383 釣りと祠と
「……なんとっ! それは許せないことですね、後程関係者全員に凄まじい神罰を下しましょう」
「てかさ、神なんだからそういうことが起こらないように監視しておけよな……」
「そう言われましても、私は粗暴な異世界勇者が何か問題を起こさないかを見張るのに必死でして」
「何だとコラッ!」
「ひぃぃぃっ、ほらっ、そういうところですよっ! それを直さない限りこの世界に未来は訪れませんっ!」
「……そうか、それは残念なことだが仕方ない、今更直しようがないから諦めるとしよう」
女神と揉めている間にせっかくの料理が冷めてしまいそうだ、しかしこの地域の人間は、この他にもどういった内容の悪事に手を染めているのであろうか。
魔族や獣人を対等な存在として扱っていないことによる不当な行為が、ここで発覚したこと以上に、というか俺達が知ったことなど氷山の一角に過ぎないはずである。
まぁ、俺達の知るところになった犯罪行為は即ち、女神の知るところでもあるのだ。
この美しい湖での大規模な工事を計画し、結果として多くの命を奪った連中は裁きに遭う。
ついでにあの山にあった祠の獣人虐殺事件、それから羊魔族監禁事件の犯人は……もう虫の息で外に転がっているのか……
と、今はそんなつまらないことを考えるべきではない、楽しい食事の最中なのだ。
「ご主人様、このお魚はいつもより美味しいです」
「ほう、パッと見マスなんだが……ゴールデントラウトか……」
「ニジマスよりもランクが上なんでしょうか? とにかく後で沢山捕まえましょうっ!」
レインボーとゴールデン、どちらが高位ランカーなのかと聞かれると微妙なのだが、至る所で養殖されているニジマスに対し、俺の居た世界ではカリフォルニアにしか居ないと言われていたゴールデン。
プレミアさ加減で言えば間違いなく今食べているゴールデントラウトの方が上か、もちろんこの世界ではどうなのか知らないが……
「あら、狼さんはゴールデントラウトの塩焼きがお気に入りみたいですね」
「は~いっ! これは管理人のお姉さんが料理したんですか?」
「料理って言っても捌いて串打って塩振って焼いただけですけど」
食事の様子を見に来た管理人のお姉さん、追加の料理も手に持っている。
そうだ、この湖で何が釣れるのか、今のうちに確認しておこう。
釣りをする前のリサーチは重要だからな……
「あの、ちなみにこのトラウトはこの湖で普通に釣れるんですかね?」
「もちろんです、一番多いのがレインボー、次いでゴールデン、あと数は少ないですが、この湖の固有種、『クリスタルトラウト』なんてもの居ますよ」
「ク……クリスタル……口が硬くて針が刺さらなさそうなんですが……」
「まぁ、でも本当に硬いのは、この湖で伝説になっている『ダイヤトラウト』ですかね、1匹釣れば半年は遊んで暮らせると言われています、何たって背中にダイヤモンド乗ってますから」
「背中にダイヤ!?」
よくわからないがとんでもない貴重品が存在しているようだ。
よし、今日の目標はそのダイヤトラウトとやらだな、釣るまで帰らない……はやりすぎか、しかし本気で狙ってみよう。
『ごちそうさまでした~っ!』
「はい、お粗末さまです、夕飯も用意しますんで期待しておいて下さいな」
昼食タイムは終わりを告げ、いよいよ湖で釣りをするフェーズである。
馬車に積んであった竿を下ろし、糸と特製の毛鉤をセットし、サラッと準備完了だ。
あとはお姉さんのガイドの腕前に期待を寄せることとしよう……
「え~っと、釣りをするのはお2人ですね?」
「ええ、他の連中は食べるのが専門なので」
「そうでしたか、では早速フィッシングガイドについてなんですが、当湖では釣りのガイドを希望されているお客様に、『イージー』、『ノーマル』、『ハード』、そして『スーパーアダルト』の4つのコースからお選び頂いております」
「……アダルトッ!? じゃあそのスーパーアダルトで」
美人お姉さんのスーパーアダルト、釣りのガイドだけでなくもっと様々なガイドをしてくれるはずだ。
横でセラが怖い顔をしているが気にしない、命なんぞよりもお姉さんのスーパーアダルトの方がよほど重いのだ……
「最初からスーパーアダルトを選択するとは、お客様、かなりの玄人ですね」
「いやいや、それほどでも……」
「ではスーパーアダルトのみガイドが異なりますので、その方の指示に従って下さい」
「は?」
「先生、お願いしますっ!」
『おうっ! 久々の出番ですなっ! ガッハッハ!』
「・・・・・・・・・・」
管理小屋の奥から、もう何か『いかにも』なオジサンが登場したではないか。
偏向グラスの形にパンダ状の日焼け、しかも陸上にて魔導膨張式ライフジャケットを着用している。
「ではこれより湖に向かいます、いざ出陣であるっ!」
「ほら、勇者様が欲張るから変なのが出て来ちゃったじゃないの」
「す……すみませんでした……」
お姉さんのスーパーアダルトが体験出来ないのは残念であるが、今日の本来の目的は釣りなのだ。
この湖に比較的詳しいと思われるオジサンガイドの指示に従い、必ずや光り輝くダイヤのマスを釣り上げよう……
※※※
「はいっ! ではここがポイントになります、まずはライトめのジグをスキッピングでシェードの下に打ち込んで、ロッドを使ってブレイクを舐めるようにリフト&フォールを……」
「すみません、そもそもテンカラなんですが」
「む、それは困りましたね、ランカーサイズをゲットするためにも、近くのプロショップで最新のタックルを購入してから改めて……」
「もううるせぇし何かムカつくんだよっ!」
「ひょげぇぇぇっ!」
ガイドオジサンを思い切り蹴飛ばすと、水面をスキッピングしながら飛んで行き、その先で顔を出していたマンメイドストラクチャーに直撃、衝撃で気を失ったようだ。
そのままサスペンドするのかと思われたのだが、魔導膨張式ライフジャケットが起動した。
水面に浮いて来たオジサンは、インレットからの水流に乗って沖へと流されて行ったのである……
「勇者様、あのオジサンは何だったのかしらね?」
「あぁ、あれは『妖怪横文字アングラー』だ、やたら横文字を使って知識をアピールしてくるんだが、実力の方は伴っていないことが多いな」
「あら、妖怪だったのね、まぁ良いわ、勝手に釣をしましょ」
ということで単純明快、テンカラ釣りを開始する、狙いは少し流れの当たった良い感じの場所だ。
気合を入れた第一投、流れに乗った毛鉤に、中サイズのニジマスがバシャッと襲い掛かる。
セラの方は先程のゴールデントラウトが喰い付いたようだ、しかもなかなかのサイズ、これは食い出がありそうだぞ……と、俺の第二投にも金色の魚体が……
「……釣れるっ! めっちゃ釣れるじゃないかっ!」
「やっぱり毛鉤が悪かったのねっ! 私達の腕前はホンモノだわっ!」
そう、俺達が使っているのは、王都の寂れた釣具屋で買えるようなショボい毛鉤ではない。
上級魔族や珍しい狼獣人の尻尾の毛を使い、さらには唯一無二、絶対の存在である女神の髪でそれを結び付けているのだ。
正直言って他の釣り人、特に先程蹴飛ばしたオジサンのような輩に入手可能な代物ではない。
ゆえに魚もそれを見慣れておらず、目の前に流してやれば、特に警戒することもなく簡単に喰い付いてしまうのである。
「はいは~い、釣れたお魚はこのリリィ号が回収しま~っす」
「何だリリィそのゴルフカートの進化版みたいなのは、どこから持って来たんだ?」
「管理棟で貸してくれました、なんとバーベキューコンロ付き! とにかくお魚を入れて下さい」
リリィが乗り込み、後ろからカレンとジェシカが押しているカートのような何か……移動式バーベキューコンロを魔改造したものか、座席やボックスが取り付けられている。
とりあえず『魚投入口』と掛かれた穴に先程のニジマスを入れてみよう……中でガタガタと音が鳴り響き、あっという間にワタを抜かれ、串を打たれた状態で出て来たではないか……
「どうなってんだこれ?」
「中にミラが入っているわよ、動きでわかるわ」
『さすがはお姉ちゃん、バレてしまいましたか』
なるほど、手前のボックスにはミラが入って、中で魚を捌いていたのか。
それを座席の前に設置されたコンロで焼いて、焼き上がったらリリィが食べると。
いや、どうやらこのマシンは2人乗りのようだ、良いポイントへ移動したらカレンも座るに違いない。
となると、働かされているだけなのはミラとジェシカということか……
「勇者様、これのもっと大きいのを造るべきよ、馬車みたいなサイズのやつ」
「誰が引っ張るんだよそんなの、言っておくが火を使っているなら馬に牽かせるのはキツいと思うぞ」
「そうねぇ……」
おそらく俺とセラが思い浮かべている顔は同じだ、そういうものを造り出し、しかも引っ張ってくれそうな男は、王都どころか世界中捜しても1人しか居ない。
念のためこのマシンの構造をスケッチに残し、温泉郷に戻ったらゴンザレスに見せることとしよう。
もしも移動式バーベキュー要塞が完成すれば、俺達勇者パーティーの活動はさらに効率化するはずだ。
「よしっ! 今度は良いサイズだぞっ!」
「レインボーとゴールデンばっかりね、ここにはクリスタルが居ないのかしら?」
「かもな、ダイヤも狙いたいところだし、もう少し水深のある場所へ移動してみようか」
その後も釣りを続ける俺とセラ、俺達が移動する度に、リリィ号も発進して後を付いてくる。
大きすぎる魚はリリィおよび同乗者であるカレンの腹へ、良い感じのサイズは夕飯やお土産用にキープ、そして小さな魚は将来に期待してリリースしていった。
だいぶ日が傾いてきたな、そろそろ夕マヅメのチャンスタイムが到来しそうだ……
※※※
「何だか水面が騒がしくなってきたな……」
「ええ、魚が上がって来て色々と捕食しているんだわ、ここで、私の秘密兵器を投入よ」
「何だそれ、デカッ!?」
巨大な釣針に、おそらく余っていた毛を全て投入したのであろうモッコモコの装甲。
スーパージャンボ毛鉤だ、これでテンカラ釣りをしようと言うのだから笑えない。
「いくわよっ! 何でも良いから喰い付きなさいっ!」
「凄いっ! 毛鉤なのに着水音が凄いっ! アピール力も間違いなく凄いっ!」
これは期待出来そうだ、そう思って水面に浮かぶセラ特製の毛鉤を眺める……辺りが暗くなってきた、鳥目の俺には少々厳しい時間帯だ……
とそのとき、ドーンッとかビッターンというような表現がマッチする轟音、さすがに俺にも見えた、水面が大爆発を起こし、セラの毛鉤ビッグベイトが掻っ攫われたのである。
「おいセラ! ボーっとしてんじゃないよっ! 竿を立てて耐えるんだっ!」
「いや……そのね、今の魚じゃなかったような気がするのよね……おじいさんかしら?」
「何だ? 妖怪でも釣ったのか、きっとそれはカッパだぞカッパ! とりあえず釣り上げるんだ」
かなり下に突っ込む何者か、妖怪横文字アングラーは先程まで遠くの岩場にスタックし、青鷺に突かれていたのを目撃している。
つまりこれはまた別の妖怪だ、そして水中から出現する妖怪で、セラがパッと見でおじいさんと判断した辺り、もうそれはカッパ以外の何者でもない。
慎重にやり取りするセラを、固唾を呑んで見守ることしか出来ない俺。
徐々に弱ってきたようだ、だがここで油断してバラしたりしないよう、更に注意深く戦って欲しい。
「上がって来るわよっ! でも暗くて見えないわっ!」
「リリィ、ちょっとひとっ走りしてユリナを呼んで来てくれないか」
「はーいっ!」
颯爽と走って行ったリリィは、しばらくして明らかに面倒臭そうな表情のユリナを連れて戻る。
何だ? ユリナはカッパに興奮しないのか? 悪魔からしたらそんなものどうでも良いのか?
「全く、じゃあ照らしますわよ」
「おうっ、さてさて何が釣れたのかな……何だよ、セラ、これは外道だ、ゴンズイとかネンブツダイみたいなものだぞ」
「そうなの? 頑張ったのに残念ね……でも毛鉤だけは回収したいし、ひとまず釣り上げるわね」
「あぁ、ちょうど俺もコイツに用があったんだ、毒キノコの落とし前を付けさせて貰わないとな」
光り輝くユリナの尻尾に照らし出された水面、そこに浮かんでいたのはジジィ、いやクソジジィであった。
つい先日大変お世話になり、篭一杯の毒キノコまで頂いた、ほこラーのクソジジィなのである。
「おいジジィ、何でこんな所に居やがるんだ? どうして毛鉤なんか喰ったんだ?」
「うぃ~っ、まさか疑似餌じゃったとは、貴重な『毛』が大量に泳いでおったのでな、捕まえて頭に貼り付けようと思っての、それと、ここに居るのは『祠関係の慈善活動』のためなのじゃ」
「祠関係の慈善活動だと? てか湖の中でかよ……」
「まぁの、と、こんな所で話しておっても仕方がないじゃろ、ちょうどここの管理人とも話をしたかったのじゃ、ちょっと場所を移さぬか」
「良いけど夕飯は分けてやらないからな……」
大量に釣ったニジマスやゴールデントラウト、管理人のお姉さんもそろそろ夕飯の準備を始めている頃に違いないし、この魚を調理して貰うこととしよう。
結局クリスタルもダイヤも、プレミアムなトラウトは釣り上げることが出来なかったのだが、特製の毛鉤が凄まじい効果を発揮するということも知り、上々の結果である。
満足した俺とセラ、あれだけ食べてまだ腹ペコのカレンとリリィ、マシンを運搬するジェシカと靴を汚したくない様子のユリナは、まったり歩いて管理小屋を目指した……
※※※
「やれやれ、ようやく辿り着いたわい、ビッタビタのわしを置いて行くとは何たる不届き」
「うるせぇな、てか汚ったねぇから近付くんじゃねぇよ、良く洗って消毒と消臭をしてから来やがれ」
「何じゃと、口の悪い若造……と、これはこれは女神様、ご無沙汰しております」
「あら、わかったしまったのですね」
ほこラーのジジィ、完全に神気を隠したはずの女神を見破りやがった。
というか、よくよく考えたらコイツはただ者ではない、あの山では俺とルビアを転移させたわけだしな……
「おかえりなさい、まぁ、ほこラーの方もいらしていたんですね、中へどうぞ……そういえばガイドの先生は……」
「奴なら修行の旅に出ました、今はすぐそこの岩場で自ら餌になって怪魚を狙っているはずです」
「そうでしたか、でもこの辺りは夜になるとクロコダイルとかアロサウルスとかが徘徊しますから、おそらく生きては戻らないでしょうね」
「アロサウルス……」
100歩譲ってクロコダイルは認めることとしよう、富士山みたいな山にアナコンダがいる世界だから。
だがアロサウルス、お前はダメだ、巨大すぎてリリィとキャラ被りしてしまうではないか、とっととジュラ紀に帰りたまえ。
「してほこラーよ、本日はどのような用件でこの女神の前に姿を現したというのですか?」
「はい女神様、実は調査によって、この付近一帯の祠に祀られている死者の魂が暴発寸前であることがわかりまして、どうにかしてその慰霊をと思っておりましたところ、この者に釣り上げられ……」
「それは毛鉤に喰らい付いたからだろうが、てか魂が暴発するとどうなるんだ? 焼け野原にでもなるのか?」
「いや、遠い過去にこの世界で起こったという火山の噴火、それと似たような状況になることが想定されておるのじゃ」
「超やべぇじゃん、ここが瘴気に包まれて、また魔族領域みたいになるのか?」
「それどころではない、現在残っている神界の8割が魔界に置き換わってしまうはずじゃ、もちろん人族の領域など一坪も残さず消え失せてしまうわいっ!」
とんでもないことになるようだ、もちろん元凶はその死者の魂とやらではなく、それに対して不当な扱いをし、殺害していったこの地域の人族共である。
奴等が恐れていた異種族、それは種族なんぞではなく、自分達が虐げてきた者達の怨念であったのだ……
「……ほこラーよ、それは緊急事態以外の何でもありません、どうしてもっと早く報告をしなかったのですか?」
「いえ、それがその……連絡したら女神様は下界の温泉郷でフラフラ遊んでいると……」
「申し訳ありませんでした、全てここに居る異世界勇者の責任です、この者が嫌がる私を無理矢理こんな所に連れて来たのですよ」
「おい女神、後で俺から何をされるか、今のうちに想像して悶絶しておくんだな」
「ひぃぃぃっ!」
自らの失態を俺に擦り付けようとする悪い女神には後でお仕置きだ。
場合によっては死者の魂を沈めるための生贄にしてやっても良さそうだな。
「は~い、夕飯が完成しましたよ~っ、ほこラーの方も一緒にどうぞ」
「うむ、かたじけない、それよりもここの祠にはしっかりと甘味が供えてあったようじゃの」
「ええ、この方達が持って来てくれたもので」
「ほう、あれで死者の魂の暴発は僅かながら抑えられたのじゃ、まだ他に甘味があれば供えておくが良い」
「それは良いんだけどさ、魂の暴発って、先延ばしすることぐらいしか出来ないのかよ、それじゃあいつかは破滅するだろうに」
「いや、ひとつだけ妙案があるのじゃが……あるのじゃが……」
そこで言葉に詰まってしまったほこラーのジジィ、妙案があるというのであればそれを試してみれば良いのに、よほどリスクを伴う方法なのか?
「ほこラーよ、その妙案とやらについて詳しく教えなさい、私達にもお手伝い出来ることがあるかも知れませんよ」
「は、はぁ……実はですね、死者の怒りを抑えるためには、やはりそれを殺した者共を生贄などにしてと思うのです……」
「何だよ、普通にノーリスクな妙案じゃないか、早速明日か明後日ぐらいから取り掛かろうぜ」
「しかし、それでは人を殺すことに……」
「おいおい、お前にはこの近辺の住人がまだ『人間』に見えているのか? アレはもう単なる畜生だ、ぶっ殺して構わんのだよ」
明日、温泉郷に戻ってこの話を居残り組と共有することとしよう、そしたらすぐに作戦開始だ。
目標は鎮魂、そしてそのために成すべきは、馬鹿野郎共の虐殺である……




