404 行ってみよう、その先へ
「え~、ということで今日と明日、不眠不休の突貫工事を建造することとなる、進水式は明後日の昼、それまでには確実に、一切瑕疵のない完璧な船を完成させておくように、以上、作業開始!」
地震ナマズの提案により、四天王城までの道を均す作業が完全に無駄になってしまった。
だが水路を造ってくれるというのであればそれで構わない、俺達は船を準備して待つのみだ。
当然手の空いてしまう作業員共を、全て拠点村の転移装置近くに開設した造船所に回し、大至急巨大船を組み上げるようにと命令を出す。
もちろん通常であれば到底間に合うことのない期限であるが、作業の進捗が遅れるほどに、背後から迫り来る死の恐怖に苛まれ、作業員共は不眠不休で、あり得ない速度で目標へと向かうはずだ。
当然その後は皆殺しにされるのだが、今のところは『やり切れば助かるかも知れない』という希望を持たせておくのがベストである、処刑免除の可能性をチラ付かせつつ、それを作業継続に対するインセンティブとするのである。
「さて、ここの監督は誰に任せようか……といっても船に造詣の深いメンバーは居ないんだよな、ドレドを呼んで来るような時間もないし……」
「あ、でしたら私が監督しましょう、どうせ四天王退治で使用した後には、王国軍の船として使うことになりますから、ちょっと私好みに作らせて貰っても良いですか?」
「構わんが、変な機能とかゴテゴテの装飾とかはやめろよ、敵に悪趣味な連中だと思われたくないからな」
「わかりました、ではスタンダードモデルでいきましょう」
「……本当に大丈夫なのか?」
自信満々のマリエルにこの場を任せることとなったのだが、その笑顔を見れば見るほどに、不安と疑念が渦巻いて視界を曇らせる。
念のため食事の度に出来具合いを報告させよう、とんでもない方向に進み始めたらそこで修正すれば良いのだ。
とにかく、『船』と認識可能なモノが出来上がればそれで良い、どうせここでしか使わないのだし、見た目だけそれらしくして、中身はハリボテでも一向に構わない。
とにかく、それに乗って四天王城に攻め込んだ際、敵軍の誰かから見て『何だアイツきっしょ!』とか、『うわダッサ! あの船超ダセェ!』とか思われなければそれで良いとしよう。
もちろんしっかりと、俺様のお眼鏡に適う品を造ってもなお、そう思うセンスのない馬鹿は居るはずだ。
そういうのはもちろん、地震によって倒壊した城の中から引っ張り出してでも、思い付く限りの残虐な方法で処刑してやる。
ということで造船監督のマリエルにヘルメットを被せてその場に残し、俺達は夕飯の準備をするためにハウスへと戻った。
マリエルも1時間かそこらで戻るという、それまでに釣りおじさんから貰った大量の魚を、良い感じの肴に変貌させておかねばなるまい。
まるで熟練していないへっぽこの腕が鳴るのを感じつつ、魚を捌くミラとアイリスの様子を、邪魔をしないように傍から見ながら時間を潰した……
※※※
「ただいま~っ」
「おっ、おかえり~っ、よし、マリエルが帰って来たぞ、宴の開始だっ!」
最初のオヒョウだけでなく、貰ったマグロ、貰ったカツオ、貰ったクエ、貰った……とにかく全て貰った魚による宴会のスタートである、ちなみにバケモノイソメのコアも受け取り、倉庫にしまってある。
最後の地震ナマズをキャッチするためのサポートをした俺達は、釣りおじさんが水揚げしたその他の魚を、謝礼として全て頂いて来たのだ。
おじさんはまた別の釣り場を目指すということでどこかへ行ってしまったが、一度死亡した際に湖の管理小屋に飾ってあった遺影を受け取り、それを机の上に立てて『宴の参加者』としておいた。
もちろんコップ1杯の酒を、その遺影の前に注いでやったのは俺の優しさである。
ちなみに刺身は供えない、腐ってしまってもったいないし、魚の身を粗末にするなど、釣りおじさんの遺志に反する……いや、今回はまだ死んではいないのか、だがとにかくそれはダメだ。
「おっ、今日の酒はあの温泉郷で飲んだのと同じか」
「えぇ、何となくお刺身に合いそうでしたので~」
「うむ、コリコリのエンガワにこのキリッとした酒がマッチして深い味わいが……(どうのこうの)……実に美味だぞ」
「勇者様、大衆魚をガッつきながら通ぶって語らないで、誰も見ていないとはいえ恥ずかしいわ」
「す……すみませんでした……」
正直なところ、アルコールさえ入っていれば調理酒だろうが味醂だろうが、たとえ工業用アルコールであったとしても違いは感じない俺の舌、牛タンと取り替えた方がまだマシなのかも知れない。
だが美味いものは美味いのだ、オヒョウのエンガワ、あんな巨大なカレイのものとはいえ、侮れない逸品である、味のわからない高級な酒も、ラベルで味わうということを知っている俺に死角はないのだ。
「ところでマリエル、まだ始めたばかりだとは思うが、船の設計の方はどうなんだ?」
「バッチリです、凄く斬新なシステムを採用した船になりそうですよ、お料理があらかた片付いたら設計図を広げて見せますよ」
「お……おう、期待しておくよ……」
口ぶりからして恐ろしいことになっているのだけは良くわかるのだが、とにかく今は酒宴を楽しむこととしよう。
そう思って刺身を喰らい、調子に乗ってヘタクソな寿司を皆に振舞っているうちに、完全に酒が回って寝てしまう……気が付いたのは翌日の午後であった。
……誰も居ない、いや、セラはまだ酔い潰れて寝ているようだ、そして薄暗い部屋の隅にはルビアの姿も見える、船の設計監督をしているマリエルは……もう出掛けてしまったのか。
何となく嫌な予感がしたため、すぐに起きて広場を目指す、頭痛が凄い、後でミラから二日酔い止めの魔法薬を貰って飲むべきだな。
などと考えながら広場に設置された臨時の造船所に到着すると、そこには頭痛を吹き飛ばし、鼻から嘔吐するレベルの光景が広がっていた……
※※※
「ちょっ、おぇぇぇっ! おぶっ……」
「あ、勇者様おはようございます、ダメじゃないですかそんな所で吐いたら、はい二日酔いの薬、これで復活して下さい」
「す……すまんミラ……おぇぇぇっ、マリエルは?」
「……船の上です、アレはもう止めようがありませんよ」
大きな大きなお菓子のお船、マリエルのやることが俺の想像の限界を飛び越えた瞬間であった。
砂糖菓子で出来た船体、クリーム状の何かでデコレーションした艦橋、とても通常の使用に耐えるものではない。
その上で興奮し、踊り狂っているマリエルには、後でキツめにお灸を据えてやらねばなるまい。
とにかく二日酔い止めの魔法薬を一気に飲み干し、瞬間敵に復活して船の上を目指す。
「おいコラッ! これはどういうことだマリエル!?」
「あっ、ちょっと勇者様、靴のまま上がらないで下さい、食べられなくなったらどうするんですか」
「む、これは失礼、この変な足袋みたいなのを装備すれば良いんだな?」
靴を脱いで清潔そうな何かに換装し、船の横に設置されたハシゴから……これも焼き菓子で作ってあるのか、手が込んでいるというか何というか、確実にやりすぎである。
「それでマリエル、この状況を説明しろ、こんなものを水に浮かべれればどうなるかに関する考察も述べよ」
「これは世界初、お菓子の軍艦です、ちなみに水に弱く、少しでも濡れると溶けてタダの砂糖水に成り下がります、どうですか?」
「どうですか? じゃねぇよっ! どうすんだよコレ!」
「どうするって? 明日水路に浮かべて、そこから水の上を移動……はっ!? それだと溶けてしまいますっ!」
「今更それに気付いたというのか……」
大馬鹿者の極みである第一王女マリエル、国王もこのレベルゆえ、あの国の行く末は弟のインテリノに懸かっていると言っても過言ではない。
とにかくマリエルには造船のやり直しをさせよう、だが完成の期限まであと24時間もないのだ。
仕方ない、ここは少し、いや大幅に妥協して、パーティーメンバー全員が乗り込むことが出来るギリギリのサイズで再設計しよう。
その場をミラに任せ、マリエルがこれ以上余計なことをしないよう、ハウスに連れて帰る。
なぜか丁が玄関の前に立っているではないか、何か用があって来たのか?
「よう、何やってんだこんな所で、発足式の打ち合わせにでも来たのか?」
「そうじゃないよ、さっきヘイリーンから伝書鳩で手紙を受けたの、コアの換金が終わって、そろそろ帰り着く頃だって」
「いやいや、さすがに早くないか? 温泉郷まで行ったのであれば帰りは明日か明後日だろうよ」
「どうも人数分の魔獣を召喚したらしいの、あの子のはかなり素早さが高いし、もう帰って来てもおかしくはないと思うよ」
そういえばそうであった、上級魔族はそれぞれ、自分固有の魔獣を魔界から召喚して使役する権能を持っているのであった。
俺が良く見るのはマーサの汚ってねぇ毛むくじゃらと、エリナの派手派手鳳凰ぐらいなのだが、他の奴等にだってそれなりのモノは与えられているはず。
それが馬車よりも遥かに速く走る、とても都合の良い超魔獣であったとしてもおかしくはないのだ。
「じゃあちょっと帰りを待とうか、丁も中に入って茶でも飲むんだな」
「ならそうしよっと、事務仕事ばっかで肩が凝っちゃったし、しばらく休憩だよ」
そのままハウスの畳部屋にてまったりくつろいでおく、しばらくすると船の再設計を任せたミラも戻り、アイリスと共に夕飯の準備を始めていた。
今日は戻って来る派遣部隊の分も料理を出す必要がある、昨日の魚も残っているが、刺身を食べられない者が居るかも知れない、焼き魚も用意するように頼んでおこう。
そのまましばらく待っていると、ドシドシという足音を伴い、丙を中心とする魔物のコア売却派遣部隊が帰還した……
※※※
「ご苦労であった、早速成果物を見せて貰おうか」
「うぅ……これですが、ノルマには今一歩届かず……」
「どれ、確認してみようか」
渡された袋を開き、中に詰まった貨幣の数を確認していく……あり得ない金額に設定したノルマに対し、金貨5枚と銀貨3枚程度の不足、これなら上出来といえよう。
「え~っと、その……お尻ペンペンの刑は……」
「全員100回程度で良いにしてやろう、とりあえず疲れただろうから風呂に入るんだ、あと夕飯も用意してあるからな」
『はぁ~っ、良かった~っ……』
ノルマ未達成につき、一晩中鞭で打たれ続けることを覚悟していたらしい派遣部隊のメンバー。
安心して風呂に向かい、戻って来たときにはにこやかな表情を取り戻していた。
一晩中鞭で打たれるべきはこの連中ではない、造船の監督としてやらかしたマリエルだ……
「はいは~い、お夕飯の準備が出来ましたよ~」
「今日はAコースが刺身定食、Bコースが焼魚定食です、あと裏メニューのデラックス定食も存在します、こちらは刺身と焼魚、それにフライが付いてきて、ご飯は海鮮丼になります」
デラックスをチョイスしたのはカレンとリリィだけ、ちなみに草食のマーサは裏の中の裏メニュー、刺身のツマのみ定食を注文していた、赤身の代わりにニンジンの薄造りが添えられているのが特徴だ。
食後は風呂に入り、そのまま寝る準備を始める、丙と丁、および派遣部隊のメンバーはここに泊まっていくらしい。
次はこのハウスの倉庫にあるバケモノイソメのコアを売りに出ないとならないのだし、それがベストな選択であろう。
「さてと、今日は寝る前にやるべきことが沢山あるな……マリエル、何でお前は早々に寝ようとしているのだ?」
「ば……バレてしまいましたか……」
「お前はとりあえず正座だ、ミラ、針のムシロを用意してやれ」
「はいぃぃぃっ!」
ついでに丙以下派遣部隊のメンバーにはお尻ペンペンの刑である。
これは軽くで済ませてやることが決まっており、特に取り押さえたりする必要はない。
「あでっ、いてっ、ごめんなさ~い……あいたっ」
「どうだ参ったか、これからもノルマ未達成だとこういう目に遭うからな、覚悟しておけよ」
「……まぁこの程度でしたら別に……いひゃんっ! 何でもありませんっ、とても恐ろしいですっ!」
最後に思い切り引っ叩き、丙を解放してやる、特にダメージはなかったはずだが、本格的な失態を演じた際にはこの程度では済まされない、それぐらいのことは全員理解しているはずだ。
「さてマリエル、次はお前の番だ」
「はいぃぃぃっ!」
「覚悟しやがれっ!」
「はいぃぃぃっ! え? ちょっと……ぎょえぇぇぇっ!」
やらかし王女のマリエルには、石抱き責めのうえ鞭打ち、ついでに恥ずかしい格好で縛り上げる刑を執行しておいた。
少しは反省したはずだ、もし明日の作戦開始に船が間に合わなければ、さらに連続カンチョー200連発を追加する旨を宣告し、処罰を終えて全員で床に着いた……
※※※
「ほらっ! 結局この程度の船しか造れなかったじゃないかっ!」
「はうぅぅぅっ! も、申し訳ありませんでしたっ!」
「許さんっ! カンチョーッ! カンチョーッ! カンチョーッ!」
「はうっ、はうっ、はうぅぅぅっっ!」
翌日の昼前、完成した船が転移装置の横へ移動されてきた。
とはいえ、マリエルのせいで十数人程度の作業員で担ぎ上げられる規模のものしか造れなかったのである。
これでは敵に笑われてしまうな、どうにかして誤魔化す、つまり高級感や普通のものではない感を出さねばならない。
まぁ良い、今はとにかくこの船をあの場所へ持って行くこととしよう、地震ナマズの奴は既に現場で待機しているはずだ、念のため作業員も全員連れて行こう。
「よっしゃ、馬鹿王女もも成敗したし、そろそろ行こうぜ」
『うぇ~い!』
転移装置を使って西の魔族領域へと飛ぶと、俺達の出現を察知した地震ナマズが穴から顔を出す。
既に準備は万端のようだ、子分らしきナマズやウナギ、ドジョウなどを大量に連れている。
その子分達はもちろん地震ナマズよりも遥かに小さいのだが、ナマズはヨーロッパオオナマズとかピライーバぐらいはあるし、ウナギやドジョウにしても、それぞれがとんでもないサイズ感だ。
『うむ、待っていたぞ、では早速始めようではないか、そこに用意した溝に船をセットするのだ』
「ああ、ちなみに俺達の船はこれだからな、大丈夫だよなこれで?」
『……ショボッ! ちっさっ! 2日あってその程度のものしか用意出来ないとは、人間というのはどこまで愚かで無能な生物なのだ』
これには訳があって、と言いたいところなのであるが、このナマズの言う人間とはおそらく人族と魔族の人間タイプの連中のこと。
そしてやらかしたのはそのメインとなる人族の、最も力を持つ国家の第一王女その人なのである。
これは何も言い返せない、マリエルを代表者とした場合の人間は、愚かで無能で、それから色々とヤバい者であるのだ。
と、船を馬鹿にされたぐらいで意気消沈しているのは情けない、とにかく水路を掘り進み、西の四天王の城へ一直線に突撃してやろう。
瘴気避けの魔法薬も、食糧も、その他必要となるアイテムも大量に持った、メンバーも全員、健康状態もバリバリである。
「よっしゃ、それじゃあ作業を始めてくれ、俺達の方でもサポートをするからな、それと作業員の雑魚魔族も連れて来たから、働かせるなり食糧にするなり、好きにしてくれて構わん」
『そうか、あまり美味そうな奴は居ないのだが、これだけの数居れば我らの食糧には十分であろう、では参ろうか』
水路開設作戦のスタートである、まずは行き先に小さな溝を掘る作業、これは作業員にやらせると遅いので、ウサギゆえ穴を掘る習性があるマーサ、そしていつも落とし穴を掘って遊んでいるカレンとリリィに任せる。
3人が掘った小さな溝に、精霊様が大量の水を流し込む、そこへ地震ナマズと子分のナマズ、ウナギ、ドジョウ達が、めり込むようにして突進し、船が余裕を持って通れる大きさまで広げていく。
水は精霊様の出す分だけでなく、様々な力で地下水を溢れさせたものも用いる。
四天王城までどのぐらいあるのかは定かではないが、地震ナマズ曰く、これなら十分な水量が確保出来るそうだ。
「ウサウサウサッ! ウサウサウサウサッ!」
「おいマーサ、ちょっと先行しすぎだぞっ、穴掘りが楽しいのはわかるが、もう少しペースを考えてやってくれ」
「ウサウサ……あら? 意外と遅いのね、これじゃあ目的地に着くまでに日が暮れちゃうわよ」
「日が暮れるどころか数日掛かる予定なんだが……」
凄まじいスピードで土を掘り進めていくマーサ、後ろに付いてその土を避けているカレンとリリィがまるで追い付けない。
もちろん地震ナマズ達もそこまで早くはないし、その土を水路にするエリアから運び出す作業員共は、その無能さゆえかなり足を引っ張っている。
余裕があるのは先頭を行くマーサと、宙に浮かびながら水を出し続けている精霊様ぐらいのものだ。
逸れたりしないよう、せめてマーサだけでも鎖で繋いでおくこととしよう。
「勇者様、このペースなら5日も掛からずに四天王城へ到達するわよ、ほらこれ、エリナちゃんから貰った周辺マップ」
「え~っとここがここだから……うむ、意外と道がまっすぐなんだな、邪魔な森林もなさそうだし、このまま道を水路に変えていこう」
度々休憩を挟み、夜はしっかり寝ながら、徐々に水路を開設していく。
ちなみに夜はナマズ達の活性が上がり、周囲の魔物を食い尽くすため、余計な警戒をしなくて済むので助かる。
2日、3日と作業は続く、最初はかなりの数であった作業員共も、地震ナマズやその子分達の食事やおやつとして喰われ、徐々にその数を減らしていった。
5日目、その作業員の数が残り50匹前後となり、土を避けるペースの低下に苛まれ始めた頃、遥か西の空に聳え立つ、四天王城のものと思しき尖塔が見える。
ついに敵の本拠地に到着だ、僅かにカーブしつつ、そのまま水路を開設していった先に見えたのは、美しく、そして巨大な城。
だがその美麗なビューも今日までである、この城はもうすぐ、瓦礫の山に生まれ変わるのだ……




