399 進んでみよう
「ただいま~っ」
「おう、おかえり、それでどうだった、作業員共は次の現場へ行くことを承諾したか?」
「バッチリよ、仕事が貰えることに涙を流しながら大喜びしていたわ、早速明日の朝から作戦開始よ」
涙を流していたのは喜びではなく恐怖によるものだ、見ていなくともそれだけははっきりとわかる。
しかし精霊様のことだから、今すぐに行って作業を始めろと命じると思ったのだが、そうではないらしい。
聞くと、夜の間に転移させ、その先で働かせたとしても、下級魔族が大半である作業員は、夜行性の凶暴かつ強力な魔物に喰われ、その数を大幅に減らしているはずとのことだ。
結局のところ、戦闘絡みの『安全確保』に関しては俺達が出ざるを得ないのである。
奴等にやらせることが出来るのは、せいぜいが道路の整備と行く手を阻むイバラのカットぐらいのものであろう。
仕方ない、明日の作業開始では、とりあえず俺達が出張り、『安全確保のための安全確保』などという、実に不毛な響きの作業をする以外の選択肢はなさそうだ。
「じゃあさ、まずは明日から3日分ぐらい、道路の工事が進むエリアの魔物討伐だ、限界点に到達して、死者が出るようならその先、また工事を続けてその先、って感じでいこう」
「そうね、手前の『飾り付け』をしてある道路沿いの敵は精霊様達が倒したみたいだし、明日はあの会社の建物から四天王城に向けてスタートってことになるわね」
周囲の魔物を討伐することぐらいは簡単だ、問題は道が悪く、馬車ではスピードを出せないことなのである。
いくら何でも全ての魔物を相手にしながら、なかなか進まない馬車で四天王城まで移動するというのは無理だ。
およそ5日の道程だといっていたが、おそらくは10日近く掛かってしまうはず。
そこを、魔物の気配ナシ、或いは気にするレベルでないほど少ない状態で、しかも整備された道を進めるようにしてしまうのだ。
普通、魔物は時間が経てばまた沸いてきてしまうのであろうが、そこは精霊様のご都合パワーで抑制したり何だりと、最高の状態をキープ出来るよう取り計らって貰おう。
「でだ、魔物討伐後の工事は魔族作業員共に任せるとして、俺達は戻ってここの発足に関する事項を話し合わなきゃだ、このままグダグダしてるといつまで経っても拠点が始動しないからな」
「では主殿、明日は各階層の代表者だけで話し合って、やるべき式典とか、その後それぞれがどういう役回りで動いていくのかを考えることとしよう。今は小さな拠点だが、今後のことを考えてどの集団が誰をトップとしてどのような仕事をしていくのか、それを割り振って固定化させるんだ。もちろんあまりにも縦割りになってしまうと役回り間の調整が上手くいかなくなってしまうからな、相互連携を図り、必要な情報を共有し合う……」
「ジェシカよ、そういう難しい話は1人で壁に向かってしていてくれ、俺にはサッパリわからん」
「まぁ、ここはジェシカちゃんに色々と任せましょ、元から貴族なんだし、私達みたいな庶民が口を出すよりも絶対に良いもの」
「そうしよう、じゃあジェシカ、明日は、というか明日から『議長』ということで頼むぞ」
「何の議長なんだ……」
良くわからないままジェシカを議長に任命し、丙と丁を地下牢から解き放って翌日の夕方に会議を行う旨を各所へ伝達させた。
各所といっても、今は丙丁の2人、デフラ達15人、今日確保した魔族の元秘書20人だけだ。
養鱒場から貰ってきた連中は会議に参加させる必要がない、なぜなら人として扱ってはいないのだから。
すぐに戻って来た丙丁に対し、このハウスから出ないという条件付で地下牢に戻ることを免除し、一緒に食事をして朝を待った……
※※※
「うぉぉぉっ! 死ねぇぇぇっ! 喰らえぇぇぇっ!」
「……ちょっと勇者様、掛け声ばっかり威勢が良くて、全然討伐が進んでいないじゃないの」
「しょうがないだろ魔法が使えないんだから、俺だって頑張ってんだから責めるなよ」
翌朝、転移装置の先から少し歩いた所、昨日襲撃し、全てを奪った会社の辺りから魔物の討伐を始めていく。
もちろん飛び道具が使えない俺は、チマチマと1体ずつ始末していくしか方法がなく、何とも非効率なのだ。
とはいえ、同じ飛び道具が使えないキャラである前衛4人やマリエルが10体倒す毎に、俺は1体倒せるかどうかといった討伐速度である。
もう少し頑張らないと異世界勇者様としての威厳が……そうだ、俺よりも討伐が遅い、ルビアとサリナの間に入ろう、そうすれば俺が目立ってしまうことはない、つまりサボっても余裕なのだ。
何となく真面目に戦っている素振りを見せつつ、徐々に後ろへ下がって行く。
うむ、バレずに後衛の中へ食い込むことが出来た、あとは『やっている感』を出していくだけである。
「しかしキリがないですわね、これじゃあ後ろで工事をしている作業班に追い付かれますわよ」
「かもな、まぁそしたら奴等には魔物のコア集めでもさせれば良いさ、ここの敵は強いし、そこそこ色の濃い、高く売れるコアが入っているだろうよ」
「確かに捨てて行くのはもったいないですわね、じゃあそういうことで、明日以降は作業ついでにそれもやらせますの」
村から転移させた作業員達は既に、村から繋がる道沿いの転移装置、そこから続く道を均す工事を始めている。
全員やる気満々、というか、転移して来て早々に、串刺しにされ、夜間に獣や生き残りの魔物などによって喰われ、それでも生きて悶絶している『飾り』の姿を見て、そうならないために必死で働いているのだ。
今回は、馬車で通れるレベルの道がある程度まで完成したら道沿いの転移装置を終点まで運搬、さらに道の工事を進めて、という感じで、徐々に四天王城に近付いて行く作戦。
最後には敵の城の真横に転移装置を移動させ、村から出て速攻で攻め込むことが出来るようにしてしまう予定である。
もちろんそんなに近付いて大丈夫なのか、転移装置を破壊されたりしないのか、といった疑念ないとは言えない。
だがもし破壊されたりすれば、現在道沿いにある小さな転移装置ではなく、滅ぼした会社の中にあるというメインの転移装置を使い、そこから綺麗になった道を馬車で進めば良いのだ。
それだと四天王城に到着するまで5日掛かってしまうのだが、全く攻め込むことが出来なくなってしまうわけではなく、少し不便になるだけのことである。
「よぉ~し、このままあと300mぐらい進んだら今日は終わりにし……っと」
「ひげぇぇぇっ!」
「すまんサリナ、小さすぎて見えなかったぜ」
「うぅ~っ、見えなかったぜ、じゃありませんよ、どうしてご主人様はこんな後ろに下がっているんですか?」
「ちょっと訳ありでな気にしないでくれ」
後衛に食い込んで聖棒を振り回していたところ、隣り合ったサリナの背中にヒットしてしまった。
もちろん大ダメージだ、凄く痛そうなモーションで背中を擦っている。
普段は俺の射程の外に居るサリナ、それとユリナも、聖棒を避けるということをあまり意識していない。
これは気を付けないと、この後何度もこういった事故が起こってしまいそうだ。
特にサリナは小さいからな、死角に入られるとどこに居るかすらわからなくなる。
そうだ、頭に旗を立てておこう、車の衝突防止ポールのような感じで……
「サリナ、ちょっと頭を貸してくれ」
「何をするんですか? もしかしてそのダッサい旗を私の頭に立てようというんじゃ……」
「その通りだ、ちょっとファンキーな柄だが、これしかなかったので勘弁して欲しい」
「いやぁぁぁっ! 赤と黒の迷彩柄なんて絶対にイヤですっ!」
「あっ、こら大人しくし……いっだぁぁぁっ! 角が……角が右手にササッタァァァッ!」
「大丈夫ですかごしゅ……あ、あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
「大丈夫かサリナ!? っと、あぁぁぁっ! 左手にもササッタァァァッ!」
サリナが暴れたせいで、まず俺の右手に鋭い悪魔の角が突き刺さる。
それを心配したサリナが俺の手を覗き込もうとして聖棒に触れ、さらにそれを心配した俺が左手で引き離そうとしたところ、今度はそちらが角に突き刺さって……これは無限ループの予感だ……
「ルビア、とにかく治療だっ!」
「えっと、まずどこから対処していったら良いのか……」
「というかあんた達もうカオスじゃないの、治療が終わったらその武器はルビアちゃんに預けて、3人で観戦してなさい」
『……すみませんでした』
まるで役に立たなくなった俺とサリナ、そして最初から特に使い道のなかったルビアの3人は、観戦に回るというかたちで前線から排除されてしまった。
ルビアが俺の聖棒を持ち、俺はサリナを無駄に抱えて皆を応援する。
うむ、これはかなり楽だ、そもそも俺など最初から参加する必要はなかった。
むしろ最前列に出たリリィと、その撃ち漏らしを始末する前衛の4人とマリエルだけでどうにかなってしまいそうな勢いである。
セラとユリナ、精霊様も、既に何もしていないではないか。
もしかするとだが、これは全員でくる必要がなかったかも知れないな。
明日からは4人から6人ずつ、交代で掃討任務に当たるという方法を取っても良さそうだ。
『ふぅ~っ、もう疲れました、お腹も空きました、早く帰って何か食べたいです、あと眠たいです』
「おう、リリィが限界みたいだな、じゃあ今日はこのへんで終わりにしておくか、皆よく頑張った」
「まるで頑張ってない勇者様に言われると微妙にムカつくわね、でもお腹も減ったし、そろそろ帰りましょ」
結局魔物を100体程度しか討伐しなかった俺は、サリナを抱えたまま帰路に就いた。
転移装置まで徒歩で戻る途中から、道を均す工事が完了した場所に突入する。
なかなか良い感じだ、これなら馬車をトップスピードで飛ばしても、振動が凄かったり、車輪が破損したりということはないはず。
このままの調子で『安全エリア』を広げていけば、およそ半月程度で四天王城までの綺麗な道路が繋がりそうだ。
その道が敵にとっては、確実に俺達が攻めて来る『恐怖の街道』となるのかも知れない。
だが最終的に四天王城を制圧する予定のこちら側にとっては、城までの交通の便を良くし、資産価値を大幅にアップさせる夢の道路なのだ。
整備の過程で魔物討伐を続けることによるレベルアップにも期待出来るし、この計画は一石二鳥、どころか三鳥も四鳥も撃墜する驚異的なお得作戦であるといえよう。
転移して来た場所まで到達し、未だに休むことなくせっせと働く作業員にご苦労、などと告げながら、転移装置を使って拠点村へと戻った……
※※※
ハウスへ戻ると、昨日のうちに呼び出してあったデフラ、それに元秘書魔族のうち3人が既に来ており、中で茶を啜っていた。
ここからは魔物討伐のことを一旦忘れ、この拠点の本格的な発足に関して話し合う時間だ。
「でだな、ここのトップとしては丙と丁、この2人のツートップ体制でいこうと思う、デフラはそれで良いか?」
「構いませんが、その2人はどうしてそんな簡略化された名前なんですか? もしかしなくても本名ではないですよね、ずっと気になっていたんですが……」
「それはこの勇者さんが勝手に呼んでいるだけです、私はヘイリーン、改めてよろしくお願いします」
「私はティーナだよ、ちゃんと本当の名前で覚えて欲しいな……」
勝手に封印したはずの名前で自己紹介を始める丙丁、誰が元の名前を名乗ることを許可したというのだ。
いちいち呼ぶのは面倒だし、囚人番号だと思って簡略記号で呼ばれるのに慣れて頂きたい。
ともあれ、これでこの拠点村のダブル村長、いや丙を村長、丁を出納長とでもしようか、それが決定した。
あとはデフラ達15人をいくつかの班に分けて、それぞれ役割を持たせる、その下に元秘書の20人を割り振るのだ。
「え~っと、まずは外部との交易をする係が必須だな、ここではまだ農業も始まっていないし、そもそも一般の住人が居ないんだ、観光客に提供する食事は他の町村に頼らないと」
「じゃあそこに5人、治安維持にまた5人、あとの5人のうち3人は施設管理の統括で、私ともう1人、村長と出納長のお付きをします」
「えっと、でしたら私達20人はそれぞれに対して均等に付きますね、もう秘書ではなく普通の役人として、それと、あの素っ裸の子達はどうするんですか?」
「あぁ、奴等ならフリー、即ちどの部署でも使い放題だ、休みをやる必要もないし、仕事が遅かったら鞭で打っても良い、とにかく死なないようにだけ注意して使ってくれ、デフラも、丙丁もわかったな?」
『は~い』
その後、外交・治安維持・施設管理への人員の割り振りをし、特に紛糾することなく全員が進路を決めた。
とりあえずはこれで発足してみよう、間違いなく足りない部分が出ると思うが、それは後で補っていけば良い。
「で、ジェシカ先生、最後に何か言うことはあるか?」
「今のところはないな、だが始めてみたらすぐに不具合が出てくるはずだ、その原因を見極め、解決していくのは私の担当としよう」
「おぉっ、無駄に頼もしいな、さすが貴族令嬢、そして一方の王女様は……こらマリエル、寝るんじゃない」
似たようなステータス、いや、どう考えてもマリエルの方が遥かに上のはずなのだが、どうしてここまで差が出るのか?
まぁ良い、難しい話はジェシカが引き受けてくれるのだし、俺は近々予定している発足式を大変派手なものにするための作戦でも練っておこう。
すぐにでも式典を始めたいのだが、この村には酒も食糧も、そして資金すらも不足している。
あの会社から奪った金銭をやたらに費消してしまうわけにもいかないし、どこかから掻き集めなくてはならない。
「なぁ、拠点村の発足に当たっては相当な金が要るはずだろ? その資金繰りなんだが……」
「あら、それなら明日で良いじゃない、早速魔物のコアを集めさせる作業をさせましょ」
「っと、そうだったな、高く売れそうなコアを放置したままだったんだ」
頭の片隅からも消え失せていた激アツの資金源の再発見に安堵しつつ、会議を終えてデフラ達を帰らせる。
明日も魔物の討伐……は他の連中に任せて、俺はコア集めに奔走することとしよう。
もしかしたら作業員がコアをちょろまかして逃走するかも知れないからな。
転がっているコアはおそらく1個当たり銅貨数枚分の価値、魔族作業員が1,000年生きるとしても、その生涯賃金を優に超える金額だ。
というか、ほぼほぼ単体物理攻撃しか出来ない俺にとって、大量の敵を相手にする掃討戦などもはや苦痛でしかないのである。
これが帝国人やその辺の魔物、人族の敵兵のような雑魚ならまだしも、相手は超強力な魔物なのだ。
無駄に出張って醜態を晒すよりも、後方でコツコツと支援業務に当たることとしよう……
※※※
翌朝、今日も元気に魔物討伐、などと考えながら転移装置で魔族領域へと移動する。
もちろん作業員共も一緒だ、今日もたっぷり扱き使ってくれようではないか。
……が、転移してすぐ、見せしめのために設置した『飾り』の様子が明らかにおかしい。
昨日も、夜のうちに生き残った魔物やその辺の野獣に喰われ、殺されていたり、居なくなってしまっていたりという『飾り』はちらほら見受けられた。
だが今日はその数が多い、魔物の1匹や2匹に喰える量ではないほどに喰い散らかされている。
これは何かあったな……俺だけでなく他のメンバー達もそう考えているようだ。
違和感も追加的な死の恐怖も感じていないのは、非常に頭が悪く、鈍感と思しき作業員だけ。
というか、この異変に気付かない時点で、おそらく殺人鬼が目の前で大鉈を振り上げていても、何も感じることはない。
と、まだ喋れる状態の『飾り』が1つ、こちらに手を伸ばして何かを訴えようとしている……
『た……助けてくれ……』
「はぁっ? お前その状態になってまだ助かろうとか思ってんのかよ、実に滑稽だわ」
「8割方食べられているのに元気ね、で、何があったか教えてちょうだい」
『……ケモ……ノ……が……デカ……い……』
「ケモノ? 獣って言いたいのかしら? もうっ、ちょっとはっきり喋ってくれないとわけがわからないわ、ほら、ちゃんと喋って、じゃないと殺すわよっ!」
『ころ……し……てく……れ……』
「きめぇな、タダの自殺志願者じゃねぇか、まぁこのままじゃ死ねないだろうし、そこで永遠に苦しんでおくんだな」
「全くその通りよ、あんたみたいなのに触れると変な菌に感染しそうだし、殺してあげないわ、じゃあねっ」
何らかの事件の生き証人としてストーリーに深く関与しそうな感じを醸し出しつつ、その実まともに喋ることすら出来ない落ち零れモブを放置し、その場を後にする。
しかし昨夜のうちにこの場所で何かがあったのは確かだ。
魔物討伐は後回しにして、何か手掛かりがないか……ルビアが先程のモブを治療しているではないか……
「おいルビア、そんな名前すらないような雑魚キャラに慈悲を掛けてどうするんだ?」
「え~っと、傷さえ治れば喋れるかなと思いまして、どうでしょう?」
「……うむ、やってみる価値はあるかもだな、もしどうにもならなかったら、コイツの遺族を捜し出して、今ルビアが使った魔力の分の代金を請求しよう、金貨100枚な」
「ご主人様、強欲すぎて目も当てられませんよ……」
ルビアの作戦に賭け、そのまま道路脇のオブジェであるモブキャラ魔族の治療を続けさせる。
徐々に傷が癒え、失われたパーツ以外は元に戻っていく魔族、顔も半分あるし、これなら十分喋ることが出来るはずだ。
『ヴォッ、ヴォッ……ヴォゲェェェッ!』
「汚ったねぇ奴だな、で、何があったか教えろよ、串刺しのうえにほとんど体残ってないけど、それなら十分に喋れるだろ?」
『グヘッ、た……助けてくれっ!』
「うんうん、それならさっき聞いたし、助けてなどやらんぞ」
『バケモノ……バケモノが俺達をっ……』
そう言うと、モブ魔は気を失ってしまった、相当にショックな光景を目にし、自分もその犠牲になったのであろう。
しかし『ケモノ』ではなく『バケモノ』であったか、ここには一体何が居るというのやら……




