372 邪魔人
「おぉ~っとすみませんっ! うっかり強酸性の液体を溢してしまいましたぁぁぁっ!」
『げぇぇぇっ!? 何てことをっ、これではスキルカードが、大切な商品がぁぁぁっ!』
「いやぁ~っ、これは実に申し訳ないことをしてしまいましたっ、ではサヨナラ」
『待てっ! が賠償しろぉぉぉっ!』
「やなこった」
ゴールドの体を持つ馬鹿野朗、今日も危険なスキルカードを販売し、その儲けで自己を成長させようと企む。対してこちらが取るのは営業妨害作戦、まずは1体目、手に持っていた商品の束に、瓶に入った薬品をブッカケしたやった。
最初は怒り、必死で追い掛けて来た法人28号の分体であるが、そのうちに諦め、地に膝をついて泣き崩れている。
かなり小さめの個体で、しかもスキルカードは半端でない量を持っていたからな、アレを全て失った以上、奴は終わりなのであろう。
そうだ、この後こいつがどうなるか、様子を見てみよう……
『……うぅ、あと10秒で支払期限が……お、終わりだ……あ……あぎゃぁぁぁっ!』
「何だか前回の奴と様子が違うな、ちょっとだけ体が残ったぞ」
「でもそれも溶け始めたわよ……あ、飛んで行ったわ」
完全に融解し、空に向かって飛んで行くものだとばかり思っていた。
だが一旦体の一部が残りそれは空に上がったメインとは別に、西を目指したのである。
これは期限が到来した支払をすべて済ませたところ、僅かに残った金銭、というか体の構成要素があったということだな。
だがそれだけでは活動する分量に達しておらず、大元の法人28号に回収されたと……つまり奴は西に存在しているということになるな……
「ねぇ勇者様、ちょっと儲かってそうな奴を観察してみない?」
「どうしてだ? そんな奴ガンガン邪魔してどんどん痩せ細らせて、消滅するまでいじめ倒せば良いだろうに」
「いえね、さっきの奴も言っていた『支払期限』てのが到来? するとどうなるのか、見てみたいなと思って」
「なるほど、じゃあ1回だけ、普通に様子を見てみようか」
確かにセラの言う通りである、ここまで2体、支払が出来ずに倒産した個体を見てきた。
だが支払期限が到来した際の本来的な処理というのがどのようなものなのか、それを確認していなかったのである。
ということで比較的図体の大きい、儲かっていそうな奴にターゲットを切り替え、それを追跡した……一度だけチンピラにカードを販売するのを見逃してしまったが、確認のためなので仕方ない……
「あ、何か知らないけど立ち止まったぞ」
「……しゃがんだわね、どうするのかしら?」
徐にしゃがみ込んだ法人28号、路地裏とはいえそのスタイルはアウトだろ、そしてそこから気張り出すのは完全なる反社会的行為だぞっ!
『ふぬぬぬぬっ、だぁぁぁっ(ブリブリッ)!』
ウ○コしやがった、ケツから金貨や銀貨が漏れ出し、それはこれまで通り上空へと向かう。
なんという支払方法であろうか、というか、魔界で待っている神はこの方法で排泄された金であるということを知っているのか?
いや、知らないのであろう、もしも俺がとんでもない悪神であったとしても、あんなとんでもない出し方をされたブツを受け取ろうとは思えないからな。
……と、全て出し終わったかのように見えた法人28号がなかなか立ち上がらないではないか。
『ふぅ~、次は上納金だっ! ぬぉぉぉっ(モリモリモリッ)!』
またしてもひり出された貨幣、今度は西へ向かって飛んで行く。
おそらく支払のタイミングでは、魔界に納める仕入代金、プラス西に居る大元の法人28号に上納する分の排泄が行われるのだ。
「汚いわねぇ……」
「とんでもねぇ野郎だな、しかもこんなことを王都中でやってんだぜ、公序良俗違反もいいとこだ、早急に滅ぼさないとだぞ」
「でも見て勇者様、あいつ、さっきよりもちょっとだけ小さくなったような気がするわよ」
「本当だ、まぁ結構な量の金貨や銀貨を出していたもんな、というか、売上に対して奴の所に残る貨幣の割合って、実はかなり少ないんじゃないか?」
「そうよね、利益はほとんどが大元に吸い上げられて、元々の商品の代金も魔界に取られちゃうんでしょ、だとしたら残るのはちょっと哀れな金額だけになりそうだわ」
見た目だけはゴールドできらびやかな印象の法人28号、だがその商売の実態は、どうも薄利多売の大バーゲンセールであるようだ。
1枚当たり銅貨5枚程度で仕入れたスキルカードを銀貨1枚で販売、粗利は銅貨5枚分だ。
そこからさらに、上納金としてかなりの割合を持っていかれる、結局残るのは銅貨2枚か3枚なのであろう。
そう考えるとかなりキツい商売だな、だがフランチャイズのコンビニなどと同様、現場は苦しめられ、疲弊しつつも、大元である法人28号オリジナルには凄まじい利益が飛び込んでいるはずだ。
ここから西のどこかに存在している法人28号オリジナル、奴も王都の中で活動している分体と同じ見た目をしているのであれば、その体は既にとんでもなく巨大なものになっているに違いない。
「さてと、確認も済んだし、ここからはまたお邪魔虫作戦に戻ろうか」
「そうね、お昼時までは頑張りましょ」
あり得ない『上納』の光景を見せられてしまった俺とセラは、必ずや法人28号を撃滅するという決意を胸に秘め、敵の多いと予想される商店街を目指した……
※※※
「さすが商店街、凄い数の敵が居るな」
「金ピカだから見つけ易いってのもあるわね、とりあえず路地裏に行ってみましょ、外野もうるさいし……」
ここはいつも利用している商店街、特に普段から買い物係を買って出ているセラにとっては庭のようなものだ。
その辺の屋台の店主、仕事もしないでフラフラしている冒険者、顔なじみらしい近所のババァから頻繁に話し掛けられ、とてもじゃないがメイン通りで行動することなど出来ない。
ということでそのまま路地裏を目指すと……居る、ターゲットになりそうなチンピラも所々に屯しているが、それよりも金ピカ野朗の方が多いんじゃないかというレベルだ。
「あっ、今の見た? あいつ分裂したわよっ、腕がブチッと取れて新しいのが発生したの」
「どれどれ……あ、あれか、最初の狙いが定まったな、ちょっと魔力の塊でも出してくれ、小さいので良いからな」
セラが興奮気味に指差した方を見ると、比較的大柄な法人28号、そしてその横には、今しがた新設分割によって独立したと見られる小さな法人28号。
と、元になったらしき方が何かを指導している。
それを受けた新しい方が両手を広げ、天を仰ぐような格好をした……一瞬だけ瘴気が漂い、次の瞬間には奴の手の中に大量のスキルカード、仕入の瞬間だ。
「ああやってスキルカードを魔界から受け取っていたのね、あ、はい魔力玉」
「おう、向こうには何か転移装置みたいなのがあるんだろうな、と、ありがと、これを投げ付けて……」
新法人28号は仕入を終えてスキルカードを手にし、これからそれを換金、得た金を魔界に返すという活動を始めようとした矢先、俺の放り投げた魔力玉の直撃を受ける。
ついでに元になった方も巻き添えだ、奴もまだスキルカードを持っていたようだからな……
『何だ? ぎゃぁぁぁっ! あっ、仕入れたばかりのスキルカードが……全部……』
『わ、我のものもだ、クソッ、一体誰がこのような真似を……』
「あ~、すみませ~ん、ちょっと『魔導手榴弾』でキャッチボールしてたんですよ~、そっちにボールが行ったと、あ、爆発しちゃったみたいですね~っ、いやはや残念、セラ、新しいものを出しなさい」
「へへぇ~、どうぞお取り下さい」
「うむ、ご苦労であった、下がってよろしい」
『き、貴様等がやったのかっ!? どうしてくれるのだ、我はまだ良い、いや良くはないが、こっちの者は今ので全てが終わり、このままでは消滅する運命なのだぞっ! すぐに被害額を賠償せいっ!』
「やなこった、だれがてめぇらみたいな金ピカ変態野朗に金を恵んでやるというのだ? これでも喰らえっ!」
『なっ!? だぁぁぁっ! うぇっふぉっ! げふぉっ……』
魔導手榴弾2号を投擲する、今度は大量の煙が出るタイプのようだ、さすがセラ、俺の欲するものが良く理解出来ているようで大変に助かる。
2体の法人28号がむせている間にそこを通過する。
途中、発生したばかりの新法人28号が瓦解し、金貨が空に上がっていくのが見えた。
仕入からその代金の支払期限までがそんなに短いとは思えない。
きっと『滞りなく支払を続けられる可能性』がゼロになった段階で、すぐに強制執行が入る仕組みなのであろう。
これなら小さいのを潰していくのは簡単だな、逆に言えば既にそれなりの儲けを出している、大きな個体はなかなか手強いということにはなるが。
まぁ、その大きな個体も徐々に分裂していくのだ、発生したチビを潰していけば、それに伴って必ず全体としての質量が減っていくはずだ。
問題はひとつ、このまま倒したチビへの強制執行が続けば続くほど、王都から魔界に流れる貨幣が多くなる、即ち王都の貨幣流通量が減っていくということだ。
それは町中の法人28号が、普通に営業を続け、魔界への支払やオリジナルへの上納をしていった場合も同じ、この戦いが長引けば、国家の財政どころか町の企業、家計分野までもが破綻してしまう。
そうなる前に法人28号オリジナルを潰さねば、だが奴本体に辿り着くためには、まず今も生産され続けているであろう分体を始末しなくてはならない。
今回は直接攻撃し、物理的に破壊することが意味を成さないゆえ、このような回りくどいやり方をしなくてはならない、本当にクソみたいだ……
「ほら勇者様、ボーっとしてないで次行くわよ」
「おっと、すまんすまん、で、次のターゲットは……アイツでいこうか、ちょっとデカいが」
「あら、凄い数のスキルカードね、500枚はあるんじゃないかしら、あんなに仕入れてどうするつもり?」
「大口の顧客でも見つかったんじゃないのか? ほら、キョロキョロせずにまっすぐ歩いているし」
とりあえず追跡してみる、身長3mはあろうかというサイズの法人28号は、路地を抜けて商店街も出て、わりと閑静な高級住宅街へ入って行った。
と、そこで1軒の家、いやこれは邸宅と言うべきか、その敷地の中に入るようだ。
俺達もそれに続き、コソコソと身を隠しながら庭に不法侵入する……
※※※
「護衛の人もスルーみたいね、てことはアポを取ってあったのよ」
「やっぱり、予約注文した馬鹿な金持ちが居たんだろう、転売して稼ぐか、それとも適合者を探すとかいうありがちな敵組織アクションをかますかだな」
どちらであったとして、それはもろくなものではない、ここで止めておかねば無関係の一般人が被害に遭うおそれがあるな。
すぐに出て行って叩きのめすこととしよう、セラも隠し持っていた短剣を抜き、戦闘態勢に入っている。
今日は市街地での行動ゆえ聖棒は持っていないが、ここの見張り程度なら素手でも楽勝のはずだ。
「行くぞ、準備は良いか?」
「バッチリよ!」
「……オラァァァッ! 討ち入りじゃボケェェェッ!」
「えっ!? 何だ貴様はっ!」
「天誅!」
「ぎぃぇぇぇっ! し、死んだっ……」
建物の入口を見張っていた用心棒を殺し、ドアを蹴破って中に入る、玄関に飾ってある金の砂時計は貰っておこう。
と、その玄関のすぐ傍に、ちょうど掃除をしていたと思しきメイドさん、驚きと恐怖で固まり、その場から動くことが出来ないようだ。
「おいコラそこのメイド、殺されたくなかったら今尋ねて来た金ピカ野朗がどこへ行ったのかを吐け」
「……あ、あああ、あっちですっ!」
「そうか、もし嘘だったらお前を殺しに戻って来るからな、そこで待っとけ」
「はいぃぃぃっ!」
メイドさんの指し示した方へ向かうと、明らかに邸宅の主人が使う部屋であるとわかる豪華な扉、中から話し声が聞こえてくる……
『え~、スキルカードのリスクについてはおわかり頂けましたようですね、ではこちらの契約書にサインを』
『うむ、これの適合者を探し出して雇用すれば、わしの私軍も最強フルバーストということじゃの、すぐに王宮へ攻め上って、わしがこの国の統治者となってやるのじゃ、ガハハハッ!』
どうやらクーデターを計画しているジジィのようだ、なるほど、スキルカードを適当に使いまくり、適合者を全て雇用、死んだ者はそのままどこかに隠すつもりか。
とんでもないジジィだな、この場で殺すのはもったいない、憲兵に連行させて公開処刑にするべきだ。
「どうする勇者様、もう突入しちゃう?」
「ああ、ただし殺すんじゃないぞ、まずはスキルカードだけ全部お釈迦にしてやるんだ」
「わかったわ、せ~のぉっ!」
セラと2人で扉を蹴破る、ハッとこちらを見る禿げたデブジジィと金ピカ野朗、周りには可愛いメイドさんが5人、そして薄汚い面の傭兵が10人、思ったよりも護衛が多かったな。
「やいやい貴様等、今の話は全部聞かせて貰ったぞ、今のうちに降参しておけば拷問と残虐処刑ぐらいで良いにしてやるが、どうする?」
『何だねチミ達はっ!? 今は私が先に商談を……あ、あぁぁぁっ! なんてことをっ!』
最も早く平静を取り戻し、俺の言葉に反応したのは金ピカ野朗であった。
だがもう手遅れだ、ススッと後ろに回ったセラが、短剣でテーブルの上にあった大量のスキルカードを切り刻んでしまったのである。
『ぎゃぁぁぁっ! 我がボディーがぁぁぁっ!』
毀損したスキルカードはテーブル一杯に堆く積まれる程度の分量、この法人28号はそれを全て掛で仕入れ、そして全てを換金前に失ってしまったのだ。
当然3mの巨体であっても弁済可能な金額ではない、すぐに強制執行が始まりその輝くボディーがバラバラになっていく。
形を成した貨幣は窓を突き破り、そのまま空を目掛けて飛んで行ってしまった……
「さて、降参する奴は……何だセラ、護衛は全員殺したのか」
「だって暇だったんだもの、でもメイドさんは殺してないから安心して」
可愛い5人のメイドさんは両手を挙げ、膝を地面に突いている。
そのうち1人に命じ、憲兵の詰所に出頭させた、もちろん俺からの書状を持たせてだ。
すぐにやって来たジジィに連行されるクーデタージジィ、これから家宅捜索、それで証拠が出ればそのまま処刑、もし出てこなかった場合は拷問で無理矢理自白させ、ついでに適当な罪状もでっち上げて処刑するとのことだ。
メイドさんは玄関の掃除をしていた者も含めて全部で13人、とりあえず連行するが、罪に問えるかは定かでないという、全員可愛いから別に無罪でも良いか。
傭兵は全員殺してしまったし、広場で公開処刑されるのはあのジジィだけだな。
いや、この邸宅で仲間が芋蔓式に摘発されれば、まともな公開処刑イベントが組めそうだ、それに期待しよう。
そういうイベントではもちろん敵も動きを活発化させるだろうし、無いよりはあった方が良いのだ……
「さてと、午前中はこれぐらいで良いにして、お昼を買って馬車に戻りましょ、きっと皆そうしているはずだわ」
「そうだな、じゃあもう一度商店街に戻ろうか」
クーデタージジィ宅を出て商店街に戻り、適当に買い物をして馬車へ戻る。
中に人影が複数、やはり皆食事のために戻っているようだ……
※※※
「う~っす、おつかれさ~ん」
「あ、ご主人様、私の分のお肉は買って来てないんですか?」
「カレン、金は一緒に行ったサリナに渡したはずだぞ、どうして自分達で買って来なかったんだ?」
「だって、ねぇサリナちゃん」
「ええ、私達2人で行動したのは失敗でした、特に今回のような路地裏での作戦では……」
2人でチームを組んだカレンとサリナ、意気揚々と路地裏を目指したのは良いが、この2人は見た目が見た目である。
知らないおじさんに腕を掴まれたところから始まり、人攫いに囲まれ、上からネットが、下に捕獲用トラップが……と、作戦の遂行が一切出来ないまま、誘拐犯を何人も捕らえて憲兵に感謝されたのみであったという。
それで昼食を買うこともせず、ほうほうの体で馬車に逃げ帰ったということか、さすがにかわいそうなのでここで叱るのはやめておこう。
まだ全員揃っていないのだし、仕方がないので俺が2人の分の食事を買って来よう……と思った矢先、未だ戻っていなかった最後の2人、ジェシカと精霊様がこちらに走って来るのが見えた……
「何を急いでいるんだあの2人は? まぁ良いや、カレン、サリナ、とりあえず俺の分を食べて良いぞ」
「やったーっ!」
「何かすみません……」
とりあえず2人に俺の昼食を与え、もう一度走る2人を見る、かなり焦った様子で……それはそうだよな、後ろから大小様々な金ピカ野朗が追って来ているではないか……
時折、精霊様が振り返って水の弾丸を発射する、しかしそれを受けて大穴を空けた法人28号のボディーは、すぐに形を取り戻す、攻撃は一切無効のようだ。
「お~い、大丈夫か~っ? どうして追いかけられているんだ~っ?」
「説明は後よっ! ジェシカちゃん、すぐに馬車を出しなさい!」
ダダッと馬車に乗り込む精霊様、ルビアが馬車の方向を変え、良い感じのポジションになった御者台にジェシカが飛び込む。
その間にも迫り来る大量の法人28号、そしてよく見るとジェシカがスキルカードの束を、精霊様はガタガタと動く金貨を数枚握り締めているではないか。
なるほど、俺達はスキルカードを毀損、倒れたチビ法人28号から飛び立つ貨幣はスルーしていた。
だがこの2人は一味違う、そのどちらをも奪い、持ち去ったというのだ。
「出発するぞっ! 揺れるから気を付けてくれっ!」
「おうっ、どっちへ行くんだ?」
「見て、この金貨はしきりに西へ飛ぼうとしているのよ、これの行きたがる場所を目指しましょ」
精霊様が掴んだのは魔界行きではなく、法人28号オリジナルに上納されるべき金貨のようだ。
これを辿れば奴の所へ辿り着く、今の段階で倒せるかは不明だが、姿を見てみるのも良いかも知れない。
だがその前に、この追い掛けて来ているのをどうにかしないとだぞ……




