367 狙撃からの狙撃
「あっ! やっぱり手前の連中に当たって気付かれたわっ!」
「仕方ない、次だ次、どんどん撃てっ!」
俺にも見えた、セラの放った魔法が、手前の建物の屋根に居た集団に直撃したこと。
そしてそこで生じた凄まじい衝撃波に、ターゲットが何事かと振り向いたのだ。
四百二十面相は直ちに攻撃を受けたということに気付き、回避のための行動を取ったところまでは確認出来た。
だがその後どうなったのかまでは、舞い上がった土埃や屋台の破片などでわからなかったのである。
セラの攻撃が着弾した直後から、ユリナと精霊様も攻撃を開始した。
まともに狙いを定めず、乱雑に、おおよその場所を破壊していく感じだ。
最初の着弾から数秒、無差別な魔法攻撃は屋台を、広場のタイルを、そして周囲の建物を破壊していく。
おそらく一般市民への被害はとんでもないことになっているはずだが、ここの連中は元々『死んでも構わんクソゴミ』ばかりなのだ。
若干名の助命対象を除けば、吹っ飛ぼうが焼き尽くされようが、中途半端に傷を負って苦しみながら死のうが、俺達にとっては全く気になるものでもない。
「良いぞ、良い感じだぞ、間違いなく奴もあの中で苦しんでいるはずだ」
「あ~、お肉屋さんの屋台がグチャグチャに……食べられるお肉は残ってますかね?」
「リリィ、もし食べられそうな雰囲気のお肉があったとしてもだな、それは『お肉屋さんのお肉(売物の食肉)』なのか、それとも『お肉屋さんのお肉(損壊した死体の一部)』なのかわからないんだ、だから絶対に食べるなよ」
「はーい、残念……」
リリィは肉屋の屋台が破壊されたことを残念そうにしている。
だが今のところ破壊した食べもの系の店はその肉屋のみ。
もちろん先日買い物をした、あの綺麗なお姉さんの串焼き屋台は攻撃の範囲から外しているのだ。
攻撃の開始と同時に、本人がその場から無傷で逃走したのも確認済みである。
後で捕まえて串焼き肉と野菜を焼かせ、それを肴に勝利記念の宴をしようではないか……
「ふぅっ、勇者様、もう魔力半分ぐらいの魔法を撃ち込んだわ」
「私もですの、広場にクレーターが出来ているはずですわよ、見えないけど」
「そうか、じゃあ3人共攻撃を中断してくれ、ちょっと土埃が晴れるまで時間をおこうじゃないか」
少しの間場所を休めることに決めたのだが、引き続き厳重な監視だけは続ける。
視界不良に紛れてターゲットが逃げかねないからな、このエリアから出ようとする全てを目で追うのだ。
村人達は逃げ惑い、可能な限り広場から離れようとする。
だがその中に四百二十面相の姿は見受けられない、逃げずに戦うつもりか、或いはもう逃げ出すことすら叶わない状態なのか……
「あっ、見えてきましたよ、体が半分千切れてますね……そのまま浮いてる……」
「……つまりだ、体半分になっても生きてるし、飛ぶぐらいの力はあるってことなんだな?」
「そうだと思います、わかんないですけど……」
思わずリリィに変な質問をしてしまったが、まだそれに答えられる知能は兼ね備えていない。
というか、この間は腕が千切れただけでもヤバそうだったのに、今回は半分千切れてなお宙に浮く。
きっと使っている面相が違うのであろうが、それをこの間使わなかったとなると、戦闘向きのものではない可能性が高い。
その状態で死なないための、緊急事態に対応する面相か……
などと考えていると、舞っていた土埃がかなり晴れ、俺にも遠くの人影がはっきりと見えるようになってきた。
……居た、確かに体半分、上半身だけの状態で宙に浮かび、その場で静止しているように見える。
「ねぇ勇者様、あれってこっち見てないかしら?」
「う~ん、確かに顔がこっちを向いて……てかさ、攻撃が飛んで来た方がわかってんだし、俺達の位置がバレててもおかしくはないだろうよ」
「じゃあここからは全力で戦いましょ、逃げないみたいだし、向こうもここで白黒はっきりさせるつもりでしょ」
そうか、いつもはあっさり行方を眩ましてしまう四百二十面相が、今日に限っては逆に俺達を見据え、その場から動こうとすらしない。
魔法により遠距離攻撃ではなく、物理で戦うために近付くのを待っているのだ。
本当に、今日この場で俺達との戦いを完全に終えようと考えているのは明白。
ならばこちらも勝負に出る他あるまい……だがもう少し保険を掛けておこう……
「セラ、ユリナ、精霊様、奴は馬鹿だからもう俺達が突撃してくると思っている、そうだろう?」
「ええ、そうじゃないかと思うし、こっちもそう考えているのよ」
「じゃあ逆にもう1回魔法ブチ込んでやろうぜ、しかも近付くフリだけしといてさ」
「……何か卑怯だけどそうしましょ、勝てば良いんだものね」
「その通りだ、一発かましてやるぞっ!」
作戦はこうだ、まずは俺とリリィ、精霊様の3人が空から突っ込む、当然敵は『そのまま向かって来る』と判断するはずだ。
だが接触の直前、俺を乗せたリリィと精霊様は急遽方向転換、その後ろから、速度の極めて速い、ユリナのレーザー火魔法が、という寸法である。
その後は接近した状態から放たれる精霊様の攻撃、リリィのブレス、そこへ遅れてやって来るセラの風魔法をお見舞いし、次いでようやく物理攻撃に移るつもりだ。
俺がリリィの背中から飛び降りて四百二十面相と対峙するのだが、本命はそこではない。
既に先行して斜面を駆け降り始めたカレンとマーサが、奴の背後を取って一撃を加える。
「じゃあリリィ、精霊様、行こうかっ!」
俺達が飛び立った瞬間、上半身だけで浮かぶ四百二十面相が少しだけ、身構えるような仕草を取ったような気がした。
近付くと、特に焦る様子もなくこちらを見据えているではないか。
やはり迎え撃つつもりか、だが残念だったな……
『貴様らぁぁぁっ! よくも我をこのような目に遭わせてくれたなぁぁぁっ! ぶっ殺してやるからさっさと来やがれぇぇぇっ!』
「デカい声だな、体半分なのに」
「相当頭にキているんだわ、まぁ、ああいうのを騙して絶望させるのが楽しいんだけどね」
楽しげな精霊様と、腹が減り始めた様子のリリィ。
並んで飛んでいたのだが、接敵する直前で左右に分かれて奴の横を通過する。
残った左腕でどちらを殴ろうかと考えていたらしい四百二十面相は、拍子抜けしたような表情でそれを見送っていた。
直後にその体を通過する赤い光線、元々半分なうえに、今度は真ん中に大穴が空いてしまったらしい。
「あがぁぁぁっ! 貴様等……よくも……」
「まだ喋れるのかよ、リリィ、精霊様、畳んじまってOKだぞ、あ、セラの魔法がそろそろ来るから気を付けて」
ここからは完全に俺達のターンだ、まずはリリィの攻撃。
「ほんぎょぉぉぉっ! あつっ、あつっ!」
凄まじいダメージだ、四百二十面相は炎上した、次いで精霊様の攻撃。
「じょぼぉぉぉっ! はれひれほれ……」
とんでもないダメージだ、四百二十面相は鎮火した、そこへ、セラの極大風魔法が到達する。
「どびゅしゅべぼへっ!」
前例のない大ダメージだ、四百二十面相はさらに半分に千切れた、満を持して勇者たる俺様の攻撃。
「ぽぴゅっ……」
うん、たいして効いていないようだ、その直後に反対側から現れたカレンとマーサによる攻撃も、今の状態の四百二十面相にはあまり効果がないらしい、いや、俺の攻撃がショボいということでなくて良かった。
「クソッ、せっかく我が420ある面相のひとつ、『バリカタ』で物理攻撃を軽減しようと思っていたのに、普通あそこから魔法とかその他飛び道具でこないだろうに……」
「うるせぇな、喋ってねぇで早く朽ち果てろよ、もう4分の1ぐらいしか残ってないくせに」
「ハハハッ、確かに我が肉体はここで滅びるであろう、だがここで疑問に思うことはないか?」
「疑問に思うこと? それはお前のスキル、面相だっけか? それに関してのことか?」
「その通り、我が特異体質は常時500の面相を保持し、その中から任意のものを表面に出し、力として使用することが可能だ、だが貴様等と出会って以降その数は420、80不足した分はどこへ行ったのかということだ」
「……豚にくれてやったんだろう?」
「む、確かにあの豚には80の面相を与えたな、だがそれだけではない、我が分身として、80どころではない、膨大な数の面相を与え続けた者が、既に活動を開始しているのだ」
「マジかよ、つくづく面倒な奴だな……」
せっかく『怪人四百二十面相』を討伐出来そうな流れなのに、その場で『分身となる者』の存在を告知されてしまったではないか、本気で白ける、空気の読めない情報提供だ。
しかもその分身、既に行動を始めているというのだ、今もどこかで俺達を監視し、攻撃の隙を狙っているのかも知れない……
「最後にひとつだけ教えろ、その『分身』ってのはどんな奴だ? 顔とかそっくりなのか?」
「……ゴールドなのだ、全身が金、その実態は金、そして目的は利益の追求だ、我の与えし面相を用い、この世の富全てを奪い尽くす存在であるっ!」
「わかった、じゃあそろそろ次の魔法が到達するから、それで消えてなくなれこのクズ野郎!」
背後の巨大な魔力を感じ、四百二十面相の眼前から飛び退く……そこへ飛来したのはセラの風魔法、『バリカタ』の面相で物理耐性強化、その分魔法に弱くなっているこの馬鹿の、首から下を完全に消し去ってしまった。
「ククク……楽しみである、実に楽しみである、わが分身、ほうじ……べふぉっ!」
「あっ、何やってんだよ精霊様!? 今コイツ何か言いかけたぞっ!」
「……ごめん、くだらない捨て台詞だと思ってつい殺しちゃった」
首だけになった四百二十面相であったが、当然その程度で死ぬほどヤワではない。
そこで何かの発言を、『ほうじ……』とか言っていたな、とにかく精霊様が水の弾丸を撃ち込み、殺害してしまった。
「う~っ、これは気になるところだな、『ほうじ』、『法事』、『焙じ』……きっと宗教儀式か茶の話だな……と、何だこれは?」
「紙切れ……が降ってきたわね……なんだか見たことあるような、お札かしら?」
「あっ! こりゃアレだぞっ、女神の持ってたスキルカードだっ!」
俺がこの異世界に来たときに2枚使った、チート能力を得るための紙切れというかお札というかそういう感じのもの、イチゴ味だ。
その後、魔族用のものをマーサにも使わせた記憶があるな。
とにかくその『スキルカード』が大量に……420枚どころではないようなのだが、空から舞い落ちる……
四百二十面相が死亡したことで、その中に溜め込まれていた大量の面相、つまりスキルが具現化? したのであろう、定量である420を遥かに超えているのは気になるところだが。
ヒラヒラと地面に到達するスキルカード、人族用、魔族用、それにドラゴンや精霊、『神専用』と注意書きされたものまであるではないか。
「これは……スキルじゃなくて能力アップみたいね、こっちはこの間見た『ヌタウナギ』のスキルよ」
「そうか、ちゃんとスキルとして発動するものが420枚と、他は能力アップのカードなのか」
「ええ、きっと奴の持っていた殺した相手の能力を奪うってのは、『スキル』に限定したことじゃなかったのよ、ステータスとか技のキレとか、そういう戦闘力的な部分も自分のものにしていたのね」
なろほど、確かにスキルのみを奪ったところで、それの使い手がポンコツなのでは何の意味もない。
特に四百二十面相の奴は、元々が『むっつりスケベ』というショボすぎる存在なのだ。
殺した相手の包括的な能力を奪い取る、ぐらいでないとやっていけないのは明白である。
「とにかくこの紙切れを拾い集めましょ、高台に居る皆もこっちに来るみたいだし、可能な限り手に入れておくのよ」
「あぁ、間違いなく有用なものだからな、しかしアレだな……精霊用とかドラゴン用とか、そういうスキルカードがあるってことは……」
「奴が精霊やドラゴンを殺していたかも知れない、そういうことになるわね、精霊があんなのに殺された、なんて話聞いたことないけど、もしそれが5万年前ならちょっとわからないわよね……」
この世界で最強、水などといった『世界の根源』の力を操る精霊が、かつて四百二十面相によって殺害されていたかも知れない。
そのことに関して精霊様も否定しようとはしなかった。
もちろん神を殺したのも、ウ○コしようとしている隙を狙ったとはいえ事実なのだ。
精霊にドラゴン、そして俺と同じ異世界からの転移者を、似たような方法で殺っていたとしても、それはおかしなことではない。
特に異世界人、つまり異世界勇者だ、これはピンキリだからな。
例えば俺様のように有能で無敵な者も居れば、過去にはあの故ヒキタみたいな無能馬鹿クズカスゴミ野朗も居たはず。
というか、俺に先行して送り込まれた29人が、女神の根本的なミスで墜落死しているのだ。
異世界転移などその次元のイベントなのである、俺が生存しているのはもはや奇跡みたいなものだな……
そのうちにメンバー全員が合流し、舞っていたスキルカードは集められるだけ集めた。
まるで札束のようになってしまったのだが、この紙切れを『金』、つまり札束であると誤認するのは俺だけのようだ。
この世界で流通しているのは全てが貨幣だからな、一部では卑金属も利用されているが、基本的には金銀銅、その3種類をそれぞれの価値に合わせて使い分けている。
しかしどこの国へ行っても、そして魔族領域ですらも通用してしまうこの貨幣、一体誰がどこで造っているのであろうか? 気になるところではあるが、それはこの異世界特有の都合の良さを根拠として受け入れておこう。
さて、四百二十面相に関してはここまでやれば十分だ、次はこの村自体をどうにかする番である……
※※※
「じゃあ殺戮は精霊様に任せたぞ、攻撃開始からかなり時間も経っているし、相当に遠くまで逃げた奴も居るはず、広範囲を調べて皆殺しにしてくれ、可愛い子は除いてな」
「わかったわ、それと、ついでだから馬車にも寄っておくわね、ジェシカちゃん、行くわよ」
ジェシカを抱え、馬車を置いて来た方角へと飛び去っていく精霊様。
俺達はその間、広場で放心状態になっている村人を斬り捨てたり、場合によっては捕らえたりしていた。
しばらくすると精霊様の『後始末』が始まる、上空から振り撒かれる大粒の水。
雨とは違い、凄まじい速度で地表を目指し、ぶつかった物を貫通、或いは抉っている。
時折聞こえてくる悲鳴、森や建物の中に隠れた村人が、水の弾丸に貫かれた際の断末魔だ。
俺達はまるで、味方の空軍による掃討作戦を見守る地上部隊のように、大変盛り上がりながらそれを眺めた。
結局村人の討伐には1時間、殺さずに生け捕りにする予定の者およそ50人を上手く広場に誘導し、取り押さえるのにさらに1時間、合計2時間以上も掛けて作戦は完了した。
途中で馬車も到着したし、この村でやるべきことは大半が完了したといえよう。
あとは捕らえた村人と、それから可能な限りの食糧と金銭を持ち去るのみだ。
明かりを点ける者が誰一人として居なくなった村は夜の帳に包まれる。
聞こえてくるのは秋の虫の声と、それから捕らわれた者達の抗議の声のみだ。
やかましいので後者を黙らせることとしよう……
「はーいっ! 何か文句がある人は手を挙げてから発言して下さ~いっ!」
『縛られてるから無理よっ!』
『そうよ、縄を解いて解放しなさい!』
『悪の王国の手先めっ! 女神様が黙って見ていると思うなよ!』
『死ね、死んでしまえっ!』
「手を挙げてない奴は喋るんじゃねぇっ! 精霊様、ちょっとよろしく頼むわ」
いつも通りに鞭を手にした精霊様が、いつも通りに囚人共にそれを振るって回った。
響き渡る悲鳴、それに抗議する声、だが抗議の声は、すぐに鞭打たれた痛みによる悲鳴に変わる。
しばらくして大人しくなった、というよりも疲れ果て、気を失った者も多い約50人の村人。
これを全員王都に連れて帰るのか、どう足掻いても馬車には乗せ切れないな……
と、まだ抗議し続けているのが1人……良く見たらあの串焼き屋のお姉さんではないか……
「あんた達っ! 道に迷った旅人だと言っていたのに、ホントは王国の手先だったのねっ!」
「そうだよ、まぁ本来は『手先』じゃないがな、今回は特別に指令書を受け取っているんだ、肯定しておこう」
「クソがっ! 私達はあの戦争の被害者なのに、またしてもこんな目に遭うのはどうしてだいっ!?」
「それはお前らの方が『悪』だからだよ、異世界勇者たる俺は『正義』、その敵であるお前らは『悪』、殺されようが奴隷にされようが、俺達に逆らった時点で文句は言えないな、それにお前らは魔王軍と、いや、西の四天王と通謀して王都を攻撃するつもりだったんだろう?」
「それは復讐だよっ! 元々はあんたらが突然攻めて来て、神聖な私達の国を滅ぼしたんだ! 被害者は私達なのっ!」
「何を言っても無駄みたいだが、とにかく王都に行けばあの戦争の『主犯』と会える、そこで本人から直接話を聞くんだな、お前ら洗脳されて、魔将レーコを信仰対象としていたのも、町や村に変な像を建ててそこにパワーを集めていたのも、その真相は全部『お前らが敵で悪』ってことを示してくれると思うぞ」
「そんな馬鹿な話を……」
まだ何か反論しようとしていたお姉さんであるが、このまま押し問答を続けても埒が明かない。
ということで無視し、全員を王都に連れて帰るための策を練ることとした……
「どうするジェシカ、こいつらを馬車の後ろに括り付けて、ゆっくり進むとか出来るか?」
「可能だが、もし倒れた者が居ても前では気付けないぞ、そのまま擦りおろしになる」
「そうか、となると後ろで見張る役も必要だな……俺は歩きたくないぞ……」
帰りは誰かが後ろで見張る、選ばれし者は当然歩きだ。
その役目を決めるべく、一般に公正妥当と認められる方法をもって抽選が行われた……




