」
「遂に目覚めたのか? いやはやかなり変態のセンスがあるとは思っていたが、そうか、目覚めたのか……」
「おいっ、目覚めたとかいう言い方はよすんだ、せめて『覚醒した』ぐらいにしておいてくれ」
良くわからないところで変態扱いされてしまったのだが、これは服さえ着れば収まることだ。
担架に乗せられ、もう一度目を閉じ、揺れに身を任せる。
搬送されながら聞いた話では、村内はどこも破壊されていない、そのうえ重傷者こそ俺を含めて大量に居るが、こちら側には死者も出ていないのだという。
つまりは完全勝利を収めたのだ、これはめでたい。
少しばかり、いや明日の朝ぐらいまで休憩して、それから改めての祝勝会だ。
当然、途中で放り出してしまった発足式の続きもしなくてはならない……




