376 強化合宿
「え~、ということで、勇者パーティーには2週間の強化合宿を命ずる、予算はなんと金貨100枚じゃ!」
「ヒャッハーッ! それじゃ、早速明日からいってきまーっす!」
「うむ、あまり羽目を外すでないぞ、食べ過ぎ、飲み過ぎに注意して……何じゃ、もう居らぬのか……」
法人28号を討伐し、その副次的な結果によって大量の金貨を手に入れた王国。
破綻寸前の財政は持ち直し、俺達のためにポンと金貨100枚を拠出するだけの余裕が出たようだ。
ということで『強化合宿』という名のバカンスに出掛けることが決まった俺達。
一応体裁を整えるため、次の敵である西の四天王に近付くかたちで、つまり王都より西の地へ向かえとのことである。
まぁ、どこへ行こうとも観光地があればそれで良い、王宮からの帰りに観光情報誌を入手し、セラと2人でそれを見ながら馬車に揺られる。
この合宿により、俺達の知見、計画性、そして行動力が強化されるはずだ。
それで強くなるかどうかは知らないが、少なくとも良いものを食べる分体力は身に付くに違いない。
四天王、いや魔王軍の討伐は体が資本だからな、西方の名物を沢山喰らい、まずは物理攻撃主体だという西の四天王に勝ち得る実力を獲得するのだ。
「あ、見てよ勇者様、ここなんか良いんじゃないかしら? 独立自由都市群の中に、温泉郷みたいな村があるわよ」
「ほう、それはなかなか……ってここはアレじゃないか、前に俺とマーサが2人で行った町の近くだぞ」
「というと、あの獣人や魔族を差別してたって言う?」
「そうだ、もっともそういうことはもうしないと町の、というかその付近一帯の領主に約束させたんだがな、だがちょうど良い、温泉ついでにその約束が守られているか確かめに行こうぜ」
「そうね、じゃあここを暫定の第一候補にしおいて、帰ったら皆にも意見を聞きましょ」
大魔将であったカイヤの城、その手前の洞窟ダンジョンを攻める際に、東西南北に散る4つの素材を集めさせられた。
そのときの班分けでペアを組んだ俺とマーサが、謎のキノコを入手しに行ったのがその温泉郷の近くにある町。
あのときはさすがに頭にキたのだが、果たして獣人や魔族に対する差別意識はなくなっているのか。
まぁ、この短期間でどうにかなるものでもなさそうだが、もし何かあったら町ごと滅ぼせば良い。
そこに住む人間は消滅したとしても、沸き上がる温泉が枯れてしまうなどということは絶対にないのだから……
※※※
「はーい、じゃあ温泉りょ……強化合宿の行き先に関して何か不満がある人は挙手!」
『・・・・・・・・・・』
「え~、ということで明日からは西方の温泉郷、俺とマーサが行った例の町の近くに移動して、そこでおよそ2週間の合宿となります!」
『うぇ~いっ!』
「それでは各自準備開始!」
『うぇ~いっ!』
目の前で土下座しているのはエリナと女神、連れて行って欲しいそうだ。
何か芸をさせて、面白かったら少しは考えてやることとしよう。
まずはエリナからとして、一端準備の手を止めて皆で観察する……
「あ……悪魔崇拝者が崇める邪神の像……」
「おいコラ、変なポーズ取っただけの悪魔じゃないか、失格、次は女神だ」
「め……女神像……」
「お前らは絶対に連れて行かない」
『そんなぁぁぁっ! 今一度チャンスをっ!』
必死になって懇願する神と悪魔、無様な姿だ、だが今より更に醜態を晒し、俺達を喜ばせれば、荷物として温泉郷に連れて行ってやっても良いかも知れない。
「う~ん、じゃあおっぱい相撲……は女神が超有利だな、尻相撲しろ」
『へへぇーっ! 承りましてございますっ!』
ついでにルビアとジェシカのおっぱい相撲エキシビジョンマッチも組んでおいた。
やはり相撲はおっぱいですね、勝敗がどうこうではなく、参加することに意義があるのがこのイベントだ。
開始の合図と同時に、丸出しになった神と悪魔の尻がぶつかり合う。
その後ろでは次のカード、おっぱい丸出しの2人が待機しているから眼福だ。
「ほ~ら女神、悪魔如きに押されてんぞっ!」
「しかし勇者よ、この者は尻尾を使って、きゃっ! 突くのはやめなさいっ……あっ!」
「はいエリナの勝ち、女神は正座して反省しろ」
負けそうなことに対する言い訳をしようとした女神の隙を突き、ドンッと尻を当てたエリナ。
たちまちバランスを崩した女神は転倒、尻を突き上げる格好でマットに沈んだ。
次いでおっぱい相撲の東西横綱によるエキシビジョンマッチ……これはもう凄すぎて表現のしようがない、大振動である、屋敷ごと揺れそうなほどの……
珍しくルビアが勝ちそうだな、などと予想しながら試合を眺めていると、正座を命じてあったはずの女神が勝手に立ち上がり、こちらに迫る。
何か言いたげな表情だ、反抗的な態度を取るのであれば容赦はしない。
だが一応はこの世界を統べる存在の言葉だ、聞いてやらないというのも酷であろう。
「勇者よ、少しよろしいですか?」
「何だよ、言い訳なら聞かないぞ、お前は『強化合宿』に参加する資格がない、だって強化選手から漏れたんだからな、ここから2週間、自分の部屋に帰っておもらしでもしとけ」
「そこなのですが、種目さえ変えれば私とて強化選手入り出来ると存じています、どうか再考を」
「種目?」
「ええ、実は私、尻相撲よりもおっぱい相撲の方が得意なのですっ!」
またわけのわからないことを言い出しやがる、というか真剣に尻相撲やおっぱい相撲の結果で合宿の参加者を決めているとでも思っているのか?
そして自分が単にからかわれているだけでなく、本気で強化合宿に連れて行って貰えないとでも?
女神が馬鹿すぎて少しかわいそうになってきたため、ここでネタバラしをするとしよう。
ただしそれは最後にもう一発小馬鹿にしてからだ……
「う~ん、じゃあそうだな、異種格闘技戦の結果次第では連れて行ってやらんこともないぞ」
「異種格闘技戦とは? 私はおっぱい相撲で参加するのですよね?」
「そうだ、お前は『おっぱい相撲』、そして対戦相手の俺は『手押し相撲』だっ!」
「え? あの、ちょっとそれだと……きゃぁぁぁっ! 変態っ!」
おっぱい相撲VS手押し相撲、俺は単純に向かい合った女神のおっぱいをボヨンボヨンするだけの簡単かつ役得なお仕事に従事するだけである。
「オラオラどうしたどうしたーっ! 腰が入ってないぞっ! そんなことで強化選手に選ばれると思ってんのかぁっ!」
「ひぃぃぃっ! や、やめるのですっ、女神たるこの私に対する冒涜は、あうっ、ま……参りましたぁぁぁっ!」
「ふんっ、雑魚めが、1万年修行して出直すんだな」
「あぅぅぅ……」
と、そこで王宮に行き先を伝えるために、伝令を出しに行っていたマリエルが帰って来る。
女神を小馬鹿にしていたのがバレると拙い、何食わぬ顔で引き起こしておいた。
その後の協議の結果、女神は『精霊様の召使い』を称して参加することに決まる。
魔王軍の侵攻という自体の最中、この世界の責任者であるはずの女神が、温泉郷で遊んでいるなどということが発覚してはならないと判断したためだ。
勇者たる俺達も遊んでいるだと? これは強化合宿だ、ふざけているのとはわけが違う。
とりあえず準備を再開していると、サーッと通り過ぎる風と共に1通の封書が残される……
「っと、もう王宮からの返事が届いたのか」
「そうみたいですね、え~っと……特に問題はないと、合宿の目的は第一にパーティー全体のパワーアップ、第二に西方の公爵領における伝説の調査として欲しいそうです」
「あ、伝説の調査があったか、良かったな女神、そんなメイドさんの格好をしなくても普通に参加出来そうだぞ、というか女神の権力があった方がやり易い」
「あら、そうでしたか……ただしこの格好は気に入ってしまいましたので、その地方の責任者と相対するとき以外は普通の召使いとして過ごそうと思います」
女神の威光を振りかざすのは最後の最後にするらしい、俺達もそうしよう。
普通に旅の者共とそれに付き従うメイドさんを演じ、ここぞというときにその身分を明かしてどうこうするのだ……
※※※
「は~い、じゃあ出発するぞ~っ!」
『うぇ~いっ!』
翌朝、馬車に乗り込んだ俺達は、お土産を期待しつつ見送るシルビアさんに手を振りながら屋敷を発つ。
まずはミラとアイリスが配る、早起きして作った朝食サンドウィッチだ、これも旅の醍醐味のひとつなのである。
ちなみにいつも中に挟んである肉だけ奪われがちなのであるが、今日に関しては対策を考えた。
大きいの2セットを含む3人分の包みを受け取った俺は、カレンとリリィを前に並ばせる……
「まずはカレンだ、お手っ!」
「わんっ!」
「よろしい、サンドウィッチを授けよう」
「へへぇーっ!」
「次はリリィ……ちょっと待て、それは俺の分だっ!」
「カレンちゃん、ご主人様の分は半分こね」
カレンにサンドウィッチを手渡す儀式をしている間に、横にポンッと置いた俺の分とリリィの分。
当たり前のように両者奪われ、勝手に再分配されてしまった。
結局俺に残されたのは、いつもの如くパンだけ……いや、今日はレタスが挟まっているではないか、しかもタマネギまでっ!
食パンレタスタマネギサンドという、これまでにないレベルの豪華な朝食を口にした俺は、大満足のまま朝食後のルート会議へと移行する……
「最初に到着するのはこのちょっと大きめの町よ」
「おいおい、これは俺とマーサが行った公爵の住む町そのものじゃないか」
「あら、だったら宿の場所とかわかってるんじゃない、都合が良いわね」
確かに宿はあった、だが変なババァの経営するしょぼくれた宿だ。
せっかく温泉郷を目指すのだから、あの町には滞在せずに先を、温泉のある宿を目指したい。
で、あの町から温泉郷までは……およそ半日か、御者をしているルビアとジェシカの体力次第だな……いや、せっかく女神が居るのだし、いざとなったら『神界馬野郎』でも召喚させて、馬車を引っ張って貰おう。
「ということだ女神、何か便利道具でも出してくれ」
「勇者よ、あなたは私や神界のことを何だと思っているのですか?」
「便利で都合が良い道具を出す『モノ』だ、4次元のな」
「まぁ良いでしょう、ではこの……っと、これはタイムセールで買った戦術核弾頭でした、こちらの『カミウマッ!』を使いましょう」
「おい、今ちょっとアウトなのが頭だけ出てたろ、そんな物騒なもんタイムセールに出すなって言っておけ」
ちょくちょく『異世界に存在してはいけないもの』を取り出そうとするからなこの女神は。
しかも今回は大変にヤバいブツだ、後で没収……はやめておこう、保管や破棄の方法がわからない。
と、それよりも今はもう1つのアイテムだ、掌サイズの白く輝く馬、『カミウマッ!』というらしいが、用途どころかメーカー希望小売価格、初期設定の方法すらも不明な品である……
「で、その『カミウマッ!』ってのは何なんだ?」
「ふっふっふ、これはですね、既存の馬に追加して、今なら5頭目として馬車を引っ張ってくれる神の馬です」
「ほう、それは速いのか?」
「それはもちろん神馬ですから、今向かっている目的地ぐらいなら半日と要せず到着しますよ、あと使用後は背中のボタンを押せば、勝手に食肉処理されて神美味の馬刺しになります」
「……あまりにもかわいそうな奴だな」
とにかくその『カミウマッ!』を馬車にセットし、そのまま西を目指す。
確かに速いなとは思っていたが、まるでワープでもしたかの如く、本当におよそ半日で例の町まで到着したのであった。
目の前には食肉処理され、切り分けて食べるだけの状態になった馬刺し、そして例の町の入口。
実に都合の良い展開だが、さっさと強化合宿を始めることが出来るのは有り難い。
だが今日はまだ時間もあるし、少しこの町の伝説に関して調査をしていくこととしよう。
この間しておいた『改善の約束』もキッチリ履行されているのか気になるところだしな……
※※※
「止まれっ! 貴様等何者だっ!?」
「旅の者ですが?」
「立ち去れっ! 今は旅人など受け入れている暇ではないのだっ!」
「何だコラッ! ぶっ殺されたくなかったらそこを退きやがれっ!」
「ぎぇぇぇっ! 死ぬっ、ギブギブッ!」
初球から門番の態度が気に食わない、というか何であろう? 凄まじい厳戒態勢が敷かれているようだ。
隣国との戦争……はおかしな話だな、王宮ではそんな話を聞かなかった、ということは未知の敵の侵攻でもあったのか?
念のため馬車の中に居るカレンやマーサ、悪魔3人娘などは姿を隠すように伝え、締め上げた奴以外の門番を蹴散らしながら町の中に入る。
とりあえず公爵の屋敷へ行ってみよう、まずはそこからだ……しかし誰も居ないな、シャッター通りどころかゴーストタウンだ、ゾンビが徘徊していてもおかしくはない。
「ねぇ勇者様、家の窓なんかが補強されているけど、台風でも来るのかしら?」
「まぁ時期的にはそういうシーズンであってもおかしくはないが、台風ぐらいでこんなになるか? そもそも風水害なら直前まで土嚢を積んでたりするものだろ」
「確かに、となると別の災害、例えばまお……何だろ、わからないわね……」
もっとも出目の高い『魔王軍の襲来』、そう言いかけたセラであったが、フラグになることを恐れてか言葉を飲み込んだ。
まぁ、この付近一帯の領主でもある公爵の屋敷へ行けば色々とわかるはず。
この町が何らかの理由で滅びるのは構わないが、俺達の目的である温泉郷がどうにかなってしまうのはNGだ。
場合によってはそれを阻止すべく、表の訪問理由でもある強化合宿を兼ねて力を振るう必要があるかも知れない。
と、誰にも出くわすことがないままに公爵家の前に到着する。
町の入り口に居た門番の次に見かけた人間は、屋敷の方の門番ということになってしまった……
※※※
「貴様等、見かけない顔だな、どうやってこの町に入って来たのだこのクズの部外者めがっ!」
「それにここは公爵様の屋敷だぞっ! 貴様等のような薄汚い田舎者が……ん? なんと獣人が居るではないかっ! 汚らわしべぷぽけぱっ!」
「やっぱり治ってなかったようだな、おいお前ら、皆殺しにしてやるからここへ並べ」
「勇者様、そいつらもうとっくに死んでいるわよ」
馬車から覗いていたカレンの耳を発見し、汚らわしいなどと表現した1匹のゴミは、喋り終わるのを待たずして俺が殺した。
だがその間に、他の連中の態度や表情から、同じことを考えているのだと察したセラが、魔法を使って門番共を皆殺しにしていたのだ。
無表情のまま棒立ちした5人の門番、その首に、ツーッと赤い筋が通る……そのまま頭がポロリした、吹き上がる血、汚ったねぇ何とやらだな……
「もう良いや、皆出て来ても構わんぞ、馬車はその辺に停めて、全員でこの屋敷に乗り込もう、途中で逆らう奴が居たらその場でぶち殺せ」
『うぇ~いっ!』
前回はマーサだけであったが、今回はカレンとマーサ、2人の力で扉を蹴破り、建物の中へと侵入する。
中に居た兵士が異様にビビッていたのが気掛かりであったが、関係なく殺して先へ進む。
公爵の部屋の扉もキッチリ破壊し、通算二度目となる公爵の居室への侵入を果たした……
「うわっ!? あ、あなた方は……」
「そうだよ、異世界勇者様とその仲間のウサギさんと、それから今回は他の大切な仲間たちも一緒だ、久しぶりだなロン毛メガネ野朗」
「そ……そういえば以前石版をお送り致しましたよね、お受け取り頂けたでしょうか……」
「それはとっくに受け取って解析まで済ませた、で、今回は貴様と、それからこの町に住む生意気な連中の命もお受け取りしようと存じて馳せ参じた次第にごぜぇますだ、わかったら死ねっ!」
「ぎぃぇぇぇっ! 少しお待ち下さいっ!」
「は? 貴様この間約束したよな、魔族とか獣人とか、その辺に対する差別意識を改革して……」
「いえっ、一時はどうにかなりそうだったのですっ、しかし見たでしょうこの町の現状をっ! 少しばかり予想外の事態が生じておりましてっ、それでもしかしたらあなた方にご迷惑をっ!」
「ほう、じゃあその予想外の事態とやらについて詳しく教えるんだ、くだらない内容だったらわかってんな?」
「は……はぃぃぃっ! 実はですね、この町や付近の町村に伝わる伝説の中に……」
公爵曰く、この付近の連中が後生大事にしてきたくだらない伝説の最終節に、『空が瘴気に染まりしとき、異種族によって我らの里が滅ぼされん』というものがあるそうだ。
そしてつい先日、伝説通りにこの町を含む一帯の空が、瘴気によって黒く染まる事件が発生したのだという。
それが何によるものなのかは不明なのだが、おそらく西の四天王関係と見て間違いない。
可能性が高いのは、四天王軍が利用しようと考えていた『落ち聖国人の村』を、俺達が滅ぼしてしまったため、その代替地を選定するために上空を通ったということだ。
まぁ、ここは場所的に王都からかなり遠いし、拠点候補にするには少し弱いような気もするが、とりあえず『人族の町村』を一通り見て回った可能性もあるからな。
「で、それにビビッて一般人は全員家の中に引き篭もっていると、そして馬車に乗った『異種族』が現れて門番とかもピリピリしていると」
「はい、そういうことになります、この町の人間にとって獣人は『異種族』、もちろん魔族もドラゴンも精霊も、あなたが異世界人だと気付いたら異種族扱いして侮蔑するような輩が出てこないとも限りません……」
異種族に恐れをなして隠れているわりには、それを見つけると攻撃したり、はたまた蔑んだりするというのか。
ここの住人は本当に救う価値のないクズ野郎ばかりということだな。
しかし公爵の話によると、俺達が目的地としている温泉郷も、この町と同じような状態に陥っているのだという。
同じ伝説を共有しているのだから当たり前といえば当たり前だが。
このままでは旅行……じゃなかった強化合宿の目的が達成出来なくなる、ここは一発ぶちかましてやろう、温泉はその後だ……




