375 巨額損失
「勇者様、連中の取引が行われる場所が割れましたよっ!」
「おうっ、いつどこでやるんだ?」
「王都の西の外れ、本当に建物の少ない場所にある建物で明後日の夕方です、どうもあの市民団体が最近購入した物件のようで、周りにあるのはせいぜい城壁ぐらいですかね、超田舎です」
「わかった、じゃあ昼過ぎから現地にて張り込み、取引開始の直前、法人28号の関係者が現地入りした直後に襲撃する、『勇者を滅する市民の会』だっけか? あの連中は皆殺しだ」
王都内なのに田舎、というのが妙に気になって仕方がないのだが、おそらく雰囲気的にそういう感じというだけのことなのであろう。
城壁に囲まれた円形都市であるこの町においては、どこかの都にあったような超絶原風景を拝むことなど出来ようはずもない。
セラが持って来た地図で場所を確認する……なるほど、周りに建物がないことをもって『田舎』としているのか、確かに半径1km程度には家屋敷が存在しないようだ。
というか、王都の土地はもっと有効活用すべきじゃないのか? ターゲットの建物がある付近だけでも、確実に小さな経済圏を1つ形成出来る土地が余っているではないか……
「なぁマリエル、この取引現場を物理的に破壊したらさ、ここを中央公園、ここを市場みたいな感じでさ、色々と誘致をしてみないか?」
「ええ、この辺りは王宮でも困っていたところなんですよ、例の団体が本拠地を構えていたり、あとそれに雇われたならず者が跋扈していたりするのが寂れた原因だとは思うんですが」
「……これすらも奴等のせいなのか、本当に迷惑な連中だな、他にも何かとわけのわからんことをやっているのか?」
「そうですね、この間も『王都の外から入って来た働いていない流れ者が保護を受けられないことへの抗議』として馬車道の真ん中で座り込みをしていましたし、あと『城門の防衛は敵が攻めて来たときに被害ゼロで通過可能なレベルにしろ』というデモもやっていましたね」
「もう意味がわからん、いや、わかり易いな、奴等は王都を崩壊させたいのか」
「だと思います、バックに付いている国外の連中が侵攻し易くなるように、王都を弱体化させるのが本来の活動目的なのでしょう」
それで王宮をはじめとした権力者や、俺達のようなメインの戦闘員に噛み付いているのか。
ちなみに民衆からの支持率が最も高い(世論調査結果:支持する137%)筋肉団にすら嫌がらせをしているらしい。
そしてそのような連中が、駄王(世論調査結果:支持する12%)や王宮(世論調査結果:支持する21%)、さらには異世界勇者(世論調査結果:死ね38%)に対して何もしないということはあり得ないのだ。
とばっちりなのは比較的、というか普通に支持率の高い勇者パーティーのメンバーである。
確かカレンやリリィなんかは支持率が500%を超えていたはずだ、これは一部のオタクが投票券を大量に購入したせいもあるが、『民衆から支持されている』というのは紛れもない事実。
だが、それらもまとめて嫌がらせの対象にしてしまっていることにより、奴等、つまり鬱陶しい市民団体の支持率はもはや地の底である。
もちろん一般的にやって良いこととは到底考えられない活動を王都中で繰り広げていることも、その嫌悪される理由の一端となっているのは明らかなことだが。
と、明後日にはチリになる連中のことを考えていても仕方が無い、今日も元気に法人28号の業務を妨害するため、町に繰り出すとしよう。
その日も含めた取引予定日までの2日間、俺達は王宮前広場や商店街、さらには王都津々浦々の路地裏を回り、精力的に法人28号の妨害をしていった。
奴の勢力拡大と、俺達の妨害活動による減退が拮抗しているらしく、町で見かける金ピカ野朗の数はあまり変動していない。
いや、心なしか小さい奴の割合が増えてきたか、少しはこちらの力が上回っていそうだな。
そして、作戦が執り行われる明日には、俺達の圧倒的大勝利が決定的になるのだ……
※※※
「よしっ、出発するぞ、行き先は王都西、取引が行われる敵の本拠地だっ!」
『うぇーい!』
翌日、午前中のうちに屋敷を出た俺達は、馬車の中で昼食のサンドウィッチを齧りながら西を目指す。
この間馬糞とバナナの皮を撒き散らした馬車道はまだ復旧していないようだ、よって別の道を行くこととした。
「何だかアレだな、とても王都の中とは思えない風景になってきたぞ」
「ええ、あそこなんかほら、数万年前の古代遺跡だわ」
「いや、それはそこだけちょっと異常だ、だけど他も畑と田んぼだらけだし、本当の意味で超田舎みたいだな……」
稲穂が風に揺れる田んぼの横を通る砂利道、途中で見かけたのは乗合馬車の『馬車停』ぐらいのものか。
錆びてボロボロになった停留所の看板と、その後ろにある木で出来た待合所、クソ田舎の必須アイテムだ。
道端には道祖神と思われる地蔵、これも田舎アイテムだ、しっかり首がある辺り、近所に悪ガキの類は生息していないらしい。
「勇者様、雪の日に、地蔵の頭に傘を被せると面白いわよ」
「何だ、後からソリ引っ張って屋敷に来るのか? じょいやさーって」
「あら、勇者様の世界にもそのイベントはあったのね」
「それは伝説上の話だったんだが……で、何が貰えるんだ?」
「いえ、家財道具を一式持って行かれるわ」
「地蔵のやることじゃねぇだろっ! とんでもない連中だな……」
「でも倒したときのドロップアイテムが美味しいのよね、冬になったらやってみましょ」
「・・・・・・・・・・」
いくら押し込み強盗と化しているとはいえ、お地蔵様を討伐してドロップアイテムを、などという気にはなれない。
まぁセラがどうしてもと言う場合で、金目のものがドロップするなら考えなくもないが……
その後、地蔵に被せる傘の話で盛り上がっていると、どうやら目的地付近に到着したようだ。
クソ田舎の里山、その麓にある家屋とは思えない建物……怪しい宗教施設としか思えない。
遠巻きからその建物の様子を見ると、何人かが頻繁に出入りし、応接セットや生け花、茶菓子などを運び込んでいる。
取引の準備か、きっとやって来る金ピカ野朗を手厚くもてなすつもりなのであろう。
良く見ると、建物の壁にはパチンコ屋の新装開店バリに花輪が並んでいるではないか。
どれも関連団体から贈られたもののようだ、ここで敵の組織名を確認しておこう……
『王都から城壁を取り払う住民会議』
『王国軍武装解除評議会』
『王都を帝国人に明け渡そう会』
『王国民を骨抜きにして不当な侵略戦争をやめさせる会王都支部』
……他にも色々とあるようだが、これ以上は確認しても無駄だ。
連中の目的は一貫して、王国を弱体化させ、自分達に都合の良い新支配者を招き入れることである。
もし実際にそういう外敵と戦争になったら、奴等はこぞって外患誘致、外患幇助、内乱、その他諸々の犯罪で敵に与するはずだ。
そういう輩は見つけ次第殺す、これは台所の『G』に対処するのと同じ心構えでいかなくてはならない。
「あっ、隠れてっ! 向こうから馬車が沢山来るわよっ!」
「ガタゴト言ってます……結構重たいもの……鉄みたいなのを運んでますよ」
耳の良い2人が、その姿を認める前に馬車の接近を察知する、きっとここの関係者だ、そして運んでいるのはおそらく……
「……見えてきたぞ、凄い護衛の数だな、それにあのトランク、間違いないな」
「でもお金を運んでいるにしては変ですよ、ね、精霊様」
「そうね、あれはちょっとおかしいわ」
トランクを大量に積み込んだ荷馬車に、その全方位を固めるようにして張り付く完全武装の傭兵。
一見して支払い用の金貨を運んでいるようにしか見えないのだが、お金に大変詳しいミラと精霊様が疑問を呈している。
「おいミラ、何がおかしいのか教えてくれ」
「静かに……一応金貨が積んであるみたいですね、でもあの音は……」
「金貨と鉄貨が擦れる音ね、きっとトランクの上面だけ金貨で、あとは全部鉄貨なのね」
「いえ精霊様、鉄貨の音とは少し違うような気がします、きっと形だけ真似た粗悪な贋金かと」
「……あ、そうみたいね、ちなみにアレを見て、一番上の小さいトランクは全部金貨が入っているわよ」
「・・・・・・・・・・」
良くわからない議論を交わす2人、俺にも理解出来たのは、どうやらあの連中が運んでいる金貨はごく僅か。
僅かと言っても相当な大金なのだが、少なくともスキルカード50万枚を購入出来る金額ではない。
奴等、法人28号すら騙すつもりだ、小さいトランクにギッシリ詰まった金貨を見せ付け、それだけで取引を済ませる。
念のため全てのトランクを開けてくれ、と言われても、表面だけはキッチリ金貨になっているという寸法だ。
法人28号の奴、受け取った金をそのまま飲み込んでいるからな、それが不足していることに気が付いても後の祭である、すぐに仕入分の返済が履行不能となったことが確定し、ボディーが強制執行で消えていくはず。
あの団体の連中はおそらくそれを知っている、きっと俺達が町でやっている妨害活動とその結果を、陰に隠れてこっそり見ていたに違いない。
しかしそうなるとアレだな、このまま放っておいても法人28号は大損失、クズ団体の方もスキルカードがまるで役立たずであることを知って大ショックだ、導入を決めた幹部が粛清されるかも知れないな。
ということは俺達が何かする必要もなく……いや、攻撃開始を前にしてユリナの目が期待に輝いているではないか、ここで中止などとはとても言えない……
まぁ良い、多少なりとも金貨が支払われてしまう以上、放置した場合の奴の損失は軽減されてしまう。
ここは予定通り取引開始を待って、あの建物ごとスキルカードを焼き尽くしてしまうのだ。
そう決意した俺は、まだかまだかとうるさいユリナを宥めつつ、法人28号の現れるという夕方を待った……
※※※
「う~ん、待ち遠しいですの、あ、そうだ、マーサの耳の間を照準器代わりにして、今のうちにロックオンしておきますわ」
「姉さま、あまりふざけているとまた怒られて……」
「あいてっ! ごめんんさいですのっ!」
「ほらお尻を叩かれる……」
調子に乗ったユリナにお仕置きし、そこからさらに1時間以上待機する。
徐々に日が陰り始めて来たころ、遂にマーサが何者かの接近を察知した……
「今度は馬車じゃなくて大八車よ、古紙回収の車と同じ音がするわ」
「おう、間違いなくスキルカードだな、てか法人28号の奴、社用馬車ぐらい持ってないのかな?」
「無駄な出費はしないんでしょ、お金にしか興味がない証拠だわ」
「精霊様にそう言われるとは、奴はとんでもない守銭奴だな……」
しばらくして見えてきたのは金ピカ野朗、しかもそれが10体以上。
3mを超える巨大な奴が先頭に立ち、その後ろに中サイズの奴が付いて、大八車を引っ張っている。
集団は茂みに隠れた俺達の横を通過し、クソ団体の待つ建物へと向かった。
到着と同時に案内係と思しき男が出迎える、どうやら中に通すようだが、スキルカードの乗った大八車はどうするつもりだ?
「あっ、そのまま運び込むつもりよっ! すぐに取引が始まるわ」
「……そろそろ頃合だな、両陣営揃って中に入ったし、ユリナ、殺って良いぞ!」
「はいですのっ!」
尻尾の先に魔力を集中させ、それを解き放つユリナ。
取引の始まろうとしている建物の中がパッと光り輝いたと思うと、壁の塗料が熱せられて煙を上げる。
次いで窓から噴き出す紅蓮の炎、数秒後、腹の底から抉られるような凄まじい衝撃波を感じた……
『ぎゃぁぁぁっ! 何じゃこりゃぁぁぁっ!?』
『す、スキルカードが、50万枚プラス特別サービス分5万枚のスキルカードがぁぁぁっ!』
粉々に砕け散ってなお燃え上がる建物の残骸、その中から吹く数人の声が聞こえる。
もちろん全て法人28号の声だ、あの状況で生きていられる自然人はそうそう居まい。
『あ、あ……あぁっ、あぁぁぁっ!』
などと考えた次の瞬間、その残骸で喋っていた声の主が一斉に、耳を劈くような断末魔の叫びを上げた。
金貨が空へと上がって行く、スキルカードの販売に失敗し、連中のボディーで弁済させられているのだ。
「ちょっと見てっ! そっちじゃなくて町の方! 凄いことになってるわよっ!」
「何だ? いや……マジで何だよアレ……花粉でも舞ってるみたいな色だな……」
「いえ、舞っているのは全部貨幣よ、王都中の法人28号が弁済の対象になっているんだわ、それと……」
西の空を指差す精霊様、王都の中心部に負けず劣らず、凄まじい数の貨幣が、まるで逆流する滝の如く空へと吸い上げられている。
あそこにあったのは法人28号の本拠地、そしてやられているのは奴のオリジナル体のはずだ。
置物のタヌキを髣髴とさせる姿であった法人28号オリジナル、どれだけ痩せたのか見に行ってみよう。
ということで馬車に乗り込んだ俺達は、一路王都西門を目指した。
もともと西の外れに居たのだ、広い道はないが、西門まではすぐである……
※※※
西門を潜り、森の手前にある法人28号の本社社屋を目指す、既に貨幣の流出は止まっているようだ、先程まで見えていた黄金の滝が消えている。
「ご主人様、向こうから誰か来ますよっ!」
「向こうって言うと反対側からか、もしかして法人28号オリジナル?」
「え~っと……顔はこの間のタヌキさんと同じだけど、何かすっごい痩せてますね……あ、でも『デュアルコア』はそのままみたい」
「リリィ、そういうモノを見てはいけませんっ!」
「は~い!」
反対側から走って来るという人影は法人28号オリジナルで間違いない。
だがどうしてこちらへ向かっているのだ? 逃げるのであれば反対側だろうに。
もしかして王都で最後の勝負、いや商売を企んでいるのか? だとしたら止めなくてはなるまい。
その後すぐにバッティングする俺達と法人28号オリジナル、お互いにその場で向かい合い、俺達は馬車から降りて戦闘態勢を取った……
『貴様等ぁぁぁっ! 今度は何をしてくれたぁぁぁ!? どうして我が法人生最大の取引があのような結末に終わったのだぁぁぁっ!』
「いや、別に俺達は関係ないぞ、たまたま見つけた敵組織のアジトを全焼させただけだ、なぁユリナ」
「そうですの、運び込まれていた変な紙切れもついでに燃えたようですが、そんなこと私達には関係ありませんわ」
『グッ、何ということをしてくれるっ! だがもう良い、我が、すべての法人28号の代表にして本社であるこの我がっ! 自らの営業テクで、たった今仕入れたこのスキルカードをっ!』
「おっと、そうは問屋が卸さないぜ、いやもう問屋から卸されたのか、でも小売はさせないぜっ!」
本当に馬鹿な奴である、今しがた仕入れたばかりと思しきスキルカードの束、おそらく1,000枚以上だ。
それを毀損すべく狙う俺達の目の前に出し、札束の如く見せびらかしたのであった。
当然その機を逃す俺達ではない、一斉に飛び掛かり、法人28号オリジナルが両手一杯に抱えたスキルカードを滅失させる……
『し、しまったぁぁぁっ! 最後の仕入れが、これでは資金の回収が……あ、あぁっ! 足りない、我がボディー全てを弁済に充てても足りないではないかっ!』
「お、ということはどうなるんだ?」
「魔導コアをイかれるわね……」
精霊様のその言葉が俺の耳に届いた直後、空が、美しい秋の夕焼けを見せていた空が、俺達の真上に限って真っ黒に、ブラックホールでも発生したのかと思うほどに真っ黒に染まる。
良く見ると黒い瘴気の雲が渦巻いているではないか、空間が裂け、そこだけが魔界と直接繋がっているのだ。
そして渦巻く瘴気の雲から、無数のイバラが姿を現す……いや、アレはトゲの生えた根っこだ……
根っこは地面に向かって伸び、明らかに法人28号オリジナルを、いや、その股からぶら下がっている『デュアルコア』を狙っている。
『……ま、待ってくれ、我にはまだ商売の秘策が……それにこんな連中に邪魔をされなければまだっ!』
『……言い訳無用、弁済が不可能であることを確認、金銭に強制執行を掛けてもなお売買代金債権の満足を得ないことを確認……対応策検討中……』
『あぁっ! 嘘だろうっ、我はこんな所で終わりたくないっ!』
今度は元来た方角を目指して走り出す法人28号オリジナル、逃げ出そうというのか、しかし空から伸びる根っこも付いて来ているぞ……
『……逃げないで下さい、逃げないで下さい……ビーッ、対応が決定しました……一番根抵当権実行、法人向け魔導コアを魔界競売に掛けます……』
『なっ、あげっ……ぎゃぁぁぁっ!』
見てしまった、法人28号オリジナルの股にぶら下がったキン……じゃなかった『デュアルコア』がブチッといかれる瞬間を……いかん、これは立っていられそうにない……
しゃがみ込んで空を見上げると、根っこに包まれた法人28号のデュアルコアが、空に渦巻く瘴気の雲に消えていったのを認めた。
すぐに秋の夕暮れが戻って来る、終わった、ここまでとんでもない量の貨幣が魔界に流れてしまったが、これでひとまずその流出はなくなったのだ。
「あぁーっ!? ちょっとアレを見て下さいっ! 王宮の方ですっ!」
「何だ、今度はどうしたって……黄金の滝だ……」
驚いた様子のマリエルが指差した先には、先程も見た貨幣の滝。
だが今度はまた違う、空へ向かう逆の滝ではなく、地表に向かって落ちる通常の滝だ。
「……そうかっ! さっき差し押さえられたデュアルコアがもう換価されたんだっ!」
「みたいね、あの大きさと品質だとたぶん金貨1億枚ぐらいにはなるでしょうから、スキルカードの仕入れ値を全部弁済しても相当余るわね」
「で、その精算金をどこに返したら良いかわからなくて、とりあえず王宮の前提に落としている、そういうことだな……」
金貨が降り注いでいるのは間違いなく王宮の敷地内、おそらく黄金の湖が出来上がっているはず。
そして、王宮の官吏が総出で、必死になってそれを回収しているはずである。
ここ最近頭を悩ませていた王国の財政難であったが、これをもって余裕の解決を見たそうだ……
ここで第八章を終え、明日からは第九章に移行します。
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明日からも午前1時更新となりますので、引き続きお楽しみ頂けると幸いです。




