373 本体はここに
「来てる、来てるぞっ! ジェシカ、もう免停とか許してやるからとにかく急げっ!」
「ジェシカちゃん、後ろに取り付かれたわよっ!」
「やむを得ない、リヤバンパーごとパージする!」
「え? ちょっと待って何だその機能は?」
御者台のボタンをポチッと押すジェシカ、後ろのバンパーがガタンと外れてしまったではないか。
確かに取り付いていた金ピカ野朗は落下したが、バンパーだってタダじゃないんだぞっ!
「ジェシカちゃん、まだ付いて来ているわよっ、このままじゃ集られちゃうっ!」
「クッ、デコイ発射!」
「馬車にデコイとか搭載してんじゃねぇっ!」
デコイは一定の効果を発揮しているようだ、襲い来る法人28号の集団は、およそ半分程度が馬車後方から発射された何かに気を取られ、そちらに攻撃を仕掛けている。
だがそれに騙されなかったおよそ半分が、全速力で走る馬車を優に越えるスピードで付いて来るではないか。
徐々に距離を詰められている、窓から顔を出した精霊様が攻撃を続けているものの、ほとんど足止めの効果は得られず、むしろ関係のない町の家々に被害を及ぼしているだけだ。
「精霊様、もう攻撃は諦めるんだっ! あまり町を破壊すると後でうるさい連中が出てくるぞっ!」
「……確かにそうね、変な『市民の会』とかが屋敷の前で抗議しそうだわ、勇者パーティーはやめろって」
「そうだ、ああいう連中はどこにでも沸いてくるからな、ここはジェシカに任せよう、まだ何か仕掛けがあるみたいだしな」
「では最も重い主殿をパージして……」
「それは勘弁してくれ、他なら何でも良いから」
「わかった、ではここで最終兵器の投入だ、馬糞発射!」
「マジかよっ!? くっさーっ!」
どこに蓄積されていたのか、大量の馬糞がフレアの如く発射された、臭い。
言い方が『まぐそ』なのもまた臭さを助長しているが、これもかなりの効果だ。
馬糞を踏んだ法人28号は全てが転倒し、さらに後続がそれに足を取られ……凄い、大半が馬糞塗れになって地面に転がっているではないか。
だが、広場から西へ伸びる王都のメインストリートの1つは馬糞だらけ、とんでもない臭いを放っている馬糞だらけになってしまったのだ。
これはまた市民団体がうるさいな、あいつら王都民でもないくせに、どこからともなく沸いてきやがる、さらには1人でも殺すと次の日には数が増えているから性質が悪い、死人の肖像画を持ってデカい声で叫ぶのはやめて欲しい……
と、そういう性根の腐った連中への対応策は後で考えるとして、今は残りの敵にどう対処するかだ。
既に馬車の秘密兵器は全て発射し尽くした、残敵数は……15体程度か、さてどうしようか。
「ねぇ、私が食べたバナナの皮、使う?」
「おっ、でかしたぞマーサ、いつもなら昼食で50本もバナナを食っているなんてと咎めるところだが、今日に関してはよくやった!」
「えへへ、褒められちゃった」
別に褒めたいわけではないのだが、とにかくマーサの足元にあったバナナの皮入りダンボールを手に取る。
そこへ最後の一皮が投げ込まれ、バナナの皮トラップはこれで全てだ。
馬車後方からそれを一斉に撒き散らす、池の鯉に餌をやるよりも、プールに塩素を撒くよりもさらに激しく、道一杯に黄色が広がるイメージでの散布である。
貨幣をボディーの基礎としている法人28号は重い、地に足を付け、しっかりとした足取りで俺達の馬車を追う。
だがその安定感こそが、バナナの皮トラップの効果をさらに高める要因となるのだ。
ムギュッと、力強く踏みつけられたバナナの皮は、その繊維が解され、ヌルッとした例えようのない感じを醸し出す、それが凄まじいスリップ力を発揮するのだ。
地面と足の摩擦抵抗を限りなくゼロに近づけるバナナの皮は、法人28号を『初めてスケート場に来たおじさん』に変える。
ツルリと滑って転倒し、起き上がろうとしてまたツルリ。
無様な光景だ、貴様等はそこで一生そうしているが良い……
遂に全ての法人28号を捲いた俺達は、そこから悠々と馬車を走らせ、精霊様の握り締めた金貨の指し示す方角を目指した……
※※※
西の城門が見える、どうやら金貨の指し示す場所は王都の外にあるようだ。
まぁ、当然といえば当然だな、頻繁に貨幣が飛来する場所など、王都内にあれば既に大騒ぎである。
冒険者や盗掘団、学術調査の名目で侵入する輩などで大賑わいになっていないとおかしい。
城門を出た俺達は、そのまま馬車で西を目指す、金貨はまだまだ飛び立とうとしている……
「リリィ、ここから森までの間に建物が見えるか? まっすぐ先だけで良いからちょっと確認してくれ」
「え~っと……森の手前ぐらいに知らない建物がありますよ、この間まではなかったと思います、あと金ピカです」
「おう、わかり易くて何よりだな、きっと金貨はそこを目指しているんだ、精霊様、もう手を離しても構わんぞ」
「……イヤ、絶対にイヤよ、この金貨はもう私のものなの、何があっても絶対に手放したりなんかしないんだからっ!」
「そ……そうですか、無理すんなよ……」
今現在精霊様が握り締めている金貨であるが、これは本来法人28号オリジナルのボディーを構成しているはずのもの、つまり奴の本体を倒さない限り、そこへ向かって飛び去ろうとするのだ。
精霊様はそれをわかっているのか? これから今回の事案が終結を見るまで、日がな一日昼夜問わず、四六時中握り締めていないと占有を継続出来ないのだが……
まぁ良いや、苦労するのは俺ではない、精霊様なのだ。
もちろん面倒事に巻き込まれそうなら、無理矢理にでも手を離させる。
だがそれまでは必死で金貨をキープせんとする様子を眺めておこう、面白そうだしな。
と、そんなことを考えている間に、俺の目にも建物の様子がはっきりと見える位置まで近づいてきた。
確かにゴールドの建物、家というよりは俺のプレハブ城に近い、非常に効率的で洗練された形状、つまり真四角のボックス型である。
だがその大きさはかなりのものだ、おそらく俺達の屋敷と同等、いや、高さがある分それよりも広い面積を擁しているはずだ。
ただあの土地、間違いなく国有地だよな……不法占拠を告発して国に罰金を取らせるか? それに成功すれば、僅かかも知れないが俺達の作戦は前に進むはずである。
やりようによっては、本来権利を有するはずの国に対する『懲罰的賠償』を命じることも出来そうだし、ここは告発の一手だな、まぁ、それは後でやっておくこととしよう。
今はそれよりも精霊様の方が面白い……
「ぐぬぬぬっ……」
「もう諦めなよ精霊様、その金貨、当分握り締めてないとダメなのよ」
「イヤッ! 絶対に諦めないわっ!」
「全くミラと言い精霊様と言い、どうしてそんなにお金が大事なのかしら?」
「お姉ちゃん、さすがに私はあそこまでがめつくないわよ……」
飛び去ろうとする金貨の力に必死で絶える精霊様、森の脇にある金ピカ建物へ近付くにつれ、その力がどんどん増しているようだ。
もはや座ってなど居られない、馬車の中央に立ち、中腰になりながら目を血走らせている精霊様は実に滑稽である。
……と、マリエルが立ち上がったではないか、もしかして助太刀してやるのか?
「……フフッ、アハハッ! 見て下さい勇者様、今ならなんと、精霊様に日頃の感謝の気持ちを伝え放題です」
「感謝の気持ちって、お前その顔は完全に復讐するつもりだろ」
「大正解ですっ! さぁ精霊様、まずはお尻ペンペンからですよ~っ!」
「ちょっと、やめなさいよマリエルちゃん、今はふざけている暇ではなくて……あでっ、いたっ……覚えてなさいよ……いった~ぃっ!」
ニヤニヤしながらやりたい放題のマリエル、もちろん後程きっちり仕返しされるということは、本人も重々承知のうえでの犯行なのであろう。
それに対して必死で抵抗する精霊様であるが、金貨を握る両手が塞がっている以上反撃は出来ない。
ただただ恨み節を吐くだけの、これまでの精霊様史上最も情けない姿である。
「マリエル、そろそろ到着するからその辺で許してやれよ」
「わかりました、もう私も十分に満足なので……」
「ふぅ~っ、助かったわ……」
「と見せかけて最後のカンチョーッ!」
「はうぁっ! あ、あ……いやぁぁぁっ! 金貨が、金貨が飛んで行ってしまったわっ! 早く追い掛けてよっ! あれは私の大切な金貨なのぉぉぉっ!」
泣き崩れる精霊様、『これでヨシッ』感を出しているマリエル、ようやく勇者パーティーの主戦力である精霊様の両手が、金貨の呪縛から解き放たれたのである。
メンタルはかなりヤられてしまったようだが、この先にある建物はその金貨が集結する場所。
そこで大量の金銀財宝を目にすれば、きっとやる気を取り戻してくれるはずだ。
とりあえず精霊様を引き起こし、席に座らせて慰めながら、目前に迫った金ピカの建物へと馬車を進めた……
※※※
「うぅ……金貨が、あんなに必死で守ってきた金貨が……これじゃあ得たものゼロで、頑張った分だけ大赤字じゃないの……」
「まぁまぁ、金貨ならこの先大量に拝見出来るんだぞ、でも魔界に飛んで行くのを掴もうとするなよ、そのまま吸い上げられたらどうなるかわからんからな」
「そんなっ!? そこにある金貨に手を出せないなんてっ、もはやこの世界に存在している意味すら失われてしまうわっ!」
精霊様の存在する意味とは一体何なのであろうか? 少なくとも金貨を手に入れるためではないということだけは確かなのだが、神に近い『精霊』というものが居るということは、この世界にとって何か重要な働き、または要素となっているに違いない。
と、それはさておき金ピカ建物の前に到着した、『法人28号本社ビル』らしいが、定礎はおよそ1ヶ月前の最新建造物である。
「ほら見ろよ精霊様、壁が純金製だぞ、ちょっとぐらいなら削ってもバレないぞっ」
「ふんっ、そんなこと言ったって私の気持ちは……金だ……金じゃないのぉぉぉっ! これ、ここからここまで全部私のものね、異論は認めないわ」
「精霊様、既に私がそこまでキープしています、だから精霊様の分はそこからで」
「あら、そうだったのね、そしたら私は屋根を貰うわ、それからどうせ床も金でしょうし、そっちは半分こしましょ」
一瞬にしていつものノリを取り戻した精霊様、ついでに目を輝かせたミラと2人で、表面が純金になっている本社ビルの取り分を決め始めた、しかも勝手にである。
この2人は無視して、まずはこの金ピカの建物へ入ってみよう。
おそらく中には法人28号オリジナルが鎮座し、王都から送られて来る金貨を吸収して肥え続けているはずだ。
「え~っと、これが入口か、全部山吹色に輝いているから何が何だかわからんぞ」
「しかも鍵が掛かっているわね、外側からして既に純金なのに、それに鍵を掛ける必要があるのかしら?」
「わからんが、とりあえず呼び出してみよう、すみませ~んっ! お届けもので~っす! 居ますかぁ~っ?」
『……む? 宅配のようだな、指定した時刻より少し早いようだが……まぁ良い、今扉を開けるゆえ少し待つが良い』
目の前でガチャッという音が響き渡る、誰かが鍵を開けに来た様子はなかったのだが、きっとここも法人向け魔導コアの力で制御されているのであろう。
次いで扉もゆっくりと開く、中の様子は……光り輝く黄金が眩しくて全然見えない……だが中からは俺達のことがはっきりと見えているようだ。
『何だね君達は? てっきり注文してあった「アルバイトスタッフ100匹詰め合わせ」が届いたものだとばかり思っておったのに、いや、もしかして君達がそうなのか? 無選別とのことだからあまり期待してはいなかったが、まさか数量まで不足しているとは、もう要らん、キャンセルするからとっとと帰りたまえ』
「いやいやいやいや、バイトが宅配で来るわけないだろ、現地集合ならまだしも、宅配とかとんだ人権侵害だよっ! ちなみに俺達は勇者パーティー、バイトではなく貴様を屠る者だっ!」
『あ~、そういう飛び込み営業とか不要の極みだから、てか君達、我が忙しいのは見ればわかるよね? 早く帰らないと憲兵を呼ぶけど、どうする?』
「だから勇者なんだってばっ! 憲兵さんは俺達のみ・か・たっ! お前が敵で悪い奴なの、わかる? わかったら入るから、おじゃましまーっす!」
『あ、ちょっとこら君達、不法侵入は法令違反で……』
建物の中に入って初めて見える敵の顔、モチーフとなっているのが怪人四百二十面相であることは何となくわかる。
だが巨大化し、でっぷりと太ったそのボディー、もう完全にアレだ、老舗の何とかの前に置いてありがちな、傘を被ったタヌキの置物だ。
「おい金ピカ野朗、ここのところかなり儲かってるらしいじゃないか? 少し俺達にも金を分けてくれよ、あ、スキルカードでも良いぞ」
「主殿、スキルカードは要らないだろう、危険だし、それにほら、王都の中に居る小さいのから奪い取れば良いのだからな」
「おっと、それもそうだな、これを奪われるとチビはたちまち経営破綻するみたいだけどな、まぁ、俺達にとってはどうでも良いことか、ガッハッハッ!」
『……君達……君達が邪魔をしていたのかね? 今日は新規設立法人の倒産件数が多いと思っていたら、まさか……いや、そこまで卑劣なことが出来るわけない……』
「ん? 出来てるよ、残念だったなこのクソ野朗、自然人でもない分際で調子に乗るからこういうことになるんだ、悔い改めて消滅しやがれ、このスキルカードもゴミ箱へポイだ」
『クッ、本当にスキルカードを、よもやそんなことが現実に……』
そんなこともこんなことも、あんなことすらない、俺達はこの法人28号への対抗策を具備し、正義の名において業務妨害を執行しているのだ。
当然コイツも『悪』、そして四百二十面相亡き今、その悪の親玉なのである。
俺達の正義が奴の法人向け魔導コアに届くのは、もはや近い将来確実に起こることだ。
「で、ショックを受けているところ悪いが、貴様の魔導コアとやらを見せてみろ、ちょっとどんなものなのか気になってな」
『……ハッ! そうではないか、我にはまだこの魔導コアが存在するのだ、しかも王侯貴族すらも手が届かぬ超高級品、これがある限り自然人などに負けはしないっ! で、我が魔導コアを見たいのかそこの自然人よ?』
「グダグダうっせぇ奴だな、喋ってないで早く見せやがれ」
『そうか、では見るが良いっ、これが、ここにぶら下がっているのが我が2つのコアだっ!』
「……タヌキのキ○タマじゃねぇかぁぁぁっ!」
法人28号オリジナルがボディーを覆っていた布を取り払い、ジャーンといった感じで指差して見せてきた『モノ』、完全にキ○タマである、タヌキの置物の、最下部に位置するキ○タマだ!
「全くしょうがないもの見せやがって、なぁ精霊様……精霊様?」
「……あ、あれは伝説の、伝説の『デュアルコア』じゃないのっ!」
『そう、我がコアは伝説と名高いデュアルコアなのだ、たとえ神であっても破壊は不可能とされる法人向けコアの中で、さらに究極のセキュリティを発揮するもの也!』
「いや、だからタダのキン……と、だからどうしたってんだ、見た目的に急所じゃないか、勇者パーンチッ……いでぇぇぇっ!?」
なんと、タヌキの置物のキ○タマは激カタであった。
俺の全力勇者パンチにビクともしない、というかむしろ右手の骨が全て粉砕骨折してしまったではないか。
「クソッ、一体どういうことだよ? キ○タマの分際でそこまで硬いなんて、まさか豪珍術でも使ったのか?」
「攻撃なんかしたって無駄よ、魔導コアってのはそもそもが伝説級の金属、オリハルコンで出来ているの、だから神にも破壊出来ないって言ったでしょ」
「神が無理でも異世界勇者たるこの俺様なら……」
「何を言っているのかしらこの異世界人は、あのね、さっき判明した通り、奴のコアは伝説のデュアルコア、オリハルコンの純度も普通のものと比べ物にならないわ、凄く硬いなんてもんじゃないのよ」
「具体的には?」
「純度109.99999999999%といったところね」
「100%超えてるんだが……」
もはや意味不明だがとにかく硬いらしい、というか、この世界に来て『オリハルコン』という言葉を初めて聞いたな、冒険も終盤に近付いているということか……
『ワハハハハッ! どうするね君達、我がコアは破壊不可能、そしてそうこうしている間にも、分体共は大会社へ、そして新たな分体を創設して、更なる利益を追求しているのだ。もうすぐこの世界の経済は我が法人のものになるのだが、そのときはよろしくっ!』
「な~にがよろしくだこの独占禁止法違犯野朗が、良いか? 絶対にそのキ○タマの所有権を失わせて、貴様そのものをぶっ潰してやるからな、覚悟しておけっ!」
『おっと、威勢が良いではないか、それで君、ここで具体的に何をしようというのかね? ん?』
「いえ、今日は帰らせて頂きます、お邪魔しました」
『はいどうも、本当に邪魔なのでもう二度と来ないように』
完全に敗北して金ピカ社屋から出る、腹いせに壁の純金でも削っておこう。
と、削ったらすぐに変な警報が鳴り出した、すぐに逃げないと逮捕されそうだな。
馬車に乗り込み、急いでその場を後にする、今日はもう妨害活動終了だ、夕方だし、敵の金ピカ野朗共も営業を終えている頃であろう。
「しかし困ったな、このまま地道に妨害を続けていくしかないのか?」
「そういうことよね、デュアルコアだっけ? あんなの破壊出来そうもないし、そもそもアソコに付いている時点で攻撃したいと思わないわ」
「ですよねーっ」
これといった対策が思い浮かばないまま、馬車は西門から王都へ入り、そのまま屋敷を目指す。
到着した屋敷の前では……変な市民団体が抗議活動をしているではないか、疲れてんだから勘弁してくれよな……




