407 消し去る
「うぅぅぅっ……小生の、小生の城がこんなに、そして小生のメイドさん達がこの下に……」
「おいっ、いつまで泣いてんだよ、お前は魔王軍の四天王なんだろ? シャキッとしやがれこの根暗野郎がっ!」
「う……ん? 四天王、そうだチミ達、この城が崩れ去った理由は知らんが、サキュバスのメイドさんに会わなかったかねっ!?」
「サキュバスメイドってか、南の四天王のことだろ? 奴ならとっくにどっか行ったぜ」
ついでにそのサキュバスメイドが他のメイドさんを救助したこと、城の倒壊は地震ナマズによる攻撃が原因であることを教えてやった。
そして最後に、救助された10人のメイドさんの身柄は、俺達が捕虜として押さえ、返還等には一切応じない旨を伝えておく。
これで少しは……どうして喜んでいるのだ?
「何という僥倖、何というヴィクトリー、つまりチミ達を始末すれば、愛しいメイドさん達は我が手に戻る、しかも新たな女の子付きで、そういうことだね?」
「なるほど、それで喜んでんのか、でも残念だったな、お前は今日死ぬ、異世界勇者たる俺様の手に掛かってな」
「……異世界勇者……勇者……そうだっ! 小生には攻め寄せる異世界勇者の大軍勢を討伐するというミッションが……あれ、もしかして異世界勇者の軍ってチミ達だけ? もっとこうさ、ワァーッと攻めて来たりしないの? その方が『映える』と思うんだよね、今からでもそうしない?」
「黙れっ、少数精鋭で悪かったなっ! てか死ねっ!」
手近な所に落ちていた掌サイズの石像を拾い、それをキモオタ四天王に投げ付ける。
スッと音がしたかしないか、その姿は静かに横へ移動し、直撃コースであった石像は後ろへ飛ぶ。
そのまま急拵えの瓦礫城に直撃、西の四天王城(再建)は脆くも崩れ去る。
頭の悪い城はともかく、今の動きは完全に目視することが出来ないものであった。
さすがは四天王、そしてその中でも『物理攻撃主体』と言われているだけはある。
少なくとも俺の数倍は素早いし、カレンやマーサ、精霊様であっても速さで勝っているとは断言しかねるレベルだ。
そして見る限りでわかるこの敵の脅威は、その素早さだけではない。
攻撃力、防御力、体力といった、数値化が可能な力ばかりではなく、明らかに武術を、それも1つや2つではない数を、『悟り』の次元に至るまで修行したことが、その身のこなしからわかる……
「ブフォフォッ! もしかしてチミ、今攻撃をしたのかね?」
「あぁ、軽いジャブのつもりだったんだが、恐怖でションベンでもちびったのか」
「ブッ、そんな、まさかアレが攻撃の一種だなんて、異世界勇者というのも口だけのようだね」
一応カマを掛けてみたのだが、もちろん余裕綽々の四天王。
今の攻撃ぐらいは避けられても特に驚くことではないのだが、問題はその態度にある。
コイツ、つい先程までは泣いていた癖に、メイドさんが無事であること、それから俺の攻撃をあっさり回避したことで、本来の自信を取り戻しつつあるようだ。
このまま調子に乗らせていけば、いつかはその勢いで自爆しそうな感じではあるのだが、現在のような『それなりの状態』をキープされると非常に拙い。
ここはアップかダウン、どちらかにこのキモオタの心情を誘導する必要がありそうだ……とにかく会話を続けてみよう……
「ふんっ、そうかそうか、だが武術の心得があるようだし、あのぐらいは避けられて当然だと思うぞ、俺もそのつもりで投げたんだからな」
「そうかねそうかね、いやバレてしまったようなので告げておくが、小生は数多の武術を習得、その段位は合わせて5万段にも及ぶのだよ」
「何だよ5万段ってのは、いちいちスケールがぶっ飛びすぎなんだよこの世界の連中は、ちなみに一番得意なのは?」
「小生が最も得意とするのは、古の武道、『パンチラ激写道(一万七千段)』なのだ、小生クラスになると、過去100年間に意図的、偶然問わず、目撃したパンチラの全てを事細かに記憶しているのだっ!」
「それは武道ではない、タダの犯罪だ、しかもとびきり迷惑でキモいタイプのな」
他にも『ホットサン道』、『メイ道』、『バットエン道』など、わけのわからない『道』をいくつか紹介されたのだが、それらはとても『武道』とは言えないものばかり。
そしてそれが合計5万段のうち4万段以上を占めているのだから侮れない、どこでどうやってそんなにわけのわからない『道』を究めたというのだ……
「さてと……では今度は小生から攻撃させて貰うのだ、狙いは……やはり唯一殴っても良さそうなチミにしようかね」
「お、おうっ、掛かって来いやこのオタク野郎」
「では参らんっ! ハァァァッ!」
「へっ!? あぶっ……だぁぁぁっ!」
いじめられっ子が追い詰められたときに繰り出すと言われる伝説の秘奥義、グルグルパンチ。
この四天王はそれを、初球、しかも小手調べの攻撃として繰り出して来たのである。
凄まじいスピードで回転する四天王の両腕、狙いであることを宣告された俺は、とっさに後ろへ跳んでそれを回避した。
だが、恐ろしいのはそのグルグルに直撃することだけではない、その回転速度によって生じる急激な空気の乱れ、摩擦。
ぶつかり合ったその腕と空気から、強烈な雷が発生したのである。
それに当てられた俺は、自分で後ろへ跳んだ距離を遥かに超えて、後衛の後ろまで吹っ飛ばされてしまった……
「あででっ……クソッ、とんでもない野郎だ」
「凄いわね、アレ、雷魔法は使ってないのよね?」
「そうだ、自然の力で雷を帯びているんだ、普通はあんなことにはならないんだがな……」
確かに、いじめられっ子の放つグルグルパンチは強力無比、誰もそれを止めることが出来ず、普通に先生が来るのを待たざるを得ないものだ。
だがこのキモオタのそれは次元が違う、どうして帯電しているのだ? どうして音よりも早くその拳を回転させているのだ? そしてどうして、その技を繰り出し続けながら一切疲れを見せないのだ……
……と、そのまま移動して俺を狙うようだ、あまり近付くとまた雷を喰らってえらいことになるし、ここはひとまず精霊様の後ろに隠れよう。
ササッと姿を隠した俺に、キモオタもこの攻撃とまともにやり合う意思ナシと判断したのか、徐々に腕の回転数を下げ、グルグルパンチを停止させた。
「ふぅっ、今のは準備運動として、ここからが本当の攻撃、全体に効果を及ぼす、小生の『単体攻撃』を見せて進ぜよう」
「全体に効果を及ぼす単体攻撃? 矛盾するのもいい加減にしろ、見た目と強さのギャップだけでお腹一杯なんだよこっちは……」
「なぁ~に、デモンストレーションゆえそこまで本気ではやらないのだよ、せいぜい出力の30%といったところか、チミ達に小生の実力を知らしめるのにはそれで十分だ、喰らえっ!」
拳を振り上げたキモオタ四天王、その射程範囲内には最前衛のミラとジェシカすらも入っていない。
しかしそこから動こうとはせず、拳を、そのまま振り下ろして地面に叩き付ける。
十分に目視可能なスピードで地表へと向かったキモオタの拳。
通常であれば、このまま地面に跡が付いて終わり、誰もがそう思うモーションだ。
だが接触の瞬間、本当にその刹那のことであった。
地面が、その地表の砂や小さな城の瓦礫が、何の前触れもなく赤熱状態になったのである。
「ヤバいっ! 伏せ……あ、ひょんげぇぇぇっ!」
皆に伏せるよう、そして吹き飛ばされないような姿勢を取るよう伝えんとした俺であったが、前も後ろも横も、既に俺以外の全員が退避済みであったことに気付いたときにはもう遅かった。
大地に深くめり込む拳、その光景が眩い光と共に網膜に焼き付けられる。
爆発、というよりも熱で気化したのだ、キモオタの足元にあった、自身以外の全てのものが。
熱によって限界まで膨張する物質、そこから発せられる強力無比なエネルギー。
その効力圏内に、モロに取り残された俺は、まるで破裂した風船の上に乗っていたアリかの如く吹き飛ばされる。
直後に感じたのは強い衝撃、爆心地からおよそ200m、たまたま存在していた巨大な岩に叩き付けられ、その表面を破壊しながら止まったようだ……しかもその裏に他の仲間達が隠れているのも確認出来た……
「お……お前ら……薄情……者……」
「だってしょうがないじゃないの、勇者様、敵と喋ってて全然動こうとしないんだもの」
「ご主人様、とにかく治療しますね」
確かに、全体に効果を及ぼす単体攻撃の詳細が気になりすぎて、ヤバいと思うのが遅れた、そして退避行動に移るのも同様に遅れた。
だがその間は2秒程度、並の人間であれば、というより上とか特上の人間であったとしても、200m離れたこの大岩を発見、その裏まで退避することなど出来ようはずもない。
まぁ、俺に治療を施すルビアは女神から借りパクした箱舟を、そして俺とルビアに続いて3番目に足の遅いサリナはマーサに抱えられていることからも、全員が全員、あっという間にここまで駆け抜ける能力を保持しているわけではないことがわかる。
一度100m走のタイムでも計ってみようか、おそらく転移前の世界におけるレコードを塗り替えるのは全員、ということになるはずだ……
「はい、これで全回復です、もう戦えますよ」
「あざっ、うむ、絶好調だ、絶好調だがな……どうするよアレ……」
遥か彼方にポツンと見えるキモオタ四天王の姿、だがその周囲20mから30m程度には、深く巨大なクレーターが形成されているため、目線を下に向けない限りその姿を目視することが出来ない。
まるでアリジゴクだ、あのクレーターこそが奴の攻撃の効果範囲なのである。
そこに誘い込まれた者は、まず間違いなく無傷で出て行くことが叶わぬ恐怖のすり鉢。
しかし全体に効果を及ぼす単体攻撃とはこういうことなのか、本来は敵単体にぶつけるはずのパンチという攻撃を、地面に当てることによって別の効果に置き換えているのだ。
爆発系の火魔法と地魔法とを同時に放ったようなその効果、奴自身、攻撃魔法の類は一切使うことが出来ないようなのだが、『使えない』のではなく『不要ゆえ習得しない』というのが実際のところなのであろう。
腕を組みながらこちらを見据え、特に仕掛けて来るといった様子のないキモオタ四天王、こちらも迂闊には近付けない、まずは敵の攻撃の特徴と、それを回避するための策を……リリィが何かに気付いたようだ……
「ねぇご主人様、あのおじさんの周り、何かちょっと変じゃないですか?」
「どうしたリリィ、普通にクレーターだぞ、たまにその辺で巨大隕石とかが衝突しているだろ? そのときに……」
「でもああいうのって、周りの地面がモコモコッてなってないですか?」
「……うむ、確かになっているような気がするな……で、奴の回りはなっていないと」
言われてみれば何かがおかしい、あのクレーターは通常のクレーターではない。
抉られた土がその縁で大きく盛り上がったり、飛び散って周囲の色を変えたりしていないのである。
パッと見て、あのクレーターをアリジゴクだと思ったのもそれが原因、突如そこに現れたかのようにポッカリと空いたすり鉢状の穴なのだ。
「あっ、そういえば……ねぇ、ちょっとまた思い出したことがあるわっ!」
「今度はマーサか、奴に関することならどんどん情報提供してくれ」
「あのね、えっとね、最初にあの人が私達の里に来たのは、畑作りに邪魔な大岩を退かすためだったなって、その後でおにいちゃんと趣味が合うのがわかって……とにかく凄かったのよ、岩がザァァァッて音を立てながら消えちゃって、それから里の皆が儲かったって……」
「ごめん、ちょっと意味がわからない、岩はどうなって消えたんだ? どこがどうなって里の皆が儲かったんだ?」
「え~っと、確か岩は粉々よりもずっと粉々になって、でも中に含まれていたミスリルだけはそうならずに残って、それを拾って……ん、何だか私もわからなくなってきた」
……少し考えてみよう、先程の奴の攻撃、あの瞬間、拳の触れた地表は一瞬で赤く染まり、そのまま液化、さらには気化してしまったと判断するのが妥当である。
パンチのスピードはたいしたことがなかった、あの速度で拳を地面にぶつけたとしても、ああなるのにはエネルギーが圧倒的に不足していることは明らか。
つまり、あのキモオタは何らかの能力、というか武術の類を用いて対象に凄まじいエネルギーを伝達し、その力を持って熱を生じさせている、そういうことになる。
となると奴の攻撃と、それに伴う俺をここまで吹き飛ばす威力の大爆発、それはパンチの衝撃によるものではなく、純粋に熱で周辺の物質が膨張したことによるものということか?
そうだとすれば、あのパンチは普通に地面を抉ったのではなく、キモオタが地面を『消失させた』ことによって生じたもの、これはとんでもないことだ……他のメンバーも薄々、特に賢い連中ははっきりとそのことを理解したらしい……
「ヤベぇな、近付いたら即、今度はあの攻撃を直接喰らうことになるんだぜ」
「軽い怪我じゃ済まないわね、たぶん骨折とか、もしかしたら内臓が破裂して……」
「それどころじゃねぇだろ普通に」
200m先のキモオタ四天王、既に完全な自信を取り戻し、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながらこちらを見ているのがわかる。
やつにひと泡吹かせるためには、あの攻撃の射程圏内に入り、さらにアレを放つよりも先に攻撃、一撃で葬り去るか、それが無理でも反撃を受ける前に離脱しなくてはならない。
もし奴の攻撃と物理的にやり合うことになれば……待てよ、先程マーサが言っていた意味のわからない昔話、その中に何かヒントらしきものがあったはずだ……
「あっ、そうだマーサ、奴がウサギ魔族の里へ来たときに消し去った大岩、中に含有されていたミスリルが残ったんだよな?」
「そうそう、ミスリルだけ消えずに、そのままパラパラって落ちてたらしいのよ、不思議よね」
「ところでマーサ、お前のその籠手は何で出来ているんだ?」
「これ? これは東の魔族領域で拾ったミスリルを使って……あ、てことは私の武器ならぶつかり合ってもやられちゃったりしないかも、そういうことよね?」
「そう思いたい、というかそれがダメだともう打つ手がないかも知れない、やるだけやってみてようぜ」
攻撃の手段のみは決まった、調子に乗ったキモオタは、間違いなく接近した俺達に対してあの攻撃を繰り出すはず、そこへ、マーサが被せるようにしてミスリルの籠手でパンチを繰り出す。
奴の自慢の拳は素手、対するこちらはミスリル、そしてマーサのパワーだ。
かち割ってしまうことが出来るか出来ないか、だが少なくとも隙は作れるはず、いくら強くとも痛いものは痛いのだから。
問題はどう近付くのかに関してだが……む、キモオタの野郎がクレーターからシャカシャカと這い上がって来やがった、キモい……
『お~いっ! そこのウサギ魔族のチミ~ッ! もしかしてチミ、オタウサ(オタクウサギ、マーサの兄)の妹ではないのかね~っ?』
「おいマーサ、何かバレてんぞ、大丈夫なのか?」
「平気よ、だってあの人、偉い四天王様とはいえ超キモいじゃないの、目を合わせたくないわ、視力が落ちそう、正直言って殺したいわ」
「すこぶるああいうのが嫌いなんだな」
まぁ、自分の兄がああいうタイプ、しかもアレに『オタウサ』などというあだ名で呼ばれているような仲なのだ、身内の振る舞いが恥ずかしく、それを疎ましく思っているのと同様に嫌いなのもわからなくもない。
考えてもみよう、もし自分の家族がああいうタイプで、しかもあのキモオタ四天王が遊びに来るようなことがあったらどうなのかを。
少なくとも自分の友人は家に呼んだり出来ないはず、その理由を聞かれても、『家にキモい妖怪が憑り付いている』ぐらいの苦しい答えしか返せない、まさに暗黒の実家となっていたに違いない。
「とにかくマーサの一撃を奴に届かせる、まずそのことを考えよう、続く攻撃はその場で決めれば良い」
「そうね、じゃあ私の水壁と、セラちゃんの風防を使った作戦がひとつあるわ」
「よしっ、どんなのか知らんがそれ採用な、ユリナとサリナはセラに魔力を供給するんだ」
「て……適当の極みですわね……」
「だってよ、もうキモオタ野郎がアリジゴクレーターから出て来て……どうしてその場で振りかぶってんだ?」
「何よアリジゴクレーターって……拙いわっ!」
クレーターから這い出したキモオタ四天王、その場に立ち、しばらくはマーサに向けた呼び掛けを続けていた。
だがフルで無視されていることに気付くと、突如としてその場でパンチのモーションを取った。
まるで鏡に向かい、フォームでも確認するかのようなそのゆっくりとした動き、だが周囲の様子はそれとマッチしない、直後、周囲の木々が弾け飛び、その破壊は凄まじい勢いでこちらへ向かって来た。
とっさに巨岩の裏へと退避する、全員がそこに納まったところで、目に見えない強烈な破壊の壁がそこに迫る。
「ダメッ! 岩が持たないっ!」
とっさに張った精霊様の水壁、普段の舐めプでは絶対に出さないものだ。
それがザーッと、一瞬で消えてしまうのだから恐ろしい、結局巨岩に直撃した衝撃は、その表面から半分以上も抉り、どこかへ消し去ってしまった。
「全員大丈夫かっ!?」
「凄い、岩がペラペラになっちゃいましたよ」
「かなり見通しが良くなりましたね……」
攻撃を凌ぎ、思い思いのことを口にする仲間達、200m先から拳を振っただけで、巨岩をここまで抉り取ってしまう奴の力には特に言及しない、というかしたくないのだ。
そんな中で、ジェシカ1人が後ろを向いたまま固まっている、どうしたのであろうか?
「あ……主殿……」
「何だジェシカ、ちびったのなら水路で洗って……」
「その水路も、それから私達の乗って来た船も、全部まるごとどこかへ吹き飛んでしまった、帰りは歩きだぞ」
なんということでしょう、敵の懐へマーサを送り込む作戦も、それが上手くいくのかわからない。
そしてそれが上手くいって、奴を殺したとしよう、今度は帰りの交通手段がなくなってしまったのだ。
許せん、ここは怒りのパワーで確実に勝利し、帰りは奴の惨殺死体に乗って帰ることとしよう……




