389 ややこしくなる原因
『むっ、何だ貴様達はっ!? 敵襲だぁぁぁっ! へぶっ……』
「黙って死んどけこのゴミクズがっ! クソッ、この馬鹿のせいで周りの奴に感付かれたぞ」
村の入り口に居た頭の悪そうな中級魔族が騒いだため、ゲートの付近で作業をしていた魔族共が、一斉にこちらを目指して走って来る。
これだから下っ端の雑魚は、と溜息を付きたくなるレベルの弱さなのだが、それでも返り血で服が汚れたり、それから蹴飛ばした際に靴底にキモい汁が付いたりしそうだ。
『ウォォォッ!』
「全く、どうして魔王軍の構成員ってのはこう威勢が良いかね?」
『ぎょぇぇぇっ!』
「勇者様ちゃんと見て、こいつらの身分証、全部バイトか派遣のものよ、正規兵じゃないわ」
『ほんげばっ!』
『ぶふぉっ!』
「本当だ、よくその身分でここまで命懸けの行動が取れるな、俺だったら絶対に逃げてるぞ」
『いでぇぇぇっ!』
「きっと活躍したら正規兵にして貰えるのよ、とにかくコイツで最後ねっ!」
『ぎゅべぽっ! し……し……死んだ……』
村のゲートの前に積み重なった敵の死体、これで騒ぎに気付いた敵、というか拠点作りに従事していた作業員は全滅させた。
念のため周囲を見渡しておいたが、付近には敵の反応も、それから動く影なども見当たらない。
しばらくは襲撃を受けることなく活動することが出来そうだな。
「ねぇねぇ、このゲートと看板はどうする? ボカーンッてやっちゃう?」
「看板は好きにして良いぞ、ゲートはもったいないからこのまま使おう、俺達の拠点村が出来たときにまた造り直すのは面倒だ」
看板には『完成予想図』が張られているのだが、確認のためにそれだけ外して回収しておく。
本体はマーサのパンチで粉砕し、これも良い薪になりそうだとのことで、貧乏性のミラが回収した。
「とりあえずこのまま村の中に入ってみようぜ、敵の親玉を見つけ出して、さっさとぶっ殺してしまおうか」
「ちょっと待つんだ主殿、敵の親玉を討伐するのは良いが、しばらくは発見されないように、というか敵の作業を止めさせないように進むべきだ」
「どういうことだジェシカ、敵なんか見つけ次第惨たらしく抹殺していくのが俺達のやり方だろ?」
「しかし今回はこの状況だ、敵はその『完成予想図』に基づいて作業を進めている、その作業が進むということはつまり……」
「おぉっ、もしかするとこのリゾート、もしくは多少の工事でそれになる段階のモノが手に入るのかっ!」
「そういうことだ、だからコッソリ、まるで影のように進むべきだな」
ということで、襲撃作戦を忍び込み作戦に切り替えたうえで村の中へと進入する。
前にカレン、後ろにマーサを配置し、周囲の音や匂いに気を配りつつ、真ん中で俺が索敵し続ける方式だ。
これならよほどのことがない限り敵を見落とす可能性はない。
もちろん地中からとか転移してとか、そういうわけのわからない登場方法を採用されれば別だが……余計なことを考えたせいで一発目から敵に遭遇してしまったではないか……
『ヒャッハー! 転移と同時に侵入者に遭遇するなんてっ! 今日の俺様は相当にツイてるぜっ!』
「何だ貴様は? どうしてそんなに醜い顔をしているのだ? アレか、転移の際の副作用か何かで顔面が崩れて……」
『あんだとコラァァァッ! 俺様の顔を侮辱するとタダじゃ……ぷぴっ!』
もちろんタダで侮辱するはずがない、ボディブローのお支払を済ませ、腹に大穴を空けた敵の死体を茂みに投げ捨てる。
完全犯罪の成立だ、もちろん犯罪などではないのだが、ここで死体を発見されると面倒だからな。
ちなみにゲート前の死体は全て遠くに投げ捨てておいた、今頃はもう鳥や獣の餌となっていることであろう。
しかし今の野郎、俺達のことを『侵入者』だと言っていたような気がするな。
無駄に転移して来たのにも理由がないとは考えにくいし、もしかするとこの潜入、余裕でバレてないか?
まぁ、とりあえず次の敵に遭遇した際に、俺達の存在を知っていたのか、知っているとしたらどこでどう潜入したことが発覚したのか、色々と聞き出してから殺すこととしよう。
それまでの間は普通に、これまで通りにコソコソと行動していくのだ……
※※※
『ビンゴォォォッ! 侵入者討伐の功績は俺のものだぜぇぇぇっ! ヒャッハーッ!』
「死ね、じゃなくて死ぬ前にちょっと質問に答えろ」
『へぶっ! クッ、離せこの野郎……』
しばらく探索を続けた後、またしても転移して来た魔族の襲撃を受ける。
口ぶりからすると、どうやら他にも俺達のことを捜している奴が居るようだな。
もちろんそんな奴に負けたりはしないが、背後に転移され、攻撃を受ければ蚊に刺された程度の大ダメージを受けかねない。
ここでコイツからキッチリ情報を引き出し、今後の探索を安全に進めることが出来る程度の知識を得ておく必要がある。
「で、お前は誰の命令で、どこから転移して俺達のところへ来たんだ?」
『だ……誰が貴様なんぞにそんな重要なことを……』
「精霊様、好きな指を選んで爪を剥がして良いぞ、1枚だけな」
「あら、最初からなかなかのサービスじゃない、じゃあ……左手の中指にしようかしらね」
『ぎぃぇぇぇっ! 痛いっ、いだぁぁぁぃっ!』
地面に磔にした雑魚魔族の爪を、それはもうゆっくりと、たっぷりの苦痛を与えながら剥がしていく精霊様。
ちなみにこの魔族、無駄に紫色をしているものの、人間タイプであるため手足で10枚、指に爪が存在している。
まぁ、今ので残り9枚になったのではあるが……
と、爪は剥がし1枚程度では質問に答えられないらしい、よほど重要な秘密なのか?
まぁ、とりあえず次は前歯でもへし折ってやろうもちろん1本だけだ。
『へごっ! こ……答える、答えるからもう勘弁してくれっ!』
「ほう、じゃあまずお前はどこから転移して来た?」
『この拠点の中心、広場のあった付近だ、そこを建設作業本部にして、監視部隊はそこから各所へ転移している』
「で、どうして俺達が侵入しているとわかった?」
『入口のゲートだ、あれには魔導侵入者感知システムを採用している、他にもそういう装置がいくつか配備されているからな、この身分証がないとそこかしこで侵入者として検知されるんだ』
その後も話を聞いていくと、どうやら転移先はいくつかある指定場所の中からランダムで選ばれ、監視部隊の連中はそこから周囲を見回り、徒歩で本部へと戻るということを繰り返しているそうだ。
ちなみに今捕らえている馬鹿は監視班でも下っ端らしく、西の魔族領域の人材派遣会社から、時給鉄貨3枚という薄給で派遣されたクソ野朗であるため、それ以上のことは知らないという。
転移装置の詳しい転移場所一覧は、正規の魔王軍構成員しか知らないのであろうな……それに俺達を検知するご都合魔導装置の設置場所もだ……
「どうするの勇者様、コイツの身分証だけじゃ全員が見つからないようにするのは無理よ」
「そうだな、でも転移スポットの1つはコイツが出てきた場所なんだろ? てことはすぐに同じ感じで出現する奴が居るはず、それをアイリスの分も含めて13匹ぶっ殺せば、全員揃って派遣労働者になれるぞ」
「じゃあここで待つのね、せっかくだしお昼ご飯にしましょ」
「うむ、そうしよう、で、コイツはもう用済みだ、精霊様、適当に殺してやってくれ」
『イヤだぁぁぁっ! せっかく来月から時給鉄貨3枚と綺麗な貝殻5枚にアップするのに、こんな所で死にたくないっ! ぎゃぁぁぁっ!』
なんと可愛そうな時給の魔族だ、しかも何だ、鉄貨の下にさらなる貨幣、というか貝殻が存在していたのか、おそらく10個集めると鉄貨1枚とかのレートなのであろう……
無様な派遣魔族の死体は損壊して茂みに投げ捨てておき、身分証と財布だけを奪っておく。
あの時給でどうやって稼いだのかは知らないが、財布の中には銅貨が3枚も入っていた。
馬鹿にしていたが、もしかすると俺よりも貯金が多かったかも知れないな……
「はいご主人様、お昼ご飯ですよ」
「いつもありがとうカレン、うん、今日もパンだけのサンドウィッチだな、缶詰は……煮豆ですか……」
敵を待ちつつ、その場に持参したピクニックシートを敷いて昼食を取る。
煮豆の缶詰でも、いつものように空き缶だけ渡されるよりマシだ、タンパク質が含有されているからな。
……そうだ、良いことを考えたぞ、わりと不人気な豆やコーンの缶詰であれば、カレンにもリリィにも奪われることはない、つまり完全な状態で俺の手元に渡されるのだ。
ということはそういった類の缶詰を俺のところに優先配分し、皆の感謝を受けつつついでに栄養も……おや、俺に配給された煮豆の缶詰がいつの間にやら空っぽに……
「う~ん、やっぱり豆よりもコーンね、でも豆も食べないとダメだって昔お母さんに言われたし、普通に美味しいから明日からも食べよっと」
「ちょっとそこのウサギさん、それは俺の昼食、俺の豆なの、わかる?」
「知ってるわよ、お腹減ってたから貰ったの、肉を奪われて文句言わないんだから、豆を奪われても文句はないでしょ?」
「・・・・・・・・・・」
理不尽な見解を述べるマーサに対し、異世界勇者たる俺様ともあろう者が何も言い返すことが出来ない。
確かに今まで食事を奪われ放題されて何も言わなかったのは俺だ、だからと言ってこれ以上奪うのは人のすることではない。
……いや、コイツはどちらかと言えばウサギであったな、なら仕方ない、許してやることとしよう。
腹の虫が収まらない状態に陥るのではとも予想したが、どうやら腹の虫自体が空腹で死滅してしまったようだ。
手元に残ったパンを齧りながら、いつか出先で腹一杯の食事を、と空想しつつ空を眺めた。
突き抜けるように青い秋の空、その空から何かが降って来たようだ……
※※※
「勇者様、何か落ちて来るわよ……人間みたいだけど、4人……」
「いや、何かポーズを決めているようだし、落ちているというよりも降りている感じだな、てか4人中2人は女じゃないか、パンツ丸見えだぞっ!」
徐々にはっきりしてくる落下物、いや落下人のシルエット。
真下からの確認だが、女と思しき2人のパンツはそれぞれ白と黒、白の方は布面積が大きすぎてエッチではないが、黒はもう何か凄いではないか。
あとの2体、じゃなかった2個は野郎か、興味がない、着地に失敗して死ねば良いのに。
しかしまだまだ地表には到達しないな、今のうちにサンドウィッチのパン部分を食べ切っておこう。
4人、ではなく2人と2つの落下速度は異様に遅い、パラシュートでも使っているかのような速度であるが、それらしきものは見当たらない、きっと魔力でどうにかしているのだ。
「遅っそいわね、ちょっと私が迎えに行って来るわ、叩き落してやるんだからっ!」
「まぁ待て精霊様、まだ敵と決まったわけじゃないんだ、まぁ十中八九敵で魔王軍の関係者でここで拠点作りをしている連中の仲間だろうが」
「しょうがないわね、じゃああと30秒だけ待ってあげる、それを過ぎたら攻撃するわ」
あまりの遅さに憤る精霊様であるが、これは敵らしき落下グループの作戦なのかも知れない。
そうでなかたっとしても、地表で待つ俺達にストレスを与えているのは確かだが。
まぁ、ここで焦っても何も良いことはなさそうだ、冷静に、そして気長に連中の到着を待つべきだな。
それから2分か3分程度、怒って攻撃を仕掛けようとする精霊様を宥めつつ待機する。
ようやく声が届きそうな範囲まで降りて来た、ちょっと急かしてみよう……
『おーいっ! 誰だか知らないがっ! もうちょっとスピードを出して降りて来られないのかーっ!』
『ダメだーっ! 法定速度は落下時にも守らねばならんっ!』
『……まだ全然余裕があるぞーっ!』
グループのリーダーらしき野郎が、白パンツの女に何かを聞いている。
次の瞬間、大幅にスピードアップして落下して来たではないか……あの野朗、法定速度を間違えていたのか……
「とうっ!」
「はっ!」
「えいやっ!」
「はいっ!」
スピードアップにより、その3秒後には着地した4人、野郎2つは放っておいて、女の方はどちらもなかなか可愛いな、というかかなり可愛い部類に入る、そして上級魔族だ。
白パンツの方は清楚系、ワンピースを着込み、長い黒髪を後ろで束ねている、あのパンツの布面積からしておそらく『本物の清楚系』なのであろう、ビッチの雰囲気は感じ取れない。
黒パンツの方は日焼けした元気系、パンツどころか衣服の面積も、アレな感じのタンクトップにミニスカート、ただし貧乳につき、ポロリには期待出来そうもないのが残念なポイントだ。
で、このグループ、だいぶ近付いてからは感じ取れてはいたのだが、完全無欠の敵キャラである。
そしてなんと、個々が大魔将を超えるレベルの強さ、野郎2つは見たくもないので知らないが、白パンは魔法タイプ、黒パンは物理タイプであることがわかった。
と、野郎のうち1つが前に出てきた、やはりコイツがリーダーのようだな……
「いやはやすまない、法定速度は時速60kmだったんだな、てっきり日速60kmだとばかり……」
「何だ日速って、聞いたことすらないぞそんなの、もしかしてお前タダの馬鹿なのか? てか何しに来たんだよ? あと臭そうだから近寄らないでくれるかな」
「俺は馬鹿ではないっ! 俺の名前はコーダル!」
「俺はオットー!」
「私はヘイリーンですっ!」
「私はティーナだよっ!」
「そして4人揃った俺達は、『西の四天王軍四天王』なのだっ!」
「コラァァァッ! そういうマトリョーシカみたいなのはややこしくなるからやめろっつってんだぁぁぁっ!」
『す……すみませんでした……』
謝って済むような問題ではない、まぁどうせこいつらの部下の中にもそれぞれ四天王が居て、さらにその下に四天王が、という感じになっているのであろうが、その紹介を始められなかっただけ良しとしよう。
「で、お前らの名前とかもう覚えられないからさ、とりあえずアレな、そっちから『甲』『乙』『丙』『丁』な」
『それはないでしょうよ……』
「良いじゃん何だってさ、特に甲と乙、お前らは殺すからな、墓も作ってやらない予定だし、もう名前なんて要らないだろう」
「クッ、舐めた態度だな、だがその余裕がいつまで続くかな……」
「当分だよ、少なくともお前等が死ぬまでは続くさ」
名前も決まったことだし、さっさと片付けて……待てよ、こいつらとまともに戦えば、間違いなくこの拠点、つまり完成後に俺達がふんだくる予定のこの場所が、それはもう綺麗サッパリとした更地に戻ってしまう。
それにこちらも怪我をしたりということがないとも限らない、さすがに大魔将よりも少し強い程度の連中相手に、今の打撲などの重傷を負うことはないが、もしかすると血が出たりするかも知れない。
敵さんの方はやる気満々のようだが、ここはひとつ、交渉をしておこう……
「はいはいっ、お前らちょっとファイティングポーズ解除! 相談があるから話を聞け」
「何だっ? もしかして臆したというのか、俺達の強さがあまりにも凄まじいからだな」
「じゃなくてさ、ここの拠点の心配をしているんだよ俺は、壊れちゃったら困るだろ? バイトとか派遣の魔族も全部死んで、また募集しないといけないんだぞ、あんな低賃金で働く奴等そうそう見つからないぞ」
「なるほど、それは一理あるな……ではどうしようというのだ?」
「う~ん、そうだな……」
その後の交渉の結果、明日より4日間、甲乙丙丁の順で、村の外に出て俺達と戦うということになった。
こちらの実力を隠していたゆえか、あっさり『敵1人VSこちらは全員』の勝負に同意してくれたのである。
しかし翌日、まずはリーダーの甲から始末していくことになるのだが、その段階でこちらが圧倒的に勝っているのが発覚してしまうな。
少しだけ手加減し、ギリギリの辛勝で大ダメージ、次の勝負はもうヤバいかも、という感じを醸し出しつつ戦うこととしよう。
敵もそれなりに強いのだ、いくら俺達がそれを遥かに超える強さに至っているとはいえ、ある程度は周囲の破壊など、派手なエフェクトで『死闘感』を演出してくれるはずだ。
しかし俺達、いつの間にこんなに強くなっていたのだ? ついこの間まではこの連中に出会ってしまえば即敗北レベルの実力であったはずなのに……まぁ良いか、異世界ではそういうこともあるに違いない……
「では諸君、明日の勝負は俺とだ、朝一番で拠点のゲート前、確実に来てくれよなっ!」
「それは良いんだけどさ、俺達はどこに泊まれば良いんだよ? さすがに敵だからって野宿させたりはしないよな? 本来のパフォーマンスを発揮出来るよう、フカフカのお布団で寝られる環境を提供するのがフェアプレーってもんだよな?」
「む、確かにそうだな、となると……」
「コーダル、完成したばかりの宿泊施設があったはずです、そこに泊まって頂きましょう」
「そうだなっ! では下っ端のバイトに案内させるゆえ、ゲート付近に停めてあった馬車に乗って待機していると良い、あ、バイト魔族は殺さないでくれよなっ!」
案内してくれるバイトだけは殺さないと約束し、俺達は一旦馬車へと戻った。
すぐにそれらしき下級魔族がやって来る、しかも俺に話し掛けるため、汚い手で車体に触れやがったではないか。
後でぶっ殺してやる、今は案内係ゆえ約束通り殺したりはしないが、その任が解かれた瞬間、コイツの魂も現世から解放されることになる。
『え~、それでは案内するダス、付いて来るダスよ』
「おう、それとキモいし臭いからこの先死ぬまで二度と喋るんじゃねぇ、殺すぞ」
『・・・・・・・・・・』
案内魔族の後を付いて再び村、というより今はこの連中が造成中の拠点の中へと入る。
良く見ると既に様々な建物が立ち並び、あとは温泉があれば観光地として使えそうなレベルだ。
なかなか期待出来そうである、まずはあの馬鹿共を始末して、ここを俺達のものにする準備を整えよう……




