413 加盟店と直営店
「じゃあ意識がある奴は風呂に入らせてやってくれ、気絶した子は……エリナ、ちょっと見ていてやってくれ」
「わかりました、というか酒宴はどうするんですかこの状況で?」
「もちろんそれをキャンセルすることはない、ここまできてしまった以上、世界が滅びようとも酒だけは絶対に飲む、それが人というものだ」
俺の10倍以上も生きている、いわば人生の大先輩であるエリナに対し、これでもかというぐらい偉そうな訓辞をしておく。
給仕に必要な『従業員』が気絶したりおもらししたりという状況ではあるが、酒盛りを諦めるのは勇者として芳しくない。
特にダメージを負ったわけではない7人はすぐに回復するはずだし、俺達も先に風呂に入ってその回復を待とう。
酒をしこたま飲んだ後入浴するわけにもいかないし、今のうちに風呂を済ませておくのがベストだ。
やはり風呂に入ろうと提案し、エリナにも監視をやめさせて入浴の準備をする。
このままでも死んでしまうようなことはないし、もし気が付いたとしても逃げ出したりはしないはず。
そんなことをすれば再び捕らわれた後にどうなるか、その程度のことは判断可能な頭を持っているのは明らかだ……
「ところで勇者様、どうして南の四天王とこの温泉郷のボッタクリ店に繋がりがあったのか、予想は付いた?」
「いや全然だ、本人達がまともに話を出来る状態にならないと、それに関しては一切追求することが出来ないだろうな」
出て来た証拠書類、即ちこの連中が持ち合わせていた名刺を見る限り、あの店が魔王軍、その中でも南の四天王軍と関係があったのは間違いない。
あとはどのような関係なのか、どれほど深く関わっていたのかを知るべきであるのだが、果たして今捕らえてある当事者が、その疑問にまともに答えるだけの情報を持ち合わせているのかは微妙だ。
しばらく待つと失神していた一般スタッフの3人も目を覚まし、綺麗に洗われて戻った3人と共に、俺達の酒宴のための準備を始める。
未だに起きないココアは放置し、部屋に併設された露天風呂へと向かう。
なかなか良い感じだ、俺達のセカンドハウスのものよりもはるかに広い。
今度時間があるときに、そちらの風呂も増強して貰うこととしよう、時期的には次の俺達の滞在に間に合うようにぐらいがベストか。
しかし、この流れだとどう考えてもしばらくはこの西方の地を踏めない。
間違いなく、ここから南の四天王がしゃしゃり出てきて、その討伐のために南へ向かうことになるためだ。
まずはココアからあの店と四天王の関係を……などと考えていると、縛ったままソファに寝かせてあったココアがムクッと体を起こす。
そのまま辺りをキョロキョロと見回すココア、どうやらまだ生きていることを悟ったようだ。
ホッとしたように溜め息を付き、再びゴロンと横になる、少し声を掛けることとしよう……
「お~い、ココア、こっちだ、こっちに来いっ!」
「え? あっ、ひぃぃぃっ! 夢じゃなかった、お願いだから殺さないで下さいっ! どうかっ、どうか……」
やはり怯え続けるココア、捕らえた際に命だけは助けてやると言っておいたはずだが、その後の脅しを受け、そんなことはすっかり忘れてしまったようだ。
仕方なく素っ裸のままのルビアを派遣し、ソファに齧り付いて抵抗するココアを引き剥がさせる。
そのまま全裸に剥いて露天風呂へ、ミラも参加して無理矢理体を流し、湯船に放り込んだ。
「ひぇぇぇっ……お……溺れさせる刑だけはどうかご勘弁をっ!」
「うるさい奴だな、ちょっとシャキッとしろ、さもないと本当に酷刑に処すぞ」
「はいぃぃぃっ! 申し訳ありませんでしたぁぁぁっ!」
「だからうるさいって……」
大騒ぎのココアがある程度落ち着くまでそのまま待機する、しかしさすがはサキュバスという種族だ、いきなり全裸に剥かれたことに対する反抗は一切なかった。
というか、人前で全裸を晒すのが当たり前のことであるかのような動き、特に隠そうと試みることもなく、おっぱいプルンプルン状態で湯船の中に正座している。
「あ……あの……ちなみに私、というか私達はこれからどうなるのでしょうか……」
「そうだな、まず今夜は俺達の豪遊に付き合って貰う、給仕係としてな、それとココア、お前には少し聞きたいことがある、死にたくなければちゃんと答えろよ」
「おっ、仰せのままにぃぃぃっ!」
「だからうるさいって……」
少しは落ち着きを取り戻し、普通に会話出来るものだと思っていたが、どうやら返答の際に絶叫するのは元々の癖らしい。
もちろん緊張している、恐怖していることがそれを助長しているのであろうが、このような立ち位置のままで会話を続ける以上、やかましいのは収まらないであろう。
少しで良いからリラックスさせるような措置を取らないと、何を聞き出すにしてもこちらが疲れてしまいそうだ。
風呂から上がり次第対策を……と、部屋の方から良い匂いが漂ってきた、これは料理がある程度の完成を見た合図に違いない、すぐに上がって酒宴を始めるとしよう。
ザバッと立ち上がると、待ってましたとばかりに続く他のメンバー、ココアはルビアとエリナに後ろから抱えさせ、そのまま引き摺るようにして風呂から出し、体を拭いてやる。
部屋の方では備え付けのキッチンを用いた料理がほぼほぼ完成していた。
まだ風呂に入っていない3人のボッタクリ店従業員達に、アイリスと交代して風呂に入るよう命じる。
そうだ、酒宴の前にもう一度全員を正座、または膝立ちで並ばせ、そこでまとめて刑の宣告をしてやろう。
そこで告げられた以上の刑には処されないと知れば、怯え切ったココアも少しは元気を取り戻すはずだ。
寝巻に着替え、そのココアには最初に洗った3人と同じく、奴隷用のボロを着せておく。
畳的な何かが敷かれた床に設置されたローテーブル、その周りをコの字に囲むソファに腰掛けると、アツアツの料理が次から次へと運ばれて来る。
「いっただっきまっ……」
「リリィちゃん、お行儀が悪いですよ、もう少し待たないとダメです」
「クッ、殺せっ!」
「あら、誰からそんな汚い言葉を教わったのかしらね」
料理に飛び付こうとするリリィと、それを横から制止するマリエル。
クッコロはおそらくルビア、或いはジェシカの真似をしただけだ、リリィのイメージにそぐわない台詞なのでやめるように注意しておこう。
……っと、俺の隣ではカレンがこっそりと、だが尻尾をブンブン振り回しながら盗み食いを試みる。
これは寸前で叩き落として阻止、フルーツ盛りに手を出そうとしたマーサにも勇者チョップを喰らわせておく。
しばらくの攻防の後、風呂に入っていた3人が、支給されたボロを着込んだ状態で出て来る。
まずはココアを先頭に、最初と同じフォーメーションで料理が並ぶテーブルの前に座らせ、裁判ごっこを始めた……
「え~っと、まずは一番悪い子のココアに刑の宣告をする、とりあえず判決理由を聞け」
「ひぃぃぃっ! しゅ……主文後回し……殺さないで下さいっ! どうか死刑判決だけはご勘弁をっ!」
「そういう発想に至るのかよ……」
何でもかんでもネガティブな方向に考える習性があるらしいココア。
この根本的な性格を叩き直さないと、この先生きていけそうにない。
ひとまず裁判ごっこを続け、人族の領域で勝手に違法なボッタクリ店を開業していたこと、そこに偶然入った俺達に、あの不快な異世界ヤクザからの脅迫を受けさせたことなど、様々な罪状を告げていく。
本題は最後だ、先程発見した名刺、そして東の四天王城で、本来は南の四天王でありながら、金欠を理由としてメイドのバイトをしていたアンジュ、そのアンジュから受け取った名刺。
2枚をココアの前に突き出すと、一瞬目を見開き、その直後には『終わった、全てが』というような表情に変わる……
「で、これだけは聞いておきたいんだ、お前等と、この名刺にある名前、つまり南の四天王アンジュだな、その関係はどのようなものなのだ?」
「うぅ……もう隠しても無駄なので答えます、私は魔王軍の外部協力者で、『世界サキュバス協会主催キャバレー・ナイトクラブ等開業斡旋イベント』で、アンジュさんの理念に賛同したんです、それでこの町に来て、フランチャイズであのような店を……だからお願い殺さないでぇぇぇっ! お願いしますっ! どうかお願いしますぅぅぅっ!」
またしても大騒ぎのココア、あの店はフランチャイズで経営していたのか、つまりボッタクリ店の黒幕は南の四天王で……待てよ、フランチャイズということはああいう店が世界中に……
いや、今それを考えるのはやめておくべきだ、せっかくの酒と料理が不味くなるし、この後やることになりかねない全世界行脚をして、そのような店を潰して回るという苦行を想像すると、さすがの俺も精神が崩壊してしまいそうだ。
とにかく今はココアを落ち着かせる、それだけを考えることとしよう……
「よしよしわかった、わかったから騒ぐな、とりあえず刑を宣告する」
「は……はいぃぃぃっ!」
「主文、被告人ココアを鞭打ち1,000回のうえ、奴隷にする、以上」
「ひぃぃぃっ! って……え? それだけですか?」
「それだけ、7人の中で一番重くてこれだからな、ちなみに残り6人、ココアと同じ罪状だがただの従業員であるゆえ多少罪が軽い、ゆえに全員鞭打ち500回のうえ、奴隷とする」
『へ……へへーっ……』
あまりにも軽い刑に拍子抜けの7人であるが、その分ここには居ない、町の警備兵の詰所で現在拷問を喰らっているはずのボッタクリやくざおっさん魔族を残虐処刑するのだ、それで行って来いである。
刑の執行は今すぐ、1人ずつ順番に、精霊様が酒を飲みながら鞭で打っていくことに決まった。
もちろん残りの6人は給仕係だ、俺はお仕置きショーを眺めながら、まったりと酒を飲むだけ。
さて、そろそろカレンとリリィの空腹が限界のようだ、カレンに至っては尻尾の毛を逆立たせ、脂の滴る鳥の丸焼きを睨み付けている。
「はい、それじゃ乾杯としようか、うぇ~い!」
『うぇ~いっ!』
乾杯し、酒の注がれたのグラスを片手に、手近な料理を適当に食べていく。
いつもはミラとアイリスの2人体制なのだが、今日に関しては給仕係が6人、そのうちに7人になるのだ。
ジャンジャン消費され、その度に追加される料理、消滅するか、それともテーブルが一杯になるのが先か、一進一退の攻防である。
「ひゃんっ! 痛いっ! お許しをっ!」
「まだまだよっ! あと355回、気絶しないように耐えなさいっ!」
「ひぃぃぃっ!」
精霊様のエンジンも掛かってきたようだ、樽に入った酒をリリィと半分ずつで飲み干し、鞭を振るう腕にも力が篭っていく。
順番に処刑され、それを終えた者から順に、背中と尻を真っ赤に染めたまま給仕係に復帰する。
500回ずつ打たれたサキュバス4人とその他の種族2人であったが、サキュバスのうち3人は、鞭で打たれて嬉しそうにしていた、こいつらは勇者ハウス使用人のセンスがあるな、要チェックだ。
「最後ね、ココアちゃん、早くこっちへ来なさいっ!」
「はいぃぃぃっ!」
「いくわよっ! それっ!」
「ひぎぃぃぃっ! あ、ありがとうございますっ! あぎゃんっ! ありがとうございますっ!」
最後に1,000回鞭を喰らうココア……もう大騒ぎはしないらしいが、どういうわけか鞭が振り下ろされる毎に礼を言っている、まぁ、どうでも良いか……
「はいお終い、さっさと給仕に戻りなさい」
「ありがとうございましたっ! 命を助けて頂いて本当にありがとうございましたっ!」
そういう意味での感謝の言葉であったか、と、給仕係に復帰しようとするココアを呼び止め、俺とローテーブルの間、床の上に正座させる。
先程の話を、もう少し詳しく聞いておこうと思い立ったのだ。
酒も回ってきたため、多少ショッキングな内容であったとしても、メンタル的に十分耐え得るであろうという判断を下したのである。
「それでココア、お前が経営していたあのボッタクリ店はフランチャイズ加盟店なんだよな、ということはもしかするとだが、南の四天王直営店もあるのか?」
「も、もちろんありますですぅぅぅっ! えっと場所は、場所は……沢山ありすぎて思いつきませんっ! お許しをぉぉぉっ!」
「だからうるさいって、もう少し静かに喋れないのかお前は」
「もぉうっしわけあぁぁぁりませんでしたぁぁぁっ!」
「……うん、もう喋るな」
あまりにもやかましいため、猿轡を噛ませ、広げた世界地図を用い、ココアが経営していたようなサキュバスボッタクリバーがどこにあるのかを、指差す方法で指定させる。
……王国、王都だけでなくそこかしこに、そして帝国も、聖都に至るまで、ココアは町という町をガンガン指差していく。
ちなみに右手で差せば直営店、左手で差せば加盟店と決めてあったのだが、多いのは圧倒的に加盟店。
しかし人口の多い王都などでは、両手で同時に指差していた、つまりどちらも存在しているということだ。
「ヤバいなこれは、ちょっとエッチな感じの店構えで、入ったらありえない金額を請求されるってことだもんな」
「しかもサキュバスの魅了効果があるから余計大変よ、客はおっさんばっかりだろうし、きっと何の疑いも持たずに全財産を搾り取られているわよ」
「となると……そうだ、俺達の拠点の発足式、世界の代表かその代理人が集まるんだから、そこで注意喚起をしておこう」
「出来ればすぐにでも攻めて潰した方が良いんだけど、人族の軍隊じゃ無理よね……」
目の前で猿轡を噛まされ、ウーウーと唸っているココアを見る。
ココアも、それにせっせと給仕をする他の6人も、俺達にとっては凄く雑魚。
だがおそらく王都の一般兵であれば、100人で総攻撃を仕掛けても3秒で全員殺される程度の強さだ。
サキュバスのボッタクリ店を見つけたらすぐに潰せという指示は、場合によっては惨劇を招くものとなるかも知れない。
この温泉郷はたまたま俺達勇者パーティーと、強力な王都獣人部隊の一部が駐留していたため、至極簡単に制圧することが出来ただけなのである……
「あ、そうだそうだ、潰すのは無理でもさ、サキュバスボッタクリバーを発見したら、付近の住民に絶対に行かないよう釘を刺すことぐらいは可能なんじゃないのか?」
「無理ね、もし『ご来店のお客様は漏れなく死刑』って看板を出しても、魅了された男共は簡単に暖簾を潜るわよ、もちろんあんたも例外じゃないわ、サキュバスが相手ってのはそれほど厄介なことなの」
「うむ、確かにエッチなサキュバスお姉さんがお酌をしてくれるというのなら、国の1つぐらいは滅ぼしてでも通い詰めるな、会員証とかポイントカードとかも凄く大事にするぞ」
ということで、世界各地で開業している、そして現在増殖している最中であると思われるサキュバスのボッタクリバー、これへの対処は相当に苦労するということが判明してしまったようだ。
そもそも、南の四天王本人がそのサキュバスなのだ、彼女は戦闘力という観点からの『強さ』を持ち、それが脅威となってくることは既にわかっていた。
だがそうではない、別の意味での『強さ』が新たに判明し、討伐を容易ならざるものとする原因に加わったのである。
つまり、ここからボッタクリバー潰しに苦労し、その後、南の四天王の城へと攻め込んだ際にもまた苦労する、そう、パーティーの中でただ1人、俺のみがだ。
他のメンバーは女子ゆえ、サキュバスに魅了されてしまうことはない、もちろん俺とて精霊様や女神の力を借りさえすれば、現在のようにその効果をシャットアウトすることが可能なのである。
しかし、だからといってその効果をずっと、敵の領域に入っている時間全てで発動させておくのは無理があるに違いない。
瘴気避けの魔法薬も効果を切らさないようにしなくてはならないのだし、その両方を意識しなくてはならないとなると、俺の頭がまずパンクしそうだ。
そして頭がパンクしてパッパラパーになった後も続く魔法薬と魅了封じの効果、その負担に俺本体が耐えられるとも思えない。
破裂するか萎れるか、はたまた溶けてなくなってしまうか、そういった悲惨な末路を迎えることは想像に難くないのである。
「……と、まぁ今そんなことを考えていたって仕方ないよな、とりあえず飲んで忘れようぜ」
「そうね、対策はまた考えていけば良いわ、最悪あんただけ屋敷で留守番って作戦もあるわね」
「おいちょっと待てコラ、常に物語の主人公として君臨するはずの異世界勇者様が留守番とか、俺達は良くても下々の者共が納得しないぞ」
「下々って勇者様、既にそういった人たちからの支持は得られていませんよ、あと中々と上々からも」
「全部じゃねぇかっ! というか何だ中々って……とりあえず拳骨を喰らえっ!」
「あいたっ!」
調子に乗ったミラに拳骨をお見舞いし、続けて酒を飲む、料理も少なくなってきた、そろそろ食材切れのようだな。
「さて、そろそろ寝る準備をしようか、明日と明後日は適当に観光して、何となく飲み食いもして過ごすぞ、で、拠点村に戻ったら発足式の準備だ」
「何だか忙しいわね、もう少しゆっくりしても良かったのに……」
セラが不満を口にしている、隣でルビアがそうだそうだと同調しているが、おそらく酔っているだけだ。
本来は俺も、もう少しこの『サービスが良い』温泉郷でゆっくりしたいとは思う、だがボッタクリバーという問題が生じていることを知ってしまった以上、なるべく早くその対策として動き出さなくてはならない。
翌朝にはマリエルの放った伝書鳩が王都を目指す、そこからさらに関係各国、町村へと伝令が飛び、サキュバスの経営するバーに関する注意喚起が行われるはず。
あとは拠点村の発足式に来た代表者達に、その危険性を具体的に説明、そういった店が存在する場所の確認等をさせる。
最後は俺達や、それに準ずる戦闘力を持つ連中の出番である、全ての店舗を潰し、そして本丸である南の四天王城へと駒を進めるのだ……




