414 村では
酒宴を開いた翌日、俺達は昼過ぎにノソノソと起き出し、この地域の首都となった温泉郷の観光をしていた。
案内役はミケ、まずは以前食べて非常に美味しかった、あのジジィの作る温泉饅頭を堪能する。
「やっぱりこの温泉饅頭が最高よね」
「間違いない、ジジィを拷問してレシピも吐かせたらしいし、これで技術が途絶えることなく承継されるな」
「ちなみにあのおじいさんは態度が悪かったからぶち殺したんだにゃ、首はリアル『饅頭』として川に流しておいたんだにゃ」
「まぁ、それが饅頭本来の使い方らしいからな、しかし惜しいな、この饅頭のレシピが秘匿事項に選定されているなんて、帰って真似出来ないじゃないか」
「それをやられたら観光客が減ってしまいかねないにゃ、ここでしか食べられない、究極の名物として販売を続けるのにゃ」
これはなかなか良いビジネスだ、日持ちしない饅頭を土産として買ったところで、遠方から来た客はそれを自宅まで持ち帰ることが出来ない。
腐らずにどこへでも持って行けるのは饅頭本体ではなく、ここの饅頭が実に美味であったという土産話。
それを帰った連中が話題に上げれば上げる程に、この温泉郷に行ってみたいと思ったり、実際に訪れる客が増えるのだ。
俺達の拠点も観光地化したい、そう思っている以上、こういう類の『呼び込み要素』を持たなくてはならないのは確実である。
と、俺の発想力はここまで考えて限界を迎えた、あとは現地の連中、つまり丙だの丁だのデフラだの、スタッフに丸投げしてしまおう。
温泉というメインコンテンツで被ってしまっている以上、この饅頭を大幅に超える何かを有するようにならねば、俺達の拠点に明るい未来などが訪れることはない……
「あら、昨日のボッタクリバーには規制線が張られているのね、何か捜しているのかしら?」
「他に仲間が居ないかとか、あと重要な資料がないのかとかを調べているらしいにゃ、でも私は戦闘要員だからそういう系のことは全然知らないのにゃ」
「まぁ、さすがにたいしたモノは見つからないだろうよ、ココアの店は加盟店だったんだからな、凄い情報が出るとしたら直営店を捜索しないとだ」
王都に戻ればその直営店が存在し、しかも現在進行形でボッタクリを続けている。
それをサッサとどうにかしたいところではあるが、まずはこういう店があるという事実を広めることから、順を追って解決に向かっていかなくてはならない。
規制線の張られた店舗を眺めつつ、その横を通過する……そういえばここで捕らえたおっさん魔族、それから門番をしていた馬鹿2匹の処刑はそろそろのはずだ。
炙り凌遅刑だか何だか知らないが、とりあえずその無様な最後を、チラッとだけ見届けに行ってやることとしよう。
ミケにそのことを告げ、観光コースに公開処刑場を含めて貰った。
その後もしばらくは様々な店や施設を見て回り、ちょうど昼時になってその処刑場へと足を運んだ。
俺達の宿泊している元温泉旅館の建物からすぐ近く、処刑場には既に魔族と、門番が縛り付けられた柱が並んでいる。
周りには屋台も出ていて、ちょっとしたお祭り騒ぎになっているようだ。
この辺りの感覚はこの世界で共通なのであろう、残酷な処刑ショーを、ある種のイベントとして楽しむのが慣わしとなっていることが見て取れる。
屋台でそれぞれが好きな食べ物を購入し、俺達、というよりもマリエルと精霊様のために急遽設置されたVIP席に移動、適当に食事をしながら処刑が始まるのを待った……
※※※
『はい、今回も始まりましたっ! 皆さんお待ちかねの公開処刑ですっ!』
『うぇ~いっ!』
『はい、皆さん元気がよろしいですね、はい、今回はなんとっ! 差別主義者なのに自首せず、門番の任に就いていた凶悪犯罪者、それからボッタクリバーで客を脅していた凶悪犯罪者、これらの処刑ですっ!』
『うぇ~いっ!』
『はい、ということでですね、はい、今回はこちらっ! 皆さんが最も必要としている炙り凌遅刑となりますっ! はいっ!』
『うぇ~いっ!』
やたらとはいはいうるさい司会進行役のおっさん、集まった観客もうぇ~い以外の言葉を知らなさそうな連中ばかり。
昨日の今日で真昼間に開催されるイベントなど、この程度の層しか集まらないのは普通か。
この町がもっと安定し、多くの観光客を呼び込むようになればわからないが、今はまだこの次元ということ。
ちなみに観客の大半は、この地域で新しくメインキャラとなる獣人の方々なのであるが、数は少ないものの普通の人族、そして僅かに紛れる人間と同じ見た目をした上級魔族も居ることは居る。
もちろん勇者パーティーである俺達に対して敵意を持っている、つまり魔王軍に参加しているような奴は見当たらない。
魔族は魔族でも、人族の領域であるこんな所でフラフラしているのは、平和的な思考を持ったまともな連中ばかりのようである。
「勇者様、そろそろ始まるわよ、ちょっと追加の料理を買いに行かない?」
「うむ、そうしよう、だがその前にあの連中の情けない命乞いだけは聞いておこうぜ、処刑の前に少しだけ発言の機会があるみたいだしな」
「あ、それもそうね、昨日あれだけ凄んでいた奴、それが泣きながら助けを求めるのは見ものだわ」
炎で炙られ、さらに切り刻まれるその前に、受刑者に対して現在の心情や反省の弁などを積極的に問うていき、返ってきたコメントをもって更なる笑いものにしようという、恐るべき鬼畜仕様の公開処刑らしい。
当然その状況でまともに答えられるとは思わないが、恐怖でパニックになって何か面白い発言をすることに期待し、それだけは聞いておくこととした。
なお、処刑そのものはあまりにもグロそうであるがゆえ、なるべく見ないこととする。
もう『炙り凌遅刑』という名称の時点でかなりアレなのだ、この後とんでもなく凄惨な光景が広がるに違いない。
『はい、それでは抽選の結果ですね、はい、最初に死ぬのはそこの魔族、貴様だ、苦しんで死ぬ覚悟はよろしいですか? はい?』
『あ……あぁ……あぁぁぁっ!』
司会進行役によって最初に指名されたのは、昨日俺の隣に座り、調子良く世界の半分を請求して来たやくざ魔族であった。
あんなに偉そうにしていたのに、あんなに威勢が良かったのに、今はもうただ死を待つだけの、しかしそれをどうにか逃れようとして泣きながら無駄な抵抗を試みる、実に情けない単なる雑魚キャラの一種に変貌している。
もちろん、最初からこうなるためだけに登場した、というよりも生まれてきた目的ですら、俺達に迷惑を掛けて悲惨な最期を迎えるためであったのであはないかというレベルの、正真正銘雑魚の中の雑魚ではあったのだが……
『はい、それではですね、はい、まずはインタビューといきましょう、これから炙られ、さらにジワジワと切り刻まれる、その開始時刻が迫った現在、如何お過ごしでしょうか?』
『い……いやだぁぁぁっ! 助けて、助けてくれ……』
『はい、誰が貴様なんぞ助けるかよこのクソゴミ野朗! はい、それで、あなたはこの状況から一発逆転で助かるために、一体どんな無駄な足掻きをしようというのですか? はい?』
『お、俺はあの店の、じゃない、あの店の大元の情報を持っているんだっ! そ、それを全部話すから助けてくれっ!』
……と、奴のまるで役に立たない無様な命乞いを楽しむ予定であったのだが、少し事情が変わってしまったようだ。
今の言葉には既にマリエルも反応し、後ろで控えていた係員に耳打ち、速攻で処刑台の方にその情報が伝わり、今まさに『炙り』を始められようとしていた魔族のおっさんに対する処刑は一時中断となる。
奴の持っているのがたいした情報なのかそうでないのか、あの助けを求める逼迫した状況で言い放った言葉からは見当を付けることが出来ない。
ゆえにどんなものであるのか、殺す前に聞いておく必要があるのだ。
もちろん、良い情報を出したからといって命を助けてやるつもりは毛頭ないのであるが……
「ちょっと私が行って尋問してくるわ、その『大元』というか南の四天王の仕掛けるボッタクリバー関連の話を聞けば良いわね」
「あぁ、ただ時間を掛けるのももったいないし、適当に2発か3発ぶん殴って、引き出せる情報だけ引き出してくれ」
尋問、というよりも拷問を執り行うため、席を立った精霊様がチョロチョロと処刑台を目指して飛んでいく。
近付くとすぐに、何も聞く前からおっさん魔族の耳を削ぎ落とし、鼻にナイフを突き付ける精霊様。
もう普通に凌遅刑が始まっているようにしか思えないのだが、これは単なる挨拶に過ぎないのである。
『ぎぃぇぇぇっ! ひぃぃぃっ! うわぁぁぁっ!』
「ちょっと騒いでないで知っている情報を全て吐きなさい、南の四天王がやっているボッタクリ事業に関して何を知っているの?」
『知っていることを喋れば助けてくれるのかっ?』
「良いわよ、全部洗いざらい吐いて、それが有益な情報であれば助けてあげるわよ」
『そ、そうか……じゃあ俺の知っていることを話してやる。実は俺様は魔王軍の構成員なんだ、非正規だけど。で、ついこの間聞いた話なんだが、南の四天王様はあの業態の店を次に出店する場所を決めているんだよ、しかも開業はもう来週として』
「ふ~ん、で、それはどこなの?」
『ここから東へ行った、一度滅びて新たな入植者が現れた地だ、本来は西の四天王様が人族に対する侵略の拠点にするはずのところ、異世界勇者とその仲間のならず者達が……』
「誰がならず者よ、これでも喰らいなさいっ!」
『ひょんげぇぇぇっ!』
南の四天王の次の狙いは明らかに俺達の拠点村、今の話でそれを察しない者はまず居ないはずだ。
しかも今の話しぶりからして、その店舗が直営店であるという推定が可能である。
俺達のことをならず者扱いしたならず者の足の爪を全て剥がし、ついでに1発ぶん殴った精霊様。
情報を出したことを理由として死刑の免除、さらに勇者パーティー侮辱罪、それから魔王軍関与罪で再び死刑を宣告し直し、こちらへ戻って来る。
「全く、他はその節があるけど、私だけはならず者なんてこと一切ないと思うのよね……」
「おい精霊様、もし身分が平等であったとしたら、一番のならず者は精霊様だぞ、間違いなくな」
「あら、死ぬ覚悟が出来ているのかしら?」
「えっ? ひょげぇぇぇっ! 目が、目が水圧で潰れる……」
機嫌を損ねたまま戻った精霊様によって、危うく俺まで処刑されてしまうところであったが、寸でのところでミラが制止してくれたようだ。
しかし困ったことになってしまった、俺達の拠点村にボッタクリサキュバスバー、その直営店が開業しようとしているなんて。
おそらく今は丙か丁のところに開業許可の申請が出ているぐらい、いや、それはもう通ってしまった後か、とにかく他の出店許可申請に紛れてなされたものが、誰にも気付かれずに通過しているはずだ。
拠点村に戻ったら、発足式の準備と平行して会員カードを作成しに……いや違う、襲撃して潰して野郎スタッフはぶち殺して、それから家宅捜索をしなくてはならない。
……しかし営業時はどういう状況になっているのかをキッチリ調査するため、一度客として、覆面調査員的な感じで来店を……セラに怒られそうだからこの話をするのはやめておこう。
とにかくこのままだと拙いということだけは確か、本来は明日までこの温泉郷に滞在する予定であったが、切上げて今日の夕方には出発するべきだ。
もしサキュバスボッタクリバーが普通に営業を始めてしまえばどうなるか、おそらく最初の最初、本当に貴重な様子見の観光客や行商人などが引っ掛かり、拠点村の悪い噂が広まってしまう。
それはこの温泉郷で集客手段として使われている、あの温泉饅頭と間逆の効果だ。
人が来れば来るほど、そしてボッタクリの被害に遭い、全財産を失って帰って行くほど、『あそこにはいかない方が良い』という話が、世界中の様々な場所で囁かれるようになってしまうのである。
ということで処刑見物もそこそこに、宿に戻って帰りの支度を始めた。
捕らえてある7人の女の子は、このまま連れて帰ると大荷物、後で郵送して貰うこととし、夕食後に俺達だけで温泉郷を出る。
そこから2日間馬車に揺られ、翌々日の昼前には最後の丘を越え、拠点村のゲートが見えた……
※※※
「やれやれ、やっと帰って来たところだが、俺とセラはこのまま温泉施設に行こうか、丙と丁にサキュバスボッタクリバーの事を聞いてみるんだ」
「そうね、面倒だけど今のうちに行っておかないと、アレが開業しちゃってからじゃ遅いわ、それと、いきなり送り付けたお金のこともあるしね」
拠点村に帰ってすぐ、荷物と、それから寝てしまって起きようとしないミラとリリィをハウスの中に運び込み、俺とセラだけで村のメイン建物である温泉施設を目指す。
つい2日前まで居た、この地域全体を統治するための温泉施設と比べると限りなくショボいのであるが、今の俺達に運営出来るのはこれが限界。
身の丈に合った良い施設なのだ、これより上を目指すのであれば、魔王軍の完全討伐によって地位と名誉を獲得しなくてはならないはずだ。
そんなことを考えながら歩き、施設に入って一番上階の、一番良い部屋を目指す。
丙と丁の執務室だ、そういえば丙のベッドの下には大金が隠してあるのか……と、それはどうでも良い、とにかく中へ入ろう……
「お~い、居るか~っ?」
『は~い、開いてるから入って来て良いよ~っ!』
ノックと声掛けに返答したのは元気キャラの丁、ドアを開けると、真面目キャラの丙はあくせくと書類の整理を、丁は発足式に参加する各国の代表者の芳名を書き出していた。
「予定より1日早く帰って来たんですね、こちらはまだ色々と準備中ですが、とりあえず発足式に参加する各国代表者の名前は出揃いましたよ」
「おぉ、そうかそうか、後で確認しておくよ、でだ、それとは関係なく1つ聞きたいことがある、この村に新規出店を希望している商人や企業についてなんだが……」
「あ、それでしたらこっちの紙束です、え~っと、既に20件程度処理してありますね」
「うむ、ちょっと見せてくれ、怪しい連中、というかサキュバスのボッタクリバーがあるはず……」
「ドキッ! ちょ、ちょっと今はこの資料、お見せ出来なくて、全部処理が終わってから改めてということで」
「むっ、お前何か知っているな? おいっ、丁もコソコソ逃げようとするんじゃないっ!」
態度が急変し、必死で紙束を隠そうとする丙、そして作業を中断して退室しようとする丁。
怪しいなどという次元の行動ではない、もはやこの2人はサキュバスボッタクリバーの共犯、そう考えるのが妥当だ。
丙が抱え込んでいた紙束をガバッと奪う……調べるまでもない、束の一番上にあったサキュバスボッタクリバーの出店要請、しかも『重要』と書かれたハンコが打ってあるではないか。
もはや言い逃れは出来ない、そもそも紙に記載された事業内容からして、『不当な高価格による公序良俗違反営業と脅迫による金銭の取立て』となっているのだ……
「さて丙、丁、これがどういうことなのか、詳しく説明して貰わないとな」
『ご……ごめんなさいっ! 超超超ごめんなさいっ!』
「謝罪は後でたっぷり聞いてやる、早く理由を説明するんだっ!」
『はいぃぃぃっ!』
床に正座させた丙と丁から事情を聞く、どうやらこの村に南の四天王軍による直営店を出す際、申請に来たのが2人の友人であったのだという。
故西の四天王と南の四天王、仕えていた対象は違うものの、どうやら四天王軍同士は交流があるらしく、そのなかで知り合ったのだそうな。
それで、申請を二つ返事で通してしまったのである、もちろんそんな店が営業を始めれば、いつかは俺達の知るところになるのだが、そこまでは頭が回らなかったようだ。
いや、頭が回らなかったのではない、おそらく俺達が、この先南の四天王との戦いでここに来る機会がなくなると踏んで、そのような店の出店を許可したに違いない。
「本当にごめんなさい、いや本当に、ちょっと軽はずみな感じで普通に許可してしまいました」
「だって友達だもんね、頼まれたら断れないし、私達は悪くないかも……」
「悪くないわけねぇだろっ! 2人共俺達のハウスまで付いて来い、今日はみっちりお仕置きだ、作業は後でデフラに代わらせておくから、安心して酷い目に遭うんだな」
『ひぃぃぃっ! お、お許しをっ!』
ハウスに戻ったら全員でお仕置き、いや、戻るまでの道中もお仕置きしてやろう。
2人のスカートをたくし上げ、パンツをズラして尻を丸出しにしする。
そのまま縄で縛り上げ、さらに『私は拠点の事務に際し、友人に便宜を図るなどの不正を働き、損失を生じさせました』と書いた札を首から提げさせておく。
「さて、出発だぞ、ちゃんと札が見えるように歩くんだぞ」
「あの、あまりにも恥ずかしいのですが……せめてお尻丸出しだけは解除して下さい……」
「そうか、なら明日広場の処刑台で改めて尻を晒すか? 当然今から引っ叩くから、真っ赤になった情けない姿になるがな、どっちが良い?」
「……こ、このまま連行して欲しいです」
「私も、広場で晒し者にされるのは絶対イヤだし」
セラと挟み込むようにして2人を引っ張り、ハウスへと戻った。
発足式の開催前には、どうにかして既に営業を開始しているであろう、サキュバスボッタクリバーを叩き潰さないとならない。
しかもそれは、この丙と丁のメンツを潰さない、上手い方法を用いてだ。
いくらなんでも友人の頼みとして許可した出店を、いきなり都合が悪くなったからと取り下げさせるわけにはいかないのだ。
ということで、やはり俺達が客として入り、実際に被害に遭って初めて……そう考えた瞬間にセラの鋭い眼光、いや、それ以外に方法がないと思うのだが。
まぁ良い、まずはこの2人を締め上げて、店の場所や従業員の数などを吐かせることとしよう……




