409 立て続けに
「あでぇぇぇっ! クソッ、どうして空から金ダライが降ってくるんだ? そしてどうして帰りは歩きなんだぁぁぁっ!」
「うるさいわね、あほら、今度は巨大隕石よ、避けないと痛いわよっ」
「ぎょぇぇぇっ! も、もっと早く言ってくれないか……」
西の四天王の『中身』であったオタ神を殺してしまった俺とマーサ、あれから神罰続きだ。
主に止めを刺した俺の方が狙われているようなのだが、マーサにしてもツイていないという次元の不運ではない。
それでも俺の方が遥かに酷い目に遭っている、マーサに鳥フンが落ちれば、俺には巨大飛行怪獣の巨大巻き○ソが、マーサが溝に嵌まれば、俺は水深? 50メートルの超ドン深肥溜めに、といった感じだ。
それ以外にもウ○コ踏んで滑って捻挫して、それから顔にウ○コがベチャッといって、滑って行った先には新たなウ○コが落ちていて、起き上がろうとしたところにそれを踏んで滑って次なるウ○コへ……という方法での移動を30分以上繰り返した俺であった。
恐ろしい神罰だ、しかもこれがいつ終わるのかわからない……いや、俺の頭の上に『98』と書かれたゲージが表示されているではないか、同様にマーサの頭上にも、こちらは『37』である……
「おいちょっと待て、俺の頭の上のこの数字は何だ? マーサのも」
「ああ、それなら2人共最初は『100』だったわよ、きっとその数字が『0』になるまで神罰が続く仕組みね」
なるほど、いつまでこの不幸が続くのか、しっかり表示されているのは良いことだ。
これで終わりの見えない神罰に怯え、精神が崩壊してしまうようなことはなくなった。
しかしどうにも納得がいかない点がひとつ、どうして俺よりもマーサの数字が低いのだ、そしてなぜここまでの不幸っぷりで、俺の『神罰ゲージ』はほとんど減少していないのだ……
「ちょっと待ってくれ精霊様、何で俺のは2しか減ってないんだよ、マーサはもう半分以上終わってるじゃないか」
「だからあんたは直接神に手を下したの、そのせいで神罰も強力なのよ、諦めなさい」
「マジかよ、ここまでの不幸で2%しか減らないとか、どうやったら0になるんだよこんなの」
「そうね、介錯レスで切腹すれば『5』ぐらいは減るんじゃないかしら?」
「俺の壮絶な死はたったの5ポイントなのかよ……」
数字を眺めつつ、頭の上に残った巨大隕石の破片を手で払って退ける。
こんなモノが直撃したというのに、まだ神罰の合計が2%とは、先が思いやられるどころの騒ぎではない。
「それで勇者様、どうしてパンツ丸出しで歩いているのかしら?」
「えっ!? あっ、しまったぁぁぁっ!」
神罰ということで、その類の現象の定番である『財布紛失』に備え、中身は全てカレンに寄託、そして財布本体は紐でガッチリ、ズボンのベルト部分に結び付けておいたのであった。
それがなんと、ズボンのベルトが切れ、そして巨大隕石や足元のウ○コに気を取られている間に脱げてしまったのである。
まさかズボンごと財布を紛失するとは、これは神罰の中でも相当にランクの高いものに違いない。
というか、どうしてズボンが脱げていることに気が付かなかったのだ俺は、それも神罰なのか?
「全くしょうがない勇者様ね、と、ちょっと休憩にしましょ、後ろのメイドさん達がバテ始めているわ」
「おお、そうだった、せっかく捕虜にしたんだし、こんな所で疲れ果てさせて嫌われたら厄介だからな、次、泉か何か見つかったらそこで休憩を取ろうか」
その後も地面が爆発したり矢の雨が降り注いだり、それからいつの間にかパンツが脱げていたりと散々ではあったのだが、30分程で泉を発見し、食事も兼ねた休憩となった……
※※※
「なぁセラ、ここから拠点村に繋がる転移装置まで歩くとして、大体どのぐらい掛かる予定なんだ?」
「……2週間よ」
「うん無理だ、帰ろうっ!」
「だから帰るのに2週間掛かるの、私達は集落のひとつもない魔族領域に取り残されたのよ」
「そんな馬鹿な……」
未だにその現実を信じられずにいる俺であった、幸いにして瘴気避けの魔法薬は大量にストックがあり、『シャブ切れ』でハゲ散らかしてしまうようなことはない。
しかしながら徒歩で2週間の行程である、ハイテク世代を生きた超現代もやしっ子勇者の俺が、そんな原始的な行軍に耐えられるはずがないのだ。
これが約500年前、戦国時代の足軽であったということがわかっている最初の転移者、始祖勇者であれば話は別である。
だが時代は変わったのだ、その頃のように、とんでもない距離を徒歩で、しかも装備を担いで進んで行くなどということが出来るのは、おそらく競歩か何かの経験者ぐらいであろう。
そして辛くて不満で暴動を起こしそうなのは俺だけではない、仲間内ではルビアが、先程からしきりに『おんぶ』を迫ってくるようになっている。
さらに捕虜とした10人のメイドさん、彼女らはそもそも鍛えていないのだ。
丸1日の徒歩移動を2週間となると、途中で脱落者が出るのは確実、最悪誰一人として転移装置まで辿り着けず、ソリにでも乗せて引っ張っていく羽目になる。
これは何か対策を考えないと、この移動には無理がある、いや無理しかないな……まぁ良い、とにかく休憩して食事も取ろう、なにはともあれまずは体力の回復だ……
「ねぇ、ちょっと泉の水でも飲まない? 神罰ばっかで疲れちゃったわ」
「おう、そうしようそうしよう」
マーサに誘われ、泉の水を手で掬って口に運ぶ、透き通った水は多少口当たりが硬いものの、それはミネラルが豊富ということなのであろう……
「ぷはーっ、やっぱり泉の水は最高だ、冷たくて美味いぞっ!」
「本当ね、ついでに入っちゃおうかしら? ちょっと耳と尻尾を洗っておきたかったし」
「ねぇ2人共、そこの看板に『この泉の水は猛毒です、一度沸騰させてからご利用下さい』って書いてあるわよ」
『えっ? ぐぅぉぉぉっ!』
突然の腹痛に見舞われたのは俺だけではなくマーサもだ、ミラが慌てて毒消しの魔法薬を取り出したため、それを受け取って……水を掬った掌もあり得ないぐらい爛れているではないか……とにかく魔法薬一気飲みする。
どうにか症状は治まったが、一歩間違えれば食事ではないどころのダメージを負っていたはずだ。
マーサめ、しっかり確認しないで俺を誘いやがって、お仕置きしてやろう。
「おいマーサ、ちょっとこっち来い」
「あう~、ん? は~い……ってあでででっ! いだぃっ!」
叱られるとは思わず、ちょこちょこと近付いて来たマーサの頬っぺたを抓る、うむ、変な顔だ。
反対側も引っ張って伸ばして、このまま平たい顔にして……どういうことだ、マーサの頭上の数字が減ったではないか……
精霊様もそれに気付いたようだ、最初から俺達の請ける神罰を気に掛けていたため、すぐにその現象が目に入ったようである。
というか、精霊様の考えていることはきっと悪いことだ。
いつか女神を廃し、自分がこの世界の管理者に就く際に受ける神罰を、どのようにして解消していくのかを研究するつもりなのであろう。
「あら? この数字はお仕置きされても減るのね、となると……マーサちゃん、ちょっと来なさい」
「あでで……は~い」
「そこに四つん這いになって、鞭で打つわよっ!」
「あ、は~い……きゃいんっ! いひゃいっ!」
何の疑いも持たず、素直に四つん這いになったマーサ、その背中に精霊様が鞭を振り下ろす。
もちろん神罰ゲージはどんどん減少していく、泉に着いた際には『29』となっていた数字が、10回程度鞭で打たれるごとに『1』削られていくのだ。
ミラとメイドさん達が泉の水を煮沸消毒し、それを使ってしていた食事の準備を終えた頃、マーサの神罰ゲージは『0』となり、これで殺害してしまったオタ神の軛から解放されたのである。
ちなみに俺の頭上に表示されている数字は『97』、泉の水で毒の状態異常を喰らったことによって『1』減ったのだが、このままだと俺だけ呪い殺されてしまいそうだ。
如何にして拠点村へ戻るかということと同様、こちらもどうにかせねば。
食事をしながらそのようなことを考えていると、ミラが何やら水晶のようなものを取り出し、俺に見せる……
「あ、そういえば勇者様、泉の水を汲んでいるときに、メイドさんがこんなものを発見したんです、バケツに入ってきたそうで」
「何だその水晶みたいなのは……もしかして転移装置の子機(携帯型)か?」
「そう見えるんですが、ユリナちゃん、ちょっと見てみて」
クリスタルというか何というか、とにかくその類の綺麗な石、どことなく、以前大魔将の城に付属する洞窟ダンジョンで大変お世話になった、セーブポイントに設置されていた飾りに似ている。
「う~ん、これ自体に特におかしな所はないですの、でも何かの目印として使われていたのは間違いありませんわね、しかも魔王軍の備品ですわ」
「姉さま、これ、西の四天王様の軍のものですよ、裏に小さく紋章が入っています」
「となるとこれは……」
荷物と一緒に置いてある、キモオタ四天王の死体、というか抜け殻状の皮を見る。
すでに物言わぬ姿であるが、コイツが何らかの目的で、この泉に当該アイテムを沈めたのは聞くまでもない。
そもそもだ、こんなに綺麗な泉であるにも関わらず、一口飲んだだけで俺やマーサでも強烈な腹痛に見舞われる猛毒、おそらく普通の人間であれば内臓をドロドロに溶かされて即死するレベルの猛毒なのも異常だ。
そして、そのことを示す看板が、字が擦れたりしていない状態でキッチリ設置されているというのも、その異常性を強調する事実である。
何かの目印らしきクリスタルに、泉の水が猛毒……これはもしかして、いやもしかしなくとも、この泉の水の中に、何か重要なアイテムやお宝等が隠されているパターンだ、そうに違いない。
「よし、泉の水全部抜くぞ」
「それには賛成ですね、ですが勇者様、どうやってそんな大規模プロジェクトを?」
「何かこう、アレだ、気合でどうにかするぞ、水なんかどこかに流してしまえば良いんだからな」
泉にはインレットも何もなく、地下から湧水していることが想定される。
それが数ヶ所からチョロチョロと流れ出し、そのまま地面に染み込んでているのだ。
まずはその流出を強化……するのは面倒だな、どうにかして一撃で排水出来ないものか……そうだ、魔法で水を巻き上げてしまおう。
「セラ、今は魔法力が満タンだよな?」
「ええ、何でも出来るわよ、勇者様を転移装置の場所まで吹き飛ばすとか」
「それなら精霊様に行って貰ったほうが早い、そこから馬車を持って来ても掛かる時間はたいして変わらないからな、それよりも今は泉の水だ、特殊風魔法で竜巻を引き起こして、全部どこかに吹き飛ばしてくれ」
「わかったわ、じゃあ皆どこかに隠れていてね」
近くにポツンとあった大変に都合の良い巨岩の裏に全員で隠れ、セラだけがその上に乗って魔法を発動させる。
魔力が満ち溢れる、同時に捲れ上がるセラのスカート、パンツが食い込んでいることを確認出来た。
「いくわよっ!」
「おう、やってしまえっ!」
泉のど真ん中に出現した漏斗雲は、次第にその勢力を増していく。
それは10秒もしないうちに完全な竜巻の姿に変わり、泉の全てを巻き上げる。
しかしさすがは猛毒の水、舞い上がる水を見ても、魚などが生息していた気配もないし、水草や苔の類もまるで見当たらない、まるで農薬が混入したため池のようだ。
純粋に透き通った水のみが天に向かい、さらに上空で拡散している、あの水が泉に戻ることは二度とないであろうという程に遠くへ、そしてバラバラに……
「勇者様、そこに居ると濡れてしまいますよ」
「どうしたマリエル、その程度のことは気にするまでもないだろうよ、だってタダの水だぞ、冬じゃあるまいしすぐ乾くって」
「まぁ、勇者様がそれで良いなら構いませんが……とりあえず私達はシートの下に隠れますね」
良く見るとセラも自分の周りに風防を張り、水に濡れないようにガードしている。
女子は水に濡れたら困るのか? 俺は漢だからその程度のこと気にしたりはしないが。
そう考えながら、巻き上がる最中に零れ、俺達の頭上に降り注いだ水の粒を浴びる。
実に気分が良い、両手を広げ、全身にその雨粒を……
「あっ、ぎゃぁぁぁっ! 目が、目がぁぁぁっ! ついでに全身が燃えるようにアツいぃぃぃっ!」
「だから言ったじゃないですか、この水は猛毒なんです、飲むだけではなく浴びたり、特に目に入ったりしたらとんでもないことになりますよ」
「あがぁぁぁっ……目に……目に入る前に言ってくれ……」
シートの下に引き込まれた俺は、直ちにルビアから治療を受け、苦い毒消しも追加で服用させられた。
神罰ゲージは……減ってすらいないのか、自業自得だと減らないのかも知れないな……
しばらく待つとセラは竜巻を消滅させ、さらに降り注ぐ猛毒の水滴が途絶えるのを待って、ようやくシートの下から出る。
泉の方を向くと、先程まで満タンに湛えられていた水が、今では竜巻の止んだ後に中心から湧き出したごく僅かな水が、水溜りのように残っているだけだ。
そして、湧き出す水の隣には毒物を水に溶かすためと思われるアイテム、そしてその隣には巨大な祠、というよりも社のようなものが設置されている……
「ビンゴだ、とにかくあの毒っぽいアイテムを排除、それから湧水も塞いでどうにかしてしまおう」
「この水はかなりの清浄さね、私が全部吸収しておくわ、よいしょっと」
「何だ精霊様、脇水の上に座ったりして、その状態でどうやって吸収しているんだ?」
「……言わせないでよ恥ずかしいからっ!」
沸き水の上にドカッと座り込んだ精霊様、その隙間から水が飛び出したり、染み出したりということは一切なく、まるで湧き水などなくなってしまったかの如くである。
つまり、精霊様は尻から水を吸収しているのだ、これは恥ずかしい、後で女神にもこのことを教えてやろう、2人で指を差して爆笑し、日頃の鬱憤を晴らすのだ。
と、そんな精霊様はさておき、それからすでに片付けられつつある猛毒発生魔導装置もさておき、問題はこちらの社である。
かなり昔からこの泉の中に鎮座しているはずなのだが、構成素材である硬そうな木が腐ったり、ふやけてボロボロになったりということは一切していない。
まるで新品のようなその社、魔王軍や西の四天王軍にとって何か重要なものが祭られているに違いない。その入口には分厚く、頑丈そうな金属製の扉、をリリィが勝手に御開帳している……
「だぁぁぁっ!? 何やってんだっ、閉めろ、今すぐに閉めるんだっ! トラップだったらどうするんだよっ!?」
「え? じゃあバタンッと……扉が取れました……あと中には変な水晶玉と、それから注意書き? があります」
「……もう良い、どうにでもなれ」
特に脆くなっていたというわけではないはずなのだが、無理矢理オープンし、そして無理矢理クローズしようとしたせいで、金属製の扉はバキッと外れてしまった。
余裕綽々のリリィは、中に入っていたという『注意書き』の木札を手に取り、俺に渡してくる。
読めない文字だ、これは魔族専用のものか、とりあえずユリナかサリナに翻訳させよう……
「え~っと、あ、ここに祀られている玉は、西の魔族領域にとって大変重要なものです、不正に移動した場合、なんやかんやで世界が滅びます、触らないで下さい、だそうですわよ」
「となるとこの水晶玉はアレか、東の四天王の城の地下にあったのと同じものか」
「おそらくそうですわ、城ではなく、この泉に沈めて守っていたんですの」
それぞれの四天王が守っているという、魔族領域そのもののコアらしき何か。
どこかに移動したり、破壊したりということをすれば、とんでもないことになってしまうということだけは確認済みだ。
ゆえに全ての四天王を討伐するまでは、その扱いに関して保留、ということにしてあるのだが、ここのものも放っておけば泉に沈む。
今のところは特に気にせず、場所だけしっかり確認しておけば良いであろう。
「あっ、ご主人様、玉の台座の下に、もうひとつ扉がありますよ」
「そうか、でもリリィ、今度は開けるなよ」
「変な魔導装置みたいなのが入っています、あとまた扉が取れちゃいました」
「・・・・・・・・・・」
完全に話が噛み合わない、しかもバキッと嫌な音まで聞こえて来た。
振り返ると、開けたというよりも破壊したというのがしっくりくる残骸を持ったリリィがこちらを向いてニコニコしている。
その扉が外された位置には、人が1人入れるぐらいの入り口がポッカリと空いており、中には確かに変な魔導装置が……これは転移装置、俺達が拠点村と魔族領域を行き来するのに使っているものに近い形だ……
「見て下さいですのご主人様、ここに書かれている文字、この間滅ぼした人材派遣会社の名前ですわよ、ここの指定管理者らしいですわ」
「指定管理者? つまりあそこから人が派遣されて、この泉、というかこの社の管理をしていたってのか?」
「間違いありませんわ、だってここ、中級魔族の足跡がありますもの」
確かに、言われてみれば泥の付着した裸足の足跡らしきものが付いている。
この中には水が来ていなかったようだし、時折管理者が派遣されて、社内部の確認等をしていたのであろう。
そしてその管理者の姿はどこにもないし、ここで死んで朽ち果てたという感じでもない。
ということはつまり、この転移装置を使えばあの会社へ、即ち俺達の拠点村に繋がる転移装置のすぐ近くまで移動出来るということだ。
早速全員を集め人でパンパンになった社の中で転移装置を発動させる。
光に包まれた後、目を開けると……おぉっ、ここは間違いなく例の会社、従業員を全て惨殺するか捕らえるかしたあの悪徳人材派遣会社だ。
「やったぜ! これで2週間歩かなくて済んだな、帰って祝杯だ!」
「それは良いけど勇者様、神罰の方はどう処理するつもりなのかしら?」
「あ、やべっ、そのことを忘れていたぜ」
未だに『97』と表示されている俺の頭上の数字、これをどうにかしない限り、穏やかな日常と、それから戦勝記念に拠点の発足式、それらのイベントすらままならないのである……




