366 ちょっと手伝え
「よっしゃ、準備もそこそこに出発するぞっ!」
「それじゃダメでしょ、食糧ぐらいは持って行かないと……」
例の村での怪人四百二十面相出現の報せを受けた俺達は、すぐに準備を済ませ、馬車に乗り込んで西方を目指す。
目的地までおよそ2日、おそらく奴がその場から居なくなってしまうことはない。
なぜならば、奴の居場所はもう世界中探しても他にないのだ……
「ジェシカ、村に近付く前に馬車を停める所を探してくれ、今回は悟られたりしたくないからな、慎重を期して徒歩で接近する」
「わかった、かなり手前で良さげな場所を探しておこう」
ちなみに今回は、馬車の管理人として使うためのエリナも持って来た。
準備をしている際、興味津々で眺めていたため、そのまま掻っ攫って来たのである。
これで財産に対する守りは完璧だ、いくらなんでも馬車と、2日分もの食糧を持って行かれたら大事だからな。
特に現地周辺ではビックフットやその他猿人、原人が出るというし、用心しておくに越したことはない。
「それで、村に到着したらそのまま高台に上るんだ、セラ、広場に狙いを付けて待つんだぞ」
「ええ、敵が見える距離に居れば良いんだけど……」
「う~ん、それは運なんだよな、まぁ時間はあるんだし、絶好のチャンスが来るまで張り込むんだ、下手なときに動いて失敗したら作戦ごと破綻するからな」
とにかく今回は『待ち』である、1回しかないチャンス、そして1つしか存在しない乱雑に使っても良い村。
これを逃せば四百二十面相を殺るのは難しくなる、コストも凄まじいことになるであろう。
「でもさ勇者様、もし奴を狙えるってときに、その範囲内に勇者様の好きそうな可愛い女の子が居たらどうするの?」
「それは撃たない、当たり前だろ? 世界の命運なんかよりも美女とか美少女とかの方が遥かに大事なんだよ、例えそれが敵でも犯罪者でもな」
「……相変わらずそこはブレないわね」
セラは呆れているものの、このことに関しては非常に助かっている、というか助かった者が多い。
マーサ以降に加入した仲間にしても、精霊様を除けば本来は敵、討つべき敵であったのだ。
それを『可愛い』というだけで助命し、普段行動を共にする仲間にまで加えている、それ以外の敵に関しても殺さず、まともな生活を提供しているのである。
この『美女・美少女に対する慈悲深さ』というのは俺のポリシーであり、この世界の、いや神界や魔界も含むすべての事柄よりも数十倍は重い。
ゆえに今回も同じだ、あの村に居た屋台のお姉さんを始めとする『助命対象』には、一切の身体的被害が及ばないように戦い、そして最後は生け捕りにする。
あとはまぁ良い感じに処理して、他の不用な連中に関しては皆殺しだ。
悪の聖国人で可愛くもない以上、特に生きている価値もないのだから、貴重な酸素やその他の資源を無駄にしないためにも、早めに殺してやらなければなるまい。
馬車は進み、2日目の昼前には目的地に近付く。
と、手前5km付近でジェシカが停留にちょうど良さそうな場所を発見し、そこに停まる。
「じゃあエリナ、しばらく馬車の守りを任せたぞ」
「え~っ、また1人ですか? 何か貰えるならまだしも……」
「わかった、ケーキセットを買ってやろう、あと待っている間、馬車に積んである食糧はある程度自由に食べても良いこととする、それでどうだ?」
「う~ん……まぁ手を打ちましょう、ケーキセットは貴重ですから」
お留守番のエリナに手を振り、俺達は徒歩で村を目指す。
荷物が重い、5日程度は耐えられる食糧を担いでいるのだから無理もないか。
本来はリリィの背中に乗せて運ぶべきところなのだが、さすがに巨大なドラゴンがのっしのっしと歩いているのは拙い。
よって確実に発見されることがないよう、少し無理をする感じの行軍となってしまった。
しばらく歩き、堕落したルビアが文句を言い出した頃、ようやく目的の高台が見える……
※※※
「ふぅ~っ、やっと荷物が降ろせますね」
「おいルビア、お前の荷物は半分俺が持っていたんだぞ、感謝の言葉とかそういったものはないのかな?」
「へへーっ! 大変感謝しておりますので……」
「ので?」
「帰りもお願いします」
「・・・・・・・・・・」
自分でどうにかしようという意思は全くないらしい。
まぁ良い、どうせ帰りは食料も減って軽くなるのだ。
むしろ往復分の荷物持ちを肩代わりした分、ここに滞在中、ルビアには良い感じの枕として役立って貰うこととしよう。
夜は少し冷えるようになってきたし、ホットで柔らかい枕は野宿の必須アイテムだからな。
と、そんなことを考えている暇ではない、まずは村の様子を……思っていたよりも遥かに遠いではないか……
これでは怪人四百二十面相の姿を捉えることが出来ない、いや、それは俺だけか。
目の良いリリィは完全に人物の判別が可能なはずだし、精霊様が飛んでこっそり近付けばより確実だ。
「どうだリリィ、村の様子は良く見えるか?」
「はーい、正面の屋台が雑貨屋さんで、その横はお肉屋さんです、店員さんはどっちも太ったおじさんですね」
「お、肉屋があるのか、となると四百二十面相の奴がレバーとかハツとか買いに来るかも知れないな、そこを中心に見張ることとしよう」
リリィには念のため、村の見えている範囲を隈なくサーチさせたが、四百二十面相の姿は見当たらなかったそうだ、ちょうど昼時だし、次に広場で買い物をするのは夕方かな……
「そうだ、セラとユリナはどうだ、村の広場が、というかそこに居る人が見えるか?」
「私は……大丈夫だと思うわ、男か女かぐらいは判別出来る」
「う~ん、見えはしますの、でも狙えるかどうかと言われると微妙ですわね」
「うむ、今回は周囲の被害とかほぼどうでも良いから、そこまでしっかり狙わずに撃って構わんぞ、攻撃NGな場所はリリィに指示させるから」
「わかったわ、だいたいでブッ放て、あげれば良いのね」
「そういうことだ、ただし後ろには撃つなよ、危ないからな」
ということで、見張りは村の広場が良く見えているリリィに全て任せ、俺はルビアの尻を枕にして昼寝を始めた。
四百二十面相が出現するのは当分先のはず、そして姿を見せたとしても、狙撃が可能なスポットに進入するかどうかさえわからない。
しまった、何か娯楽として使えるアイテムを持って来るべきであった、このままだと2日と持たずに飽きてしまうぞ……
だが今から取りに行くというのも面倒だな、馬車に行けば何かあるとは思うのだが、さすがに遠すぎる。
精霊様に取りに行って貰うにも金を要求されそうだし、持って来るものも確実にくだらない何かだ。
クソッ、万事休すじゃないか、このまま寝て過ごす以外の選択肢はなさそうだな……
※※※
「あ~、暇だ、実に暇だよ諸君」
「そうやってゴロゴロしているからでしょ、夕方まではまだまだよ」
怪人四百二十面相が、俺達の見張る村の広場に姿を現す、即ち何かを買いに来る可能性が高いのは夕方。
釣りと同じで夕マヅメがチャンスなのだ、あと何か知らんが昼間も釣れそうだな。
で、今の時間はおそらく午後3時前後、『夕方』と呼べる時間帯が午後5時から6時ぐらいとして、最低でもあと2時間程度は暇を潰さねばならない。
「全く、こうもやることがないんじゃ……と、何だ?」
「下の茂みの方から誰か来ますよ、えっと……9人です、2本足で歩いてればだけど」
「人間か、しかも凄い敵意、間違いなく盗賊団の類だな」
「良かったじゃないの勇者様、レクリエーションが向こうからやって来たわよ」
「あぁ、盗賊大虐殺ゲームでもしようぜ」
きっと女神によって俺達の暇潰しのためだけに遣わされた、聖なる盗賊団なのであろう。
奴等の命は、俺達がここでちょっとした笑いと満足を享受するためだけに消費されるのだ。
まぁ、そういう連中の命にしてはまずまず有意義といえそうな用途だな。
と、かなりの鈍足であったが、ようやく俺達のところまで到着したようだ……
「ヒャッハーッ! やっぱり旅人だったぜっ!」
「ケッ、金は持っていそうにないな、食料と女だけ奪って帰るか……」
「おい、何だ貴様等は? 気持ち悪い面しやがって、あとそこのお前、かっこつけてナイフなんかペロペロしてると舌を切るぞ」
「へっへっへ、余裕じゃねぇかこのクソ野朗、だがな、俺達『ビッグフット盗賊団』の姿を見て、生きて帰った奴は未だにいねぇんだよ、ヒャッハッハッハ!」
「それは奇遇だな、俺達の姿を見て生きて帰った盗賊団も居ないと思うよ、知らんけど、それとお前ら、全員チビの癖になにが『ビッグフット』なんだよ?」
「ヒャッハーッ! お頭は身長が145cmなのに、なぜか足のサイズが39cmなんだよっ!」
「え、お前? うわっ本当だ、デカッ! キモッ!」
「どうでぇ、すげぇだろ? もっともサイズの合う靴が見つからないからいつも裸足なんだがな」
道中見つけた巨大な足跡はコイツのものであったか、もしかしたら俺の世界でUMAと認識されていた生物に出会うことが出来るかも知れないと、僅かながら期待していたのだ。
だが実際に俺の前に現れたのは、ただ足が異様にデカいだけの小汚いおっさん。
コレジャナイ感の塊みたいな奴だ、ムカつくから真っ先に殺してしまおう。
「へっへっへ、それじゃあ早速俺様の超巨大キックで……」
「うるせぇっ! 死ねやボケが、勇者キィィィック!」
「ほんげぱっ!」
『お……お頭ぁぁぁっ!』
蹴りを繰り出そうとした足デカおじさんであったが、そもそも身長が145cmしかないのだ、非常にリーチが短い。
ということで被せるようにして放った俺の勇者キックが先行しおっさんの上半身は血飛沫となって消滅した。
……靴が汚れてしまったではないか、この盗賊団を使ってストレス発散をしようと考えていたのに、どうして逆にムカつくことになってしまったのだ。
怯える残り8人の盗賊団、トーナメント形式でガチの殺し合いでもさせようか、それとも自分で、しかも素手で穴を掘らせてその中に埋めるとかが良いか?
いや、もっと別の使い道があるじゃないか、この作戦自体を素早く終わらせ、この暇な時間を圧縮してしまうような使い道が……
『ひぃぃぃっ……こ……殺される……』
「おいお前ら、察しが良いじゃねぇか、だがな、ちょっと頼まれごとをしてくれたらこの場で殺すのは勘弁してやる、どうだ?」
「ハイハイハイッ! 俺がやるっす!」
「じゃあ俺もっ!」
「じゃあ俺もっ!」
「・・・・・・・・・・」
何だ、伝説のボケはこの世界には普及していなかったのか。
期待していたのだが、普通に全員が参加を希望してしまった。
実につまらないな、やはり2人か3人程度虐殺しておくか。
「わかった、だがまず8人も要らない、じゃんけんして5人選抜しろ、負けた3人は殺す」
『ひぃぃぃっ……こ……殺される……じゃ……じゃんけんぽんっ! あいこでしょっ!』
「っしゃボケェェェッ!」
「Nooooo!」
「なんてこったぁぁぁっ!」
「・・・・・・・・・・」
徐々に勝敗は決し、勝った5人はウッキウキ、逆に負けた3人は精霊様に襟を掴まれ、真っ白な顔で項垂れている。
が、もちろんこれで決定などということはない、助かったと思って天にも昇る気分でいる悪人を、一転地獄へ叩き落すのが面白いのだ、その辺りは皆同じ意見であろう。
「で、勝った俺達は何をすれば良いんで?」
「あ~、そのことなんだが、やっぱ5人も要らないんだ、だから負けた3人を採用、お前らは不採用だ、つまり死ねってことだな」
「そっ、そんなぁぁぁっ!? ぎぃぇぇぇっ!」
負けた3人をその辺に投げ捨て、勢い良く5人に飛び掛かる精霊様、頭を潰し、はらわたを……とてもお見せすることが出来ない光景だ、お花畑の映像に差し替えなくてはならない。
しばらくの間、サリナが幻術で創り上げた美しい花々の映像が浮かぶ。
それは徐々に薄くなり、効力を失って消えていった、残ったのは目も当てられない光景である。
「おぇぇぇっ、超気持ち悪いじゃねぇか、良いかお前ら、こうなりたくなかったらちゃんとした働きを見せるんだぞ」
『い……イエスッ、サーッ!』
「よろしい、では早速指令だ、この手配書を見ろ」
「これは……怪人四百二十面相? 何なんすかコイツ?」
「俺達の敵だ、コイツは今、そこに見える落ち聖国人の村に滞在していることがわかっている、それに接触して、ここからバッチリ狙えるあの広場的な所に誘導しろ」
「しかしどうやるっすか? 初対面でいきなり変な場所に誘うとか、常識がないにも程があるっすよ」
「黙れクソがっ! 非常識な盗賊の分際でっ! お前らアレだ、どうせパッと見で犯罪者ってわかる風体なんだからさ、『指名手配されてるとかマジパないっす!』とか『やべぇカッコイイじゃねぇっすか、メシ奢らせて下せぇ』とか、何かそんな感じで接近しろ、そして失敗したら俺達のことは喋らずに死ね、わかったか?」
『イエスッ、サーッ!』
「じゃあさっさと行け、モタモタしてると殺すぞっ!」
走り去って行く盗賊団の3人、このまま逃げ出す可能性もないとはいえないが、おそらく俺達が本気になれば、どこへ隠れようとも見つけ出して殺すことが出来る、そのぐらいのことは察しているはずだ。
そして3人が真面目に任務を遂行し、発見した四百二十面相に声を掛ければ、奴は間違いなくその誘いに乗る。
この間までも盗賊団に所属し、さらには薄汚い税金中抜き貴族団にも関与していたのだ。
犯罪組織、しかも自分の言うことを聞きそうな態度の連中からの誘いとなれば、それを利用しない手はない。
ついでに言うと、四百二十面相を伴って射程圏内に入った時点で、この3人も当然にお陀仏となる。
そんなこととは露知らず、手配書を持って意気揚々と走る3人は、茂みの影へと消えて行った……
※※※
「どうだリリィ、そろそろ奴等は到着したか?」
「さっきの人達ならちょうど村に入ったところですよ、2人で動き回って敵を探しています」
「2人? もう1人はどうしたんだ? まさか逃げやがったか……」
「いえ、村に入ってすぐ、果物の屋台でリンゴを万引きして、そこのおじさんに斬り殺されてました」
「何やってんだよ、信じられないレベルのクズだな」
作戦開始と同時に駒が減ってしまったではないか。
こういうことになるのであれば、やはり最初に勝った5人を……物言わぬ肉片になってしまった以上手遅れなのだが……
まぁ、とにかく残りの2人は四百二十面相を探している、それだけは確かなことのようだ。
小さな村とはいえ人の数はそれなりだし、建物も多いからな、奴等がターゲットを探し出すまでには相応の時間が必要であろう。
遠くて見えない奴等の動きを眺めていても仕方ないということで、再びルビアを枕にして横になる。
そのまま30分、いや1時間以上が経過したか、そろそろ発見し、誘い出す頃合いではないか?
通常の人間であれば30分弱、奴等レベルの無能でも、これぐらいの時間があればどうにかなるはずだ。
「お~いリリィ、奴等はまださがしているのか~っ?」
「何か休憩しちゃってますよ、さっきからベンチに座って動こうとしません、2人共……」
「そうか、じゃあ精霊様、ちょっとプレッシャーを掛けて来てくれ」
「了解よ、まずはここから狙って……」
小さな水の弾丸を飛ばす精霊様、少し間を置いて、遥か彼方に見える人影がガタッと、下に動いたような気がした、狙撃して殺害したのか?
いや、まだ動いている……どうやら精霊様が撃ったのは、片方の馬鹿が座り込んでいたベンチのようだ。
何が起こったのかを察した2人は、再び立ち上がり、ササッと任務を再開したという。
そこからさらに30分、もう普通に夕方である。
奴等、どれだけ無能なのだ? これでは四百二十面相が普通に出てくる方が早いぞ。
と、次の瞬間にリリィが手を挙げ、動きがあったことを皆に知らせた……
「出て来ましたよぉ~っ! あ、盗賊の人達も見つけたみたいです、近付いて行きましたね」
「おせーよ、出て来るまで見つけられないなら行った意味がないだろうに……」
呆れ果ててしまったが、まだ奴等には仕事がある。
ターゲットを狙撃し易い場所まで誘導するという最後の仕事だ。
それだけでもこなすことが出来れば許してやることとしよう、もっとも攻撃に巻き込まれる以上、確実に命はないが。
「良いですよ~、良い感じでお肉屋さんの前に連れて行きましたよ~っ」
「よっしゃ、そこでターゲットを固定させれば完璧だ、セラ、狙撃の準備を!」
「あ、でもお金持ってなかったみたいです、お肉代が払えなくて……お店のおじさんに殺されちゃいましたね……」
「バッカじゃねぇのかっ!? で、ターゲットは?」
「奢って貰うのは諦めて、自分でお肉を買うみたいです、レバーと、それからタンも注文してます」
少し計画は変わってしまったが、それでもここが最大のチャンスだ、あの当賊共は結局無駄に命を散らしただけであった。
目を凝らし買い物をする四百二十面相を睨む、横ではセラも同じようにしているが、その表情は俺よりも険しい……
「どうしたセラ、撃てないのか?」
「ええ、ちょっと障害物があるわ、このコースだと手前の屋根に居て、シャブでハイになって躍り狂っている連中に当たっちゃう、たぶん当たったときの衝撃でターゲットに気付かれるわ」
「マジか、ここは見送るか? いや、一発じゃなくて連続でブチ込むことにしよう、最初の一撃はしっかり狙って、次弾以降は数で押していくんだ」
「わかったわ、なるべくあのラリ集団を避けるように撃つから……」
杖に魔力を送り、狙いを定めるセラ、同時にユリナと精霊様も、それに続いてすぐに攻撃を放てる準備を済ませた。
最初の一撃、ここが肝心なところだ、可能であればそれで討伐、もしダメだとしても、すぐには動き出せない程度のダメージが欲しい。
セラの杖から溢れ出した魔力の塊は、鋭く巨大な風の刃を形成、そのまま村の広場に向けて放たれた……




