36 B級パニックという名のコメディ
「勇者殿っ!おぉ、既に起きていたか、どうやらまた魔王が幻影を出すようだぞ!」
ゴンザレスよ、貴様等がうるさすぎて目が覚めたのだ、朝のランニングは掛け声無しでやって頂きたい。
仕方なく外に出ると、前回と同じように巨大な魔王の幻影が徐々に濃くなっていく。
だがここはその真下である、王宮に向かって呼びかけているようだが、城壁の外に居る俺達からはパンツしか見えない。
今日の魔王は紫のTバックを履いていた、ガチ勝負パンツである。
『人族よ、間もなくこの町に新たな魔将が到達する、魔将は勇者を打ち破り、貴様らを皆殺しにすることだろう!』
『勇者も聞いているのであろう、震えて待つが良い!』
聞いているしパンツも見えています。
一方あちら側では、幻影の魔王ではないと思われる声が混じる…
『魔王様に申し上げます、現在勇者は幻影で表示されたお姿の真下に居るようです!』
『…え? てことはもしかして…』
『ハッ!おパンツ丸見えにて御座います!』
『イヤァァァァァッ!』
悲鳴を上げてしゃがみこむ魔王の巨大Tバック尻が凄い勢いで迫ってくる、焦って事態を悪化させたようだ、遠慮なく堪能させてもらおう。
『おのれ勇者めっ!ゾゾビンに連絡して臭っさいゾンビをマシマシにしてやりなさい、あと実験に失敗して出来た変な生物も送り込むのよ!』
『畏まりました!』
『勇者めぇ!絶対今日中に息の根を止めてやるわ!』
魔王の幻影、もとい巨大Tバック尻は消えてしまった。
この後幻影を出しっぱなしになっていて着替えを…とかいう展開まではないらしい。
しばらく待つとウォール家やハッタモット家の面々も到着する。
やはり臭いゾンビとの接近戦はイヤなのだろう、両家共弓兵だけで来ている。
「やぁ勇者殿、魔王の幻影を下から覗き込むとは、なかなかやるではないか!」
「いやたまたまさ、それに怒らせてしまったようだしな…」
「まぁ魔王の無様な姿を見ることができたんだ、それだけで十分価値のある攻撃と言えよう、ところで筋肉団の面々は下で戦うつもりなのか?」
「そうなんだ、あの連中は俺達とは感覚が違うらしい。溶鉱炉を風呂にしているぐらいだしな…」
「それは頼もしいな、彼らの活躍に期待しよう!」
2つの貴族家の連中は、まだ戦闘開始まで時間があると踏み、周囲の偵察に出かけていった。
俺達はそんな面倒なことをしたいとは思わないため、一旦作戦司令部に戻る、ちょっと会議だ。
「良いかリリィ、ゾンビは好きに燃やしても構わんが、なるべく筋肉達を燃やすなよ、死にはしないと思うが焦げたら臭そうだ。」
「わかりました、気をつけて燃やします。」
「セラ、精霊様、それからユリナは屋上から魔法で攻撃、ルビアとサリナも同位置でサポートな。」
「わかったわ、建物に侵入されたら一旦中に戻るわね。」
「それで良いが、なるべくなら建物への侵入は避けたい、ゾンビを相手にするときはそれが鉄則だ。中に入れると収拾がつかなくなるという基本原則があるからな。」
その後も会議を続け、全員の位置が決まった。マリエルはまたしてもお飾りの総大将、ミラはマトンと一緒に指揮、ジェシカ曰くキャリルは弓も多少出来るらしいのでバトラーと一緒に出るだろう。
俺とカレン、魔物を呼んだ後のマーサと剣しか使えないジェシカはやることが無い。
適当に遊んでおこう。
会議が終わってまったりしていると、シールドとバトラーが戻ってきた。
「森の方からゾンビの大群が接近している、腐り具合によって進行速度がかなり違うようだ。そろそろ第一陣が見える頃かも知れない。」
「わかった、リリィは外に出ろ、他は一旦屋上に上がろう。マリエルは剣を掲げて偉そうなことを言え。」
屋上に上がると、森からうようよとゾンビが出てくるのが見えた。
足が速いということはかなり新鮮なゾンビなのだろうが、それでもかなり気持ち悪い。
マリエルが下手糞な乾杯の音頭みたいな口上を述べ、戦闘員の士気を高めた。
ちなみにリリィの制御はキャリルにお願いした。
下に居るのはキャリルを除いて戦闘狂と変態ばかりだからな。
本来は俺が行くべきなんだろうが、階段とかダルいし、そもそもゾンビに近づきたくない。
ゾンビたちが近づいてくる、リリィのブレスよりも前に、貴族家ご一行の弓が一斉掃射される。
3発撃ち終わったものから建物に戻り、俺達の居る屋上に上がってくる。
ゾンビ相手に降りて戦ったという実績を作る、そのためだけの行動であったようだ。
リリィがブレスを連発し、その後は筋肉達が突撃する。
疲れ切ったリリィは人間形態になり、キャリルに抱っこされて屋上に上がってきた。
「それじゃ、魔法攻撃班は行動開始!ルビアとサリナもサポートを始めろ!」
屋上のメンバーが魔法を打ち込む、貴族家の者達も矢を放ち始めた。
「しかしこれじゃあ味方を巻き添えにしてしまうな…」
困ったことになった、下で乱戦している敵味方のうち、味方の『王都筋肉団』と敵の『実験に失敗して出来た変な生物』が瓜二つなのである。
もちろん近くで良く見れば何となくわかるのであろうが、この距離だとその判別は難しい。
「大丈夫のようだ勇者殿、筋肉団は矢や魔法が当たったぐらいは気にも留めていない。他方、敵の生物は悶絶して倒れる。まとめてやってしまえば良いだろう。」
どんだけ丈夫なんだあいつらは…
というかもう鎧がボロボロだぞ、もしあのまま噛まれて筋肉ゾンビになったら大変だ、魔将とかどうでも良いぐらいの最強ゾンビが誕生しそうだ。
「ルビア、間違っても筋肉団員がゾンビにならないように注意深く見ておけ。少しでも怪我をした様子なら回復するんだぞ。」
「わかりました、失敗したら今夜叱ってください。」
失敗したら今夜は訪れないかも知れない…
とにかくここは踏ん張ってもらいたいところだ。
「よし後はお任せとしよう、待機班は司令部に戻るぞ。」
カレン、マーサ、ジェシカを連れて元居た部屋に帰ってくる。
司令部に置いてあった干し肉は全部リリィが食べてしまったようだ。
昼食が無くなってしまったが、リリィは頑張ったので文句を言うことは出来ない。
「カレン、下に行って屋外で使えそうなチェアを一つ持って来てくれ。」
「わかりました、入れ物が大きいと持てないのでジェシカちゃんを連れて行って良いですか?」
「構わん、ジェシカも行ってやれ。マーサは真面目に働いているミラとマトンに茶を出せ。」
3人がササッと動き出す。
俺は動かない、ついでに疲れ切っているリリィもベッドに横たわって微動だにしない。
「ご主人様、これで良いですか?」
カレンとジェシカが持ってきたのはビーチで使うようなパラソル付きのチェア、完璧だ。
「よし、早速それをマリエルに届けるぞ、大将が突っ立って居る訳にはいかないからな。」
屋上に戻り、中央にチェアを設置、マリエルを座らせる。
ついでにグラスに入ったブルーハワイ的なドリンクも持たせておいた。
これで誰がどこから見ても人間側の総大将であることがわかるはずだ。
ついでに戦況の方も確認しておく、筋肉達は押されているようだ。
向こうは数の暴力で押し切ろうという構えである、弓や魔法の援護があっても対処し切れない圧倒的多数である。
魔王の幻影がゾンビマシマシって言ってたもんな…ちょっと梃入れをしよう。
『お~いっ!筋肉団は一旦後ろに下がれぇ~っ!』
続々と建物付近に集まってくる筋肉達…あれは変な生物の方か?
とにかくそれらしき形状のものは建物の近く以外には見当たらなくなった。
「精霊様、一旦後ろに押し流してくれ!」
「わかったわ、一気に森の辺りまで行くわよ!」
精霊様が出した大量の水がゾンビ達を森の手前まで押し流す。
手前に残ったわずかな敵は、筋肉達が速攻で片付けた、これで少し休憩できるであろう。
ゾンビ達は再びこちらに戻ってくるようだが、一部は腐った体のパーツが脱落し、行動不能になっている。体が完全に崩壊して活動を停止しているゾンビも居るようだ。
倒したゾンビの中にコアがあれば魔物、無ければ魔族であるが、見分けは付かないし気持ち悪いから調べようとも思わない。
これでしばらくは大丈夫そうだ、もう一度本部に戻ろう。
「見てください勇者様、マトンちゃんが魔将ゾゾビンの似顔絵を書いてくれました!コイツを探しましょう。」
「似顔絵って、どいつもこいつもただの腐った死体だろうが。判別なんぞ付くわけがない。」
「いえ勇者様、ゾゾビンさんと補佐のお2人はもう腐りすぎて歩けなくなっているはずです。何か乗り物に乗っているのが当たりのはずです。」
なるほど乗り物か、それを探せばいちいち鑑定なんぞしなくともおおよそ検討はつくわけだ。
「わかった、ありがとう2人共、ちょっと休憩しながらやってくれよ。」
「ええ、適度に休憩しておきます。」
「私は上のシールド様に差し入れでも持って行こうかしら。」
2人共頑張り過ぎそうな性格である、特にマトンが倒れたりすると俺がシールドに怒られる、気をつけて欲しい。
「あの、主殿…逆に私はさっきチェアを運んだ以外何もしていないのだが、戦ってきてはダメだろうか?」
「ダメだ、ジェシカは剣しか使えないだろう、接近戦でゾンビの汁を浴びたりしたら家に上げないからな、外で飼うぞ。」
「ううっ…なかなか酷いことを言うのだな。」
「それでも敵の魔将補佐ぐらいは任せてやっても良い、筋肉達が殺ってしまわなかったらだがな。」
「感謝する、しかし主殿に反抗的な態度を取ってしまったな…カレン殿、折檻してくれ。」
「わかりました、頬っぺたを抓ってあげましょう!」
カレンがやり易いように少し顔の位置を下げてやるジェシカは健気である。
そしてどう考えても俺よりカレンに懐いている。
「いひゃいっ!ごめんははいっ!」
変なカオだ…
「カレンとマーサは今回戦闘無しで良いな?」
「私はアレを爪で攻撃する気にはなりません、今回はパスです、武功も要りません。」
「私なんか素手よ素手、あんなの殴ったらこっちまで腐ってしまうわ。」
マーサの今回の仕事は参謀係のミラとマトンへのお茶出し、それから俺の肩揉みとなった。
カレンは膝の上でもふもふの尻尾と耳を提供してくれればそれで良い。
「なぁ、今日中に魔将が現れるかな?」
「そうですね、敵の数が減ってくれば出てくるのではないでしょうか?あの方は自分では動けないので、崩れないようにゆっくり運ばれてくると思いますが。」
全く以前のシオヤネンといい今回のゾゾビンとか言う奴といい、どこが強いというのだ?
「なぁ、マーサ、マトン、そのゾゾビンとか言うのはどうやって魔将になったんだ?明らかに弱いだろソイツ。」
「たしか実技試験の対戦相手を匂いで気絶させたとか…」
「あと面接も面接官を失神させたそうですよ、もちろん匂いで…」
案外ヤバイ奴なのかも知れない…
そんな話をしていると、魔力を切らしたセラが降りてきてお菓子を食べ出した。
こうなってしまうともう魔法使いは役立たずの穀潰しでしかない。
「さっきからどうも敵が強くなってきているのよね…」
「セラさん、それは敵軍が中衛に差し掛かった証拠です。足は遅くなりますが、ゾンビは腐りかけが一番強いですから。」
その肉は腐りかけが、みたいな言い方はよしてくれ…
「よくわからんがようやく半分か、もう一度精霊様に梃入れをしてもらおうかな…」
そのとき、屋上に居たシールドがダッシュで駆け込んでくる。
「大変だ勇者殿!建物に侵入された!こっちも降りて戦う他ない!」
「仕方が無いな…ミラ、ジェシカ、行けるか?有刺鉄線を巻いた棍棒を持て!」
近接戦が出来るメンバーのうち、ゾンビ耐性が高い2人を連れて行く、シールドに続いてバトラーとキャリルも降りてきた。
「お前らもこの武器を使うか?」
「いや、それは貴族が振り回して良いモノじゃない気がする…」
「俺も要らない、そっちのバールのようなものも恥ずかしいから要らない…」
シールドとバトラーには拒否されてしまった。
キャリルは受け取ろうとしたが、バトラーが止めた、せっかく作ったのに!
モール内に侵入したゾンビはそこまで数が多くなかったが、それでもかなりの匂いである。
吐きそう、俺は来なければよかった…
「良いか!頭だけを狙うんだ、頭を潰せば動かなくなる!他はいくらやっても意味がないからな!」
「勇者殿はゾンビに詳しいのだな、さすがは異世界人といったところか。」
6人で侵入ゾンビを一気に片付ける…車椅子のようなものに乗り、比較的新鮮なゾンビに引っ張らせている奴が居る!
「おい、ジェシカ!あのうち片方を殺って良いぞ、魔将補佐だ!」
片方に駆け寄るジェシカ、鎧を着た女騎士が有刺鉄線の付いた棍棒でゾンビを滅多打ちにしている…
もはやこの光景が何なのかわからなくなってきた。
もう一方はシールドとバトラーが2人で討つ、ゾンビで、しかも魔王軍の魔将補佐を討ったとなれば、2人同時でもなかなかの功績になるであろう。
残りのゾンビは俺とミラ、それからキャリルで片付けた。
しかし弱っちい魔将補佐だったな…ここまで腐ったのなら引退しろよ、老害か?
ジェシカがぐちゃぐちゃになった敵の首を切り落とし、嬉しそうにこちらへと持ってくる。
行動パターンがカレンと同じになってしまったようだ。
「おいジェシカ、それは後で貴族家の家臣連中に預けろ!屋敷には持って入れないからな!」
どうせ実家に送るつもりであろう、こういう輩の考えていることは想像が付く。
結局首は屋上に居たハッタモット家の家臣に預けることにしたようだ、キャリルの武功と一緒に帝国の復興担当者に送ってくれるらしい。
顔を顰めながら首を受け取るおっさん、その反応が正常なのですよ!
しかし魔将補佐が出てきたということは将の方も近いということか?
と、突然下からゴンザレスの声がする。
『お~いっ!見えるか?何か変なのが出てきたぞ!』
お前が十分『変なの』と言えるのだが?
しかしよく見るとそれ以上に、明らかに変なのが森から出てきた。
いや、運び出されてきた。
白木の箱に入り、腹の上で腕を組んだゾンビ、それを新鮮なゾンビたちが両側から担いで運んでいる。
既に納棺されてるじゃねぇか!何でそんなのが魔将なんかやってられるんだ?誰かおかしいと思わなかったのか!?
『ゴンザレス!聞こえるか?あの棺桶ゾンビをこっちに運んできてくれ!あれじゃノロすぎて敵わん、速攻で頼む!』
『わかった!葬式風に持って来てやろうではないか!野郎共、行くぞ!』
魔法攻撃班と弓兵が道を切り開き、そこを筋肉団が突破していく。
棺桶を担いでいた新鮮なゾンビ達を捻り潰し、その白木の箱を奪うゴンザレス。
中身は相当腐ってきているようである、形を崩さないよう、振動を最低限にして運ばなくてはならない。
『よし、持ってきたぞ勇者殿!ここからどうする?』
『溶鉱炉の鉄をぶっ掛けてやれ!』
筋肉の1人がレバーを操作すると、溶鉱炉で煮え滾っていたアツアツの鉄が御遺体魔将ゾゾビンに降り注ぐ。
白木の箱は燃え尽き、冷えた固まった鉄がゾゾビンを鉄の像に変えていく。
『ひっくり返して裏面もしっかり固めるんだ!バリとかは後で削って整形すれば良い!』
どんどん鉄を掛けていく筋肉達、というかお前らにも相当掛かっているのだが?
ともかく、御遺体魔将は元よりも二周りほど大きい立派な鉄の像となった。
これを整形して王都の広場に飾った後、王宮の宝物庫で保管しよう、せっかくだからシオヤネンの横に置いてやることにするか。
作業が終わったようなので降りていく。
固まった鉄の像は何やらもごもごと言っている、口が動かせないのにどうやって喋っているのであろうか?
「おいマーサ、コイツは何を言っているんだ?」
「さぁ、そっち系の魔族の言葉じゃない?ユリナちゃんなら通訳できるかもね。」
ユリナを呼んで通訳させる…
「どうも自分のこれまでの功績を伝えるから、像として飾る際は横に掲示しておいて欲しいそうですわね。」
「冗談じゃねぇよって言ってやれ!」
再びユリナと会話し出す魔将入り鉄の像、しかしユリナがため息をついて諦めたような仕草をする。
「もうダメですわこの方、まだ1,000年も生きていないような若造がどうのこうのと延々…」
とんでもねぇ老害だったな…
「よし、じゃあコイツを運んで王都の業者に加工して貰おう。」
「しかしご主人様、誤って鉄を割ってしまったら出てくるんですわよね…大丈夫でしょうか?」
「心配しなくて良いだろう、こんな奴…」
「まぁ、そうですね…」
残りのゾンビ達を復活してきたリリィの全力ブレスで灰にし、精霊様が消火して戦いは終わった。
「しかし今回は魔王の姿も拝めたし、魔将も弱かったしでラッキーだったな。」
「勇者様は楽していただけでしょ、私も魔力切れまで戦ったし、リリィちゃんなんてもうヨレヨレじゃない。」
「馬鹿だなぁセラは、俺だって階段を上ったり降りたり大変だったんだぞ!」
「あんな大きい施設を設計するからでしょうに…」
「あの、ところで勇者様、ちょっとあの施設に関してよろしいですか?」
「何でしょうミラさん、欲しくなっちゃった?」
「いえ、私のお小遣いではあんなもの維持できません、単純にどうするのかと思いまして、使わずに放置したら赤字の垂れ流しですよ…」
「ああ考えてなかったな、良いだろうどうせ国の金だし、おいマリエル、お前何とかしろ。」
「別に良くないでしょうか?放って置けば誰か住むんじゃないかしら?」
「だよな、面倒だからもう考えないことにしようぜ。」
「勇者様がそう言うのであれば…」
3日後マリエルは財務大臣から超怒られたらしい。
城門の外にあるそのモールは、以後酒などの王都の城門を通過するのに税がかかる品目を扱う免税店となり、人気を博した。




