394 煙突から不審者が侵入する季節にはまだ若干早いです
「うおっ、滅茶苦茶豪華な……どうして食材が置いてあるんだ……」
「あっ、しかもこれほとんど毒入りよ」
「こっちのフルーツはそもそもカットすると爆発するやつですっ!」
玄関の前に置いてあった大量の食材、だが毒入りであるということを精霊様が見抜き、さらに爆発系の危険なフルーツが混入しているらしい、何だよそのフルーツは。
と、食材に何か手紙のようなものが添えられている、手に取ると、封筒の中から1枚の紙が出てきた……
『制圧者の皆さん、金寄越せ。※なお、この手紙は開封から30秒後に大爆発を起こす魔法が込められています、ざまぁみろっ!』
「クソッ、なお書きの方が長いじゃねぇかっ!」
「勇者様、そんなこと言ってないで早く捨ててっ!」
「おっとそうだった、もう時間が……えぇいっ、しょうがないっ!」
真新しい建物、これから俺達の西方拠点として長らく使っていく予定の建物を守るため、白く輝いて爆発寸前の手紙を抱え、外に飛び出す。
もう少し時間があれば、紙飛行機でも折ってとばすものを、もはやそれは叶わない。
こういう際にソルジャーが取るべき行動はたったひとつ、そう、爆発物の上に覆い被さるのだ。
助かれば英雄、もし死んだとしても2階級特進のうえ名誉除隊とかだ、しかし勇者から2階級特進すると何になるのだ? まぁ良い、こんな所で死ぬような俺ではない……
「勇者様! やるならちゃんとやってっ!」
「やっぱ怖いから無理だっ! 総員建物の中に退避!」
爆発の巻き添えを喰らうと危ないであろうアイリスをサッと抱え、玄関から建物の中に入って行く、新築の匂い、真新しい廊下、そして背後から吹き込む爆風。
「全員大丈夫かっ?」
「大丈夫だけど……あぁ~っ!? 玄関のドアが粉々に……」
「モノはまた造れば良い、とにかく怪我がなくて何よりだ」
玄関に取り残された丙が天井に、丁が壁にそれぞれ突き刺さっているが、これはそういうアートだということで放っておこう。
いや、この2人にここを修理する命令を出させないと、いつまで経っても作業員が回って来ることはない、やはり助けてやろう、ここで慈悲深いところを見せてやれば、俺の評価もうなぎ登りというやつだ。
「ほらお前ら、助けてやるから感謝しろよ、まずは丙からだ、よいしょっ……」
「あっ! そこに着地させると爆発系のフルーツがっ!」
「ん? あっ……あぁぁぁっ!」
「ひぇぇぇっ!」
天井から引っこ抜いた丙の右足が、切ると爆発するという謎のフルーツを踏み抜いた。
もちろん潰しても爆発する、俺と丙は仲良く天井に突き刺さった……どうして皆俺ではなく丙を先に救助しているのだ……
ちなみに丁の方は更に深く壁にめり込み、さらに爆風でスカートを飛ばされ、パンツ一丁の壁尻状態に陥っている。
『お~い、早く助けてくれ~っ』
「勇者様は自分で抜けられるでしょ、重たいから支えられないし」
『酷い奴等だな、人面獣心の悪辣な卑怯者で……と、天井の中に通路があるぞ、外に繋がっているみたいだ……』
「通路が? もしかしてそこを使って戊が侵入するんじゃないかしら? おそらく昨日まで私達が借りていた建物も同じだったはずよ」
『てことはだな、ここに罠を仕掛けておけば或いは……』
「そうなるわね、とりあえず抜けて来たらどうかしら?」
『おう、そうするわ』
スポッと体を抜き、荒れ果てた玄関へと降り立つ……凄い状況だ、壁や天井はボロボロ、ドアは粉砕して外から丸見えだ。
そして壁に刺さったまま蠢く真っ黒なパンツ。
これは悪戯をしてくれということだな、きっとそうに違いない。
「よぉ丁、気分はどうだ? とりあえずカンチョーを喰らえ」
『はうっ! ちょっと、私は自分で抜けられないんだから、そんなことしてないで引っこ抜いてよっ!』
「黙れ、お前は丙よりも生意気だからな、罰として今夜一晩そこに嵌まっておけ、パンツもズラしてやるっ!」
『やだっ! ちょっとやめてっ、じゃなくてやめて下さいお願いしますっ!』
「何でも言うこと聞く?」
『聞く……聞きます、聞きますから助けてっ!』
「よろしい、では最後にこれを喰らえっ!」
『いったぁぁぁっ!』
パンツ丸出しの尻を思い切り叩き、その後で丁を引っ張り出してやる。
先程は丙も助けてやったことだし、これで慈悲深い俺様の尊厳は、完全に取り戻すことが出来たといえよう。
でだ、天井裏にあった狭い通路、今夜も戊がそこを通って食材、いや、これ以降は危険物を運んで来る可能性が高い、ひょっとすると奴による盗難の被害に遭うかもだ。
今のうちに何らかの罠を仕掛けておくのが得策だな、即席で設置したバレバレのものであったとしても、敵に警戒させ、今日のところは撤退しようなどと、犯行を思い留まらせる効果が期待出来る。
「とにかく中で話そうぜ、えっと、一番広い部屋は……真ん中か、結構豪勢な感じだな」
「王都の屋敷と同じマットが敷いてありますね、ということは靴を脱いで入るんですよね」
「そうだ、土足で入るような悪い奴は……はいカレン、ちょっと集合」
「ひぇぇぇっ! 先に言って下さいよっ!」
忠告する前に靴のまま畳部屋に入っていたカレン、捕まえてグリグリの刑を執行しておく。
しかし魔族も畳を使うのだな、いや、これはまた魔王の入れ知恵に違いない。
カレンが汚した場所は自分で掃除させ、中へ入って一息つく。
アイリスが茶を持って来てくれた、このまま昼寝でも……いや、それだと何もしないで夜を迎えてしまいそうだ。
「よしっ、茶を飲んだら作戦会議を始めるぞ、それと玄関も修理しないとだな、丙と丁なら丁の方が足が速いよな?」
「ええ、おそらくそうだと思います」
「じゃあ丁だけ縄を解いてやる、すぐに作業員を30匹呼んで来て、この建物の玄関を修理させるんだ、丙は人質な、5分経ったらパンツを脱がせる、10分過ぎたところから、丁が帰って来るまでずっと尻を叩き続けるからな、ほれ、よーいスタート!」
「わぁぁぁっ! す、すぐ行って来るっ!」
慌てて飛び出して行った丁であるが、この近くでは何の工事もしていなかったし、30匹の作業員を掻き集めるのには相当な時間が掛かるはずだ。
10分以内に戻って来いというのはかなり酷だな、15分ぐらいくれてやれば良かった。
そうしないと手近な所から、暇そうにしている無能な奴ばかりを引っ張って来そうな気がする……
「じゃあこっちは『戊滅殺トラップ設置に関する会議』を始めることとしよう、誰か良い案が……はいユリナ評議員、発言をどうぞ」
「やっぱり火魔法を使った特大地雷ですの、踏んだ瞬間半径500m以内がドカーンッてなるやつを仕掛けたいですわ」
「あのな、トラップはこの建物で、しかも俺達が滞在している状態で設置するんだぞ、火魔法とかそういうのは一律却下だ」
「残念ですの……」
今回のトラップ設置作戦がいつもと異なるのは、どうなっても良いような敵所有の建物やダンジョンではなく、これから先も俺達が使うことになる施設で戦闘が展開されるということだ。
ゆえにユリナのような滅茶苦茶な奴には任せられないし、カレンにリリィ、マーサなんかも手加減が出来ない。
その辺りの連中に何かをさせれば、損傷だけでなく更地に戻ってしまうことは必至だ、それはなるべく避けたいところである。
「あの~、僭越ながら私からよろしいでしょうか?」
「何だ丙、まだ5分も経っていないが、早めに尻をぶっ叩いて欲しいのか?」
「ひぃぃぃっ! そうじゃなくてですね、罠を設置するんでしたら、この拠点の至る所に設置されている『魔導センサー』を使ったら良いんじゃないかと……」
「む、それは一理あるな、その場で滅殺するのではなく、発見することに重点を置いた作戦か、よし、天井裏の通路には、1mおきに魔導センサーを設置することとしよう……と、そろそろ5分か……」
「うぅっ、どうして妙案を出したのに減刑されないんですか?」
などと言いながらも特に抵抗せず白パンツを下される丙、うむ、先程ぶっ叩いた丁とはまた違った良さがある、脚と尻だ、ちなみに丙はおっぱいもそこそこだな。
「じゃあ丁が戻って来たら魔導センサーを取りに行こうか」
「それと、天井裏の通路がどうなっているのか、出入り口がどこなのかも確認したいわね、まぁ、それは今から私が行ってくるわ」
「おう、それなら精霊様に頼もうか」
チョロチョロと出て行った精霊様、どうやら先程俺が突き刺さった穴から天井裏に入ったらしい。
しばらくすると上からドコドコという音、ちょうど真上に来たようだ、ネズミが這っているよりも遥かに大きい音である。
「あ……あのっ……」
「どうした丙、まだ何か妙案があるのか?」
「いえ、その……10分経ったというか何というか……」
「ほう、自分から言ってくるとは潔い、いやドMなのか? とにかくこっちへ来いっ!」
「ひぇぇぇっ! 黙っておくと後が怖いからですよっ! いでっ、あいたっ、きゃんっ……」
丙のプリンプリンした尻を押さえ込み、パシパシと軽く引っ叩いてやる。
あまりやりすぎると恨まれそうだな、妙案を出してくれたことだし、本当に軽くにしてやろう。
と、そこで外からドタバタという音、これは精霊様の足音ではない、もう丁が帰って来たのだ……
「はぁっはぁっ、30人連れて来たっ! だからヘイリーンを離してあげてっ!」
「ティーナ、ありがとう、私なんかのためにっ!」
「そんなことないよ、遅くなってゴメン」
どうやら2人の絆が深まったようだ、これは俺様のお陰だな。
などと考えているところに精霊様も戻る、天井裏の探索は完全に終えたようだ。
丙を解放し、パンツも穿かせてやって外へ出る、既に丁が連れて来た作業員によって、玄関の工事は始められていた……
※※※
「出入り口はあそこの煙突だけよ、既に何者かが侵入した形跡があったし、おそらく戊があの毒入り食材を持って来たときのものね」
「煙突から入ったのかよ? てかそれだと下は暖炉しかないんじゃないのか?」
「途中で横穴があるの、それ以外の出入り口は室内、それぞれの部屋に1つずつって感じだったわね、あ、もちろん煙突からそのまま下に降りれば暖炉よ」
とんでもない構造である、戊のような食材を置いて行く係の者が侵入し易くしているのであろうが、少しでも暖炉を使えば、天井裏に煙が充満しているということになるではないか。
その場ではどうということがなくとも、各部屋の出入り口にある隙間から臭いとか煤とか、あと食材運び込み係が天井裏に居るときに、誤って火を使ってしまったら……いや待てよ、今回に限ってはそれが使えるではないか……
「よし、煙突を始めとした各所に魔導センサーを設置しよう、それが獲物に反応したら、煙突の横で誰かが待機、下では暖炉に火をくべるんだ、もちろん室内の出入り口はガムテで塞いでな」
早速天井裏通路のトラップ化を始める、魔導センサーは縄を解いて自由にしてやる代わりとして丙に取りに行かせた、30個もあれば十分であろう。
……いや、魔族の高い技術を使った、人族には決して真似出来ない代物だ。
王都に持ち帰り、金持ちに対して法外な値段で売却することも考えれば、可能な限り掻き集めておくべきだな。
まぁ、それにかんしては別にいつでも良い、ここを発って王都へ帰るタイミングで集めれば良いのだ。
今はこの建物に襲来するであろう戊を抹殺し、ここでのリスク要因を1つ減らすのが先決である。
「お、アレがこの部屋の出入り口だな、セラ、ガムテを持って来てくれ、リリィ、肩車してやるからあの枠に沿ってペタペタやってくれ」
「はいガムテ、リリィちゃん、景観を損ねたり、それから煙が漏れてくるかも知れないからね、出来るだけ綺麗に貼るのよ」
「はーいっ、あ、早速変になっちゃった、でも面倒だし、もうこれで良いにしちゃおっと」
「……リリィ、次はカレンかサリナと交代しような」
こういうのは性格がモロに出る、となるとカレンも拙そうだな、ここはサリナを呼んで来ることとしよう。
というか、身長はそこまで低くないものの、体重の軽さならセラもなかなかなんだよな……別の部屋に居るサリナを呼ぶのは面倒だし……おっと、これは性格がモロに出る作業なのであった、セラはダメだ……
その後は結局サリナを肩車し続け、建物の全ての部屋を回って天井裏へ繋がる出入り口をガムテで塞ぐ。
これで完璧だ、あとは戊の野郎が襲来するのを待って、暖炉に火をくべる、それで奴を燻製にしてやるのだ。
ちなみに、奴が入った後の煙突、現状唯一の出入り口であるその煙突は、素早さの高いカレンとマーサ、そして槍での一撃必殺が可能なマリエルが見張ることとなった。
煙に燻された戊が慌てて出て来たら、まずはマリエルの槍で一撃だ。
もしそれを回避されたとて、奴が必殺の『アイテム不要転移』を使う前にカレンかマーサ、どちらかの攻撃がヒットすれば良い。
「ところで勇者様、敵が中で煙に巻かれたとして、そのタイミングでアイテム不要転移を使われたらどうするの?」
「う~ん、それを考えていなかったな……でもさ、その転移はごく短距離しか跳べないんだろ? 最後、この村自体から逃げ出すときには必ず例の転移装置を使うはずだ、先に精霊様が移動して、そこも見張れば良い」
「だったらさ、最初からその転移装置を見張っていれば良いんじゃないかしら?」
「いや、あの重要アイテムの近くでの奴との戦闘は可能な限り避けたい、転移装置の付近で迎え撃つのは万が一のときに限ろう、場合によっては見逃して、次にやって来るときを待った方が無難かもだ」
「そう言われてみればそうね、転移装置を壊しちゃったら、四天王城のすぐ近くまでワープすることが出来なくなっちゃうものね」
四天王城から馬車で5日程度の場所にある、現在この村で作業をしている連中を派遣しているという会社。
そこに繋がる転移装置は、これから先西の四天王討伐まで、俺達の作戦における最重要アイテムとなるのだ。
それをあんなデブ1匹殺すために破壊してしまえば大損も大損。
奴はこの建物内で、それも損傷は最低限に抑えたうえでぶっ殺すべきなのである。
「おっと、丙の奴が帰って来たみたいだな、魔導センサーはどうした?」
「はぁっ、はぁっ……こ、これだけ持って来ました、100個ぐらいはあるはずです、ちなみに1つ当たり金貨1枚ぐらいの製造原価だそうです……」
「む、なかなかの高級品だな、よし、使わなかった分は王都に持ち帰って金貨10枚で販売しよう、使用済みのまだ大丈夫なやつは金貨5枚だ」
「勇者様、それだけあるから金貨10枚になってしまうんです、最初は10個ぐらい、先行販売で金貨30枚ぐらいですね、残りはしばらく隠しておいて、1ヵ月後ぐらいに追加分として10個、プレミアムを乗せて金貨50枚、そこからさらに、今度は3ヶ月ぐらい……」
「お……おう、じゃあボッタクリ販売はミラに任せた、精霊様と協力して利益を最大化してくれ」
ちなみに魔導センサーは取り付ける部分と、手元に置いておく水晶玉のような部分で1セットらしい。
賊の魔力にセンサーが反応すると、手元の水晶玉が光ってそれをお知らせしてくれるシステムだ。
ということで再び煙突から入った精霊様が煙突内部にいくつか、他にも建物内の天井裏にいくつか設置し、俺達はそれぞれに対応する水晶玉を持って中へと戻る。
水晶玉に刺さった、魔力を奪う金属で出来たと思しき絶縁体のようなものを引っ張ると、すぐにいくつかの水晶球が光を放つ……
「お、早速光っているぞ、精霊様の魔力に反応しているのか……にしても光りすぎじゃね?」
「えっ? 何なんですかその魔力はっ!? 爆発しますよっ、すぐに離れるように言って下さいっ!」
「マジかっ!? 今言っても手遅れだな、光ってるのにこの絶縁体を刺し込んでおこう」
再び絶縁体を差し込むと、眩い光を放っていた水晶玉は静まった。
これは俺達の屋敷では使えないな、精霊様だけでなくセラやリリィ、ユリナなんかでも爆発を起こしそうだ。
しばらく待って、精霊様が玄関から戻って来たのを確認し、再び水晶玉に刺さった針のような絶縁体を抜く、これで準備完了だ、あとはあのデブ野朗がやって来るのを待つのみ。
奴はきっと深夜に、音も立てずに侵入して来ることであろう、しかも素早い。
動けるデブというのは厄介なものだ、スピードだけでなくパワーも凄まじいからな。
「これでよし、じゃあ敵が来る前に食事といこうか……てか食事はどうすれば良いんだ?」
「食材ならもう使っちゃって何もありませんよ、せいぜい馬車に積んである携帯食ぐらいです」
「丙、丁、ここでの食事はどうなっているんだ? 何か食堂とか、市場みたいなものはないのか?」
「さぁ? 食事は食事係が毎食配膳してくれていましたから」
「私達は座って待ってるだけで良かったんだもんね、でももう捕まっちゃったわけだし、その係員もどこに居るかわからないし、今日はたぶんダメだね」
「……これは拙いな、少なくとも明日までにはどうにかしないと」
丙と丁に頼み、ここにもその食事係が来るように命令を出させるしかない。
今から伝えれば明日の夕食ぐらいには間に合うのだというが、それでも丸1日は我慢しないとならないのだ。
作業員の食事を奪おうにも、貧乏の極みであるあの連中は、泥水や雑草などから栄養を摂取するのが常だというし、それにも期待出来ない。
「仕方ない、今日のところは携帯食の干し肉や缶詰なんかで良いにしよう、せっかく豪勢な建物に転居したというのに、玄関は壊れるし、食事はこんなんだし、踏んだり蹴ったりとはこのことだな」
「全くですね、きっとご主人様の日頃の行いが悪いから……」
「そんなことはない、俺様は清廉潔白だからな、悪い行いをするとすれば、それは今からルビアを引っ叩くことだっ! 覚悟しろっ!」
「や~んっ、待ってました」
ルビアと遊んでいたところで、本日の情けない夕食が運ばれて来る。
こんなことなら戊の野朗に手を付けるんじゃなかったぜ。
まぁ良い、今夜奴が現れたら、この分も含めてキッチリ痛め付けてやろう……




