406 急拵え
『我等はもうこの地を去る、あの釣り人には文句を言っておいてくれ、他者の体に墨など塗るなと』
「おう、ぶっ殺しといてやるよ、じゃあな~っ!」
地震ナマズとその子分のナマズ、ウナギ、ドジョウ達が帰って行く。
これからどこへ行くのかは知らないが、いずれまた会う機会があるかも知れない。
もちろん敵として再会するのは勘弁だ、王都にある俺達の屋敷や、せっかく完成した西方拠点を地震で破壊されても困るからな……
「さてと、俺達はここで待っておくこととしようか、いくら四天王とはいえあの瓦礫の中から這い出すのには時間が掛かるだろうからな」
「そうかしら? ドカーンッて出て来そうな気もするんだけど、ほら、真ん中辺りの瓦礫がちょっと動いてるわよ」
「本当だ、でも何か違うぞ……あ、後続を先に出そうとしているんだ、瓦礫を持ち上げたままキープしてやがる……しかもメイド服の女じゃないか?」
崩れ去った城のど真ん中、そこから立ち上がった1人のメイド、顔は良く見えないのだが、10m四方ぐらいはある分厚い壁の残骸を、明らかに片腕だけで持ち上げている。
その後ろから、ゾロゾロと姿を現す同じ格好のメイド達、合計10人といったところだ。
全員が上級魔族のようだが、戦闘がこなせそうなのは瓦礫を持ち上げているあのメイドだけ。
他はもう完全なるメイドさんだ、おや、そうこうしているうちに全員の脱出が終わったようである……持ち上げていた瓦礫をポンッとどこかへ捨て、ジャンプする強力メイドさん。
そのまま消えてしまった、転移したのか……いや、ジャンプ力が凄まじいだけだ、飛び立った場所にはクレーターが生じ、次いで遥か彼方でも同じ現象が起こる。
南ヘ向かって行ったようだ、肩から大きな袋を提げていたようだが、火事場泥棒でもしたのか?
……と、それ以外のメイドさん10人がこちらに気付き、両手を挙げ、先頭の1人だけが白旗を掲げた状態で近付いて来る、どうやら降伏するようだ。
「すみませ~ん! 今からそっちに行きますので、攻撃しないで下さ~いっ!」
「わかった~っ! そのまま手を挙げてこっちへ来いっ!」
「はーいっ!」
両手を挙げたままのメイド軍団が俺達の下へ到着する、この連中が降伏したのは、先程飛び去って行った協力メイドさんの指示なのか?
とにかく捕虜にして、四天王のこと、それから降伏した理由などについても聞いてみることとしよう……
「よし、じゃあそこへ並んで正座しろ、手は頭の上で組んでおくんだ、変な動きをしたらカンチョーするからな」
「わかりました、えっと、私達は西の四天王城メイド隊です、降伏しますので殺さないで下さい」
「よかろう、で、さっき1人逃げて行ったよな、奴は?」
「臨時メイド長……というか南の四天王様のことでしょうか?」
「またアイツだったのかよっ!? どんだけバイトしたいんだ一体……」
東の四天王をデコピンで葬り去ったサキュバスメイド、もとい南の四天王。
今度は西の四天王の城でメイドとしてバイトしていたとは、相当に金欠なのであろう。
ルビアが縄を取り出し、メイドさんたちを縛り始めた、10人全員が大変に良い見た目をしているし、連れ帰って拠点村のスタッフとすることに決めた。
だが拠点に戻るのは四天王を退治した後、その首をぶら下げてということになる。
今すぐにこのメイドさん達を連れて帰るわけにはいかない、というか、四天王はまだ出てこないのか?
「おいお前ら、この城の主、西の四天王本人はどうしたんだ? まさか瓦礫に埋まって身動きが取れない、何て情けないことにはなっていないよな?」
「そんな、この程度の瓦礫で四天王様が傷を負ったりするはずがありません、四天王様は昨日お出掛けになり、明日まで城に戻らないんです」
「はぁっ!? 俺達が攻めて来てるのにどうして?」
「いえ、一応私達もお留めしたのですが、何やらイベントがどうのこうので……きっと明日には、戦利品がどうこう言って、とても口に出してはいえない挿絵の入った薄い本を大量に持って凱旋するはずです……」
「何それ超キモいんですけど」
「ええ、ですからそのキモい趣味をお止めになってはと、かねてより申し上げていたのです、仮にも魔王軍の大幹部なのですから、イメージがちょっと……」
どうやら西の四天王はキモオタのようだ、全く、この世界の野郎キャラ、特に敵に関してはろくな奴が居ないではないか。
毎回キモオタだの変態だのロリコンだの、それからパンツ一丁の国王なんてのも居たな。
いや、事ここに至っては、奴ぐらいの存在であればまだソフトな方だ、とにかくヤバい奴が多すぎる。
というか、女の子キャラは敵味方問わず基本的に可愛らしいことを考えると、この世界を創造した古の神、そいつの人格、じゃなくて神格に疑義が生じてきたな……
「で、それはともかくだ、四天王の奴は明日まで帰って来ない、それは確定なんだな?」
「はい、間違いありません、今朝の段階で『小生、明日には帰るでござる、メイドさんペロペロ』という手紙が伝書鳩で……思い出したら眩暈と吐き気、それにやり場のない怒りが……」
「キモすぎだろそいつ、良いよ、俺達がぶっ殺してやるから、お前等は今日からウチの子になりなさい」
「でも四天王様は相当にお強いですよ、あなたのような口だけビッグマウス馬鹿に勝てるとは思いませんが……」
酷い言われようである、後ろで笑っているのはセラとルビアか、前ではマーサとジェシカ、そして横でマリエルが笑っている。
舐めやがって、この5人には後程キツめのお仕置きだな、もちろん今の発言をした張本人であるメイドさんにもだ。
「さて、明日には四天王がここへ来ると思うと、迂闊に拠点へ戻ったりは出来ないよな、今夜の宿はどうしようか、宿というか野宿の場所なんだが……」
「あ、それでしたらこの近くに綺麗な小川がありますよ、私達の飲料水はそこからも汲んでいましたし、間違いなく清潔です」
「そうか、じゃあその小川の近くまで案内するんだ、河原でキャンプをしよう」
縄で繋いだメイドさんの1人に先導させ、俺達は今夜限りの野営場所である小川へと向かった……
※※※
「ほらほら足が止まってるぞ、セラ、もっと膝を高く上げて、1歩1歩大振りに、はいいっちにっ! いっちにっ!」
「あでででっ!」
「痛いですっ、どうかお許しを……」
「ひぃぃぃっ、き、効くっ!」
小川の脇に到着した俺達は、適当な所に野営セットを広げ、食事の準備を始める。
ついでに先程俺のことを馬鹿にしたり、それを聞いて笑っていたような不届者に対する処罰も同時進行的に執り行っていく。
今回のお仕置きは、せっかくの河原を生かすため、『ちょっと尖った石を敷き詰めた上に裸足で乗って足踏みさせる刑』とした。
なかなか効果があるようだな、これなら屋敷の庭でも再現出来そうだし、通常執行するお仕置きの1つとして加えるのも悪くはないかもだ。
「ねぇっ、そろそろ許してよね、ツボが刺激されてヘンになっちゃいそうだわ」
「ダメだな、というかマーサ、もしかしたらその刺激で馬鹿が治るかも知れないぞ、お前の頭が悪いのは血行が悪いのを主原因としている可能性があるからな」
「なわけないでしょっ! あ、でも今ので馬鹿にされたからこれでおあいこね、イチ抜けたっ!」
颯爽とジャンプし、『ちょっと尖った石を敷き詰めた上に裸足で乗って足踏みさせる刑』の処刑台から逃れるマーサ、自分の行為と俺の行為を相殺しやがった、そんなのアリなのかよ……
「あ、そうそう、それでね……」
「何だマーサ、他に隠していた悪事を告白するのであれば、自主的に処刑台へ戻るんだな、話はそれから駄」
「じゃなくてさ、西の四天王様のことなんだけど、もしかしたら私、会ったことあるかも知れないわ、子どもの頃だけど」
「何だとっ!? ちょ、ちょっと全員集合、おいセラ、ルビア、マリエル、ジェシカ、お仕置きは後だ、一旦こっち来い」
マーサ曰く、キモオタ四天王はマーサの兄、フルートが監禁されていた城のイベントで一度だけ、チラッとだけ見たことがあるあのオタクウサギの友人、というよりもかなり上の先輩かも知れないそうだ。
それがマーサの故郷にある自宅に、何度か遊びに来ていた可能性があるらしい。
当時のマーサは子どもで、記憶ははっきりしないとのことだが、何やら魔王軍の偉い人が来ている、という話だけは、はっきり聞いた記憶があるのだそうな。
「それでね、確か一度お兄ちゃんが、言ったのよ、私は馬鹿だけど突然変異で強いから、魔王軍に入ればあの人みたいに偉くなれるかもって。ウサギ魔族だし、見た目の可愛らしさで出世の競争相手ととサベツカ? だか何だか……」
「なるほどな、ウサギ魔族は戦闘向きじゃないが見た目は抜群だからな、それで強いとなればかなり目立つし有利だ、魔王や大幹部の目に留まって、それがきっかけで出世コースに乗る可能性も高いよな」
「まぁ、魔王様も私のことを可愛がってくれたし、何か魔将じゃなくて玩具みたいな扱いだったけど、でもお兄ちゃんの作戦は成功だったのね」
結果的にマーサは『魔将』、即ち魔王軍の幹部の1人となるまで出世したのだ。
当然、頭脳タイプであるマトンとセットであったがゆえだとは思うが、元々戦うことが出来ず、軍隊などとはコネクションがないはずのウサギ魔族にしては、それが相当な成功であるといえよう。
もしもマーサが今の強さで魔王軍に入ったら、大魔将はおろか、あの補欠キャラであった東の四天王を蹴落とし、そのポストに収まっていたかも知れないな。
俺達と出会わなければ、ここまで強くなることはなかったのであろうことを考えると、その『if』はそもそも破綻してしまうのだが、万が一実現していたとしたら恐ろしいことである……
「それでマーサちゃん、その四天王らしき人物はどんな感じだったの? 曖昧な記憶でも良いから知りたいわ」
「え~っと……う~ん……あっ、頭にバンダナみたいなの巻いてたかも、あとチェックのシャツしか着ていなかったと思う、それぐらいかな……」
「うん、モロにそういう感じの奴だということだけははっきりと理解出来たわ」
もしも西の四天王がマーサの兄と相当な仲良しであったとしたら、この戦いは意外と、いや確実にやり辛くなってしまう。
特に、相手がマーサのこと覚えていたりすると危険だ。
やり辛いどころか『やれなく』なってしまう可能性すらある。
もっとも、そういう事情がある敵を致し方なくぶち殺し、何とも言えないフィナーレを迎えるというのも勇者らしいといえば勇者らしい。
つまり、『お前のことを殺したくはないんだ』みたいな発言をしつつ、最後はキッチリこの世から消滅させる。
そういう感じの主人公に俺はなりたい、そう思っている節もあるのかも知れない。
とにかく、敵がマーサの兄とどういう関係で、マーサのことを覚えているのかどうか、それに関しては実際に目の前に立ってみないとわからないことだ。
明日、どこかへフラフラと遊びに行ってしまった西の四天王が帰るのを待って、そこで色々と判断していくこととしよう。
「ちなみにメイドさん方、四天王がここへ戻るのは明日のいつ頃になりそうなんだ? 詳細を頼む」
「そうですね……手紙だと昼には帰るとのことでしたが……」
「そんなこと言っておいて実際は夕方や夜になる、とかそういう感じの奴なのか?」
「いえ、早いんですよいつも、昼に戻ると言えば朝に、夜戻ると言えば昼には帰って来るんです。以前、こちらにもお迎えする準備があるのでとお諌めしたところ、規定の時間まで城の前の茂みに隠れて待つようになってしまいまして……」
「真面目なのか馬鹿なのか、とにかく面倒な奴だな……」
「それでいて顔がキモい性格がキモい趣味がキモい喋り方がキモい息が臭い脇が臭い食べ方が汚い肌が汚いトイレを使った後も汚いいちいち声が大きくてうるさいし唾が飛んでいるし寝言がうるさくてオナラの音も形振り構わずうるさくてあとずっと貧乏ゆすりしているんですよ、最低じゃないですか?」
「もう何かアレだな、キモがられる要素の詰め合わせみたいな奴なんだな」
今だその姿すら確認出来ていない西の四天王、ここまで様々な情報に触れてきたのだが、そのどれもが『奴は最低』ということを指し示すものである。
万が一、奴と敵同士以外の立場で出会ったとしても、絶対に友達になることは出来ない。
それでいて無茶苦茶強いというのだから尚更だ……
「まぁ良いや、つまり朝日の出る前から待っておけば、奴が戻って城の惨状に悲鳴を上げる瞬間を拝めるってことだろ?」
「待ってよ、それよりも少し後から見に行った方が面白いわ」
「おいおい精霊様、それはどうしてだ?」
「だって、ルンルンで戻って来たら自分の城があんな状態になってるのよ、大事なメイドさんも居なくなってるし、その絶望的な状況でどういう行動に出るのか、ちょっと見てみたいと思わない?」
「確かに、それは一理あるな、ここに居れば帰って来た西の四天王に見つかることもなさそうだし、その作戦でいくとして……昼過ぎに様子を見に行けば良いか……」
ということで食事を取り、小川の水を汲んで風呂にも入った。
翌朝が早くないと思うと気兼ねなく寝られる、少し寒いががまんして目を瞑ろう……
※※※
『あぁぁぁっ! 城がっ! 小生のシロガァァァッ! はっ……メイドさんはどこだ? 小生の大事なメイドさんが、メイドサァァァンッ!』
森の先から響き渡る何者かの声、時間帯的には午前4時前後といったところであろうか。
これは間違いなくあの城の主、西の四天王の声である、というかあの台詞を吐く奴には当人以外該当しない。
何が『昼には戻る』だ、朝方日が昇る前に帰ってきているではないか、そしてこんな真夜中に絶叫である、近所迷惑というものを考えたことがないのであろう、とんだクズ野郎だ。
『だぁぁぁっ! 小生の、小生のメイドさんはどこだっ!? メイドサァァァンッ!』
「やかましい奴だな、これじゃ寝られないぞ……」
「ご主人様、ちょっとどうにかして来て下さい」
「いやカレンさん、アレをどうにかしたらもう今回の戦いは全て終わりなんだが……」
騒ぎ続ける奴の大声に、全く眠れない様子のカレン。
他のメンバー達も普通に起きて来た、これで目を覚まさないのはルビアぐらい……いや、メイドさん達は誰1人として起きていない。
おそらくではあるが、この程度の大騒ぎなど、たとえ夜中とはいえ西の四天王城では日常茶飯事なのであろう。
ゆえに、あの城にずっと住み込みで働いていたメイドさん達にとって、四天王の絶叫などいちいち目を覚ますに値しない、日常的な事象に過ぎないのだ。
とはいえこのままでは俺達が……いや、突然静かになったな、叫び疲れて寝てしまったのか?
「どうしたんだろうな、『憤死』とかしてたらめっちゃ面白いんだけどな」
「絶望して首でも吊ったんじゃないかしら? まぁ、そのぐらいで死ぬとは思えないけど」
「あっ、でも何か音がしますよ、ガラガラ鳴ってます」
「む? じゃあメイドさんが埋まっていると思い込んで、瓦礫を除けて発掘しようとしているのかな、馬鹿な奴め、メイドさんは俺達が頂いておいたぞ、フハハハッ!」
適当に高笑いをし、取り戻された静寂の中、再び寝袋へと潜り込んだ……朝方は寒い、これではなかなか寝付けないではないか……
※※※
「おはよう勇者様、もう勇者様以外は全員お昼ご飯を食べ終わったわ」
「おう……ちょっと寝られなくてな、で、あの後何か変化があったか?」
「特に何もないわね、というか西の四天王がメイドさんを捜しに来たら、こんな所とっくに見つかっているわよ」
「確かに、じゃあ諦めたのかな? まぁ良いや、後で様子を見に行こう」
シナシナになったレタスの挟まった2枚のパンを口に入れつつ、午後の行動についての相談をしていく。
真夜中に大騒ぎしていた西の四天王は、城から離れずにメイドさんやその他の部下の捜索をしているに違いないということで、発見されないよう、コソコソと近付いて行くこととした。
もちろん寝てしまっている、或いは絶望し、自害の道を選んだという可能性も十分にある。
だが、近付くに際しては起きていること、警戒していることを念頭においておくべきなのだ。
10人のメイドさんはその場で待機させ、俺達は隊列を組んで城の跡地へと向かった……敵の反応がある、相当に巨大ゆえ、その反応が四天王であることはもはや疑う余地がない。
森を抜け、ようやく城の残骸が……アレはっ!?
「おい見ろっ! 城が建ってるじゃないかっ!」
「本当ね、てか何よアレ、瓦礫を組み合わせてそれっぽくしただけじゃないの、ウケるわっ!」
俺達の前に現れたのは立派な、もし幼稚園児が造り上げたのだとすれば大層立派な瓦礫のお城。
崩れた壁を木の棒で支えつつ四方を囲み、屋根はどこから持って来たのかすらわからないブルーシートである。
急拵えとはいえ、さすがにあの状態であれば外で寝た方がマシだ。
「やべぇな、あんなのを城にしている馬鹿なんて聞いたことがないぞ」
「……見たことはあるわよ、プレハブを城にしている異世界人なら」
「おいセラ、それ以上言ったら尻の肉を捥が取って顔に移植するぞ」
「あでででっ、ちょっと、捥がないでよっ!」
処罰を喰らったセラの絶叫が届いたのであろう、急拵えの瓦礫城の中に居た敵の反応がスッと動く。
至極適当に設置されたドアが開き、中から現れた人影……本当に着ていたチェックのシャツ、本当に装備していた頭のバンダナ。
「な……何だねチミ達は、ここは小生の居城……だったんだけど……うぅっ……」
『泣いてんじゃねぇよ気持ち悪いっ!』
四天王はどこへ行ったのだ? そう問いたくなる風貌の男、しかも泣いている。
だが俺にも、他のメンバー達にもわかることがひとつ、コイツ、東の四天王などとは比べ物にならない、もはや別次元の力を持っているではないか……




